5 / 21
2-3.
しおりを挟む言いながら神様が手を伸ばして、くたびれた小鳥を掬い上げた。由香は一瞬だけ驚く。
由香がためらって出来なかったことを、易々とやってのける。
素手で触れるのは両親からやめろと言われているから、だとか、ビニール袋を持ってこなければ、なんて考えていた自分が浅はかに思えて来て、由香は少し恥ずかしくなってくる。視線を下げると、優しい声が降ってきた。
「死に対して穢れという感情を抱くのは人間としては大事なことだ。そんなに責めなくて良い」
「……でも」
「ほら――君も、家族の元へ帰りたいだろう」
神様が小鳥を覆うように手の平で抱きしめる。そのまま手の平をそっと持ち上げて、手の甲に唇を落とした。
ちゅ、と微かな音を立てて、神様は口を離す。ゆっくりと手を開くと、そこに小鳥が居た。
――死骸ではない。さきほどまでそこに無かった命が、息づいているのが見える。小鳥は軽く鳴き声を零すと、神様の手から飛び立っていく。澱みのない動作だった。
由香は呆けながら小鳥を見つめる。朝ぼらけの空に、霞むように消えていく姿を眺めていると、不意に神様が「少しだけ命を分けたんだ」とだけ続けた。
「い、命を?」
「ああ。家族の元まで帰れるようなくらいだけどな」
「え、そ、そんなこと出来るの?」
「神様だって言ってるだろ。出来る」
命を分ける――なんて、どう考えても摂理に反した行動であるように思う。現実的ではない。
けれど今まさに、目の前でそういったことが起こった。信じがたいが――神様は、死んでしまった相手に、新たな時間を与えることが出来るらしい。
本当に神様だったのか……、なんて今更ながらしみじみと思っていると、神様は「おいおい、なんだか無礼な声が聞こえた気がするが」と軽く肩をすくめて由香を見た。
「じゃあ逆に由香は一体今まで俺のことなんだと思っていたのか、時間のある限り問いただしたい気分だ」
「ご、ごめんなさい。なんだろ……もちろん神様は神様だと思ってたよ。でも」
死者が生き返るなんて場面を目の前で見せられるとは思ってもみなかったのだ。神様の出来ることは精々人の家に気付かれないように忍び込んだり、あとは人を空中に浮かせられることだけだとばかり。
目にした光景があまりにも現実離れしていたせいか、さっきからちょっと失礼なことばかり考えてしまう。由香は首を振った。
神様は神様、それで良いだろう。神様なのだから多分なんだって出来るのだ。そうに違いない。
「いや出来ないこともあるからな。俺の手が届く範囲でしかこういう……生き返らせることは出来ない。それに大分制限もある」
「そうなんだ?」
「地域密着型の神様なんだ、俺は」
神様は胸を張る。誇らしげな表情だった。由香は神様をじっと見つめた後、そっと視線を空へ寄せた。
家族の元へ帰れるまでの時間をあげたと言っていた。あの小鳥にだって、きっと戻るべき場所があり、帰りを待っている家族が居るのだろう。
「神様、ありがとう」
「おっ。いいな。感謝は俺の力になるからもっと言ってくれ」
「……私一人だったらどうしようもなかったから。本当にありがとう」
冗談めいた口調に対して、静かに言葉を返す。神様は一瞬だけ目を見開いて、それから優しげな笑みを浮かべた。
「いいよ」
「……でも、命とか、あげちゃって大丈夫だったの?」
「その辺りも大丈夫だ。昔取った杵柄というか、昔色々と貰ったんだよ。いや、今も、の方が正しいか」
貰った、とは。――命を?
今も昔も命を誰かから貰っているのだろうか。――誰から?
由香の疑問はきっと神様にも聞こえている。いつもなら勝手に心の声に対して返事をするのに、神様は何も言わずに由香をじっと見つめた。
一瞬だけ、背筋がそわ、とするような感覚を覚える。感じたことの無い感覚だった。恐怖のような、――怯えのような、形容しがたい感覚だ。
「由香の大事な相手や、由香から貰うことはない。取り分としてお菓子や食べ物は頂くけれどな」
「……うん」
「怖がらせたか。ごめんな」
神様が謝ることではないだろう。由香は首を振る。
神様は今まで、由香に対して冗談めかして言葉を口にすることは多かったが、それでも嘘をついたことは無い。だから神様の言うことは本当なのだろう。
どこかから命を貰ったことがきっとあるのだ。それがどういった状況で、どのようにしてそうなったかはわからない。その上で、由香の大事な人達や、由香からは命を貰っていない。
それがわかれば十分だった。
由香は神様に近づいて、その手を取る。ぎゅっと握り絞めると、神様が呆けたような顔をして由香を見た。
小学生だったころよりも背が伸びて、そのせいか少しだけ神様と距離が近くなっている。だから、幼い頃は見逃していた表情も、昔よりはきちんと見ることが出来ているはずだ。
「怖く……ないのは嘘になるけど、でも、大丈夫だよ。神様だから」
「なんだその……」
「沢山歩いたから帰ろうと思う! 神様、お家寄って行ってよ。実はね、神様に食べてもらいたいお菓子とか、私持って来たんだよ」
由香が言葉を弾ませると、神様は軽く目を瞬かせた後、静かに笑った。
眦と耳元を赤らめて、「おっ、俺を敬うつもりになったのか?」と言葉を続ける。からかうような口調だ。けれどそれに柔らかな温度の感情が滲んでいることに、由香はすぐに気付く。
けれど口にはしなかった。
神様も、何も言わなかった。それだけで十分だった。
5
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます
由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。
だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。
そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。
二度目の人生。
沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。
ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。
「今世は静かに生きられればそれでいい」
そう思っていたのに――
奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。
さらにある日。
皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。
「沈薬は俺の妃だった」
だが沈薬は微笑んで言う。
「殿下、私は静王妃です」
今の関係は――
皇叔母様。
前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。
それを静かに守る静王。
宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる