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第十一話・孤高のハイエルフ

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「リリィディア?」
「うん。アルテは知ってる?」
 アルテは無言で私の顔を凝視して、そしてイチマルの表情をも確認してる。これは当たりだな。
「まぁ、知ってるというか。私の前世に、深く関わってくる人間……いや、『神』の話になる。詳しいことは、私もついつい最近『あのババア』から聞いたばかりだけどね」
 あのババア、ね。創造の女神・ロード様。
「なんとなく訊いてみるけど、冥王神・クロス様のことは何て呼んでるの?」
「ん? 普通に『クロス様』だよ」
 何故ロード様だけ、ひどい呼び方なんだろ。
「アルテ姉って、ロード様の眷属……ですよねぇ?」
 イチマルも不思議に思っていたのか、私に同意を求めてきた。
「ってあれ? アルテ、あなたさっき『前世』って言った⁉」
「あぁ、言ったね」
 まさか、とは思うけど。
「『ねぇ、私の言葉がわかる?』」
 とニホン語で言ってみる。
「? それは何語だ?」
 何だ、違うのか。
「ごめん、何でもない」
 ってコレ、私のイヤなところだってターニー言ってたな。アルテにまでチクピンされたらたまらないや。
「私の一つ前の前世のね、言葉なの」
「ふーん。前のティアが死んでから数十年、いなかったよね? どっか別の国で別の人間になってたんだ?」
「そんなとこ」
 国どころか世界まるごと違ってたけどね。
「私の前世、今の私が一万五千歳ぐらいだからそれより前の話になるね。ティアがさ、最初のティアだったころのこの大陸での」
 ん? アルテさん、急に黙っちゃったぞ?
「イヤなことを思い出してしまうかもしれないが、聴いてくれるか?」
「あぁ、そういうことね。全然オッケーだよ」
 一番最初の私……一万年前の、人間の王による『妖精大虐殺』で無念の死を遂げた一人の少女妖精。そういや当時、アルテはどこにいたんだろ? もし近くにいたら、助けてくれてたかな。
「もちろん助けたさ」
「心読まないで?」
「読んだのは表情だよ」
 うーん、顔に出てましたか。
「ティアがつらい目に遭った、おおよそ一万年前の話になる。当時は王族も貴族もなかった、って前にティアが言ってたと思うんだけど」
「あ、私もそれティア姉に聞きました」
 そういやイチマルには、先日言ったっけね。
「でもそれは、今のアルコルとミザール、ベネトナシュのあった地域だけなんだ。原始人とまでは言わないけど、まだ文明らしい文明がこれらの地にはなかったんだ」
「へぇ、大陸全土じゃなかったんだ。ていうか私、そんな猿みたいなやつらに殺されちゃったんだねぇ?」
 うぅ、胸がムカムカして気分が悪い。アルテがちょっと微妙な表情をしてるのは、何でだろ?
「ティア姉……」
 イチマルが心配そうに声をかけたそうにしているが、なんと言っていいかわからないようで。ごめんね、気を使わせて。
「続けるよ? 実は当時はもうすでに、カリスト帝国の前身となる帝国が存在してたのは前に教えたと思うけど」
「へ?」
 いや、初耳ですが。この帝国、一万年以上歴史あんのか。
「ティアならそうだろうね」
 どういう意味だろう。
「えぇ、聞きましたね」
 とはイチマル。続けて、
「その場に、何代か前のティア姉は同席してましたよ?」
 なるほど? 忘れっぽくて悪かったですね‼
「当時のカリスト帝国は、今のドゥーベ市国・メラク王国・フェクダ王国の三つで構成されててね。私はミャーじま……今でいうイトゥークしまに住んでたんだ」
「ポチャーリ王女が入ることになった修道院のある?」
「そう。だから、大陸の反対側で妖精たちがそんな酷い目に遭ってたのは……知らなかった。本当にすまないと思っている」
「あ、いや気にしないで」
 ごめん、何か私がトリガー引いたね。
「もし知っていたら、その人間どもを私が皆殺しにしてやったんだけどね……で、どこまで話したっけ」
「ええと、アルテが一万前はイトゥーク島に住んでいたっていう」
「そっちじゃなくて」
 はて?
「アルテ姉の前世が人間だった、という話ですね」
 そうだったそうだった、ありがとうイチマル。
「そんな記憶力で、よく当時の人間どもを猿扱いできるなティア」
 心底あきれ果てたようにそう吐き捨てるアルテに、
「アルテ姉‼ そんな言い方はっ……」
 私を慮ってかアルテを諫めようとするイチマル、優しい子だ。でも優しいのは、アルテも同じなんだ。だから怒れないんだよね。
「あぁイチマル、いいのいいの。それよりアルテ、両手出して?」
「ティア姉?」
「……気づいてたのか、ティア」
 うん。さっきアルテが『もし知っていたら、その人間どもを私が皆殺しにしてやったんだけどね』って言ったときにさ? 拳、すごい力で握りしめてたでしょ。両手指の爪が皮膚を喰い破って、手のひらがズタズタになってるよ?
