ポンコツ妖精さんは、そろそろ転生をやめにしたい

仁川リア(休筆中)

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第九話・あやかしの姫巫女

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 玉衡の塔が見えてきた。一階部分をグルッと囲むように、警備兵のような方々が数メートルおきぐらいに立っていた。
 夜叉さんは、すっかりイチマルモードに戻っていて。
 つまり着物着て二足歩行で歩いている大きな狐さん。身長は本人曰く一六五センチはあるけど一七〇センチには届いていないとのことだ。それでも私より十センチ以上高いのだけどね。
 夜叉モードはお忍びで出る際に味方の警備兵をも欺く必要があるとのことなので、賢者六人衆以外は知らないのだそうだ。
「お疲れ様です、ご苦労様」
 イチマルが、一階玄関扉の前を警備している二人の兵に声をかける。アリオト王国の兵……じゃないな。保安局員でもなさそう。
 だって警備の人たち皆、和装。ということはマウンテ教の官兵?
「姫巫女様、お帰りなさいませ……そいつは?」
 うさん臭そうに、私を見る官兵さん。
 そりゃね? パッと見た目はちんちくりんのクソガキ妖精ですよ?
 でもいくらなんでも、頭が悪すぎやしませんかね。仮にも姫巫女様が連れてきているんですよ? 賓客だとは思わないのだろうか。
 イチマルはニコッと笑うと(といっても狐なのでわかりづらいが)、
『パシーン!』
 ひと際大きな打撃音が響いた。手甲側を使った、イチマルの裏ビンタがその官兵に炸裂したのだ。周囲にいたほかの官兵が驚いているが、何より私も驚いた!
「そなた、わらわがお連れした賓客に対して無礼であろう。この痴れ者!」
 イチマルが他人に対して怒ったとこ、初めて見たかもしれない。
 その官兵は片手両膝を地に着け、残る手で鼻と口を押える……のだが、鼻と口からドバドバと溢れてくる血は片手では押さえ切れていなかった。折れた歯らしきモノがボトボトと指の隙間からこぼれ落ちているように見えるのだけど。
「妾に恥をかかせおって、このうつけが……早うね!」
「をごっ、もごっ、もおしわげ……」
 その官兵さん、うまくしゃべれないようなんだけど。何だかなぁ。
 周囲にいた二人の官兵さんが、その人を両脇から抱えるようにして運び出そうとするのだけどね? 違う、そうじゃない。
「あのー、官兵さん? あなた、殴られてないですよ?」
「はがっ?」
 両脇から抱えている官兵さん二名も、当の殴られた?官兵さんもポカーンだ。
「確かに殴ってはいませんが、そうされるに値することをしました。ティアさん、私からもお詫び申し上げます」
 そう言って、深々とイチマルは頭を下げる。
「いえいえ、気にしないでイチマル。ちなみにイチマルに殴られたと思ってるそちらのあなた、それ『気のせい』だから」
「ほごぇ?」
 まぁ自分が殴られたと思ってるんだから、口がうまく動かない……という錯覚をしているんだろうな。
「あなたも兵として働いているなら、本物の血の臭いぐらいはわかるでしょうに」
「え……」
 そう、その官兵は口を押えてはいたが血は一滴も出ていない。それどころか、イチマルに強烈な裏ビンタをくらったというのに指一本触れられた形跡すらないのだ。
「ティアさんをはじめ、かの賢者たちは簡単に見抜いてしまいますね。私もまだまだ修行が足りないようです」
 そう言って笑いかけてくるイチマルに、
「いや、十分足りてるから……私も、あやうく騙されるところだったというか」
 つか途中まで騙されてましたよ? にしてもイチマルさん、相変わらず見事な妖術です。
「私も治癒魔法を使うはしくれだからね、本当の怪我かどうかは見抜けますって」
 ってドヤる私に、
「ティアさんがはしくれ、ですか」
 イチマルは苦笑いだ。うーん、ボケたんだよー! ツッコミ待ちだったんですけどね?
 やっぱイチマルのこと、苦手かもしんない。
「とはいえ、失礼に値する態度を取ったのは事実です。其方、ティア師マスター・ティアに謝罪なさい」
「えっ、ティ⁉」
 いやいや、大丈夫ですってば……って。
「はっ、ははーっ!」
 その人だけじゃなく、周囲の官兵さんも。私、水戸のご老公様か何かか⁉
「ティアさんのことはよくご存じでしょう? 其方如き、ティアさんが『願った』だけで雲散霧消せしめてしまえるのですよ?」
 『神恵グラティア』のことを言ってるのだろうか? まぁ確かにできるけどさ。
 私の治癒魔法を攻撃魔法として使うソレには大きな弱点がある。確かにイチマルの言うとおり、私が『願え』ばたちまちのうちにその官兵を破裂させてしまうことは可能だろう。
(だけどなぁ、手加減ができないんだよね)
 そう、つまり『殺す』ことしかできない。だから、(相手を殺さない)喧嘩で勝つとかの芸当は無理ゲー。
 現に、ベネトナシュはエータ駅の羽猫そばでの騒動。私はあの暴漢に、手も足も出せなかった。まぁそんなこんなでついた二つ名が――。
「私なんて、最強にして最弱の妖精ですよ」
 私にこれを命名したのは、何を隠そうデュラだ。あれ、最弱にして最強だったかな? まぁいいや。
 ただ、説得力ないんだよね。以前、本気でガチ切れしてデュラを殺すつもりで『神恵グラティア』を仕かけたことあるんだけど、あのバケモノは耐えきりよったから。
(ってそのときに命名されたんだった)
「ねぇ、イチマル。私はもういいから。ね?」
「生ぬるい気がしますが、まぁティアさんがいいというなら仕方ありませんね。其方、『矯正房』にての三か月の科刑を命じます。引き立てなさい!」
「ハッ!」
「ちょっ、お許しを! 矯正房だけは何卒、何卒ロード様のご加護を持ちましてお赦しを‼ イチマル様!」
「ならぬっ。目障りじゃ!」
 そうして、絶望的な表情のその官兵さんはどっかに連れていかれたんだけど……あれほど嫌がるって、矯正房っていったい⁉
「ねぇ、イチマル? 矯正房って?」
「ゴッ◯キーが埋め尽くされた部屋で、ひたすら◯ゴッキーを食する生活が続くだけですよ」
「いや、何の文字も伏せられてないから!」
 想像しただけで失神しそう……。てかこれ、ボケたんだろうか? それとも天然なのか。
 まぁなんやかんやで玉衡の塔は最上階、イチマルの居住エリアへ。
「相変わらず独特の匂いがするね、ここ。香りが、伽羅木っぽい」
「……驚きました、ティアさんはお香に造詣があるのですか?」
 本当にイチマルびっくりしてるんですけど。そういや私のこの知識、前世ゆらの記憶だわ。
「そうでもないよ、たまたま知ってただけ」
 前世での後輩、美香ちゃんが香木マニアだったんだ。美香ちゃんが持ってくるお香が、あの地獄の修羅のような職場をどれだけ慰めてくれたことか。
「少し済ませなければいけないことがあるので、お待たせしても?」
「あ、全然かまわないよ」
「ありがとうございます」
 そう言ってイチマルは、文机に座ると眼鏡をかけて何やら筆をすべらせる。着物を着た狐が眼鏡をかけて文机に正座して筆ってね、もう一人和風ファンタジーですよね。
「何してるのか訊いてもいい? 邪魔なら黙っとくから遠慮なく言って」
「邪魔どころか、ちょっとお手伝いをお願いするかもです」
 ほぇ? 何だろ。
「列車内で渡した洗浄効果のある魔導具ですけども、あれはソラさんに『うちで開発した商品なんだけどさ。ちょっと使ってみて? そしてどんな感じだったかレポートちょうだい』と押し付けられまして」
 そういや言ってたな、プロトタイプだか試作品だかって。
「ティアさんも髪を洗うのにお使いになられてますから、使い心地のほうなど……文字数埋めを手伝ってほしいな、と」
 うーん、小学校の夏休みの宿題の作文みたいなこと言うなぁ。ちょっと可愛い。
「いいよー、任せて」
 しかしソラめ、優しいイチマルは絶対断らないからって無茶ぶりがすぎる。
 まずイチマルが全体を埋め、私が数行書き足すという形でなんとかレポートが埋まったので(というか枚数指定すんなよソラ)、ホッと一息つく私たち。
 とりあえずということで、朝食の準備にとりかかるイチマル。私も手伝うって言ったんだけど、お客様は大人しく座って待っててほしいとのことだったから、遠慮なく。
 間取りつーか、塔だからね。真円に近いその中では壁際に家具置いたりとか、そこらへんは私やターニーの塔とそう変わらない。
 部屋の中央にある魔法陣も同じくだが、私は緋色でターニーは黄色なのに対し、イチマルは翠色すいしょくだ。カワセミの羽のような緑色。
 それは青と表現する人もいれば、緑と表現する人もいる。そもそも古いニホンでは緑という概念がなく、一律して青と表現されていたんだ。それは現代ニホンでも、信号機のそれが緑色に見えるのに青信号とされるように、その一部が引き継がれている。
(まぁカワセミの羽の色て一言で説明は済むんだけど、こっちの世界にカワセミいるかな?)
 朝食が出来上がったようなので、テーブルに運ぶのだけは無理やり手伝わせてもらった。ちょっと困ったような顔をしたイチマルだけど、私が強引に押し切った。
 そういや私、イチマルに怒られたことないな。というか、イチマルって怒るのか。
「先ほど怒りましたけど?」
 うん、すっごい怖かった。
「そうじゃなくて、私たちに。塔の六賢者にさ」
「あぁ」
 朝食は、ご飯とお味噌汁、お漬物。それと何かの野菜のおひたし(これはニホンにないやつだ)。アルコル帰りだから久々の和食とはならないが、商売で出されるものと違って塩分は適度だしお漬物がしっかりと漬かっていていて美味しい。
「そりゃ私だって、怒ろうとしたことぐらいありますよ」
「へぇ?」
 ちょっと想像できない。
「ただ私が怒る前に、皆さん謝られるんです」
 なるほど。イチマルは人格者だからね、『あ、イチマルを怒らせた?』と思った瞬間にそれは『悪かったのは自分!』となっちゃうんだよね。
「それに、尻尾触られたら怒りますね」
「あ、そうだったね」
 以前、ふざけて尻尾を触ったデュラと互いにノーガードの殴り合いをやってたことあるな。あの怪力デュラに一歩も引かないのを見て、逆にイチマルの怖さを思い知ったんだっけ。ターニーですら、デュラには力勝負では及ばないんだから。
「ああそうだ、リリィのこと」
「はい」
「その前に訊きたいんだけど、あの人間体……夜叉の外観というか容姿というか? あれは何がどうなってああいう?」
「キャラクターデザインは、ソラさんに決めてもらいました」
 何だか変なセリフが出てきたぞ、おい。
「ソラさんの魔術で……もし私が人間や亜人として産まれてきた場合、今の狐の容姿に換算するとどんな感じなのか、というのを計算していただきまして」
 よくわからないけど、うん。
「ああなるそうです」
 なるほど、よくわからない。
「んー、どう言えばいいでしょうか。ティアさんもティアさんで、もし最初から狐として産まれてきたらこんな狐、というのがあると思うんですよね」
 うん、まぁそれはね。
「それの逆バージョンといいますか。私も何を言っているのかよくわかっていないんですが」
「つまり、私から見て今のイチマルは……失礼な言い方でごめんだけど、ただの狐。ほかの狐と見分けがつかない、とまでは言わないけど」
 尻尾がね。でもじゃあ尻尾以外で見分けポイントっていうと難しい。
「だけど狐界では、ああいう大人っぽくて身長も高くて美人で礼儀正しい上に、スタイルもいい夜叉みたいな女性ってこと?」
「そっ、そうなのですが、やっ、やめてください……っ!」
 え、あれ? 顔を真っ赤にして俯くイチマルとか初めて見た! ちょっと新鮮かも。
「了解。とりあえずちんちくりんが私だけなのはわかった」
「? ちんちくりん、ですか。どういう意味でしょうか?」
 来た来た、イチマルお得意の無自覚ボケ殺し。ここはスルーするに限る、うん。
「まぁそれは置いといてさ。リリィ、リリィディアのこと」
「はい」
「ぶっちゃけ、どこで?」
「ここ数百年ほど、何度か夢に登場してくるのです。白くて何もない空間に、私と彼女のみ。長い間ずっと、こちらが何を話しかけても答えていただけなかったのですが……」
(同じだ)
「一度だけ、名前を教えていただきました」
「リリィディア、と?」
「そうです」
 なるほどね、ターニーの話とあまり変わらないな。でも私の場合は違う、夢じゃなくて……生々流転の狭間に、リリィがいるんだ。
「ふーむ」
「ティアさんも同じく、ですか?」
「ちょっと違う」
「と言いますと?」
「私がこれまでティアとして転生するときに、いつも出逢う黒い衣装の少女について話したことあるの、覚えてる?」
「はい、覚えて……なるほど、かの少女ですか? リリィディアと名乗るのは」
 そうなんだ。となると、アルテやソラ、デュラも知ってる可能性が高い。
「実は、アルテ姉は何かを知っているようなのです」
 何ですと⁉
「それはリリィディアについてって意味だよね?」
「はい」
 いったいどういうことだろう?
「私にも詳細は教えていただけませんでした。いつか話す日がくるから、それまで待ってほしい、と」
「じゃあ私が訊いても……」
「同じことを言われると思います」
 っぽいな。
「おそらくですが、ソラさんも何か存じているようです」
 待て待て、情報量多いってば。
「私の魔法陣、発信機能がうまく働かないと説明したと思うのですが」
「うん。それで物理で私に会いにきたんだよね。それが何か?」
 イチマルは黙って立ち上がると、部屋中央にある魔法陣の外周に配置されている私たち六人の紋様シグネチャを指さす。
「実はこの魔法陣、数ヶ月前にソラさんに新しく書き直してもらったものです」
「へぇ。老朽化でもしてた?」
 自分で言っておいてなんだけど、魔法陣の老朽化って何だろう。
「いえ、何でも試してみてほしいのだと。試作品だと言ってましたね」
 ねぇねぇ、イチマルさん。あなたソラから新しい商品のモニター役、ことごとく押し付けられてないです?
「この魔法陣、ティアさんやターニーさんのところとどこが違うかわかりますか?」
「どこって、優しい緑色をしている以外は全部……あれ?」
「やはりお気づきですよね」
 そう、そうなのだ。魔法陣は、中央に大きな魔導紋様マジックサイン。これは賢者六人全員に送れる単方向の送信機能を持つ。
 そして外周に小さな魔導紋様、私たちは紋様シグネチャと呼んでいるそれが六つ。これは前世であった電話でいうなら短縮ダイヤル、パソコンのショートカットキーのようなもので。
 二回叩くと呼び出し、受信した側も同じく二回叩くと着信。そして互いの姿が互いの魔法陣に立体映像として顕現し、テレビ電話のように双方向の会話ができるというスグレモノだ。
 私は知らなかった(じゃなくて忘れてた)んだけど、ほかの塔から自分の塔の紋様を三回叩くと瞬時に自宅に転移できてしまう機能もある。
「何、このスペース?」
 私のところもターニーのところも、六つが均等に外周にそって配置されている。だけどイチマルのこれは、『一つ分』スペースがあるんだ。もしここにもう一つ紋様が書かれたら、綺麗に外周が埋まる。
「『いずれ、皆のところもこの魔法陣にしなくちゃいけないかもしれない』というようなことをおっしゃってたんですが……」
「うーん? 私たち六人に何か深い関わりのある人にも魔法陣をあげて、七人で使うみたいな?」
「私もそう予想しました。詳しいことを訊いても、アルテ姉と同じく『いつか話す日がくるから、それまで待ってほしい』、と」
「まったく同じことを言われたね」
「はい」
 どういうことだろう。
「私が思うに……塔の賢者は、最終的に七人になるのではないでしょうか?」
「うーん、ちょっと話がぶっ飛びすぎじゃないかな」
「そうでしょうか……」
 そう言いつつ、イチマルの黄金の瞳は強い光でその空きスペースを見ている。
「仮にそうだとして、それがリリィディアと何か深く関わってくると?」
「そこまでは言いませんが、決して無関係ではない気がします」
 姫巫女だけあって、イチマルの『予感』は結構当たるんだ。それはこれまでの経験上で、嫌というほど知ってるから……。
(少しずつ、リリィに近づいていってるのかな?)
 そしてふと、かの水色ちゃんを思い出す。
 イチマルにも訊いてみたが、そっちのほうは見たこともなければ記憶もないとのこと。まぁ私も実際に本人を見るまでは、記憶というか追憶の欠片もなかったしね。
「ティアさんは、こちらの塔でゆっくりされていきますか?」
「そうだなぁ(イチマルと二人でどう過ごせばいいの⁉)」
 そんな私の表情を読み取ったのだかどうか知らないけど、
「私と一緒にいてもつまらないでしょう? 本当は早く逃げ出したいんだと思いますが、そこをあえてお願いがあるんですけども」
「何かな? 私にできることなら」
 私、イチマルが私に頼み事?珍しいなと思ってつい……前半をスルーしてしまった。
「あ、前半は否定なさらないんですね?」
 そう言って、クスクス笑うイチマル。
「アッー!」
 もう顔面蒼白である。よりにもよって、私に単独で会いに来てくれようとした仲間を……傷つけたかもしれない。でも今にも土下座しようかという私に、
「では貸し一つ、ということでお願いを聞いていただけますか?」
 と言って朗らかに微笑わらうイチマル。
「聞く聞く‼ 何でも言って!」
 もうね、必死ですよ。えぇ。
 でね、頼み事っていうのは詳細を聞くまで返事をしちゃダメだって私、学習することになるんだ……。


「ハイ、ワン・ツー・スリー! ワン・ツー・スリー! ……ティア様、ステップが遅れてますよ!」
「は、はいっ!」
 私、何故かイチマルとダンスの特訓。ちなみに男性パートを踊ってる。
 塔に派遣されてきたダンスの先生は人間族の上品そうなおばちゃん、つか貴婦人。高位貴族の令息令嬢相手にダンスを教えている方らしくて、それはそれは著名な先生なんだとか。
 傍からみると、狐と妖精がダンスを踊っているのである。何だこれ、どうしてこうなった⁉
 イチマルのお願いというのは、もうかなりぶっ飛んでいた。
「はい? ダンス?」
「そうなんです、ちょっと弱ったことになりまして」
 マウンテ教はこの大陸ではシマノゥ教に続く第二の勢力だけど、それは国によって違う。ここアリオト王国の王室では、マウンテ教を手厚く信奉しているのだとか。
 その恩恵というか、マウンテ教の本部もアリオト王国から多額の援助をしてもらっている。そのおかげで信者から金を集める必要がなく、怪しげなカルト宗教のように壺だのを売ったりはしていないのだ。あ、おみくじは売ってるけど。
 この度隣国メグレズ王国の王太子とアリオトの王女様の婚約がめでたくまとまったのだけど、メグレズはシマノゥ教のお国柄。こちらが嫁入りする以上は、それに合わせないといけないといけないらしい。
 要は婚約披露パーティーにマウンテ教の大聖女もとい姫巫女であるイチマルも招待されていて、しかも立場上絶対に断れないのだと。
「アリオトの王室がマウンテ教の敬虔な信者であることは、諸外国にも周知されております。ですから王女の祝事に姫巫女である私が欠席したとなると、『マウンテ教はこの婚姻に反対の立場である』と邪推されかねません」
 確かに、それは微妙な問題だね。
「また、王室に対してもマウンテ教としては不義理を働くことになるといいますか……」
 それはわかるよ。浮世の義理ってやつだね。
「……事情はわかった。でも不可侵条約は?」
 王侯貴族は私たち六賢者が嫌がること、不利益なことはしない――だったよね? 確か。
「つまり私が嫌がってない、不利益に感じてないと表明したならイエスという意味にもなります」
「あ、なるほど」
「私が欠席することによって、『出席したくない』『不利益である』に転嫁され、つまりはノーと言ってるようなもので」
 イヤな解釈だな、なんでもありじゃないか。
「毎年多額の援助をしていただいている以上、断りにくいといいますか断ったら国際問題にもなってしまうのですよ」
 ニンゲン、メンドクサイ……。
「で、参加は決定事項なんですけども。こうなんといいますか、パートナーを同伴しないといけなくて」
「パートナーといいますと?」
 もうイヤな予感しかしなくて、却って笑ってしまう。
「エスコートしたり、ダンスしたりですね」
 まさかとは思うけど、まぁいくらなんでも……だよね?
