【完結】伯爵令嬢は悪役令嬢を応援したい!~サファスレート王国の婚約事情~

佐倉えび

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次世代の婚約事情

フローラ(2)

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 春の香りが漂い始めたころ、ルーズヴェルト侯爵家はシリルの誕生会の準備で賑わっていた。
 当時四歳だったフローラは、お気に入りの淡いグリーンのドレスを着せてもらい、朝からとても機嫌がよかった。

「今日は王子殿下もいらっしゃるから、粗相のないように気をつけるのですよ」

 朝から母にずっと注意されていたフローラは、はぁいと返事をしながら庭園へと向かった。
 花の蕾の膨らみを突いたり、摘んだ草で池の水をポチャポチャと揺らした。

 今日はお母さまがおいそがしいから、たくさんあそべるわ!

 ドレスから脚が出るような速さで歩くと叱られてしまうため、普段は思うように遊びまわれないフローラは喜んだ。
 ところどころに配置された護衛は、そんなフローラを温かい目で見ていたと思う。

 邸内の賑やかさを感じながら四阿の周りをグルグルと歩き、いつになったら目が回るか試していた時だった。
 目の前に真っ赤な髪の綺麗な男の子が突然現れたのだ。

 燃えるような赤い髪は、とても珍しい。

「おうじさま?」
「どうしてそう思う?」

 男の子はそう言って、少し笑った。
 綺麗な金色の瞳がキラキラしていた。

「お兄さまより体が大きくて、とてもきれいだからです。おうじさまはお兄さまよりひとつ上だときいています。きょうはわがやにおこしくださり、ありがとうございます」

 母に教わった礼をした。
 お客様に失礼のないようにと、何度も何度も教わったので、ちゃんとできていたと思う。

「オレは王子じゃないから、礼なんてしなくていいよ」
「おうじさまじゃない?」
「王子じゃなくてガッカリした?」
「いいえ。ガッカリしていません」
「そう?」

 腕を組んでいた男の子は、首をコテンと傾けながら笑った。

「おきゃくさまには、きちんとごあいさつしなさいとならいました」
「あぁ、うん、そうだな。それならオレも」

 そう言って一歩前に出た男の子は、右手を胸の前で折ると騎士の礼をしてくれた。

「ガルブレイス辺境伯が長男アレンです。どうぞよろしく、春のお姫さま」
「フローラ・ルーズヴェルトです。おひめさまじゃないです」
「え?」
「おひめさまじゃないんです。ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
「?」

 アレンさまはあの時、赤い顔をしてわたしに——


 * * *


「ちょっと、貴女、聞いてますの!?」
「えっ、ええ、もちろんですわ」

 いけない!

 呼び止められて長い話を聞かされてたせいで、すっかり別のことを考えてしまった。
 母の長いお説教の間、少し脳内を逃避させる癖が出てしまった。
 しかも、とても懐かしい光景を思い出したせいで胸がざわざわする。

「どうして改革派である宰相家の令嬢が婚約したままなのです、とお聞きしていますの!」

 親切にも要約した上に再度聞いてくれたこの方は、現保守派筆頭アディソン侯爵家のイリーナ様。
 肩にかかるサラサラの金髪をはらい、睨むように見上げてくるのだけれども……

「なんとかおっしゃいな!」
「ええぇぇ……」
「改革派の推進した政策により、この学園では婚約者のいる人のほうが珍しいのですよ? 保守派筆頭侯爵家のわたくしでさえ今は婚約者不在! 貴女は改革派としての自覚はありまして!?」

 うーん。
 凄く睨んできているのだけれど、小柄過ぎて迫力はない。
 加えてエメラルドかと思うほど美しいグリーンの瞳がくりくりなさってて、ハッキリ言って可愛い。
 フローラのほうが一つ年下ではあるが、事あるごとに絡まれているうちに、イリーナのお小言には慣れてしまった。母のお小言の方が数倍厄介だから、どうしても微笑ましく思えてしまうのだ。

