小話シリーズ

take

文字の大きさ
上 下
4 / 12

答え合わせ

しおりを挟む
あいつが好きな人を俺は好きになった。 
あいつはすごいいい奴で、俺なんかより一生懸命毎日を生きていた。
あいつと同じバレー部に所属していた俺は、あいつのポジションがレフトだったから、顧問に頼んでポジションをレフトにしてもらった。
あいつに少しでも追いつきたくて、俺は毎日遅くまで練習を続けた。
でも、どれだけ練習しても、俺はあいつに実力でら追いつくことはなかった。スパイクの威力も、トスの技術も、足使い一つとっても何一つ敵わなかった。
それでも俺は、あいつを少しも妬むことはなかった。
あいつが俺以上に練習していたからだ。
あいつが頑張って上手くなるのを見てると、自分のこと以上に嬉しかった。
いずれは追いつき、追い抜きたいと思いながらも、追い抜くことなんて全く想像ができなかった。
でもそれでいいような気がした。同じコートに立って、少しでもあいつの力になろう。いつもそんな風に思っていた。

そんなあいつの好きな人、マネージャーの水野由美子。身長は高くもなく、低くもない。
髪は黒く癖っ毛の無い、綺麗なショートカットで、整った顔をしている。どちらかというと美人系で、目がキリッとしているところがとても凛々しい。
最初会った時はなんとなく、大人しいイメージがあったが、部員以上によく動き、元気でアクティブな子だと途中で気づく。高一の修学旅行の夜、あいつと話していて、成り行きで好きな人の話になり、俺はあいつが由美子のことを好きだと知った。
由美子の名前を聞いた途端、俺はあぁ、そうだろうな、本当に好きなんだろうなと納得した。
由美子とあいつはよく似ていた。目標があって、頑張り屋で、周りを巻き込むような凄い力があった。
2人が付き合ったらそれはとてもいいことだなと思った。
一方、俺は修学旅行の夜、話には参加していたものの、好きな人を言うことはなかった。言うことはなかったというより、好きな人が全くいなかった。あいつに追いつくことに必死で、女子のことをあまり気にしていなかったのだ。
でもあいつから由美子が好きだと聞いた時から、気がつけば由美子を目で追うようになった。
由美子はその明るさと整った容姿のせいか、
みんなに好かれていた。バレー部の部員はもちろん、他の部のやつや、他校のやつからも好かれた。由美子はそれに応えるように、いつもみんなに笑顔を振りまいていて、誰よりも忙しく、バレー部を支えた。
俺は最初、由美子を女の子として好きだと思わなかった。
男なら憧れていたのかもしれないけど、どこかで自分よりできる女がいるということを認めたくなかったのだと思う。
だからあいつには追いつけるように、由美子には負けないように俺は日々精一杯練習に励んだ。

