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第三話・初めましての聖女様
しおりを挟む列車が減速し始め、ゼータ駅で降りる客がチラホラと扉へ向かう。
私は、手元にある切符を見つめながら一人、もう逢うことも叶わぬフリージアさんを思う。
「月下美人、だね」
『月下美人』という植物がある。晩夏に開花を迎えるサボテン科の植物で、夜になると白くて美しい花が咲く。しかし夜明け前にはしぼんでしまい、もう二度とその花を咲かせることはない。
私はおもむろに普段は髪飾りにしている羽ペンを取り外すと、切符の裏に前世での趣味だった句をしたためてみる。
『払暁の 夢を見ていた 月下美人』
払暁とは、ちょうどこの時間だ。夜明けを迎える前の、ほんのちょっとの時間。別に鎮魂歌を気取るつもりはないけどね。
午前六時半。列車はゼータ駅で止まり、私はホームに降り立った。改札は私と同じ妖精族、年配の男性駅員さん。
切符裏に歌を書いてるから落書きと思われて怒られないかと心配したが、杞憂だったようだ。それより同じ妖精族というのもあって、ほかの乗降客には不愛想に黙々と業務をこなしていたのが私には、
「おはようございます」
と声をかけてくれた。ありがたいけど、お客さんをえり好みしちゃダメです。
ベネトナシュに負けず劣らず大きなゼータ駅の出口を出ると、朝もやの中でもう多くの人たちが路線馬車ターミナルを行き交っていた。これからお仕事なんだろう、無職の自分としてはちょっと居心地が悪い。
(まぁ賢者だから無職じゃないというか、賢者じゃないというか)
六賢者とは周囲が私たち六人をまとめて呼ぶときの呼称なので、実際に専業賢者は一人もいない。まぁそもそも賢者とは何ぞやというところに帰結すると、私たちを賢者とする道理もあるのだろう。
(開陽の塔って……どこにあるんだろ?)
ターニーが住む開陽の塔へは、これまではるか上空を妖精の羽で飛んできてた。星の位置とか太陽の位置など平行または上方向に目印をおいていたので、地上側から訪ねるのは初めてのことなのだ。
「あ、あそこで訊いてみようかな?」
観光客向けのインフォメーションセンターだ。一部屋しかない小さな案内所で、路線馬車乗り場などの案内などを生業としている。
「すいませーん!」
「おはようございます、いかがなされましたか?」
「あ、おはようございます」
カウンターの業務にあたっていたのは、なんと海霊族の大人っぽいお姉さんだった。
基本女性だけしか存在せず、上半身は人間なのは共通だが下半身が魚か鳥、そして鳥の羽があったりなかったりとさまざまな形態を持つ。真祖の吸血鬼であるデュラと同じく魔人に近い亜人で、下半身が魚かつ羽がないタイプが一般的に『人魚』と呼称されている。
このお姉さんは半魚で羽があるタイプだ、ついでに言うと胸がでかい――つーかセイレーン族ってその蠱惑的な美声で船乗りの精神を惑わせ遭難に導くなんて云われてるんだけど、それが駅の案内所勤務ってどうなの⁉
「ちゃんとお仕事は真面目にやりますから、安心してくださいね?」
顔に出ちゃってたらしい。ニッコリと笑って、こちらを安心させるように諭すお姉さん。
「ごっ、ごめんなさい誤解しちゃって!」
うぅっ、最低だ私。職業差別というか種族に対する偏見というか? 私も結構な愚物だったらしい。
お姉さんは『いえいえ!』と笑って謝罪する私を手で制し、そして改めて問う。
「どちらにご案内いたしましょうか?」
「えっと……開陽の塔の位置はご存じですか? 六賢者のターニー師が住んでらっしゃいます」
下手にターニーなんて呼び捨てしたら、こちらの正体がバレてしまうかもしれない。なのでへりくだってみたんだけども。
「もちろん存じてますが、ターニー師とはアポイントのご約束は取られてますか?」
あ、してないや。そういや衝動的にベネトナシュを飛び出したからなぁ。
「いえ、それは……」
「でしたらお客様、もし塔に行かれても門前払いにされる可能性が高うございます。いったんゼータの街で宿を取り、予約が取れましたら訪問するというのはどうでしょうか? 宿泊先の案内もいたしますよ」
どうしようかな。門前払いにされるわけがないのだけど、それをどう説明していいのかわからないよ。
「えーっと、実はターニー……師とは旧知の間柄でして」
「でしたら魔電で確認を取ってみますが、お客さまのお名前のほうよろしいでしょうか?」
魔電とは、要は魔導具を使った電話である。うーん、ターニー魔電持ってたのか。私、彼女の番号知らないんだけど⁉
「あ、はい。ティアと申します」
「かしこまりました。少々お待ち……えぇっ⁉」
私たち賢者六人衆、それにあやかって同じ名前をつけるというのがブームになったことがあって。っても、もう数十年以上前というか下手すりゃ百年以上前になっちゃうのかな?
その名前を冠された子たちが名前の重さのプレッシャーに潰されたり、私たちに間違えられちゃたりなどが社会問題化したんだよね。ちょっと違うけど、ニホンでいうキラキラネームみたいな扱いになっちゃって。
ちょっとくすぐったいような照れくさい感覚はあったんだけど、別に私たちは抵抗ないんだ。ほかの五人の中では、嬉しいと思ってるのもいたしね。
だけど自殺者まで出たとあってはそうも言ってられない。だから特に私たちから何か言ったわけじゃないけど、同じ名前を我が子に命名するのは禁忌になってる。あ、精神的なものなので、そうしたところで罰せられるとかはないよ?
なので、『ティア』と名乗られてはかなり高い確率で私なんだ。そういう背景があるの。
話がそれたね。驚きのあまり叫びながら飛び上がりそうになるお姉さん(羽があるので、物理でそうなりかけた)に、必死に『シーッ! シーッ!』と唇に人差し指を当てて制する。
お姉さん、ほかの人に聴こえないようにヒソヒソモードになり、
「ティア師でいらっしゃいますか?」
と小声で訊いてきた。うーん、この心遣いありがたいな。私も同じく、
「そうです。できればあまり騒がないでいただければ」
とヒソヒソ。
「かしこまりました、お騒がせして申し訳ありません! ターニー師の塔へはここから北北西の方角、私の羽ですと飛行時間三十分ほどの距離にあります。あらかじめターニー師にご連絡をお入れしましょうか?」
「いえ、結構です。ありがとうございました」
うーん、案内が丁寧親切で好感が持てるね! お礼を言ってその場を徒歩であとにしてたら、後ろからあのお姉さんの声が聴こえてきた。
「いやいやマジで! ヤッベー、ベネトナシュのマジティア! サインもらっときゃよかった!」
とかなんとか言いながら、知り合いらしき人に携帯型魔電で自慢してた(おい)。
前言撤回、真面目に仕事しろ!
(マジティアって何よ?)
この世界、個人情報保護法なんてものはないからなぁ。そりゃ客の機密情報はばらしたらダメだけど、有名人の誰々が来たなんて軽い情報は拡散するのが早い。現に、周囲の何人かが私に感づいた様子でこちらを見てます⁉
さすがにムカついたので抗議しようと思って振り返ったんだけど、お姉さんは気づかず魔電に夢中だ。
「そーなの! ピンクの瞳とか、すっごく可愛くてマジ天使! もう推せる!」
……ま、いっか(照れ照れ)。とはいえこのままではめんどくさいことになりそうなので、飛んでいくことにした。
羽をパタパタさせて上空にテイクオフ――したら今度は地上から、
「キャアアアアアアアアア~ッッッ! かっ、かっ、可愛いぃ~っ! それに白!」
お姉さんの『歓喜』の甲高い悲鳴が、周囲に響き渡る。
何が白なんです⁉ お願いします、もう勘弁してください!
(はぁ、疲れた……)
気疲れしてグッタリしたまま、羽は休めずに遠くに見える開陽の塔へ。地上から視認しにくいように結構な高度を飛んでいるんだけど、やはり目ざとい人には目に留まるようで。まぁキャリー片手に空飛んでる妖精て目立つよね。
塔の間近まで来て、ちょうど最上階の居住エリアが目の高さだ。ターニーいるかな?