「『神恵グラティア!』」
 私を、妖精族のみんなを助けてあげられなかったアルテの強い悲憤慷慨の思い、確かに受け取ったよ! ありがとう、そう思ってくれて。死んでいったみんなのために、怒ってくれて。
 それにしても、アルテからの『ありがとうビーム』は雪のように冷たくて清涼で気持ちいい。さすがは精霊族、ハイエルフだななんて思ったり。
「ありがとよ、ティア。それで、私の前世の話だけど……私の前世は人間族だったって言ったら、二人とも信じるかい?」
「……」
「……」
 信じるも何も。
「あ……ごめん、私もティアのことバカにできないね。ティアも、何度か人間に転生してるんだった」
 しまった、アルテに反撃できる千載一遇のチャンスを逃しちゃったよー‼
「本当に顔によく出るね、ティア。もう口じゃなくて顔でしゃべれるんじゃないか?」
 腹踊りじゃあるまいし、できるか‼ それとイチマル、顔を背けて隠れて笑うんじゃない‼


 今から一万五千年前。ある日私は、いきなりこの世に『顕現』した。
 精霊族、ハイエルフのアルテとして。当時からもう大人の女性の風体で、誰から生まれたとか子ども時代とかそんな記憶は一切なく。
 私は誰なのだろうか、何者なのだろうか。その疑念は、常に私の脳裏にこびりついて離れなかった……のだけど。
 それまで孤高の存在だとばかり思っていた私だったが、それから五千年の後に一人の妖精と出会った。彼女――ティアもまた、ある日いきなり顕現したのだという。
 てっきりお仲間だと思ってたティアには『いくつもの前世』の記憶があり、その『最初』の前世だけ『両親に育てられた子ども時代』というのが存在したらしい。
 なのでまったく同じ境遇の者との邂逅は、それからさらに二千年後に出会う九尾の妖狐・イチマルの存在まで待たないといけなかった。
 さて、私が話すのはそのハイエルフ・アルテの『前世』の話だ。言っておくが、ティアみたいに前世をはっきりと覚えていたわけじゃない。それどころか、自分に前世があったなんてつい最近まで知らなかったのだ。
「そーなんだ、ふーん」
 ティア、機嫌悪いな。さっきちょっとからかいすぎたか。
「まず私が前世の記憶を取り戻すきっかけから話そう」
 そう。『あの少女』の顔を見た瞬間に、私はすべてを思い出したのだ。
「いや、すべてじゃないな」
「アルテ、どっちなのよ」
「すべてを思い出した、というのは前世の話だ。だけど前世で、私はその少女に会った記憶がないんだ」
 だけど、絶対に会っているはず。そんな矛盾する疑念が、頭の中を旋回する。
「ええと、アルテ姉は一人の少女と出会い、その顔を見て前世を思い出した……けれど、その少女については何も思い出せないということでしょうか?」
「そうなるね」
 その日、小腹が空いていた私は遅めの昼食を摂るべく立ち食いそば屋の暖簾をくぐったんだ。
「ちょっと待って‼ それ、『羽猫はねこそば』?」
「あぁそうだ。大陸中に支店があるチェーン店だな」
 ティアはどうしたんだろう? 何故か驚愕の表情を浮かべているんだが……ハイエルフである私が立ち食いそば屋を利用するのが、そんなに意外なのだろうか。
「話ぶっちしてごめん、アルテ。その子、水色の衣装を着てなかった?」


「……ティアは、会ったことがあるのか?」
 やっぱビンゴか。
「ん。最初に見かけたのは、ベネトナシュにある羽猫そば。何だか懐かしくて、私泣いちゃったんだ。アルテと同じく、会った記憶なんてないのに」
「懐かしさ、ね」
 何か共感したのか、アルテはちょっと思案顔。やっぱ同じなんだろうか?
「次がどこだったかな? ああそうだ、シュラ島」
「アルコルの?」
「うん。シュラ島の港にある羽猫そば」
 ここで、ちょっとアルテとイチマルの雰囲気が怪しくなる。なんともいえないような、まぁズバリ言っちゃうと『ツッコみたい!』っていうね。
「で、最後に見たのはミザールの……」
「羽猫そば?」
 アルテ、ちょっと苦笑い。イチマル、唇がプルプルしてるよ?
「うん、そう」
 あれ? 私も何だかツボりそう。
「その少女は、蕎麦屋から出られないのか?」
 アルテが真面目な表情でツッコむもんだから、イチマルがたまらず吹き出した。
「何よ、それは」
 私もついついニヤけてしまうが、大事なこと言うの忘れてた。
「ちなみにターニーもその子を見てる。彼女も泣いちゃったよ、私と同じ理由で」
「⁉」
 さっきまでの雰囲気はどこへやら、アルテとイチマルの表情が緊張で引き締まる。
「イチマルはまったくわからないそうなんだけど、まだ会ったことないんだって」
 隣で、イチマルが無言で頷く。
「でも私も、実際に会ったら……何か感じるかもしれません。あっ!」
 何々、どうした?
