【完結】伯爵令嬢は悪役令嬢を応援したい!~サファスレート王国の婚約事情~

佐倉えび

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デオギニア帝国への留学

ジークハルト(7)

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 第二皇子のレイは、図書館で会った妹たちとは違い、落ち着いた人当たりのいい紳士だった。そのことに酷く安堵し、ようやくミユの体から手を離したのだった。
 レイは、ルイと同じ淡い金髪にブルーグレーの瞳の、儚げな美しい青年だった。

 挨拶を交わすと「うーん、真面目!」と苦笑された。
 お爺ちゃん語にならないよう気を付けたつもりが駄目だったらしい。言葉は本当に難しい。

「悪い意味じゃないよ。なるほどね~。サファスレートらしいっていうのかなぁ」
「そうでしょうか?」
「レオンに初めて会った時を思い出すよ。まぁ、仲良くなった後はすぐ砕けたけど」
「兄上は母国ではそれほど砕けた口調では話されないのですが」
「そうなの? ゆるゆるだったけどねぇ?」

 レイはそう言ってミユを見た。
 ミユは、レイが染めた藍染という布を取りに来たらしい。芸術家として活躍しているレイは、ミユの要望があれば布の染色なども手伝ってくれるらしい。ミユは布を見てから興奮状態で、レイの工房の中をウロウロしている。

「あぁ、これはもう長くなるね。こんなところだけど、良かったら寛いでってよ」

 大きなマグカップに入った紅茶を出してくれた。
 茶葉が入った袋を大きなコップに直接入れているのを見て驚いていたら、ティーバッグと言って、紅茶を簡単に出せるようにしてある前世持ちの人が作った物だという。

「味は落ちるけど楽だし、皇族でも自分のことは自分でやらないとシン兄にクズ扱いされるからね」
「ミューも、自分でお茶を淹れてくれます」
「うん。ミユの母上のユリア様が前世持ちで、女性が自立していた国で育った記憶があったから、ミユは厳しく育てられてたよ。食事も自分で作らせたりしてたし。今思えば、ユリア様は、ご自分が長く生きられないことをご存知だったのかもしれない」

 レイは綺麗な所作で紅茶を口にした。ルイとの血のつながりを疑いたくなるほど洗練されている。
 ミユの母である第三皇妃が、二年前に亡くなっていることは、こちらに来る前から知っていた。

「ユリア様の教育のお陰で、ミユは早くから自立していたし、勤勉で才能もあって愛嬌もある。だからシン兄にとても可愛がられてるんだけど、ルイにはそれがわからないみたいでね。あの子たちに会ったんでしょ?」
「はい、先ほど。ララ殿下も一緒でした。なぜ皇女殿下に会ったとわかったのですか?」
「ニオイだよ。あの子たちの香水、臭いでしょ?」
「我が国の令嬢もなかなかなので気にしてませんでした」
「あんな臭いのがいっぱいいるの? やだなぁ。僕は鼻がいいから不自然な匂いは嫌いなんだよ」
「洗練されている令嬢はあのような物は選ばないのですが……あぁ、失礼」
「大丈夫! 僕も常々ダサいなって思ってるから」

 レイは口を開けて笑った。
 ミユが笑い声でハッとしたようにこちらを見て「ごめん、もうちょっと待って」と言うので構わないと伝えた。

「サファスレートはいまだに幼い頃からの政略結婚?」

 頷くと、レイは寂しそうな顔をした。
 皇族でも自由恋愛で結婚しているデオギニア人にとっては政略結婚などカビの生えた風習にしか見えないだろう。

「レオンはまだ婚約してなかったよね」
「兄上は先日、婚約しました」
「そうなの?」
「はい、もうすぐこちらにも情報が入るでしょう。ヴァレンティーナ・デジュネレス公爵令嬢です」
「デジュネレス公爵令嬢って、君の婚約者じゃない!?」
「元、婚約者です」

