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次世代の婚約事情
アレン(2)
しおりを挟む「本当に会うの?」
「はい」
騎士団に連行されたローズに会いたいとフローラが言ったらしく、シリルから知らせを受けて迎えに来てみたのだが。
「正直に言うと、あまり会わせたくない」
「……申し訳ありません」
「いや、謝らなくていい。俺がそう思うってだけの話だから」
「ありがとうございます。ご心配おかけしてすみません」
「部屋には一緒に入るよ?」
「はい。よろしくお願いします」
なかなか頑固だ。
自分が説得すれば面会を諦めてくれるかもしれないなどと期待していたのだが、自惚れだったらしい。
アレンは苦笑しながら頷いた。
* * *
ローズは昨日のドレス姿のまま、疲れた顔をしていた。
ちなみにチャドは、祖父であるデジュネレス公爵に金をたんまりと払ってもらい、早朝に釈放された。
「何しに来たの?」
ローズは自分を取り繕うのをやめたらしい。悪い意味で吹っ切れた人は危ない。
咄嗟に体が前に出そうになったのをフローラに腕を掴まれて堪えた。
テーブルを挟んでいるし、ローズの背後には騎士が立っている。扉の前にも騎士が控えている状態で何かできる可能性は低いが。
「こんなところまでわざわざ婚約者を連れて、自慢でもしに来たわけ?」
フローラは煽られても静かな表情のまま、向かいの椅子に腰かけた。
その背後に立って睨みをきかせてみたが、ローズは虚ろな瞳で一瞬こちらを見ただけだった。
「聞かせて欲しいの」
「……何を?」
「婚約者の方と、何があったのか」
「なんでそんなこと、あんたに言わなきゃいけないのよ」
「聞かないと、何があったのかわからないからよ」
「はっ、何それ。聞いてどうするの? 同情でもするの? それともオリンドを説得して、わたしと婚約し直すように言うとか?」
「オリンド・シモーネ伯爵令息……」
「そうよ。知ってたでしょ? 美形の女たらしよ。わたしより美人で、わたしの家より金持ちの女と先日、婚約したわ。子どもができたんですって」
オリンド・シモーネ伯爵令息については、たれ目の優男ってイメージしかないが、ろくでもないな。
「それは、婚約解消前の出来事だったの?」
「知らない。気付いたら解消ってことになってた。うちは格下だし、もともと馬鹿にされてたから。四つも年上だし、あの人の素行なんてわからない。気付いたらよ」
ローズは乱れたアッシュグレーの髪を払いながら言って、横を向いた。その顔は酷く疲れて見えた。
「手順では、まず相手の家に手続きする旨の手紙を送るはずだわ」
「……あんたって、本当にお嬢様よね。そんな手順を踏んでちゃんと解消するような相手なら、そもそも解消なんてことになってないのよ」
「一方的な解消は、婚約破棄ということになって、伯爵家から慰謝料が支払われるはず」
「だから!! そんなことは、うちの家族だって、わたしだって、知ってんのよ!!」
ローズは机を叩いた。直ぐに背後にいた騎士に押さえられていたが。
心配になってフローラを見たが、やはり静かな表情のままだった。
「調査します」
「は? あんた何様なのよ、止めてよ、今さら恥ずかしい!! こっちが未練たっぷりの女みたいじゃない!! あんなクズ、こっちから願い下げよ!!」
「もちろん。そんな人にローズが嫁がなくてよかったと思ってるわ」
再び机を叩こうとしたローズの腕を、騎士が掴んだ。
次に同じことをしたら拘留が長引くと伝えられたローズは、唇を噛みしめて堪えていた。
「あんたにお情けでそんなことされたら、もっと恨むわよ」
「それでいいよ。してもしなくても嫌われてるなら、わたしは、するべきことをする」
「だったら、わたしにわざわざ言わないで、するべきこととやらをしたらいいじゃない」
「そうね。でも、顔も見たかったし」
「こんな顔のどこを見たいって言うのよ。くすんだ髪と瞳、どっちもアッシュグレーよ。何を着たってぼんやりしてるし、あんたみたいに綺麗な色は似合わない」
「そのドレス。似合ってたのに」
「そういうところが嫌いなの。お願いだから帰って」
「うん。またね、ローズ」
「二度と会わないわ。もう退学が決まったし」
「そう。でもこれからも絶対に会わないなんて、無理かもしれないじゃない。どこかで偶然ばったり」
「っ、……しつこいっ」
もうこちらを見ることがなくなったローズに、フローラは頭を下げて部屋を出た。
静かな表情に悲しみは見て取れなかったが、落ち着かない気持ちのまま馬車へ向かった。
気落ちしているのであれば、励ましたほうがいいのだろうが、なんて声をかけたらいいのか思いつかない。
「あんな偉そうなこと言っておいて、結局、お父様にお願いするしかないんです」
「……いや、それでいいんじゃないか?」
「ローズの言う通り、会わなくてもお願いするだけだったんですけど」
「うん」
少しずつ顔が下がっていくフローラの手を取った。馬車が発車し、座面がゴトゴト揺れ始めた。
「隣に座っても?」
頷いたフローラの隣に移動した。大きく馬車が揺れ、慌ててフローラを抱きかかえると、胸元にしがみついてきた。初めてのことだ。
「大丈夫か?」
顔が見えないせいで、どんな気持ちなのかがわからない。馬車が揺れるのなんて日常茶飯事だから、揺れが怖かったわけではないだろう。
「大丈夫です。ごめんなさい。こんなの、はしたない」
