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狩猟祭
10.狩猟祭に向けて
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私がやるべきこと。推しを幸せにすること。推しをラスボス化させないこと。
そして――推しの家庭環境をなんとかすること。
三つ目は、トゥーリッキ夫人がそもそも家にあまり帰ってこないことも相まって、どうにかすることが今のところ出来ていない。
会話の機会もないし、たまに帰ってきてもカイネにつきっきりだ。私が話しかけても無視されるし、それを見てカイネが悲しそうな顔をするし、リュジも俯くしでもう良いことがほとんどない。災厄の擬人化と言われたら納得してしまうくらいである。
トゥーリッキ夫人はそもそも王都近くに存在する教会で日々過ごしているらしく、カイネに何かあったり、気が向いた時に帰ってくる。自由な人だ。
使用人に聞けば、トゥーリッキ夫人に関してのことは、多少なりとも教えてくれる。昔はこうではなかった、という意見が多かった。
つまり、彼女には、今に至るまでに変わってしまう理由があったのだ。
それがわかれば、もしかしたら、せめて。
少しくらいは、どうにかなるかもしれない、なんて。
とにかく、私が出来ることなんて、ゴールを目指して色々な場所に寄り道しつつ突っ走ることだけである。
そして私には、どの方法が最適で、どういった方法が最良なのか、まだわからない。沢山の物事を一つ一つ精査している時間はない。なにせ、そう。
私にはもう、あと四年しか残されていないのだから。
「リュジ! かっこいいね!」
「……」
とてつもない温度の視線が向かってくる。ちょっと温度低すぎない? もう少し温めても良くない? と思うくらいの、ほとんど冷徹と言っても過言ではない程度の視線だ。
もし普通の人が――それこそ、リュジと親交の薄い誰かが、絶対零度の視線を受け止めたら、多分息を詰めていただろう。だが、私はリュジと仲良いし、ほとんど義理の家族みたいなものだし、なんなら寝食だって共にしているので、一切の問題が無かった。全然怖くない。
「リュジ! 今日も素敵だよ!」
「……うるさい」
「照れてるぅ!」
「照れてない」
にべのない返答だった。リュジは的に向けていた杖を下ろすと、私の方をくるりと向く。
先日誕生日を迎えて十歳になったリュジは、背が少しだけ大きくなった。まだまだまろみを残した部分は沢山あって、幼さの滲む体の形をしているのだが、それにしたって成長が早いなあ、なんてしみじみと思うものである。
「最近、なんなんだよ。毎日毎日」
「沢山褒めていかないといけないと思って」
「一年中、ずっと褒められ続ける相手の気持ち、考えろ」
もちろん、考えている。その上で、実行しようと決めたのだ。私は小さく息を吐きながら、リュジが再度魔法の練習に打ち込むのを眺めた。
――私が癒術を使い、庭をジャングルにしてしまった日から、ちょうど一年近くが経った。
その間、私はユリウスに師事しつつ、癒術のことを学び直し、自身の体の癒術に関係する魔力をどうにか押さえ込むように、日々努力している。今のところ、まだ、あまり上手くはいっていない。体に父母から与えられた魔力がしっかりとなじんでいるとは言いづらく、制御も心許ない、というのが実際のところだ。カイネが死ぬまで後四年というリミットはあるにせよ、それにしたって、どうにかして癒術の力を取り戻しておきたい。
そうしたら、もし――もしも避けられないことが起きたとしても、助けられるかもしれないから。
それと別に、リュジの底辺を行ったり来たりしている自己肯定感を上げるべく、あの日から――トゥーリッキ夫人にぶたれて少し経った頃から、毎日のように褒めを行っている。
こちらに関しては今の所、嫌がられたりするくらいで、上手くいっている実感はない。