と、そのときだった。投網つーの? バシュッとかいう音がしたかと思うと、最上階の外周の壁から網が拡がりながら空中の私を捕縛! 最上階はでっぱりになっているもんだから、そのままブラーンとミノムシのように吊り下げられる惨めな姿態を晒してしまう。
(なななな、何⁉)
網は何やら……いやもう言おう。ダマスカスだかアダマンタイトだかミスリルだか知らないけど、絶対にその手のが練りこんであるやつ。どんなに怪力でも引きちぎれない感じの。
やるせなくぶらんぶらんしてたら(じゃなくてされてたら)最上階から一フロア下のエリアの壁、ちょうど私の視線と同じ高さの窓がガラッと開いて。
「……ティア?」
「あ、こんにちは(てへぺろ)」
ターニーはジト目で、網に捕獲され宙づりになってる私を見てる。
「何してんの?」
「いや、ほんとに。ねぇ?」
薄ら笑いで応える私。捕獲された側でなんだけど、私が悪い気がする。
「何で私、捕まったの?」
ターニーからの返事はなく、大きなため息だけが返ってきた。
「とりあえず中で話そう」
そう言ってターニーの姿が窓から消え、待つことしばし。上の窓から網を漁師さんよろしく引き上げるターニー。
中に入れてもらえて、ごついナイフで網を斬って。無事、私は解放されたのでした。
「久しぶりだね、ターニー!」
「やかましいわ不審者!」
ええぇぇっっ?
とりあえず立ち話もなんだからということで、リビングテーブルに向かい合いティータイム。
「ねぇ、ターニー。あの罠なんなの?」
「あぁ、一階玄関とこについてる魔電とこことで会話ができるようにしてるんだけどね」
うーん、この世界のインターホンだね。
「まぁ大抵の客がアポ無しか金無しの招かれざる客なわけ」
それはウザいな。
「要は門前払いしてるのに、有翼の亜人とかは諦めきれずに最上階に飛んでくるんだよね」
ふむふむ、なるほど?
「で、滞空しながら窓をノックするのはまだマシなほう。開いた窓から無断で入ってくるのもいるのよ」
それはすっげー迷惑だね!
「だから、そういう不審者対策にね」
いいね、私も真似しようかな。
「そしたら今日は蛾が網にかかったわけ」
「誰が蛾よ!」
まぁそんな感じで、軽口をやり合うことのできる大好きな妹分。列車の中で聴かされたヤ~な話の陰鬱した気分も、少し軽くなった気がする。
「で、何の用よ?」
「用がなくちゃ来ちゃダメなの?」
私としては、久しぶりなんだから歓迎してもらえると思ってたんだけど。
「当たり前でしょ。ティアと違ってボク、仕事あるんだよ?」
あ、久しぶりにターニーの『ボク』聴いたな。
「それはごめんなさい……」
私は無職フーテンの妖精だけど、ターニーは大陸一の鍛冶師だもんね。そりゃ突然の訪問は困るか。
「じゃあ今は仕事の途中なのね?」
「うんにゃ? 暇してた」
「あのねぇ……」
そんなくだらない丁々発止で笑い合う。やっぱ来てよかった。
「このお茶、美味しい!」
「そう? ありがと。アルコル諸島自治区でしか穫れない珍しいお茶なんだよ」
この世界では、珍しいグリーンのお茶。甘味とかはないんだけど、逆に甘い茶菓子をいただいているときに相性が抜群だと思う。ターニーはこう見えて甘党だから、茶菓子も激甘なのだ。
「アルコルって、ミザールの南方にある島国だよね」
「そう、カリスト帝国ではないけど藩属国だね。自治が認められてるって意味では、ミザールやベネトナシュとそう変わらないんだけど」
だけど、カリスト帝国ではないという事実は大きい。いつ侵略されるかもしれない危険をはらんでいるので、警戒を怠れないのだ。アルコルではそういう小国故の懸念材料が、常につきまとう。
基本的に帝国の七ヶ国間では、皇帝の居城があるドゥーベ市国を除き旅券も査証も無しで行き来できる。だが帝国とアルコル間では、旅券も査証も必須なのだ。
アルコル諸島自治区とは帝国サイドからの呼称であって、アルコル内部では『ヤーマ諸島連合国』と称している。一つ一つの島々が独立した政府によって統治されており、一番面積の大きいヤーマ列島国を旗印に連合を組んでいる。衣服から食事、そのほかあらゆる面で帝国七ヶ国とは一線を画す異文化の国だ。
行ったことないんだよね、実は。何千年か前に行ったような記憶はあるんだけど。
「ティア、暇してるならボクと一緒に行ってみない?」
「え? どこに?」
「アルコル」
「‼」
行く行く! 行っちゃう‼
「オンセンとか行こうよ、ボクも体験してみたかったんだ!」
…はい? オンセン……温泉?
「オンセンと言いますと……不特定多数の他人同士が全員で裸になってお風呂に入るアレ?」
うん、前世ニホンではお馴染みのアレだな。てかアルコルって和風テイストなお国柄なんだろうか。
「あ、知ってんだ? そだよー。ミザールもそうだけど、帝国ではそういう文化ないからね。ちょっと恥ずかしいけどトライしてみたいんだ」
ふむ。ターニーはチビだけど、筋肉質ながら大きいおっぱいのナイスバディだからね。見せたいの? 自慢したいの?
「なるほど。そこで私の貧乳をこき下ろして嗤おうと?」
ターニーが、勢いよくお茶を噴く。
「ゲホッ! ゴホッ! なっ、何のことよ⁉」
「フンだ。ターニーはいいよね、乳あるから」
「乳言うな!」
まぁ本当にそう思って言ったわけじゃないんだけど、よく考えたら私も恥ずかしい。
「ボクだってチビなのコンプレックスなんだからね⁉」
「ごめんごめん! チビならまぁお互い様だし、それはよくわかるよ」
となると、困ったことが一つ。
「旅券と査証、私らに出る?」
「それなら大丈夫。ボクは旅券も査証も持ってるから、ボクだけなら行けるんだよね」
テーブルの上に両膝ついて乗りあがって、ターニーの可愛い褐色のほっぺを両方からつねり上げる私。
「そ~れ~はっ! 良かったねぇぇぇぇ???」
「イダダダダダッ! じょっ、冗談! 冗談だからぁ~!」
まったくもう! とりあえずターニーの頬を開放してやり、席に戻る。
「で、どっちが冗談なの?」
「え?」
まだターニーは、涙目で両頬をさすっていた。
「あぁ、ボクだけが行くってことのほうが冗談。ボクの旅券と査証はあるよ」
「私のは、どこでどうすれば発行してもらえるのかな?」
まぁ前世と同じなら、普通に役所とか行けばいいんだろうけど……例の不可侵条約があるから、ベネトナシュ王国民かというとそうでもない微妙な立場なんだよね。ってそれはターニーも同じはずだけど。
「あぁ、不可侵条約ね。ボクら賢者六人衆が住まう塔って、それぞれ帝国の登記上は独立国なんだけど知ってた?」
ほぇ?
「あ、そうか。ティアって不可侵条約のときは死んでたんだっけ」
うーん、確かに物理で死んでたんだけどすごいセリフだな。そのときはティアからティアへの転生の途だったんだけど、私が死んでる間に条約が結ばれたから詳細は知らないんだ。
「わかりやすく言うと、ティア一人しかいないティアだけの国の国民て扱いで身分証を発行できるの。で、それを元に旅券と査証を申請するってわけ」
「それで私、なんていう国の国民なの?」
「え、知らない」
……あのね。
「ちょっと待って、訊いてみる」
そう言ってターニーは立ち上がり、先端が小さく柄が長い槌を持つと部屋の中央――私の揺光の塔にもあるアレ、賢者六人衆の通信用魔法陣へと歩みよる。緋色の私のとは違い、黄色い魔法陣だ。
そして外周にある六つの紋様……ではなく。中央にあるひときわ大きい魔導紋様に槌の先端を付けて。
「こちら、開陽の塔・ターニー。ティアの身分証発行のために何すればいいか、誰かご存じですか?」
待つこと数十秒。一つの紋様が点滅を始めた。ターニーが、その紋様を槌でコンコンと叩く。
すると3D立体映像で浮かびあがったのは……フェクダ王国は天璣の塔・魔女のソラだ。
『あー、ティア姉。おひさし』
「忙しいとこごめんね、ソラ」
『ううん、大丈夫。てかティア姉、あのときいなかったんだっけ』
不可侵条約締結のとき?
『そそ。そういえばティア姉はいなかったわね……』
何だかいろんな人に迷惑をかけてるな、ごめんなさ――いや、人が死んでる間にあなたらが勝手に条約締結したんだったわ。迷惑かけられたのは、ある意味で私のほう。
「ティア、私はちょっとカップ洗ってくる」
「ありがとう。ごめんね、ターニー」
そして改めてソラに向き直るんだけど、ちょっと思案顔?
『私たちは条約締結のその場でもらったんだけど、ティア姉も持ってるよね?』
「何を?」
『指輪』
指輪? 何のことだろう。
『ドゥーベの帝室から指輪、宅配で届かなかった? ティア姉の瞳と同じ緋色の石のやつ』
うーん? 数百年前のことだからなぁ。何回前のティアだろう。
「指輪ねぇ……指輪。そういやあったね。何で帝国から指輪が送られてくるのか不思議だったんだけど」
『あぁ、多分ソレ。今持ってる?』
「うちにある、と思う……」
あちゃーて表情になるソラ。
『あー、じゃあ一回戻らないとね。揺光の塔へ』
「うぇっ⁉」
隣国に来ちゃってるんですけど?
『その指輪をはめて、役所に行くといいよ』
「うーん、ミザールに来ちゃってるからなぁ」
正直、めんどい。
『転移すれば?』
「簡単に言わないでよ。転移魔法使えるの、ソラだけでしょ」
『え? みんなのところにある魔法陣、他人の塔から自分の塔へなら転移できるんだよ』
何ですと? 初耳なんですが。
『ティア姉の場合、ターニーの開陽の塔の魔法陣から揺光の塔へいつもの通信と同じ要領でアクセスするといいよ。あ、叩くのは三回ね』
へぇ? それって便利! ちょうどターニーが戻ってきたので、それを教えてあげたらターニー知ってた。畜生。
「どれどれ?」
魔杖を、見慣れた私の紋様にコツンコツンコツン。するとそこから光の環が拡がり私を包み込む。
「を?」
次の瞬間、私の身体は見慣れた我が家……千数百キロ離れたベネトナシュ、揺光の塔に転移していた。
『あ、でもそれはそれでめんどいか。だってティア姉のとこからターニーの……あれ?』
ソラの目の前には、涙を流して笑いころげながら腹筋が完全崩壊のターニーの姿。
『ターニー? ティア姉はどこ行ったの?』
「ぎゃははははははははははははっっ! ヒーッ、ヒーッ! お腹っ、お腹痛いっ!」
『あ、まさか』
「そう、そのまさか! あのおバカ妖精、身一つでおうちに帰っちゃった!」
部屋の片隅にポツンと、ティアのキャリーケースが所在なさげに佇んでいる。
『……他人の塔から自分の塔へなら、って言ったんだけどな』
心底あきれ果てた表情のソラと、なおも笑い転げるターニー。そんなこととは露知らず、勝手知ったる我が家、引き出しをゴソゴソとひっくり返してたらありましたよ指輪。
「あ、コレだな」
そして、一番サイズが合う右手中指に着用。
「綺麗な石だなぁ、ロードナイトかな?」
と、背後にある魔法陣のソラの紋様が点滅。魔杖でコンコンと着信の所作。
「あ、ソラ! 指輪、あったよ。コレでしょ?」
『あのね、ティア姉……話は最後まで聴いてほしいっていうか、よく理解してほしいっていうかさ?』
「ん?」
『私、言ったよね? 他人の塔から自分の塔へは転移できるって』
うん、言ったね。そしてこうして戻ってこれた。
「凄い便利な機能だよね、コレ。もっと早く教えてよ!」
『とっくの昔に教えたわよっっ‼』
あ、そうなのか。何百年前か、下手すりゃ千年単位前だな。これは忘れてた自分が悪い。
この賢者六人衆専用のホットライン魔法陣、実はソラの作だ。ターニーのところにあるのもそう。治癒魔法しか使えないポンコツの私には絶対真似できない。
「これを持って役所に行けばいいのね?」
『うん、そうなんだけど』
「そうなんだけど?」
心なしか、ソラの視線が冷たい。まるでゴミを見るような。
『ティア姉の塔からは、ティア姉はどこにも転移できないよ?』
へ?
『もう一度言うね? 他人の塔から自分の塔へは転移できるの。逆に言うと、自分の塔から他人の塔へは転移できないの。おわかり?』
えーとそれはつまり。
「私は身一つでおうちに帰ってきちゃって、ターニーのところに戻るには物理の移動手段でしかダメってこと……なのかな?」
『そだよー』
「またまたー!」
したら何か? ターニーのところに戻るには、また列車でほぼ一日揺られるか千数百キロ超の距離を自力で飛んでこいとな? あははは、そりゃ面白いジョークだわ。
『現実逃避はやめようよ、ティア姉……』
哀し涙が、止まらない。
「あの、旅道具……ターニーのところにあるんだけど?」
『でしょうね』
「とりあえず旅券と査証の発行、行ってくる……」
『行ってら』
ソラはそう言って、手をひらひらさせてバイバイのジェスチャー、そこで通信は途切れた。
その日の深夜、再び開陽の塔は最上階……の窓の外。私はまたしても投網にかけられミノムシのように夜の野外に吊るされていた。ホーホーと姿は見えねど、鳴り響くフクロウの鳴き声が侘しい。
で、ターニーにまたしても助けられたんだけど。
「私の部屋は誘蛾灯か何かなの?」
ターニーは、今度は笑ってくれなかった。
だって、だってね? 音速を超える速度で千数百キロを飛んできたんだよ? 意識も朦朧としてるし、わざわざ地上に降りてインターホン押すとかそこまで頭が回らなかったんだもの。
「まぁでも、百年分くらい笑わせてくれたからヨシ!」
「よくない……」
さすがに強行軍だった。ベネトナシュの役所に行って身分証明書の発行、それを持って旅券と査証の発行。
役所は人がたくさんで、まぁそれはしょうがないとして。国一番の有名人というか有名妖精の私が一般国民にまじって役所を普段使いしてるもんだから、まぁジロられることこの上無し。サインしてくれだの握手してくれだのを巧みにかわして、ガチのマッハでターニーのところに飛んで戻ってきた。
「羽の付け根が痛いよぅ……」
「知るかバカ」
さんざん笑い倒しておいて、今は呆れた目で憐憫の視線を向けるターニーさん。ちょっと冷たくないですかね?
「湿布……は妖精には効く?」
でも冷たいようで、本当は心優しい子なターニー。片手には救急箱。
「効かないと思う……あ、でも気分的には効いた気がして楽になるかも」
「ならいいけど。貼ってあげるよ」
「ありがとう」
コルセットベルトを外し、ワンピを脱いで背中を見せる。ワンピを脱いだ勢いで簡単にブラも外れた。貧乳あるあるである。
「当ててるだけの布地ですしね、へっ!」
いくら同性とはいえ、貧乳を見られるのは恥ずかしい。そもそもパンツ一丁の状態だけど、両腕で胸を隠してターニーに背中を預けた。
「何やさぐれてんのよ?」
ターニーは呆れながらも、私の背中に丁寧に湿布を貼ってくれる。鼻腔を、ミントの爽やかな芳香が突き抜ける。
「ほぇはわぁんん~ぬぇ」
変な声出た。
「何つー声出すのよ。効いてる?」
「効いてる!」
いや、本当に効いてるのかどうかは微妙だ。前世ニホン人だったときの記憶を引きずったプラシーボ効果かもしれない。でも気持ちいいです、ハイ!
「そういやアルコルには、筋肉痛に効くオンセンもあるんだって」
「マジで⁉」
「マジ」
ターニーは、呆れたように苦笑いだ。
それよりも、オンセンてか温泉! 前世ぶりだけど、前世は前世でブラック企業務めの社畜蟲。最後に温泉行ったの何歳のときだろ? 全然覚えてないや。
にしても、湿布を貼ってもらってるパンイチの私……の背中からは綺麗な赤みがかかった半透明の妖精の羽。
「今のティア、何かすごいシュールだよね」
あ、ターニーも同じことを思ってた。
「そういや明日のアルコル行きだけどさ、ティアは寝台特急どうだった?」
アルコル行きと寝台特急と何がつながるんだろうと思いつつ、
「すっごく楽しかっ……」
脳裏に一瞬浮かぶのはオーティムさん、そしてフリージアさん。
「……った?」
「何で疑問形なのよ。何かあった?」
うん、あったよ。人間がどんなにゴミか、改めて思い知ったんだ。そしてね、とってもとっても哀しいんだ。
「そう……それはオンセンでゆっくり聞いてあげるとして。寝台特急、トラウマになっちゃった?」
「ん? ううん、それはない。大丈夫、ありがとう」
「そか」
安心したように安堵の表情を見せるターニー、大好きな妹分。口は悪いけど(人のこと言えないけどね)、とってもいい子なんだ。
「アルコル行くのはさ、ここから港まで列車で三時間ぐらい。んで、港から船で二十時間弱。アルコルに着いてもオンセンのあるエリアまではこれまた数時間かかるのよ」
「結構遠いね?」
「うん、だからティアさえよければさ。寝台特急で行かない?」
???
