メビウスの乙女たち ~二人のダスラ~

仁川リア(休筆中)

文字の大きさ
13 / 18

第十話『Age.12をもういちど』

しおりを挟む
 過日、お嬢様が十二歳の誕生日を迎えられた。
(いよいよか……)
 アレも、私が十二歳のときだった。ダスラの口から、アシュヴィン殿下との婚約が成ったことを聞かされたのだ。
「なんでダスラの口から聞くのよってね」
 それで荒れて荒れて、ダスラを鞭でしばきまくった。結果として、今度はダスラの背中の肌が荒れてしまった。
「ってオチつけてどうする、私⁉」
 まぁそれはともかくとして娘の、十二歳だった私の婚約をメイドから聞かされたという事実がすごくショックで。こういうのって普通、両親から伝えるんじゃないのって。
「うーん、ダスラは自分から伝えろって言われたときに断らなかったんだろうか?」
 それがずっとずっと不思議でしょうがなくて、そしてダスラの性格上はどうしたかなと改めて思いをめぐらせる。そしてダスラならって、一つの結論に帰結するの。
(あぁ、そっか。そういうことか)
 ダスラ、きっと呆れちゃったんだろうな。この人たちパパとママにはなにを言っても無駄だって、切り捨てたんだ。
「それで、自分が八つ当たりされるのを覚悟で私に……ほんと、バカなやつ」
 やっばいな、涙出てきちゃった。
 では、また同じ時の流れになったら私はどうするべきか? そんなことを悶々と考えていたら、お嬢様が学園に登校して留守の最中に奥様に呼び出された。
「失礼します」
 奥様の居室に、ダスラとして入るのは多分初めてだろうか。前世ナーシャのときも数えるほどしかなかったけどね。
(幼児のころはどうだったかなぁ?)
 覚えてないや。少なくともパパとママに対しての愛情はなかったから、そういうのが刷り込まインプリンティングされてないってことは、つまりそういうことなんだろう。
「ダスラ、聞いてる⁉」
「あ、失礼しました! それで御用の向きはなんでしょうか?」
「ナーサティヤのことなんだけど」
 来た!
「アシュヴィン殿下と婚約でも決まりましたか?」
「どうしてわかったの⁉」
 やっぱそうか。
「まだどこにも発表されていない、水面下で決定した段階の話なのよ?」
 確かに第二王子と公爵令嬢の婚約なんて大事、正式発表前に一介のメイドが知りようがない。だけど今思うと、この奥様も相当な箱入りだなぁって。
「ナーシャ様は由緒あるラーセン公爵家のご令嬢です。当然ながら、婚姻を結ぶ相手は同じ公爵家か王家じゃないとふさわしくありません」
 だからあとは消去法だ。
「ですが現在、ほかの公爵家でナーシャ様に釣り合う年齢の令息はおりませんし。となると王家相手の婚姻が勘案されるのは必定、第二王子のアシュヴィン殿下ならば年齢も近いですし」
 といっても四歳差、十六歳。ナーシャが前世で処刑された年齢で、ダスラが前世を思い出した年齢だ。
(今ごろは、どんなクソ王子になってやがるのやら)
 恨み骨髄、不倶戴天の敵ですよ、えぇ。
「なるほどね、ダスラは頭がいいのね?」
「恐れ入ります」
 こんなの領民だったら貴族じゃなくて平民でもわかるわーいと思ったが、それ言っちゃうと不敬になっちゃうからね。我慢だ、我慢。
「それで、ナーサティヤに伝えるのはいつがいいかなと思って」
「いつでもいいと思いますよ?」
「でもねぇ……」
 そうだろう、悩むよね。普段から親子の会話なんて全然しないんだから。
(悩め悩めバーカ!)
 ついつい心の中で悪態をついてしまう。
「ダスラは、いつがいいと思う?」
「私が決めた日時に、奥様か旦那様がお伝えするという意味でしょうか?」
「えぇ、そうよ」
 バカはなんど周回ループしてもバカだったらしい。そんなの夫婦で決めなさいよ……。
「どうして私めが、とお訊きしても?」
「だってほら、あの子は癇癪持ちじゃない? 大人しく話を聞いてくれそうな機会タイミングは、あなたならよくわかるでしょう?」
「……」
 お嬢様はまだ十二歳だ。その十二歳の娘の機嫌をうかがって、自分たちは前に出ようともしない。
(もう殴る価値すらないな)
「もしなんでしたら、」
「え?」
「あ、いえ……なんでもありません」
 私いま、なにを言おうとした? 私から伝えましょうかって?
