神様の取り分

うづき

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2-3.

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 言いながら神様が手を伸ばして、くたびれた小鳥を掬い上げた。由香は一瞬だけ驚く。
 由香がためらって出来なかったことを、易々とやってのける。
 素手で触れるのは両親からやめろと言われているから、だとか、ビニール袋を持ってこなければ、なんて考えていた自分が浅はかに思えて来て、由香は少し恥ずかしくなってくる。視線を下げると、優しい声が降ってきた。

「死に対して穢れという感情を抱くのは人間としては大事なことだ。そんなに責めなくて良い」
「……でも」
「ほら――君も、家族の元へ帰りたいだろう」

 神様が小鳥を覆うように手の平で抱きしめる。そのまま手の平をそっと持ち上げて、手の甲に唇を落とした。
 ちゅ、と微かな音を立てて、神様は口を離す。ゆっくりと手を開くと、そこに小鳥が居た。
 ――死骸ではない。さきほどまでそこに無かった命が、息づいているのが見える。小鳥は軽く鳴き声を零すと、神様の手から飛び立っていく。澱みのない動作だった。

 由香は呆けながら小鳥を見つめる。朝ぼらけの空に、霞むように消えていく姿を眺めていると、不意に神様が「少しだけ命を分けたんだ」とだけ続けた。

「い、命を?」
「ああ。家族の元まで帰れるようなくらいだけどな」
「え、そ、そんなこと出来るの?」
「神様だって言ってるだろ。出来る」

 命を分ける――なんて、どう考えても摂理に反した行動であるように思う。現実的ではない。
 けれど今まさに、目の前でそういったことが起こった。信じがたいが――神様は、死んでしまった相手に、新たな時間を与えることが出来るらしい。
 本当に神様だったのか……、なんて今更ながらしみじみと思っていると、神様は「おいおい、なんだか無礼な声が聞こえた気がするが」と軽く肩をすくめて由香を見た。

「じゃあ逆に由香は一体今まで俺のことなんだと思っていたのか、時間のある限り問いただしたい気分だ」
「ご、ごめんなさい。なんだろ……もちろん神様は神様だと思ってたよ。でも」

 死者が生き返るなんて場面を目の前で見せられるとは思ってもみなかったのだ。神様の出来ることは精々人の家に気付かれないように忍び込んだり、あとは人を空中に浮かせられることだけだとばかり。
 目にした光景があまりにも現実離れしていたせいか、さっきからちょっと失礼なことばかり考えてしまう。由香は首を振った。
 神様は神様、それで良いだろう。神様なのだから多分なんだって出来るのだ。そうに違いない。

「いや出来ないこともあるからな。俺の手が届く範囲でしかこういう……生き返らせることは出来ない。それに大分制限もある」
「そうなんだ?」
「地域密着型の神様なんだ、俺は」

 神様は胸を張る。誇らしげな表情だった。由香は神様をじっと見つめた後、そっと視線を空へ寄せた。
 家族の元へ帰れるまでの時間をあげたと言っていた。あの小鳥にだって、きっと戻るべき場所があり、帰りを待っている家族が居るのだろう。

「神様、ありがとう」
「おっ。いいな。感謝は俺の力になるからもっと言ってくれ」
「……私一人だったらどうしようもなかったから。本当にありがとう」

 冗談めいた口調に対して、静かに言葉を返す。神様は一瞬だけ目を見開いて、それから優しげな笑みを浮かべた。

「いいよ」
「……でも、命とか、あげちゃって大丈夫だったの?」
「その辺りも大丈夫だ。昔取った杵柄というか、昔色々と貰ったんだよ。いや、今も、の方が正しいか」

 貰った、とは。――命を?
 今も昔も命を誰かから貰っているのだろうか。――誰から?
 由香の疑問はきっと神様にも聞こえている。いつもなら勝手に心の声に対して返事をするのに、神様は何も言わずに由香をじっと見つめた。
 一瞬だけ、背筋がそわ、とするような感覚を覚える。感じたことの無い感覚だった。恐怖のような、――怯えのような、形容しがたい感覚だ。

「由香の大事な相手や、由香から貰うことはない。取り分としてお菓子や食べ物は頂くけれどな」
「……うん」
「怖がらせたか。ごめんな」

 神様が謝ることではないだろう。由香は首を振る。
 神様は今まで、由香に対して冗談めかして言葉を口にすることは多かったが、それでも嘘をついたことは無い。だから神様の言うことは本当なのだろう。
 どこかから命を貰ったことがきっとあるのだ。それがどういった状況で、どのようにしてそうなったかはわからない。その上で、由香の大事な人達や、由香からは命を貰っていない。
 それがわかれば十分だった。

 由香は神様に近づいて、その手を取る。ぎゅっと握り絞めると、神様が呆けたような顔をして由香を見た。
 小学生だったころよりも背が伸びて、そのせいか少しだけ神様と距離が近くなっている。だから、幼い頃は見逃していた表情も、昔よりはきちんと見ることが出来ているはずだ。

「怖く……ないのは嘘になるけど、でも、大丈夫だよ。神様だから」
「なんだその……」
「沢山歩いたから帰ろうと思う! 神様、お家寄って行ってよ。実はね、神様に食べてもらいたいお菓子とか、私持って来たんだよ」

 由香が言葉を弾ませると、神様は軽く目を瞬かせた後、静かに笑った。
 眦と耳元を赤らめて、「おっ、俺を敬うつもりになったのか?」と言葉を続ける。からかうような口調だ。けれどそれに柔らかな温度の感情が滲んでいることに、由香はすぐに気付く。
 けれど口にはしなかった。
 神様も、何も言わなかった。それだけで十分だった。
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