「二人とも。朝早いね」
「兄上こそ。昨日は夜遅くまで警邏されていたんじゃ」
「私は全然、問題無いよ」
ゆるやかに結った長い髪を軽く揺らしながら近づいてくるのは、カイネだ。以前にも増して、最近美貌に磨きがかかっているようにも見える。精悍だった体躯は更に鍛え上げられ、そろそろ騎士団長として名を上げる日も近いのでは、なんて噂されているほどである。
実際、カイネはここ一年で更に武芸、そして魔法の腕を伸ばした。星の子だから、と口さがなく言う人もいるけれど、ひとえにカイネ自身が努力し続けたからこそだと私は思う。
成長の伸びしろが、とてつもないことは、隅に置いておくとして、だ。
「リュジは最近身が入っているね。やっぱり、狩猟祭が楽しみなの?」
「……兄上には見透かされていますね。そうです。今年は特に、殿下も参加されるとのことですから」
「ずるいよねぇ。殿下が参加出来るなら、私だって参加しても良いはずなのに……」
カイネが少しだけ拗ねたような表情を浮かべる。それに小さく笑って返して、私はリュジによってぼろぼろになった的を見つめた。
狩猟祭、とは、その名の通り、狩猟を行う祭りのことである。といっても、実際にどこか野山に出かけて狩猟をするのか、というとそうではない。
狩猟祭はイストリア帝国、王都近くの森で行われる。
期日は一日、森の中の一定範囲に魔物を模した風船が解き放たれる。それらは魔法がかけられていて、本物のように動き、人々を翻弄する。
狩猟祭に参加する人々は、それらの風船を割っていくのだ。風船の中には印章の施された石が入っていて、それぞれに得点がある。それらを一番多く集めた人が優勝になるという、単純明快でわかりやすい祭と言える。
十歳から十六歳までの、貴族の子どもが参加することが出来る。まだ稚い子どもが参加するということもあってか、狩猟祭は名ばかりとなり、どちらかというと参加した人々がお互いに交流を深めることに重きを置かれている。
――殿下はカイネと同い年で、今年十九のはずだから、その枠から外れてはいるのだが、今回に限って参加することになった。陛下の推薦によって、という話ではあるけれど、真偽のほどは定かではない。
「リュジ、殿下を破ってきてよ。兄様の宿願を果たして」
「殿下は兄上と同じくらい武芸に溢れた人と聞いています。そんな人に俺が勝てるとでも」
「やってみなきゃわからないよ。ねえ、メル」
「そうそう。やってみなきゃわからないよ! リュジ!」
ぐっと拳を握ると、リュジは小さく息を吐いた。「メルは?」と彼は言葉を続ける。
参加するのか、と聞きたいのだろう。私は首を振った。
「私も参加したかったんだけど……」
「メルはユリウスの手伝いを行うんだよね」
「そう。そうなの……。癒術士見習いとして、怪我人が出たら助けたりしなくちゃいけないらしくて」
本当は参加したかった。去年は色々あって出来なかったし、今年こそは、と思って居たのだが。
ユリウスから「メルお嬢様、……祭の日は、たくさん、怪我人が出ます。たくさん、勉強出来ますよ」なんて言われたら、断れるはずもなかったのだ。
「だから私は後方からリュジの格好良いところを眺めて応援してるね」
「いいねえ、それ。兄様も沢山応援しようかな。リュジ! 頑張れ!」
「リュジ! ハート作って!」
「あ、ずるいなあ、メル。リュジ! 兄様にもハート作って!」
「やりませんから」
当日は団扇でも持って応援しようかと思っていたが、この拒否具合からしたら、実際にそんなことしようものなら数日は口をきいて貰えなくなるかもしれない。私はカイネと一緒にしょぼくれながら、視線を合わせて小さく笑い合った。
「でも――本当に、リュジならきっと殿下にも勝てると、兄様は思っているよ」
「……兄上に出来なかったことを、俺が出来るわけがないでしょう」