(多分だけど、私のダスラもこんな諦念の感情だったんだろうか)
 でもダメだダメ! 同じ歴史を繰り返しちゃダメだ!
「平民メイドの身ながら、質問をお許しいただけるでしょうか?」
 小さく手を挙げて、ダメ元で打診してみる。
「いいわよ? どうぞ」
「では……奥様は、政略結婚でしたか?」
「⁉」
 うーん、地雷すぎる質問だったかもしれない。
(ここはなんとか、うまく誘導しないと)
「ダスラ、無礼がすぎますよ?」
「承知しております。ですが、先ほど奥様は私から質問することを是とされました。お答えいただけますか?」
 公爵夫人をにらみつけるなんてこと、あっちゃならない。だけど私はいま多分、奥様をにらみつけている。
「そうね、確かに政略結婚だったわ」
「幸せな結婚、でしたか?」
「……なにが言いたいの?」
 少なくともこの夫婦、仲は悪くはないと思うんだけど……お互いにそれぞれの貴族としての義務をまっとうしようという責任感で並び立ってる、そんな感じの関係なんだ。
「出過ぎた口をきいた罰はいくらでも受けます、今月のお給料も返上いたします。だから教えてください、奥様と旦那様は幸せな結婚をされましたか?」
「……」
 お互い無言で見つめあうことしばし、奥様が重い口を開く。
「そうね、物語のような甘い関係を構築することはできなかったけど……それなりに幸せだったと思うわ」
(過去形か……)
 いやいや、めげるなダスラ
「では奥様のご尊父様、ご母堂様は奥様の結婚をお喜びになりましたか?」
「それは……」
 しばしあごに手を当てて逡巡する奥様だったけど、
「えぇ、もちろんよ」
 そう言って、なぜか勝ち誇ったように微笑んでなさる。いやそれ、どういう感情ですか。
「嬉しかったですよね?」
「えぇ、そうね。領地で盛大な祝賀パーティーが開かれたの。さらには国を挙げての婚約パレードも行われたわ!」
 なんでドヤってるのか知らないけど、ここらへんあのお嬢様の血のつながった母親だなぁなんて思ったり。
(私がお嬢様だったときの奥様は、こんな方だったんだろうか)
 ほとんど話をしたことがなかったから、わかんないや。私からもっと歩み寄っていくべきだったかなぁって、今さら後悔しても詮無いことだな。
 でも言質は取った、ここからは押せ押せでいこう。
「ですよねー‼」
「え、ダスラ?」
「ナーシャ様だって、ご両親に祝福してもらったら……たいそうお喜びになると思うんです」
 ちょっと自信ないけど。
「そうかしら?」
「はい。おめでとうって、言ってあげるのに躊躇しちゃダメです。善は急げと申します、ここは公爵様とご一緒にナーシャ様と夕食ディナーを同席されて、その場でお伝えしてみては?」
「ナーサティヤと夕食……」
 娘と飯を食うのの、なにがイヤなのか。
「いま奥様……もそうですが、公爵様とナーシャ様の関係は冷え切っております」
「はっきり言うのね?」
 ちょっとムッとされてるな。こっちはとっくにキレてるんだけどね⁉
「ですから、出過ぎた口の罰は受ける覚悟ですので続けさせてください」
「……いいわよ、続けなさい」
「ありがとうございます。なので、この機にナーシャ様との関係改善を試みてはいかがでしょうか?」
 これは前のダスラがやらなかったこと、前のお嬢様である私がやらなかった諦めてしまったことだ。
「でもねぇ……あの子、癇癪持ちでしょう? どう相対するべきか、私は全然わからないのよ」
「わからないなら、わからないなりに挑戦して失敗すればいいじゃないですか‼」
 やばい、自分を制御できない。感情の波が、ドッとあふれ出てくる。
「それすらせず顔も見ない、一緒にご飯も食べない! 親子なのに、おはようもおやすみも言い合わない! わからないわからないって、ずっとお互いに……」
 感極まって、言葉に詰まってしまう。まずは落ち着いて、大きく息を吐いて。
「いま、この現状が! 健全な親子関係でしょうか⁉ 奥様は、ナーシャ様に愛してるって言ったことありますか? ないでしょう⁉」
「ダスラ……」
 もうダメだ、解雇待ったなしかもしんない。奥様も怖い顔をして、ツカツカと歩みよってくる。
(あ、ダメだ。オワタ!)