「そこでティアさん、私のパートナーとしてですね? お願いしたいなぁ、と」
「ヤダヤダヤダ、絶対ヤダ!」
 そのとき、一瞬だけスゥッとイチマルの表情が変わるのがわかった。狐だからわかりづらいけど。本当に一瞬で、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
(イチマルが怒る五秒前かもしれない……)
 私は戦慄した。さっき見た、あの裏ビンタを思い出す。リアルでもバーチャルでもあれはイヤだ。
 てかそれ以前に、私わがままばかりでイチマルを困らせてる気がする。
「それはイチマルからのおねだり、なのかな?」
 何言ってるのかな、私。
「おね、あ、いやそういうわけでは……あるのでしょうか」
「おねだりされたら、断れないかもよ?」
 ニッと笑って、イチマルの顔をのぞきこむ。ふふっ、主導権はとった。って断るためじゃなくてね、ただ単にイチマルとの会話を楽しみたいだけなの。
 イチマルはしばらく黙りこくっていたが、意を決して顔をあげて。
「お願い、ティア姉! どうか私に手を貸してほしいの!」
 え……今の誰のセリフ?
 まさかイチマルとは思わないので、周囲をキョロキョロ――するのだけど。イチマルしかいないんですけど⁉
「今の……イチマルが言ったの?」
 見ると、目の前には茹で上がった真っ赤な狐が‼ 赤いき◯ねが‼
 すっごく恥ずかしそうにうつむいてて、目を合わせてくれない。何コレ、可愛いかよ!
「こ、こんな調子でいかがで……ティアさん?」
 恥ずかしそうに顔をあげるイチマルさんなんですけど、ちょっと待って。可愛すぎて鼻血が止まりません!(あ、比喩であって私には血液は流れてないよ?)
(『ティア姉』って、イチマルから初めて呼ばれたなぁ)
「でも私、ダンス苦手。どっちのパートを踊ればいい? ダンスのレッスンとか事前にできるかな?」
 イチマルの顔がパアァーッと明るくなる。かっわいいなぁ!
 まぁそんなこんなで、ダンス特訓を初めて一週間。
「ハイ、ワン・ツー・スリー! ワン・ツー・スリー! そこでフィニッシュ!」
 ジャンッ♪
「はい、お二人ともお見事です。これ以上は教えることは何もありませんね!」
 さすがにそれは褒めすぎだろうとは思ったが、褒めて伸ばすタイプの先生かな? ってこれ以上教えないっていってるんだから、本当に心からの賛辞なのだろう……多分。
「ティアさん、お見事です!」
 イチマルが、そう言いながら握手を求めてきた。
「いやいや、最初のころなんてもうね?」
 ターンする度に揺れる、イチマルの尻尾×九。何度踏みつけたことやら?
 あのデュラとも殴り合いしちゃうぐらい、尻尾についてはナーバスなイチマル。今回については故意じゃない上に自分からのお願いとあって怒るわけにもいかず、尻尾を踏まれた痛さで青い顔をして冷や汗を垂らしながら『お、お気になさらずに……』とやせ我慢してた(コメカミに青筋浮いてたけどね)。
 ぶっちゃけ、賢者六人衆では素手の喧嘩というか格闘では一番弱い私。次がソラ。あとの四人は、武器いらずの精鋭だ。
 そりゃ私やソラは、チンピラや魔獣と素手で戦って勝ったりはできませんけどね? だからといって運動ができないわけではなく、ソラはともかくとして私は運動神経はいいほうだ。
 昔取った杵柄というか、一万年以上生きていればいろんなことを覚えますよ。ダンスは初めてじゃなかったのもあって、身体が覚えていたのは幸いだった。
 レッスンも終盤あたりでは、イチマルとの息もピッタリで、やっぱり先生のそれは素直な誉め言葉なんだろうな。それに何よりね、ダンスって楽しい!
「イチマル様もさすがですが、さすがはティア様。妖精だけあってダンスの才能はお見事です!」
 いやいややめてくださいな、エヘヘ! てか妖精族にも、ダンス苦手なのいると思うよ?
 『妖精のダンス』って何やら幻想的なイメージをもたれがちだけど、妖精イコールダンスってのはステレオタイプな考えだ。
「それにしてもイチマル、ドレスが似合うねぇ(棒)」
 いかん、棒読みになってしまう。といってもね? 似合ってないわけじゃないんだ。似合ってるわけでもないんだけど。
 なんというか『狐がドレス』って初めて見るもんだから、基準がわからないんだ。
「棒読みでお褒めの言葉、ありがとうございますティアさん」
 ま、イチマルにはバレるでしょうね。口角がピクピクしてるから、いわゆる『私だって、怒ろうとしたことぐらいありますよ』状態なのだろう。
 でもイチマルには、私の軽口を非難できない決定的な理由ってのがありまして。
「ティアさんも、その……似合ってます、よ?」
「うーん、疑問形ありがとう」
 今の私、燕尾服なんだよね。もちろん男性用。
「さすがにコレは聞いてなかったというか、想像しなかったな」
「本当に申し訳ありません」
 まぁ男性パートを任せたい、と言われた時点で気づくべきだったんだけど。
「いやいや、気にしないで」
 でも燕尾服、ツバメの尾みたいなのが背中側にあるんですよ。そこにプラスして蝶々テイストな妖精の羽ですからね? 褒めようにも、どうしていいかわからないのだろう。
「私たち、会場ではすごく悪目立ちしそう……だよね」
「言わないでください、今からそれを想像すると頭が痛いです……」
 イチマルはイチマルで大変だ。普段が和装テイストな巫女さんがドレス、いや狐がドレス。うーん?
「本当なら高位貴族の令息と踊るのがいいんでしょうが、私の立場上はそうもいかなくて」
「ニンゲン、めんどくさいねホント」
 イチマルはマウンテ教の姫巫女だから、もし彼女とファーストダンスという大役を拝命しちゃったらもう大変。アレは誰だ?どこの馬の骨だなんてヒソられたりするし、貴族の見得やら影響力やら何やらが絡んできて超めんどいのだ。
 何より、マウンテ教の姫巫女に気に入られたって思われるのはまだマシなほう。マウンテ教がかの家のバックについたなんて穿った見方をする輩もいるだろう。
 そこで私なら、誰もが文句も言えないというか納得せざるを得ない存在ということになるのだ。まぁその用途ならばターニーでもアルテでも、ソラでもデュラでもいいことになるけど。
「って、あれ?」
「ティアさん、どうしました?」
 もし私と偶然列車で会えなかったら、イチマルは誰と踊ったんだろう。じゃなくて、もうなんだかわかっちゃったよ。
「イチマルが私の塔を訪ねてきてくれた理由ってさ、もしかしてもしかする?」
「……騙すような形になってしまい、大変申し訳ありません」
 なるほどなー、でも。
「いや、頼ってきてくれて嬉しいよ」
 そう返すと、イチマルは心の底から安堵したようにホッとした表情に。
「婚約披露パーティーは三日後、なんとかなりました。ティアさん、本当にありがとうございます」
 イチマルはそう言って深々と頭を下げるのだけど。
「お礼はまだ早いよ、イチマル。本番をつつがなく終えてからだね」
「はい」
 うーん、何かフラグ立てたみたいな言い方になっちゃったな。
「明日午後、イプシロン駅よりメグレズ王国の首都・デルタへ向かいます。ティアさん、とりあえず今日はゆっくりお休みください」
「は~……いっ?」
「何でしょう?」
 そういやそうか。婚約披露パーティーとなると、王太子がいる側の国でするのが普通だもんね。
「イチマル、姫巫女でしょう?」
「ですよ?」
 大陸で二番目に規模の大きい宗教組織の姫巫女なんだ、VIP待遇というかさぞかし豪華な馬車とかで送迎があるもんだと思ってたけど。
「列車で行くの?」
「はい。マウンテ教は質素倹約を旨としていますからね。信者に強要はしていませんが、神職に携わる者としては模範となる振る舞いを見せねばなりませんから」
 明日、駅は大変だろうな……まぁミザール王国のターニーみたいに、アイドルを取り囲むようなことを高位神職に対してはやらないだろうけど。
「まぁ列車に乗り込むまでの我慢ですね。護衛の官兵もいるから心配はご無用かと?」
 イチマルは、そう言いつつも苦笑いだ。まぁ悪目立ちはお互い様なので、似たような経験してる者同士。イチマルが呑み込んだ言葉が何かはよくわかるよ。
「でも列車の乗客がやっかいだね」
「んー、大丈夫じゃないでしょうか。全寝台が個室と聞いております」
 ……はい? 個室はともかくとして、全……『寝台』?
「はい。魔石寝台特急『ウェヌス』でデルタに向かいます。デルタへは翌日の夕刻着になりますね」
 ほぇ~‼ またしても寝台特急に乗れちゃうのか! でも全個室とはゴージャスですね、こりゃまた。
「私も何度か乗ったことはあるのですが、プライベートスペースは守られますし揺れもほとんどなく。たとえば、コインを窓際に縦に立てても倒れないほどです。今回の旅程のために用意された臨時便なのですが、一般の方が乗れる便だと乗車券もろもろで一千万リーブラ(約八百万円)ともいわれていますね」
 何だそれは、一軒家までは無理だけど高級車が買えてしまうではないか……とは前世ニホンでの価値観だけども。でもイチマルさん、質素倹約とか言ってませんでしたっけ?
「切符はアリオトの王宮が用意したものでして、私のというかマウンテ教の財で購入したことはございませんが」
 あ、イチマルちょっとムッとしてるや。
「気を悪くしたらごめん。てか悪くしたよね? そういうときは遠慮なく怒ってほしい」
「あ、いえ。私こそ不遜な態度を見せたかもしれません。協力してもらっている立場だというのに私ときたら……」
 あぅ、イチマル落ち込んじゃった。どうしよ⁉
「イチマル、落ちんこでるの?」
「はい、自省しております。ティアさんこそ、私の振る舞いに思うところあれば遠慮なくおっしゃってくださいね?」
 渾身のボケをスルーされてしまった。気づいてはいたようだけど。
 まぁボケの説明を求められて、『あえて間違えて「ち」と「こ」を入れ替えて言ってしまったことにより、』なんて説明をするハメにならなかっただけヨシとしよう、うん。
 そしてこのとき、私は気づいていなかったんだ。
 なぜ一つ国を隔てたベネトナシュにいる私に、声がかかったのか。隣国ミザールにいるターニーは仕事が忙しいから無理だとしても、目的地であるメグレズにいるアルテを頼らなかった理由。
「この格好、ほかの仲間に見られたら恥ずか死んじゃうよね!」
 そう言って笑う私にイチマルがビクッとしたのを見逃したのは、本当に不覚だったなって。


「ねぇ、イチマル?」
「何でしょう、ティアさん」
 翌日正午過ぎ、私とイチマルはイプシロン駅……の、VIP専用改札を抜けて駅長の案内でホームへ向かっているんだけど。
 左側にズラリと並ぶ王国兵、右側にズラリと並ぶマウンテ教の官兵。
 もう妖精だの狐だの以前に、目立つ目立つ! まぁ一般人が近づけないように鉄道保安局員数十名が一般乗客との間に人間バリケードを作っているからいいんだけど、逆にそれがさらに人目を引いている。
「いつもこんな感じ?」
「王女の婚約披露パーティーはいつもありませんよ?」
 それもそうか。でも少なくとも、イチマル一人でもこの半分の規模はあるってことだ。地位ある立場ってのも大変だな。
「姫巫女様、列車の準備は少し遅れるとのことです」
 王国側の人間なのはわかるのだけど、どういう地位の誰なのか知らないけどそいつがイチマルに進言する。
「宰相殿、我らが姫巫女様をお待たせするとは何ごとでしょうか⁉」
 官兵側のなんか地位の高そうな、一人だけ衣装がちょっと豪華なおっさんがそいつ……宰相だっけ?に食ってかかる。
「司教殿、落ち着かれよ。仮にも、姫巫女様をお運びするのだ。準備は万全でなくてはならぬ故、」
「黙らっしゃい!」
 うるさい。私は小声で、
「ねぇ、もしかして列車は関係者というかパーティー出席者の貸し切りになるの?」
「言ってませんでしたか?」
 どっちだったかな。いずれにしろ、何だか気分が重い列車旅になりそうで憂鬱だ。
「個室にこもっていればいいんですよ。お食事とか、室内からの注文で届けてもらえますよ」
 一人で食って一人で寝て? あぁ、『なると』での二人用個室が懐かしい。
 さすがに女子二人のキャッキャッ旅行じゃないので、私もイチマルもそれぞれ個室が与えられてるそうなんだけど。
(まぁイチマルと二人きりも息がつまるとはいえ、個室に一人も何だかなぁ)
 にしても険悪な雰囲気のおっさんズ、ちょっと黙っててくれないかな。
「黙らせましょうか?」
「うん、お願い」
 イチマルの助け舟に気楽に返事をしてみたはいいが、何する気だろう。
 すると宰相と呼ばれた王国側の人間が、スタスタとその場を立ち去り……ゴミ箱の蓋を開けて覗き込み、
「司教殿、ですから不備を詫びておるではございませんか!』
 とか叫んでんの。で、司教サマとやらが自分のカバンを開けておもむろにその中に……自分の顔を突っ込んでる⁉
「こちらとしては姫巫女様が此度のパーティーに参加されることの意味を、理解してほしいと申し上げているのです!」
 って叫んでるつもりなんだろうけど、カバンでくぐもってよく聴こえない。この二人は何をやっているの?
「うーん、これはこれでうるさいですね」
 シレッとイチマルが言ってのける。なるほど、妖術で互いが互いの位置や姿を錯誤しているわけか。
 最初は何が起こっているかわからなかった両サイドで護衛の兵さんたち、イチマルが動じていないのを見て事情を察したみたいで。必死に笑いをこらえてらっしゃいます。さすがに宰相と司教となると、表立って笑うわけにはいかないもんね。
 そうこうするうちに準備が整ったようで、魔石寝台特急『ウェヌス』が入線してきた。
 先頭が魔石機関車なんだけど、パッと見で洗練されたデザインなのは見てとれた。機関車なのに、何かこう。何て言えばいいんだろ、ニホンでいう特急電車に似てる。
「あ、そうか。サンライズだ」
 ブルトレは廃止されたけど、入れ替わるようにして寝台特急の主流になった?のがサンライズ号だった。一度乗ってみたかったんだけど、山陰と四国に用は無かったので結局乗れずじまいで死んでしまった(私が)。
 妖術は解いたらしく、司教サマと宰相サマは顔を怒りと恥ずかしさで真っ赤にして黙り込んでる。ホームではお静かに、うん。
 反対側のホームは一般の乗客が群がっているんだけど、一部の客がカメラを構えてパシャパシャやってる。こっちの世界のカメラは、まだ銀塩写真だ。
 それにしても、こっちの世界にもいるのね。私は自分の目で見た映像のほうが好きだな。
 前世で、そういやおもしろいニュースがあった。観光旅行にでかけた人で、写真をいっぱい撮った人とそうじゃない人で旅の思い出を語ってもらったら、写真を撮っていない人のほうが鮮明に覚えてたって。ホントかな?
「ティアさん、黄色い線の内側までお下がりください」
 イチマルが駅構内アナウンスみたいなことを言う。いつのまにか、ギリギリのところまで歩み寄ってしまったようだ。
「うーん、やっぱイチマルのがお姉さんだよなぁ」
「……」
 イチマルからの返事は無し、返答に困ったんだろうな。ここでターニーとかデュラとかいたら、茶々いれてくれて逆に助かるんだけど。
「私たちの乗るのは二号車です。ティアさんは後尾の扉から乗ってください、私は先頭の扉から乗ります」
 はい? 二人で一緒に乗ろうよ。
「私たち、同じ二号車……なんだよね?」
「そうですけど、私がA席でティアさんがB席なので」
「なので?」
「ええと……まぁどちらから乗ってもいいのですが」
 何が言いたいのだろう? 結局何がなんだかわからないまま、二号車先頭の扉から二人で乗り込む。最新鋭の車両だから、自動扉だった(引きずってるなぁ、私)。
「これもターニーの作かしらん?」
「よくご存じですね、ティアさん」
 あ、マジでそうなのか。鍛冶屋って、いったい全体なんなんだ。
 イチマルの個室寝台は、先頭の扉を入ってすぐの位置にあった。
「ここが私の座席になります。ティアさんは隣ですね」
 そう言ってイチマルが指さしたのは……十メートルぐらい先? 車両末尾付近にある扉。
「ちょっと待って」
「はい?」
「ココ、ニゴウシャ」
 何故かカタコトになってしまう私。
「ですよ?」
「A席がイチマルでB席が私」
「はい」
「C席……」
 私が何を言いたいのかわからないイチマル、不思議そうな表情で。
「二号車はA席とB席だけですよ?」
 よく見れば、車両一両なのに個室扉が二つしかない。
「もしかしてもしかするんだけど、車両半分がまるまるお一人様なの?」
「ですねぇ。二号車だけに豪奢ごうしゃ、なんつって」
 待ってまって(笑)。今イチマルが何か言った!
「……お忘れください!」
 いや、恥ずかしそうにうつむくぐらいなら最初から言わなければいいのに。
「イチマルもダジャレ言うんだ、へえぇ~え?」
 ニヤニヤしながら顔を覗き込もうとする私に、サッ!サッ!と左右に首を振って避けるイチマル。こんな一面もあったんだなぁ、可愛い♡
「ねぇ、一人も寂しいしさ。そっち遊びに行ってもいい?」
「そりゃ構いませんが……もったいないですよ?」
「せっかくイチマルと逢えたのにさ、一人個室でいるほうがもったいないって! イチマルと一緒のほうがいいよ」
 とりあえずここでイチマルの個室に一緒に入るのもなんなので、私は荷物を置いてくるべくイチマルに背を向けて自分の個室へ。
 ここで後ろを一度でも振り返っておけばな。イチマルが顔を真っ赤にして、両手で顔を押さえてしゃがみこんでしまった……らしいのだけど、私は見逃してしまった。う~ん、残念!
 イチマルから預かったカードキーを刺す……のではなく、魔石パネルの前にかざす。すると、扉が自動で開いた。
「ハイテクだなぁ……」
 そして中を覗いてびっくり仰天‼
「ダブルベッド……」
 それどころか、アンティークなチェストにデスク、ドレッサーに金庫に。
(あれはまさか……)
 個室内のさらに奥にある二つの扉。
「トイレ……私専用⁉」
 って妖精である私には無用の長物だけど。そして反対側は、多分。
「シャ……ワーじゃなくてバスタブがある⁉」
 いや、シャワーもあるんだけど。
「に、二号車だけに豪奢……」
 思わずダジャレたイチマルの気持ちがわかったかも。
「あ、なるほど」
 イチマルの言う『もったいない』の意味を理解した。つーか逆に、イチマルも私に来て欲しくないだろうなぁってちょっと思ったよ。これだけの豪華個室、一人で堪能してもお釣りがくる。
(もしイチマルが一人になりたいようだったら、さっさと退散しよう……)
 簡単なポーチだけ持って、イチマルの個室へ。イチマルに言われたとおり、イチマルの個室扉横にある魔石パネルにカードキーをかざす。
「どうぞ」
 中からイチマルの声がして、自動扉が開いた。来訪者側のカードキーの情報で誰が来たかが自分のカードキーに表示され、そこをタッチしたりスワイプすることで解錠したりとかできるらしい。もう技術の粋が詰め込まれているなって。
 それはそうとカードキーの一番下に、小さな文字で『フェクダ・ソラ商会』て刻印があるのだけどもうツッコまないよ?
「へぇ、こっちも同じ感じの部屋なんだね」
 扉から奥の御手洗いとか浴室への間取りがアシンメトリーな以外は、ほぼ同じだ。
「いらっしゃい、ティアさん」
「あ、お邪魔します」
 ダブルベッドに腰かけてるイチマル、立ち上がって来客用の椅子(もあるんだよなぁ、ここ)を用意して自分の正面に置いた。
「じゃあ座るね」
 そう言って私が座ったのは、ベッドに腰かけてるイチマルの真横。面接じゃないんだから、椅子に座って向き合うのもなんでしょと思ったんだよね。椅子を用意してくれたのに申し訳ないけど。
「えっ、あのティアさ、い、椅子に、」
「あ、他人にベッドに座ってほしくない人だった? マジ、ごめん!」
 ていうかまぁ、大部分の人がそうだと思う。なので、慌てて立ち上がったんだけど。
「いやあのそうではなく、そのえーと!」
 うーん、不躾だった。せっかく椅子を用意してくれたんだから、そっちに座るべきだった。で、改めて椅子に座ろうとしたら、
「てぃっ、ティアさんは他人ではありません!」
「ほぇ?」
 その発言の意図がわからず、固まる私だったんだけど。イチマルは顔を真っ赤にして反対側に背けたまま、さっき私が座ったベッドの位置をポンポンと叩いてる。
(座っていい、ってことなのかな?)
