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転生先は乙女ゲームの世界でした
7.兄弟子、ユリウス・トゥードット
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屋敷の敷地内を大変なことにしてしまった私は、すぐに魔法に関しての検査を受けることになった。
部屋で縮こまりながら、私はカイネとリュジと共に、診断士を待つ。
――大変なことになってしまった。
ど、どうなるんだろう、私。癒術が禁止になったりしたり、する可能性とか、あるんだろうか。
普段の魔法とはあまりにも違う。あそこまで制御が出来ないことなんて、無かったのに。
今回はカイネがなんとかしてくれたから、どうにかなった。カイネが居なかったらと思うとぞっとする所がある。思わず足の上で手の平をぎゅうっと握り絞める。先ほどまで膨大な魔法力に触れていた指先は、まだ少しだけひりひりとしていた。手の平の開閉を繰り返して、それからもう一度吐息を零す。
他人の、それも一切制御されていない魔法に触れたカイネは大丈夫なのかと、すぐに慌てて確認したが、カイネもちょっとひりひりするくらい、大丈夫だよ、と言っていた。だが、実際、他人の制御されていない魔法に触れてしまったら怪我や火傷のような症状が出るらしいし、今回カイネが大丈夫だったのは、カイネだったから――という他ないだろう。
もの凄く強く、かつ、魔法の行使に長けた彼だったからこそ、擦り傷で済んだのだ――。
「おい。大丈夫かよ。顔色が悪いけど……もしかして、魔力不足に陥っていたりしないよな」
「だ、大丈夫。そこらへんは全然」
「本当に? 無理はするなよ。もし疲れたならベッドで休めば良い。魔法検査は寝ていても出来るんだから」
私は首を振る。先ほどの状況を思い出すと、体に震えのようなものが走るが、それだけだ。魔力不足には陥っていない。手の平はきちんと思うように動くし、思考も淀みない。魔力不足に陥ると、現世で言う所の熱中症のような症状が出るらしいので、そこらへんは問題無いだろう。
ただ――。
「その、少し、怖かったんだ」
「怖かった?」
「……リュジが、花を持って来てくれて良かったって思って。もし――もし、人相手だったら……」
カイネが僅かに私たちの方を見る気配がした。リュジを見たまま、私は首を振る。
本当なら、最初は、カイネに魔法をかける予定だったかもしれないのだ。カイネは私のことを信頼しているからと言っていたが、結果はこの有り様である。もし本当に、カイネが相手だったらと思うと、ぞっとするものがある。
「ご、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
そっと、カイネの声が耳朶を打つ。彼は私に肩を寄せると、優しく頭を撫でてきた。
「大丈夫だよ、なんにも問題は無い。そう、むしろ魔力量が凄いのは、祝福されるべきことなんだから。兄様も、あんなに膨大な魔力を見たのは初めてかもしれない。少し役得だね」
柔らかな声で紡ぎ出される言葉の数々は、私の心を慰めるようにと紡がれた言葉ばかりだった。穏やかな温度のそれに、小さく顎を引いて、頷く。
「凄いねえ、メル」
「……兄様」
「君が気に病む必要は無いよ。癒術をしようとした、そうしたら思ったよりも魔法が大きくなっちゃった。ただそれだけなんだから」
カイネが静かに続ける。諭すような声音は、じんわりと私の胸の中に滲んでいくような気がした。
直後、部屋の扉をノックする音が聞こえる。リュジが「誰ですか?」と声をかけると、すぐにいらえがある。
「トゥードット子爵を代表してご挨拶申し上げます。ええと、……ユリウス・トゥードット、です。魔法検査の件で、来ました」
静かな声は、聞き覚えのある声だった。ユリウス、と僅かに名前を口にして、すぐに思い出す。
――ユリウス・トゥードット子爵は、私の兄弟子だ。父母に癒術を学ぶため、わざわざイストリア帝国の南部くんだりから私たちの家のある北部までやってきた、男の人。
「ユリウスさん?」
「うん、――ええと、はい。そうです。メルお嬢様」
