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1.レイ
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ベツォ王国の宰相補佐を務めているレイだが、その実態は宰相の下僕、宰相の小間使い、ヴィヴィアン第二王子のお守りである。
ヴィヴィアン殿下は、レイの愛しい妻、べイエレン公爵令嬢だったマイナと婚約する予定の人であった。
レイと殿下は立場的には互角とも言われていた。
父が王弟で王位継承権第三位のレイか、あるいは継承権二位ではあるが側室を母にもつ殿下のほうが上か。
政治的には意見がわかれるところであった。
レイにとっての幸運は、殿下の名がヴィヴィアン・デ・べツォであったことだろう。
「でべそ?」
マイナが五歳、殿下が八歳のときの顔合わせで、マイナは殿下の名前を聞くなり肩を震わせ、大笑いした。
「むり。『でべそ』とかむり。わたくし『マイナデベソ』になるの? そんなのたえられない」
殿下は瞬時に馬鹿にされたことを理解したが『デ・ベツォ』の何がおかしいのかわからず視線をさまよわせていた。
そして、殿下の側近候補として一緒に公爵家を訪れていた、当時十三歳のレイにもわからなかった。
当然、顔合わせは気まずい空気のまま終わった。
マイナの紡ぐ言葉に興味をもったレイは、殿下とマイナの婚約が成立しなかったことに安堵していた。
もちろんその当時は、マイナへの単純な興味・感心であったことは強く念を押しておきたいところではある。
レイは幼女趣味ではない。
年齢に見合った女性とそれなりにお付き合いをしてきた。
一部では遊び人などと囁かれはしたが、笑顔で『ご想像にお任せしますよ』を貫いた。
マイナより三歳年上の殿下と、八歳年上のレイ。
年齢ではレイが不利であった。
だがしかし、レイは勝った。
濡れ羽のような漆黒の髪と潤む瞳、桜色の可愛らしい頬や唇はレイのものである。
殿下が初恋を拗らせている間にマイナは美しく成長し、レイの恋心を刺激した。
自覚した大人の行動は姑息かつ迅速である。
逃すわけもなく、マイナは成人を迎えるとともにレイの妻となった。
「ドヤ顔を今すぐ止めろ!!」
「負け惜しみですか殿下」
「初夜もままならぬくせに」
「いいえ? 同衾はいたしました」
夫婦の寝室事情を探るとは。
王家はこれだから侮れない。
(口を割った使用人は他家へ放出しよう)
「そんなものは添い寝だろうが!!」
まだ成熟期を迎えていないマイナに手を出す気などない。
彼女のレイへの気持ちが育つまで、囲って待つだけだ。
もちろん、過去の女性たちとは綺麗にお別れしている。
待てができないほど自身の欲を持て余すような、そんな時期が過ぎていることに感謝した。
「殿下も早く結婚できるといいですねぇ」
「聞いてたか!? お前は不敬が過ぎる!!」
「では即刻、この側近っぽい立場から辞退いたしますね?」
殿下が今まさに押し付けてきた書類を放り出そうとすれば、手首を掴まれた。
わかっていて掴ませたのだが、殿下は掴めたことに歓喜していた。
「パワハラで訴えますよ」
「職務放棄か、貴様」
「殿下をおちょくった罪でクビになったのかと」
「おちょくってる自覚はあったのか!! むしろさっさと宰相補佐のほうを辞めて来い」
「それはちょっと難しい相談ですね。ロジェさま直々に指名されているので、怖くて辞められません」
殿下は王子然とした金髪の髪をかきむしりながら唸っていた。
ロジェ・カヌレ氏の凍てつくようなアイスブルーの瞳を思い出しながら、レイはぶるりと震えた。
弱冠三十歳で宰相にのぼりつめた、マイナにぶりざーど宰相と呼ばれている銀髪眼鏡の紳士である。
美味しそうな名前なのに怖いとマイナを震え上がらせる御仁である。
「どうしてこうも口が減らないんだ。しかもマイナと新婚だなんて」
「人の妻を呼び捨てにしないで下さい」
「うるさい。元は私の婚約者候補だったのに」
「仕方ないじゃないですか。マイナは私のレイ・タルコットという名のほうがよかったみたいですし」
「名で決まるなんてこと、あってたまるか!!」
「確かに名ではなく、最終的には私のほうがよかったってことでしょうね。時間はたっぷりあったのに残念でしたね、殿下」
「くそう!!」
ひとしきり殿下を牽制し終えたので、適当に書類をさばくことにする。
(今日のマイナへのお土産は何にしようか。木いちごのムースはどうだろう?)
