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狩猟祭
14.こわれたものをなおすこと
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狩猟祭当日、王都の傍まで馬車を回す。王都からは、先日訪れた時以上に人の喧噪が外まで響いてきて、活気の良さが伝わってくるようだった。
門の傍に貴族が止めたであろう、馬車もいくつか見える。遠くから来た貴族は、狩猟祭の後、直ぐに帰らず、王都に一泊して帰るのだろう。
「凄いね。そうだ、狩猟祭が終わったら街を見回ろうよ。この前は森関連の視察であんまり遊べなかったし……」
「……」
「リュジ?」
私は向かいに座るリュジに声をかける。少し緊張しているらしく、珍しく顔色が少しだけ悪い。リュジは私がじっと見つめていることに気付いたのか、慌てて「えっ、あ、そ、そうだな」と続けた。
これは。もしや。私の手伝いが必要な感じ――ではないだろうか。
私は含むような表情を浮かべて、リュジの隣に腰掛けた。リュジが「せまい」と悪態を吐く。それでも、少しだけ詰めてくれるので、その辺り優しいなあ、なんて思う。
狩猟祭というのは、皇族が主催する祭なだけあって、正装をして参加する子どもが多いらしいが、リュジも例に漏れずそうしていた。ミュートス家の正装――赤色を基調とした、美しい騎士服を身につけている。肩からはマントが下がっていて、それにはミュートス家の紋章が描かれていた。普段とはまた違った服装の推し。最高の差分である。
思わずにやにやとしてしまいそうになるが、そんな表情を浮かべてしまっては確実に嫌がられるのは想像に難く無い。私は必死に自分の表情を抑え込みつつ、リュジに言葉を投げかけた。
「リュジ、緊張してるでしょ」
「……そんなわけ、ないだろ」
リュジは微かに息を零すと、ふいと視線を窓の外へ投げた。ガラスの向こうに、街路や、同じく森を目指す馬車の姿がいくつか見えた。
私はそっと呼吸を零してから、リュジの手に触れる。膝の上で固く握られていた拳が、一瞬だけびくりと震えた。リュジが「何?」と、少しだけぞんざいな口調で、私を見ずに言葉を続ける。
拳は、冷たい。緊張していない、と言うが、嘘なのだろう。
「急になんだよ」
「……。なんだか寒いなあって思って」
「はあ……?」
「繋いでて良い?」
ぎゅ、と指先を重ねる。リュジは私の方へ視線を向けて、それから直ぐに逸らした。勝手にしろ、という声に小さく笑う。
勝手にさせてもらうことにしよう。
森の入り口まで来たところで馬車を降り、リュジとは別れることになった。
ユリウスと共に救護室がある場所まで向かう。中には既に数人の癒術士が待機していて、ユリウスを見ると嬉しそうに表情を綻ばせた。そのうちの一人、老年の男性がゆっくりと近づいてくる。
「ユリウス卿。本日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。――それと、今日は私の兄弟弟子も連れてきました」
ユリウスが私の背にそっと触れる。私はユリウスの横からゆっくりと腰を落とし、挨拶を済ませる。男性は私の名前を聞くと、一瞬だけ呆けた顔をして、「カタラ伯爵夫妻の……」とだけ口にした。
「ご愁傷様でした。その後、ミュートス辺境伯の家でお休みになられていると伺いましたが、いやはや、ユリウス卿も一緒だったのですね」
「はい。僕が少し、無理を言う形で一緒にさせていただきました。……メルお嬢様は、今日は癒術の勉強に来られています。良ければ治療過程を見せて頂ければと」
「お願いします」
ユリウスの言葉に続くように、慌てて声を続ける。男性はゆっくりと頷き、「是非ご覧になっていってください。癒術は実地で学べることも多いですから」と続けた。
程なくして、空砲の音が二回鳴り響いた。始まりの合図ですね、とユリウスが答えると同時に、森の奥からぱん、ぱん、と風船の割れる音が続々と響いてくる。ここからだと、中々森での戦いが見えない。映像……! 映像機器……!
「ゆ、ユリウス、戦ってるところとか、見られるような……そういうのって、あったりする?」
「ああ――はい、ありますよ。そこに」
ユリウスは指先を動かす。救護室の天幕、その天井近くに、小さな丸い玉のようなものがいくつか浮いている。それぞれは小さく見にくい――けれど、その中に、動く人の姿が見て取れた。
え、映像機器――! 嬉しすぎて泣きそう。あったのか。映像としては少し粗めだが、なんとなく誰がいるのかは見てわかる。
「す、すごい……最高ですね……」
「他の――今回、祭の警備を行う騎士団が待機している場所にも、この映像は流れているみたいです。遠隔透視の魔法道具なんですが、あまり数が無いので……。少しだけ、しかありませんが」
それでも凄い。私は映像をちらちらと見つめる。リュジは目立つ格好をしているから、映像の中に現れたらきっとすぐにわかるだろう。
映像の中で、貴族の子ども達が風船を割っていくのが見える。風船は生き物のように動き、参加者を翻弄しているようだった。皆、とても楽しそうにしている。徒党と組もうとしている人達もいれば、一人で作業のように風船を壊していく人も居るから、なんだか見ていて面白い。
「戦いの様子がこれで見られるのはわかったけれど、怪我人が実際出たときは映像を元に探しに行くの?」
「いえ――妖精犬が運んできて、くれる、んです。彼らは貴族の子息を見守りながら、森の中を駆け回っていますから」
「妖精犬……?」
「うん、……はい。そう。見たこと、ありますか……?」
首を振る。メルの記憶には、妖精犬とふれあった思い出なんて、一切無かった。ユリウスは小さく頷くと、「見た目は犬なんですが、……大きさが、少し違うというか。精霊の加護を受けた、特別な犬なんです」と続けた。
人を運べるくらいだから、もの凄く大きいのだろうか。もふもふ出来る機会があればもふもふしたいものである。私は前世から犬、猫などのもふもふ生物が好きで好きで仕方無かったのだ。
「もふもふしてそう……。ちょっと見るの楽しみです」
「もふ……。うん、僕も……楽しみです。なんて、怪我した人からしたら、なんてことを、って思うんでしょうけど……」
ユリウスが小さく笑う。怪我人が来るまで救護室は暇だ。椅子に腰かけたまま、映像を見ながら、ぼんやりと時間を過ごす。
――リュジは、元気だろうか。映像機の中にたまたまリュジが映らなければ、こちらから確認することは出来ない。ただきっと、リュジなら、黙々と成果を上げていそうだ。私が心配するまでもなく、リュジはリュジの最善を尽くすだろう。
そういえば以前、ユリウスはリュジと殿下が共に参加することを、なんとなく嫌がっていた節がある。あれはどうしてだったのだろう。少し聞いてみたいが、流石に人が周囲に居る状況で尋ねる話題にしては、ふさわしくない。喉元までせり上がってきた言葉を飲み込む。――それと同時に、遠くから何か駆けてくるのが見えた。
もふもふの、巨躯。――美しい白銀の毛並み、耳だけが僅かに赤くなっている。瞳は美しい緑色だ。これがつまり、精霊犬、だろう。
その背中には、数人が乗っている。誰もが一様に怪我をしていた。
「来ましたね、もふもふが……」
ユリウスが小さく息を零す。駆け下りてきた精霊犬の背から、人々がゆっくりと降りてくる。おおよそ、若い子が多かった。中には泣いている子も居る。ユリウスが子ども達を迎え入れて、それから椅子に座らせた。
泣いている子が、私の目の前に座る。彼は大きな目からぼろぼろと涙をこぼしながら、それを恥ずかしく思うのか、顔を隠すようにして手の平で覆っている。
その膝に、かすったような傷が幾筋もついていた。
ユリウスや他の癒術士が、忙しく他の子を治療していく。傷の深さによって、先んじて治療されるかが決まるようだった。私の目の前に居る子は、傷が浅いこともあってか、最後にされることになったようである。
この子にとっては重大な怪我だが、癒術士の数が限られている以上、後回しされるのはどうしようもないことなのだろう。
それはわかる。わかるし、私は他の癒術士の仕事を見に行くべきなのだろう。だが、――。
泣いている子どもを放っていくのが、出来なかった。
少年をじっと見つめる。――ただ、無言で待つのと、話しながら待つのなら、後者の方が多少は気が紛れるのではないだろうか。私は周囲へ視線を巡らせて、萎れて地面に落ちてしまった花を手に取った。
出来る――はず。出来るはずだ。ユリウスと何度も何度も、練習をしたのだから。
