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しおりを挟む(レイモンドが結婚……)
レイモンドとは別れることになるだろう。
そんな、幾度となく意識してきた別れが現実となる。
頭から冷水を浴びせられたような気持ちになり、ミシェルの手は震え、冷や汗が伝い、息が苦しくなった。
別れを切り出そうとする度に抱きつぶしてくるレイモンドと、本当は別れる気などなかったのだと気付かされてしまう。
(私って最低ね)
そんなに好きなら、もっとちゃんと向き合えばよかったのだ。
大人の友達だのセフレだのと言い訳をして逃げ道を作って、レイモンドに捨てられたとき、できるだけ傷付かないようにしていた。
そんなくだらない策を弄しているからこんなことになるのだ。
もっと早く気付いていれば、手遅れになる前に、ちゃんと振ってもらえたかもしれないのに――
もう手遅れだろう。
レイモンドの顔をまともに見れるかすら怪しい。
(別れたあと、ここで働き続けるのは無理ね……)
王城には思い出が多すぎる。
レイモンドは、ミシェルが一人のときに不意にやってきては他愛もない話をしに来てくれた。場所はこの部屋であったり、廊下であったり、庭園であったりと様々だったけれど。
時間にすればどれも短いが、積み重なった思い出は宝物のようにミシェルの心を彩る。
――ねぇミシェル、庭園の薔薇がとても綺麗に咲いたよ。
――ねぇミシェル、食堂に新メニューが出たんだけど、あれは女性向けだね。俺たちには量が少ないよ。
――ねぇミシェル、甥っ子がまるで剣のセンスがなくて、父上と兄上がかなり困ってるんだけど、別に騎士にならなくてもいいのにって思うんだよねぇ。
――ねぇミシェル、騎士団長のお子さんが遊びに来るんだけど、子どもってどんなお菓子だと喜ぶかな?
――ねぇミシェル、父上が猫を拾ってきて母上に叱られてしょげてて面倒くさいんだけど見てるぶんには面白かったよ。
――ねぇ、ミシェル。
城の中でミシェルにかまうレイモンドの行動は、ミシェルを守ってくれるためのものでもあった。
あれほど煩わしかった言い寄ってくる男たちも、今ではすっかり影を潜めている。
(……実家に、帰ろう……)
幸いなことに姉からはいつでも戻って来ていいと言われている。
田舎は人手が足りないらしい。畑仕事でも書類仕事でもなんでも手伝う覚悟があれば、多少ご厄介になっても義兄は優しい人だから目を瞑ってくれるだろう。父はうるさいかもしれないが、それでも帰る場所のないミシェルを追い出したりはしないだろう。
(すぐに退職届を出さないと……)
人員の補填や引継ぎを考えたら、ぼんやりしている暇などない。勤め始めてから五年。短くはない労働の中で頼りにされている部分はある。中途半端な状態で辞めるのは嫌だ。
いまだに震え続ける指先を無視して、ミシェルは残り少ない王城での仕事をきちんと全うしようと顔を上げた。
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