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90.コスモス
しおりを挟む(政略結婚じゃなかった……!!)
マイナは歓喜していた。
政略結婚でも仲のいい両親を見て育ったので忌避感はなかったが、恋愛結婚は憧れであった。
マイナも普通の女の子だったのだ。
(レイさまは、私のことが好きで好きで結婚したって!!)
レイは二度も好きを連呼した。
そんなに好きだったとは……!!
愛されているなぁとは思ったが、本人の口から出た言葉は破壊力が違う。
慌てて駆けつけてきたニコに「どういった経緯で今日なのですか!?」と質問攻めにされたが、マイナはニヤけた顔のままであった。
肩を揺すられたところで、疑問に答えるのは無理だ。
(脳内にコスモスが咲き乱れているの!!)
なぜかピンクのコスモス畑にいる脳内のマイナはレイを待っているらしい。
そんな風景が頭から離れない。
なぜコスモス?
「マイナさま、足を上げてください」
妄想している間に肌は綺麗に磨かれていった。
いい香りの香油を塗られそうになったが、それは断った。
「わたくしがベトベトしてると思われたくないの」
興奮しすぎて脂汗をかいている女なんて思われたら嫌だ。
ニコが足首が動かないように、きっちり包帯を巻いてくれた。
少々大げさだが、これで変に動かしてしまう危険がなくなった。
髪を丁寧に拭かれ、整えられていく。
鏡に映るマイナの顔はだらしなかった。
「わたくし、こんなだらしない顔だったかしら?」
「ええ。私が来てからはずっとデレデレしてますよ」
「あらそう」
そのあと、布の面積の狭いスケスケのナイトドレスを着させられた。
太もも以下は布がない上に、裾がヒラヒラしている。
ちょっと捲れたら、もうすぐにでも、という仕様だ。
「最初からこれなの!? 布、無さ過ぎじゃない!?」
色も紫陽花よりも濃い青紫色である。
どうしてこれ??
やり直しとはいえ初夜である。
もっと初々しいものがあるだろう。
ピンクとかピンクとかピンクとか。
コスモス色のものがあるはずなのに!!
「今のマイナさまにはちょうどよいかと」
「なんでよ!?」
「やる気がみなぎってますから」
「これはこの間お母さまが強引に作った上級者のやつだわ」
(わたくしでこれって、お母さまはいつもどんなの着てるの!?)
「つべこべ言ってないで寝室へ行きますよ」
ニコは容赦がなかった。
何度も準備した挙句、空振りしてきたのだ。
今回こそはと、ニコも力が入るのだろう。
旦那さまが絶対に手をつけたくなるからとか言っていたような気がするけれど、聞き間違えだったかもしれない。
聞き間違えであって欲しい。
ミリアはそんな二人を微笑ましいという表情で見ていた。
(ちっとも微笑ましくないからね!?)
準備とは実に時間がかかるものである。
空ぶった最初の初夜の際も、相当気合が入っていた。
(以前の私があまりにも鈍感だったから、レイさまも時間をかけざるを得なかったのよね)
今度はそんなことにはならない。
なってはいけない。
タイミングは今だとマイナの第六感が騒いでいるのだ。
(二人のためだけじゃない。ヴィヴィアン殿下のためでもあるのよ)
いくらマイナの父やその他有力貴族がヴィヴィアン殿下を推したとて、後継問題を持ち出す人はいるはずだ。
弱い部分は突かれてしまう。
ヴィヴィアン殿下が揺らげば、レイが揺らぐ。
「行ってくるわ!!」
マイナは手を握り締めてニコとミリアに頷いた。
「行ってらっしゃいませ」
ニコが深々とお辞儀をし、ミリアもお辞儀をしてから車椅子を押してくれた。
ノックをすると返事がかえってきたので、ミリアにも下がってもらった。
扉が開く。
マイナを見たレイは微笑み、マイナを抱き上げてくれた。
いつも以上に石鹸の香りがするレイの大きめに開いた胸元を見て、顔が熱くなる。
「お待たせしました」
「そんなに待ってないよ。待ち遠しかったけれどね?」
(本気のレイさまって凄い……)
語彙力が死ぬぐらい色っぽい。
もうすでに色々駄々漏れている。
いまから漏らしてどうするのだ。
優しくベッドの縁に降ろされた。
「気持ちは変わらない?」
「まったく」
「そう……」
膝の上に置いていたマイナの手を、そっと避けるようにしてベッドに降ろされた。
太ももが丸見えなので裾を押さえておきたかったのだが、レイの表情を見てしまえば何も言えなかった。
「レイさま、ひとつだけ」
「ん?」
近付いてきたレイの顔を止めた。
「わたくし、レイさまの好きなぼんやりしたマイナではなくなってしまったのですけれど、それでも好きだと思っていただけますか?」
(すごくズルい言い方だわ)
けれども、どれだけ悩んだところで以前のマイナには戻れないのだ。
これが本当のマイナでもある。
少々残念に思われたとしても、今のマイナを受け入れてもらう他ない。
それが悩んだ末に出した、マイナなりの結論だった。
晩餐の間、心ここに在らずに見えたかもしれないが、今はとてもすっきりしている。
「もちろん。俺が好きなのはマイナだよ。前とか後とかでもなく、マイナの全て」
「レイさま、本当はご自分のことを俺って仰るのね」
「そうだね。そういう時期があったけれど、家庭教師に正されたよ。幼少期はもっと粗野で我が儘だったよ」
「それも素敵!」
「素敵ではないと思うけれど」
「レイさまがわたくしの全てと言ってくださるように、わたくしもレイさまの全てが好きなんですわ」
「なるほど?」
クスクス笑いながら髪を耳に掛けたレイは、熱をはらんだ瞳をマイナに向けた。
伸びてきた指先が頬を辿る。
「質問はそれだけ?」
頬を辿っていたレイの手が首筋に触れる。
マイナは静かに頷いて、そっと目を閉じた。
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