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103.牛乳かん
しおりを挟むまたしても起きられなかった六日目。
マイナはストレスが溜まっていた。
(決して嫌なわけではないのだけれど、もうお料理が作りたくて作りたくて!!)
義母も起きられなかったようだ。
だが今日は少々強引にアフタヌーンティーの約束を取り付けている。
(お義母さまに、優しいデザートを食べていただくのよ)
まごうことなき貴婦人である義母に、マイナは堂々と庶民の味を振舞おうとしている。
――牛乳かんである。
庶民の味なのに庶民の価格にならないのが異世界だ。
寒天も恐ろしいほど高い。
ご褒美デザートになってしまった。
(前世ではみかんの缶詰を入れていたけれど、みかんがないからイチゴとぶどうをたっぷりいれてみたわ)
丸型に入れ、しっかり冷やし固めたあと、ケーキのように切ってもらった。
イーロはデザート作りが好きなようで、すっかりマイナの助手のようになっている。
「ねぇ、イーロ」
「はい、奥さま」
「もしもよ、もしもだけれど、領地の料理人に餡子を伝授してきてって言ったら、行ってくれるかしら?」
「もちろんです」
「よかった。ねぇ、バアル。その時はまた手が足りなくて大変になってしまうけれど、少しの間いいかしら?」
「もちろんですよ。あれほど大旦那さまが喜ばれていらっしゃるのですから、ぜひ領地でも召し上がっていただきたいですね。私は今、領地の料理人に、大旦那さまが喜ばれたメニューのレシピを書いておりますから、難しい餡子だけをイーロが伝授し、その時にレシピを渡すようにすれば、奥さまが領地へ行かれる必要はございませんよ」
「まぁ。バアルは知ってたの?」
「おおよそ。風の噂程度ですが」
「さすがね」
義父との付き合いも長く、性格を知り尽くしているから予測が立つのだろう。
感心しながら義母との茶会へ向かった。
もうすっかり足の具合もよくなった。
今日の護衛はカールだ。
学園で追い回してきていた女の子は無事に振り払ったと聞いて、少々残念な気持ちになった。
熱烈に好きだと言われたらしく、うんざりしているのだと聞いたが、そんなものだろうか?
若い男の子は、女の子に好きだと言われればすぐにその気になるものだと思っていた。
他に好きな子がいるのかと聞けば、いないという。
(まだ興味がないのかしら)
少々失礼なことを考えながら、マイナは席に着いた。
しばらくして義母が到着し、アンが紅茶を淹れてくれた。
今日はゾラがお休みらしい。
「お義母さま、今日は牛乳かんを作ってみましたの」
「まぁ。可愛らしい」
「お口に合うといいのですが」
我ながらよくできている。
うっすら見えるイチゴが可愛い。
見た目もさることながら、優しい甘さが疲れに効くような気がする。
「さっぱりしていて美味しいわ」
「はい。疲れていてもツルツル入りますよね」
「ツルツル?」
「ツルツルです。こう、喉をツルッと通る感じです」
義母はもうひと口食べて頷いた。
「そうね。とても食べやすいわね?」
ふふふ、と口に手を当てて笑う。
なんて癒しだろうか。
美女のうふふ、である。
護衛に付いてるティモまで思わず微笑んでいた。
とても癒される、楽しいお茶会だった。
義母は義父に抱きつぶされるという状況に慣れているらしく、お茶会の合間に「そのうち落ち着くわよ」とこっそり言われた。
落ち着くとはこれいかに。
いつだ、それはいつだと自問自答していた。
「奥さま、ヨアンが至急お話があると申しておりますが、いかがなさまいますか?」
シモンが慌てるなど珍しい。
休みのはずのヨアンが来るというのも心配だ。
通してもいいか義母に確認すると頷いてくれたので、ヨアンを呼んだ。
「どうしたの?」
「金木犀に来た客が、マイナさまの絵を見て盗作だと騒いでいます」
「盗作!?」
「バルバリデ王国の新進気鋭の画家の絵にそっくりなんだそうです」
「ボルナトは?」
「事情を説明していますが、営業妨害に近く、先ほど騎士を派遣しました。ボルナトは騒ぎが大きくなる前に絵を外していいかの許可をもらいたいと言ってますが、僕は反対です」
「それはどうして?」
「あれはマイナさまの絵だからです。ここで下げたら、やっぱり盗作だったんだと言われます。そんなことになったら、二度と描けなくなってしまいます。僕はそんなの嫌だから」
「そんな、大層な物じゃないわ」
「そんなはずないです。あの絵を飾ったときのマイナさまの顔、僕は忘れていません」
書道は祖父との思い出の全てだ。
それを飾ったからといって何があるわけでもないが、どこかで会えないかと思っている自分は確かにいる。
それをヨアンは感じとってしまったのかもしれない。
「でもボルナトが危険な目に合うのは困るわ」
「僕がしばらく警護します」
「ヨアン、あなたは私の護衛でしょう?」
「ですから、許可をお願いしに来ました」
「今後の対応については、すぐに許可は出せないわ。でも今はすぐに戻って、ボルナトを護衛して」
「わかりました」
ヨアンは頭を下げると物凄い速さで立ち去った。
「マイナさん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。少し、驚いただけです」
マイナの書道を盗作と呼ぶのなら、きっとその人も同じように書道を描いているのだろう。
日本語を知らない人が見たら、漢字の筆跡の違いなどわかりようもない。
ボルナトも似たような絵をみたことがあると言っていたではないか。
嫌な予感を覚えながらも、マイナは義母に心配かけまいと笑顔を浮かべていた。
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