夏休みのある日、部活が休みだったため、俺は双子の妹、光子と一緒に近所のショッピングモールへ行った。双子だがあまり似てないので俺たちはよくカップルに間違えられる。
案の定、その日も間違えられた。
間違えたのは由美子だった。
「あれ?進藤君?彼女いたの??」
由美子はすごい驚いた顔をしながら、話しかけてきた。少し馬鹿っぽい由美子の表情がなんだが新鮮に思えた。
「彼女じゃありません、妹です。」
妹は顔をしかめて、俺と付き合ってることを否定した。
「なんだ、そっかー びっくりした。」
由美子のあまりに驚いた表情をみて俺は、そんな驚かなくてもいいのにと少し思った。
「よく間違えられるけど、私は彼氏がいるので、こいつとそういう関係だと思われるのは、それはそれは悲しいことです。今後間違えないようにお願いします。」
妹は毅然とした態度で由美子に言った。俺に対して失礼じゃないだろうか。どこの妹もこんな失礼なのだろうか。
「そうですよね、ごめんなさい。」
由美子は謝った。素直に謝らなくてもいいのにと思う。
「うん。ところであなたは旬の友達?」
旬は俺の名前だ。両親は適当な人なので妹にも俺にも名前をつける時はチラシの広告から目をつぶって指さした文字を採用している。
ついでに妹の名前はりんごだ。
両親は漢字が苦手なのでひらがなでりんごと名付けた。
「うん。友達というか、部活のマネージャー。」
由美子が答える。
「旬って部活やってたんだ。」
妹が大げさに驚く。既に何度か言ったはずなのだが。妹がいかに俺に対する興味がないのか分かる。
「やってるわ。バレー部だわ。レギュラーだわ。」
少し早口になってしまった。由美子の前だからか、少し恥ずかしい気持ちになった。あいつには追いつけないが、バレーは表と裏、それぞれにレフトというポジションがある。あいつ以外のやつに実力で勝っていれば、レギュラーになれる。それを簡単に説明してやろうかと思ったが、
「うそー、旬がレギュラーとかそのチームちゃんと機能するの?」
と、妹は即座に言い放ち、うざったい顔をした。ただでさえうざい顔なのに、その言葉と表情がそのうざさを何倍にも増長させた。
「するわ。機能しすぎて泣けてくるわ。深いい話にでるくらい感動するわ。」
由美子の前で馬鹿にされるのは癪に障る。早くこの場から離れたかった。俺たちの様子を見ていた由美子はくすくすと笑った。
「進藤君はすごいんだよ?いつも遅くまで自主練してて、スパイクもすごい上手だし。レシーブなんて誰よりも綺麗にあげるんだよ。」
由美子がうざったい顔をしている妹に対し、俺のことをフォローする。なんだが照れ臭くて俺はすぐに
「まぁ、俺より山口の方が上手いし練習してるけどな」
と言った。この場であいつを褒めるのはなんだかかっこ悪く感じたけど、まあいいやと思った。俺よりもあいつの方がたくさん練習していて、スパイクも強くて、多分レシーブも一番安定してるのに自分が褒められるのが歯痒かったからだ。
「ふーん。」
妹はあまり興味なさそうだった。本当に生意気な女だ。
由美子は腕時計をみて、
「あっ、私待ち合わせがあるからここで。」
と、その場を離れていった。ほんの数分の出来事だったが、なんだがとても疲れた。
待ち合わせとはあいつとの待ち合わせなのだろうか。よく分からないけど、由美子の前で妹に馬鹿にされるのが嫌だったので早めに離れてくれて良かった。
由美子がいなくなると妹は服屋に入り、ぶらぶらと服を見ながら歩いた。俺は妹の後ろをついていく。
「お前さ、同級生の前であんまり俺を馬鹿にするなよな。」
「別にいいじゃん、フォローしてもらえたんだし。それにあの子あんたのこと好きみたいだったから、少しからかってみたのよ。」
妹はめんどくさそうに言った。妹は俺ではなく目の前の服をみている。
「なんだそれ。水野に限ってそれはないだろ。あいつは山口のことが好きなんだぜ?」妹は1着の赤いだぼついたTシャツを自分に合わせながら言った。
「誰が誰だか分からないけど、話した感じあんたのことが好きなように見えたよ。いいじゃん。あんなに可愛い子に好かれてるんなら付き合っちゃえば?」
適当なことを言うなあと思った。あいつに何一つ勝てない俺を由美子が好きになるはずがないのに。
「……どうでもいいけど、その赤いシャツくそださいぞ。」
「うっさい、死ね!!」
やはり妹は生意気だ。

その日から俺は由美子のことを今まで以上に目で追うようになった。追いつかれたくない相手というより1人の女の子として見るようになった。
由美子を見ていると、妹の言っていたことが気になってしまう。なんとなく的を射ているような気もするけど、やっぱり妹の勘違いなんじゃないかとも思う。あれからも由美子と時々話すが、特に変わった様子もない。
そして、改めて思うのが、あいつがどれだけ由美子のことが好きなのかということである。由美子に飲み物を渡してもらっている時や、試合のミーティングで由美子と話す時のあいつの表情は普段より穏やかで、色んな顔をする。ああ本当に好きなんだなって見ていてすぐに分かる。
俺はあいつに対して憧れを抱いている。
それは変わらない。
でも由美子が俺を好きだとしたらと考えるとあいつより少し優位な位置にいる気がしてしまう。
俺はそんなことを考えているうちに徐々に由美子のことが好きになった。
自分を最低な野郎だと思いながらも、由美子のことを考える時間は日に日に増えていった。