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
 うーん、イチマルこっち向いてくんない。何で?
「ねぇ、イチマル。こっち向いて?」
「は、はひ……」
 変な返事きた。
「そうだ、イチマルに聞いておきたいことがあったんだ」
「なっ、なな、何でしょう⁉」
 何でさっきからイチマルは挙動不審なんだろう?
「さっき私が来るって言ったとき、『もったいない』って言ってたよね。確かにこんな豪華な空間、一人で過ごすほうがいいもんね」
「え……」
 今度は、何だかショック受けてるイチマル。
「あ、あのティアさんはこっちに来ることを後悔しt」
「イチマルもやっぱ一人がいいもんね? 私が来r」
 二人の言葉が重なってしまい、どちらも言うのやめたもんだから。
「あ、ごめん。そっちからどうぞ。何?」
「え、あのいや。ティアさんからどうぞ!」
 そう?
「イチマルもさ、一人で楽しみたかったんじゃないかなって気づいたんだ。私鈍感だから、ごめんね?」
「ちっ、」
 え、舌打ち⁉
「違います! 嬉しかったんです‼ ティアさんが来てくれるって知って私、とっても嬉しかったんですよ!」
「あ、はい」
 イチマルの雰囲気に気圧されて、圧倒されちゃう私。照れ損ねてしまったじゃないか。
「いやでもイチマル無理して、」
 気まずくて思わず顔をそむけようとする私だったんだけど、
「してません‼ 私の目を見てください!」
 いつになく凄い剣幕で、私の顔を両手で持って無理やりイチマルに向かせる。何かグキッて音がしたよ……。
「私は‼ ティアさんが来てくれると知って、ホンットーに嬉しかったんですよ!」
「あ、うん」
 ここにきて私、やっと赤面。
「六賢者でも私、何だか浮いた存在で親友と呼べる存在もいなくて……ターニーさんとティアさんコンビ、ソラさんとデュラさんコンビがうらやましかったんです」
 はて、コンビ? まぁ確かに私はターニーと、ソラはデュラとつるむことが多いな?
「残った私はアルテ姉と仲がよくなるかといえばそうでもなく。いえ、悪くもないんですが」
 うーん、さっきからイチマルどうしちゃったんだろ?
「だから、そのっ……ふふ、これ思ったよりキツいですね。油断しました」
 何なに? 何の話⁉
「かけてくるとわかっていれば事前に妖術で防げたんですが……もう、負けです。私の話、聞いてもらえますか?」
 あ、まさか…『真実の瞳ヴェリタス・アイ』⁉ いつから発動してたの⁉


 『悠久の時空ときを生きる賢者』とこの大陸で呼ばれる六人には、ある奇妙な共通点がある。
 通常、人間族も亜人もそれぞれの生態に基づく理の元にその生を賜る。まず赤子として出発し、子供時代を過ごして大人へ。こんな当たり前のことが、私たち六人には存在しないのだ。
 アルテ姉も私も、ソラさんにターニーさんもデュラさんも。
 『私』が最初に生を賜ったとき、すでにもう『私』であった。狐としては成体になりたてとでもいおうか。父の存在も母の存在も知らなければ、子供だったころの記憶もない。
 いつのまにか私は私で、私のままで生きていた。いつから? その答えは何度自問自答しても出てこない。ただ過去を鑑みて一番記憶が途切れたときこそが、産まれてきた……いや顕現したときであるといえよう。
 その解釈でいくなら、私はこの世界にすでに今の私のままである日いきなり出現したことになる。そしてすでにそのとき、私には同じ境遇の仲間といえる存在がいた。
 それがハイエルフのアルテ姉だ。彼女は、私よりも七千年ほど早くこの世界にいたらしい。
 今、アルテ姉は一万五千歳ほどになる。初めて私が私を認識した八千年ほど前、アルテ姉はすでに七千歳だったということだ。
 当時、ともに過去を持たない身としてアルテ姉の存在は心のよりどころであった。だがある日、彼女から知らされたのは……『もう一人』の存在。私が私の誕生を認識するよりも前に、アルテ姉や私と同じ境遇の者がいたと。
 名前を『ティア』という妖精族。残念ながら若くして亡くなったそうなのだが。
 ただ彼女の場合、アルテ姉や私とはかなり事情が異なる。ティア……さんには、両親がいて子供時代を健やかに過ごしたという記憶があるというのだ。
 だがその幸せな生活も、突如として惨劇に見舞われる。人間族の王による理不尽な『妖精狩り』で、その花を儚くも散らしてしまった。だがある日、突如として『二回目のティア』として亡くなった当時の姿のままでこの世に顕現したという。
 その身に生まれもった『過ぎた魔力貯蔵庫』としての運命さだめは、幾度も彼女の身体を蝕んでは壊し、その生を強引に奪っていった。だが閉じれど閉じれど割れ鍋に綴じ蓋の如く、亡くなったときの姿のままで再び生を得るのだとか。
 アルテ姉がティアさんと出逢ったのは私が最初に顕現するよりも二千年ほど前で、すでにその時点で数十回目の生々流転を繰り返していたらしい。
 今はたまたま、ティアさんが死んで輪廻の途にあるのだと教えてくれた。なんという凄まじい運命なのだろう。もし神というのが存在するのならば、そのティアさんに何を思い何を望んでいるのか? それが不思議でしょうがなかった。
「では私は、そのティアという人に出会うことができるのですか?」
「多分、すぐにでも出会えるだろうね」
「と言いますと?」
「さきほど感じた不思議な感触……ティアは、再びこの世界に顕現したようだ」
 この当時、いわゆる『塔』に住んでて市井から『賢者』との呼称を得ていたのはアルテ姉のみ。私は普通にマウンテ教の巫女見習いであったし、そのティアさんという方も日々旅をすみかとする根無し草だったと。
 アルテ姉から、初めてティアさんを紹介されたときのことは今でもはっきりと覚えている。
「うげっ、狐⁉」
 最初の印象は、最悪だった。こんな人を仲間だとは思いたくなかった(あのときは本当にゴメンナサイ! byティア)。
「お初にお目にかかります、イチマルと申します」
「うわっ、狐がしゃべった!」
 こんなである(いやもう本当にゴメンナサイ‼ byティア)。だけど、どこかスッキリもしていた。遠巻きにヒソヒソとあることないことを流布吹聴する輩よりも、よっぽどわかりやすくていい。
 でもだからといって、好きにはなれなかったが。そのうち慣れてきたのか、普通に接してくれるようになったのだけど……最初に私に失礼な態度を取ったことがティアさんの中でひっかかっているらしく、私には少しよそよそしい。
 まぁ別に私も特にティアさんと仲良くしたいという欲求はなかったし、どうでもよかった。その後もティアさんは、短い生を終えては還ってくるというのを幾度も繰り返す。
 それから三千年後、今からだと五千年ほど前になるだろうか。また新たな仲間が私たちに加わる。
「ソラと申します、よろしくお願いしますね」
 魔女のソラさん。呪術を巧みに操る傍ら、魔導具の開発を趣味とする変わった女性だった。
 アルテ姉やティアさんが私に対して特に姉のような立ち居振る舞いはしなかったものだから、私も彼女に対して妹のようには接しなかったし、私を姉のように接することも不要だと伝えた。
 だけど私の言い方や態度の何がいけなかったのか、アルテ姉やティアさんには『アルテ姉』『ティア姉』と呼ぶくせに、私にはイチマルと呼び捨てにするのだ。
 ちょっと納得がいかなかったが、後に『そう言ってくれたのはイチマルだけだったから、安心して甘えちゃった。アルテ姉やティア姉は、そういうこと言ってくれなかったから』との言質を得て、溜飲が下がった心地がしたものだけど。
 それは裏を返せば私が狭量であるのだと、未熟ものであるという証左にほかならぬわけで、まだまだ修行が足りないのだと自責の念にかられたのを覚えている。
 このときはもうすでに私はマウンテ教の姫巫女補佐という立場で、アリオト王国に玉衝の塔を構えそこを住処としていた。ティアさんもベネトナシュ王国に揺光の塔を構えていたが、滅多に戻らないのだとか。まぁそれはどうでもよかった。
 それに倣い、ソラさんもフェクダ王国に天璣の塔を建ててそこを拠点にするようになった。私たち四人がそれぞれの塔から直接通信しあえるように、かの魔法陣をソラさんが編み出したのはちょうどこのころ。
 だけどそれに伴い、これまで何かにつけ会合の場を持っていた私たちが魔法陣頼みになり、互いに少し疎遠気味になったのは皮肉だった。しかもティアさんに限っては滅多に塔にいないから、塔同士の通信に加わることはほとんどなく。
 常に旅の空の下に或るから、いつのまに死んでていつのまにか……それがこのころのティアさんに対する、私のイメージだった。そこに、彼女に対する『興味』はなかったように思う。
 そしてさらに千年後、ミザール王国は開陽の塔に原初のエルダー・ドワーフであるターニーさん。そこからさほど間を置かずに(といっても私の感覚なので、実際は数百年先だが)メラク王国は天璇の塔に真祖の吸血鬼トゥルー・ヴァンパイア・デュラさんが仲間に加わった。
 私がマウンテ教の姫巫女に昇格したのは、ちょうどそのころだ。
 ソラさんとウマが合ったデュラさんも彼女と同じく私を呼び捨てで接するが、ターニーさんだけはイチマル姉と呼んでくれていて。
 ちょっとだけ嬉しく思ったが、たまにティアさんが通信に参加するときはターニーさんとウマが合うみたいで、二人は結構親密な仲になっていたように思う。
(面白くないな)
 醜い。私は醜い。そんなことを思ってしまう自分が、嫌いで嫌いで仕方ない。
 くわえて姫巫女としての役目に忙殺されていたのもあり、ほかの五人とは滅多に交流の時間がもてなかった。そのせいか、六人の会合ではいつも私だけが浮いている……そんな孤独感をいつしか感じ始めるようになる。
 そんなある日のことだった。その日はいつものように、姫巫女として本殿の神殿で祈りを捧げていたときのこと。
「各々方、ご傾注ください!」
 突然、時の大司教が何ごとか騒ぎ始めた。
「大司教、いかがいたしましたか?」
 姫巫女である私より一つ上の階級、いわばマウンテ教のトップに座する大司教が神聖なる祈祷の場を乱したのだ。これはただごとではないと判断した、のだけど。
「我、マウンテ教大司教の名に於いて宣布いたす! そこなる邪悪なる獣は、まことの姫巫女ならず。偽りの姫巫女である!」
 誰の……いや、姫巫女は当代は私だけだ。私が偽りの、姫巫女だと⁉
「気でも触れたか、大司教‼」
 わけがわからなかった。何かに憑かれでもしたのだろうか?