 アディンソン侯爵家は今でこそ保守派筆頭だが、その歴史は浅い。
 母の実家のセヴィニー伯爵家こそが保守派の筆頭だった。現在のセヴィニー伯爵に代替わりした際、当時王太子だった王陛下の改革派へ寝返ったのだ。
 ちなみに、我が家もその際、改革派へ転向している。
 かなりの数の保守派が改革派に飲み込まれた形になり、アディンソン侯爵家は中立派に近かったにもかかわらず、由緒正しい高位貴族なせいで筆頭ということになってしまっている。

 ガチガチの保守派の祖父に育てられた母があれほど古風な理由はそれだ。
 そして、フローラはその古風な母に、殿方の仕事に口を出すなと言われる一方で、政敵を把握していないことは命取りになると教えられ叩きこまれている。

 イリーナ様のお家は、侯爵さまが穏やかだし、イリーナ様をとても可愛がっていらして……その割になんだかイリーナ様は古風なことをおっしゃるのだけれども……

 考えながら不意にイリーナのスカートの丈に視線を移す。
 保守派といいながら膝丈なんて流行りに乗れるのが羨ましい。
 ダンスパーティーではどんなドレスを着るのだろうか。

「えっと、イリーナ様はダンスパーティーはどなたと行かれるのですか?」
「え? いえ、わたくしは誰とも約束してませんけれども」
「そうなんですか」
「そんなことはどうでもいいですわ!」
「あっ、いけない! 授業が始まってしまいます!! イリーナ様、ごきげんよう」
「えっ、ちょっと、お待ちなさい!!」

 イリーナの声を背後に聞きながら、そそくさと教室を目指した。

 ブリジットとローズに婚約していることがバレてから数日、もうイリーナの耳に入るとは。
 ブリジットとローズには内緒にしてとお願いしたものの、教室で誰かに聞かれていたのだろうか。

 それとも二人のうちのどちらかが……
 いや、そもそも調べればすぐにわかること……

 フローラは、あれこれ考えながら階段をのぼった。

「ローラ」
「!?」

 踊り場へ出たところで、アレンの声がして振り返った。
 ローラという愛称でフローラを呼ぶのはアレンだけだ。

「アレン様……!」

 入学したら会える機会が増えるかと思いきや、既に騎士団に所属しているアレンに学園内で会えることはほとんどない。

 アレンは立派な体躯に整った凛々しい顔立ち、綺麗な赤髪に金の瞳という派手な外見でありながら、気配を消すのがとても上手い。

 フローラが一人の時を狙って、こっそり声をかけてくれるのは入学してから三度目だ。

「久しぶり」

 近寄ってきたアレンはそう言って笑う。
 いつもと変わらない声や表情に安堵してしまう。

 一体、わたしは何と闘っているのだろう。

 お顔を拝見しただけでも、こんなに胸が高鳴るというのに、必死で婚約状態であることを隠そうとしている。

 国から婚約を禁止されているわけでもなく、母親同士が親友という間柄でもあり、両家で歓迎されている婚約だというのに。

 何より、アレンから解消したいなんて一言も言われていないのだ。

「はい、お久しぶりでございます」
「雑音が多いけど、ローラは何も心配しなくていいから」
「……はい?」
「ドレスも今週中に届けるし、エスコートもできるよう日程の調整もしたから」
「あのっ、もしかしてお兄様が余計なことを申しましたか?」
「いや、何も」
「そうですか」

 馬車の中でのシリルとの会話が漏れたのかと焦ってしまう。

「ほら、授業が始まるから急がないと」
「あ、いけない! アレン様、お会いできて嬉しかったです。失礼いたします」

 そう言って頭を下げると、アレンはヒラヒラと手を振って笑ってくれた。

 格好いい!!!!
 アレン様、制服姿でも素敵!!!!
 あの見た目で手をヒラヒラとか!!!!
 格好よすぎて困る!!!!

 フローラの脳内は大好きなアレンのことでいっぱいになってしまい、ドレスが届くとかエスコートとか、その意味を理解したのは授業が始まってからだった。


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