「そうかな? 私とリュジは違う。私が出来なかったことをリュジは出来るかもしれないし、逆も同じだよ。それに、リュジの魔法の精度と、武芸に関する上達は、本当に凄いからね。きっと、出来るよ」
リュジは微かに顎を引いた。私が褒めた時にはあまり見せない、少しだけ照れたような表情を浮かべてみせる。
ど、どうして。私が褒めた時にも照れてくれたっていいのに。なんだか最近、挨拶と同じくらいのものに取られている気がしてならない。
もう少し情感を持って言うべきだろうか。こう、褒め一つにしたって、格好良いとか、凄いとか、そういうのではなく語彙力を巧みに使って……。
うんうんと唸っていると、リュジが私をちら、と見て、「……メルは」と言葉を続ける。
なんだろう。名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、視線が合った瞬間、リュジが慌てたように顔を逸らすのが見えた。
メルは。何だろう。疑問が心中で首をもたげるが、リュジはこれ以上私にヒントを与えないようだし、とりあえず私も褒めを決行させてもらうことにしよう。
「私もカイネと同じく、リュジは殿下に勝てると思ってるよ」
「……二人とも、どうしてそこまで俺のことを」
「リュジだから!」
カイネと同時に、同じ言葉を吐き出す。リュジが僅かに顎を引く。彼は照れたように頬を赤くすると、「……努力はします」とだけ続けた。
朝の訓練が終わると、そのままユリウスとの勉強の時間になる。家庭教師として、私と、ひいてはミュートス家と契約を交わしたユリウスは、ほとんど毎日のようにミュートス家に訪れては、私に癒術や魔法、それとマナーやダンスの仕方について教えては去って行く。最近は、デビュタントのことも見据えて、ダンスの練習が少しだけ多くなった。
覚える曲数と踊り方は決まっているのだが、それにしたって大変である。
「デビュタント……したくない……」
「あと五年後の話、ですよ。きっと、それまでには……上手くなっています」
「でも、でもさぁ、でも……」
泣き言を漏らすと、ユリウスは小さく苦笑した。今日はここまでにして、癒術の勉強をしましょうか、と彼が言う。
ユリウスはつくづく私に甘いと思う。だが、その甘さに死ぬほど頼り切っている私が、何を言える立場でもない。うんうんと何度も頷いて、私たちは椅子に腰を下ろした。
外から、どこからか響いてくる空砲のような音がする。そっと視線を向けると、「狩猟祭、近い、……ですね」とユリウスが囁いた。
「怪我人が多く出る、んだよね」
「はい。……本当に、すごく。毎年、たくさん出るんです。みんな、風船を壊そうと躍起になるので……。ただそうはいっても、重傷者はいません。魔法を使う時の杖が制限されるからです」
「制限?」
ユリウスは小さく頷く。「はい。――普段、魔法を使う時、慣れた杖を使い、ますよね」と彼は滔々と言葉を続けた。
魔法を使う時に持つ杖は、使い慣れたものを使用することが多い。初めて使う杖は、魔力のなじみも悪く、普段通りに魔法を使うのが難しくなるからだ。
「ですが、狩猟祭では、狩猟祭のために作られた杖を、使うんです。……出力される魔法は制限されているので、普段のものよりも威力は低くて……」
「そうなんだ……」
「はい。だから、悪いことも出来ないように、……なっていて」
悪いこと。――想像は出来る。貴族である以上、様々な確執めいたものが存在する。狩猟祭に乗じて、少しくらい一矢報いてやろう、みたいなことを考える人も居るだろう。ふむふむと頷いて、私はユリウスを見上げる。
「ユリウスも参加したことあるの?」
「うん。……はい。あります、カイネ伯爵と、殿下と、同じ年に」
ユリウスは言葉を続ける。「その年は誰が優勝したの?」と、身を乗り出すと、ユリウスは小さく笑った。
「殿下、でした。……カイネ伯爵は、確か二位で。どちらも、すごく……すごく、奮闘されたようです」
「ユリウスは?」