知り合いか、とリュジが視線で私に尋ねる。頷くと同時に、カイネが「どうぞ、中へ」と声をかけるのが聞こえた。扉が開いて、中へ男性が入ってくる。
流麗な男性だった。薄い青色の髪に、同じような、薄い水色の瞳。海の浅瀬の、とりわけ美しい色をした部分を、そのまま写し取ったかのような、そんな綺麗な彩りで飾られている人だ。
端整な顔立ちは、見る人に静かな美しさを感じさせる。長い睫毛、筆ですっと書いたような鼻筋。口元を柔らかなストールのようなもので隠している。コートを着込んでいる姿は、まるで季節感に似つかわしくない。だが、ユリウスはいつもこんな感じだ。寒がりなのだと、いつか言っていた気がする。
ユリウスは私に気付くとそっと頬を緩めた。
冷徹なまでの雰囲気を与える面持ちが、子どものような稚さを一筋、宿す。
「ええと……。……一週間ぶり、ですね」
「そうですね。葬式の時に、顔を合わせて以来です」
「なんだかとても、久しぶりな気がします。ずっと会っていなかったような……」
ユリウスは首を振った。両親が存命の時は、ほとんど日を置かず毎日のように来ていた人である。数日離れただけでも、少し懐かしさのようなものを覚える。
「手紙、……送ったんです。何回か。でも、……来た方が早いと思って。ここへ来て、ギルドに登録していたら、ミュートス伯爵家が魔法測定士を早急に探していると、聞いて。すごく、……すごく。運が良かった、です」
「ということは、魔法測定のために来てくれたの?」
「はい。あの、……依頼、受注して。ここ、メルお嬢様がいるところだなあと思って、……来ました。すぐ」
ユリウスは小さく頷く。父母の葬式を開いた時に、父母と関わりのある人達が参列してくれたわけだが、その中にはもちろんユリウスも居た。
癒術を学ぶために子爵家からやってきていたユリウスに、父母が居なくなるのでもう癒術を教えることは出来ないことや、これまで沢山良くしてくれてありがとうという感謝、そしてこの場所を出て北にあるミュートス家に保護されるようになったということを話していたが、まさか会いに来てくれるとは思ってもみなかった。
兄弟子として、沢山の日々を共に過ごした。それなのに、別れの時に何も渡せず、別れるしか出来なかった。それが心残りだったから、また会えて、本当に――本当に、嬉しい。
「ユリウスはここで暮らすの?」
「一応は。家も、……借りました。ここからは少し遠い、ん、ですけど。ギルドもきちんと、登録出来たので。……癒術士としての仕事と、魔法測定の仕事、二つをやろうと考えています」
「……子爵家は大丈夫なの?」
「大丈夫です。家のことより、家族を亡くしたメルお嬢様の傍に居てやれ、と。……僕も、そう思った、ので」
「……ユリウス」
ユリウスは鞄の中から手袋のようなものを取り出した。手袋の表面には、沢山の幾何学的な模様が描かれている。――懐かしいな、と思う。
あれは魔法を測定するときに使う道具だ。私がまだ子どもだったころ、ユリウスが私の家に師事しに来たばかりのときに、父母が練習になるからと私の魔法測定を頼んだ覚えがある。その時も、同じ手袋を使っていた。
取り出した手袋を手にはめるユリウスをじっと見つめる。すると、今まで、ユリウスと私の会話を聞いて居たカイネとリュジが、「お二人は仲がよろしいですか?」と声をかけてきた。
カイネもリュジも、私の家に遊びにくることはあったが、基本的に父母に師事していたユリウスとは、会う機会があまり無かった。私は頷いて、「私の兄弟子だよ」と続ける。
「――ということは、トゥードット子爵は癒術にも長けているんですか?」
「ユリウスでかまいません、ええと――」
「カイネ。ミュートス辺境伯、長子、カイネと申します」
「ミュートス辺境伯。若輩ものながら、一級癒術士としての称号を得てはいます」
カイネが僅かに微笑む。では、私のこともお気軽に、と彼は続け、それから私を見た。
「癒術の講師、彼に頼んだらどうかな?」
「えっ」
「だって、兄弟子だろう。なら、気心も知れているだろうし……。それに、一級癒術士はあまり居ない。今から他の癒術士を探すにしても、メルが一番気に入っている相手の方が、問題ないだろうしね」
