咲希〜僕らが1000万かけてじっくり死ぬまで〜

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独り

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僕はコンビニと居酒屋のアルバイトを辞めた。暗い夜道を独り歩く。今にも雨が降りそうな天気だったけど、ぎりぎりのところで雨は降っていない。一歩一歩、これでもかというくらい鈍く歩を進める。蟲の群がる街灯の光に照らされると、僕はまるで犯罪者のようだった。じめじめとした暑さ。数年前から六月は地獄のようにじめつき、蒸し暑い。額に滴り落ちる汗を拭いだらだらと歩く。
大学を中退して、親に勘当されて、五年が経った。割りがいいからと始めた居酒屋のバイト。時間の融通がきくコンビニのバイト。どちらもそんなに苦痛ではなかったが、同じことの繰り返しがなんだか虚しくなって辞めた。家賃三万のアパート暮らしで節制した生活をしていたため、随分と金は貯まっていた。今の生活水準でいけばあと三年は働かなくて済む。人様の予定に合わせて働き続けることを暫く避けたかった。
バイト先から二十分歩き、オンボロな家に辿り着いた。なんとか雨が降る前に家に着くことができた。ドアを開ける。家の中も外と同じで蒸し暑い。安い家だ。しょうがない。部屋の明かりと扇風機を点ける。扇風機の風量は強にした。扇風機は喧しく首を振りながら部屋に風を送る。
あぁ…暑い…
冷蔵庫の中にあった大きなパックにはいったイカの塩辛とビールのロング缶を取り出す。どちらもかなり冷えている。
プシュっ
イカの塩辛を箸でつまんで口に放り込み、ビールを口の中に注いでいく。塩味と苦味がほどよく調和していき、身体を潤していく。
「ふぅ…」
少し元気が戻ったところで、ケトルでお湯を沸かす。
「…どこだっけな…」
ごそごそと手探りに棚の中を探る。あれやこれやと中の物を出していくが中々目当てのものが見つからない。最近片付けもせず適当に買ったものを放り込んでいるからだ。
「あったあった…」
カップヌードルシーフード味の大盛り。くたびれた身体には塩分が一番だ。棚から出した物を雑多に戻す途中でケトルのお湯が沸いた。
お湯をギリギリまで注ぎ、蓋をした。
「よし。」
僕はお盆にカップヌードルとイカの塩辛とビールを乗せ、風呂場へ行った。家を出る少し前に入れていた水風呂に浸かる。汗だくの身体が少しずつ冷えていった。ビールを飲み、イカの塩辛を少しずつ、摘んでいく。どう考えても身体に悪いが、まだ二十五だ。まだまだ平気。何とか耐えるだろう。誰もいない一人の空間は喧騒に塗れた社会から隔絶していた。僕だけの空間、僕だけの世界。身体の熱が冷めていく中で現実と距離を置いている感覚を味わう。
まだ。まだまだ。まだまだまだ。
カップヌードルが伸びきるまで待つ。熱湯がぬるま湯になるまで、カップヌードルが伸びるのを待つ。だらだらと伸びきったシーフードヌードルがこの世で一番好きだ。
もうそろそろか、そう思った矢先、ピーポーンと聞き慣れないインターホンの音が安い俺の家の中で響いた。それは風呂場でも耳に入る煩い音色だった。
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