1 / 11
独り
しおりを挟む
僕はコンビニと居酒屋のアルバイトを辞めた。暗い夜道を独り歩く。今にも雨が降りそうな天気だったけど、ぎりぎりのところで雨は降っていない。一歩一歩、これでもかというくらい鈍く歩を進める。蟲の群がる街灯の光に照らされると、僕はまるで犯罪者のようだった。じめじめとした暑さ。数年前から六月は地獄のようにじめつき、蒸し暑い。額に滴り落ちる汗を拭いだらだらと歩く。
大学を中退して、親に勘当されて、五年が経った。割りがいいからと始めた居酒屋のバイト。時間の融通がきくコンビニのバイト。どちらもそんなに苦痛ではなかったが、同じことの繰り返しがなんだか虚しくなって辞めた。家賃三万のアパート暮らしで節制した生活をしていたため、随分と金は貯まっていた。今の生活水準でいけばあと三年は働かなくて済む。人様の予定に合わせて働き続けることを暫く避けたかった。
バイト先から二十分歩き、オンボロな家に辿り着いた。なんとか雨が降る前に家に着くことができた。ドアを開ける。家の中も外と同じで蒸し暑い。安い家だ。しょうがない。部屋の明かりと扇風機を点ける。扇風機の風量は強にした。扇風機は喧しく首を振りながら部屋に風を送る。
あぁ…暑い…
冷蔵庫の中にあった大きなパックにはいったイカの塩辛とビールのロング缶を取り出す。どちらもかなり冷えている。
プシュっ
イカの塩辛を箸でつまんで口に放り込み、ビールを口の中に注いでいく。塩味と苦味がほどよく調和していき、身体を潤していく。
「ふぅ…」
少し元気が戻ったところで、ケトルでお湯を沸かす。
「…どこだっけな…」
ごそごそと手探りに棚の中を探る。あれやこれやと中の物を出していくが中々目当てのものが見つからない。最近片付けもせず適当に買ったものを放り込んでいるからだ。
「あったあった…」
カップヌードルシーフード味の大盛り。くたびれた身体には塩分が一番だ。棚から出した物を雑多に戻す途中でケトルのお湯が沸いた。
お湯をギリギリまで注ぎ、蓋をした。
「よし。」
僕はお盆にカップヌードルとイカの塩辛とビールを乗せ、風呂場へ行った。家を出る少し前に入れていた水風呂に浸かる。汗だくの身体が少しずつ冷えていった。ビールを飲み、イカの塩辛を少しずつ、摘んでいく。どう考えても身体に悪いが、まだ二十五だ。まだまだ平気。何とか耐えるだろう。誰もいない一人の空間は喧騒に塗れた社会から隔絶していた。僕だけの空間、僕だけの世界。身体の熱が冷めていく中で現実と距離を置いている感覚を味わう。
まだ。まだまだ。まだまだまだ。
カップヌードルが伸びきるまで待つ。熱湯がぬるま湯になるまで、カップヌードルが伸びるのを待つ。だらだらと伸びきったシーフードヌードルがこの世で一番好きだ。
もうそろそろか、そう思った矢先、ピーポーンと聞き慣れないインターホンの音が安い俺の家の中で響いた。それは風呂場でも耳に入る煩い音色だった。
大学を中退して、親に勘当されて、五年が経った。割りがいいからと始めた居酒屋のバイト。時間の融通がきくコンビニのバイト。どちらもそんなに苦痛ではなかったが、同じことの繰り返しがなんだか虚しくなって辞めた。家賃三万のアパート暮らしで節制した生活をしていたため、随分と金は貯まっていた。今の生活水準でいけばあと三年は働かなくて済む。人様の予定に合わせて働き続けることを暫く避けたかった。
バイト先から二十分歩き、オンボロな家に辿り着いた。なんとか雨が降る前に家に着くことができた。ドアを開ける。家の中も外と同じで蒸し暑い。安い家だ。しょうがない。部屋の明かりと扇風機を点ける。扇風機の風量は強にした。扇風機は喧しく首を振りながら部屋に風を送る。
あぁ…暑い…
冷蔵庫の中にあった大きなパックにはいったイカの塩辛とビールのロング缶を取り出す。どちらもかなり冷えている。
プシュっ
イカの塩辛を箸でつまんで口に放り込み、ビールを口の中に注いでいく。塩味と苦味がほどよく調和していき、身体を潤していく。
「ふぅ…」
少し元気が戻ったところで、ケトルでお湯を沸かす。
「…どこだっけな…」
ごそごそと手探りに棚の中を探る。あれやこれやと中の物を出していくが中々目当てのものが見つからない。最近片付けもせず適当に買ったものを放り込んでいるからだ。
「あったあった…」
カップヌードルシーフード味の大盛り。くたびれた身体には塩分が一番だ。棚から出した物を雑多に戻す途中でケトルのお湯が沸いた。
お湯をギリギリまで注ぎ、蓋をした。
「よし。」
僕はお盆にカップヌードルとイカの塩辛とビールを乗せ、風呂場へ行った。家を出る少し前に入れていた水風呂に浸かる。汗だくの身体が少しずつ冷えていった。ビールを飲み、イカの塩辛を少しずつ、摘んでいく。どう考えても身体に悪いが、まだ二十五だ。まだまだ平気。何とか耐えるだろう。誰もいない一人の空間は喧騒に塗れた社会から隔絶していた。僕だけの空間、僕だけの世界。身体の熱が冷めていく中で現実と距離を置いている感覚を味わう。
まだ。まだまだ。まだまだまだ。
カップヌードルが伸びきるまで待つ。熱湯がぬるま湯になるまで、カップヌードルが伸びるのを待つ。だらだらと伸びきったシーフードヌードルがこの世で一番好きだ。
もうそろそろか、そう思った矢先、ピーポーンと聞き慣れないインターホンの音が安い俺の家の中で響いた。それは風呂場でも耳に入る煩い音色だった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる