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8-1.神様の取り分
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神様と別れてから、会えないまま日々が過ぎて行く。
由香が大学を卒業した頃、祠の修復が終わったと聞いた。あの夜、そして連れて行かれた日、綺麗な形を保っていた祠は明るい場所で見ると酷く荒れていて、それに由香は少しだけ驚いた。
あの日見た祠は一体なんだったのだろう。夢か幻の類いだったのだろうか。
本来、祠の中には神様を祀る、いわゆるご神体のようなものが存在していたのだが、それは以前、神様に対して動物の死体を供えていた輩が祠を壊す際に一緒に傷をつけたらしい。
ご神体は綺麗な鏡であったと聞く。そちらの修復は今のところ遅々としてしか進んでおらず、とりあえず厳重に保管されていると聞いた。
あの日、祠の中にあるべきご神体が無かったのはそういういきさつがあったのだろう。
祠が直ってから少し経った頃、由香は宮部から、迷惑をかけたから何かしらお詫びをしたいという連絡を受けた。宮部自身、あの時のことをほとんど覚えて居ないらしい。だからこそ、由香が失踪した時に何も答えることが出来なかったようだ。
神様に毎夜追い詰められたことが無かったことになっているなら、由香はそれで良いと思う。
とにかく、謝罪がしたいという連絡を受けたので、謝罪は良いので毎年一度で良いから祠の方まで参拝する許可が欲しいとお願いをした。
基本的に祠のある場所は禁足地なので、立ち入りは禁じられている。宮部の血族に連なるものしか入れないので、当然由香のお願いは少しばかり困惑を持って受け止められたように思う。
なので由香は、神様と会ったことがあるという話をした。確実に変な人間として扱われそうな話をしたが、宮部は真剣に聞き入れてくれて、ならば、とお盆の時だけ、という約束を経て、由香は祠までの参拝を許可された。
それから毎年、帰省の度に由香は祠を訪れている。一緒に――神様に渡す、お菓子を持っていた。
社務所に居た宮部に声をかけて、由香は歩きなれた道を通る。宮部は由香のことを気にしてくれている様子で、「最近ご神体の修復に関する伝手を手に入れたから、近いうちに元通りの祠になる」ということを教えてくれた。
ご神体が修復されたら、神様はまた戻ってきてくれるだろうか。わからない。
恐らく何百年も人の営みを孤独に見守ってきた神様からすると、また戻ってくるのが良いことなのかどうか、由香にはわからない。そもそも、あの日からどうして居なくなってしまったのかすら、わからないのだ。
あの時――神様が穏やかになったのだって、どうしてなのか、わからないくらいなのに。
宮部には神様と会ったことがあるという話をしてから、お盆の度に多少なり神様について話をしている。宮部は神様を見たことも無いのだが、確かに幼い頃など見知らぬ男性の夢を見ることがあったと言っていた。
男性が宮部に対して何かを語りかけるだけで、宮部からは何も返すことが出来ない。声が聞こえるだけなのだと言う。しかも途切れ途切れで、聞き取りづらい声が。
ただ、宮部の家は、その男性のことを自分達が祀る神様であると認識していたという。
だからこそ、由香の言葉を信じようとしてくれたのだろう。
一度、どうして由香が神様の居た場所から逃げ出すことが出来たのかという話をした。すると宮部は、「それは貴女が供物から、神様に願いを捧げるいたいけな人間の一人になったからだろう」と言われた。
神様にお願いをする。そのことが、供えられた者と、そうでない者を区切る線になったのだろう、と。
その話を聞いたとき、どうしようもなく胸が痛んだ。神様は孤独だと言っていたが、宮部の家も、宮部もきちんと神様の存在を信じていた。
声だけしか届いていなかったとしても、きちんと聞こえていたのだと、知って欲しいと思った。
由香は軽く首を振る。少しも歩けば、祠のある場所に出るだろう。
神様の気配は無い。――これから先、また神様に会える時があるのだろうか。わからない。
開けた場所に到着する。綺麗に掃除された小さな祠が目に入った。戸は硬く閉ざされていて、由香では開けられそうにない。
祠の前には供え物を置く場所がある。今は何も置かれていない場所に、由香は持って来ていたお菓子をそっと置いた。帰る時には持って帰るつもりである。
じっと祠を眺めていると、セミの声が鼓膜を揺らす。神様、と呼びかける。応えは無い。
「……番になってくれるんじゃなかったの?」
笑いながら囁く。あんな風に祠の中に引きずり込んで、色々されたことに対して、思うところが無い、とは言えない。
怖かったのは確かだし、あの時感じた後悔だって本物である。全てを水に流すことはできないけれど、それでも──会いたい、と思ってしまう。
会えたら多分怒るだろう。もうちょっとこう色々やり方があるでしょ、と言うかもしれない。神様は多分困ったような顔をして、そしてすぐに謝罪をする。その一連が簡単に想像出来て、由香は笑った。
