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第一話・みんなどこかへ行く途中
しおりを挟む人間は嫌い。嘘つきだから。
人間は嫌い。すぐに裏切るから。
人間は嫌い。同族同士で殺し合うから。
人間は嫌い。平気で差別するから。
人間は嫌い。傲慢で不遜だから。
人間は嫌い。強欲で卑怯だから。
人間はうんち。人間はうんちだから。
もう何度目の転生だろう。鮮血を派手に散らしながら、私の細い身体が宙を舞う。
東京の郊外でブラック企業に勤める服飾デザイナーだった私は、会社に寝泊まりしながら六十連勤余という過労死一直線コースを猪突猛進していた。
自分で言うのもなんだが、結構な美人だ。背も高い。だけど過労死寸前の幽霊のような生気の抜けたその風貌は、もし不健康世界大会があったら余裕で優勝できるくらいやつれ切っている。
その日もコンビニで眠気覚ましの苦いコーヒーを買ってくるべくいつもどおりフラフラと会社を出たところ、意識が突然のブラックアウト寸前に――ってそれは『いつもの日常』だったんだけど。
でもその日だけは、いつもと違う『続き』があった。
「キャーッ!」
という悲鳴を会社のあるテナントビルから出る前に聴いていれば、『それ』は回避できたかもしれない。まぁあくまで可能性の問題だけど。失神寸前でフラフラ歩くというか幽霊のように彷徨ってるような状態だったから、果たしてそれが耳に届いたかどうかもあやしい。
いずれにしろ、目を血走らせて服装が返り血で染まった通り魔の凶刃を回避するのは不可能だったろう。
「えっ?」
気づいたときはもう遅かった。通り魔が握った包丁が私の左胸にズブリと埋まり、それが勢いよく引き抜かれる。公園にある散水スプリンクラーのように真っ赤な『私汁』が勢いよく吹き出す。
周囲は悲鳴をあげながら逃げ惑う人たちでカオスになっていた。
「うそーん……」
不思議と痛みはない。ああ、あれか脳内麻薬っていうやつ。ドーパミンだかエンドルフィンだかの、耐え難い苦痛で死ぬ前に神さまからもらうお薬。
ランナーズ・ハイにも似た恍惚感を感じながら、私はそのまま車道側へ倒れこん……だところ、
『キキーッ!』
『ファアアアアアンッ!』
急ブレーキでタイヤの軋む音、耳をつんざくトラック独特のクラクション。
あぁ、無常すぎやしませんかね? ブラック企業で過労死寸前、通り魔に刺されてトラックに轢かれる。流行りの転生もののラノベだって、ここまでてんこ盛りな死に方はめったにないんじゃないかな。
そしてぐるんぐるんと回転しつつ吹っ飛びながら、私は不意に前世を思い出した。
(あ……『あの世界』に帰っちゃうのか)
憂鬱だ。私はまた私に転生するのだろう。もう天文学的な数字の昔から、ずっと繰り返されてきたルーティン。
アスファルトに叩きつけられた衝撃で、私の意識は全部飛んだ。
こうして尾先ゆら、三十歳の人生は凄惨に幕を閉じたのでした(チーン)。
白い白い、真っ白な世界。右も左も、上も下も前も後ろも真っ白だ。
ただただひたすら続く、虚無な空間。その空間に浮かぶは、『本当の私』。
肩にちょうど付くぐらいの長さの、ゆるくウェーブのかかったプラチナブロンド。シンプルな白い一枚羽の髪飾り。
十代半ばにも達していなさそうな童顔に、宝石のロードナイトを彷彿とさせる緋色の瞳。背中には、蝶々のような形の赤味がかかった半透明の羽。んでもって何故か全裸だ。
前世のニホン人のときは一七〇センチを余裕で超えてた高身長とは対照的に、一五〇センチあるかないか。スレンダーながらモデル体型だったそれも、もうしわけ程度に胸があるとはいえどう見ても幼児体型です、本当にありがとうございました(ひーん!)。
で、幼児体型の全裸を晒してぷかぷかと白い世界に浮かんでいる『事案』の私。見慣れた、始まりの妖精・ティアとしての容姿。
妖精だから出産や排泄の概念がなく、股間は物理でツルペタだ。
過去幾度となく私はティアとして産まれて死に、たまに前世の尾先ゆら時代のような『寄り道転生』をはさみつつ再びティアとして生々流転を繰り返してきた。
私のトレードマークともいえる右目下の泣きぼくろが懐かしい。ちんちくりんな私でも、多少は婀娜っぽく見える(気がする)。
今世のティアは、何度目だろう? 途中までは数えてたが、千回を超したあたりでカウントするのをやめてしまった。めんど――もとい、不毛だから。
(……来たね)
目の前に人の気配がしたかと思うと、十代半ばくらいの少女が目の前に立っていた。
臀部まで届きそうなストレートの黒髪は艶がかかっていて、綺麗な漆黒の髪色だ。カラスの濡れ羽色とは寄り道転生していた前世で出会った言葉だが、まさにそれがピタリとハマる。同じく黒曜石を思わせる漆黒の瞳と白い肌、そして特筆すべきはその奇抜な衣装。
これまでティアとして生きてきた世界でも、たまに寄り道転生する世界でも見かけない衣装だったのでどう例えていいかわからなかったが、ゆら時代に生きてたニホンという世界での知識でピタッとハマる固有名詞に出会った。
「また会えたね、『魔法少女』さん」
そう、魔法少女なのだ。髪と瞳に合わせたかのような黒を基調にしたデザインでまとめられており、フリルの付いた黒いミニスカートが可愛い。
ついでにいうと、黒いニーハイストッキングとミニスカの間から見える絶対領域が何だかヤラしい。もしローブまたはロングスカートだったならば、どちらかというと魔女にイメージが近いかもしれない。
「私はティア。あなたは?」
そう声をかけてみるが、弱々しい微笑みだけが返ってくるだけで返事はない。このやり取りも、もう何百何千回とくりかえしている。ティアに転生する度に、この広くて白い何もない世界で。
「また何も言ってくれないんだね?」
そう言うと、少女はすまなさそうにうつむく。この表情も、もう何回見たんだろう。
「まぁいいや、またティアとして転生するんだよね私。もう行っていい?」
返事は待たない。返ってこないって知ってるから。
まぁこっちの方角だよねと勝手知ったる真白の世界のとある方向を目指して羽ばたいてたら、後ろから小さく蚊の鳴くような声がね、聴こえたの。
「わたしは、リリィ。リリィディア……」
初めて、その子の声を聴いたかもしれない。
目が覚めたらベッドの上、見慣れた天井。いや、見慣れたというとちょっと語弊があるけど。
ここはポラリス大陸のカリスト帝国――を構成する七つの国のうち、最東端に位置するベネトナシュ王国。そのベネトナシュの首都・エータの郊外にある『揺光の塔』の最上階、私の部屋だ。
「帰ってきちゃった……」
ほぼ真円に近い間取りで、タンスやら机やらが壁際にポツンとあるだけの殺風景な部屋。階下にキッチンと風呂トイレがあるが、妖精の自分には必要がなくて。あくまで来客用だ。
(いつの間に服着たんだろ)
妖精だからといって、前世で見かけたファンタジーアニメや漫画で見るようなおめでたい衣装ではない(持ってはいるけどね)。純白で膝までのシンプルなオフショルダーのワンピース、ウエスト部分には革製の前側で紐で絞めるタイプのコルセットベルト。
このベルトがバストを押し上げる形になっているので、私の貧しい胸は嘘くさい盛り上がり(小)を見せている。
なお妖精の羽は霊体みたいなものなので、背中側に羽を通すような穴はない。羽を広げたままでも衣服の着脱が可能なんである。
「あれ? 誰だろ……」
部屋の中央の床に、直径三メートルほどの魔法陣。それが発する緋色の淡い光が揺れている。魔導文字で構成された六つの魔導紋様が外周に配置されていて、そのうちの一つがピカピカとひときわ明るい光彩を放っていた。
ベッドに立てかけておいた愛用の魔杖を手に取って魔法陣に歩みよると、光っているマジックサインをコンコンと杖先でつついてみる。この紋様は、『あの子』からだね。
『ティア?』
杖で叩いた場所から、ホログラムってやつ? 3D立体映像でドワーフの幼女……は失礼か。見た目は十二~十四歳くらい――がその姿を顕現する。見た目だけでいうなら私も似たようなもんだけど。
公称一五〇センチ(つまりあやしい数値ってことだ)の私よりもさらにチビで、たぶんだけど一三〇センチくらい。クリンクリンでブラウンの少年のようなショートヘアー、翡翠のような深緑の大きな瞳。
外見の幼さとは裏腹に意外とある胸部だけ隠して肩とおへそが『こんにちは』している露出の高いトップスと、少しもこもこしたショーパン。褐色の肌は健康的で艶光りしていて、浮いた腹筋もご立派なもの。ドワーフ特有のやや尖った耳が髪の間から飛び出ている。
鍛冶を生業にしているだけあって、履いているアウトドア仕様の革靴は立派な装いだ。そりゃそうだ、鍛冶が得意な彼女の世界に一つしかないお手製なのだから。
つま先とかかとにはダマスカス鋼が仕込んであって、ひと蹴りで巨象すら絶命させる。まぁこれは彼女の怪力のなせる技でもあるんだけど。
かなり年期の入った革製のオープンフィンガーグローブは、拳頭にこれまたむき出しのダマスカス鋼。鉄拳一発で獅子をも殴り倒せるのだとか。獅子を殴り倒す機会なんていつあるんだ。
ただでさえ怪力なのに、両肩に彫っている幾何学模様のタトゥーは身体強化魔法の触媒となっている。彼女くらいのもんだ、世界最強の硬度を誇るダマスカス鋼で大剣からピアスまで作れてしまうのは。
そんな自慢の妹分、何年ぶりだろう? 懐かしい仲間の姿だ。幼女のような外見ながら、一万年以上生きている私よりちょっと年下なだけで彼女も数千年は生きている。
「久しぶり、ターニー」
『また戻ってきたんだね、おかえり!』
「んっ。ただいま!」
ベネトナシュの西隣・ミザール王国にある『開陽の塔』の番人であるターニーからの『着信』だった。前世流にいうならば、テレビ電話みたいな感じかな。
この異世界――いや私にとってはこちらが本来の世界なのだが、この大陸には『賢者六人衆』と呼ばれる『人ならざるもの』が存在している。
ここ、ベネトナシュの揺光の塔には妖精である私。西のお隣、ミザール王国には開陽の塔にドワーフのターニーといった具合に、大陸西端のドゥーベ市国を除くメラク王国・フェクダ王国・メグレズ王国・アリオト王国にもそれぞれ『仲間』と呼べる存在の人ならざるものたちが、各々の塔に居を構えている。
全員が女性で、真祖の吸血鬼だったり魔女だったり、ハイエルフに九尾の妖狐といずれも『人外』だ。六人とも『悠久の時空を生きる賢者』との別名があるように、一番若い仲間でももう三千年は生きていたりするのでとにかく長命である。
そしてこのターニー、ただのドワーフではない。おそらくこの世界に一人しかいないであろう原初のドワーフなのだ。
彼女が本気で鍛えた剣は、『剣を斬る剣』とまで云われる業物。とてもじゃないが値がつけられず、王国の年間予算全額ですら足りないのだとか。
以前ターニーの開陽の塔に遊びにいったときのことだけど、彼女の剣を試しに持たせてもらったときに、誤って窓から塔の外に落っことしちゃったことがあった(振ったらすっぽ抜けた)。
幸いにも塔の下に人はいなかったものの、切っ先を下方向に落ちていったもんだから地面に突き刺さっ……てなお、『土を斬り裂き』ながら地中に落下していき、地下数キロメートルの下まで埋まったことがあった。
『この世に私の鍛えた剣で斬れないのは人の縁だけ』とは彼女の弁だが、この事件ですっごく怒って許してくれず、二十年ほどシカトされたことがあって。あやうく縁が切れちゃうところだったんですけど⁉
『この世界ではしばらく見なかったね。また寄り道転生してた?』
賢者六人衆である彼女は、もちろん私の生々流転のルーティンをご存じである(ダジャレではない)。
「うん。ニホンは面白い世界だったよ。文明も科学もすごく発達してて。まぁ、相変わらず人間はクソのゴミみたいな何の価値もないうんち以下の存在だったけど」
『はは……』
そう、人間なんて大嫌い。太古の昔の人間たちによる『妖精大虐殺』への恨みは、一万年以上経つ今もなお忘れることができない。
『人間じゃないから』『不気味な存在だから』なんて理不尽な理由で、私たち妖精は根こそぎ狩られた。私も羽を引きちぎられ殴られ蹴られ、髪を、瞳を、羽を、肉を、人間たちに搾取されて最初の死を迎えたのだ。
しかも、その記録はこの大陸のどこにも残っていない。一万年以上前のことだし、妖精は一時期全滅したわけで。
なので『私が言ってるだけ』状態なもんだから、この話は賢者六人衆以外は誰も信じてくれない。『悪魔の証明』とはよくいったもんだ。
人間と違い、妖精は光や花や泉などの森羅万象から自然派生的に新しい生を賜る。
あれから新たに生まれ出でた妖精たちはその過去を知らない新世代だから、おおむね人間には好意的だ。中には人間に使役するバカもいて、私はそれも気にくわない。
だから、人間族に怒ってる妖精は世界で私一人だけなの。それが寂しくて、何よりもつらくて。なので前世では異世界といえど、よりにもよって人間に転生していたなんて黒歴史もいいところ。
最初のティアとしての死から何度もティアとして転生を繰り返すのは、人間たちに復讐しろってことなんだろうか? でもそれは、数百年前に私たち賢者六人衆と人間の間で交わされた『不可侵条約』によって叶えることのできない願いだ。
私たちのリーダー格ともいえる、メグレズ王国は『天権の塔』の守護者にしてハイエルフのアルテ。
同じプラチナブロンドでもやや赤みがかった私と違い、長くて美しい純白のプラチナブロンド。その瞳はどこまでも澄んだサファイアブルー。高身長なのも手伝って、迫力ある美人さんだ。
私より長生きしているので、お姉さんのような存在。一万年前の妖精大虐殺のことを憶えていてくれている唯一の存在でもある。
そのアルテとメグレズ王室政府との間に諍いが生じ、アルテ一人と数万の王国軍がにらみ合うまでこじれたことがあった。原因は、メグレズ王国の圧政と重税にアルテが王室に抗議をしたことに端を発する。
私たち一人一人は一騎当千どころか一騎数十万に匹敵する強さを誇っているので、このままだとメグレズ王国が滅びるのは時間の問題だった。
そこへ私とアルテ以外のほかの四人、ミザール王国は開陽の塔のターニー、アリオト王国は『玉衡の塔』の九尾の妖狐・イチマル、フェクダ王国は『天璣の塔』の魔女・ソラ、メラク王国は『天璇の塔』の真祖の吸血鬼・デュラが仲裁に入り、
・塔の賢者は内政干渉をしない。
・王室政府は塔の賢者に不利益な干渉をしない。
という交換条件を伴う相互不可侵条約が結ばれた。
要は『好きに暮らしていいし税金も払わなくていい。私たちが嫌がることは要求しないし危害も加えない。ただし政府が領国民に対して行う政治に文句を言うのも邪魔するのもダメ』ということだ。
アルテが怒ってたのは自分じゃなくて領民のため。だから文句タラタラで不満そうだったけど、私は人間には関わり合いになりたくなかったからその条約はとっても僥倖だったな。
仮に西のミザール王国とベネトナシュが戦争になりどのような戦局になったとしても、私もターニーも戦争には不干渉。その代わり、ここ揺光の塔もターニーがいる開陽の塔にも両軍の干渉は許さないということだ。
ちなみにその場に私がいなかったのは、たまたまタイミング的に(物理で)死んでただけなので仲裁に協力しなかったわけじゃないことは念を押しておく。
閑話休題。妖精と『精霊』はまったくその存在意義が異なる。
精霊は神の眷属だ。直接神に仕えているのが『天使』と呼ばれ、神を主としながらも独立した働きをしているのが精霊。妖精を人間視点で亜人とするならば、精霊はさしずめ『亜神』といったところか。
「私、どのくらい寝てたというか消えてた? まだドゥーベ歴だよね、何年?」
『四十年くらいいなかったかなぁ? ちなみに今年はドゥーベ歴二〇二二年だよ』
うーん。前世のゆらは三十歳で死んだから、残り十年はどこの世界で道草くってたんだろう。記憶にないけど、十歳で死んだのかしらん?
「その間、どんなことがあった?」
『いやいや、その質問は説明することが多すぎるよ!』
それもそうか。だったら、『アレ』で調べるしかないよね!