「ポチャーリ王女の容姿風体を教えるために、私の記憶をティア姉に流したことありましたよね?」
「うん。あ、まさか!」
「はい、逆も可能です。念の為、ティア姉とアルテ姉が出会った少女が同一人物かどうかの確認もしてみます。二人で私の手を握ってくれますか?」
 うーん、イチマルさんてばチート。治癒魔法しか使えない私とは、えらい違いだな。
「わかった」
「いいよー」
 私とアルテ、それぞれイチマルの左手と右手を両手で握る。うーん、肉球プニプニ♡
「目をつぶって、その少女の記憶を思い浮かべてください」
 イチマルは、そう言って自分も目をつぶった。二人とも、それに倣う。
 しばしの間、三人とも目をつぶったまま無言で……あまりにも長い時間なもんだから、ついつい細目を開けちゃう私。
「え? イチマル⁉」
 イチマルが呆然とした表情で……泣いてた。私のその発言で、アルテも目を開ける。
「どうしたんだ、イチマル?」
「わかりません……わかりませんが……何でしょう、この感情は」
「イチマル……」
 やっぱイチマルも反応したか。
「結論から言うと、お二人が出会った少女は同一人物です。ただ……」
 ただ? イチマル、これを言っていいのかどうかという微妙な表情なんだけど。
「ティア姉が出会った方は、いつも天ぷらそばだったんですけど。アルテ姉が出会った方は肉そばなんです」
「……そう」
 いらない情報キタ。
「確かに肉そばだったな」
 いや、アルテ。そこは掘り下げんでもいい。
「話、戻さない?」
 たまらず、軌道修正を試みる。ひょっとして、伏線か何かかもしれないけど(※違います)。
「あぁ、そうだね。その少女と羽猫そばの中で……席は離れてたから会話したとかはないんだが、その子……泣いてたんだ」
「泣いて、って。アルテの顔を見て?」
「そう」
 うーん、私やターニーと逆パターンだな。
「で、その泣き顔を見た瞬間にね。思い出したんだ、前世を」
「人間だったんだっけ?」
「うん。ただ、普通に産まれた人間じゃなくて……創造の女神ロードババアがある目的のために創造した人間が、前世の私だったんだ」
 ヘンなルビついてるけど、そんなにロード様嫌い? 何かあったんかな。
「ある目的って、何でしょうか」
 いつも勘の鋭いイチマルだけど、こればっかりは見当もつかないみたい。
「その前に、あらかじめ頭に入れておいてもらいたいことが二つ」
 うん?
「別に最後に驚かそうとか、そういう話をしたいわけじゃないからね」
 なるほど、アルテはそこらへん合理的だな。
「まず一つ。創造の女神とされているロードだけど、それは半分正解で半分間違いだ」
「正解のほうを」
「うん。ロードが創ったのは神界。そして冥界を創ったのはクロス様なんだけど」
 なんだけど?
「人間界を創ったのはロードじゃない、リリィディアなんだ」
 ……は? あの子が?
「リリィディアは神だというのですか?」
 不思議そうにイチマルが訊ねる。
「そういや言ってたね。『私の前世に、深く関わってくる人間……いや、『神』の話になる』って」
「あぁ。しかもだ、『半分間違い』のほうだが。ロードもクロス様も、リリィディアが創った」
 ……何言ってんの、アルテ。
「つまり、リリィディアは『真の創造神』ということでしょうか?」
「そうだ」
 待て待て、とてつもない話すぎて頭が追いつかない。ここ一万年以上信じてたことが根底から覆されて、『はい、そうですか』とはならないよ!
「もう一つのほうは何でしょう?」
 ロード神とクロス神を崇めるのは、シマノゥ教もマウンテ教も同じ。イチマルはマウンテ教の姫巫女なんだから私以上に驚いているはずなんだけど、メンタル強いな?
「心の準備をしてくれるか?」
「……リリィが真の創造神って以上のすごいことなの?」
「あぁ。さすがにこれは、私もティアやイチマルに信じてもらえるとは思ってないぐらいだ」
 どんだけー⁉ ロード様が最初の創造神じゃなかったってだけでも驚天動地、青天の霹靂なのにさ。
「私は、大丈夫です」
「んっ……わかった、私もオッケー」
 アルテは私とイチマルの表情を確認すると、生唾をゴクリと飲み込む。こんな緊張したアルテ、初めて見たような気がするな。
「私、ティア、イチマル。ソラもターニーもデュラも。この六人はさ?」
 何だか、とてつもない衝撃的な事実を聴かされそうな予感。
「私たち六人は、かつては同一人物だったんだ」
「……」
「いやいやいや、ないわー。冗談は耳だけにして?」
 ハイエルフであるアルテの特徴をからかうような反応しちゃったけど、アルテの表情は真剣だ。いつもなら、グーパンが飛んでくるんだけど。ついでに言うと、妖精である私にもブーメランな発言ジョークだけどね。
「かの水色の少女というのは、そのかつての『私たち』と深く関わりがあるということですか?」
「それはわからないが、その可能性が高い」
「待って待って、二人とも何普通に話続けてんの‼ まず私、六人が同一人物だったってこと、まだ受け入れてないよ⁉」
 いやホントに。話がぶっ飛びすぎてない?
