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「四年前、一か月の潜入捜査が行われたときのことです。我が隊は特殊な任務のため、準備に人手が足らないことが多いのですが……」
すでに現地入りしていた隊員が多く、城にいたレイモンドは忙殺されていたらしい。急を要する備品が多く、誰にどんな品が必要か、それが細かく分かれており、届けに行く人手も足らずに走り回っていたらしい。
「お恥かしい話なんですが、領収書をもらっても、換金できないことが多いんですよ」
レイモンドは頬を掻く。
伯爵家次男とはいえ、毎度持ち出しで金を使っていては何のために働いているかわからない。不正を防ぐために、突発的な経費の領収書の提出期限は一週間と、短く設定されている。その後、その経費が正しく使われたかを経理で精査したあと換金という流れになる。
「当時の経理部の室長はとても厳しくて、期限に一分でも遅れたら受け付けてもらえなかったんです。ルールですから当たり前なんですけれど。あらかじめ予算として配分してもらえるような品なら苦労しないんですが。職務上、急に必要性が生じる品が多いもので」
今のミシェルならわかる。
レイモンドが買うのは変装用のカツラや衣装、装飾品、それから大きな声ではいえないような薬の類まで、さまざまだ。それゆえに、かなりの額になることも多い。
ミシェルは汗だくで走ってきたレイモンドが手にしていた領収書を、数分遅れだったにもかかわらず受理した。騎士の給金の二か月分という金額だった。
「見つかれば、きっとものすごく怒られたと思います。そんなことをしていたらキリがないですし、私が上司なら厳しく指導します」
「あの時は室長がたまたま席を外していて、受け付けるべきだという意見のメンバーしかいなかったので大丈夫です」
「そうだね。君は当時も同じことを言ってた。それなのに私は、親切なミシェル嬢に対し『二度とやるな』と……まるで上司のように言ってしまって」
「はい」
返事をしてから思わず笑ってしまった。
その程度のことでミシェルを好きになるわけがない。
レイモンドがそんな単純な男ではないことを、四年という歳月の中で理解している。
(お父様向けの嘘につき合えってことね?)
「普通なら腹が立つでしょう。親切にしたのに説教してくるなんて。でもミシェル嬢は嫌な顔もせずに『ありがとうございます』と……」
「私が叱られないように気遣っていただいたのだと、そんなことは誰にでもわかることです」
「君の……そういうところが好ましいんだよ」
レイモンドは机の下でミシェルの手を取ると、指を絡ませてきた。親指で手の甲をくすぐりながら、うっとりとした顔で見てくる。重なり合う指の間をこするように動かされると、ミシェルの身体がふるりと震えた。
「それからは、知れば知るほどミシェル嬢のことが愛おしくなってしまいました」
レイモンドはミシェルに微笑んだあと、父の顔を見て頷いている。
繋いでいるレイモンドの手の甲が、ミシェルの太ももをかすめた。
(んっ……)
息を呑んだのがわかったらしく、レイモンドの喉が嗤うように動いた。
「そうですか、そうですか。若いとは、いいものですな」
髭のない顎をさすりながら父は頷いているが、レイモンドの笑顔の下に隠された行為には気付いていない。
ミシェルは表情に出さないよう注意しながら、両足をぴったりとくっつけて、震えそうになる身体を引き締めていた。
すでに現地入りしていた隊員が多く、城にいたレイモンドは忙殺されていたらしい。急を要する備品が多く、誰にどんな品が必要か、それが細かく分かれており、届けに行く人手も足らずに走り回っていたらしい。
「お恥かしい話なんですが、領収書をもらっても、換金できないことが多いんですよ」
レイモンドは頬を掻く。
伯爵家次男とはいえ、毎度持ち出しで金を使っていては何のために働いているかわからない。不正を防ぐために、突発的な経費の領収書の提出期限は一週間と、短く設定されている。その後、その経費が正しく使われたかを経理で精査したあと換金という流れになる。
「当時の経理部の室長はとても厳しくて、期限に一分でも遅れたら受け付けてもらえなかったんです。ルールですから当たり前なんですけれど。あらかじめ予算として配分してもらえるような品なら苦労しないんですが。職務上、急に必要性が生じる品が多いもので」
今のミシェルならわかる。
レイモンドが買うのは変装用のカツラや衣装、装飾品、それから大きな声ではいえないような薬の類まで、さまざまだ。それゆえに、かなりの額になることも多い。
ミシェルは汗だくで走ってきたレイモンドが手にしていた領収書を、数分遅れだったにもかかわらず受理した。騎士の給金の二か月分という金額だった。
「見つかれば、きっとものすごく怒られたと思います。そんなことをしていたらキリがないですし、私が上司なら厳しく指導します」
「あの時は室長がたまたま席を外していて、受け付けるべきだという意見のメンバーしかいなかったので大丈夫です」
「そうだね。君は当時も同じことを言ってた。それなのに私は、親切なミシェル嬢に対し『二度とやるな』と……まるで上司のように言ってしまって」
「はい」
返事をしてから思わず笑ってしまった。
その程度のことでミシェルを好きになるわけがない。
レイモンドがそんな単純な男ではないことを、四年という歳月の中で理解している。
(お父様向けの嘘につき合えってことね?)
「普通なら腹が立つでしょう。親切にしたのに説教してくるなんて。でもミシェル嬢は嫌な顔もせずに『ありがとうございます』と……」
「私が叱られないように気遣っていただいたのだと、そんなことは誰にでもわかることです」
「君の……そういうところが好ましいんだよ」
レイモンドは机の下でミシェルの手を取ると、指を絡ませてきた。親指で手の甲をくすぐりながら、うっとりとした顔で見てくる。重なり合う指の間をこするように動かされると、ミシェルの身体がふるりと震えた。
「それからは、知れば知るほどミシェル嬢のことが愛おしくなってしまいました」
レイモンドはミシェルに微笑んだあと、父の顔を見て頷いている。
繋いでいるレイモンドの手の甲が、ミシェルの太ももをかすめた。
(んっ……)
息を呑んだのがわかったらしく、レイモンドの喉が嗤うように動いた。
「そうですか、そうですか。若いとは、いいものですな」
髭のない顎をさすりながら父は頷いているが、レイモンドの笑顔の下に隠された行為には気付いていない。
ミシェルは表情に出さないよう注意しながら、両足をぴったりとくっつけて、震えそうになる身体を引き締めていた。
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