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66.カリスマ
しおりを挟む「タルコット夫人、救護室へお連れします」
フェミ君はキリッとした顔をして、抱き上げようとしてきた。
それにはちょっと、抵抗がある。
知らない男性に抱き上げられたところをレイに見られたくないと思ってしまった。
(そんなことを気にしている場合ではないのに、私はなにを……)
頭ではわかっているのに心が抵抗してしまうのだ。
「あの、騎士の方とはいえ……その……」
怯えた顔をすれば、ハッとしたフェミ君は体を離して低頭した。
「申し訳ございません。先ほど怖い思いをされた淑女にこのようなことを。お許しください」
「いいえ、助けを求めたのはわたくしです。申し訳ございません」
いたたまれない気持ちで目を伏せたが、周囲がやけに騒がしい。
二人の声が掻き消えるほどの人数が集まってきている。
予想より多い人数に場の収集がつくのか、城に乗り込めるのか不安になってきた。
(ヴィヴィアン殿下やレイさまと合流したいんだけど)
心の中では、ヴィヴィアン殿下が解毒薬を飲んだことは決定事項である。
(私が信じなくて誰が信じるというの!!)
辺りを気にするマイナに、「では私が」とカールが背を向けて屈んだ。
(ドレスの私を背負うの!? ここはお姫様だっこじゃないの!? いや、待てよ? カールにお姫様だっこされてもちょっと不安だな?)
失礼なマイナである。
やいのやいのと、ニコはまだ門番を捲し立てている。
なんだかストレスを発散しているようにも見える。
(門番、マジでごめん。本当に後で助けるからな?)
「鎮まれっ!!」
ひときわ凛々しい声がして、マイナを遠巻きに観察したり、マイナを助けようとしてオロオロしていたメイドたちが一斉に黙った。
「何事かと来てみれば……タルコット夫人?」
「……ごきげんよう、ラッセルさま」
有名な近衛騎士団長のお出ましである。
(この人が陛下の指示で来たのであれば、寸劇もここまでね)
恐らくは屋敷に戻されるだろう。
一目でもいいからヴィヴィアン殿下の無事を確認したかった。
「どうされましたか? 本日は厳戒態勢だと、門番はお伝えしませんでしたか?」
「……申し訳、ございません」
なんだか急に悲しくなってきた。
ずっと気を張っていたけれど、本当は不安に押しつぶされそうなのだ。
ラッセルは厳しい人で有名である。
こんな時、マイナだからといってレイに会わせるようなことはしないだろう。
「融通が利かないんだよなぁ」とレイがラッセルのことを呟いていたぐらいだ。
ヴィヴィアン殿下を失うということは、レイを失うことと同義だ。
警告のように湧きあがる予感を打ち消し続けるのは、マイナでも辛かったのだ。
レイが王太子となれば、結婚してから築いてきた二人の関係も変わってしまうだろう。
(政略結婚だったけど、ようやく夫婦らしくなってきたのに……)
二人並んで見た金木犀が、心の中で散ったような気がする。
大好きなはずのオレンジ色の絨毯の上に、一人取り残されてしまう。
「わたくし、不安で……」
演技ではない大粒の涙がボロボロ零れた。
フェミ君がマイナを見てもらい泣きをしている。
カールまで泣いていた。
もはや演技には見えない。
「特例は認められません。足を挫かれたのですね? 馬車内で応急処置をしましょう。屋敷に戻られたら、医者を呼んできちんと治療をなさってください」
頷く以外なかった。
ラッセルの言い分は正しい。正しすぎるぐらいだ。
ラッセルは近くにいた別の騎士に、救護室から人を呼んで来いと指示を出したが、それを見たメイドたちからは、マイナを気の毒がる声が上がっていた。
背後から馬の蹄の音が近づいてくる。
今度は誰が来たのだろう。
そろそろ議会のために人が集まってしまう時間だろうか。
観衆のざわめきが再び大きくなった。
「ラッセル、淑女を泣かせるとは騎士の風上にもおけぬな」
涙にくれながら顔を上げると、馬上からレイそっくりの義父がラッセルを睨んでいた。
「お、お義父さま……」
「挫いたのか?」
会いたかったレイに会えたような、そんな錯覚を覚えるほど義父は優しい顔で話しかけてくれた。
コクンと頷けば、馬から降りた義父がマイナを抱き上げてくれる。
力強い動作に安心感を覚えた。
(レイさまみたい……)
緊張の糸が解け、「ほう……」と息を漏らしたマイナに、義父がふわりと笑った。
(素敵……)
メイドたちからも黄色い声が上がった。
義父は再びキリッとした顔をして、ラッセルを睨んだ。
「城で手当てをする。そこを退け」
「しかし、」
「私を通せないとは言わないよな? それとも、兄上に呼ばれている私を追い返すか?」
「それはっ、ですが、タルコット夫人は!!」
「責任は私が取る」
悔しそうな顔をしたあと、渋々といった様子でラッセルが道を開けた。
フェミ君はあからさまにホッとした顔をしている。
「公爵夫人をひとりには出来ぬだろう。お前らも付いてこい」
カールは泣いていたのが嘘のような笑顔で頷き、ティモは深々と頭を下げて義父の背を追ってくる。
ニコとミリアも慌てた様子で続き、その後ろから義父の侍従と護衛が堂々と歩いてきた。
義父と侍従、護衛が乗ってきた馬は門番に託された。
メイドたちは涙を浮かべながら「よかった」と口々に呟いて頷いている。
マイナの嘘泣きからの本気の涙に感情移入してしまったのだろう。
義父は一瞬にしてヒーローとなった。
「さすがはアーサー殿下」という声が聞こえた。
それは以前の呼び名だが、今はそれでいいのかも知れない。
観衆の高揚感が凄かった。
(お義父さまみたいな人をカリスマと呼ぶのかもしれないわ)
未来のレイを思い描き、マイナはちょっぴり得意げになった。
義父の力強い姫だっこは快適だ。
まんまと城に入ることができたマイナはアーサーという味方を得て無敵になった。
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