「そんなんじゃ、この話も受けれられないだろうね」
「まだ何かあるの⁉」
「うん。私たち六人、いずれ一人に戻る可能性がある」
 アルテ、頭がおかしくなったみたい。
「私だって、まだ全部受け入れたわけじゃない。だからティアの気持ちもわかるよ」
「いやでも、そんな……じゃあ私たちって、その一人の六分の一だっていうの?」
「七……そうだよ。私たちは……私たちはさ?」
 アルテ、ちょっと言い淀む。何か芝居がかかってんな?
「ここまでビックリしすぎて、もう驚かないから言ってよ」
 チラとイチマルを見ると、イチマルは顔面蒼白になってる。何かに、気づいた?
「アルテ姉、まさかとは思いますが……『私たち』は、」
 え、何々怖い‼
「私たちは……リリィディアの化身なのですか?」
 アルテが、無言で頷いた。
「アルテ、申し訳ないけど」
「何?」
「続きは明日にしてもらえないかな? ちょっと、気持ちの整理をつけたい」
 アルテは嘘つかない。そして、それらはほかならぬロード様から聴かされたんだろう。だったら疑いようもない事実……なんだけど。
(私とターニー、アルテ、イチマル。ソラにデュラ。これらが『規格外』な存在であること、共通の記憶を持ってること。むしろ納得がいく)
 だけど理性と感情は別だ。いくらなんでも、ぶっ飛びすぎてる。
「イチマルもごめん」
「いえ、私も……そうは見えないでしょうが、結構混乱しています」
 イチマルですらそうだったんだ、アルテなんて大変だったろう。
「あらかじめ言っとくよ、アルテ。あなたの言葉を一切疑っているわけじゃないんだ、じゃないからこそというかさ」
「わかってるよ、ティア。じゃあ今日はここでお開きにしようか。どうする? 泊まっていってもいいけど」
 んー、どうしよ?
「むしろ泊まっていってくれないかな? 賢者六人衆、上の三人きりになるなんて数百年ぶりじゃないか? 私の手料理も披露したい」
「うっわ、すげー断りにくいこと言いやがったこのババア」
「下の四人からすればティアもそうババアだろう?」
 そんな軽口を叩きあって、イチマルも一緒に笑い合う。
「そういや今までなんとなく受け入れてたけど、アルテはロード様に何か思うところあるの? やたらと攻撃的だよね」
「……それは、私の前世にも関わることなんだ。明日、話すよ」
 そか。やっぱなんか理由あったんだね。
「ところでアルテのところ、お風呂広いっけ?」
「いや普通に一人用のバスタブだけど、ちょっと歩いたところに露天あるよ」
 そういやそうだった。いつだったか、イチマル以外の五人で入ったことあったな。
「ねぇ、イチマル?」
「あぅっ……」
 イチマル、何を言われるか察したんだろうな。
「やっぱ私らと一緒に入るの、恥ずかしい?」
「んー、んんーっ‼ 決してそういうわけでは……いや、恥ずかしいのは恥ずかしいのですが」
 どっちだろう。何かほかに理由が?
「毛が、ですね」
「怪我? 怪我してるの?」
「あ、いえ。この狐の毛で、お湯を汚してしまうといいますか」
 私とアルテ、しばしポカンとして見つめ合う。
「もしかしてイチマル、そんなことで今まで遠慮してたの?」
「おいおいイチマル、水臭いぞ。そんなことを気にする私らじゃない」
「ありがとうございます、でも……あっ!」
 今度は何だ?
「やっ、夜叉で入るのは有りですか⁉」
「好きにすればいいよ、イチマルがそれでいいなら。なぁ? ティア。……ティア?」
 あー、うー。
「ティア姉、どうかしましたか?」
「いやその、あのね? そのぅ……」
 アルテもイチマル(夜叉モード)も、身長一八〇センチを超える美裸体&美人さんだ。まるでモデルのようというか、さながらギリシャ彫刻のような。そこへ身長一五〇センチ(自称)の貧乳ズン胴の、ちんちくりんが混じる……。
「イチマルの気持ち、ちょっとわかったかも」
 いや、イチマルとは嫌がる理由はまったく違うのだけど。
(あ、あの手があった‼)
「いやー、私転生、じゃなくて天才!」
「何だ何だ?」
「どうしたんです?」
 いや、こっちの話。
「じゃあ三人で入ろうか。三人だけでってのは初めてになるね!」
 そうと決まれば善は急げ、レッツラゴー‼


 天権の塔のすぐそば、露天の温泉が湧いている湖沿いに、アルテ姉とティア姉。夜叉モードの私は、少し恥ずかしいながらも服を脱いだのですが。
「あの、ティア姉?」
「何?」
 ティア姉が、私とアルテ姉の上空を旋回しながら飛んでいます。矮小化した、おおよそ十センチほどのティア姉。この裸の妖精さんは、服を塔を出るときから脱いでいて。
 正直それははしたないといいますか、どうかと思ったんですが……天権の塔は周囲に民家もないから、いいのでしょうか。
「その身体で入るのですか?」
 溺れてしまわないかと、心配なのですけれども。
「いやー、こっちだとね。あまりこの貧相な身体が目立たないから」
 人にはあれだけ気にするなとか言っておきながら、自分のことはめっちゃ気にしているではないですか?
「いや、それはそのう……てへ」
 まぁ私も結局、夜叉モードで来ているわけですしそんなに強く反論もできません。
 アルテ姉は、特にどうでもよいようで、自身の肩の上に座った全裸のティア姉を指でチョンと突いて『溺れんなよ、ティア』とだけ言って。
「アルテの髪、いい匂いするね!」
「そう? ありがと」
 そんな会話を交わしながら、温泉に入るお二人。やっぱ私にとって、他人との裸のつきあいというのは上級者向けな気がします。
 アルテ姉が用意した洗面器に温泉の湯を少し入れて、それを温泉に浮かせた状態でその中に浸かるティア姉。これはこれでちょっといいですね……何がと言われても困りますが。
「その姿でだと抵抗ないの、何でだ?」
 アルテ姉が不思議そうに問います。私も同じく不思議でしょうがないです。
「何かねー、私だけ子どもみたいでイヤなんだ」
「一万年以上生きてる子どもがいるか!」
「皆と違って、私は小さい転生を繰り返してるからね。今代の私でいうなら、まだ〇歳ですよーだ!」
「屁理屈だねぇ」
 苦笑いのアルテ姉です。まぁ私も狐姿で一緒の入浴に抵抗があったので、やっていることは同じですけど。
「さっきの話だけどさ、ティア」
「……明日にしてって言ったけど?」
「そうだったね、すまない」
 ちょっと気まずそうなお二人です。私は今すぐにでもアルテ姉にことの仔細を問いただしたいところではありますが……何か怖いことを聴かされそうで、心の整理をつけたいというティア姉の言うことも適切なのかもしれません。
「明日、ですね」
 私の思わずつぶやいたそれには、どちらからも返答がありませんでした。
「そういやアルテ、ご飯何?」
 空気を変えようとしたのか、ティア姉が問います。
「肉と野菜、どっちがいい?」
「お野菜かなぁ」
「イチマルは?」
「アルテ姉のご飯はどれも美味しいですからね。私は何でも」
 そう、アルテ姉は料理がとても上手なんです。そしてティア姉はやはり妖精というか、あまり肉料理を好まない傾向にあります。
「魚料理を食べたいな。無理?」
 ティア姉はお肉の……あれ?
「あーごめん、備蓄切らしてんだ。っていうか、ソラとターニーが魚料理好きだったと思うけど、ティアもだっけ?」
「あー、うん。『先代』まではそうでもなかったんだけど、一つ前の前世で人間やってたときにね? 魚料理が豊富な国だったんだ。アルコルでちょっと食べたけど、やっぱ懐かしかったなぁ」
「そっか。今度来るときは、準備しとくよ」
「……」
「ティア?」
「今度来るときってさ、私がティアでアルテがアルテ、イチマルがイチマルで……なんだよね?」
 ああそうでしたね。アルテ姉が言っていました。
『私たち六人、いずれ一人に戻る可能性がある』
 真の創造神、唯一神としてのリリィディアに。
「もし、ティアが危惧している事態になったところで……魚料理はさ? 自分で作って自分で食えばいいことにならないか?」
「なるほど?」
 図らずも珍しくアルテ姉の冗談が飛び出し、私たち三人は思わず笑ってしまいました。
 でも何故でしょう、本当は明日真実をアルテ姉から聴いてから話すべきことなのかもしれませんが、どうしても今言いたくなります。
「私は……アルテ姉やティア姉、ソラさん、ターニーさん、デュラさんと一つになるのはあまりイヤじゃないです」
「うーん、言われてみれば確かにイヤじゃないな。もし『合体』したら、どんな感じなんだろうね? 内部で『おい、ターニー!』『何だよ、ティア!』とか言って喧嘩しちゃうんかなぁ?」
 ティア姉は洗面器のミニ温泉に肩まで浸かり、朧月夜の天空を見上げながらウットリとそう漏らすのですが……アルテ姉がちょっと複雑そうな表情になっているのには、気づいていないようです。
(ティア姉の言うようなとおりではない、ということなんでしょうね)
「ダンス、楽しかったですよ。ティア姉」
「うん、私も!」
 もし『そう』なったら、もうダンスもできないのでしょうか。やはり私は、六人全員別々がいいのかもしれません……。
「今言えるのはさ、何も『確実じゃない』ってことだけ」
 アルテ姉がボソッとそう呟いたとき、ティア姉は洗面器の中で溺れていました。


「さーて、アルテ! 話してもらうよ⁉」
 翌朝、アルテの美味しい朝ごはんを食べてから不自然なまでに無言のティータイム。全員が一杯目を飲み終えたのを確認して、切り出す私。正直心の整理なんざ一晩じゃつかないけど、いつまでも後伸ばしにはできない。
「んー。リリィディアが真実ほんとうの創造神で、ロードもクロス様もリリィが作った。これは受け入れてもらえてる?」
「私は、ハイ」
「まぁそこスタートなんだろうから、受け入れるよ」
 ここ否定したら、話が長くなりそうだし。
「リリィディアは、一人が寂しくてロードとクロス様を作った。でもロードとクロス様は、各々が神界と冥界の平定に忙しくてリリィディアをほったらかしにした。リリィディアはヘソを曲げて魔界を作った。そしてその魔界が、神界と冥界に喧嘩売ったわけよ」
「雑ぅ‼ つまりリリィは、魔王になっちゃったと?」
「字面的には、『魔王』じゃなくて『魔皇』だね。いくつかの人外種族の王を束ねる存在だったらしい」
 この大陸でいう、カリスト皇帝みたいなもんか。
「それで喧嘩、というと? 戦争、でしょうか」
「そう。で、何でもその三界を跨ぐ大戦争は、気の遠くなるほどの時間と生命を犠牲にした。結果として両神がリリィディアを制圧……というか封印して終わったんだな」
「凄い早いテンポで説明するね?」
「ま、私の話したいところのメインじゃないからね。何なら語ってもいいが?」
 いいえ、結構です。
「で、再び平和な日々が来た。リリィディアが作った魔界は人間界になっていて、」
「待て待て」
「アルテ姉、ちょっと待ってください!」
 ああまた、くっそ混乱する情報来た! 前世ニホンの知識が下手に混じってるせいか、『魔界』って『魔王』がいる異空間ってイメージなんだけど。この世界が元・魔界?