 そして奥様の手が挙がる。頬を打たれるのだと、思わずギュッと目をつぶってしまうのだけど。
「わかったわ、ダスラ。ちゃんと考えてみるから、泣きやみなさい」
「え?」
 いつの間にか私、泣いてた。そしてつぶった両目にあたるこの感触は……奥様が手ずからハンカチをあててくれていて。
「ダスラの言うとおり、その席を設けましょう」
「奥様……」
 え、なになに。なにがどうしてそうなった⁉
「とりあえずここは下がりなさい。そのハンカチはあげるわ」
「ママ……」
「え?」
「あ、失礼しました‼」
 恥ずかしい言い間違いをしてしまい(まぁ前世ではママだったんだけど)、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう私。ママにこんなに優しくされたの、記憶になくて。
(って現世では私のママじゃないけど)
「でもこんな高そうなハンカチ……洗ってお返しします‼」
「いえ、平民が使ったハンカチはもういらないわ」
「あ、はい……」
 まぁそうか。ママって実家が侯爵家だから、この考え方になっちゃうのはいたしかたない。
 今はただ、奥様の優しさに素直に感動しとこう。
「ふふ、冗談よ。でもあげるのは本当」
「あ、ありがとうございます?」
「なんで疑問形なのかしらね」
 いやいや、冗談に聞こえなかったんですってば。あのお嬢様の母なら言いそうだなぁってのもありまして。
 そして改めてお礼をいい、頭を下げて退室のご挨拶。そしてドアノブに手をやって、退室間際に聞こえてきたのは。
「ダスラ。今月のお給料は返上するとのことだけど、生活は大丈夫なのかしら?」
「……お気遣いは無用に願います、それでは」
 有効なんかい、それ‼ 確かに自分で言ったんだけれども⁉
 パタンと扉を閉めて、思わず漏れたひとことは。
「さすが、あの娘にしてこの母ありか」
『聴こえてるわよ‼』
「すいませんでしたーっ‼」
 中から奥様の怒声が聴こえてきた。ここは三十六計逃げるに如かずだ、くわばらくわばら……。


 その日の晩、私はお嬢様の部屋へ。
『コンコン!』
「入ってちょうだい、ダスラ」
 いやいや、まだ扉も開けてないし声もかけてないのに。
「失礼します……っていうか、私じゃないかもしれないじゃないですか」
「ダスラ以外の誰が私の部屋に来るのよ?」
「いや、来るでしょうよ」
 確かにほかのメイドはこないし両親も来訪してこないが、私が不在だったり休みの日なんかはほかのメイドが(嫌々ながら)来ることもある。ちなみに清掃だったり、食事の用意ができたとかそういう小用だけど。
「ノックしたかのがダスラかどうかぐらい、わかるわよ」
「そんな特徴的な叩き方、してます?」
「そんなとこね」
 なんか怖いなぁ。今度ほかのメイドを連れてきて、代わりに叩かせて実験してみようか。
「で、なんの用? 夕食ディナーにしては少し早いわね」
 確かに、いつもより三十分ほど早い。
「夕食前に、着替えていただきたく」
「着替え? なんで?」
「本日は、旦那様と奥様がご同席なされます。ですので、ドレスで着飾っちゃいましょう!」
「……いま、なんて?」
「ですから旦那様と奥様がですね、お嬢様と夕食をともにとられます」
 まぁ信じられないよね。私がこの屋敷に勤め始めたころ、お嬢様は三歳だった。
(思えばもうあのころから、ご両親とは疎遠だったような)
 まぁ癇癪を起してフォークで刺しにくる三歳児なんて、たとえ親といえども近寄りたくないだろうが。ちなみに私の腕には、当時それで刺された痕がいまだにクッキリと残っている。
「なんのために⁉」
 二親がわが子と一緒にご飯食べようってのに、なんのためにって……そこに考えが行きついちゃうのは悲しいなぁ。でもお嬢様の戸惑いもわかるんだ。
