神様の取り分

うづき

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1-1.出会い

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 神様の取り分があるのだ、と橘由香は祖父から教えられた。
 祖父母の住む村は山間に存在する小さな集落で、すり鉢状の構造をしていた。山山に囲まれているような場所で、交通の便などが悪く、中々帰省しづらい場所であったように思う。村に向かうバスは一日二本ほどしかなく、それも朝と夕方だけだ。それを逃せば、村から出ることは叶わない。
 コンビニという便利な場所も無く、二十四時間営業している店なんてものは存在しない。多くが夕方の六時になると店先を締め、夜になると真っ暗になる。
 そんな田舎だが、由香は幼い頃から祖父母の家に帰省するのが好きだった。
 祖父母のことが大好きだったからだ。

 祖父母は様々なことを知っていた。日々の過ごし方、虫や動物のこと、食べられる野生の実について。祖父母から様々なことを学ぶことは楽しく、そして誇らしかった。
 そんなある日、何かの話題の折に、祖父から告げられた言葉がある。村を囲う山の一つに、半分から上の高さできっかり裸になってしまっている所があったのだ。
 まるで見えない境界が敷かれているかのように、そこから先は草木も生えない。奏がどうしてあの山は木が生えていないのか、と問うと、祖父は「神様の取り分だから」と答えた。

 神様の取り分。そんな言葉を由香は初めて聞いた。だが、祖父も祖母も、まるで常識のように「神様の取り分」という単語を口にする。
 この村には、「神様の取り分」という言葉が完全に根付いているようだった。山の上に木が生えないことも、お供えを神様のために取り分けておくことも、全てなにもかも、呼吸をするのと同じく当然のように行われる。

 神様の取り分。由香は囁く。じっと見つめる先に、山が見える。その表面を半分ほど覆った木々が、風によって柔らかく揺れるのが見えた。



「あ!」

 少女――橘由香は思わず声を上げて指をさした。他者を指さしたらいけない、と母から何度も言われたことが一瞬にして脳裏に思い浮かぶが、現状、看過出来ないことが目の前で起こっている。指さしは威嚇のようなものだ。きっと母も今回ばかりは許してくれるだろう――なんて考えながら、由香は手の平を上下させる。
 怒っていることを、行動で示すつもりだったが、指をさされた相手は由香と目を合わせたまま、少しだけ呆けた顔をしていた。

 由香よりも年かさの男性だった。従兄弟の、中学生のお姉さんよりも年上に見える。
 自分よりも圧倒的に年上の相手である。本当なら引くべきだろうが、ここは引けない。

(だって、放っておいたら、おばあちゃんたちが泣いちゃう)

 由香は手の平同士をぎゅうっと握り絞めて、男性の元に近づいた。

「それ、食べちゃ駄目なんだよ! 神様の取り分だから。そ、それに、誰? ここ私のお家なんですけど!」
「え? おっと……」

 男性の手元には、小さなおまんじゅうがあった。祖父母が先日、仏壇に供えたものである。三つほどお供えをしていて、一つは先祖のためのもの、もう一つは後々下げて自分達で食べるためのものと説明をされた。
 ならもう一つは? と由香が問いかけると、祖父が「これは神様の取り分」とだけ言った。

 祖父母の住む村には、『神様の取り分』という言葉が常識として存在する。挨拶の定型句のように、この村の人々には『神様の取り分』という言葉で、その意味が通じるようになっているらしい。
 由香にはあまり理解が出来ないが、神様のために置いてあるものであることは想像がついた。
 その神様が何処の誰かは知らないが、祖父母にとっては大事な存在なのであろうこともよくわかる。

 だから、祈る祖父母を見て由香も同じように祈った。
 と言っても何を言うでもなく目を瞑り、手を合わせるだけだったが。
 それでも祖父母は嬉しそうにして、良い子だね、と頭を撫でてくれた。

 由香は祖父母が大好きだ。祖父母が悲しむことはしたくない。
 だからこそ、急に現れて仏壇に供えたおまんじゅうを盗もうとしている男性は捨て置けなかった。

「それ駄目なんだよ! 神様の取り分なんだから!」
「……神様の、なんだよな?」
「そう。神様の! だから駄目!」
「なら問題無い」

 言うなり男性は包装を剥がし始める。思わず由香は悲鳴を上げそうになった。ちょっと、と怒りながら男性に突進をする。
 突進を受けるとは思ってもみなかったのだろう。男性は驚いたように由香の体を受け止め、その場に倒れ伏した。目を白黒させたままの男性に馬乗りになりながら、由香は全身全霊の力で男性の体を叩く。

「神様のって言ったのに! おばあちゃんとおじいちゃんが悲しむでしょ! 返して!」
「ちょ、ちょっと待って、いや力強いな君!」

 男性が驚いたように声を上げて軽く笑う。まんじゅうを取り返そうと由香が手を伸ばすと、長い腕を伸ばして届かない位置に避けられる。
 大人なのに意地が悪い。酷い。由香は顔を真っ赤にして男性を見つめた。

「返して! もー!」
「わかった、いや返さないけどわかった、語弊がある!」
「語弊ってなに?」
「誤解ってことだ、誤解!」

 男性が慌てたように声を上げる。由香から届かない位置にまんじゅうを置いて、そのまま上体を持ち上げた。すぐさま由香が男性の体から退いてまんじゅうを取り返しに向かうと、腰をぐうっと掴まれて動けなくさせられる。

「なんなの!?」
「いやなんなの? は俺の発言過ぎる、誤解を解きたいから少し会話させてくれないか!」
「犯罪者! 犯罪者!」
「めちゃくちゃ無礼だな君!」

 男性の腕の中から必死に抜け出そうともがく。男性は「ちょっ、いや、体幹凄いな……」と由香を落としそうになって、不意に「ああ、もう、聞いてくれ!」と言うなり両手を叩いた。
 ――瞬間、感じたことのない浮遊感が、由香の体を襲う。由香は目を瞬かせた。男性は軽く手を振りながら、「なんなんだ君は……」と疲れたように言葉を言い連ねた。

 男性の両手は完全に由香から離れている。――だというのに、由香の体は空中で静止していた。
 柔らかい膜に包まれているような、なんともいえない感覚が背筋をぞわりとさせる。両手を動かしたり、足をばたつかせるが、一ミリたりともその場から体が動かない。

「と、飛んでる!」
「そうそう、飛んでる飛んでる。よし、落ち着いてくれたか?」
「お、お母さん! お父さん! 飛んでるー!」
「元気だな……。……残念ながら君の父親も母親も、祖父母も、誰も――呼んでも来ない。ここは俺の領域だからな」
「りょう……いき……」
「俺の場所ってことだ」

 男性の言うことは難しい。だが、由香にはただ一つだけわかっていることがある。
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