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6.180日目
しおりを挟む180日目――
スン君の暮らすエステルマン王国に連れてきてもらった私は、一か月も経たないうちにスン君のお嫁さんになった。
スン君は私が召喚された国に、羊の乳売りのふりをして出入りをしていた間者だった。
「間者ってなに?」
「ハルナの国には間者もいなかったのか? 平和だな」
よくよく聞いてみると身分を偽って他国に潜入するスパイのようなものだと理解した。
いやいやスパイならいたよ、たぶん。見たことはないけれど、と思ったけれど黙っておいた。見たことはないから。
かの国が聖女召喚を試みているという情報から潜入していたらしい。それって、すごく危険な仕事なんじゃないのかと心配したけれど、暗部ほど危険な仕事ではないらしい。ちょっと安心した。
というか。
「なんで王子様さまが間者なのよ」
「王子といってもなぁ。五番目だぞ? 大して尊くもない身分だから」
スン君は頭をポリポリ掻いて、私の好きなサッパリとした目鼻立ちの顔を緩めて、なんだかバツの悪そうな顔をしていた。
かの国にいたときは、私と親しくしていると素性を疑われるので、わざと素っ気ない態度を取るしかなかったと、エステルマン王国へ向かう途中で教えてくれた。
エステルマン王国は、かの国よりも自然が豊かなおかげで作物がよく育ち、食べ物に困らない上に温泉まで湧いていると聞いて、あのときの私はずいぶんと心が軽くなった。
それと、これはすごく重要なことなのだけれども。スン君は馬上で汗をかいていても臭くなかった。
一日中、馬上でくっついていたけれど不快感もなく、なんなら妙にいい匂いだと思ったぐらい。もしかするとスン君からはフェロモンのようなものが出ているのかもしれない。
伴侶となったスン君は、とても優しくて格好いい旦那さまだ。
もちろん今では苦手意識などない。
スン君は精緻な金の刺繍の入ったデールという蒼い衣装を着ており、私は金の刺繍に赤いデールを着ている。
これがこの国の、王子と妃の衣装だという。
この衣装になってから、私は自分の体型に後ろめたさを感じることがなくなった。
寒い国なので、みんな下にたくさん着込んでいるから膨れているし、そもそも太ましい身体は豊作の象徴と言われて、この国ではものすごくモテる。四番目の王子さまにも求婚されたぐらい。もちろん断ったけど。
「なにニヤニヤしてんだ?」
「人生初のモテ期」
「またその話か」
呆れたように言いながら抱きしめられた。
急な溺愛である。
ここは夢か、スマホで読んでいたラノベか、異世界か。
(いいにおい……おちつく……)
「早く元の身体に戻らないかな」
「元の身体に戻ると人妻でも断り切れないぐらいモテるから、このままでいい」
「じゃあさぁ……もしも、もしもだよ? ないとは思うけど、私がすごく痩せちゃったら嫌いになる?」
「なるわけないだろう!? 心配だから食べさせようとはするけど!!」
拗ねたような顔をしたスン君――ダーグ・ヴァルダル・エステルマンという本名だけれど、私はずっとスン君と呼んでいる――は最初の印象と違って可愛らしいところがある。二人きりになると、特に。
私はあの無精ひげから救ってもらったことが忘れられず、一回目のプロポーズであっさりと結婚を承諾した。
エステルマン国王、スン君のお父様にはもっと時間をかけて考えていいと言われたのだけれど即答した。
太ましい私を抱えて軽やかに馬に飛び乗ったスン君は、何度思い出してもカッコよくて悶える。
「あの無精ひげはどうなったの?」
聖女暴行未遂事件として、エステルマン王国に着いたばかりのころはかなりの騒ぎになった。この世界に来た聖女が隣国で酷い扱いを受けていたと知り、国民は激怒した。
「あー。詳しい場所は言えないけど、牢にいる」
「そっかー」
ちなみにあの男が言っていた若返りの話は嘘らしい。
単にあの男が私に恋慕していて、私が罪人に下賜されるところを男が王や宰相と直談判して、私と結婚しようとしていたのではないかとスン君はいう。
「そうすれば、ハルナに感謝されるとでも思ってたんだろうな? なんたってあの男はモテモテの騎士だし? 俺と結婚できるなんて有り難く思えとか言いそうだろ?」
「うわっ、言いそう!! 最悪なんだけど!! あんな臭くて乱暴な男、絶対に嫌!!」と叫んだら、スン君はお腹を抱えて笑っていた。
本来、隣国へ放逐、もしくは国外追放という名目で国から出されるのであれば、国境を越えた場所に送られるらしい。
だからスン君は、あの国が放逐するであろう場所で待っていたのだという。
私と結婚するという目論見が外れた男は城門の外で私を解放した。男が少し時間をおいてから私を追ったのは、周りに勘付かれないためだろうとも。そうして手籠めにしたあとは監禁でもするつもりだったのではないかと、スン君は恐ろしいことを言った。
そこまで好かれていたのだろうか?