「何て」
「寝台特急で」
「どこに?」
「アルコルにだよ」
私、何の話してたんだっけ。
「……海底で線路でも通ってんの?」
ふと前世ニホンでの九州への関門トンネル、北海道への青函トンネルを思い出す。
「何それ、夢みたいな話だね?」
あ、ないのか。
「じゃあ橋でも通ってんの?」
「鉄道の?」
「うん」
「あれだけの距離が橋でつながるわけないでしょ。できても船が通れないよ」
そっか、船で二十時間弱って言ってたっけ。前世ニホンで瀬戸内海を縦断する路線があったけど、そんな長い距離じゃなかったな。船は通れる高さだったけど。
「寝台特急でアルコルまでどうやって行くの?」
「だから乗って行くんだよ」
知ってらぁ‼ え? 寝台特急で海上を?
「そうだよー」
「そうだよ、て」
で、そこでふと思い当たる。北海道への青函トンネルが開通する前、客や物資をある手段で運んでいた時代があった。演歌の歌詞にも、たびたび登場してたアレ。
「……連絡船?」
「そー。凄いよね、鉄道で海を隔てた国に行けるんだから」
「えーと。鉄道から船に乗り換えて、現地でまた鉄道みたいな?」
寝台特急って言ったよね? お泊まりするタイミングはどこ?
「ん? いや、ずっと列車の中。さすがに海上を航行中は列車の外に出ていいみたい。船の施設も楽しめるよ」
「ちょっ!」
それはまさか! まさかのまさか!
「船が列車を運ぶの⁉」
「らしいね、ボクも乗ったことはないんだけど。船の中にレールが敷いてあって、しかも駅になってるんだって。寝るのは寝台特急の中なんだけど、その寝台特急を船の中に積んでるというか、船中の駅に停車しているっていうか」
思わず声にならない歓喜の雄叫びと、両手のガッツポーズが自然に出た。それまで胸を隠すように手を添えてたもんだから、思いっきりまな板をポロリ(矛盾)しちゃったわけだけど。
「わゎっ、ちょっと! まだ湿布貼ってる途中!」
「あ、ごめん!」
凄い凄い凄い! 青函連絡船でさえ、私が前世で生きてた時代では客車を客ごと船に積んだりはしてなかったはず。
あぁ、生きてて良かった、創造神・ロードさまありがとう‼ 死んで良かった、冥王神・クロスさまありがとう‼
かくして翌日、うきうきるんるんキャッキャッウフフなハイテンションで駅へ。
気軽にお仕事を依頼できない偏屈ドワーフ爺さんもとい偏屈ドワーフ少女のターニーだけど、地元の人たちからの評判は良好なようで。
「ターニー師! 握手してください!」
「サインください! サイン!」
なんて人がいたりする駅への往路、ターニーは嫌な顔することなく気軽に応じてる。私にはとっても真似ができないなぁ。
(するつもりもないし、したくもないけど)
「ティア、何ふてくされてんの?」
「別に」
というかですね? ターニーさん、あなた女の子でしょう? 仮にも宿泊を伴う旅行なのに、そんな小さなボディバッグで大丈夫なの? 何を持ってきてるの、ではなく逆に何を持ってきてないの⁉
「ティアが多いんだよ」
「これぐらいが普通なの!」
しかもですよ? 斜めがけしてるから胸側で紐がね? ターニーさんの立派なお胸の峡谷に流れる河のようです。
「そして切り立った高い高い崖が、とってもやらしくて男性陣は目のやり場に困ってます」
いつのまにか心の声が口から出てたようだ。
ターニーとサインもらってるモブさんたち全員が、顔を真っ赤にしてて居心地悪そう(ふひひ)。
「……天下の往来で何言ってんのよ、ティア」
「あら? あはは」
とりあえず、笑ってごまかしておく。
したら、よほどカチンときたのだろう。ムスッとしてたターニーだったけど、何か閃いた!とばかりにパアッと明るい表情になる。なんか嫌な予感……。
「ねぇ、みんな。紹介するね? こちらは賢者六人衆のティ――」
「ふんぬらばっ!」
私は力技でターニーを強引に姫だっこすると、空へ向かって急上昇。言わせねーよ⁉
「ひゃああああああっ⁉」
突然の空中遊泳に大パニックのターニーだけど、知らない!
「……」
うーん、何か言いたそうね? でも急上昇によるGでうまく口が開かないみたい。
「何すか?」
「何すかじゃないよっ! 逃げるにしてもやり方ってもんがあるでしょ!」
あーはいはい、すいませんね。
「このまま駅まで行くね? ちょっとスピード上げるからしっかり捕まってて!」
「へ? ちょ、ゔ、う? うわああああああっ!」
遠くに見える駅舎に向けて、ターニーを姫だっこしたまま音速で超加速する私。正体をばらそうとした罰です、ソニックブームをくらいなさい!(※物体が音速を超えたときに発する衝撃波)
「耳がっ、耳が痛いっ!」
慣れないとそうなるよね。もう半分失神状態なターニーを姫だっこしたまま、音速での空中散歩はアッという間に終わる。
駅前に到着して、グロッギー気味なターニーを降ろして。なんだかすごい憔悴しきってて、なんだかちょっと申し訳ないな。やりすぎちゃったか。
呆然とした表情で座り込んだターニーに、
「えっと、立てる?」
「……」
ターニーはジロリと私を一瞥すると、こちらが差し出した手は無視して一人で立ち上がった。ゔぇっ、激おこなの?
「えっと、ターニーさん? ごめんね?」
「……」
「まぁそういうわけでね、できれば私の正体は知られたくないわけよ。なのでばらさないでほしいなって」
「足がガクガクして歩けない」
へ?
「おんぶ!」
何ですと⁉ 動揺するこちらを完全スルーして、両手を差し出すターニー。ど、どうしちゃったの?
「おんぶしてくれたら許してあげる」
何故いきなり甘えん坊に??? ちょっと可愛い……と思ってた時期が私にもありました。
「それぐらいで済むなら、まぁ……」
というわけで、ターニーに背中を向けてしゃがみこむ。羽はペタンコにしておいた。
そして私は後悔したのだ、これがターニーの大逆襲であることに気づかなかったことを。
「ターニーさんや……」
「何よ、その口調は?」
駅構内にて。ここミザール王国の人気者・ターニーさん、妖精に背負われて衆目を浴びております。当然ながら、背負ってる私にもとんでもない飛び火が!
「おい見ろよ、ターニー師だ!」
「あれ? ターニー師をおんぶしてるのはまさか⁉」
「ティア師だ‼」
「ドリームタッグ、キターーーーーッ!」
まぁそんな感じでね。ターニーおんぶしてるから、羽がサンドイッチ状態になってて広げられない。逃げられない。
ターニーは涼しい顔で、私におぶわれたまま選挙の立候補者のように手を振りながら周囲に笑顔を振りまく。さしずめ私は選挙カーです。
しかもティアだとばれてしまったので、『おい、あの選挙カーはフェラーリじゃないか?』みたいな感じになってて。くっそう。
「あ、あの。あのね? もう、許して?」
猫なで声で嘆願してみるも、完全スルーして周囲に手を振りながらスマイルのサービスを放出するターニー。
「もうぅ~、ごめんなさいマジごめ! 本当に許して!」
もう、最後のほうは泣きべそになってしまった。
「しょうがないなぁ」
さすがにターニーも気が晴れたのか、やれやれといった表情でおんぶタイムを終了させてくれた。まぁ一度集まった衆目は、もうどうにもならないんだけどね。身体中に突き刺さる視線が痛いです、ハイ。
「切符買おう、切符!」
とりあえずその場を離れたかったので、ターニーの手を引いて強引にグリーンカウンターに行こうとしたんだけど。
「ねぇ、アルコル行きの寝台特急ってさ。個室あるけどどうする?」
ピタッと私の足が止まる。なぬ、個室とな。
うーん、個室。一度ベネトナシュに間違えて帰っちゃったときにまとまったお金を持ち出してきたから、予算は潤沢だ。贅沢するのもありかなぁと思いつつ、せっかくの二人旅を個室にこもってってのも空しくないですかね?