季節は過ぎ、1月になった。
バレーには春高という野球でいう甲子園、サッカーで言う国立のような全国大会がある。
それが行われるのが1月。
高校生活で最後の、最も大きな大会だ。
俺もあいつも、マネージャーの由美子も、それ以外の部員も、この大会に対して熱い想いがあった。

そんな春高前の放課後、俺はいつも通りあいつと一緒に帰った。
「もうすぐだな。」
あいつが空を見つめ、つぶやく。
「あぁ。」
俺はうなずく。由美子が好きだとか、あいつに対して優位があるとかないとか、春高の前では大して気にすることではなかった。あいつに追いつく、そんな日々ももうすぐ終わる。結局のところ、最後の方はあいつに追いつくというよりも、あいつと肩を並べて試合に臨み、少しでも勝つ、それだけを考えて練習をしていた。どちらにせよ、勝ち続ければすぐに俺たちの青春はまだまだ続いていく。
「俺さ、お前と会えてよかったよ。 ずっとお前に憧れてた。お前がレフトだったから俺、レフトを選んだんだ。」
正直なことを打ち明ける。きっと今しか言えないことだ。俺がそう言うとあいつは照れながらくしゃっと笑った。
「よせよ、気持ち悪い。お前は俺なんか関係なくいいレフトだよ。今まで何度も助けられた。」
「いやいや。俺がここまでレフトとして上手くなったのもお前に追いつきたくて練習したからなんだぜ?やっぱりお前のおかげだよ。」
本当に感謝している。あいつと練習した日々を俺は誇りに思う。
「……そんなこと言ったら俺だってお前に少しでも負けたくなくて、頑張ってたんだぜ?」
あいつが真剣な顔をしながら言う。男同士でこんなに褒め合うのがなんだか気持ち悪かったが、負けたくなくてというのがあいつらしくて笑えた。でも、あいつも俺のことを考えながら練習していたんだなと思うと、すごい嬉しく思えた。まだ試合は始まってもいないが、今までの日々が報われた気がした。
「まぁ、なんにしても勝とうぜ。俺らの青春のために、そして……由美子のために。」
俺は言った。由美子と言ったのに特に意味はない。なんとなく、付け足した。
あいつも頷く。
「あぁ、なんにしても、本気だしきって勝とう!!」
日が暮れて、ちらほら星が出る中、俺らは熱い闘志を燃やした。大丈夫、俺たちはまだまだ強くなれる、そんな気がした。

春高当日。どこの学校の選手も気合いをいれて練習をしている。他校の選手の話声がきこえた。
「はぁー、なんでこうバレーの大会は多いのかねー。めんどくさいよ。ひどくめんどくさいよ。」
「竹澤先輩、このあと、焼肉行きません?」
「おっ、いいねぇー、でも別能、お前金あんの?」
「昨日アイドルの握手券転売したら結構儲かりましてねー。割とあるんですよ。」
「おいおい、天才かよ。はぁー早く終わんねぇーかなー。」
まぁちらほらそうではない選手もいるようだ。
俺らは入念にストレッチをした。すごい緊張していたけど、ストレッチで体をほぐすうちに緊張も徐々になくなっていった。負けるわけにはいけない。自分のために、チームのために、あいつのために、由美子のために…
由美子の…由美子の?
余計な感情だ。捨ててしまえ……。
試合前の練習が始まった。余計なことを振り払う。勝つことを、全力を出し切ることだけを考えた。体が少しずつ温まっていく。今日はなんだがうまくいきそうな気がした。