確かに、一級癒術士はあまりお目にかかれない。癒術を学び、そこで何かしらの成果を残した人のみが、一級になることが出来るのだから。
癒術を学び、ものにした人の多くは、二級止まりで一生を過ごすとされている。それを考えると、ユリウスは確かに講師としては申し分が無い。けれど――良いのだろうか。
「ユリウスが、先生……」
思わず独り言のように呟く。ユリウスが微かに顎を引いて、それから眦に喜色を乗せた。「僕は、かまいません」と、彼は明朗に続ける。
「たくさん、……、カタラ伯爵夫妻には教えてもらいました。きっと、教えて貰ったことを、お嬢様に教えることを、お二人は喜んでくださるはずです」
「でも――そんな。良いの? 何も返せないよ」
「今まで、……たくさん、もらいました。……だから、次は僕が返す番、ですよ。お嬢様。それに、そのために、来ました。ここへ。……だから、ユリウスはもういい、いらない、って言われたら、僕、北部で震えながら過ごすことしか、出来なくなります」
ユリウスがそっと眉根を寄せた。私や、それこそカイネよりも年上なのに、まるで捨てられそうな子犬に似た表情を浮かべて見せる。
まるで、少しずつ退路を塞がれるようだった。沢山の言い訳を並べ立てても、それらの一つ一つを、ユリウスは潰していくのだろう。私が申し訳無いから、なんて言おうものなら、わざと屋敷の前で震えながら日々を過ごすくらいのことはやり出しそうだった。そうして、「お嬢様、お嬢様の部屋でぬくぬく過ごす僕と、屋敷の前で震えながら過ごす僕、どっちが良いですか?」なんて聞いて来そうだ。
私がお願いをするのではなく、ユリウスがお願いをして、傍に居させてもらうのだという立場を作ろうとしている。そうすれば、断りづらいから。――優しい人なのだ。
それは出会ってからずっと、変わらない。
「……ユリウス、私に癒術を教えてくれる?」
「もちろん、です。お嬢様。――沢山学びましょうね」
ユリウスが笑う。そうしてから、手袋をはめた手の平で私の手にそっと触れた。
手の甲に描かれた沢山の模様が、魔力を帯びて柔らかく光る。繋がった部分からゆっくりと、内部に何かが――ユリウスの魔力が、流れ込んでくるのがわかった。
部屋で縮こまりながら、私はカイネとリュジと共に、診断士を待つ。
――大変なことになってしまった。
ど、どうなるんだろう、私。癒術が禁止になったりしたり、する可能性とか、あるんだろうか。
普段の魔法とはあまりにも違う。あそこまで制御が出来ないことなんて、無かったのに。
今回はカイネがなんとかしてくれたから、どうにかなった。カイネが居なかったらと思うとぞっとする所がある。思わず足の上で手の平をぎゅうっと握り絞める。先ほどまで膨大な魔法力に触れていた指先は、まだ少しだけひりひりとしていた。手の平の開閉を繰り返して、それからもう一度吐息を零す。
他人の、それも一切制御されていない魔法に触れたカイネは大丈夫なのかと、すぐに慌てて確認したが、カイネもちょっとひりひりするくらい、大丈夫だよ、と言っていた。だが、実際、他人の制御されていない魔法に触れてしまったら怪我や火傷のような症状が出るらしいし、今回カイネが大丈夫だったのは、カイネだったから――という他ないだろう。
もの凄く強く、かつ、魔法の行使に長けた彼だったからこそ、擦り傷で済んだのだ――。
「おい。大丈夫かよ。顔色が悪いけど……もしかして、魔力不足に陥っていたりしないよな」
「だ、大丈夫。そこらへんは全然」
「本当に? 無理はするなよ。もし疲れたならベッドで休めば良い。魔法検査は寝ていても出来るんだから」
私は首を振る。先ほどの状況を思い出すと、体に震えのようなものが走るが、それだけだ。魔力不足には陥っていない。手の平はきちんと思うように動くし、思考も淀みない。魔力不足に陥ると、現世で言う所の熱中症のような症状が出るらしいので、そこらへんは問題無いだろう。
ただ――。
「その、少し、怖かったんだ」
「怖かった?」
「……リュジが、花を持って来てくれて良かったって思って。もし――もし、人相手だったら……」
カイネが僅かに私たちの方を見る気配がした。リュジを見たまま、私は首を振る。