「あ、そうじゃなくて。今回乗る寝台特急は、二人用個室があるんだよ。もちろん一人用もあるし、何なら四人用もあるよー」
「いいね、それ‼ 二人用のにしようよ、私乗ったことないんだ!」
前世のニホンで、ブルトレの人気が絶頂だったときに二人用個室てのがあった。残念ながら私は乗ったことがないんだけど、両親が新婚旅行でそれに乗って車内から撮影した写真を見たことがあって。
子ども心に、すっごく乗りたかったんだよね。でもブルトレの人気が衰退するに従い、食堂車やら二人用個室に四人用個室とどんどんサービス削減が進んでいって。自分の稼いだお金で乗れるころには、もう乗る夢はもう叶わなかったんだけど。
「二階席! 二階席だからね‼ これは譲れない!」
「わーった、わーった」
テンション爆上げの私に、ターニーも何だか嬉しそう? ちなみに二階席には二階席用の窓があって。その展望はお金で買えない価値があるの!(※お金払えば誰もが買える席です)
「あ、でも飛び込みでチケット買えるかな? 完売してたらどうしよう……」
「大丈夫じゃない? 何ならボクが話つけるよ」
と言いますと?
「ほかの人から予約奪うとかは無しだよ?」
「しないってば。まぁ見ててよ!」
というわけで、二人でグリーンカウンターの列へ……並ぼうとしたら、たれ耳の犬獣人の男性駅員さんがすっ飛んできて、隣の『休止中』の立て札がかかってるカウンターに案内してくれた。ターニーの顔パス?
「こちらで御用を承りますね!」
語尾にワンとか付けないのか(失礼)。
そしてここからはターニーと駅員さんのやり取り。
「今日の『なると』の予約状況、どんな感じです?」
「販売から数分で完売ですね。大人気です」
「そっかぁ。キャンセル待ちの人も多い?」
「ですね」
「だったらさ、臨時便とか出せない?」
「り、臨時便ですか⁉」
いやいや待て待てターニーさん。いくらなんでもそれは無茶だし、何より迷惑すぎる。鉄道ダイヤってそう気軽にポンポン変更できないんだよー!
「なんとかならないかな? できれば今日がいいんだよね」
困り果てる駅員さん、可哀そう。さすがにこれは私もないと思ったので、ターニーの暴走を食い止めようと身を乗り出したんだけど。
「次の車両受注のギャラ、一割値引くよ?」
「しょ、少々お待ちください! 確認してきます!」
手のひらクルックルッの駅員さん。え、なになにどうして⁉
駅員さんが慌てて奥にすっ飛んでいくのを見届けて、ターニーに訊いてみる。
「何が起こったの???」
ドヤ顔でフフンのターニー、鼻息荒く勝ち誇ったような笑みを浮かべちゃって。
「実はね、機関車とか寝台車とかはうちの工房で受注生産してるんだよね。行きでティアが乗った『ダエグ』も実は私の自信作なんだよ」
ひえぇっ! ターニーが凄いのは知ってたけど、ここまで凄かったん⁉
「『フラッシュブレイク』は体験した?」
何それ? いや、待てよ。聞き覚えある。
「それって、水も洗剤も使わない洗濯機の」
「そうー。あれはソラのとこの商会が設計してボクが作ったんだよね」
もう目がパチクリですよ。
そして改めて思う、みな地に足付けて汗水流して働いているのだなと。名うての鍛冶師であるターニー、生活に密着した魔導具の開発販売に携わるソラ。
私は? 死にたくない死にたくない、でも人間嫌いなんて言いながら旅してるだけじゃん。
「みんなちゃんと働いてて偉いね、何か反省しちゃう……死にたくないなんて軽々しく思っちゃダメだよね」
「いや、そこは思えよ! 誰でも思っていいでしょ!」
私たちのやり取りが聴こえたのか、隣の列のお客さんたちが一斉に吹き出す音が聴こえた。
夕刻まで、街で食事を楽しんだりして時間を潰す。
ランチしたお店でターニーの工房が鉄道会社の株を三五パーセント持ってるとか凄いネタに驚いたり(だから融通が効いたのね)、おやつ代わりに駅前の羽猫そばで軽く食べたり。
羽猫そばでは、ベネトナシュの店でも見たバケツの蕎麦を注文するターニーだったけど難なく完食。この小さな身体のどこに入ってるのが不思議でしょうがない。
ちなみに少し離れた席で件の水色ちゃんがこちらを凝視してたのだけど、幸か不幸か私は気づかなかった。
そして、ホームへ向かう途で昨日ぶりのゼータ駅。
「ゼータ駅にはターニーの像はないんだね」
「そんな恥ずかしいものがあるわけないでしょ、何言ってんの」
「……」
知ってて言ってるのか知らずなのか。多分、知らないんだろうな。
ベネトナシュのエータ駅にある私の像、やっぱ撤去してもらおう。そう心に強く決めた。
「あぁ、エータ駅にはティアの像あるよね。プッ!」
知ってたんかーい!
「泣いていい?」
「ごめんなさい」
もうね、なんだかね。でもこれだけは言わせて。
「私がお願いして作ってもらったわけじゃないよ?」
「わかってるってば」
そう、ならいいや。
「まぁぶっちゃけ、迷惑だよね。イチマル姉とかは喜びそうだけど」
「あー、わかる。イチマル、そういうの好きそう」
イチマル――ここミザールの、ベネトナシュとは反対側の隣にあるアリオト王国は玉衡の塔の賢者。種族は妖狐だ。狐獣人のような亜人じゃなくて、デュラのような魔人に近い存在。
狐獣人は狐耳と尻尾があって、一部狐の体毛があったり肉球があったりと外見のバリエーションは幅広いが、半分人間であることはちゃんと見た目でわかる。だけどイチマルは、まんま狐――というと語弊があるかな。顔も手足も身体も狐だけど、人間のように二足歩行してるし人間語もしゃべる。
光り輝く黄金色の体毛はモフモフ。モフモフなの(大事なことだから二回言った)。
イエローとパープルで構成されるツートンカラーの瞳(オッドアイじゃないよ。両方そうなの)は、宝石のアメトリンのようでとても神秘的なんだ。それに何より、尻尾が九つあるんだよね。
妖術を得意としてて戦わずして勝つというのがイチマルの強みだけど、もちろん物理での肉弾戦もお手のもの。その鋭い爪は、ターニーが作った盾をも貫通する。
ターニー曰く、『素材が負けたのであってイチマル姉が凄いだけ』とのこと。結構負けず嫌いなんだ。
創造の女神・ロードと冥府の番人・クロスを信奉するシマノゥ教から派生した『マウンテ教』の巫女を務めていて、そのトップの姫巫女って立場にある。
大陸でもっとも広く信奉されているのはシマノゥ教だけど、偶像崇拝はない。前世のキリスト教のようなシンボルマークはあるけどね。翻って、ロード・クロスの両御神体を祀るのがマウンテ教だ。
シマノゥ教は教会でマウンテ教は神社なのだけど、結婚式はこっちで諸々の祈願はこっちみたいな。そこらへんはニホンと似ているかもしれない。
閑話休題。私が最初の生を受けたとき、すでにアルテは存在してた。賢者六人衆のほかの四人は、まだ生を受けてなくて。
私は人間たちによる妖精大虐殺で死んじゃったけど、その後に生を受けたのがイチマル。あとはちょっと時間をおいてソラ、ターニー、デュラの順番なので、アルテと私とイチマルはお姉さんポジションな感じ?
イチマルはアルテのみを、ターニーはアルテとイチマルのみを、ソラとデュラはアルテと私のみを『◯◯姉』と呼んでる。どんな基準で彼女たちの中で呼称がわかれてるのかは、興味ないから知らないけどね。ちなみに私は、アルテへも呼び捨てです。
ホームで缶エールを二人で呑みながら時間を潰していると、魔石寝台特急『なると』の臨時便の到着を告げる構内アナウンス。エータ駅発だから、車両基地から出てくる……あれ?
「バックしてる?」
そう最後尾の客車が先頭になってて、先頭にあるはずの機関車が最後尾に。しかも、機関車二連結。二連結された機関車が、客車を押すようにしてホームに入ってきたのだ。
「ううん、これで正解。おもしろいでしょ、コレ。機関車が最後尾にあるんだよ。もちろん、ボクの自信作!」
面白いどころではない。すごく興味深い! でもこう、先頭が客車って運行上どうなの⁉
「先頭車両は二人用個室専用なんだけど、その一番先頭部分の一階は運転室になってるの。機関車は無人で、運転室から魔導ケーブルを通じて指示を送る感じかな」
ハイテクだなぁ。でもなんで、そんなけったいな設計にしたんだろ。
「えーっと、何だったかな。ちゃんとした理由があったはずなんだけど忘れちゃった。それよりさ、ボクたちが買ったのは、運転室の上の二階席ね。ほら!」
どれどれ? ホームに入ってくる先頭車両を遠目で改めて確認しt……⁉
「タッ、ターニー! ちょっと、アレッ!」
「凄いでしょ!」
凄い! 凄い凄い! 興奮のあまりボキャ貧になってしまう!