「大事なお話があるとのことです」
「ふーん? とうとう私、捨てられるのかしら」
「ご冗談を……」
 まぁそうなったらそうなったでお嬢様と二人、市井で暮らそう。これもまた、メビウスの環から抜け出すための分岐ルートになるかもしれないし。
(ま、婚約が伝えられるだけなんだけども)
 その反応がちょっと怖いな。フォークの刺し傷が新たに増える気がする。
「まぁそうね、最後の晩餐につきあってあげますか」
 最後ってあなた……でもそんなへらず口をたたきながらも、頬が少しゆるんでやがりますよ? やっぱご両親との会食が嬉しいんだろうな。
「わかった。着替える」
「かしこまりました。ドレスはご自分で選びますか?」
「うん」
 そしてさっきまでの不機嫌さはどこへやら、あれでもないこれでもないとドレスのチョイスに悩むお嬢様。ようやく決まると、ここからは私の仕事だ。
「では失礼します」
 お嬢様のドレスの背中のボタンを外す。そして――。
「コルセットも外しちゃいましょう」
「え、いいの?」
「はい。お腹いっぱい食べるときつくなりますからね」
「別に……普段どおりだもん」
 そう言いながら、赤くなった顔をそむけるお嬢様。ここでツッコんだり指摘したりなんかするとビンタが飛んでくるだろうから、見て見ぬふりをする。
 コルセットを外し新しいドレスを着せ、ちょっとだけお化粧を直す。ついでに髪も梳かし、いつもと違うアレンジを施して。
「気合入ってるわね?」
「そうですか?」
 私のときは結局、最後まで両親との仲は修復できなかった。冤罪を認めたのだって、家の者の保護と身分の保証と引き換えに……助けたかったのは両親や使用人たちじゃない、ダスラだったんだ。
 だからあの日、そのダスラが牢破りに来たんだからアホかこいつとか思った。しかも犬死にしやがるしで、本当に。
(まぁダスラに私の処刑を見られなかったのだけは、よかったかも)
 その代わりに、ダスラが死ぬところを見せつけられた。やっぱ全然よくないわ、うん。
「お嬢様、準備が整いました」
「ありがとう」
 ふふ、私の教育の成果がでてるな。『ありがとう』と『ごめんなさい』を言える子にって、いつも口すっぱく言ってるの。
(ってもまだ、その教えを守るのは私に対してだけなんだよなぁ)
 焦ることはない、一歩ずつ進んでいこう。
 ドレスを選ぶのに時間がかかったものだから、夕食の時間が近い。いつもは私が呼びにくるのだけど、その私はいまお嬢様の部屋にいるので。
「ちょっとシェフに確認してまいりますね」
 そう言って私はお嬢様の部屋を出る。そして部屋を出てすぐに、一人の同僚メイドとすれ違った。
(ん?)
 そしてその同僚メイドが、お嬢様の部屋の扉をノックする。あ、私の代わりに呼びにきたのかな?って思った瞬間――。
「誰よ‼」
「ひっ⁉」
 中からお嬢様の怒声、そしてそれにひるむ同僚メイド。いやいやお嬢様、なんで怒鳴ってんの。
(困った人だ……)
「あっ、あのっ……夕食の準備が整いましたのでっ」
 扉は開けず口早にそう言って、同僚メイドさんは慌ててもと来た方向へ逃げだして行った。しかたないな?
『コンコン!』
「入っていいわよ、ダスラ」
「失礼しま……あ」
「どうしたの?」
 不意に、先ほどの会話を思い出してしまった。
『ノックしたのがダスラかどうかぐらい、わかるわよ』
 扉が閉じられているのだから、同僚メイドさんがノックしたのか私がノックしたのかはお嬢様からは見えないはずだ。なのに……。
(本当に、ノックの音で私のことがわかるんだ)
 ついつい頬が上気してしまう、唇がゆるむ。
「なに変顔してんのよ」
「あ、すいません。ではまいりましょうか」
 いかんいかん、仕事だ仕事!


