咲希〜僕らが1000万かけてじっくり死ぬまで〜

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1000万

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「納得した?」
「納得…はある程度したけど、君をここに住ませるのはやっぱりだめだ。」
「えぇ…ここまで話したのになんでよ…」
女はむっとしつつ、寂しそうな顔をした。先ほどまでは女の人を揶揄うような言動に少しいらっとしていたけれど、先ほどの話と、女の人間らしい一面が見える顔を見ると少し情けを感じてしまう。ただ僕には僕の事情がある。
「僕はずっと1人でいたいんだ。君にいられるとそれができない。困るよ。」
「本当にそう思ってるの?」
「僕が寂しそうに見えるのは君の勝手な所感だよ。僕は人と関わらないで生きていきたい。」
「そんなの無理じゃない?」
「最低限は関わりが必要かもな。とにかく、僕は今の貯金が尽きるまでは極力1人で生きていく。残念ながら君を住ませるのはそういった事情で無理なんだ。」
見知らぬ女を追い出す側なのでどちらかというと正当な立場ではあるけど、追い出す言い分としてはあまり正当な言い分とはいえない。この場面だけ切り取れば僕の方が変な人間に見えるだろう。だが、そう見えたとしても、そう聞こえたとしても、僕は本音で女との同居を断りたかった。ただの見知らぬ女ではなく、ある程度僕のことを理解している女なのだ。理解の仕方に関しては問題はあるけど。だからなるべく真摯に正直に理由を述べて断った。
「その貯金はいくらあるの?」
「500万」
正直、正直に答え過ぎな気もするけど、毒を食らわば皿まで主義の僕は堂々と正直な額を答えた。
「それで何年一人で過ごすつもりなの?」
「3年くらいかな。」
恐らくもう少し長く過ごせるだろうが、流石の僕も現実的なことを考える。3年過ごしたら働いた方がいいと思ってる。心底嫌だけど、3年も休めるのだ、今はそれでいい。
「そう…」
女は寝そべっていた布団からのっそりと立ち上がり、先ほど持っていた服屋の紙袋を持ち上げた。
出てくのか?俺の断りに納得したのか?
そう思ってると紙袋から分厚い札束を取り出し、僕の目の前までそれを近づけた。
「500万」
「えっ」
女は目を細めて、静かにはっきりと言った。
「私の貯金も丁度500万ある。一人で500万の貯金で3年生きて、しょうがなくその後働くくらいなら、私の貯金と合わせて1000万。2人で4年生きてその後一緒に死なない?」
「はっ?」
訳の分からない提案だ。3年後、再び働く自分は想像できないが、4年後死ぬことを見越してこの女と生きることも想像できない。
ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、その未来は、1人でこの身体が朽ちるまで生き続けるより現実的な提案のように感じてしまった。
「4年後の今日一緒に死のうよ。500万あげるから。」
「…」
「私も同じ。極力誰とも関わらず過ごしたいと思ってる。でもそれを続けても死ぬのは怖いから最終的には自分の望まない生活を過ごすことになると思ってる。それはいつか必ずくる。あなたも私も1人じゃ好きなように生きていけないし、好きなように死ねない。あなたが寂しそうに見えたのは私と同じで1人で生き続けたいけど、1人で死ぬのは怖いと思える人間だから。」
「1人で死ぬ…」
「違う?」
女の問いかけは真理だと思った。学校や仕事場で他人からされる問いかけに、共感も納得もしなかったけど、女の問いかけには共感や納得ができる。良曲に出会った時のように、自分の感情を言語化されているような感覚。身近にあるのに、全くみえない夢の世界から手を伸ばされているような感覚。そんな感覚をイヤホンを通さず、生身の人間から感じている。
「…なんだかそれは、とてもいい提案な気がするな。」
「でしょ?」
少し得意げにふっと笑う女。まだ全然信用も信頼もないけれど、この女と共に生き、死ねることにまだ出会って間もないのに、わくわくしている自己を確かに自覚した。
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