「まっ、窓! 展望!」
そう、そうなのだ。先頭車両の二人用個室二階席。私の知ってる二人用個室寝台てのは、片側端が通路のスペースになってて、寝台は進行方向に対して平行になってるんだけど…先頭車両の先頭二階個室だけ、垂直! だから本来は片方のサイドにあるはずの窓が、進行方向前方にあるのだ。
つまり枕に顔を埋めて寝そべったままで、そこから前方に見える景観は運転手さん目線!
もう感動で、目から妖精汁が。
「ねぇ、ターニー」
「何?」
「ありがとう、本当にありがとう……本当にこの設計、凄い」
「いえいえ、どういたしまして」
私、マジ泣き。
ターニーも、普段なら気持ち悪いとか茶化してくるところなんだけど。泣くぐらい自分の設計を褒められたもんだから、ターニーもちょっと泣きそうになってるや。
「あっ!」
いきなり素っ頓狂な声をあげるターニー、どうしたどうした?
「ティア! 感動してるとこマジごめん!」
なっ、何が⁉
「さっき、忘れちゃったって言ったのを思い出したんだけど」
うん、それで?
「アルコルに着いたとき、出るの逆なんだ……」
なるほど、うん?
「だから、私たちの切符で先頭車両になるのは連絡船まで。アルコルの港に着いてからは最後尾の車両になるの」
なるほど、船の中でターンはできないものね。
「スイッチバックなんだね。じゃあアルコルの港からは後ろ展望なんだ?」
「え? すい……何?」
ニホンでも、標高の高い山を走る鉄道とかがその方式だった記憶ある。
いわば『S』の字よりも『人』の字のような線路を走ることで、Uターンを可能にする技術。先頭と最後尾を都度交代することによって、低コストで時間と土地を節約できるみたいな。
「んー、でも後ろ展望も好きだよ。気にしないで!」
遠ざかるホームを見送るのも、また乙なものだと思うから。
今回はあらかじめホームの先頭車両が停止するあたりにいたから、列車中を徘徊するのは無し。あとで行こうっと。
そして……禁断の扉! さりげなーくササッとターニーの後ろに並ぶ。でも全然さりげなくなかったようで、ターニーはちょっと不思議そうな表情になるけど。
んでもって今回は自動扉でした。危ない危ない、また空気と握手するところだった。
二階席への階段は、ほかの二階席と違って九十度回転した構成になっているから真ん中に配置されている。
るんたったしながらウッキウキで二階へ。先頭車両最前で一階が運転席だから、通路はこの個室の手前で終わっている。つまり、通路のスペース分だけほかより広いみたい。
そしてそして! 正面! 展望席!
「はわわ~!」
声にならない声が出た。ターニーは、
「とりあえず荷を下ろしなよ」
と苦笑いだ。うん、いやね? 興奮が治まらない。もし列車が走りだしたら私、余裕で死ねるかも。
そのまま寝台にプロレスラーよろしく全身ダイブ、車窓の前展望を満喫。まだ走り出してはいないが、遠くに赤信号が見える。あれが青になるのが待ちきれない。
「テンション高いね」
もの珍しそうに個室内をキョロキョロしている人に、言われたくないです。
「そういやターニーさ、ちょっと不思議に思ったんだけど」
「何?」
列車が連絡船に積み込まれる、それは聞いた。だけどホームでパッと見た感じ、軽く十両は連結されていたはず。これを丸ごと連絡船が呑み込むとしたらば、それはかなり長い船になるのでは?
「あぁ、そのことね。この『なると』は前三両が個室寝台車、続いてルーデンスカー、食堂車。そのあとに普通座席の客車が五両なんだけど、機関車二台と合わせてこの七両はこちらの港停まりなんだ。だから連絡船に積み込まれるのは前五両だけなんだよ」
それでも結構長い。連絡船、でっかいんだな。
「あちらの港で最後尾になった食堂車に機関車が連結されて、逆向きで再出発する感じね。アルコルは山々が多い地形だから、あちら専用の特殊な機関車が必要なんだって」
な~る、そういうこと。
「……ってちょっと待って、そのルーデンスカーとやらは何?」
「あぁ、なんて言えばいいんだろ? 『ダエグ』のリビングカーは経験したよね?」
うん。車窓側に向けてゆったり座れる座席と、シャワー室に喫煙室があったな。
「あれをもっと遊び心増やした感じ? 簡単なスタンドバーがあって、カードゲームしたりカラオケとか――」
「待て」
「ん?」
「今、何て」
「『簡単なスタンドバー』」
「そのあと!」
「『があって、』」
違う、そうじゃない。
「カラオケのこと? そうか、ティア知らないんだっけ。今のティアが転生してきたちょっと前から流行し始めたんだけど、プロの歌手のような魔導機器を使って一般人も歌えるみたいな感じの? 伝わるかな?」
えぇ、よーくご存じですとも。
「ちなみに大陸の全曲は網羅できないんで、演奏曲の音源が用意されてないってケースも多々あるのよ。だからアカペラで歌う人も多いんだけど、楽器が演奏できる人には貸し出しのサービスもあるね」
何それ素敵。
「すごいアイデアだよね。さすがソラっていうか」
ここでもソラなのね。で、ちょっと気になるのが……。
「カラオケ、て名称もソラが?」
「うん。意味は知らないけどね。なんでもソラのとこのメイドさんのアイデアがベースになってるらしくて、カラオケって名称はその人の案なんだって」
「……」
「ティア、どした?」
「ううん、何でもない」
これはアレだ、前世知識を異世界に持ち込んでチートするみたいなよくあるお決まりの。ソラのところに行ったら、そのメイドさん紹介してもらおう。
『まもなく十七時五分発、魔石寝台特急「なると」が発車いたします』
車内アナウンスだ、いよいよです!
列車は定刻どおりゼータ駅を出発、ミザール最南の港湾都市『ブルーウッズ』の港までおよそ三時間は帝国領を走る。
本来なら車窓から見えるのは、後ろに流れていく景色。だけどこの前方の車窓からの眺めは、次々と線路を呑み込んでいく様が独特の迫力だ。まるでそれは、
「蕎麦でもすすってるみたいだよね」
「線路が麺? ティアの感覚って独特だねぇ」
そう言いながらも、ターニーも前展望の車窓に興味津々の様子。
「帰りも前展望のチケット取れたら、行きと逆の景色が楽しめるんだね」
なんとなく独りごちてみるが、さすがに今回のように無茶はできない。
「そ――」
「いやー、残念だね! 次のときはちゃんと事前に切符をゲットしてからにしようね!」
ターニーが何か言いかけたのを先んじて被せてみる。
「あまりわがまま言うと、鉄道会社の人を困らせてしまうからね?」
一応、念を押すべく追撃。
「こんなときだけ、『お姉ちゃん』するんだもんなぁ」
ターニーはちょっと面白くなさそうだけど、楔は入れとかないとね。
「臨時便のわりには、結構な乗車率じゃなかった?」
話をそらしてみる傍ら、本当にそれは疑問だったのでターニーにぶつけてみる。
「あぁ、キャンセル待ちの人が多いからね。駅員さん、キャンセル待ちの人全員に魔電をかけて確認するの大変だったと――」
突然黙りこくるターニーさん。
「……思うよ?」
そんなつもりじゃなかったんだけど、ターニー自爆しちゃった。
「わかったでしょ? 色々な人に迷惑かけちゃう」
「うん、反省する……今度はもうボク無茶しないよ、約束する」
「うん」
ヨシ!
「ティアにわがままを諭されるとか、結構精神にくるねコレ」
どういう意味ですかね。
「そうだ、カラオケカー行かない?」
空気を変えたいのと、車内を散策してみたいのとでターニーに提案。
「ルーデンスカーね。いいよ、行こう」
んでもって階段を下りて、一路ルーデンスカーへ。
この車両は二人用個室専用の客車だ。空席になってる一階個室の扉が開いてたのでちょっと中を覗いてみたけど、配置が九十度回転してる以外は私たちの個室とほとんど同じ。いや通路スペース分だけ、心持ち寝台が短いかも?