「気が触れているのはそのほうであろう? 獣の分際で人の世に、ましてや神聖なるマウンテ教に取り憑くあやかしめが‼ よくぞこれまで騙し続けてくれたな⁉」
 いや、私を正式に姫巫女に取り立てたのはあなたなのだが。それまで私は姫巫女見習い、そして補佐を何千年もの間務めてきたが、獣であるという理由だけで姫巫女昇格への道は閉ざされていた。その私に新しい道を指し示してくれたのは、ほかならぬ大司教ではなかったか。
「大司教、何が言いたいのです」
 大司教と姫巫女の諍いとあって、周囲は口が出せないでいる。ヒソヒソと遠巻きに囁き合うぐらいしかできないのだが……私を下衆びた目で見下し、嗤う者も少なからずいるようだ。
「イチマル殿。そなたは姫巫女見習いであるアリヴィオが、辺境神主の娘であることをことあるごとに辱め、嫌がらせの限りを尽くした‼ 知らぬとは言わせぬぞ」
 アリヴィオ、あぁあの子か。遅刻居眠りは当たり前、態度は不真面目で不遜極まりない問題児だ。これまでに何度か、上位職の務めとして『指導』はしたことがあるが……。
「嫌がらせとは如何に。私は姫巫女として、」
「だまらっしゃい!」
 いつの間にやら、周囲の者たちは大司教の背後に移動していた。対してこちらは一人……何だ、何が起こった?
「アリヴィオ嬢、こちらへ」
「はぁ~い♡」
 私の背後からシンプルな下位の巫女衣装を着たアリヴィオが現れ、私を追い抜き様に『クスッ!』と小さく嗤う。どうでもいいがあなた、白衣が左前ですよ? いつ死んだのですか。
「それではアリヴィオ嬢、そなたがイチマル殿に何をされたか。ここではっきりとあまねく知らせたまえ」
「わっかりましたー‼ そこにいるハナマルさんですけど、私の白衣にお神酒をかけたり経典を切り裂いたり~。階段から突き落としたり、みたいな?」
 何なんだこの茶番は。それに私はイチマルだ。姫巫女である私の名前を呼ぶのもご法度だというのに、それすら間違えるのか? それとも本当に覚えてないだけかもしれない。
「イチマル殿。如何に申し開きをいたすか?」
「申し開きも何も、身に覚えなきこと。私は確かに、そこなる娘に個人的に指導したことはあるが、それは上位職として当然の、」
「ふははははっ‼ まんまと尻尾を出したな、偽りの姫巫女よ! 各々方、今のをお聴きになられましたかな‼」
 いや、尻尾なんぞいつも九本出してますが。
「かように姑息で痴愚な振る舞い、これを『当然の指導』と言ってのける貴殿こそまさに、偽りの姫巫女といえよう‼」
 いったい何が起こったのか、わからなかった。そこから先はあれよあれよと進み、私は偽りの姫巫女として追放を申し渡され、着の身着のままで神殿を放り出される。
 納得がいかなくて密かに調べてみたが、大司教は獣である私が神殿にいるのが気に食わず……というのもあるのだろうが、かのアリヴィオと密かに睦み合う仲なのだという。
 私を姫巫女に据えたのも、こうして謂われなき罪を被せて追放したのも、すべてはアリヴィオを姫巫女の座に挿げるため。すべては、最初から仕組まれていたのだ。
 くわえて、狐である私が高位神職にあることを快く思っていない一派をも取り込み、神殿は大司教の息のかかった者が上位神職を固めていた。私一人だけが、悪者だったのだ。
 折しも間の悪いことに、その日の晩は私の玉衡の塔に六人全員が集うことになっていた。特に理由はなく、懇親会のようなものであったが……まんまと罠に嵌められて追放されたなど、とても恥ずかしくて言えたものじゃない。
 だから、だから――とても苛ついていた私は、戯れに尻尾をいじってくるデュラさんに対し。
「いい加減にしてください‼」
 そう言って、殴りかかってしまった。今思えば、本当に申し訳ないことをしたと。これでは、ただの八つ当たりではないか。
 デュラさんはいきなり殴られたのもあって、戦端を開いたのはこちらであるという解釈の元で応戦してきた。
 私は、もう何が何だかわからなくて悔しくて、やりきれなくて。泣きながらデュラさんを殴り殴られていたように思う。その後は仲間たちにより引きはがされたのだが、デュラさんはそう怒っているわけでもなく。
「イチマル、何故泣く。何があった?」
 私に殴られて腫れあがった顔を、ティアさんに治癒魔法をかけてもらいながらデュラさんが心配そうに訊ねてきた。私は恥ずかしくて何も言えず、沈黙を決め込む。
 ティアさんは続いて私を治癒してくれようとするのだが、その差し出す手を邪険に払ってしまった。もう何もかもが滅茶苦茶だ、消えてしまいたい。
「すみません、今日はちょっと……デュラさんもティアさんも申し訳ありませんでした」
 ただただ黙って、深く頭を下げる。今はただ、それだけしかできなくて。
「いやだからイチマルさ、何があったんだよ‼ 私たちには言えないことか⁉」
「そうだよイチマル、今日のあなたヘンだよ。何かあったんなら力になるよ?」
 デュラさんもティアさんもそう言ってくれるのだけど。今はただただ、一人になりたかった。
 とりあえずその場はお開きにしてもらい、私の部屋にある魔法陣で各々の塔に戻ってもらった。次に、どんな顔をして皆に会えばいいのか? もうわからない、何がわからないのすらもわからない……。
 その日から私は、塔に引きこもった。来客の鈴にも応じず、ただ一人で泣いて泣いて泣いて。仲間から魔法陣への着信もことごとく無視を決め込む。
 今にして思えば、このとき私は仲間からの着信に応じるべきだったのだ。でなければ、皆があんな……自らを犠牲にしてまで、私のために戦ってくれることなどなかったのだから。
 あれから二か月が過ぎようとしたころ、私はようやく塔の外に出た。と言っても食料が尽きたので、やむを得ず買い出しに出ただけなのだが。妖術で『夜叉』に変化してあるので、誰も私がイチマルだとは気づかない。
 郵便受けからは大量の手紙が溢れ出ていたが、今は読む気にもなれなかった。そして街へ出た私は、『その後』を知ってひどく狼狽することになる。
 私の好きなリンゴを購入しようと思ったのだけど、どこも売っていなかった。いや、かろうじて売っているお店はあったのだが、相場の十倍以上の値段だ。いったいこれはどうしたことだろう?
「メラクからの通商が滞っているんだよ」
 店の主人がそう言った。リンゴはメラク王国の特産で、ここアリオト王国ではほぼ輸入で賄っている。代わりに、アリオトのミカンがメラクに輸出されているのだが。
「何かあったんですか?」
 飢饉でもあったのだろうか。もしそうなら、シマノゥ教の大聖女かマウンテ教の姫巫女の出番だけど。
(あぁ、そうか。もう私は姫巫女じゃないのでした)
 だが、事は予想以上に深刻だった。
「何でも、メラクの……なんつーたかな、吸血鬼の賢者さん」
「……デュラ師マスター・デュラ?」
「ああ、それそれ。そのほうがメラクとフェクダの国境でさ、大量の吸血蝙蝠を連れて居座ってるとかで、陸路での通商がほぼ途絶えてるんだわ」
 何故デュラさんがそんなことを?
「くわえて、その隣のフェクダのええと、」
 まさか……。
ソラ師マスター・ソラ?」
「ああ、それそれ。でかい商会の会頭やってるってな。ここアリオトに対してだけ関税を三百パーセント上げてきよったから、今あそこの商品を買えるのはお金持ちぐらいしかいなくてなぁ。せっかく商品を輸入できても、それを売るための設備が維持できない有様なんだ」
(いったいなんでソラさんまで?)
「そんでほら、ターニー師マスター・ターニーだったかな?」
「鍛冶職の賢者ですか?」
「それよ、それ。アリオトの人間には包丁の一本も売ってくれないわで。特に軍とかがな、武具はターニー師に頼りきりだったから、維持管理もままならなくなってな。軍が弱体化したアリオトに、隣国から宣戦布告されるんじゃないかと皆心配の種が尽きないんだよ」
 デュラさんにソラさん、ターニーさんがアリオトに嫌がらせをしている……のだろうか?
「あとはええと、メグレズのエルフさん。何つーたかな」
アルテ師マスター・アルテですね」
「そうだ、そんな名前だったな」
「アルテ姉が……アルテ師は何を?」
「先ほどの戦争云々てのは眉唾でもなんでもなくて、本当にメグレズが攻めてくるかもしれなくてよ? メグレズでは小麦の値段が急騰して、税金も急にバカ高くなった。軍備を整えてるんじゃないかってのが、さっき言った開戦の根拠よ。メグレズの国民は、そのせいで生活が困窮してるってもっぱらの噂だ」
 戦争……戦争になるのだろうか。私が原因、で?