『瞳がキラキラしてますよ、ティアさん……また、アレですか?』
ターニーが、溜め息をつきながら呆れたように言う。何で敬語なんですかね?
「だって、塔の中にいたって何もわからないじゃん? だったら『旅』に出て確かめるしかないよね⁉」
『強引だなぁ』
うるさい、旅は私のライフワークなのだ。
前世と同じく、こちらの世界も年間三六〇余日。私はティアとして、このうち三五〇日近くは旅の空の下にある。この塔にいるのは年間で十日もあればいいほう――ゆえに、『見慣れた天井』はこの塔に存在しないのだ。
『ティアっていつ行っても居ないから、そこ居留守の塔なんて言われてんだよ? まぁ本当に九割がた居ないんだけど、いても出てこないしね』
「むぅ、九割九分いませんが何か」
『開き直るな!』
私は旅が趣味……なのではなく、旅をしまくらないといけない理由がある。
私を含む賢者六人衆たちはそれぞれ、たった一人で国一つを滅ぼすことのできる能力を有しているのだが、それは魔力だったり物理的な力だったり呪術だったり妖術だったりと多岐にわたる。そのうち、私は魔力タイプだ。といっても私が使える魔法はたった一つ、治癒魔法の『神恵』のみ。
私の魔力は底なしで、しかも次から次へと体内から無限に湧き出てくる。定期的に放出しないと妖精としての肉体というか霊身に強烈な過負荷がかかり、やがてそれを因として死に至る。
なんというか私が一万年以上生きているというのは語弊があって、魔力が蓄積したことによる過負荷で死亡というのを星の数ほど繰り返してきた。過ぎたる力は身を滅ぼす、それを飽きるほど味わってきたんだ。
長く生きることができても数百年、最短記録は三日だ。私の小さな身体(霊身)の内部で魔力が分裂と膨張を繰り返し、コンスタントな放出に失敗すると破裂しちゃうわけである。歩く核爆弾といってもいいかもしれない(なお破裂時は空への垂直方向なので、無関係な第三者を巻き添えにはしない)。
一万年以上前から、ティアとして産まれ魔力過負荷によって短い生を終える。そしてまたティアとして(ときどき他人にも)転生するというのを繰り返してきているのだ。
じゃあずっとでたらめに魔力をあちこちに放出してればいいじゃないかと思うなかれ、私の治癒魔法の『神恵』はそんじょそこらのにわか魔導士が使うポンコツヒールとは一線を画す。
欠損部を再生させるとか死人を蘇らせるというRPGゲームみたいなファンタジーはこの世界に存在しないし、私でも無理。
だけど、無尽蔵の溢れ出る魔力を相手に注ぎこむことによって患者の寿命を劇的に伸ばすことができる。それこそやろうと思ったら、そこらのたばこ屋の婆さんを千年生かすこともできるのだ。
てか前にそれを冗談でやってたことあるんだけど、『いい加減に死なせておくれ!』と懇願されてやめた。ごめんね、妖精ってイタズラ好きなの。
話は戻るけど。一般的な治癒魔法では後天的な怪我や病状にしか対応できないが、私は先天性(生まれつき)の病や精神障害すら直せてしまう。さすがに心的外傷までは治せないけど。
それに先天性精神障害だと治してしまっても、元々が重度の障害の場合は治した時点で精神年齢はゼロからのスタートになることもある。ある程度肉体年齢を重ねていた場合、本人も大変だし家族も大変だ。治してほしいというのは家族からの依頼なのに、その家族から患者が見捨てられるケースもある。
だから人間は嫌いだ。嫌いなんだけどさ、別に私だって人間を嫌いになりたくて嫌ってるわけじゃないんだよ。だから、なんとも物哀しいんだ。
まぁそれはともかくとして。どういうメカニズムか知らないが、私の魔力というか治癒の施術を受けた患者の身体からは『ありがとうビーム』的なものが私に返ってくる。ビームというかオーラというか?
その相互のやり取りを経て、初めて私の中の魔力は使った分だけ失われてくれるのだ。ただやみくもに空や何もいないとこに『神恵』を放っても、使っただけ瞬時に補充されるからタチが悪い。要約すると、
『治癒活動をしまくらないと死ぬ!』
ということだ、なんて理不尽。人間なんか助けたくない、人間は嫌い。だけど患者の好き嫌いをしていたら魔力を放出する機会が少なすぎて、私は魔核分裂で破裂して死んでしまう。
不謹慎だけど、そりゃ戦争でも起こって負傷者が増えれば治癒の機会が増えて色々と捗る。だけどたとえ人間同士とはいえ戦争なんて望んでないし、何より治癒完治した兵がまた前線に赴くというのはとても残酷なサイクルだと思う。
それ以前に、これは相互不可侵条約違反だ。これが認められるなら、各国の塔の仲間も戦争に参加していいことになり、賢者六人衆同士が直接相まみえることになったらそれは……戦場が草木も生えない焦土となる惨状が待っている。アルテが渋々ながらも条約に同意したのは、この部分が大きい。
だから年間の、いや人生(霊生?)のほとんどを旅で費やし『神恵』を使う機会を探し回る。私の一生は、そんなけったいなサイクルで回っている。
ちなみにだが、『神恵』は攻撃魔法としても使えたりなんかして。相手の体内に、敵の肉体の許容量をはるかに超える魔力を瞬時に注ぎ込むというシンプルな手法を用いるのだけどね。
いくら治癒魔法だといっても、過ぎたるは及ばざるが如し。たとえば一リットルのペットボトルに、一瞬にして千リットルの水を詰め込むことができたらどうなるか。ペットボトルはたちまちのうちに破裂して四散してしまうだろう。
私がこの一万年、そうやって死んできたように。
そして私はそれを、一度の『神恵』で十万の兵に対して行うことができる……気がする。やったことはない。やったことはないが、十連発だって可能だ。
つまり百万の兵にだって余裕のよっちゃん。言ったらキリがないけど、百連発だってできるかもしれない。
まぁやったところでありがとうビームはもらえないから、消費した魔力はすぐに体内から一瞬で湧き出て補充されるので、私にとっては意味がなかったりするね。ただの無駄働き。
うーん。自分で言っておいてなんだけど、このありがとうビームって何なんだろうねホント。
キャスターとキャリーバーのついた、マゼンタピンクのキャリーケース。そこに衣服やら下着やらを詰め込む。本にカメラに飴ちゃんやら何やらも忘れちゃいけない。うーん、あとは?
「何か忘れてる気がする……」
あ、そうだった。大事なものを忘れてました。
「魔杖がないとどうもね」
魔法のステッキ。ぶっちゃけ、ただの様式美である。
こんなもんなくても『神恵』は使えるのだけど、この世界では魔法は詠唱するもの、触媒から出すものっていうのが常識になってる。だから特撮のウルトラなんとかマンみたいに、無詠唱でビームみたいに手から魔法を出すのは異端中の異端だ。
珍しいとか凄いとかならまだいいが、バケモノ扱いされるし下手すりゃ変な機関に拉致られて人体実験、あるいは不当な異端審問にかけられてなんてのもありえたりする。
一万年前の私たちみたいに……ちっくしょう、ヤなこと思い出しちゃったよ。
なので、魔杖を使って、ほにゃらららなんだかんだと詠唱して『神恵』を出すようにしている。生き延びるための知恵、自己防衛。なんで底辺のポンコツ魔道士に合わせないといけないのか、もうホントーに納得がいかないのだけど。
私のキャリーは特注で(もちろんターニー作)、魔杖ホルダーがついてるんだよね。そこにスコーンと魔杖をセット。
ちなみにだが、ダマスカス鋼が下地に使われているので振り回して打撃をくらわす武器にもなる。もちろん、そんな鬼仕様は頼んでないです!
『聖女様―っ!』
『ティア師殿―‼』
『先生―!』
不意に、窓の外から私を呼ぶ声。私は聖女でも先生でもないんだけど……チラと窓の外から階下を覗くと、一階の玄関扉の前に人間が十数人列を作って並んでいた。みんな最上階のこちらを見上げ、私を呼んでいる。
ちなみにこの揺光の塔は約五十メートルほどの灯台のような外観で、最上階とその直下の階が居住エリア。一階の玄関から居住エリアの間に何があるかは企業秘密だ。まぁそれはともかくとして。
『ティア様だ、やっぱりおられたぞ!』
『お願いです、病気の母を診てください!』
『いえ、私を先に! 子どもが危篤なんです!』
『あぁっ、女神様!』
あぁ、またか。何をどう勘違いしたのか、私が方々で無償の医療活動をしていると思い込んでる人間たちが一定数いる。旅の準備のために昨日街で買い物したから、私が塔に戻ってきたことがバレたのだろう。
「ここは病院じゃないんだけどな……」
昨今はまだマシなほうで、前のティアだったときには百人を超える行列になったこともあった。まぁヒマつぶしと魔力消費のために診療してあげたこともあったが、あまりにも数が多いので診療代を取るようにしたときのことだ。
『え? お金を取るんですか?』
初めにこの言葉を投げかけられたときは、呆然としてしまった。言っておくけど、貧乏な方のお財布に優しい親切価格だったんだけど⁉ 無一文なんて論外です、タダより高いものはありません。
また、事故で両脚を失った患者が来たときに傷口を丁寧に治癒して閉じてあげたら、
『あの、脚が生えてませんよ?』
この言葉も驚愕だった。治癒魔法を何だと思ってるのか? そりゃ脚を切断したその現場に私がいたなら、『神恵』で再接合はできるかもですよ?
ちなみに切断から時間が経っていると、切断された脚は細胞が壊死して硬直する。さすがにそうなったら私でも死んだ細胞は復元できないし、接合したところで壊死しているのだから再切断しないと命にかかわる。
前にいたんだよね、腐臭ただよう脚だったモノを持ってきて『繋げてくれ』という痛い人間が。すんげー臭くて、最初は嫌がらせかなと思ったくらい。
もし仮に欠損部再生ができたとして、切断した脚も切断した場所に形はどうあれ同時に存在することになるよね? たとえば人間を縦半分にぶった斬って、心臓がまだ動いているうちにすばやく左右どちらも再生させたら、同じ人間が二人できてしまうではないか。トカゲか? お前らトカゲなのか?
「いや、むしろプラナリアかな」
前世の世界だった地球に、そんなのがいたと思う。十分割して切断すると、全部が再生して十匹になる感じの。
(あぁ、めんどくさいなぁもう)
それらは華麗にスルーして、レースアップサンダルをベッド下から取り出す。かかと部分がフラットで、足首のところで紐をキュッと絞めて固定するタイプの履物だ。基本、裸足で履く。
革製なのでその外観は前世世界であったおしゃれなやつじゃなくて、むしろ藁ぞうりに近いかもしれない。旅路で使うので、機能性重視なのだ。
どうでもいいのだけど、私の足のサイズは二五センチもある。パンプスとかあの手の靴だと、さながら軍艦になっちゃうのがコンプレックスだ。あ、でも大きい足は嫌いじゃないよ?
「やっぱターニー謹製のは履き心地がいいな」
ターニーにオーダーメイドで作ってもらった至高の逸品。これも頼んでもないのにアウトソール(本底)にはダマスカス鋼が仕込まれているので、私の蹴りでもターニーみたいに巨象は無理だが野狼くらいはノックアウトできるエグイ仕様になっているんだよね。
いそいそと履き終えてキャリーケースを片手に持つと、羽をパタパタとはばたかせて窓から出る。
パノラマで広がる大自然と、遠くにエータの街並み。塔の根っこでザワつく人間たちが、まるでゴミのようだ。
「間違えた、ゴマのようだ」
私は、昨日ターニーから聴かされた『魔石寝台特急』を経験するのが楽しみで楽しみで仕方がなかった。
この世界には、魔石という魔力を含有した天然の鉱石を燃やして走る魔石機関の鉄道がある。前回ティアだったときに長距離を走る夜行列車はあったが、基本椅子で寝るしかできなくて。
前回の旅は自分で飛んで移動していたのだが、魔力は無限でも体力は有限だ。翌日は羽の筋肉痛がひどくて、寝込むこともあったりして。
だから前世でニホン人やってた間にこの世界で寝台特急が走るようになったとターニーが教えてくれたときは、歓喜のあまり大気圏を突破して宇宙空間に飛び出ちゃうぐらい嬉しかったんだよね。
どんなんだろう、ニホンで走ってたブルートレインみたいなやつかな? 個室もいいけど、B寝台みたいなやつもいいよね。豪華じゃなくていいの。車窓から満天の星空が見れたらそれだけでいい。
深夜の電灯の消えた『寝ちゃった駅』を通過するときのさ、ここ何駅だろうって路線図と時刻表片手に確認する。窓に貼り付いて、駅名表示を目を凝らしてなんとか読み取ろうと頑張る。あの感覚にどんな名前があるのかを私は知らない。
できれば人間じゃなくて亜人であってほしいが、まぁ人間でもいいや。旅は道連れ世は情けというし、向かいの席の見知らぬ人と一緒にご当地の駅弁食べながら旅の話をしたいな。食堂車もあるかな?
エータの街のすぐそばまで来ると、地上に足をおろす。
キャリーを引いて、エータの街までのちょっとの距離は徒歩だ。飛んで入ってもいいが、この世界で飛べるのは私のような妖精を除けば鳥獣人くらいしかいない。
そういうわけだから、目立って目立ってしょうがない。まぁ妖精にも羽があるから、徒歩で入ったところで目立つのには変わりないけどもね。
街に入ると、エータ駅までの路線馬車乗り場を探す。
路線馬車とは、二頭から四頭の一台ないし二台の客車を引く馬車で、決められた時間に決められた目的地との間を往復する。路線バスの馬車版といったところだろうか。
あまり乗り心地はよくないが、駅まで飛んでいくのは避けたい。徒歩で街に入った意味がない。
馬車ターミナルステーションを見つけると、窓口で六百リーブラを払ってエータ駅までの乗車券を購入。ニホンの価値でだいたい五百円くらいだ。
窓口の上に貼ってある時刻表で次の便をチェック、まだ時間があるな。
「小腹がすいたな」
私は光属性の妖精なので、光さえあれば何も食べなくても生きられる。だけど数ある前世で何度か人間を経験したせいか、何か食べないとって錯覚してしまうんだよね。まぁ単純に、食べる楽しみってのもある。
いくつかあるティア以外の前世で、巨大な牙の生えた象みたいなのを追いかけて狩るという生活をしていた記憶があって。
そのときの生では、とにかく食べるために生きるために一日中走り回ってたな。前世のゆら知識でいう原始人みたいな? あ、じゃああの象ってひょっとしてマンモスだったのかな?
うん、何か思い出したぞ。確かマンモスに踏み潰されて、ぺったんこになって死んだんだったわ、ハハ……。
話は戻るけど、私の肉体というか霊体に排泄機関はない。何故か汗や涙は出るが、大小のアレは出ない。
なので、股間には何もなかったりする。経口摂取した食べ物がどこに消えているのかは最大の謎だ。
「謎といえば、出産もできないのにオッパイがあるのもおかしいよね……」
それ以前に、性別があるのもおかしいのだが。妖精としての私は女性の外観で、男性の容姿をしている妖精も存在する。でも性交によって子孫を繋ぐなんて概念はなくて。
うーん、造形美ってやつだろうか? 神様もなかなかマニアックだ。
時間をつぶすべく、ターミナル周辺をぶらつく。
ある食堂の近くまでくると、魚介出汁のそそられる香りが鼻腔をくすぐった。懐かしいな、これお蕎麦の出汁の香りだ。
『羽猫そば』の暖簾をくぐり、カウンターテーブルへ。ここは立ち食い形式のようだ。Uの字の形のカウンターで、私は右側の端っこの席。
おもむろに壁に貼ってあるお品書きをチェック。お蕎麦の品ぞろえが豊富で、麺の硬さも選べるのが嬉しい。
大盛りはもちろん、小盛りってのもあるんだな。ちょっとだけ食べたいってときに重宝するかも。
「いらっしゃいませニャ!」
猫獣人の若い女性店員さんが、注文を取りにきた。
「フォックス蕎麦の大盛りを麺固めで!」
「かしこまりましたニャ!」
お蕎麦を待っている間、ヒマなので店内を軽く見渡す。
身長はゆうに二メートルを超すマッチョな蜥蜴獣人の男性が、バケツに入った大量の蕎麦を食べている(メニューにあるの⁉)。牛獣人のふくよかな体型のおばさんが食べているのは牛肉蕎麦だ。うん、ツッコまない。
まぁそんな感じでヒューマンウォッチングをしながらお蕎麦を待っていたら、店員のスペースを挟んで反対側のカウンター。一人の女の子と目があった。
あちらは蕎麦をすすってて、こちらと目が合ってからも目をそらそうとしない。
(凄い格好だな……)
もうね、なんていうか水色。水色の女の子。っても髪と瞳と衣装がそうなのであって、見た目は普通の人間族の少女に見える。
容姿だけでいうなら、私よりちょっと年上っぽい、艶っぽいけど可愛さを残した感じの。それでいて勝ち気そうな表情が印象的だ。
(????)