「ピーーーーッ」
ホイッスルが鳴る。
お互い礼をして定位置に着く。
いよいよだ。ふーっと息を吐き、勢いよく吸い、また吐く。1月の冷たい空気を存分に感じる。
審判の確認が終わり、二度目のホイッスルが鳴った。
試合がはじまる。
最初のサーブ。 手が震える。緊張ではなく高揚感により、震えているのだ。そう自分に言い聞かせ、サーブを打つ。

ジャンプフローターサーブ。
ボールを高く上げて、スパイクのように打つ、ジャンプサーブのような威力と回転こそないが、ボールが無回転なため落下地点が目測よりかなりずれる。かなりとりずらいサーブだ。

俺のサーブが相手のレシーバーを綺麗によけ、地面に落ちる。初得点をとったのはう 俺たちのチームだ。
「っしゃぁぁぁぁ!!」
チーム全員が喜ぶ。嬉しさでまた手が震える。緊張してた分嬉しさが大きかった。
「もう一本!!」
ベンチから大きな声がいくつも上がる。いいでだしだ。

バレーは点をとったらまた同じサーバーがサーブを打つ。相手に点をとられるまではずっと同じサーバー、つまり俺が打ち続けるのだ。

その日の俺は絶好調だった。サーブは4本エースを決め、前衛になった時も次々とスパイクを決めていった。
相手のアタッカーが、ボールが、相手のレシーバーがいつもよりスローにみえる。身体がいつも以上に動く。
あいつの調子もよかった。スパイクだけでなくレシーブも綺麗に上げていた。練習で何度も見ていたが、今日は一段と上手いプレーだ。俺の追いかけていたあいつの姿そのものだった。
由美子を見る。由美子は今までみたことのない笑顔でいる。
あぁ、俺、このために頑張ってきたんだな。この幸せをずっと、ずっと味わっていたい、そう思った。

俺やあいつ以外の選手も調子がかなりよかった俺らバレー部は一回戦、二回戦、三回戦と順当に勝ち上がった。身長がさほど高くない俺らのチームがここまで勝ち上がったのは本当に奇跡だった。

だが、その日、俺は思いがけない光景を目にする。

大会後、あいつの姿が見えない。先に帰ったのかと思ったが、なんとなく違和感を感じ、
俺はあいつを探した。
体育館近くに見慣れた後ろ姿が見える。あいつだ。忘れ物をしたのだろうか。でもあいつは体育館の中には入らず、体育館の裏へと歩いていった。不思議に思い、あいつの後をついていくと、あいつの用がなんなのかすぐに理解した。誰にも目のつかなさそうな体育館裏であいつを待ち構えていたのが由美子だったからだ。あいつは由美子に近づく。由美子との距離2メートルくらいになると、になり、あいつは止まった。
由美子は言った。
「話って何?」
少しの間沈黙が続いた。

告白、なのだろう。

あいつはこのタイミングで告白するのだろう。

ここで由美子からオッケーがでたら俺はどうすればいいのだろう。
あいつは緊張しているのかぎこちなく言った。
「俺が、俺らが、春高にでたら……俺と付き合ってくれ!!」
案の定、告白だった。
頭の9割は告白だろうと思っていながらも残りの1割は他の、例えば応援席でアホな後輩同士が喧嘩していたとか、次の試合相手の特徴についてだとか、そういうどうでもいいことを言うと期待していたけれど、やはり告白だった。
今まであいつに憧れていたはずなのに、あいつのことをずっと追いかけてきたはずなのに、あいつの告白を見た俺は、あいつがすごくちっぽけな人間に見えた。
俺と同じ、ちっぽけな人間……。
これじゃあ俺が、俺らが頑張っても報われるのはあいつだけであるように思えてしまう。俺が追いつこうとした男は、俺とは違った心持ちで練習していたのか。怒りは湧いてこはい、でも力がどっと抜けるような、虚無感があった。
今まで勝つこと、勝ってあいつと、チームメイトと共に喜ぶことを望んでいたはずなのに、途端にどうでもよく思えた。俺の頑張ってきた日々はこんなことで力尽きてしまうのだろうか。あいつ云々の話ではなく、自身の心境の変化にやるせなさを感じた。

先ほどと同じく少しの沈黙が続く。由美子はどう返答するのだろう。俺はこのまま二人の様子を陰から見てていいのだろうか。
由美子がそっと口を開く。
「なんでそんなこと言うの?」
由美子の口調は怒気を纏っていた。そして由美子は少し悲しそうな顔をしていた。
「ここで私がいいよって言って、試合に勝って喜んだとして、それが他のチームメイトの喜びと同じ喜びになるわけ?」
由美子の声が震える。
あいつは今どんな顔をしているのだろう。
俺の立っている位置からは見えない。
今度は長い沈黙が続く。
由美子が再び口を開く。今度は怒気を纏った声でも、震えた声でもなく、ゆっくりと、でもはっきりとした口調で言った。
「私ね、山口君のことが好きでこの部のマネージャーになったんだ。」
「えっ…」
ずっと下を向いていたあいつの顔が上がる。
「山口君とクラスが一緒の時ずっと山口君のことを目で追ってたの。マネージャーになってからもずっと。あぁ私はこの人のことが好きなんだなって。この人は私のことをどう思ってるのかなって思いながら。」
「うん。」
あいつは相槌をうつ。きっと嬉しいのだろう。
「でもね、私、しばらくして進藤君のことを目で追うようになったの。」
「えっ…」
あいつの声が上ずる。
俺も驚いて声が出そうになる。自分の名前が出てくるなんて、全く思わなかった。
「進藤君ね、いつもすごく必死に、山口君に追いつこうと頑張ってた。夏休みに彼に会った時も山口には敵わないって、そう言ってた。」
夏のあの日のことを思い出す。あの日のことを由美子が覚えていたのが意外だった。
「そんな必死な彼を見てたらね、少しずつだけど彼のことを好きになった。」
「………。」
「私、今でも山口君のことが好きって思うことがある。私の憧れはやっぱり山口君だから。…でも今本当に好きって思うのは進藤君なんだ。進藤が頑張ってたから、負けないように、私も頑張れた。だから……」
負けたくないって感じてたのは、だけじゃなかったんだな。由美子も俺みたいに負けたくないって感じていた。あいつの背中を見て、そう思ったんだろうな。
「だから、ごめん、山口君とは付き合えない。……でもうちのバレー部が春高に行くことは本気で望んでることだから。」
そう言って、由美子は走ってその場を去っていった。
あいつは今何を思うのだろう。いつも追っていた背中が今日は全く違った何かに見えた。

次の日、あと二回勝てば試合に出れる俺たちは、俺とあいつと由美子以外昨日以上に闘志を燃やしていた。

試合相手は比野谷高校。県内でトップクラスの実力を誇る高校だ。選手1人1人の身長が俺らバレー部の選手に比べて20センチ以上高く、ジャンプ力もかなりのもので、技術に関しても申し分ない。普通にやっても勝つことは不可能に近い実力差がある。
速攻やフェイントを使って相手のブロックの裏をかかなければ、まず勝てない。

「ピーーーーーーッ」
ホイッスルが二回なり、試合ははじまった。
俺の手は震えない。
ジャンプフローターサーブ。普段より少し弱めに打つ。
背の高い選手は低い手前のボールに弱い。それを見越してのサーブだった。
「あっ……」
時が止まったかのように感じた。ボールがネットにあたったのだ。
ネットに当たったボールは、相手のコートにポトリと落ちた。相手の前衛は必死にボールを上げようとしたが、ボールは相手選手の手に当たることなく、ゆっくりと落ちた。
テニスや卓球と違い、バレーはネットに当たっても相手のコートに入れば有効になる。
不意を打つには絶好のサーブだ。

1点。

強豪校から先制で点をとった。
「っしゃぁぁぁ!」
チームメイトが喜ぶ。今まで以上の歓喜であった。会場がどよめく。まぐれではあるが、あの比野谷高校が成す術もなくとられた紛れも無い一点だ。
だが、決めた俺はうまく喜ぶことができなかった。大きな声がでない。
それはあいつも同じだった。決めたのは俺たちのチームなのに、まるで点数を取られたかのような、試合に負けたかのような、そんな感じをあいつから感じた。由美子も顔こそ笑っているが、声こそ出してはいるが、それらの行動がどこか無理をしているように見える。