「そんなことない。どういう気持ちなのか教えて欲しいとは思うけど」
声はいつも通りだし、震えてもいないようだった。フローラの丸まった背中なんて初めて見た気がする。
「頭の中がいま、ぐちゃぐちゃしてるんです」
「うん、話して。俺しか聞いてないから、大丈夫」
「ローズの元婚約者が許せないです」
「そうだな。俺もなんかそいつのことはボコボコにしてやりたい気分だ」
「ローズと婚約中にそういう関係の人がいたなら不貞行為なので慰謝料は倍額なはずです」
「確かにそうだな。場合によっちゃ、もっと取れるけど」
「あと、ローズは嫌がってたけど、アッシュグレーの髪や瞳は綺麗だと、わたしは本当に思っていたんです」
「うん」
「黄色だって似合ってたし、耳飾りも、ローズは偽物だって言ってたけど可愛かった」
「うん」
「短いドレスは流行ってるし、わたしも欲しかったから気持ちはわかるんです」
「うん」
「でも……あのドレスは……元婚約者から解消前にもらったものだったんじゃないかなって」
「……なるほど?」
「その時は足首丈だったのかもしれません。少し前までは、足首を出すドレスが流行ってたから」
「そうか」
「背が伸びて、短くはなったけれど今時の丈ではなくて、婚約解消したのにそれを着るのはつらいだろうと」
「普通は……着ないだろうな」
頷いたフローラの髪を撫でた。昨日はゆるくまとめていたけど、今日は下ろしたままだった。淡い金髪で、ふわふわしている。
「耳飾りも、本当に可愛かったんです」
「何をつけてたか、正直見てないから覚えてないけど。ローラが言うならそうなんだろう」
思わず、といった感じでフローラが少し笑った。
「でもローズは偽物だって言ってました。それでわたしは、偽物の意味をずっと考えてたんです」
「うん……」
アレンには女性の気持ちというものがよくわからない。フローラのことは多少わかるが、それはずっと見ていたから。他の令嬢には興味がない。
「婚約者から貰ったものじゃないからなのかなと、最初は思いました」
「なるほど」
「可愛かったけれど、ドレスとは色が合っていないと思ったんです。それで偽物って言ってるのかな、とも思いました」
「うん……」
もはやアレンには難しすぎてわからない。母を連れて来たほうがいいだろうか。
「ローズは昨日、わたしの耳飾りを奪いました。アレン様からもらった本物の金の耳飾りです。父を通して戻ってきましたが」
「あぁ、騎士団が回収したからな。俺の見立ては母からすると壊滅的らしいから、あれは母の見立てなんだが」
思わず本当のことを呟けば、フローラは腕の中から体を起こして嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとうございます。戻ってきてよかったです。大切にします」
「あぁ、いや、俺はそんな物どうでもよくて、ローラが無事だったことが一番嬉しいよ」
ローズは、いずれ釈放されるだろう。学園側が隠したがっている以上、公にもならない。未成年の未遂事件として秘密裏に処理される。学園が転校という形を取ったのは、そういう意味だ。公にするつもりなら退学が妥当だから。
「ローズは最初、わたしの耳飾りを片方奪って、それから婚約解消のことを叫びました。その後、もう片方を奪ってから、長くてダサいドレスと偽物の耳飾りしか持ってないと叫びました」
詳細を話すフローラは、覚悟を決めたような顔をしていた。
「耳飾りは、もしかしたら本当に、偽物だったのかもしれません」
「……ローラの耳飾りと重さを比較して、それで叫んだ……?」
フローラが頷く。
「ファミーユ商会が偽物を売っていたとしたら……それがもし、ブリジットに売ったものは本物で、ローズだけが偽物を売りつけられたのだとしたら……偽物を買ってしまったこと以上に傷つきます」
詐欺としては上手い。財力のない家の令嬢をターゲットにするあたり、常習犯か?
買わされた方も、後々わかっても言えない可能性すらある。見抜けなかった時点で貴族としては汚点になる。たとえ令嬢が買ってきた物でも、知られれば嘲笑の的になるだろう。
「面会に訪れたのは、それを確かめるためだったのか?」
「いえ、わたしには本物か偽物かの区別はつきません。会いに行ったのは、いま会いに行かないと、二度と会えなくなるかもしれないと思いまして。それだけは嫌だったんです。外へ出ることが少なかったわたしにとって、ローズは、学園で出会えた貴重な友達でしたから」
「そうか……」
外にあまり出られなくても、いつ会っても明るかったから、俺は勘違いしていた。
そんな状況が嬉しいはずないのに。
令嬢だから、大人しいから、それほど外出できなくても大丈夫だろうと無意識に思っていたのだ。
未熟な自分が嫌になりそうだが、落ち込んでいる暇などない。
「耳飾りの件は、一度持ち帰ろう。慎重に進めるべき案件だろう。侯爵家で話し合ってからのほうがいい」
ファミーユ商会は王都で流行りの大店だ。特に若い貴族令嬢に人気がある。
商会の娘が学費の高い学園に入学できるぐらい儲けている人気店だ。
万が一、偽物だったら……そしてそれを告発したのがルーズヴェルト侯爵家のフローラだと知られたら。
またフローラが恨まれることになる。
それだけは絶対に避けなければ。
アレンは再びフローラを抱きしめながら、今度こそ守り抜くと固く決意した。
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