ジッと見てるのはお互いさまなのだけど、何で目をそらさないんだろうって不思議で。
宝石のアクアオーラみたいに澄んだ水色の瞳は、何だか吸い込まれそうな凄い引力がある。髪も水色で私よりちょっと長いかな、肩に軽くかかる感じの。
身長は平均よりやや高めで、胸も平均よりちょっとあるかなってぐらい。ある意味モデルみたいな高身長や過度なボンキュッボンよりも、女の子の理想といっていいかもしれない。
でね、その子の格好が凄いんだ。水色基調の、そしてこの世界では絶対に見かけない衣装。
(魔法少女だぁ……)
よく見ると、立てかけてある魔法のステッキの先端らしきものが見える。まぁあちらからこちらを見ても私のキャリーに差し込んである魔杖の先端が見えてるだろうし、そこもお互い様なのだけどね。
で、想像してみてほしい。そんな魔法少女が丼片手に『それ、女の子が一口で食う量じゃない!』とツッコみたくなる量のお蕎麦を、ズゾゾッとすすりながらこちらを凝視しているのだ。
ふと思い出してしまった。私がティアとして転生する度に姿を見せる黒い魔法少女、リリィを。リリィディアだっけ? 顔も衣装のデザインも違うけど、あの子の水色バージョンみたいな感じ。
私は、あの子を知っている。何だか、そんな懐かしい感覚が心の底で渦巻いている。
でも逢ったことないよ? 魔法少女なんて前世のテレビや漫画、コスプレでしか見たことないもの。
「あれ……?」
頬を一筋、涙がつたう。何で私、泣いているんだろう。もうほんと、わけわかんない。
水色ちゃんが丼を置いてお水を飲むタイミングを機に、私も視線を外す。そして、何気に人間族らしき男性客に視線が移ったんだけど。
「あれ?」
ガラが悪そうな人間族の男性が目の前の丼に何やら黒い虫のようなものを入れるのが目に入った。そして――。
「おいおいおいおい! 何じゃコリャーッ⁉」
その男は、丼を指さしながら怒声をあげてガタッと立ち上がる。それを受けて、にわかにざわつく店内。
「おい、店員! この店はゴッキーを客に喰わすのか?」
この世界のゴッキーとは、前世でいうゴキなんとか(名前言いたくない)に似た虫だ。ゴキなんとかと違うのは、足が二十本ぐらいあって目の数が――いやいや、よそう。ゴッキーを説明しようとするとメンタルが無駄に削ぎ落とされる。
むしろゴキなんとかよりこっちのほうがよほど醜悪だ。
「ほとんど蕎麦喰っちまったじゃねーか! どうしてくれるんだよ、コラ!」
ふむ、確かにもうスープしか残ってない。薬味のかけらがちょっと浮いてるぐらいで。その中で黒くて一番でっかいのからは、目をそらすのを忘れない。
「ごっ、ごめんなさいニャ! お代は結構ですニャ……」
可哀想に、店員さんは涙目になっている。だが、お代がタダになるぐらいでは男は引かないだろう。そして案の定――。
「誠意を見せろ、慰謝料よこせ! 百万リーブラだ!」
うん、知ってた。
「そ、そんニャ……そんニャ大金払えないですぅ」
なるほどね、そういうことか。
ちなみに百万リーブラは、ニホンでいう八十万円くらい。慰謝料にしてはちょっと高額だ……とは思うんだけど、もし本当にG入りの蕎麦だと知らずに喰っちゃった場合、私ならどうしただろうか。この蕎麦屋、破壊したかもしれない。
(っていうかそもそも、自分でゴッキー入れたんじゃん……)
呆れ果てて何も言えないというか。これだから人間は人間なのだ。正直関わり合いになりたくなかったが、絡まれてるのが人間じゃなくて亜人であること、私のお蕎麦がくるのが遅くなっちゃうのがイヤなのもあって。
「ねぇ、おじさん?」
「なんでい! 邪魔をするなクソガキが!」
は? ガキ? 前世で三十歳、覚えてる最初の生から全部合計したら一万歳いくんですけど⁉ いやいやそれよりも『クソ』付けたね?
「私、おじさんが自分でゴッキー入れるの見たよ?」
そいつは一瞬だけキョドったが、当然認めるわけもなく。
「言いがかりつけてんじゃねーぞ、蝶々もどきが! あー傷ついた傷ついた、俺の心が傷ついちゃったよ? どうしてくれるんだコラ!」
何よ、蝶々もどきって。さすがにこの世界でも獣人はいても虫人はおらんわ! むしろ討伐対象のモンスターだっつの。
つーか、この流れは……。
「おい、慰謝料を請求するぞ! そうだな、五万リーブラ(約四万円)で許してやろう!」
うーん、テンプレ。見た目が小っさい女の子に何ぬかしてやがんだ、こいつは。仕方ない、アレは使いたくなかったけども。
「嘘をついていないって、私の目を見て言えますか?」
いきり立ったそいつは、ギョロリと精一杯の怖い表情を作って私の緋色の瞳に焦点を合わせる。
(あーあ、目が合っちゃったね?)
「くどいぞ! 俺は確かに自分でゴッキーを入れた! そして店員を恫喝して慰謝料をせびり取る詐欺を働こうとしたんだ! ……あれ?」
「ぷっ!」
人間亜人問わず利用されたらたまらないので、内緒にしている私のもう一つの能力がある。
「いや、今のは本当だ! いや違う違う、今のは本当のことなんだ! ウガーッ、何じゃこりゃ⁉ 口が勝手に……?」
『真実の瞳』、特に魔力を必要としない自動発動型の私のユニークスキル。私と目が合ったら、『嘘がつけなくなる』のだ。
ただ、できれば使いたくなかった。このスキルには私にとって、かなりウザい副作用がある。
「聞いてくれよ、俺がここまで落ちぶれたのはさ? あれは五歳のときだった……」
やっぱりかー、また始まっちゃったよ!
実はこのスキルを被験しちゃうと、こちらが訊いてもないことを話したくなってしまう(らしい)のだ。これまで何人もの興味ない生い立ちを聴かされたことか。もうほんと、かなりどうでもいいのに。
「店員さん、治安局の兵隊さんを呼んでください。威力業務妨害で逮捕してもらいましょう」
「はっ、はいですニャ!」
無頼漢の生い立ちなんて知りたくもないので、スルーして店員さんに通報を促す。そこでそいつも自分が逮捕されるという危機に気づいたのだろう。ハッと我に帰り、
「どけっ!」
「痛い!」
情けないことに、突き飛ばされてしまった。
そのまま後ろのカウンターに後頭部をぶつけ……その衝撃で丼が倒れて、私の頭の上から熱い蕎麦出汁が降り注ぐ。そしてとどめとばかりに、そいつが丼に入れてたゴッキーが私の顔に貼り付いた。しかも、なんかちょっとだけ生きてた(えぇ……)。
「うぎゃああああああああああっ!」
「うぎゃああああああああああっ!」
もう断末魔の悲鳴である。死にたい死にたい死にたい、いやぶっ殺す必ず殺す死ぬまで殺す死んでも殺す! ってあれ? 私以外の悲鳴も聴こえたんだけど?