「さすがにこれは、私も驚いたよ」
「当たり前でしょ、アルテ!」
「魔界が、人間界……」
 この大陸は人間族が実に七割以上を占めることから、『人間族以外の人間』を指すのに『亜人』という言葉が人間族の中から生まれた。人間族の間では『蔑称』の意味を込めて使う人間もいれば、人間族にそのつもりがなくても『蔑称』と受け止める亜人もいて。
 私にとっては『人間族』という言葉のほうが蔑称なので、『人間族じゃない』という意味で『亜人』という言葉を便利だから使うことはあるものの、亜人とされる者に対して使う場合は細心の注意を払うようにしている。
 ソラは人間を自称しているもののよくわからない(というか絶対違う)が、妖精族である私やドワーフのターニーがそれにあたる。
 対して、デュラのような吸血鬼やイチマルのような妖狐を指すのに『魔人寄りの亜人』という、これまた人間族が作った言葉がある。ジャスミンさんのような海霊族もそう。
 要は『第二の亜人』みたいな意味合いらしいのだが、亜人=人間以外デミ・ヒューマンに第二も第三もあるものかと。
 だがたとえ語源はそうであっても、長い年月の間に意味が変わったり形骸化する言葉もある。今では、小数しかいない種族やほとんど人間の前に姿を現さない亜人を指す新しい言葉として市民権を得ていた。
 そういう意味ではハイエルフであるアルテも、人間たちにとっては『魔人寄りの亜人』ということになるのだろう。実際は神の眷属とされる精霊族の一種なので、『亜神』とするのが正しいのだけどね。
 さて、では『魔人』とは何だろう。実際に『魔人』というものの存在は確認されていないというか、そう呼称される種族もない。云わば『架空の亜人』という位置づけで、畏怖されているよりは奇異な存在という意味合いが強い。
「だがその魔人とは、実際は魔界時代からの姿をほぼそのままにとどめている存在といっていいだろうね」
「なるほどねぇ? むしろ合点がいく」
「ということは……その魔界時代には私のような妖狐や、デュラさんのような吸血鬼は普通の存在だったんでしょうか?」
「そう考えていいだろうね」
 重い空気が、その場を支配する。
「アルテ」
「ん?」
「続き、お願い」
「あぁ。そのリリィディアだが、ロード・クロス様の両神の封印を断ち切り、再び人間界に降臨したんだ。人間のようで人間でない、魔法を自在に操る種族として。ちなみにその種族では、魔法が使えるのは女性のみだったらしい」
 ん? それってもしや……魔法少女、ということになるのだろうか。
「といっても魔皇・リリィディアではなく、まったく新しい記憶を持った一人の少女リリィとしてだ。だからこそロードもクロス様も、リリィディアを封印することはしなかった」
 うーん、さっきからとんでもないスケールの話を聴かされてるなぁ。
「アルテ姉、もしかしてソラさんは……」
「うん、多分その魔法を使う女性の種族の流れを組む存在である可能性が高いね」
 やっぱあいつソラ、人間じゃなかったか。てか五千歳の人間なんているわけがない。
「私やティア、ターニーやイチマルが知ってるリリィディアの姿というのは、そのときの姿を模したリリィディアと考えられる」
 なるほどね。
「で、そのリリィはどうなったの?」
「これも私が話したいメインじゃないので巻くよ?」
「いいよ」
「結局そのリリィ少女は再度、魔皇として覚醒してしまい……実に大陸の人間亜人を問わず九割以上が死滅した」
 わぁ~お……。
「そのリリィディアの種族は、そうでない種族……いわゆる人間族から不当に弾圧され、理由なき理由で『狩られた』そうだ」
 イチマルが、心配そうに私をチラ見るけど。もう人間族なんて心の底から信じてないし、特にどうこうもないよ。それよりも、もっと気になることがある。
「その、ここでは『魔法少女』と呼ぶね? その魔法少女狩りで、リリィも犠牲になったの?」
「いや。仲間たちが狩られていくのをトリガーとして、魔皇として覚醒したんだ。そして再び、リリィディアは長き眠りにつくことになる」
 そっか……何だろう、リリィは哀しかっただけじゃないか。人間族が、赦せなかっただけじゃないか。今の私と、どう違うんだろうな。
「そのリリィ少女に対して、ロード様やクロス様はどうされたのですか?」
「リリィディアの覚醒、そして多くの命が失われたその出来事はアッという間の出来事だったらしい。気づけばすべてが終わっていたと」
 さすがは真の創造神、ロード様やクロス様とは段違いってわけか。
「何か他人ごとのように聞いちゃったけど、そのリリィが……私たち、なんだよね? アルテの前世はそこからどう絡むの?」