「僕は十位です」
沢山の子ども達が参加するなか、十位に名を連ねるのは、凄いのではないだろうか。凄いね、と拍手をすると、ユリウスは嬉しそうに目を細める。口元を隠すストールの皺を、指先で伸ばしながら、彼は言葉を続けた。
「ただ、その年は陛下が、……殿下を優勝させようとしていたんじゃないか、と、言われていて」
「どういうこと?」
「殿下の近くに、たくさん、風船があったと。……殿下を追いかけるように、風船が動いていた、と言い出す人も居て。大変でした」
「そうなんだ……」
疑惑の判定、というところだろうか。皇族からすると、王位継承者が祭に参加する以上、優勝するように画策するのはあたりまえなんだろうな、と思う。
負けてしまったら、二位を取ったという不名誉が一生残り続けるだろう。無論、そういうものを気にしない皇族も居るのだろうが、イストリア帝国ではそうではない。ただそれだけの話だった。
「本当は兄様が勝っていたのかもしれないんだね」
「はい。……あの。実は、今年、リュジ様が参加されるの、少し、心配で」
「リュジが? ――でも、リュジは強いよ。心配せずとも、多分ものすごく良い点数を取るんじゃないかなあ」
「いえ、実力を疑っては、いないんです。ただ――また、殿下が、参加されるでしょう。だから……」
ユリウスは言葉を続ける。そうしてから小さく吐息を零すと首を振った。「いえ、起こっていないこと、いったら、駄目……ですね」と彼は続ける。
そうして、話題の種を変えるように、彼は魔法書を開いた。そこには先日学んだ風に関する魔法の記述が記載されている。
「当日は、僕も……メルお嬢様もいます。だから、きっと。いえ、……絶対。大丈夫、です」
ユリウスは小さく笑う。彼が抱えた疑念、それの追求は、きっと許されないのだろう。
僅かなしこりのようなものが、喉の奥に詰まる。それを飲み下すことも出来ないまま、私はユリウスと同じく、魔法書を覗き込んだ。
そして――推しの家庭環境をなんとかすること。
三つ目は、トゥーリッキ夫人がそもそも家にあまり帰ってこないことも相まって、どうにかすることが今のところ出来ていない。
会話の機会もないし、たまに帰ってきてもカイネにつきっきりだ。私が話しかけても無視されるし、それを見てカイネが悲しそうな顔をするし、リュジも俯くしでもう良いことがほとんどない。災厄の擬人化と言われたら納得してしまうくらいである。
トゥーリッキ夫人はそもそも王都近くに存在する教会で日々過ごしているらしく、カイネに何かあったり、気が向いた時に帰ってくる。自由な人だ。
使用人に聞けば、トゥーリッキ夫人に関してのことは、多少なりとも教えてくれる。昔はこうではなかった、という意見が多かった。
つまり、彼女には、今に至るまでに変わってしまう理由があったのだ。
それがわかれば、もしかしたら、せめて。
少しくらいは、どうにかなるかもしれない、なんて。
とにかく、私が出来ることなんて、ゴールを目指して色々な場所に寄り道しつつ突っ走ることだけである。
そして私には、どの方法が最適で、どういった方法が最良なのか、まだわからない。沢山の物事を一つ一つ精査している時間はない。なにせ、そう。
私にはもう、あと四年しか残されていないのだから。
「リュジ! かっこいいね!」
「……」
とてつもない温度の視線が向かってくる。ちょっと温度低すぎない? もう少し温めても良くない? と思うくらいの、ほとんど冷徹と言っても過言ではない程度の視線だ。
もし普通の人が――それこそ、リュジと親交の薄い誰かが、絶対零度の視線を受け止めたら、多分息を詰めていただろう。だが、私はリュジと仲良いし、ほとんど義理の家族みたいなものだし、なんなら寝食だって共にしているので、一切の問題が無かった。全然怖くない。
「リュジ! 今日も素敵だよ!」
「……うるさい」
「照れてるぅ!」
「照れてない」