「いでででっ、はっ、離してくれ!」
「そうはいかないでしょう。もう観念なさい」
見ると、出入り口付近できちんとした身なりのナイスミドルな片眼鏡をかけた老紳士がそいつの腕をひねり上げていた。そして私はゴッキーショックで無事死亡、じゃなくて気を失ったのでした……。
そしてここからは、私が失神しちゃったから知らない話。失神した私を物憂げに、そして困ったように笑いながら水色ちゃんが見下ろしてる。
「まったくもう、何やってんだか」
そして、失神してる私の頭に優しく手を置く。
「『時』が来たら……絶対に助けてあげるね? 哀しみから、あなたを解放してあげる」
スクっと立ち上がり、今度は一転して険しい表情で。
「必ずあなたを『殺してあげる』から、待っててね?」
そしてきびすを返して背を向けたまま、もらした一言は。
「またね、リリィ……」
「本当に申し訳ないですニャ……」
平身低頭で謝る店員さん。私は食堂のバックヤードにある店員さんたち用のお風呂をお借りしていた。ついでに服も洗濯してもらってて、今はバスタオルを巻いただけの姿。
店員さんは自分の私服を貸そうとしてくれたのだが、猫獣人だから尻尾を通すための穴が空いている。
私の妖精の羽は霊体みたいなもんだから、上は羽を通す穴を用意することなく着ることができる。だが下は……その尻尾用の穴から、お尻の割れ目が『こんにちは』しちゃうのだ。洗濯中の服が乾くまで誰に見られるわけでもないが、そんな破廉恥な状況は避けたい。
まぁ他人の服を下着無しで着るのは申し訳ないってのもあるんだけどね。って私は下半身に穴がないから大丈夫なんだけど(何が)。
「気にしないでくださいな。それより私は大丈夫ですから、お店に戻ってください」
「そ、そういうわけにはいかないですニャ!」
律儀な人だな。でもこうしている間にも、オーダーを取りにくるのを待ってるお客さんがたまってるに違いない。
「ゴッキーのショックがまだ引いてないので、ちょっと一人にしてほしいなってのもあるんです」
これは本当だ。
「……そうですか、わかりましたニャ」
すまなさそうにペコリと頭を下げて、店員さんは食堂に戻っていった。
「そういやあの老紳士さんに、お礼言いそこねたな」
よくよく考えると老紳士にお礼を言わなきゃいけないのは店員さんのほうだ。そして言ってるだろうけど、ゴッキーショックのおかげで頭が回らない。
(バス……じゃなかった、馬車の発車時刻は大丈夫かな?)
乗車券の発車時刻を確認しようとして、自分がバスタオル一枚だったことに気づく。
「乗車券、どこだっけ」
私のキャリーが部屋のすみに置いてあったので、確認しようと立ち上が……ろうとして、とっても嫌な現実を思い出した。ゴッキーのことではない。乗車券は、ポケットに入れておいたのだ。
「ヤバい!」
ゴウンゴウンと轟音を立てて回っている洗濯用の魔道具……もうめんどくさいから洗濯機と呼ぶが、慌てて洗濯機に駆け寄り蓋を開ける。
「あぅぅ……やっぱり」
嫌なことに嫌なことは重なるもんだ。水流で回転する私の衣服と一緒に、乗車券だったモノが粉々になって回っている。
あれだ、前世のニホンでよくやらかしたけど、ポケットティッシュをポケットに入れてたのを忘れて洗濯してしまったみたいな。
(……)
よし、殺そう。あの人間族の男を。まぁ実際にはしないけどさ。
「はぁ、最悪だ……」
服は、粉々になった乗車券の紙片まみれだ。もう一回洗濯の必要があるかもしれない。もうヤケクソだ!
「『神恵』!」
すると、指先から無数の光の粒が顕現する。それが濡れた粉々の紙片まみれの私の服を包み込むと、ひときわ明るい光を放出して。
「おぉっ!」
なんと、乗車券が復活してしまった! 無機物に対して『神恵』を使ったことはなかったが、まさかの! なお、ありがとうビームは返ってこない模様。
濡れた服は、一部だけが乾いている。ではなく、そのほかが蕎麦出汁で濡れた状態だ。洗濯前に再現してどうするよ私? バカかな? バカなんだろうな。
それはそれとして慌てて壁の時計を見る、午前十一時五分。乗車券を確認する、午前十時五十分発車。
「意味ない……」
もうこのろくでもない素晴らしくない世界、滅ぼしちゃおうかなぁ? いや、わりとマジでね?
結局、服が乾いたのは夕刻。食堂も忙しさのピークに差しかかってて、店員さんには簡単に挨拶だけ済ませてお別れを済ませる。泊まっていけばいいという親切は、申し訳ないが断った。
もうめんどくさいので、羽を音速で震わせて一目散にエータ駅へ。私が本気を出せば、ほぼ音速に近い速度で飛べる。
ただそれをやると、その飛び方は妖精というよりはむしろ蜂に近い。美しくないのだけど、見た目どうこうはいってられない。
というか翌日の筋肉痛がひどくなるのは自明の理だが、寝台特急は夕刻発車なので今日を逃すと明日の夕刻まで待たなければいけないのだ。
「空を見ろ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ‼」
いや、スー……飛んでいる私に気づいた人らが、驚いたように声をあげる。いいけど、指さすのはやめて?
駅の近くまで来たので、羽を緩めて静かに下降していく。
ベネトナシュ王国の首都エータの街は、人間のほかさまざまな亜人がいるグローバルな都市だがそれでも妖精族は珍しい。ましてや人間サイズで普通に街で暮らしているのなんて私含めて両手の指でお釣りがくる。
(見られてるなぁ……)
物珍し気に降り注ぐ好奇の視線が痛い。まぁそれでも獣人とかエルフやドワーフなどの亜人は同じ『人間族じゃない仲間』というのもあってか、見て見ぬふりをしてくれる亜人さんも多い。
地域によっては亜人そのものが珍しいところもあるから、珍獣扱いされるつらさを共有している。まぁ私に言わせれば、妖精族は亜人ではないのだが。
この大陸にはびこる人間という名のゴミからしたら、全部まとめて『人間以外』ということになるんだろう。遠慮なく指さしてヒソヒソするのは、ほとんどが人間だ。
「羽を隠す魔法とかないかなー」
私たちの仲間の一人、天璣の塔の魔女・ソラなら力になってくれるかもしれない。
前世ニホンでいう二十歳ぐらいの麗しい見目で、アルテとは違う意味の美人さん。強めのウェーブがかかった漆黒の長い髪が、膝裏近くまで伸びている。艶のあるオニキスを思わせる瞳は、陽光や灯りを反射して瞳孔に天使の輪が映って見えるのがミステリアスだ。
冬はともかく夏はどうなんだろう暑くないのかなっていう厚手のフードが付いた紺色でシックなデザインのローブを愛用してて、私と並ぶとお姉さんどころか若いお母さんに見えてしまうぐらい大人っぽい。
序列的には私のほうがお姉さんなので、『ティア姉』と呼んでくれるのがなんともくすぐったいんだよね。あの子は呪術が得意だから、羽が見えなくなる錯覚を周囲に起こさせる魔導具が作れるかも?
まぁ何もね、私だってわかってるんだよ。すべての人間が悪じゃないってこと。
ちなみにソラは自分のことを人間だって自称してるけど、彼女と初めて会ったのは五千年くらい前。当時からその見目麗しい美人さんなのはずっと変わらないのだけど、お前みたいな人間がいるか!
まぁでも本当に人間だとしたらば、人間の中で一番大好きな人間だよあなたは。
てくてくと歩いてたら、駅前にたどり着く。うーん、最後に見たのは四十年前くらいだけど改装?改築したのかとにかく大きい。
何より、駅としての機能しかなかった駅ビルの二階から上に百貨店があるのが前世のニホンと似ている。駅前のロータリーに数台停まっている路線馬車がバスだったならば、ニホンに帰ってきたのかと勘違いしちゃうかもしれない。
駅構内に入り、目指すはグリーンカウンター。長距離鉄道の切符は対面販売だ。自分と同じようなキャリーやらスーツケースやらを抱えて並んでる人の最後尾に付き、ふと気づく。
「どこに行くか決めてなかったな……」
まぁベネトナシュは大陸最東端の国だから、目指すは西方向なのは確定なのだが。この際だから、賢者六人衆の全員に会いに行くのもいいかも。
そんなことをボーッと考えていたら、次が私の番になった。やばい、まだ行き先を決めてない!
「いらっしゃいませー! どちらへの切符をお求めですか?」
カウンターは、人間族のお姉さんだ。
「えっと、寝台特急ってのに乗ってみたいなと思いまして……」
なんだこの返答は。我ながらバカすぎる気がする。
「えっと、あのどちらまで御用でしょうか」
「いや、どこでもいい……んですけどね?」
完全に迷惑客です、本当にごめんなさい! あぁ、もうなんか後ろからのプレッシャー(気のせい)が私のメンタルを削る。舌打ちされてるかもしれない……前世ニホンで、牛丼屋の券売機の前でメニューに延々と悩んでいるバカップルを、ギロリと視線で威嚇してどかしたことがあるのを思い出した。
今、そのバカップルの立場に私がいる。冷や汗がとまりません、助けてください!