「それでそのエルフさん、メグレズの王室と衝突してしまってなぁ? あちらじゃ戦争より先に内戦ぼっ発の危険もあるとかで、どっちに転んでもうちにとっちゃ地獄だ」
 そんなこと……させられない‼ 早急にでもアルテ姉と話し合いをしなくては。
「何故アリオトがそんなことに? マウンテ教の大司教や姫巫女は、いったい何をしているのです⁉」
「ありゃ、夜叉さん知らないだか。大司教はとっくに失脚、偽りの姫巫女……なんつーたかな、アリボ?とかいう。あれはイチマル様を罠に嵌めて追放したってことで、とっくに処刑されちまったわな」
 私が引きこもっている間にそんなことが? まさに怒涛の展開としかいいようがなかった。
「で、お城の人らはマウンテ教の後ろ盾を失って権威失墜もいいところ。まつりごとは滞ってる有様だ、この国はどうなっちまうのかねぇ」
「……かの者たちの罪は、誰がどうやって暴いたのでしょうか?」
「大司教と姫巫女さんかい? 自分でベラベラと罪を公言して周囲に言いふらしてたんだから、そりゃ糾弾されて弾劾されるわな」
 それを聞いて頭の中をかすめるのは、かの緋色ピンクの妖精が得意とするユニーク・スキル『真実の瞳ヴェリタス・アイ』。
「姫巫女さんが処刑されて、それにあのベネトナシュの……」
(やっぱりティアさんも絡んでるのか)
ティア師マスター・ティアですね」
「そうそう。これまで無償で治癒活動してたのに、医療費を急に搾取し始めてなぁ? この大陸じゃ大聖女の化けの皮が剥がれた、しょせんは金の亡者だったって皆文句言ってるよ」
「ティアさんが……」
 ティアさんはそんな人じゃない。それは仲間である私が、一番よくわかっている。
「だから皆言ってるよ、イチマル様さえいてくれればなぁってな。いったい本当にどこに行かれたのか、それとももうお国を捨ててしまわれたのだろうか」
 もう、聴いていられなかった。皆が、皆が私のために。私の不手際でこうなったのに、誰一人私を責めることなく自らの評判を地に落としてまでも……。
「こうしちゃいられません!」
「え?」
「あ、いいえ。おじさん、ありがとうございます。お礼にこの籠のリンゴ、全部買わせていただきますね」
「何のお礼か知らないがそうかい、ありがとうよ」
 取り急ぎは、軍と睨み合っているというアルテ姉のいる隣国メグレズへ。急ぎ私は旅支度を整え、メグレズに向かったのだけど。
 最初にメグレズの地で出会ったのは、アルテ姉ではなくティアさんだった。
 常に膨大な魔力を内から湧出し続けるティアさんは、その過ぎたる力によって身体が蝕ばまれてしまい、その過負荷に肉体が耐え切れなくなると哀しい死を迎える運命さだめにある。その進捗は、髪の色に顕れると聞いたことはあったけど……。
 やや赤みを帯びてはいるものの綺麗な白金プラチナだったその髪は、もうほぼマゼンタ一色に変色していた。
 ティアさんの、死期が迫っている――。


「初対面のときはもう本当に、返す返すも申し訳なく……」
 今の今までなんでずっと忘れてたんだろ。確かに私、イチマルとの初対面ではめっちゃくちゃ失礼なこと言ってた!
「ふふ、もういいんですよ。今となっては笑い話です」
 うぅ、笑えないよぅ……。
「それに、その後に締結された『不可侵条約』。あれは私がトリガーになったようなもんですし、ご心配もおかけしました。それについては、大変申し訳なく思っています」
 そうなのだ。あのアルテとメグレズ王国軍とが衝突寸前となったのは、まさに一国が滅亡するかどうかの瀬戸際だった。
 結果として、メラクのデュラがやったような通商妨害を隣国メグレズからも仕かけた形になったけれど。でもそれは、アルテの意図した流れではなかった。
 だから彼女は、自分だけイチマルに何もできなかったとか思ってる節がある。
「それについては、アルテ姉からも言われましたね。私は特に気にしないというか、アルテ姉がもし本気で仕かけてきたら今ごろはアリオトかメグレズのどちらか、あるいは両方が滅亡していたかもしれません」
 そうなんだよね。あのお姉さんは、私とは違う理由で人間を嫌っている節がある。その理由は、本人にもよくわからないのだそう。
「ティアさんにも、私のせいで『大聖女の化けの皮が剥がれた』だの『しょせんは金の亡者』だのと言われたい放題になってしまい……」
 んー。大聖女の皮なんて被った覚えはないから剥がしようがないし、お金取るようになったのは治癒がハードワーク気味だったから『ちょっと患者減らないかな?』と思っただけなんだよね。
 前世ニホンでも、しょーもないことで救急車を呼んだりとかが社会問題になってたけど、まさにああいう状態になってたから。本当に治癒を必要としている人がかなり待たされるという、本末転倒になっているのをなんとかしたかっただけなんだ。
「それについては、前にも言ったとおりだから気にしないで。それより私、初対面でさぁ?」
「もぅ! それこそこちらも言ってますよ? もう気にしなくていいって」
 うーん、これ以上は堂々巡りだな。
「では続けますね? アルテ姉を止めるためにメグレズ入りした私は、アルテ姉の天権の塔の近くまできたところでティアさんと偶然出会いました」


「あれ? イチマル?」
「あ、ティアさん……」
 アルテ姉に会いに、説得しにやってきたメグレズ王国は天権の塔。その塔が視認できる距離から『空を飛んで』きて、目の前に着陸したのはほかならぬティアさんだった。
「良かった! 外に出られるようになったんだね‼」
 私はこの人に、そして仲間に。どれだけ心配をおかけしたんだろう。それでも、涙がこぼれそうになるのをグッとこらえて。
「アルテに会いに来たの?」
「ティアさんこそ」
「あぁ、うん。まぁね……」
 どうしたんだろう、歯切れが悪い。
「今あっちでさ、皆揃ってる。デュラもソラもターニーも」
「大まかな事情は聴きました。今はどういう状況ですか?」
 ティアさんは少し困ったように塔を振り返ると、
「もう少し歩いたら見えるかな。塔をメグレズ王国軍の兵隊が取り囲んでる、二百人ぐらいかな。でも攻め入るとかじゃなくて、塔からアルテが出てこないように見張ってる感じ?」
 もう事は急を要するようだ。そう言えば、何故ティアさんはここに?
「あー、それね……」
 ものすごく困ったような表情を浮かべ、寂し気に笑うティアさんだけど。手持ちぶさたに、深紅に染まりつつある髪をいじりながらどうも要領を得ない。
「みんなにはもう……お別れは言ってきたから。だからイチマルにも最期に逢えてちょうどよかったよ」
 ティアさんは何を言っているんだろう? いや、いや……その言葉の意味することは、自分で理解している。でも、突然の話で心の準備が追いつかない。
「あんまり見てて楽しいもんじゃないからさ? とりあえず先に行ってよ。イチマルの妖術ならあの兵をどかして中に入ることは簡単だろうし」
「そ、そんな……」
「いやいや知ってるじゃん? 多分だけど私、またティアとしてこの世界にお呼ばれするんだ。だから明日にはまた会えちゃうかもよ?」
 ティアさんは冗談めかして笑ってそう言うが、たまに『ティアさん以外の人』あるいは『ここではない別の世界の人』に転生することがある。最終的にこの世界にティアさんとして戻ってきてくれてはいるが、それは確実ではない。
 その残酷な輪廻は、いつ途切れるともわからないのだ。これが私の見る最後のティアさんになるかもしれない……そう思うと、足が動かない。
「私に……最期を看取らせていただけま」 
「ダメ」
 最後まで言い終わらないうちに、被せるように拒否されてしまった。
「言ったでしょ、見てて楽しいものじゃないって」
 先ほどとは打って変わって、厳しい表情のティアさん。魔核分裂とはいったい、如何様な最期をティアさんの肉体にもたらすのだろうか。
「う……っ⁉」
 不意に、ティアさんが両手で胸を押さえて両膝を付いた。
「ティアさん⁉」
「き、来ちゃダメ!」
 そう叫ぶやいなや、ティアさんは走り出した。飛ばないのだろうかと思ったが、もう羽は枯れた花びらのように萎んでいる。さっきまで飛んでたのに⁉
 ティアさんの身体に何が起こっているのだろう、何が起こるのだろう。
 私は生々流転を繰り返すティアさんの『生』について、不遜で不作法な考え方を持っていたかもしれない。いつも、当たり前のように笑って『また転生してくるよー‼』なんて明るく言うものだから。
 前方を走っているティアさんは、もうフラフラだ。足がもつれているのか、上手く走れないみたいで簡単に追いつけそうなのに。
 だけど、何かとんでもない魔力の渦というか気流のようなものがティアさんを何重にも包んでいるような感じで、あともう少しというところで弾き返される。
「ティ、ティアさん待って!」
「来ちゃダメだってばっ‼」
 そのとき、私は初めて怒鳴るティアさんの表情というのを見たかもしれない。ターニーさんやデュラさんと口喧嘩しているのを見たことはあるが、それはいずれも傍観者の立場としてだ。
 だけど今、ティアさんの緋色の瞳は強く私を拒絶している。
 そのときだった。まばゆい光が、ティアさんを包み込む。眩しくて眩しくてとても正視できず、思わず顔を背けた瞬間――。
『いやあああああああっ‼』
『痛い痛い痛い痛いっ‼』
『熱い‼ 熱いよっ‼ 誰か、誰か助けて誰かっ‼』
 天空に向かってとてつもないエネルギーの光の柱がティアさんから立ち上り、その光の中心から聴こえてくるのは断末魔の悲鳴。
『イヤだイヤだイヤだ‼ 死にたくない死にたくない‼』
 今……目の前で何が起きているのだろう。ティアさんが悲痛の叫び声をあげながら慟哭している。ティアさんの身体が燃えているように見えたけど、それは違って……ティアさんの身体を触媒として、炎のように膨大な魔力が噴き出している感じだ。
 だからティアさんの身体は燃え尽きることなく、天空を指さす光の柱はその小さな体躯に最期のとどめとばかりに容赦なく蹂躙の限りを尽くす。
 あぁ、私は……来ちゃダメだと言われたのに追いかけてきてしまった。こんな、こんな……悲痛な生への未練を泣き叫ぶ姿を、想像を絶する痛みに悶える姿を見られたくなかっただろう。私は何て愚か者なのだろうか‼
「ティ、ティアさ……わ、わわ、わた、私はどうすれば……っ⁉」
 何もできるはずがないのに、助ける手立てもあるわけがないのに。私はただただティアさんを助けてあげたくて、だけど何もできなくて立ち尽くす。
 ティアさんの断末魔の悲鳴を聴きながら、涙と震えが止まらない。
 これまでに行われてきた数え切れないほどの生々流転を、その最期をティアさんはこうして迎えていたなんて……私はティアさんの最期の悲鳴をこれ以上聴きたくなくて、両手を耳で押さえて座り込んでしまった。看取ると言っておきながら、どうしても顔を伏せてしまう。