にべのない返答だった。リュジは的に向けていた杖を下ろすと、私の方をくるりと向く。
先日誕生日を迎えて十歳になったリュジは、背が少しだけ大きくなった。まだまだまろみを残した部分は沢山あって、幼さの滲む体の形をしているのだが、それにしたって成長が早いなあ、なんてしみじみと思うものである。
「最近、なんなんだよ。毎日毎日」
「沢山褒めていかないといけないと思って」
「一年中、ずっと褒められ続ける相手の気持ち、考えろ」
もちろん、考えている。その上で、実行しようと決めたのだ。私は小さく息を吐きながら、リュジが再度魔法の練習に打ち込むのを眺めた。
――私が癒術を使い、庭をジャングルにしてしまった日から、ちょうど一年近くが経った。
その間、私はユリウスに師事しつつ、癒術のことを学び直し、自身の体の癒術に関係する魔力をどうにか押さえ込むように、日々努力している。今のところ、まだ、あまり上手くはいっていない。体に父母から与えられた魔力がしっかりとなじんでいるとは言いづらく、制御も心許ない、というのが実際のところだ。カイネが死ぬまで後四年というリミットはあるにせよ、それにしたって、どうにかして癒術の力を取り戻しておきたい。
そうしたら、もし――もしも避けられないことが起きたとしても、助けられるかもしれないから。
それと別に、リュジの底辺を行ったり来たりしている自己肯定感を上げるべく、あの日から――トゥーリッキ夫人にぶたれて少し経った頃から、毎日のように褒めを行っている。
こちらに関しては今の所、嫌がられたりするくらいで、上手くいっている実感はない。
「二人とも。朝早いね」
「兄上こそ。昨日は夜遅くまで警邏されていたんじゃ」
「私は全然、問題無いよ」
ゆるやかに結った長い髪を軽く揺らしながら近づいてくるのは、カイネだ。以前にも増して、最近美貌に磨きがかかっているようにも見える。精悍だった体躯は更に鍛え上げられ、そろそろ騎士団長として名を上げる日も近いのでは、なんて噂されているほどである。
実際、カイネはここ一年で更に武芸、そして魔法の腕を伸ばした。星の子だから、と口さがなく言う人もいるけれど、ひとえにカイネ自身が努力し続けたからこそだと私は思う。
成長の伸びしろが、とてつもないことは、隅に置いておくとして、だ。
「リュジは最近身が入っているね。やっぱり、狩猟祭が楽しみなの?」
「……兄上には見透かされていますね。そうです。今年は特に、殿下も参加されるとのことですから」
「ずるいよねぇ。殿下が参加出来るなら、私だって参加しても良いはずなのに……」
カイネが少しだけ拗ねたような表情を浮かべる。それに小さく笑って返して、私はリュジによってぼろぼろになった的を見つめた。
狩猟祭、とは、その名の通り、狩猟を行う祭りのことである。といっても、実際にどこか野山に出かけて狩猟をするのか、というとそうではない。
狩猟祭はイストリア帝国、王都近くの森で行われる。
期日は一日、森の中の一定範囲に魔物を模した風船が解き放たれる。それらは魔法がかけられていて、本物のように動き、人々を翻弄する。
狩猟祭に参加する人々は、それらの風船を割っていくのだ。風船の中には印章の施された石が入っていて、それぞれに得点がある。それらを一番多く集めた人が優勝になるという、単純明快でわかりやすい祭と言える。
十歳から十六歳までの、貴族の子どもが参加することが出来る。まだ稚い子どもが参加するということもあってか、狩猟祭は名ばかりとなり、どちらかというと参加した人々がお互いに交流を深めることに重きを置かれている。
――殿下はカイネと同い年で、今年十九のはずだから、その枠から外れてはいるのだが、今回に限って参加することになった。陛下の推薦によって、という話ではあるけれど、真偽のほどは定かではない。
「リュジ、殿下を破ってきてよ。兄様の宿願を果たして」