本当なら、最初は、カイネに魔法をかける予定だったかもしれないのだ。カイネは私のことを信頼しているからと言っていたが、結果はこの有り様である。もし本当に、カイネが相手だったらと思うと、ぞっとするものがある。
「ご、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
そっと、カイネの声が耳朶を打つ。彼は私に肩を寄せると、優しく頭を撫でてきた。
「大丈夫だよ、なんにも問題は無い。そう、むしろ魔力量が凄いのは、祝福されるべきことなんだから。兄様も、あんなに膨大な魔力を見たのは初めてかもしれない。少し役得だね」
柔らかな声で紡ぎ出される言葉の数々は、私の心を慰めるようにと紡がれた言葉ばかりだった。穏やかな温度のそれに、小さく顎を引いて、頷く。
「凄いねえ、メル」
「……兄様」
「君が気に病む必要は無いよ。癒術をしようとした、そうしたら思ったよりも魔法が大きくなっちゃった。ただそれだけなんだから」
カイネが静かに続ける。諭すような声音は、じんわりと私の胸の中に滲んでいくような気がした。
直後、部屋の扉をノックする音が聞こえる。リュジが「誰ですか?」と声をかけると、すぐにいらえがある。
「トゥードット子爵を代表してご挨拶申し上げます。ええと、……ユリウス・トゥードット、です。魔法検査の件で、来ました」
静かな声は、聞き覚えのある声だった。ユリウス、と僅かに名前を口にして、すぐに思い出す。
――ユリウス・トゥードット子爵は、私の兄弟子だ。父母に癒術を学ぶため、わざわざイストリア帝国の南部くんだりから私たちの家のある北部までやってきた、男の人。
「ユリウスさん?」
「うん、――ええと、はい。そうです。メルお嬢様」
知り合いか、とリュジが視線で私に尋ねる。頷くと同時に、カイネが「どうぞ、中へ」と声をかけるのが聞こえた。扉が開いて、中へ男性が入ってくる。
流麗な男性だった。薄い青色の髪に、同じような、薄い水色の瞳。海の浅瀬の、とりわけ美しい色をした部分を、そのまま写し取ったかのような、そんな綺麗な彩りで飾られている人だ。
端整な顔立ちは、見る人に静かな美しさを感じさせる。長い睫毛、筆ですっと書いたような鼻筋。口元を柔らかなストールのようなもので隠している。コートを着込んでいる姿は、まるで季節感に似つかわしくない。だが、ユリウスはいつもこんな感じだ。寒がりなのだと、いつか言っていた気がする。
ユリウスは私に気付くとそっと頬を緩めた。
冷徹なまでの雰囲気を与える面持ちが、子どものような稚さを一筋、宿す。
「ええと……。……一週間ぶり、ですね」
「そうですね。葬式の時に、顔を合わせて以来です」
「なんだかとても、久しぶりな気がします。ずっと会っていなかったような……」
ユリウスは首を振った。両親が存命の時は、ほとんど日を置かず毎日のように来ていた人である。数日離れただけでも、少し懐かしさのようなものを覚える。
「手紙、……送ったんです。何回か。でも、……来た方が早いと思って。ここへ来て、ギルドに登録していたら、ミュートス伯爵家が魔法測定士を早急に探していると、聞いて。すごく、……すごく。運が良かった、です」
「ということは、魔法測定のために来てくれたの?」
「はい。あの、……依頼、受注して。ここ、メルお嬢様がいるところだなあと思って、……来ました。すぐ」
ユリウスは小さく頷く。父母の葬式を開いた時に、父母と関わりのある人達が参列してくれたわけだが、その中にはもちろんユリウスも居た。
癒術を学ぶために子爵家からやってきていたユリウスに、父母が居なくなるのでもう癒術を教えることは出来ないことや、これまで沢山良くしてくれてありがとうという感謝、そしてこの場所を出て北にあるミュートス家に保護されるようになったということを話していたが、まさか会いに来てくれるとは思ってもみなかった。
兄弟子として、沢山の日々を共に過ごした。それなのに、別れの時に何も渡せず、別れるしか出来なかった。それが心残りだったから、また会えて、本当に――本当に、嬉しい。
「ユリウスはここで暮らすの?」