「初めまして。ねえ、よかったらこれを見て」
「……」
少年は答えない。僅かにしゃくりをあげたまま、ちら、と手の平の隙間から私を見る。
私はゆっくりと花を両手で包む。そうしてから、手の平の中に球を描くような気持ちで、魔力を集中させた。
――父母から与えられた魔力と、私が生来持っている魔力。それらを、呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと花の補修に使う。花の体から、零れてしまった生きる力を、代わりに魔力で充填していく。
大丈夫。出来る。だって、練習をした。
人は治せない。けれど、ものなら。
――小さな、ものなら。少しだけなら。一日に、一回くらいなら。出来る。出来る、はずだ。
花を覆った手の平から、柔らかな光が零れる。ゆっくりと、それを爆発させないように収縮させながら、私は両手を開く。そこには、大輪の花があった。
……元の花と比べると、だいぶ大きくなってしまっている。治すというより、成長を促進、およびとりあえずでかくするみたいな感じになってしまったが、まあ、これは成功と言える類いのものだろう。
少年が小さく驚いたような声を上げる。
「すごい。すごい! 大きい!」
「すごいでしょう。これは君にあげるね。頑張って狩猟祭に参加している君を祈って!」
ほっと吐息を零しつつ、私は少年の胸元に花を添える。少年は手の平で花びらを軽く触りながら「どうやってしたの?」と興味津々な様子で聞いて来た。
「癒術? でも、でも、それならこんなに大きくならないよね。他の魔法? 知りたいなぁ!」
人なつっこい表情には、先ほどの痛みに耐えてむせぶ感情なんて、一筋たりともない。私は小さく笑うと、「それは秘密」と口元に指を持って行く。
うん、良かった。痛みから気をそらせたみたいだ。
少年が笑顔になると同時に、ユリウスがやってくる。そうして、傷の場所を手早く治療した。彼らは、精霊犬に乗って、またランダムな場所につれていかれ、狩猟祭を再開する手はずとなっている。
手を振りながら去って行く子どもを眺めて、小さく息を吐く。それと同時に、ユリウスが私の傍に近づいてきて、そっと背を撫でてくれた。
「ユリウス?」
「流石、メルお嬢様です。……立派な、癒術士、ですね」
「なおしてないよ、何も」
「泣いていた子どもを……笑顔にしました。くたくたになってしまった心を、元の形に……ううん、もっと元気なものに、なおしたんです。凄いです、ね」
ユリウスは笑う。向けられた眼差しが、あまりにも優しくて、私は少しだけ照れてしまった。
そっと視線を落とす。ユリウスが小さく笑って、私の背からゆっくりと手を離した。
門の傍に貴族が止めたであろう、馬車もいくつか見える。遠くから来た貴族は、狩猟祭の後、直ぐに帰らず、王都に一泊して帰るのだろう。
「凄いね。そうだ、狩猟祭が終わったら街を見回ろうよ。この前は森関連の視察であんまり遊べなかったし……」
「……」
「リュジ?」
私は向かいに座るリュジに声をかける。少し緊張しているらしく、珍しく顔色が少しだけ悪い。リュジは私がじっと見つめていることに気付いたのか、慌てて「えっ、あ、そ、そうだな」と続けた。
これは。もしや。私の手伝いが必要な感じ――ではないだろうか。
私は含むような表情を浮かべて、リュジの隣に腰掛けた。リュジが「せまい」と悪態を吐く。それでも、少しだけ詰めてくれるので、その辺り優しいなあ、なんて思う。
狩猟祭というのは、皇族が主催する祭なだけあって、正装をして参加する子どもが多いらしいが、リュジも例に漏れずそうしていた。ミュートス家の正装――赤色を基調とした、美しい騎士服を身につけている。肩からはマントが下がっていて、それにはミュートス家の紋章が描かれていた。普段とはまた違った服装の推し。最高の差分である。
思わずにやにやとしてしまいそうになるが、そんな表情を浮かべてしまっては確実に嫌がられるのは想像に難く無い。私は必死に自分の表情を抑え込みつつ、リュジに言葉を投げかけた。
「リュジ、緊張してるでしょ」
「……そんなわけ、ないだろ」
リュジは微かに息を零すと、ふいと視線を窓の外へ投げた。ガラスの向こうに、街路や、同じく森を目指す馬車の姿がいくつか見えた。
私はそっと呼吸を零してから、リュジの手に触れる。膝の上で固く握られていた拳が、一瞬だけびくりと震えた。リュジが「何?」と、少しだけぞんざいな口調で、私を見ずに言葉を続ける。
拳は、冷たい。緊張していない、と言うが、嘘なのだろう。
