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20.侍従
しおりを挟む領地暮らしになり、多少は大人しくなったかと思えば、ヘンリクは相変わらずだった。
ニコの報告のあと、食事と湯あみを終えたレイをマイナの元へ送り、ようやく仕事が終わった。
一時期はどうなるかと思ったが、またマイナの部屋を訪れてくれるようになってよかった。
明らかにレイの機嫌がいい。
(今日も長い一日だったな)
ここのところ、レイの侍従であるエラルドも休みなしだ。
嫌でもストレスが溜まる。
レイは分別のある主人のため、給料も高く休みもそれなりにもらえるが、この時期は無理だ。
仕方がない。
(八つ当たりをしない大人なレイさまが主人なだけ有難いよな)
侍従仲間の内緒話の中には酷い話がたくさんある。
主の浮気の証拠隠滅などは、奥方や奥方周辺の女性全てに嫌われるので最悪な仕事のうちのひとつだ。
(レイさまも昔はそれなりに遊んでたけど落ち着いたしなぁ。浮気の心配がないのはラッキーだな)
ニコの翡翠の瞳を思い出して苦笑いした。
あれに睨まれてはかなわない。
可愛らしい色合いの美人な子だけど、あの手の女は厄介だ。
ゾラと同じ匂いがする。
食堂に向かっている途中、メイドに絡もうとしてるヘンリクを見つけた。
ちょうど手首を掴んだあたりで見かけてしまい、止めないわけにもいかなくなってしまった。
(面倒くせぇな)
「外でやれ」
赤い頭をスパンと叩いた。
絡まれていたメイドは涙目だった。
「こいつには近付かないほうがいい。わかったら行っていいよ」
メイドはエラルドにペコペコと頭を下げて走って行った。
「さっきから邪魔ばっか入りやがる」
「お前に節操はないのか」
「あるじゃねぇか、昔から。好きな女には指一本触れねぇのよ」
「その話は絶対に聞かないからな」
バアルに食事を恵んでもらい、使用人用の食堂のテーブルで食べていたら、向かいの席にヘンリクが座った。
遅番の飯の時間さえ、とっくに過ぎている。
他には誰もいなかった。
「なんか用か?」
「若奥さまは、あっちの具合はどーなのよ?」
「死ね」
「はーん。じゃあ、あのメイドの言ってたことは本当か」
「……そういうことか」
どうやら『まだ』この屋敷はレイの色に完全には染まりきれていないらしい。
先ほどの目の端に泣き黒子のあるメイドの名前は知ってる。
エラルドは一度見た顔と名前は忘れない。
「お前はいいな、商売女で足りるんだろ?」
「その舌引っこ抜いてやろうか?」
「おーおー。やれるもんならやってみな」
「お前、前より安い挑発するようになったな? 自棄か?」
ヘンリクの黒い瞳が淀んで見える。
節操のない馬鹿だけど、手当たり次第に喧嘩を売るような男ではなかったはずだ。
「奥さまがあの歳になっても落ちねぇのよ」
「当たり前だ馬鹿。ここでその話をするな殺すぞ」
ヘンリクの言う奥さまとは、大奥さまのことだ。
「ふっ。口悪ぃ」
「お前ほどじゃない」
「狂犬エラルドが、今やこんな秀才腹黒眼鏡だもんな」
「何が言いたい?」
ヘンリクとエラルドは元は同じ孤児院出身だった。
大奥さまに拾われるまでは。
エラルドは持ち前の能力でレイの侍従にまでのぼりつめ、腕っぷしを買われたヘンリクは護衛騎士になった。
「今さらラブラブなわけよ」
「昔からだろ?」
そしてこの馬鹿は大奥さまに大層惚れている。
馬鹿じゃねぇのかと思ったところで、ままならないのが恋というやつだ。
エラルドは恋をしたことがないので想像だが。
ヘンリクの気持ちに気付いていた大旦那さまは、こいつが寝室前の護衛のときに限って、派手に大奥さまを抱いた。
ヘンリクは扉越しに喘ぎ声やら物音をさんざん聞かされたらしい。
泣きながら「好きな女が他の男に抱かれてる声を一晩中聞かされる俺の気持ちがわかるか?」と管を巻かれたエラルドは思った――
絶対、恋なんかしないと。
(それに比べればレイさまは品がいいよな、さすがお坊ちゃま)
大旦那さまは敵に回すべからずだ。
レイも、最近ちょっと片鱗があるけど。
(この家の男って執着と溺愛、酷くないか? 血か? 血だな?)
さて、そんなレイに先ほどのことを報告したら、あの黒子メイドはどうなるだろう。
食べ終えた食器を片付けようと立ち上がり、ふと見下ろすと、ヘンリクは眠そうにあくびをしていた。
「お前、ニコには手を出すなよ? そのままの意味でヨアンに殺られるぞ?」
「あぁ。アレはヤバいな」
ヘンリクはくつくつ笑って、赤毛をガシガシ掻いた。
ヤバいに決まってる。
王家の暗部から引き抜いたって噂だ。
あくまでも噂だが。
タルコット公爵家でも、大旦那さまとレイとエラルドしか知らない。
(王家とどんな取り引きをしたのか知らねぇけど、べイエレン公爵家も、おっかねぇんだよな)
「領地で何があった?」
「おっ、聞いてくれるのか!?」
寝不足のときにヘンリクの愚痴を聞くのは腹立たしいが、自棄になられても困る。
ついでに探っておくか。
「言っとくが俺にも分別はあるんだ。漏らしちゃいけねぇ大事な話はしねぇぞ?」
「そんなもん期待してねぇから安心しな。ついて来い。酒ぐらい出してやるよ」
部屋にある上等なワイン――なんかは飲ませるつもりはないが、ウィスキーぐらいは出してやってもいい。
そもそもレイが欲しがってるのは重要な話を聞きだすのが目的ではない。
どうすれば大奥さまが早く帰領してくれるかだ。
(さっさと吐かせて潰しちまおう)
ほくそ笑むエラルドであった。
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