「リリィディアはね? そこから幾千の年月を経て、もう一回覚醒しかけたんだ。そしてそのリリィディアを封印したのが、ほかならぬ人間である前世の私だったんだ」


 それは今から、はるかはるか昔……私が精霊族・ハイエルフのアルテとしてこの世に顕現するよりも、さらに昔のことだ。私は、一人の人間だった。
「アルテミス、また今日も野原に行ってきたのかい?」
 パパが、困ったように私にそう言って笑いかける。
「だってだって、お花が綺麗だったんだもん!」
 父娘二人だけの貧乏暮らしだったけど、それでもとても幸せだった。
 だけどお花屋さんになるのを夢見ていた十歳のとき、その平穏な生活は突如として終わりを告げる。ある星降る夜のことだった。
『アルテミス……アルテミス……』
 とうにベッドに入って、ウトウトとしていた私を呼ぶ声。
「だあれ?」
 半分寝ぼけ眼で窓際へ歩み寄り、窓の外から天空を見上げる。
『アルテミス……アルテミス……『勇者』よ、目覚めるのです』
「あ、私お花屋さんになるんでそういうの結構です」
『え⁉』
 お花屋になるというめでたい夢を持ちつつも擦れた子どもだった私は、再びベッドに戻ったのだけど……やはり私を呼ぶ声は止まらない。
「うるさいなぁっ、もう‼ 眠れないじゃない!」
 私は腹立ちまぎれに、窓の外へ枕を放り投げた。するとその瞬間、空が……月の見えない闇夜を、眩しい明かりが一面に覆いつくす。
「眩しっ、これじゃ眠れな……」
 思わず腕で目を覆い……気づいたら。
「ここ、どこ?」
 一面の、白。前も後ろも、左も右も上も下も。その中を、浮いているのか立っているかすらもわからない状態で、私は確かにそこにいた。
『アルテミス……』
 そう言って額に青スジ立てて現れたのは。
「誰?」
『私は女神、ロード。あなたがた人間が、創造神と呼ぶ存在です』
(何か、めんどくさいことになってきた)
 今思うと、このころの私は後に出会う親友の……ティアに似ていたように思う。本当に可愛げのない少女だったのだ(どういう意味⁉ byティア)。
「で、おばちゃん。何の用?」
『お、おば⁉』
 近所に、とても仲良くしてくれているお姉ちゃんがいる。そのお姉ちゃんのママがまだ若くて、ちょうど同じくらいの世代に見えた。いつもおばちゃんと呼んでいたから、別に悪意も他意もなかったんだよね。
『アルテミス。あなたは、『勇者』となる運命さだめを持ってこの世に生を受けたのです』
「それは、あなたの個人的な願望ですよね?」
『(チッ、可愛げのない)』
 いきなり勇者と云われても、困る。私はお花屋さんになるのだ。そしてゆくゆくは販路を国外にまで広げ、大陸中にチェーン店を持つ女社長になってみせる。
『残念ですが……あなたのその夢は、叶わないでしょう』
「まだわかんないもんっ!」
『わかってるっつーの‼』
 え、何でキレるの?
『聴きなさい、アルテミス。これより七年の後、魔皇リリィディアが降臨します。そしてリリィディアの手により、この世界は……大陸は終焉を迎えるのです』
 ほんとかな?
『ですが、創造神である私は天界から直接干渉はできず……だからといって、ただただ黙ってそれを見届けるつもりはありません』
 創造神だというのに、えらく無能ポンコツだな?
『……あなたの心の声、聴こえていますからね?』
「あ、それはごめん」
『ほんとにこのクソガキ……ん、んんっ。それでですね。間接的には干渉できるので、私はリリィディアが降臨するあなたがたが住むこの世界に『勇者』を派遣すべく――あなたを『創り』ました』
「……」
 ちょっと待ってほしい。すると何か? 私の運命ってもう産まれたときから決まっていたと?
『不満ですか?』
「当たり前でしょ! で、私がお花屋さんができなくなるというのは、どうして?」
『アルテミス、よく聴きなさい。かつて魔皇リリィディアは、この世界に生きとし生けるものを……そのほとんどを灰燼に帰した前科があります』
 そんな話、パパからも牧師さんからも聞いたことないんだけど。あ、牧師さんてのはシマノゥ教の教会にいて、私たち貧乏人の子どもに文字の読み書きや計算を教えてくれているんだ。
『えぇ、もう悠久の昔のことですからね。生き残った人間たちが連綿と語り継ぐには、途中で『めんどくさい』ってのもあったんでしょう。知らんけど』
 この女神、いい性格してんな。
「つまり、そのリリィディアとかいうのを倒さないと……同じ悲劇が起こるってこと? 私は、お花屋さんになれないの?」
 いや、葬儀需要で逆に商機じゃないだろうか。
『お前バカだろ』
 は?
