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しおりを挟むレナータが最後だからと友人の茶会に出席し、今生の別れとばかりに、これまで仲良くしてもらったことへの礼を尽くし、やり終えた心持ちで帰宅したときのこと。
馬車がカヌレ家に到着するなり、家令が転がるようにして出て来た。
前の家令は高齢で、ロジェが私邸のほうに連れて行ったため、最近新しく家令になったライナーだ。
彼は少々そそっかしいところがある。
「まぁ、そんなに慌てて。どうしたの」
「坊ちゃまがクリスティーヌ様に暴言を……」
今日はエディットがミシェルとクリスティーヌを招いて、二人の戴冠式用のドレスの試着をしている。
結婚式で暴言を吐くことはなかったので、使用人たちも油断したのだろうか。
「なぜ!? あれほど接触させるなと言っておいていたのに!!」
「申し訳ございません……最近は穏やかにお過ごしでしたし……絵に集中したいから一人にして欲しいと頭を下げられてしまい……扉前に人がいても気が散ると仰って。しばらくは何事もなかったのですが、クリスティーヌ様のあと、レイモンド様とミシェル様も到着されて、使用人たちも慌ただしく動きまわっていたところで……」
レイモンドの妻のミシェルが来ると邸内がとても賑やかになる。
彼女の持つ明るさが使用人たちにも伝わり、カヌレ家はいつもより少しだけ隙ができる。
おそらく、ルーカスはその隙を狙っていたのだろう。
「なんてこと……」
もうルーカスがどんなに心を入れ替えても、この屋敷には居られないだろう。
それなのに本人は、まだカヌレ伯爵家を継げるとさえ思っているのだ。
ラッセルはもちろん、ブラッドリーもエディットも、レイモンドもロジェも、ルーカスが自分から悟り、自分に合った道を決め、歩んで欲しいと願っているのに、伝わらない。
(私が甘やかしたせいだわ……)
ここぞというときにルーカスを諫めなかったくせに、いつまでもルーカスに剣を握らせ続け、この家の後継者として僅かな希望を抱かせ続けた。
しかも、画家になりたいと本人の口から言われれば私は認めたはずだと、そんな風に思いながら自分を正当化してきた。
後悔してもしきれない。
(もっと早く離婚を願うべきだった。私がいなくなれば、ルーカスも自分の将来を嫌でも考えたはず……)
離婚を申し出るとき、ルーカスの衣食住だけは保証して欲しいと頼むつもりだった。
剣の腕のない前妻の子どもなど、カヌレ家ではお荷物だろうが、間違いなくラッセルの実子なわけで、この家の資産を思えばできない相談ではないはずだから。
絵が売れるぐらいになれば、少しは恩返しもできるだろうと、そんなことを考えていた。
「クリスティーヌ様はどちらに?」
「今は四阿で奥様たちとお茶を」
「すぐに謝罪に行きます」
「いえ、それが……若奥様にはお部屋でお待ちいただきたいと、奥様が、」
「なぜ?」
言い淀むライナーを掴んで揺すった。
止めようとするマリーに止めるなと言い、ライナーに詰め寄る。
「坊ちゃんを、騎士団の平民寮へお入れになるとのことです」
「そん……な」
学園での剣術の稽古ですら付いていけず、卒業後もカヌレ家での軽い鍛錬しかしていないルーカスが耐えられるわけがない。
(どうしてそれをわかっていて、そんな……!! しかも平民寮だなんて!!)
せめて貴族寮であれば、身の回りの世話をする人を送り込めるが、騎士団の平民寮は二人から三人部屋だ。馬鹿にされる程度のことでは済まない。下手したら死んでしまうだろう。
「あの子にそんな場所は無理よ、どうして」
「クリスティーヌ様への暴言は許されないことです。二度目はないと、旦那様が前回仰ったこともあり、お咎めなしというわけにはいかないと……若奥様には、大変酷なことです。ですから、事の経緯が定まるまでどうかお部屋でお待ち下さいと」
ライナーを振り切り、四阿へ向かった。
後ろからライナーやマリーが付いてくる。
庭に出るための扉の前に立つエディットの侍女と揉めたあと、無理やり庭に出てエディットに願った。
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