由香が大学を卒業した頃、祠の修復が終わったと聞いた。あの夜、そして連れて行かれた日、綺麗な形を保っていた祠は明るい場所で見ると酷く荒れていて、それに由香は少しだけ驚いた。
あの日見た祠は一体なんだったのだろう。夢か幻の類いだったのだろうか。
本来、祠の中には神様を祀る、いわゆるご神体のようなものが存在していたのだが、それは以前、神様に対して動物の死体を供えていた輩が祠を壊す際に一緒に傷をつけたらしい。
ご神体は綺麗な鏡であったと聞く。そちらの修復は今のところ遅々としてしか進んでおらず、とりあえず厳重に保管されていると聞いた。
あの日、祠の中にあるべきご神体が無かったのはそういういきさつがあったのだろう。
祠が直ってから少し経った頃、由香は宮部から、迷惑をかけたから何かしらお詫びをしたいという連絡を受けた。宮部自身、あの時のことをほとんど覚えて居ないらしい。だからこそ、由香が失踪した時に何も答えることが出来なかったようだ。
神様に毎夜追い詰められたことが無かったことになっているなら、由香はそれで良いと思う。
とにかく、謝罪がしたいという連絡を受けたので、謝罪は良いので毎年一度で良いから祠の方まで参拝する許可が欲しいとお願いをした。
基本的に祠のある場所は禁足地なので、立ち入りは禁じられている。宮部の血族に連なるものしか入れないので、当然由香のお願いは少しばかり困惑を持って受け止められたように思う。
なので由香は、神様と会ったことがあるという話をした。確実に変な人間として扱われそうな話をしたが、宮部は真剣に聞き入れてくれて、ならば、とお盆の時だけ、という約束を経て、由香は祠までの参拝を許可された。
それから毎年、帰省の度に由香は祠を訪れている。一緒に――神様に渡す、お菓子を持っていた。
社務所に居た宮部に声をかけて、由香は歩きなれた道を通る。宮部は由香のことを気にしてくれている様子で、「最近ご神体の修復に関する伝手を手に入れたから、近いうちに元通りの祠になる」ということを教えてくれた。
ご神体が修復されたら、神様はまた戻ってきてくれるだろうか。わからない。
恐らく何百年も人の営みを孤独に見守ってきた神様からすると、また戻ってくるのが良いことなのかどうか、由香にはわからない。そもそも、あの日からどうして居なくなってしまったのかすら、わからないのだ。
あの時――神様が穏やかになったのだって、どうしてなのか、わからないくらいなのに。
宮部には神様と会ったことがあるという話をしてから、お盆の度に多少なり神様について話をしている。宮部は神様を見たことも無いのだが、確かに幼い頃など見知らぬ男性の夢を見ることがあったと言っていた。
男性が宮部に対して何かを語りかけるだけで、宮部からは何も返すことが出来ない。声が聞こえるだけなのだと言う。しかも途切れ途切れで、聞き取りづらい声が。
ただ、宮部の家は、その男性のことを自分達が祀る神様であると認識していたという。
だからこそ、由香の言葉を信じようとしてくれたのだろう。
一度、どうして由香が神様の居た場所から逃げ出すことが出来たのかという話をした。すると宮部は、「それは貴女が供物から、神様に願いを捧げるいたいけな人間の一人になったからだろう」と言われた。
神様にお願いをする。そのことが、供えられた者と、そうでない者を区切る線になったのだろう、と。
その話を聞いたとき、どうしようもなく胸が痛んだ。神様は孤独だと言っていたが、宮部の家も、宮部もきちんと神様の存在を信じていた。
声だけしか届いていなかったとしても、きちんと聞こえていたのだと、知って欲しいと思った。
由香は軽く首を振る。少しも歩けば、祠のある場所に出るだろう。
神様の気配は無い。――これから先、また神様に会える時があるのだろうか。わからない。
開けた場所に到着する。綺麗に掃除された小さな祠が目に入った。戸は硬く閉ざされていて、由香では開けられそうにない。
祠の前には供え物を置く場所がある。今は何も置かれていない場所に、由香は持って来ていたお菓子をそっと置いた。帰る時には持って帰るつもりである。
じっと祠を眺めていると、セミの声が鼓膜を揺らす。神様、と呼びかける。応えは無い。
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笑いながら囁く。あんな風に祠の中に引きずり込んで、色々されたことに対して、思うところが無い、とは言えない。
怖かったのは確かだし、あの時感じた後悔だって本物である。全てを水に流すことはできないけれど、それでも──会いたい、と思ってしまう。
会えたら多分怒るだろう。もうちょっとこう色々やり方があるでしょ、と言うかもしれない。神様は多分困ったような顔をして、そしてすぐに謝罪をする。その一連が簡単に想像出来て、由香は笑った。
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