そのあとのことはあまり覚えていない。
あんなに練習した速攻を俺らは半分も決めることができなかった。
相手の凄まじいサーブやスパイクは面白いように決まっていき、大差で敗退した。
試合後、応援していた部員も含め、全員が涙を流した。高校生活最後の試合が幕を閉じたのだ。悔しいはずなのに、本当は1番涙がでるはずなのに、俺とあいつと由美子は泣くことなく淡々と片づけをした。
色のついた世界が急にモノクロになった、そんな気がした。

あれから時が経ち、心残りを残したまま俺らは部を卒部し、学校を卒業した。
俺は何も見なかったかのように、あいつや由美子は何事もなかったように、学校生活を過ごし、終えた。
あの日の告白は本当にあったのか、悪い夢だったのではないか、そう思う時がある。でも、なかったことにしたとして、あの日々ら二度と戻ってこない。世界はまだモノクロのままだ。





3年後。
俺は大学3年生になった。特にやることもなく淡々とした大学生活だったが、高校のようなことになるのは嫌だったので、サークルにもゼミにも入らず、数人の友達以外とは話すことなく日々を過ごした。

「暇だなー、なんかいいことないかなー。」
食堂で知り合ってから、一緒に昼ご飯を食べるようになった竹澤が言った。
「暇が1番だよ。」
「何しけたこといってんだよ。……ってかなんか面白い話しろや。」
竹澤は箸を口と鼻の間に挟んで遊んでいる。
特に面白い話が思いつかず、俺は思い出になったあの時の話を竹澤に話した。他人に話すとひどく昔の出来事だったように思える。

竹澤はどう思ったのか、何も思ってないのか今度は箸をくるくると回しはじめた。さりげなく回すが、回し捌きは非常にうまい。
「そんな思い出があるなんてなー。俺もなんか青春だな、ってことしたかったなー。」竹澤も高校時代同じバレー部だったようだが、酷く退屈なものだったらしい。
思い出話としてとらえてくれた竹澤のその反応に安堵する。そう、思い出なのだ。今の俺にはもう、ただの思い出でしかない。
「もしさ、その山口ってやつが告らなかったらお前は由美子に告白した?」
竹澤が訊く。どうなんだろうか。そんなこと考えたことがなかった。
「分からない。」
俺は答えた。
「山口ってやつが告ったのはえらいと思うよ。タイミングはまずかったと思うけどなー?」
竹澤はゆったりとした口調で話を続ける。「結局さ、その告白する前まではさ、由美子もお前も山口もなかったことにしたかったんだよ。多分。」
「はっ?」
少し不機嫌な感じになってしまった。竹澤はたまによく分からないことをよく言う。
「大切だったんだろお互い。その関係を誰かに壊されれるのが怖くて告ったのかもな、山口ってやつは。壊されるくらいならいっそ自分の手で壊そうと思ったのかも。だってさ、山口が告白しなけりゃ、お前が由美子に告って両思いなったとしても、気を使ってお前ら付き合わないだろ?」
そうなのだろうか。あの時幸せに感じた、ずっと続くような、すぐ終わってしまうような、そんな幸せを、自ら壊そうとあいつは告白したのだろうか。
春高も部活も何もかも終わったあと、俺は由美子に告白しただろうか。俺が告白しなかったら、由美子は他の誰かと付き合っていたのだろうか。それとも誰とも付き合わず、何年かたったあと思い出話にしていたのだろうか。もう終わったことで想像しか出来ないが、どれもしっくりとこない。どちらにしろ、春高が終わったら、俺たちの関係はおかしなものになっていたのかもしれない。なくなってしまうかもしれない、そんなひどく脆い世界で俺は俺として自分らしく生きていけたのだろうか。

携帯のバイブレーションが鳴った。

それは水野 由美子からの着信であった。

しおりを挟む

処理中です...