「えっと、寝台特急に乗りたくてですね。その、オススメは……」
もう自分でも何言ってるのかわからない、初めて回らない寿司屋に来た貧乏人のようだ。お姉さんも、ジト目になってる。
くっ、かくなる上は!
「な、並び直します……」
人間相手になんたる屈辱! あちこちから失笑が聴こえるぅぅぅ(注・空耳である)。
んでもって仕方なく最後列に並び直すと、目の前に並んでいるのは黒革のアタッシェケースを片手に持ったモノクルをかけた老紳士。あれ、この人どこかで……。
「あ!」
「はい?」
あの人だ! お蕎麦屋さんで逃げ出した無頼漢を捕まえてくれたナイスミドル。
「あっ、あのっ!」
「何でしょう?」
挙動不審な私を訝しむこともなく、ニッコリと微笑みを返してくれる。
「羽猫そばで……」
「あぁ、見ていたんですか。お恥ずかしい」
赤面して恥ずかしそうに頭に手をやるその仕草が、胸にドキューンと突き刺さる。私、枯れ専じゃないのに……。
「ってお嬢さん、あのチンピラに勇敢にも注意をされたフェアリー族の方では?」
あぁ、見ていたんですか。お恥ずかしい……。突き飛ばされてカウンターの壁で頭打って蕎麦出汁かぶって、顔に貼り付いたゴッキーで失神した情けない姿を。
「申し遅れました、私はオーティム。人間族のオーティム・ポコと申します」
「あ、ご丁寧に! 私はティア、妖精族です」
ん? おティムポ……この世界では普通の名前なんだろうけど前世ニホンの知識が、ギンッとそそり立つあの欲望の黄金柱のイメージが私を笑いの泉へ誘う。
とりあえず、必死に笑いをこらえて。
「お恥ずかしいところを見られたようです……情けないですね?」
テンションはだだ下がりだ。だけどその老紳士、オーティムさんは優しく笑うと、
「何をおっしゃいますやら。あなたがかのチンピラに注意していなかったら、私がお店に入るタイミングもずれたでしょうね。そうすると捕縛は叶いませんでした。とても勇敢なお嬢さんだと感服した次第ですよ?」
「ほ、褒めすぎですよぅ!」
ダメだ、顔が真っ赤になる。
「それにしても、あの暴漢は自ら罪を白状していましたね」
ギ、ギクッ!
「何故でしょうか」
滝のような冷や汗が止まらない、声も出ない。だがオーティムさんは再び優しい笑みを浮かべると、
「おそらく、お嬢さんに嘘がつけなかったんでしょうね」
ギクギクッ!
「心が白く澄み渡った純真なお嬢さん相手だから、思わず本当のことを言ってしまったんでしょう」
私は渡りに船とばかりに、
「そっ、そそ、そうなんです! いや、そうなのかな? そうかも!」
んなわけない。あれは私のユニークスキルだ。
「始まりの妖精・ティア師……まさか生きてるうちにお目にかかれるとは……」
「え? すいません、今何て」
「あぁ、いえ独り言です。お気になさらず」
「は、はぁ」
何か重要なことを指摘された気がしたが、狼狽えまくっていたのでよく聴き取れなかった。
「先ほどから見てましたが、カウンターで何か揉めごとでも? それで並び直したのでしょうか」
うーん、目ざとい。もう、もうね。詰んだ、詰みました。
「あ、はい。実はですね……」
仕方ないので、寝台特急に乗りたかったこと、一人旅をしたいこと、行き先は決めてないこと、なのに切符売場に並んでしまったこと、受付のお姉さんを困らせたことを洗いざらいしゃべってしまう。
私のユニークスキルである『真実の瞳』は、私に対して『嘘がつけなくなる』という自動展開型のスキルだ。
だが同時に、妖精である私もとっさの嘘がつけないというやっかいな性質を持っている。まぁぶっちゃけ前者と後者に何の因果関係もない、妖精としての業だ。
「なるほど。でしたら、ブルースプリング切符を購入しては?」
「ブルースプリング切符、ですか?」
「はい」
その老紳士が教えてくれたブルースプリング切符とは、ここベネトナシュ王国とは真反対の大陸最西端にあるドゥーベ市国への乗車券・寝台利用券がセットになった切符のことらしい。二週間の利用期間中はどこで乗ってもどこで降りてもよくて、乗る際に指定席券のみを買うだけで済むのだとか。
もちろん、空席があることが前提だが指定席券は親切価格だ。ちなみに、ベネトナシュから終着ドゥーベまで途中下車せずにまっすぐ行った場合は六泊七日の旅程になる。
「それは便利ですね! 教えていただきありがとうございます!」
うーん人間族、見直しちゃう。
「お役に立てて何よりです」
そうと決まれば、最初の目的地はミザール王国の首都・ゼータの街だ。開陽の塔の番人、ターニーに逢いに行こう。
「ゼータ駅ならば、翌朝六時半着ですね。寝坊されないようにご注意を」
「ありがとうございます、オーティムさん!」
いざゆかん、この世界初の寝台特急の旅はゼータの街へ!
改札口には、ダークエルフの若い女性駅員さん。ふむふむ、女性の社会進出は以前のティアのときより進んでいるようだ。
切符にパチンと鋏を入れてもらう。懐かしいな、『あっち』じゃ今ではもう自動改札が当たり前だったから。ちょっと田舎とかだと、スタンプだった。
さすがに首都最大の駅だけあって、改札内も広い。多数の路線が発着しているのもあって、道に迷ってしまいそうだ。
「あ、羽猫そばだ」
どっかで見た暖簾と思ったら、お昼にお蕎麦を食べたのと似た外観に店名は同じ。
(チェーン店なのかぁ)
そしていきなりフラッシュバックするのは、顔面に貼りついたひん死のゴッキー。
「見ないようにしないと……」
片手で顔の横に壁を作って視界を遮断し、できるだけお店を見ないようにして通りすぎる。
少し開けた場所に出ると、中央に人工の泉。その周囲にベンチがセッティングされていて、さながら公園のようだ。
そこから周囲にクモの足のように数方向へ向かって地階への階段がある。うん、前世でもよく見かけた大型駅を彷彿とさせる。
ベンチ利用のお客さんはまばらだ。その周囲を、乗降客たちが足早に行き交う。
どこかへ行く人、帰ってきた人。未だ旅路にある人とその雰囲気もさまざまで、見てて飽きない。
「で」
で。アレは何だ⁉ 泉の上の銅像だか彫像だか、羽を広げた妖精の少女。
てくてくと泉に歩みより、見上げてみる。妙齢の少し大人びた顔立ちながら、どっかで見たというか見飽きたヤツのような気がしてならない。
台座部分に『揺光の塔の妖精・ティア師』とか大きく彫られていて、その下に『我がベネトナシュ王国が大陸全土に誇る聖なる妖精であり……』とかなんとか。何で私、像になってんの?
最後らへんに、『後ろ向きでコインを投げ入れ、お願いごとをするとティア師が叶えてくれるかもしれません』とかあって。
ロマンチックだねぇ~、って待て待て。勝手に仕事と責任を増やさないで⁉
で、一番下にはとっても小さい文字で、『※投入されたコインは定期的に回収し、駅の維持管理費として大切に使わせていただきます』って何です? これ、真面目に抗議していい案件だよね⁉ つーか紛うことなき詐欺! おまわりさん、こっちです‼
ただ、像と実物では天地ほどの哀しい差があるので(特にお胸のあたり)、誰もこの大人っぽい妖精さんの像が私だと気づいていない模様。とはいえ頭にきたので、羽の髪飾りを外して……実はコレ、羽ペンだったり。余白部分に『定礎』と書いて四角で囲んでやった。
妖精って、イタズラ好きなんです(小声)。
イタズラ書きを怒られたらたまらないので、キャリーをコロコロ引きながらタタタッと足早にその場をあとにする。産まれたばかりだからね、精神年齢ゼロ歳だからしょうがないね?