 ジークハルトの言葉に、レイは顔を歪めた。

 そんな顔など、しなくても良いのだけれど。

 誰よりもヴァレンティーナとレオンハルトの婚約を望んだのが自分だなんて、他国の皇族に言えるはずもない。

「サファスレートは相変わらずなんだね」

 寂しそうにレイが呟いた。
 視線に気付いてミユを見れば、彼女まで眉を下げてジークハルトを見ていた。





* * *





 百合の宮に帰ってもミユは布に夢中だったので、ナターシャにお礼を言ってヒースと共に薔薇の宮へ戻った。

 図書館で借りた本を読み始めていたら、ヒースが早速ナターシャ流の淹れ方で紅茶を出してくれた。

「美味い」
「良かったです」

 向かいに座ったヒースが笑った。
 食事は電話という機械で皇城に電話すると運んでもらえる。一度使ってみたが、いない人の声が聞こえるというのはなかなか奇妙な感覚だった。食材も運べるから自分で作りたくなったら頼むといいと言われたが、作れるようになるだろうか?

「私もお茶の淹れ方を習わないといけないな」
「お教えしましょう!」
「助かる。こんな風に美味しく淹れられるようになるか自信はないが」
「ジークは器用ですから、すぐに上手くなりますよ」

 ヒースは顔を綻ばせたあと、机に置いてあった優しいデオギニア語という本に興味を示していた。

「ジークのデオギニア語は、こちらの人からすると古めかしいのかもしれませんが、問題ないと思いますけど。発音できないのはミユ様の名前だけですし」
「なぜそんな風にハッキリと発音できるのだ」
「習ったデオギニア語の先生が厳しかったんですよ。サファスレート人は苦手だと思いますよ」
「口を上手く運ぶことができない」
「ミとユ、どちらもサファスレート人は小さな音で発音するのでそれが原因かと」
「難しいな。私はもう、ミューでいい」
「愛称とはそういう特別な呼び方をするものですしね」

 ヒースはいい顔で笑っていた。悔しいが挑発に乗るのはやめておこうと思う。

 愛称と言えば……

 図書館でミユが皇女たちに言われていた名を思い出した。

「ブービーとはどういう意味だろう。おそらく良い意味ではない言葉だ」
「ブービー?」

 しばらく考える素振りをしたヒースは、思い出したかのように自分の部屋に行くと一冊の本を持ってきた。

「これは、マーガレットからもらった本なのですが、もしかすると載ってるかも知れません」

 渡された本を手に取る。


「デオギニアは前世持ちの人の意見や技術をどんどん取り入れて発展した国なので、その人たちの記憶にある俗語も持ち込まれているらしいです。これはその用語集です」

 さすがはマーガレット。選ぶ本がひと味違う。
 スラング用語辞典と書かれた本を開いた。作りは普通の辞書と同じなので、目的の言葉はすぐに見つかった。

【ブービー】①最下位の意味 ②バカ、ドジ、まぬけ、ビリなどの悪口

 ヒースは固まるジークハルトを心配して、見開いた本のページを覗き込んだ。

「誰に言われたんです?」
「……私ではない、ミューが第三、第四皇女に呼ばれていた」
「まさか!」
「そのまさかだ」

 ヒースに図書館であったことを教えると、眉間に皺を寄せた。

「成人女性、しかも皇女ですよ?」
「私も同じようなことをミューに言った」
「ミユ様は何て?」
「それに関しては何も。諦めているけど困っている、というような顔をしていたな」
「他の皇族の方や教育係などに注意されないのでしょうか?」
「どうだろう……レイ殿下は紳士だった。シン皇太子殿下はとても厳しい方のようだから、資質の問題で見放されているのかもな」
「だからってそんな、せめて、そのような言葉でミユ様を呼ぶことだけでも注意するべきかと」

 ヒースは珍しく憤っていた。

「豊かな国なのに、人の心というのは変わらないものだな」

 ジークハルトは視線を下げ、スラング用語辞典を閉じた。
 これ以上、蔑みを含んだ言葉を知りたくなかった。



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