「お久しぶりですねお父様パパお母様ママ
 お嬢様が開口一番、皮肉の爆弾を放る。
 うんまぁ言いたくなるのはわかる。ちなみに邸内ですれ違ったり、最低限必要な内容の会話ぐらいはしてるんだけどね。
「そう言うな」
 困ったように笑うのは旦那様、無言で無表情は奥様。旦那様とは公務を通じて会話をする機会も増えたが、依然として親子間の会話らしきものはない。
 対して奥様は、なにを考えてるんだか私にもわからない。ただ憎たらしいとかそういう感情でないのはわかる、わかるんだけど。
(うーん、無関心て感じかな)
 私のときのママもそうだったからね。だからって誕生日くらいは、おめでとうぐらい言えっての。
「では、いただこうか」
 旦那様のそのひとことで、奥様とお嬢様がカトラリーに手をつける。
 私はお嬢様の背後に立ち、お嬢様の食事をサポートする役割だ。お嬢様がカトラリーを床に落としちゃったときに拾って交換したりとか、お茶のおかわりを注ぐなどの役割ぐらいしかないけど。
 しばらくは無言で、黙々と食べる親子三人。葬式かな?
「ナーシャ、今日は話があってこの席を設けた」
「えぇ、でしょうね」
 特に父娘二人、顔色は変わらないのだけど。
「あなたは、ナーサティヤをナーシャと呼んでるのですか?」
 奥様が、なんか斜め上の疑問を呈してきた。
「あぁ、ダスラに許可をもらったのでね」
 待て待て、許可を出したのはお嬢様であって。断じて私ではなーい!
(そんな権限もないわっ‼)
 心の中で、大声で叫ぶ。
「そう、ダスラが」
 そう呟いて、チラとこっちを見る奥様。知らんがな、呼びたきゃ呼べばいいじゃん……とは思ったけど、まぁそういうことなら。
「奥様も、お嬢様をナーシャとお呼びになっては?」
 そう言った瞬間だった。お嬢様がガッと振り向いて、人差し指を一本立てる。
(なんのジェスチャーだろう?)
 シーッというのとは違うようだし。そしてお嬢様は続けざまに、小さく鞭を振るジェスチャーをした。
(あ、『お嬢様』呼びしちゃったからか)
 気づいてハッとした私の表情を見て、お嬢様が無言でニチャアと笑う。いやいや、貴族令嬢がそんな笑い方やめてくださいよ。
「んんっ、訂正します。奥様も、ナーシャ様を愛称でお呼びになってはいかがでしょうか?」
 そこまで言って気づく。いくらラーセン宅のメイド、お嬢様のお付きとはいえど親子団らんの場で差し出がましい口をはさんでしまった。
「しっ、失礼しました‼ あとでナーシャ様に鞭をもらいますので、なにとぞご勘弁を……」
 そして深々と頭を下げるのだけどね。お辞儀九十度で床を向いている私の視線の先にある自分の影が、大きな影に呑み込まれた。
「ダスラは厚意で口をだしたの。責めないであげてください」
 私の目の前に立ちはだかったのはお嬢様。顔を上げられないから想像だけど、キッっというかギロッて感じでお二人の前に仁王立ちしてるんだ。
「わかっています、ナー……」
 一瞬、ナーシャと呼びそうになったのだろうか。奥様が言いよどむ。そして、
「ナーシャでいいわよ?」
 お嬢様がそう口を添えるんだ。母娘関係もこれで良好になっていってくれればいいなって、私の口も緩む。
(頭下げたままだから、この顔を見られなくてよかったな)
 って心から安堵してたら、
「ダスラはどう思う? あなたが反対するなら取り消すわ」
 おぉーいっ‼ 頭を下げたままの私に、お嬢様から特大の流れ弾が後頭部に飛んできた心地だ。そして私の耳に、確かに聴こえてきたのは――。
『チッ!』
 舌打ち? 誰が? いやマジで……この状況だと、奥様の可能性が高い。
「もっ、もちろん大賛成ですお嬢、ナーシャ様‼」
 慌てて顔を上げてその場をとりつくろうのですけどね?
