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しおりを挟む終業時間になり、ミシェルは正門へ急いだ。
正門へ到着すると、私服に着替えたマークが待っており、ミシェルを見つけた途端、嬉しそうに手を振ってきた。
「お待たせして、申し訳ありません」
ミシェルは丁寧に頭を下げた。
「いいえ。僕も今来たところです。お店まで馬車に乗りますか? それとも……」
「申し訳ありません。お食事には……行けません」
「もしかして、予定がありましたか?」
「はい、実は……父が……そう、父が急に王都へ来ると申しておりまして」
領地から王都まで馬車で三日もかかる父を言い訳にしてしまった。
すぐにバレる嘘をついたことに後ろめたさを感じたが、レイモンドへの気持ちを自覚した今、他の男性と二人きりで食事に行く気にはなれない。
「申し訳ありません。すぐにお伝えするべきでしたが、失念しておりました」
ミシェルがぺこぺこ頭を下げると、マークは「急に誘ったのは僕なんで」と恐縮したように眉尻を下げる。
「本当にうちの娘はそそっかしくて、申し訳ないね」
「えっ?」
声のするほうを向くと、今まさに言い訳につかわせてもらった父が立っているではないか。阿呆面というものがあるならば、今のミシェルがまさにそうだろう。ポカンと大きく口を開けたミシェルを見た父はわかりやすく溜息をついた。
「ミシェル、お前の職場にも挨拶に行くから待てと言っておいたはずだよ?」
父は最後に見た時よりずっと年老いていた。会わなかったのは、王都に来てからのたったの五年だというのに。
三女のミシェルは遅くできた子どもで、母はミシェルを産んでからたったの三年で亡くなってしまった。それから父は後妻も娶らずに働き詰めで、そんな父の顔に刻まれたたくさんの皺を見ると、振り切るように王都へ出てきてしまったことに、罪悪感を覚える。
年月の残酷さはミシェルの想像を超えていた。
「君は……?」
その父がマークを見て呟く。
「マーク・プリッドモアと申します。騎士団長カルヴェ様の従者をさせて頂いております」
「そうですか、カルヴェ卿の……その従者殿が、娘と何か約束がおありで?」
既に義兄がレ―ヌ子爵を継ぎ、父は引退した身だが眼光は鋭い。田舎の貧乏貴族とはいえ、領地を切り盛りし、貴族社会を生き抜いてきた人の顔をしている。
「お食事をご一緒にと、お声をかけさせていただいたのですが、それはまたの機会にさせていただきます」
「……そうですか」
父はミシェルを一度見てからマークに頷いた。
ミシェルはそんな父の態度も含めて申し訳ないと思い、深く頭を下げてマークを見送る。
「ミシェル」
「はい」
「彼からの誘いは今後、先ほどのように、きちんとお断りするように」
「……そんなこと」
言われなくてもわかっている、という言い訳は通用しないだろう。父はミシェルの言いたいことや、やりたいこと、言おうとしていたことなどを勝手に決めつけるところがある。今も余計なことを口にすれば何を言われるかわかったものではない。先ほど父を言い訳にしたせいもあって、分が悪い。それでなくともミシェルは、父に何かを言い返すというのが苦手で、今までもずっと口をつぐんできたのだ。
(お父様を前にすると何も言えなくなってしまうのが嫌で、王都に出てきたんだもの……)
決して父のことが嫌いなわけではない。
父からはミシェルが可愛くて仕方がないと言われて育った。幼いころはもっと父の愛情を素直に受け取れていたのだ。
(変わってしまったのは、私の気持ちのほう……)
父はいつだって、家族の誰にも等しく愛情深い人だった。
「話があって来た。お前は手紙だと逃げるから。この店を予約してある」
どう考えてもミシェルにとっていい話ではないだろう。
父が折りたたまれた紙を広げてミシェルに見せる。王都でも三本の指に入る高級店『ヴィルヘルミイナ』の名が書かれていた。
「王都の店の名は洒落てるが、覚えにくくてかなわんな」
父は嘆息しつつも、しっかりとした足取りで歩き出した。
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