「急になんだよ」
「……。なんだか寒いなあって思って」
「はあ……?」
「繋いでて良い?」
ぎゅ、と指先を重ねる。リュジは私の方へ視線を向けて、それから直ぐに逸らした。勝手にしろ、という声に小さく笑う。
勝手にさせてもらうことにしよう。
森の入り口まで来たところで馬車を降り、リュジとは別れることになった。
ユリウスと共に救護室がある場所まで向かう。中には既に数人の癒術士が待機していて、ユリウスを見ると嬉しそうに表情を綻ばせた。そのうちの一人、老年の男性がゆっくりと近づいてくる。
「ユリウス卿。本日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。――それと、今日は私の兄弟弟子も連れてきました」
ユリウスが私の背にそっと触れる。私はユリウスの横からゆっくりと腰を落とし、挨拶を済ませる。男性は私の名前を聞くと、一瞬だけ呆けた顔をして、「カタラ伯爵夫妻の……」とだけ口にした。
「ご愁傷様でした。その後、ミュートス辺境伯の家でお休みになられていると伺いましたが、いやはや、ユリウス卿も一緒だったのですね」
「はい。僕が少し、無理を言う形で一緒にさせていただきました。……メルお嬢様は、今日は癒術の勉強に来られています。良ければ治療過程を見せて頂ければと」
「お願いします」
ユリウスの言葉に続くように、慌てて声を続ける。男性はゆっくりと頷き、「是非ご覧になっていってください。癒術は実地で学べることも多いですから」と続けた。
程なくして、空砲の音が二回鳴り響いた。始まりの合図ですね、とユリウスが答えると同時に、森の奥からぱん、ぱん、と風船の割れる音が続々と響いてくる。ここからだと、中々森での戦いが見えない。映像……! 映像機器……!
「ゆ、ユリウス、戦ってるところとか、見られるような……そういうのって、あったりする?」
「ああ――はい、ありますよ。そこに」
ユリウスは指先を動かす。救護室の天幕、その天井近くに、小さな丸い玉のようなものがいくつか浮いている。それぞれは小さく見にくい――けれど、その中に、動く人の姿が見て取れた。
え、映像機器――! 嬉しすぎて泣きそう。あったのか。映像としては少し粗めだが、なんとなく誰がいるのかは見てわかる。
「す、すごい……最高ですね……」
「他の――今回、祭の警備を行う騎士団が待機している場所にも、この映像は流れているみたいです。遠隔透視の魔法道具なんですが、あまり数が無いので……。少しだけ、しかありませんが」
それでも凄い。私は映像をちらちらと見つめる。リュジは目立つ格好をしているから、映像の中に現れたらきっとすぐにわかるだろう。
映像の中で、貴族の子ども達が風船を割っていくのが見える。風船は生き物のように動き、参加者を翻弄しているようだった。皆、とても楽しそうにしている。徒党と組もうとしている人達もいれば、一人で作業のように風船を壊していく人も居るから、なんだか見ていて面白い。
「戦いの様子がこれで見られるのはわかったけれど、怪我人が実際出たときは映像を元に探しに行くの?」
「いえ――妖精犬が運んできて、くれる、んです。彼らは貴族の子息を見守りながら、森の中を駆け回っていますから」
「妖精犬……?」
「うん、……はい。そう。見たこと、ありますか……?」
首を振る。メルの記憶には、妖精犬とふれあった思い出なんて、一切無かった。ユリウスは小さく頷くと、「見た目は犬なんですが、……大きさが、少し違うというか。精霊の加護を受けた、特別な犬なんです」と続けた。
人を運べるくらいだから、もの凄く大きいのだろうか。もふもふ出来る機会があればもふもふしたいものである。私は前世から犬、猫などのもふもふ生物が好きで好きで仕方無かったのだ。
「もふもふしてそう……。ちょっと見るの楽しみです」
「もふ……。うん、僕も……楽しみです。なんて、怪我した人からしたら、なんてことを、って思うんでしょうけど……」
ユリウスが小さく笑う。怪我人が来るまで救護室は暇だ。椅子に腰かけたまま、映像を見ながら、ぼんやりと時間を過ごす。
――リュジは、元気だろうか。映像機の中にたまたまリュジが映らなければ、こちらから確認することは出来ない。ただきっと、リュジなら、黙々と成果を上げていそうだ。私が心配するまでもなく、リュジはリュジの最善を尽くすだろう。