「殿下は兄上と同じくらい武芸に溢れた人と聞いています。そんな人に俺が勝てるとでも」
「やってみなきゃわからないよ。ねえ、メル」
「そうそう。やってみなきゃわからないよ! リュジ!」
ぐっと拳を握ると、リュジは小さく息を吐いた。「メルは?」と彼は言葉を続ける。
参加するのか、と聞きたいのだろう。私は首を振った。
「私も参加したかったんだけど……」
「メルはユリウスの手伝いを行うんだよね」
「そう。そうなの……。癒術士見習いとして、怪我人が出たら助けたりしなくちゃいけないらしくて」
本当は参加したかった。去年は色々あって出来なかったし、今年こそは、と思って居たのだが。
ユリウスから「メルお嬢様、……祭の日は、たくさん、怪我人が出ます。たくさん、勉強出来ますよ」なんて言われたら、断れるはずもなかったのだ。
「だから私は後方からリュジの格好良いところを眺めて応援してるね」
「いいねえ、それ。兄様も沢山応援しようかな。リュジ! 頑張れ!」
「リュジ! ハート作って!」
「あ、ずるいなあ、メル。リュジ! 兄様にもハート作って!」
「やりませんから」
当日は団扇でも持って応援しようかと思っていたが、この拒否具合からしたら、実際にそんなことしようものなら数日は口をきいて貰えなくなるかもしれない。私はカイネと一緒にしょぼくれながら、視線を合わせて小さく笑い合った。
「でも――本当に、リュジならきっと殿下にも勝てると、兄様は思っているよ」
「……兄上に出来なかったことを、俺が出来るわけがないでしょう」
「そうかな? 私とリュジは違う。私が出来なかったことをリュジは出来るかもしれないし、逆も同じだよ。それに、リュジの魔法の精度と、武芸に関する上達は、本当に凄いからね。きっと、出来るよ」
リュジは微かに顎を引いた。私が褒めた時にはあまり見せない、少しだけ照れたような表情を浮かべてみせる。
ど、どうして。私が褒めた時にも照れてくれたっていいのに。なんだか最近、挨拶と同じくらいのものに取られている気がしてならない。
もう少し情感を持って言うべきだろうか。こう、褒め一つにしたって、格好良いとか、凄いとか、そういうのではなく語彙力を巧みに使って……。
うんうんと唸っていると、リュジが私をちら、と見て、「……メルは」と言葉を続ける。
なんだろう。名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、視線が合った瞬間、リュジが慌てたように顔を逸らすのが見えた。
メルは。何だろう。疑問が心中で首をもたげるが、リュジはこれ以上私にヒントを与えないようだし、とりあえず私も褒めを決行させてもらうことにしよう。
「私もカイネと同じく、リュジは殿下に勝てると思ってるよ」
「……二人とも、どうしてそこまで俺のことを」
「リュジだから!」
カイネと同時に、同じ言葉を吐き出す。リュジが僅かに顎を引く。彼は照れたように頬を赤くすると、「……努力はします」とだけ続けた。
朝の訓練が終わると、そのままユリウスとの勉強の時間になる。家庭教師として、私と、ひいてはミュートス家と契約を交わしたユリウスは、ほとんど毎日のようにミュートス家に訪れては、私に癒術や魔法、それとマナーやダンスの仕方について教えては去って行く。最近は、デビュタントのことも見据えて、ダンスの練習が少しだけ多くなった。
覚える曲数と踊り方は決まっているのだが、それにしたって大変である。
「デビュタント……したくない……」
「あと五年後の話、ですよ。きっと、それまでには……上手くなっています」
「でも、でもさぁ、でも……」
泣き言を漏らすと、ユリウスは小さく苦笑した。今日はここまでにして、癒術の勉強をしましょうか、と彼が言う。
ユリウスはつくづく私に甘いと思う。だが、その甘さに死ぬほど頼り切っている私が、何を言える立場でもない。うんうんと何度も頷いて、私たちは椅子に腰を下ろした。