第二王子ヴィヴィアン殿下の執務室は今日も平和であった。
ヴィヴィアン殿下は、レイの愛しい妻、べイエレン公爵令嬢だったマイナと婚約する予定の人であった。
レイと殿下は立場的には互角とも言われていた。
父が王弟で王位継承権第三位のレイか、あるいは継承権二位ではあるが側室を母にもつ殿下のほうが上か。
政治的には意見がわかれるところであった。
レイにとっての幸運は、殿下の名がヴィヴィアン・デ・べツォであったことだろう。
「でべそ?」
マイナが五歳、殿下が八歳のときの顔合わせで、マイナは殿下の名前を聞くなり肩を震わせ、大笑いした。
「むり。『でべそ』とかむり。わたくし『マイナデベソ』になるの? そんなのたえられない」
殿下は瞬時に馬鹿にされたことを理解したが『デ・ベツォ』の何がおかしいのかわからず視線をさまよわせていた。
そして、殿下の側近候補として一緒に公爵家を訪れていた、当時十三歳のレイにもわからなかった。
当然、顔合わせは気まずい空気のまま終わった。
マイナの紡ぐ言葉に興味をもったレイは、殿下とマイナの婚約が成立しなかったことに安堵していた。
もちろんその当時は、マイナへの単純な興味・感心であったことは強く念を押しておきたいところではある。
レイは幼女趣味ではない。
年齢に見合った女性とそれなりにお付き合いをしてきた。
一部では遊び人などと囁かれはしたが、笑顔で『ご想像にお任せしますよ』を貫いた。
マイナより三歳年上の殿下と、八歳年上のレイ。
年齢ではレイが不利であった。
だがしかし、レイは勝った。
濡れ羽のような漆黒の髪と潤む瞳、桜色の可愛らしい頬や唇はレイのものである。
殿下が初恋を拗らせている間にマイナは美しく成長し、レイの恋心を刺激した。
自覚した大人の行動は姑息かつ迅速である。
逃すわけもなく、マイナは成人を迎えるとともにレイの妻となった。
「ドヤ顔を今すぐ止めろ!!」
「負け惜しみですか殿下」
「初夜もままならぬくせに」
「いいえ? 同衾はいたしました」
夫婦の寝室事情を探るとは。
王家はこれだから侮れない。
(口を割った使用人は他家へ放出しよう)
「そんなものは添い寝だろうが!!」
まだ成熟期を迎えていないマイナに手を出す気などない。
彼女のレイへの気持ちが育つまで、囲って待つだけだ。
もちろん、過去の女性たちとは綺麗にお別れしている。
待てができないほど自身の欲を持て余すような、そんな時期が過ぎていることに感謝した。
「殿下も早く結婚できるといいですねぇ」
「聞いてたか!? お前は不敬が過ぎる!!」
「では即刻、この側近っぽい立場から辞退いたしますね?」
殿下が今まさに押し付けてきた書類を放り出そうとすれば、手首を掴まれた。
わかっていて掴ませたのだが、殿下は掴めたことに歓喜していた。
「パワハラで訴えますよ」
「職務放棄か、貴様」
「殿下をおちょくった罪でクビになったのかと」
「おちょくってる自覚はあったのか!! むしろさっさと宰相補佐のほうを辞めて来い」
「それはちょっと難しい相談ですね。ロジェさま直々に指名されているので、怖くて辞められません」
殿下は王子然とした金髪の髪をかきむしりながら唸っていた。
ロジェ・カヌレ氏の凍てつくようなアイスブルーの瞳を思い出しながら、レイはぶるりと震えた。
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「仕方ないじゃないですか。マイナは私のレイ・タルコットという名のほうがよかったみたいですし」
「名で決まるなんてこと、あってたまるか!!」
「確かに名ではなく、最終的には私のほうがよかったってことでしょうね。時間はたっぷりあったのに残念でしたね、殿下」
「くそう!!」
ひとしきり殿下を牽制し終えたので、適当に書類をさばくことにする。
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第二王子ヴィヴィアン殿下の執務室は今日も平和であった。
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