「ありがとう、ダスラ」
 そう言ってほほ笑む奥様だったけど頭を上げた瞬間の一瞬、それこそミリ秒だけ般若の顔をしてたのを私は確かに見た。いやいや、奥様の沸点どこだよ。
「じゃあナーシャ、改めて言うけど食事中にやたらむやみに席を立つものじゃないわ」
「……」
 お嬢様としては、私を庇おうとして席を立ったのだ。非は私にもある。
 ムッとした顔でなにか言いたげに、それでも口をつぐんでらっしゃるお嬢様に対して、私はどうするのが正解だろうか。
(だけどこの状況で、また私が口をはさむのも)
 さっきの今だからね、ここは素直に謝るのが正解だ。だから――。
「ダスラ?」
 小さく後ろから、トンとお嬢様の肩を指でたたく。私は口パクで一文字ずつ、お嬢様にしか見えない角度で、
『ご・め・ん・な・さ・い』
 通じたかな? いくら気に食わない相手でも状況シチュエーションでも、『ありがとう』と『ごめんなさい』だけは忘れないでほしいと日ごろから教育している。
 そしてそれは私に対しては必ずではないが遵守されているものの……。
『うん』
 お嬢様の目が、そう言ってる気がした。そしてお嬢様は振り向くと、
「はしたないところをお見せしました、ごめんなさいお母様」
 そう言って席につくんだ。よくできました、うん。
「え⁉ ナーサティヤが私に謝った?」
 いやいや、余計なこと言って驚くのやめてくれませんか。お嬢様が噴火しちゃいます!
(しかもナーサティヤ呼びに戻ってるし)
 まぁ驚くのはわかる。わかるよ?
「悪いことをしたらごめんなさいって言わなきゃいけないって、ダスラに教育されているの」
 お嬢様はスンッと澄まして、なにごともなかったかのように再びカトラリーに手をつけた。そして、
「ダスラはいつも私を見てくれて、ちゃんと教育してくれるの」
 あ、これダメなやつ。文字だけを見ると私アゲしてるように見えるけど、嫌味ったらしく笑ってというか嗤ってなさります。
お前らパパとママには教育された覚えはないけどね?というアンチテーゼだ)
 途端に、私に注がれる旦那様と奥様の視線……私、終わった? だけどお二人から注がれた言葉は、私にとってはとっても意外すぎる内容だった。
「ダスラ、ありがとう。私たちがいたらぬばかりに、君にいろいろと押し付けてしまっていた」
「えぇ本当に。感謝しています、ダスラ」
 へ? え? 私は驚愕のあまり、鳩がマグナム弾を頭にくらったような表情になってしまった(つーかマジでそれをやったら頭が吹っ飛ぶ)。
 そして驚いたのは私だけじゃなかった。
「え……」
 なんでか知らないけど、お嬢様が絶句されてて。でもすぐにニッコリと笑うと、
「えぇ、本当に私のようなゴリラには満点のメイドなんです」
 と自虐を入れながらも、フフンとドヤって。
(ゴリラって……)
 いや、ちょいちょい私が言ってるけども。つーか、さっさと本題に入ってくれませんかね?
「で、私にお話があるとか」
「あぁ、そうだったね。そういえばナーシャは今年でいくつになった?」
 バカかこのクソ親父。わざとか? わざとなのか?
「……十二ですが」
 お嬢様の顔面も多分だけど凍りついてる。私は背後に立ってるのでわからないけど、わかる。
(我が子の年齢知らんのかな)
 なんかモヤる。そしてこの場で、旦那様のその発言に疑問を持っているのが私とお嬢様だけ……。
「うむ、貴族の令嬢としてはそろそろ婚約相手を決めなければいけない歳だね」
「婚約、ですか」
 フォークを持ったお嬢様の手が止まる。なんか旦那様のその言い方だと『これから決めるぞ』みたいなニュアンスだけど、そうじゃないでしょう。
「実は王家から、アシュヴィン殿下との婚約を持ちかけられていてね」
「殿下の……」
 持ちかけられていて? まだ正式に決まってない……わけがない、相手は王族だ。
「恐れながら、発言をお許しいただけますか?」
 ついつい、またしても口をはさんじゃう。
「なんだね、ダスラ」
 せんを邪魔されて、少し不機嫌そうながらも旦那様から許可はいただいた。こんな言い方だと、お嬢様に拒否権があるみたいじゃないかって思ったから。
「王族からの打診となると、ほぼ王命です。お嬢様に」
 ガッとお嬢様が般若の様相で振り向く。くっそ、耳ざといな?