そういえば以前、ユリウスはリュジと殿下が共に参加することを、なんとなく嫌がっていた節がある。あれはどうしてだったのだろう。少し聞いてみたいが、流石に人が周囲に居る状況で尋ねる話題にしては、ふさわしくない。喉元までせり上がってきた言葉を飲み込む。――それと同時に、遠くから何か駆けてくるのが見えた。
もふもふの、巨躯。――美しい白銀の毛並み、耳だけが僅かに赤くなっている。瞳は美しい緑色だ。これがつまり、精霊犬、だろう。
その背中には、数人が乗っている。誰もが一様に怪我をしていた。
「来ましたね、もふもふが……」
ユリウスが小さく息を零す。駆け下りてきた精霊犬の背から、人々がゆっくりと降りてくる。おおよそ、若い子が多かった。中には泣いている子も居る。ユリウスが子ども達を迎え入れて、それから椅子に座らせた。
泣いている子が、私の目の前に座る。彼は大きな目からぼろぼろと涙をこぼしながら、それを恥ずかしく思うのか、顔を隠すようにして手の平で覆っている。
その膝に、かすったような傷が幾筋もついていた。
ユリウスや他の癒術士が、忙しく他の子を治療していく。傷の深さによって、先んじて治療されるかが決まるようだった。私の目の前に居る子は、傷が浅いこともあってか、最後にされることになったようである。
この子にとっては重大な怪我だが、癒術士の数が限られている以上、後回しされるのはどうしようもないことなのだろう。
それはわかる。わかるし、私は他の癒術士の仕事を見に行くべきなのだろう。だが、――。
泣いている子どもを放っていくのが、出来なかった。
少年をじっと見つめる。――ただ、無言で待つのと、話しながら待つのなら、後者の方が多少は気が紛れるのではないだろうか。私は周囲へ視線を巡らせて、萎れて地面に落ちてしまった花を手に取った。
出来る――はず。出来るはずだ。ユリウスと何度も何度も、練習をしたのだから。
「初めまして。ねえ、よかったらこれを見て」
「……」
少年は答えない。僅かにしゃくりをあげたまま、ちら、と手の平の隙間から私を見る。
私はゆっくりと花を両手で包む。そうしてから、手の平の中に球を描くような気持ちで、魔力を集中させた。
――父母から与えられた魔力と、私が生来持っている魔力。それらを、呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと花の補修に使う。花の体から、零れてしまった生きる力を、代わりに魔力で充填していく。
大丈夫。出来る。だって、練習をした。
人は治せない。けれど、ものなら。
――小さな、ものなら。少しだけなら。一日に、一回くらいなら。出来る。出来る、はずだ。
花を覆った手の平から、柔らかな光が零れる。ゆっくりと、それを爆発させないように収縮させながら、私は両手を開く。そこには、大輪の花があった。
……元の花と比べると、だいぶ大きくなってしまっている。治すというより、成長を促進、およびとりあえずでかくするみたいな感じになってしまったが、まあ、これは成功と言える類いのものだろう。
少年が小さく驚いたような声を上げる。
「すごい。すごい! 大きい!」
「すごいでしょう。これは君にあげるね。頑張って狩猟祭に参加している君を祈って!」
ほっと吐息を零しつつ、私は少年の胸元に花を添える。少年は手の平で花びらを軽く触りながら「どうやってしたの?」と興味津々な様子で聞いて来た。
「癒術? でも、でも、それならこんなに大きくならないよね。他の魔法? 知りたいなぁ!」
人なつっこい表情には、先ほどの痛みに耐えてむせぶ感情なんて、一筋たりともない。私は小さく笑うと、「それは秘密」と口元に指を持って行く。
うん、良かった。痛みから気をそらせたみたいだ。
少年が笑顔になると同時に、ユリウスがやってくる。そうして、傷の場所を手早く治療した。彼らは、精霊犬に乗って、またランダムな場所につれていかれ、狩猟祭を再開する手はずとなっている。
手を振りながら去って行く子どもを眺めて、小さく息を吐く。それと同時に、ユリウスが私の傍に近づいてきて、そっと背を撫でてくれた。
「ユリウス?」
「流石、メルお嬢様です。……立派な、癒術士、ですね」
「なおしてないよ、何も」
「泣いていた子どもを……笑顔にしました。くたくたになってしまった心を、元の形に……ううん、もっと元気なものに、なおしたんです。凄いです、ね」
ユリウスは笑う。向けられた眼差しが、あまりにも優しくて、私は少しだけ照れてしまった。
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