あんな臭くて乱暴な男にモテても全く嬉しくないけど。
しかし、不思議なことにスン君も私に一目惚れだったというではないか。生きていると意外なことが起こるものである。
好きなのはこの太ましい身体だけなのかと面倒くさい女のような質問をしてみたら、あんな状況なのに声をかけたら素直に川への身投げを止めたり、文句言いながらも一生懸命洗濯している姿とか、いじらしくてたまらなくなったのだとか。
あと、顔がものすごく好きだと言われた。
薄茶色の丸い目とか、低くて丸い鼻とか、丸い顔の形が特に可愛くて好きなんだって。
体も顔も丸ければなんでもいいのかな?――なんて思ったけど、それは言わないでおいた。可愛いと言われたからだ。
スン君は私を保護して、あわよくば求婚したいとずっと思ってくれていたらしい。
だからスン君は、あの日のことをいまだに気に病んでいるのだ。
私の元へ駆けつけるのが遅れ、怖い思いをさせてしまったと、何度も謝られた。
いくら間者のスン君でも、城門のすぐ外で放り出されるなんて予測はつかないだろう。仕方ないことなのに、スン君は自分自身を許すことができずにいるらしい。
こんな風に優しいのは、スン君だけではない。
エステルマン王国の男性は、かの国の男たちのように威張り散らすことはない。だからこの国の女性たちは伸び伸び暮らしていて、とても明るい。隣国だというのに、こんなにも違うものなのかとはじめはとても驚いた。
そして、かの国が聖女召喚を行っているのは他国にも知られていて、この世界でも問題になっているらしい。
「私みたいな被害者がもう二度と出ないといいな」
「それは近隣諸国と共に抗議することになっているんだが……ハルナが我が国に来てからというもの、かの国は洪水続きらしいぞ?」
「えーー。聖女召喚は国民に全く非はないのに、洪水で一番困るのは結局国民よね?」
「各国が移民を受け入れているから、生活が苦しくなって他国へ移り住む人も増えたよ。それよりも、国王がお前に戻って来いと、側妃にしてやると偉そうに言ってきたけど、どうする?」
「あの口臭ジジイ、まだそんなこと言ってんの!? 死ねって言っておいて!!」
「わかった。言っておく。聖女の言葉は重いからな。どうなることやら」
スン君は悪い顔をして笑った。
「次の召喚がうまく行かず、焦っているらしい。当たり前だ。聖女はこの世界に一人と決まっている」
髪をかき上げ、胸を反らせたスン君は自慢げだ。
イケメンなのでとても様になっている。
「私、本当に聖女なのかなぁ」
聖女といえば傷を治したりするものだと思い、この国に来てすぐにスン君のお父さんにも聞いたのだけれど、むしろそんな人は今まで現れてないと言われてしまった。
だから私は、自分が聖女であるという実感がない。
「もちろん。ハルナはおそらく太陽と雫の聖女だろう。傷がいえることより、俺にはすごいことだと思えるんだけどな」
「えええ……太陽と雫ぅ?」
童話の世界か?
なんて思っているのがわかったのか、スン君は笑っていた。
「土壌を育む太陽の恵み、作物を育てる幸福の雫だ。人々に食糧と心の安寧をもたらす」
「単なる晴れ女だと思ってた」
「身投げをしようとするぐらい、雨も降っていただろう?」
「そういえばそうだったね。今となっては懐かしいや。でも私が洗濯するときは晴れてたから、単に晴れ女なのかと思ってたよ」
「晴れ女か。面白い言葉だな……雨が多すぎても少なすぎても作物はうまく育たない。夏は暑く、冬は寒いほうがいい。何事もバランスが必要ってことだな」
「城にいたら雨が降るからさぁ。側妃になって城に閉じ込められて、雨乞いでもさせられるのかと思ってたよ」
「だから今、かの国は大洪水なんだよ」
「ん? どういうこと?」
「閉じ込めるのも追放するのも、どっちも罰当たりだってこと」
スン君は微笑みながら、私の頬に口づけた。
スン君の顔がもっと傾いて、唇を食んでくる。甘やかな雰囲気になり、帯が解かれそうになって……私はそれを阻止した。
「ご飯にしよ!!」
「…………」
「ご飯!!」
「セイメイカを食べて続きをしよう」
「嫌だよ、あれじゃあ食べた気がしない!!」
「そんなはずはない。セイメイカは一粒で二食分以上の栄養価だ」
スン君は、かの国で私が罪人と呼ばれる人に下賜されそうになっていることを知って、下賜されない程度に痩せさせようと思い、この国でとても貴重な栄養価の高い食品を持ってきてくれていたらしい。
ちなみにセイメイカもナッツも、身体の疲れをとったり、腰の痛みをとったりする作用はないらしいが、そこは聖女だからなぁと、スン君は首を傾げながらも納得していた。
私は結果的に、栄養価が高い低カロリーの食品でお腹を膨らませるという、実に健康的なダイエットをしていたらしい。
エステルマン王国の王子や妃たちは皆きちんと働くので、私もスン君のお嫁さんとして離宮で掃除や洗濯、ご飯作りをしている。
スン君に、私を受け入れてくれた人たちに恩返しがしたいので何かできることはないか相談したら、国民との対話というのをさせてもらえることになった。基本的に雑談しかしていないのだけれど、これが楽しくて仕方がないのだ。
王宮には私と話がしたいという人が列をなし、整理券のような物をもらって帰る。そこに書かれた日時にまた来るというシステムだ。私と話すと元気になるといって色んな人が笑顔になって帰って行く。そのたびに胸の中にぽわっとあたたかなものが生まれる。
人々との温度を感じる会話は、自信がなくて寂しくて卑屈になっていた以前の私を癒してくれた。
私は、穏やかなこの国の人達がとても好きになった。
「午後もお話するたくさんの方がいらっしゃるから、その前に腹ごしらえしないとね!」
孤独だったころの私はもう居ない。
自分の心を偽ることもなくなり、素直な言葉を選べるようになった。
スン君の真っ直ぐな愛情も、照れたり誤魔化したりせずに受け取れるし、私も素直に愛情を返せる。
(でも今はその時間じゃない)
スン君の長い手足が私の身体を絡めとる前に抜け出して厨房へ急いだ。
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