「んんっ……失礼しました、ナーシャ様に拒否権はあるのでしょうか?」
「なんでナーシャが拒否するのかね?」
 私のもっともだと思う疑問に対し、さっぱりわけがわからないといった体で旦那様がのたまう。奥様もまた同様に、不思議そうな表情を浮かべる。
「ラーセン公爵家としては、これ以上の名誉はない。ナーシャが未来の王子妃となるのだよ、ダスラ」
(まぁ普通に考えれば、名誉なことだもんなぁ)
 その後のお嬢様がたどる道は、破滅へと続く片道切符だ。
 だからわからなくもないけど、わかりたくもない。私だって元貴族というか公爵令嬢というか前世はお嬢様だったから、その考えは理解できるのだけど。
 私のときは、婚約の締結をダスラから聞いた。なんで両親から教えてくれないのかと荒れたもんだけど、殿下との婚約は正直イヤじゃなかった。
(むしろ、嬉しかった感さえあるな)
 あんなゴキブリのクソだとは、当時わからなかったから。
「お父様とお母さまは、この婚約が……嬉しいのですか?」
 おそるおそるといった感じで、お嬢様が疑問を呈す。
「もちろんだよナーシャ、私たちも鼻が高い」
「えぇ、本当に。おめでとう、ナーシャ」
 旦那様と奥様、ニッコニコと笑っておっしゃいます。久々の親子の会話、和やかな雰囲気ではあるんだけど……お嬢様はどう思ってらっしゃるんだろう?
「えっと?」
 どうしようって、本当にどうしようって困惑された表情でお嬢様が振り向いて私を見る。イヤなのかなと思ったけど、そうでもないみたいで。
(多分だけど、お二人の態度に戸惑ってるんだな)
 仕方ない、あのアホ王子との婚約解消はおいおい画策していくとして。
『あ・り・が・と・う』
 口パクで、お嬢様にそう伝える。お嬢様がわかったといった表情で、無言でうなずいた。
「ありがとうございますお父様パパお母様ママ
「あぁ、本当にめでたいことだ」
「アシュヴィン殿下は第二王子ですけど、王位継承権は第二位。しっかりと支えてあげてね?」
「はい!」
 旦那様と奥様が本当に大切に思ってるのは、ラーセン公爵家としてのそれだろう。自分の娘がどう思ってるかなんて、この人たちの頭には微塵もないのだろうな。
 だけどお嬢様てば、幾久しい親子間の和やかな会話が嬉しくて仕方がないご様子で。パパとママに褒められて、今まで感じたことのない高揚感で破顔一笑だ。
「ナーシャ様、おめでとうございます!」
「ありがとう、ダスラ!」
 おめでたくなんかないけど、ないけど。それでも今は、とっても嬉しそうなお嬢様に水を差したくない。
(どうしたもんかな)
 いや、ほんとに。
「それでナーシャ、近いうち王宮に返事をしにいかなくてはならない。日取りが決まったら伝えるから、準備しておくように」
「わかりました、お父様」
 その後も王子妃教育がどうのとか、料理が美味しいとか他愛もない会話が弾む。まだまだ一歩を踏み出したばかりだけど、親子間の距離が急速に狭まりつつある。
(そういう意味では、あの王子も役に立ったのかな?)
 でも残念、殿下テメーの仕事はそこまでだ。さっさと豆腐の角に足の小指をぶつけて死ね!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

キズモノ令嬢絶賛発情中♡~乙女ゲームのモブ、ヒロイン・悪役令嬢を押しのけ主役になりあがる

青の雀
恋愛
侯爵令嬢ミッシェル・アインシュタインには、れっきとした婚約者がいるにもかかわらず、ある日、突然、婚約破棄されてしまう そのショックで、発熱の上、寝込んでしまったのだが、その間に夢の中でこの世界は前世遊んでいた乙女ゲームの世界だときづいてしまう ただ、残念ながら、乙女ゲームのヒロインでもなく、悪役令嬢でもないセリフもなければ、端役でもない記憶の片隅にもとどめ置かれない完全なるモブとして転生したことに気づいてしまう 婚約者だった相手は、ヒロインに恋をし、それも攻略対象者でもないのに、勝手にヒロインに恋をして、そのためにミッシェルが邪魔になり、捨てたのだ 悲しみのあまり、ミッシェルは神に祈る「どうか、神様、モブでも女の幸せを下さい」 ミッシェルのカラダが一瞬、光に包まれ、以来、いつでもどこでも発情しっぱなしになり攻略対象者はミッシェルのフェロモンにイチコロになるという話になる予定 番外編は、前世記憶持ちの悪役令嬢とコラボしました

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

処理中です...