「一応は。家も、……借りました。ここからは少し遠い、ん、ですけど。ギルドもきちんと、登録出来たので。……癒術士としての仕事と、魔法測定の仕事、二つをやろうと考えています」
「……子爵家は大丈夫なの?」
「大丈夫です。家のことより、家族を亡くしたメルお嬢様の傍に居てやれ、と。……僕も、そう思った、ので」
「……ユリウス」
ユリウスは鞄の中から手袋のようなものを取り出した。手袋の表面には、沢山の幾何学的な模様が描かれている。――懐かしいな、と思う。
あれは魔法を測定するときに使う道具だ。私がまだ子どもだったころ、ユリウスが私の家に師事しに来たばかりのときに、父母が練習になるからと私の魔法測定を頼んだ覚えがある。その時も、同じ手袋を使っていた。
取り出した手袋を手にはめるユリウスをじっと見つめる。すると、今まで、ユリウスと私の会話を聞いて居たカイネとリュジが、「お二人は仲がよろしいですか?」と声をかけてきた。
カイネもリュジも、私の家に遊びにくることはあったが、基本的に父母に師事していたユリウスとは、会う機会があまり無かった。私は頷いて、「私の兄弟子だよ」と続ける。
「――ということは、トゥードット子爵は癒術にも長けているんですか?」
「ユリウスでかまいません、ええと――」
「カイネ。ミュートス辺境伯、長子、カイネと申します」
「ミュートス辺境伯。若輩ものながら、一級癒術士としての称号を得てはいます」
カイネが僅かに微笑む。では、私のこともお気軽に、と彼は続け、それから私を見た。
「癒術の講師、彼に頼んだらどうかな?」
「えっ」
「だって、兄弟子だろう。なら、気心も知れているだろうし……。それに、一級癒術士はあまり居ない。今から他の癒術士を探すにしても、メルが一番気に入っている相手の方が、問題ないだろうしね」
確かに、一級癒術士はあまりお目にかかれない。癒術を学び、そこで何かしらの成果を残した人のみが、一級になることが出来るのだから。
癒術を学び、ものにした人の多くは、二級止まりで一生を過ごすとされている。それを考えると、ユリウスは確かに講師としては申し分が無い。けれど――良いのだろうか。
「ユリウスが、先生……」
思わず独り言のように呟く。ユリウスが微かに顎を引いて、それから眦に喜色を乗せた。「僕は、かまいません」と、彼は明朗に続ける。
「たくさん、……、カタラ伯爵夫妻には教えてもらいました。きっと、教えて貰ったことを、お嬢様に教えることを、お二人は喜んでくださるはずです」
「でも――そんな。良いの? 何も返せないよ」
「今まで、……たくさん、もらいました。……だから、次は僕が返す番、ですよ。お嬢様。それに、そのために、来ました。ここへ。……だから、ユリウスはもういい、いらない、って言われたら、僕、北部で震えながら過ごすことしか、出来なくなります」
ユリウスがそっと眉根を寄せた。私や、それこそカイネよりも年上なのに、まるで捨てられそうな子犬に似た表情を浮かべて見せる。
まるで、少しずつ退路を塞がれるようだった。沢山の言い訳を並べ立てても、それらの一つ一つを、ユリウスは潰していくのだろう。私が申し訳無いから、なんて言おうものなら、わざと屋敷の前で震えながら日々を過ごすくらいのことはやり出しそうだった。そうして、「お嬢様、お嬢様の部屋でぬくぬく過ごす僕と、屋敷の前で震えながら過ごす僕、どっちが良いですか?」なんて聞いて来そうだ。
私がお願いをするのではなく、ユリウスがお願いをして、傍に居させてもらうのだという立場を作ろうとしている。そうすれば、断りづらいから。――優しい人なのだ。
それは出会ってからずっと、変わらない。
「……ユリウス、私に癒術を教えてくれる?」
「もちろん、です。お嬢様。――沢山学びましょうね」
ユリウスが笑う。そうしてから、手袋をはめた手の平で私の手にそっと触れた。
手の甲に描かれた沢山の模様が、魔力を帯びて柔らかく光る。繋がった部分からゆっくりと、内部に何かが――ユリウスの魔力が、流れ込んでくるのがわかった。
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