「ティア姉、ティア姉、ティア姉‼ 見ちゃってごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‼」
 念仏のように繰り返す私のその声を、ティアさん――ティア姉の悲鳴がかき消す。耳を押さえているはずなのに、ティア姉の魔力の作用だろうか。脳にそれが直接響いてくる。
 ――どれだけそうしていただろうか。夜が来て、なおも光の柱は天空を貫いている。もうティア姉の悲鳴は聴こえなくなったが、光の中心にはまだ『燃え続けているティア姉の身体』のシルエットらしきものが見えた。
 その巨大な光の柱は、その日のメグレズ王国の首都デルタの夜空を煌煌と照らしたという。私はただただ呆然と、その光を無言で見つめ続けて……。
 やがて遠くの地平に、新しい一日が始まる兆しを見せる。と同時に、暁天の天空そらを染める光はだんだんと薄くなっていった。
 そして完全に夜が明け切ったときには、すでに光の柱が昇っていた場所には何も無く……ただ、光の粒のようなものが無数に舞っていて、それが朝陽に反射してキラキラと光り輝いていたけれど。
 やがてその光の粒による明滅も、何もかもが昇る陽の高さに合わせてかき消えてしまった。
(骨さえも…炭さえも残らない、なんて)
 私は、まるで小さな少女のように天空を見上げてワアワアと泣き続けた。泣いても泣いても、次から涙があふれてきて止まらなくて。
 もしティア姉がもう転生してこなかったらどうしよう、あれが最期の別れになったんじゃないか。そればっかり考えて、すごく怖くて。
「私はっ……私はまだ謝っていないのにっ‼」
 神様、ロード様、クロス様。お願いです、もう一度ティア姉に逢わせてください。そしたらたくさんたくさん謝って、そしてもし赦されるならば彼女にお願いしたいことがあるんです。
 私からも、『ティア姉って呼んでいいですか?』って。
 ――その後、アルテ姉とメグレズ王国への説得に成功した私たちは、同じような悲劇を繰り返さないために『不可侵条約』を帝国と締結することになる。
 『次』のティア姉とはその数年後に再会できたけれど、照れくさいのもあり今までと同じように接してしまった。
 まだ謝れてないし、何より『ティア姉って呼ぶ』というお願いも今さらなので恥ずかしくて、言い出せなくて。
 その後もティア姉は相変わらず生々流転を繰り返したが、私は『次のときに謝ろう、お願いしよう』と逃げてばかりだった。そして最後にティア姉が亡くなってから十年が経って……二十年が経っても三十年が経っても、ティア姉はこの世界に再び顕現してくれることはなかった。
「私は、またやってしまったのでしょうか⁉」
 もう、この世界に戻ってきてくれないのかもしれない。私は大事なことを、個人的なしょうもない感情で後回し後回しにして……。
 だから、最後にティア姉が亡くなってから四十年ぐらいが経過したついこの間。ターニーさんからの同報送信にてティア姉が、再びこの世界に戻ってきてるのを知って。いてもたってもいられず、玉衝の塔を飛び出した。
 久しぶりのベネトナシュは揺光の塔。誰が名付けたか『居留守の塔』は相変わらずだったが、この四十年と違うのは……明らかに、一階玄関扉がつい最近開閉した痕跡があった。最上階の居住エリアは何故か窓が開いたままだが、ティア姉の気配は感じない。
「また旅に出てしまったんでしょうか」
 相変わらずアクティブな人だ。いや違うか、『生きる為』の旅に出たのだ。一足、遅かった。
 私は肩を落として、再び魔石寝台特急にてとんぼ帰りすることになったのだけど。
 普段の狐姿だとどうしても目立ってしまうので、夜叉に変化へんげしての旅程。列車はやがて、ミザール王国はゼータ駅へ。
(そういやターニーさんにも、しばらく会っていませんね)
 とか思ってたら、窓の外にそのターニーさんが‼ お互いびっくりして、思わず手を振り合ったものだけど……そこへ、
「前、失礼しますね」
 そう言って現れたのは――。すごく懐かしくて嬉しくて、神様がもう一度だけチャンスをくれたのかなって、もう本当に感無量で。
 幸か不幸か、今の自分は夜叉モードだ。この姿はティア姉にはまだ見せたことがなかったはず。
 現に、ティア姉は私に気づいていないみたいで。だから、ティア姉に触発されたのか『どこで気づくか試してみよう』なんて思った。
 後で、割りと早い段階で気づいてたと知って恥ずかしさでいっぱいでした。慣れないイタズラはするもんじゃないですね。そしてベネトナシュに来た『本当の理由』について訊かれたときは、心底あせったんです。
「え……? ダンスの相手をお願いしに来たんだよね?」
 えぇ、そうなんです。その場で思いつきました。
「???」
 ごめんなさい、ティア姉。ダンスの相手は、宰相の息子さんと踊る手はずになっていたんです。でもこのチャンスは逃してなるものかと思い……嘘をつきました。
 あ、ちゃんと先方にはダンスの相手を変更した旨、伝えましたよ? あちらも私と踊るのはイヤだったのか重圧だったのか知りませんが、快く譲っていただきました。
「そうまでして、何で私とダンス???」
 私にもよくわからないです。ただなんといいますか、ティア姉の笑顔を一番近くで見たいって思ったんです。もうあんな……ティア姉は見たくないと思ったから。
 そしてティア姉……改めて。あのときは、来ちゃダメっていわれたのに追いかけてごめんなさい。そして、一番見られたくなかったであろう姿を見ちゃって本当にごめんなさい。
 そしてまた赦されるのであれば。今後、『ティア姉』って呼んでよろしいでしょうか? ずっとこれが言いたくて言いたくて、言い出せませんでした。
 もちろん、ダメならダメで諦めます。今さらですもんね? でも私にとってティア姉……さんは、とっても大好きなお姉さんなのです。
 願わくば、私もターニーさんやソラさんデュラさんのように、あなたの妹分として思っていただけたらなぁ、なんて。私はティア姉のお母さんでもお姉さんでもありません。
 よく、私のほうが姉のようだなんて軽口をおっしゃっていますがとんでもないです。しっかりしているようで、実は結構しっかりしていないんですよ。
 知らなかったでしょう?


「うん、知らなかったね」
 知らなすぎてびっくりしたよ。
「しかも、もう一つ嘘があります」
「何? もうびっくりしないよ?」
「ありがとうございます。ソラさんに新しく造ってもらった魔法陣、送信機能が壊れているっていうの、アレ嘘です」
 ごめん、それ凄いびっくりした!
「魔法陣でのバーチャルなそれより、実際に逢って再会したかったといいますか……」
 あー、それはわかる!
「そして改めてお願いです」
 ティア姉って呼びたいって件だろうな。ここは『わかってるって!』なんて先んじて応じたいところだけど生真面目ちゃんなイチマルのこと。ちゃんと筋を通したいのだと思うから、グッと堪える。
「ティアさんのこと、『ティア姉』って呼びたいです。その許可をいただけますか?」
「んー」
 いや、焦らすつもりはなかったんだけど。イチマル、ハートをドッキンドッキンしながら固唾を呑んで私の次の言葉を待ってる。
「私はね、ソラにもデュラにも『ティア姉』って呼べってお願いしたことないんだ。現に、ターニーはそうしてないでしょ?」
「あ、はい……」
 イチマル、何か暗い表情かおをしてうつむいちゃった。いや、そうじゃなくてね?
「だから……私から『ティア姉』って呼んでほしいなんてお願いするの、イチマルが初めてになる。ねぇ、私のこと『ティア姉』って呼んでくれないかな?」
 あまり重い雰囲気にしたくないので、ちょっと軽い感じで言ってみたんだけど。
「そっ……それは……私からお願いした、こっ、ことで……」
 鼻を両手で抑えて、イチマルの目には涙が浮かぶ。そんなつもりはなかったんだけど、からかっちゃったかな。ごめんね?
「ねぇ、まだ『真実の瞳ヴェリタス・アイ』は作用してる?」
「どうでしょうか。もうあらかた言い尽くしましたので、スッキリした心地です」
 そっか良かった。じゃあもう隠し事はないんだね? ……っていうフラグを建てた私のバカ。いや、今この時点で知れただけ良かったのか⁉
「あ、メグレズ王室側からはアルテ姉が貴賓として招かれてますね」
 は? アルテが? 私のちんちくりん男装を見て嗤う⁉(そこまでは言われてない)
「いやああああああああああっ‼」
 そんなこんなで更けていく、魔石寝台特急『ウェヌス』の夜なのでした。


【おまけ①】『あらやだの姫巫女』

「ねぇ、『真実の瞳ヴェリタス・アイ』にかかってるときでさ?」
「はい、何でしょうティアさん?」
「『しゃべりたくないのに』って思ってるのにしゃべってしまいそうになる。その衝動にあらがうと、その人の体内でどんなことが起こるの? 激痛? 不快感?」
 これはずっと不思議だったので、イチマルに訊いてみた。オーティムさんは何か我慢してたけど心が折れたような感じで、アンさんは確か――。
『ティアさんの顔を見ていると、もう全部話したくなってしまう気持ちになっちゃうんです』
 うーん、人によって違うんだろうか。ジャスミンさんは困ったように笑いながら話してくれた。オズワルドさんはあっさりというか淡々と話してくれた感じだったな。
「そうですねぇ……ティアさんは妖精だから御不浄の必要がないとのことなので、わかりづらいかもしれませんけども」
 ん? トイレってどういうことだろ。一応前世は人間だったから大丈夫よ!
「出かかってる大便を止めるよりは、出し切ったほうがいいですよね? 何かそんな感じです」
 オーケー、理解した。ところであなた、本当にイチマル?


【おまけ②】『もうやだの姫巫女』

「それにしても、私が死んだ後?ってそんな感じなんだね」
「と言いますと?」
 ティア姉が、またヘンなことを言い始めた。
「ほら、光の粒がどうとかさ」
 あぁ、良かった。そういう話ですか。確かに、自分じゃ見ることのできない『事後』ですね。
「あ、でもね?」
「何でしょう?」
 何だかイヤな予感がします。
「夜になって、もう私の叫び声が聴こえなくなったって言ってたでしょう?」
「……はい」
 あの夜の記憶が、不意にリフレインする。忘れたくても忘れられない光景だった。
「アレ私、まだ『生きてる』から。もう泣き叫び疲れて、声も出なくなっちゃってるだけなんだよね、タハーッ!」
 もうやだ、このポンコツ妖精……ッ‼
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