外から、どこからか響いてくる空砲のような音がする。そっと視線を向けると、「狩猟祭、近い、……ですね」とユリウスが囁いた。
「怪我人が多く出る、んだよね」
「はい。……本当に、すごく。毎年、たくさん出るんです。みんな、風船を壊そうと躍起になるので……。ただそうはいっても、重傷者はいません。魔法を使う時の杖が制限されるからです」
「制限?」
ユリウスは小さく頷く。「はい。――普段、魔法を使う時、慣れた杖を使い、ますよね」と彼は滔々と言葉を続けた。
魔法を使う時に持つ杖は、使い慣れたものを使用することが多い。初めて使う杖は、魔力のなじみも悪く、普段通りに魔法を使うのが難しくなるからだ。
「ですが、狩猟祭では、狩猟祭のために作られた杖を、使うんです。……出力される魔法は制限されているので、普段のものよりも威力は低くて……」
「そうなんだ……」
「はい。だから、悪いことも出来ないように、……なっていて」
悪いこと。――想像は出来る。貴族である以上、様々な確執めいたものが存在する。狩猟祭に乗じて、少しくらい一矢報いてやろう、みたいなことを考える人も居るだろう。ふむふむと頷いて、私はユリウスを見上げる。
「ユリウスも参加したことあるの?」
「うん。……はい。あります、カイネ伯爵と、殿下と、同じ年に」
ユリウスは言葉を続ける。「その年は誰が優勝したの?」と、身を乗り出すと、ユリウスは小さく笑った。
「殿下、でした。……カイネ伯爵は、確か二位で。どちらも、すごく……すごく、奮闘されたようです」
「ユリウスは?」
「僕は十位です」
沢山の子ども達が参加するなか、十位に名を連ねるのは、凄いのではないだろうか。凄いね、と拍手をすると、ユリウスは嬉しそうに目を細める。口元を隠すストールの皺を、指先で伸ばしながら、彼は言葉を続けた。
「ただ、その年は陛下が、……殿下を優勝させようとしていたんじゃないか、と、言われていて」
「どういうこと?」
「殿下の近くに、たくさん、風船があったと。……殿下を追いかけるように、風船が動いていた、と言い出す人も居て。大変でした」
「そうなんだ……」
疑惑の判定、というところだろうか。皇族からすると、王位継承者が祭に参加する以上、優勝するように画策するのはあたりまえなんだろうな、と思う。
負けてしまったら、二位を取ったという不名誉が一生残り続けるだろう。無論、そういうものを気にしない皇族も居るのだろうが、イストリア帝国ではそうではない。ただそれだけの話だった。
「本当は兄様が勝っていたのかもしれないんだね」
「はい。……あの。実は、今年、リュジ様が参加されるの、少し、心配で」
「リュジが? ――でも、リュジは強いよ。心配せずとも、多分ものすごく良い点数を取るんじゃないかなあ」
「いえ、実力を疑っては、いないんです。ただ――また、殿下が、参加されるでしょう。だから……」
ユリウスは言葉を続ける。そうしてから小さく吐息を零すと首を振った。「いえ、起こっていないこと、いったら、駄目……ですね」と彼は続ける。
そうして、話題の種を変えるように、彼は魔法書を開いた。そこには先日学んだ風に関する魔法の記述が記載されている。
「当日は、僕も……メルお嬢様もいます。だから、きっと。いえ、……絶対。大丈夫、です」
ユリウスは小さく笑う。彼が抱えた疑念、それの追求は、きっと許されないのだろう。
僅かなしこりのようなものが、喉の奥に詰まる。それを飲み下すことも出来ないまま、私はユリウスと同じく、魔法書を覗き込んだ。
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本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
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