二両目は、四人用個室専用車。こちらも、空席になってる個室の中をちょっと覗いてみる。
「なるほど、B寝台を壁と扉で蓋してるたいな感じか」
「びーしんだい?」
あ、そうか。これはニホンでの用語だ。
「三等客車のことね」
「あぁ。言われてみれば確かに」
寝台周りは、二人用個室寝台のほうがちょっと豪華な気がする。でも私たちみたいに女の子だけならば普通のB……じゃなかった、三等客車より安心感あるよね。女の子四人でパジャマパーティーは楽しいかもしれない。
「たとえば四人でカードゲームしてさ、負けたら一枚ずつ脱いでいくの。で、最初に全裸になった子が負けみたいな?」
「ちょっ、ティア! 突然、何言いだしてんの⁉」
「あれ? 口に出てた?」
うーん、他人に聴かれてなかったのが不幸中の幸い。
「こんなのにさっき、わがままを諭されたのか……」
「聴こえてますよ!」
そして三両目は一人用の個室。例によって空席をウォッチング。
(カプセルホテルみたいな感じだな。B寝台の個室に似てるかも。でもこれはこれでいいな)
そして四両目、おまちかねのルーデンスカー。リビングカーと違い、長い座席なのは同じだったけど車窓側に背中を預ける感じの配置だ。前世ニホンでの、通勤電車みたいなアレ。
あ、でも座席のクォリティは豪華なソファ仕様だ。そしてオシャレながらコンパクトなテーブルが、数台配置されてる。
車両中央は開けてて、円形のステージに魔導マイク。結構大きめのハープが片方の窓側に置いてある。そっちにも魔導マイクスタンドがあるから、弾き語りしたい人には便利。
(ハープとか久しぶりだな)
何代か前のティアのとき、よく弾いてたんだ。何で弾かなくなったんだったかな(注・飽きただけです)。
カラオケボックスみたいなのを想像していたんだけど、カラオケバーみたいな感じなのね。他人のお歌も聴けちゃうし、自分の歌も聴かれちゃうのは人によって好き嫌いもあるだろう。私は、そういうの好きよ。
ステージ向こう、車両後半の片側はカウンターバーだ。若い男性のバーテンダーさんがシェーカーをしゃかしゃか振っている。
「ちょっとお酒とってくる。リクエストある?」
お酒には目がないターニーさん、目がキラッキラです。
「ジンジャーエールがいいな」
「りょ!」
カウンターの座席で呑んでもいいが、せっかくだからソファシートでいただきたいよね。
(そういや向かいは何だろ?)
幸い、車両案内パンフがテーブルの上にあったのでチェック。
「あ、楽器貸してくれるところか!」
そうこうしているときに、ターニーが戻ってきた。
「お待たせ! 待った?」
「うん、とっても!」
「何よ、それ」
前世ニホンでのギャグだったんだけど、ターニーには通じなかった。それよりさぁ……。
「ねぇ、ターニー?」
「何?」
「私、ジンジャーエールって言ったよね?」
「? そうだよ?」
ターニーが持ってきたのは、キツいアルコールの匂いしかしない。もはや薬品級だ。ちょっとだけ、ジンジャーの香りがするといえばするような。
「ボクのお手製だよ?」
なるほど、理解した。このうわばみの基準で配合したんだろう。
「ま、いっか。乾杯!」
「乾杯!」
一口、ゴクリ。ふむ、
「焼酎の原液かな?」
「何、ショーチューて」
「ああ、こっちの話」
まぁ呑めないことはないんだけど、明朝は二日酔いで大変だろうな。
ターニーとはしばし歓談。ってバカみたいな話しかしてないけどね。強烈な自称・ジンジャーエールでの酔いも手伝って、舌はいつも以上に滑らかだ。
ターニーからのリクエストもあって、前世でのネタを少々。新幹線にモノレール、ケーブルカーにロープウェイ。スキー場にあるリフトとか、なんとなくそっち関係のネタばかりになってしまって。
興味深そうに聴いていたターニーだったけど、一番目を輝かせたのはアレだった。
「磁力で⁉」
「そうー。確か六百キロ……えーと、こっちでいう五ハンドレぐらいの速度で走るの」
「それは凄い!」
なんだかウズウズしてるなぁ。創造心をかきたてられたんだろうか。
「そうか、磁力……魔石を使えばなんとか。いや、でも……費用と……魔石がどのくらい、うーん?」
鉄道会社でも作るつもりかしらん? てかこっちでは夢物語に終わるかと思ったけど、ターニーなら再現しそうだな、リニアモーターカー。
「ちなみに飛行機ってのもあってね」
「あー、それならこっちにもあるや」
「まぁそうなんだけど、音速で飛ぶんだよ」
「音速で⁉ どういう原理で何がどうなってそれが可能なの⁉」
えーと、何て言えばいいんだろ。ニホンでは、チートできるような知識のない凡人だったしなぁ。
説明の仕方に悩んでたら、
「あ、やっぱ音速はいいや」
何かちょっと苦々しげなターニーさん、多分私のせいだね。ゼータ駅まで音速で飛んだアレ、ちょっとトラウマになってるっぽい。
「まぁそれよかさ、カラオケ行こう! カラオケ!」
「行ってら。ボクはもうちょっと呑んでる」
「そう?」
ターニーを一人置いて、カラオケステージへ。
羽付き人間サイズの妖精がステージに立ったもんだから、良くも悪くも衆目を浴びてしまう。
選曲用の魔導機械があるけど、帰ってきたこの世界は四十年ぶり。どんな歌があるか知らないや。
(今回は、前世での歌を歌おう)
当然ながら異世界の曲なぞ選曲はできないから、何かの楽器借りて伴奏しようかな。
「せっかくハープあるんだし、これでいっか」
ステージ横のハープの席に座り、魔導マイクスタンドの位置を調整。妖精さんがハープを演奏するとあって、方々から期待と感激の溜め息がもれる。
(何かハードル上がってるなぁ)
おもむろに、ハープに手をかけて。記憶を頼りに、それっぽい旋律を奏でる。
「YOUと夏に列車乗ったらぁ~♪ 青海苔駅は雪まみれ~♪」
周囲が盛大にずっこける音がしたが、気にしない。
「あ~あ~♪ TWOガールは冬が好き~♪」
お酒がぐるんぐるん回ってて、とってもいい気分だ。
歌い終えて、何か複雑そうな表情で拍手するオーディエンス。順番待ちの人もいないので、そのまま二曲目に突入。
「火の粉が舞い上がり~♪ 崩れ落ちる~♪」
小節を利かせて唸る唸る。妖精と演歌ってミスマッチだけど、今度はちゃんと聴いてくれてる人もいるな。
「家がぁ~燃えるぅ~♪」
何人かが、勢いよくお酒吹いた。
「戻れなくてもいいんだよ~♪ 私はホテルに泊まるンゴ~♪」
うーん、気持ちいい。何かいろんなストレスが、消化というか昇華していく感じ。
歌い終えて、何が起こったのかわからないといった塩梅の人たちの波を抜けて席に戻る。
「ただいま! どうだった?」
「酔いが引いたわっ!」
何で怒ってるんだろ?
そのとき、隣のテーブルからクスクスと笑う声が聴こえた。シスター? いや違うけど、なんかそんな衣装を着た人間族の女性が口に手を当てて笑ってる。
「あ、いえ。ごめんなさい! その、ヘ……個性的なお歌だなぁと」
ヘンて言いかけました?
「あの、聖女様ですか?」
ターニーがその女性に話しかける。あぁ、そうか。この衣装、聖女だ。
聖女というのは、シマノゥ教のシスターの高位の地位にある聖職だ。私と同じで治癒魔法が使え、光属性の浄化魔法が使える。魔属性相手にしか通用しないが、攻撃魔法も。
「聖女さんがお酒呑んでてい~んですかぁ~?」
その聖女さんが手に持ってるのはワイングラス。てか私、完全に絡み酒ですゴメンナサイ!