怒られたらたまらないというか、こっちが怒っていい立場だったと思い出すのは、かなり後になってからだ。なんか悔しいなぁ。
キャリーの取っ手を持ってホームへの階段を下りる。
「うっ、ひざにくるなぁ……」
仕方ない、今代のティアは産まれたばかりなんだもの。
階段途中の踊り場からは、軽くパタパタと飛んで妖精の羽を使って楽をしてみる。着地してホームを見渡すと、空きベンチ発見。とりあえず腰をおろして一息。
「トレヴィの泉、だよねぇ」
前世世界で、イタリアという国の首都ローマに実在する泉。後ろ向きにコインを投げ入れると願いが叶うって言い伝えがあって、一枚ならローマに戻ってくることができる。二枚なら愛する人と生涯一緒になることができるのだけど、三枚だと逆に別れることができるのだとか。
くっそう、三枚入れてくるんだった。あの泉と永遠におさらばしたい……余談だけど、三枚目の効果が真逆になってるのは某宗教の教義で離婚が禁じられていたからなんだって。世知辛いね。
前後のホームではひっきりなしに魔石列車が発着するのとは対照的に、長距離列車専用のホームだからなのか、こちらでは魔石列車の入線はまだない。
終点のドゥーベ駅へはいわゆる『のぼり』になるのだけど、ほかのホームと違って長距離路線はベネトナシュはエータが発着駅だ。なのでここのホームだけ、線路の端っこが車止めになっている。線路をぐにゃりと『Ω』の字のように曲げていて、そこから先に線路はない。
「ロマンだよねぇ」
なんかね、旅の始まりと終わりを象徴しているというかさ。別に鉄道オタクってわけじゃないんだけど、旅情つーのかな。そういうの。
何気に、太い柱にかけてある鏡に映った自分と目が合う。ゆるくウェーブのかかったプラチナブロンドが、微風で揺れている。完全な白金ではなくて、私の場合は角度によってはちょっと赤みがさして見えるのだ。
そしてこの赤みは魔力が上手く放出できずに蓄積していくに従い、どんどん濃くなっていく。この身体が魔核分裂で破裂する直前あたりでは、ほぼマゼンタに近い赤毛になる。
前世での尾先ゆらは、古典文学が大好きな多感な少女時代を過ごした。大人になって文学とは違う畑の職業に飛び込んだが、そこは昔取った杵柄。松尾芭蕉の『おくのほそ道』の序文を、ふとそらんじてみる。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老いを迎ふるものは、日々旅にして旅を栖とす。古人も――」
ちょっとだけ、言い淀んでしまう。だって。
「……古人も多く旅に死せるあり」
今度のティアは、何年生きることができるだろう。このエータの駅へ街へ、そして揺光の塔に生きて帰ってくることができるだろうか。
『(プロロロロロ……!)まもなく、十八時二十分発・ドゥーベ行き魔石寝台特急「ダエグ」が到着いたします。黄色い線の内側までお下がりください』
「ひゃっ⁉」
鏡を見ながら自分の死期を想いアンニュイになってたせいで、不意のアナウンスでびっくりして飛び上がってしまった(サーセン!)。魔石機関車独特の、電車とは違って甲高い何かの音を響かせながら、列車がゆっくりと入線してくる。
先頭車両は前世でよく見たアレ、貨物列車を引っ張ってる赤いやつによく似ている。運転席だけがピョコッと飛び出てて、小さな煙突がフロントに付いてるやつ。うーん、詳しくないから上手く説明できない。
その車体のフロント、円形のヘッドマークに『ダエグ』の文字。背景は遠くに日の出を予感させる星空を模したデザインだ。
ダエグ。この国の古い言葉で意味は多岐にわたるのだけど、一般的に認識されているのは『終わりと始まり』て意味。ほかに『夜明け』の解釈もあるな。
「うーん、『始まりと終わり』じゃなくて『終わりと始まり』なの、なんかいいよね」
たとえば『旅の始まりと終わり』となると、なんとなく寂しくなっちゃう。でも『旅の終わりと始まり』だと、次いこう次!みたいな。テンションアゲアゲになっちゃう気がする。
前世の世界に存在した中国という国の古い故事から生まれた言葉で、『朝三暮四』てのがあって。うろ覚えだけど、『朝に果実の実を三つ、夕に四つやろう』と猿たちに打診したら『少ない!』と抗議されちゃう話。
そこで、『朝に四つ、夕に三つ』と言い直したところ、納得していただけたのだとか。どちらも一日に七つであるにも関わらず。
その逸話と似てるとちょっとだけ思ったけど、やっぱ違うかな。同じく中国では別れの言葉が『再見』だ、また会おうって意味。サヨナラは別れの言葉じゃない、再び逢うための約束だって歌を唄ってたアイドルもいたな。
とっても素敵な考え方だと思う。最後はポジティブにいくべし、うん。
でもヘッドマークを見る限り、『夜明け』のほうの解釈なんだろうな。寝台特急だしね。
列車は到着したものの、なかなか扉が開かない。つか、旗を持った駅員さんに誘導されながら先頭の機関車を切り離してる?
「それもそっか、発車時は最後尾になるもんねこっち」
しばらくして列車の反対側のはしっこ、最後尾車両だった客車に機関車が接続されたのか、ちょっと遠くでガシャンという音とともに客車が揺れる。
『魔石寝台特急ダエグにご乗車の皆さま、お待たせいたしました』
とのアナウンスが流れたので、キャリーを引きながら扉の前へ立ち開くのを待つ。ん? なかなか開かないぞ?
「あの、ティア嬢……」
後ろから呼ばれたので振り向いたら、かの老紳士・オーティムさん。奇遇ですね、同じ列車ですか?
「扉は手で開けるんですよ」
私は列の先頭に立っていたのだが、真後ろがオーティムさん。その後ろに亜人さん含む何人かの人間族が並んでて、私のせいで渋滞状態。やっちゃった!
恥ずかしくて赤面した顔を上げられない。穴を掘って入りたい……。
「すすすす、すいません!」
そうだそうだそうだった、この世界では自動扉は当たり前じゃないんだ(あるにはあるんだけどね)。
扉を開けキャリーを両手で抱え、ピューッと通路を一目散に古典的な漫画走りでその場をあとにする私、列車内で走っちゃいけません。
「あー恥ずかしかった……」
隣の車両まで来て、車両の連結部の扉を後ろ手でピシャンと閉める。
私が買っている指定券は……かなり前のほうの客車だな。前世ニホンみたいに◯号車はここに止まりますよ的なやつがどれだけありがたいか、今さらのように身に染みたよ。
テクテクと、三等客車が連なる流れを前へ前へと進む。
三等客車とは、二段寝台が左右向かい合う構成になっていて、それぞれの寝台がカーテン一枚でプライベートスペースを区切るようになっている。前世で乗ったブルートレインでいうB寝台みたいな感じの。
「そういやブルトレ、もう廃止になってるんだっけ? 狭いニホン、そんなに急いでどこへ行くのかってね」
もうニホン人じゃないけどね。
途中で食堂車(やったね!)を挟み、二等客車のゾーンへ。心なしか、三等客車よりキラキラしている。
三等客車との違いは、こちらは二段になってないので一階席だけだ。そのほかは同じだから、座席に腰かけてるときは向かい側のお客さんと若干のスペースを共有することになる。
チケットの席番号を確認しながら歩くことしばし。
「えーと、五号車の6L……あ、ここだ」
キャリーを立てかけて、あらかじめお布団が敷かれてある座席にドカッと着席。向かい席の人はまだ来てないようだ。途中駅で乗車してくるのかな?
「えへへ、来ちゃった」
彼氏のアパートにアポなしで押しかけた女の子みたいなセリフを漏らし、ウットリと窓外を見つめる。遠くのホームに、ニホンで走っていた新幹線を思わせるカッチョイイ列車が停車しているのが見えた。その手前は、逆に侘び寂びの効いた地方のローカル線のような古びた車両。
これこれ、こういうの。大きな駅に並んだホームの、こういう雰囲気大好き。
お仕事の行き帰りの大人たちでごった返すホームもあれば、色とりどりの制服姿の子どもたちで溢れるホームもあって。路線によって雰囲気が違うのは当たり前?だけど、その発着駅はそれらが一同に介して並んでいる。
そして、長距離列車を待つ人がまばらにいるこのホーム。一人旅のエルフさん、お子さんを三人連れた兎獣人の一家、まだ若い人間族同士のカップル。
ほかのホームとは違い、荷物も多くてカバンも大きい人たちで独特の雰囲気を醸し出している。さっきまでホームにいた私も、その一員だ。
なんとなく、なんとなーくだけどね? その姿を毎日駅を利用している方に見られるのは、なんだかちょっとこっ恥ずかしい。
それぞれがそれぞれの思いを胸に抱いて、みんなどこかへ行く途中。旅は道連れ世は情け、皆さんお互いにいい旅になるといいね!
そうだ、ここで最初の一句をば。
『夏空を ふりさけ見れば 向かい風』
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