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5.120日目
しおりを挟む120日目――
いよいよ再審の日だ。
宰相が部屋に来て謁見の間という悪趣味な成金みたいな部屋に連れて来られた。
服はスン君が遊牧民のような、腰を紐で絞る赤い着物のような衣装をくれたので、それを着て王の前に出た。
スン君と同じような衣装で、彼はこの上に毛皮のベストを着ている。
王の前では小難しい所作があるらしいのだが、私は全くやる気がなかった。
宰相に何度も注意されながら、それっぽい動作をしてペコッと最後に軽く頭を下げた。
相変わらず口の臭そうな王様が「多少は痩せたか」とひじ掛けについた腕に顎を乗せて、いかにも私とは喋りたくないという顔をして言った。
天涯孤独な女性を勝手に召喚しておいて上から目線という、その性根がどうにも気に食わなかった。
四か月も過ごしたというのに、この国のいいところは一つもあげられなかった。
「陛下、再審を。この者を娶りますか?」
「えー。ワシ、こやつと閨は無理じゃ」
(この口臭ジジイ、死ね!! 私もお前なんかとは無理!!)
「なんだ、不服そうじゃの。ワシに抱かれたいのならもっと痩せろ」
「これ以上痩せるのは無理なので、隣国へ放逐してください」
「だそうだ。アヒム、国外追放しろ」
陛下は召喚の日と同じように、汚いものを払うように手を振った。
宰相の視線が刺さる中、私は例の無精ひげの騎士に腕を引かれ、部屋から出された。
「貴様、下賜されるのが嫌だからと小賢しい知恵をつけたな? 誰に吹き込まれた? やはりスヴェンか?」
「なんのことでしょう。私はこの国にいても罪人扱いされるだけなので、隣国で細々生きていきたいなと思っただけです」
スン君よ、お前の本当の名はスヴェンなのか?
だったら先に言っておいてくれないと困る。
この場にいないスン君を少々恨みながら城門へと引きずられていた。
四か月も居れば顔なじみもできるもので、すれ違う人が眉を下げて私を見ている。そんな顔しなくても大丈夫だよ、と言ってあげたかったが罪人扱いの私にはそんな猶予はなかった。
ポイッと城門の外に出されたので、どちらに向かっていいかもわからないまま歩き出した。この城からは直ぐに離れたほうがよさそうだと感じたからだ。
スン君、暖かい靴も欲しかったよ。
フカフカのムートンブーツがいいなぁ。
夜は結構冷えるから。
スン君のくれた服は前合わせの内側に、ポケットがついていたので、そこにセイメイカを入れておいた。
後から気付いたのだけれど、セイメイカは食べると半日以上お腹が減らないし、動いても疲れない。ただの干しぶどうではなかった。
(川で水を汲んでおいたほうがいいかなぁ)
竹でできた水筒も腰に付いている。
なんて有能な衣装だろう。
そしてこの世界に慣れた私、スゲェェェェェェ。
転移前の私は、繊細でとても神経質だった。
人からもらった手作りの食べ物なんて食べられない。もらった日にはこっそり捨てていたぐらい。川の水を飲むなどもってのほか。
そして、メンタルをやられる度に暴食して気を紛らわしていた。
友達に相談したくても、忙しいときに迷惑にならないか気にするあまり、連絡するのをためらってしまったり、連絡が来ても返せないことが重なって、そのうち音信不通になってしまった。
そんな調子なので、男性のみならず職場の女性とも気軽に食事に行くこともなくなり、気付けばどんどん孤独になっていった。私からは誘い辛い雰囲気が出ていたとも思う。
苦し紛れにSNSを始めてみたら、イイねを押さなきゃ、フォローしなきゃと焦ったり、逆にそれを返してもらえないと不安になったり、フォローを外されて暴食したり、毎日毎日キラキラした他人の写真や言葉に疲弊して、気付けばSNSを始める前より孤独を感じていた。
(思い切って、昔の友達に電話してみたらよかったのかな……)
会わなくても、電話なら声で温度が感じられたかもしれない。友達だったのだから、話せば会う約束ぐらいできたかもしれない。
歳を重ねるたびに、人の温度を感じることができなくなっていたような気がする。
最低なはずの現在のほうが、人の温度を感じるぐらいだ。
(それはスン君のおかげかも?)
懐かしい自分を思い返したり、スン君のことを考えたりしながら歩を進めているうちに、川に到着した。
二時間ほど歩いただろうか。
水を汲み、口に含んでみた。お腹をくだすことはなさそうだ。なんとなくわかる。
水を飲むために木の幹の前に座り、一休みしているうちに気が付けば寝ていたらしい。
体が傾いたのを感じて目を開けると、さきほど別れたはずの無精ひげの騎士が私に覆いかぶさっていた。
「なっ!?」
腰の紐を解かれそうになり、慌てて抵抗した。
「大人しくしろ」
「何すんのよ!!」
「なんで王が聖女を妃にするか、考えなかったのか?」
「ただのエロジジイでしょ!?」
なんという馬鹿力。
私も女にしては強いほうだが、やはり騎士には敵わなかった。
「宰相は教えなかったのか? 聖女とやると若返るらしいぜ?」
多少、若返ったところでどうにもならないジジイのくせに!!
という心の叫びは声にならなかった。とにかく、こいつが諦める言葉を発しなければと「私は偽物の聖女よ!!」と叫んでいた。
残念ながら声が震えて、あまり大きな声はでなかったけれど。
「どうだかな。せっかくだから試してやるよ。お前も楽しめ」
自分の下履きに手を掛けた男は、そう言って笑った瞬間、ぐったりと私の上に覆いかぶさってきた。
「遅くなってすまないっ!!」
私の上でぐったりしていた男を片手で持ち上げたスン君は汗だくだった。
私は突然のことに身体が震えてしまい、腰ひもを結びたかったけれど結べず、呼吸は荒かった。
「少し触れる」
男を放り投げたスン君は、私の衣装の前合わせを整え、腰ひもを結ってくれた。
「立てそうにないな?」
頷くのが精一杯で、思わず腕にしがみついてしまった。
無精ひげの男よりも助けてくれたスン君のほうが信用できる。
「こいつは、国の暗部が処理するから気にしなくていい」
国の暗部?
「詳しいことはあとで説明する。馬に乗るのは初めてか?」
ふたたび頷いた私を、スン君はヒョイと抱えて馬に飛び乗った。
馬上は高く、怖かったけれど、とにかくあの男から離れたかった。
スン君にしがみついたまま目を瞑り、早く遠くへと願っていた。
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