「いいんです。どうせ明日には誰も覚えてないでしょうから」
その聖女さん、何故か哀しげに笑ってうつむいた。特に深く考えなかったけど、実はこの言葉にはとっても哀しい意味があるのだと、そのときの私たちは知らなかったんだ。
「もしよろしければ、『陽が落ちるまで』一緒に呑みませんか?」
時刻は間もなく十八時半。晩夏とはいえ陽が落ちるのは十九時を過ぎてからだ。てか、何で陽が落ちるまで? 列車内なんだから関係ないんじゃ。
「申し遅れました。私、アンドロメダと申します。お気軽にアンとお呼びください」
「あ、こりゃどうもご丁寧に。ボクは」
「ターニー師ですよね? 心得ております」
うーん、さすがミザール王国一の有名人だね。
「私はテ……テティスです、よろしく」
いかんいかん、気軽にティアですなんて言おうものならゼータ駅での悲劇再び、だ。
テティスってのは、神話上での海の女神様の名前。ロード神が実在しているんだから、本当にいるかもしれないけど。
「こちらこそよろしくお願いします、ティア師」
ばれてるし。
「私たち聖職者にとっては、ターニー師よりも大聖女・ティア師のほうが有名なんですよ」
「私は聖女じゃないんだけどなぁ。周囲が勝手にそう呼んでるだけで。あ、ティアでいいですよアンさん」
アンさんはちょっと困った様子だったが、あちらもお酒が入ってるもんだからリミッターはゆるゆるだ。
「ではティアさん、で」
「うん」
「ボクもターニーでいいよ」
「わかりました、ターニーさん」
まぁそんな感じで、女三人寄れば文殊の……じゃなくて姦しいというか。どーしようもないネタ話に花が咲く。
「シマノゥ教で有名人て、どういうことです?」
「文字どおりですよ。ただ、上層部にはあまりいい感情を抱いていない方もいらっしゃって……」
別に好かれたくはないが、それはちょっと気になる。
「何で? ティアはポンコツだけど、すごくいい子だよ?」
誰がポンコツか。
「えーとですね、教会は特に商売をしているわけじゃないので信者からの喜捨や、冠婚葬祭を取り仕切ったりなどの心付けが収入源なんですね」
「あ、なるほど」
「ティア、何がなるほどなの?」
アンさん、自分の口から言っていいものかちょっと困ったように笑う。
「あのですね、ティアさんは無償で治癒活動されておられるので……その、なんというか」
「商売の邪魔ってわけですね」
どんな言葉で言い繕っても、帰結するのは結局そこだ。
「そ、そこまでは……それもあるのですが、」
あるんかい。
「末端の小さな教会など、商売上がったりでティアさんを疫病神扱いする不埒な聖職者気取りのバカもいまして。結果的に上へ収める上納金が減るので、業突く張りの……あ、いえ金の亡者と化した司祭職あたりが面白くないと思っているみたいなんです」
アンさんも結構辛辣というか毒舌だな。言い直してるのに、そっちも酷い意味なんですがそれは。
「まぁ一箇所に長く留まってるわけじゃないから、そこは勘弁してほしいなぁ」
それに、私が治癒活動をしているのは善意でもなんでもない。少しでも長生きしたいがための手段でしかないのだから。
「お気を悪くされたらすいません。ただ大多数は、ティアさんのことを心の底から尊敬しているんです」
「うーん、教会に貢献した覚えはないんですけど」
アンさん、優しい慈愛の笑みを浮かべて首を振る
「ティアさんが貢献しているのは、人間亜人を問わず押しなべて生けとし生けるすべての方にでしょう? そこには偏見も差別もなく、平等に。悲しいことですが、貧乏人だから亜人だから、肌の色が違うからというくだらない選民思想を持つ聖職者も少なくないんです」
節操なく治癒活動しているだけなので、ちょっと罪悪感。まぁでも、私には選民思想はないな。
「それに何より……本来、聖女というのは教会の高位の役職の名称なんです。だから下位の位から昇格して『今日からあなたは聖女』とされ、『今日から私は聖女』となるんですね。ですが――」
そこまで言ってグラスに残ったワインを飲み干す。ターニーが気を利かせて、バーから持ってきてたお酒のボトルを注いであげたんだけど。
アンさん、ターニーにお礼の会釈をして口をつけて、
「⁉」
そりゃそうなるよね。あれ、火をつけたら絶対燃えるアルコール濃度があると思う。
「強いですけど、美味しいですねコレ」
そう言って、お水のようにグイッと煽るアンさん。お酒には強いほうのようだ。
「おっ、アンさんイケる口だね!」
ターニーは何だか嬉しそうだけど、場末の居酒屋の会話かな?
「で、えーっと? 私、何の話してましたっけ? うへへ……」
うへへって。大丈夫かな?
「教会がお金儲けのことばっかり考えてて、けしからんて話してたよ」
「違う、ターニー。聖女の話だってば」
うーん、ターニーもそろそろキテるな。
「あぁ、聖女。そうそう聖女。で……」
アンさん、突然黙りこくってしまう。何だかとっても深刻そうな表情だ。でも私にはわかる、これは『何言おうとしたか忘れた』状態だ。
「聖女とは、教会内の役職の名前だみたいな話でした」
「そうそう、それ!」
ポンと手を打つアンさん。お酒のせいもあるんだろうが、なかなか楽しい人だ。
「ティアさんは教会関係者でもないし、むしろ教会からは距離を置いてます」
あ、うん。めんどくさいから。
「にも関わらず、ティアさんは聖女――大聖女って呼ばれているんですね。この場合の『聖女』は、憧れと尊敬、そして崇拝対象として自然派生的に産まれた……云わば……えーと」
もう目が虚ろですよ、大丈夫かな。
「つまり、憧れと尊敬、崇拝対象としてのソレなんです」
二回言った! お酒がまわりすぎて、上手い言葉がみつからなかったんだろうな。
「えーと、ほら! 兄弟としての『兄貴』は家族内でのポジションの呼称ですよね! 兄貴がクズでも外道でも『兄貴』なんです。
でも家族じゃないのに、リーダーとして尊敬されてる人が『兄貴』って呼ばれたりするじゃないですか? そう呼べって強要したわけないにも関わらずです」
何だか破茶滅茶なたとえだけど、言わんとすることはわかる。多分だけど、『尊称』みたいなことを言いたかったんだろう。
「あ……」
アンさんが何かに気づいたのと、窓の外がサーッと暗くなるのが同時だった。陽が沈みかけているのだろう。
「わっ、私! ごめんなさい、失礼します!」
何やら慌てて、アンさんがグラスを持ったまま元いた隣のテーブルに急ぐ。私たちとおしゃべりしている間は私と席を詰めて座ってたんだけど。
「え? 何々?」
「アンさん?」
私たちの呼びかけには応えず、何やら顔面蒼白で……こちらを見向きもしない。
そして陽が完全に落ちて、車窓から見える景色に夜の帳が降りてくる。
「えっと……あれ? ティア、何の話してたっけ?」
「んと……あ、そうだ。私の歌、どうだった?」
「どうもくそもあるかぁっ! 知り合いだと思われたくないからあっち行って?」
ひどいや。
ふと何気なく、隣のテーブルに目がいく。シスター? いや違うけど、なんかそんな衣装を着た人間族の女性が一人酒してた。そしてチラとこちらを見たんだけど、慌てて目をそらされてしまう。
「あれ?」
何だろう、この感覚。
「ねぇ、ターニー」
「何?」
「隣のあの女の人だけどさ」
あちらに聴こえないように、小声で。
「ん? あぁ、あの衣装は聖女様だね」
「聖女? シマノゥ教の?」
「うん」
ふーん。いや、そうじゃなくて。
「どっかで見たような気がするんだけど……」
「知り合い?」
「わかんない」
ターニーも改めてその聖女様とやらを、私の身体を盾にしてばれないように観察。
「……何だろう、この感覚。知らない人なのに、なんかこう」
「そう、そうなのよ。既視感ていうのかな」
いや違う。確かにそれもあるんだけど、私の本能が何かを叫ぼうとしている。
「もしかして、『陽が落ちるまで』ってのに何か関係があるのかな?」
そう、確かそんなことを言ってた。……誰が?
「何の話?」
「いや、ごめん。わかんない……何でこんな言葉が口から出たんだろ?」
「ヘンなの」
その聖女さんが席を後にしたので、もうその話は終了。ターニーがカラオケして喝采を浴びたり、私がトイレで吐いたりとか色々あって、個室寝台に戻ったのは二十時近く。
お互い呑みすぎたのもあってグロッギー気味、寝台に腰かけたまま無言が続く。ターニーは前方展望をボーッと見つめてて、私は……何かモヤモヤした感情に包まれていた。
(あの聖女のお姉さん、何なんだろう)
妖精としての第六感がザワついてる。
「ねぇ、ティア」
「何?」
「あの聖女様のことだけどさ」
「うん」
そこまで言っておいて、黙りこくるターニー。私は、静かに続きを待つ。
「ボクの中でさ、何か『ヘンだ!』て感覚があるんだ」
「奇遇だね、私もだよ」
ターニーも『何か』を感じていたようだ。
しばらく後に私たちは再びあの聖女さんに再会することになるのだけど、今この場ではそれ以上は話が進展せず。
前方展望に夜の海が姿を見せて、二人ともハイテンションになったのでした。
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