『……失礼しました。つまり、魔皇リリィディアが復活したらチンタラとお花屋さんやってる余裕はないですし、下手すりゃお前が死ぬ。いや、下手すりゃどころか上手くやらないと死ぬ』
 あらら、おこなの? 激おこなのね?
「事情はわかったよ。だけどおばちゃん、私はただの女の子よ? 突然『勇者』だなんて言われても、困る……」
 さすがに大人(?)を怒らせちゃったことが怖かったので、あまり抗わない方針に切り替えた。
 ロードと名乗ったおばちゃんは、私が話を聴く気になったのが嬉しかったというか安堵したのか、再び元の微笑みを湛えた穏やかな表情に戻るのだけど。いや、本当にめんどくさいおばちゃんだな。
『だから心の声が……まぁ、いいでしょう。アルテミス、あなたは私が「勇者」として覚醒するように創り上げた、云わば「戦闘マシーン」なのです』
 言い方ぁ‼
『具体的に言いますと……たとえば三日間剣の修行をしたとします。ですがそれによって得る経験は常人の三千倍、三千日分の修行に匹敵するのです。本当はもうとっくに勇者としてその片鱗を見せつけていると思っていたのですが、よりによって何で花なんかに……』
「女神の台詞かなぁ、それ。それに三日の三千倍って九千日なんじゃ?」
『あれ?』
(やばい、このおばちゃんちょっと面白い)
 ちなみにだけど、今この話を聴いているティアとイチマルはとっくに腹筋が崩壊して笑い死んでる。
「じゃあ私が剣とか魔法とかいっぱいお勉強して強くなって、リリィディアというのを倒すと世界が平和になって、お花屋さんもできるっていうこと?」
『さっきからそう言ってます』
 そうだったっけ?
「リリィディアを倒せなかったら、パパも……死ぬの?」
『むしろ、生き残る者のほうが少ないでしょう。今その世界にいるあらゆる生くる者は、あなたも含めてそのわずかに生き残った者たちの子孫なのです』
 いやおばちゃん、さっきリリィディアを屠るために私を創ったって。
『承知していただけましたか?』
「事情はわかったよ。でも私に選択の自由はあるの?」
『そうですね……もし、勇者となることを拒否するというのならば。あなたの住まうその地を統べる王に、私が天啓を与えるでしょう。
“アルテミスって名前の女の子は、ロードが創った勇者だよー。魔王リリィディアを倒すには絶対必要‼ もしリリィディアが降臨したら、人間みな死ぬよー‼”
 ……みたいな? 当然、国を挙げての大捜索が始まるでしょうね?』
「おばちゃん、ほんと酷いね?」
 かくして私は根負けし、気分を切り替えてお花屋さんになるという夢にまい進すべく『勇者』となる道を選ばざるを得なかったんだ。
 ただいきなり勇者ですよ、と名乗りを上げても不審者扱いされるのがオチだから、ロードには根回しをしてもらうことにした。シマノゥ教の聖職者たちの夢枕に立ち、魔皇リリィディアのこと、それが降誕してくること、そして勇者としての私の存在。
 結果的には、かの選択肢を断ったわけじゃないのに同じ結果になった。バラす相手が王か聖職者の違いぐらいしかなくてね。
 王城に招へいされた私は、毎日のように剣と魔法の修練に一日のほとんどを費やした。ロードにもらった能力インチキのおかげで、それらはみるみる上達していったんだ。
 ロードが預言した、リリィディアが降誕するという七年後――十七歳になった私は、大陸で誰適うことのない人間離れした強さを手に入れていた。そして『運命の時』を迎えるのだけど、その前に。
「ティア、イチマル。そろそろ笑い止んでくれないか?」
「いや待って、無理‼」
「アルテ姉のイメージ、もうすごく変わりました!」
 いいけどね。ちなみに『原初のリリィ』は、まだ六歳前後ほどの少女の姿を模していたという。魔界を創造し、魔皇・リリィディアとなったころには十代後半の、ティアのいう魔法少女として転生したリリィは十代半ばの少女だったとか。
 だけど私が対峙したリリィディアはまだ形になっていなかった。黒い雲のような霧のような、生き物としての形を成していなかったのだ。
 だけど明らかに、この世界に対する怨嗟や悲歎……ありとあらゆる負の感情を木綿が水を吸い込むように、恐ろしい速さで無差別に摂り込み肥大していく。
 ありとあらゆる魔法が効かず、剣刃も通さない。まだ『未完成』でありながら、リリィディアを倒すというのはロードやクロス様でも不可能なのだ。
 そこで、最初の三界大戦争のときに両神がリリィディアを……一時的ながら封印した方法に倣うことにした。一時的とはいっても、それは神々の感覚だけどね。だから何千年か何万年か。
「まぁそれだけの期間であっても、リリィディアを封印できればということ?」
「でもそれって、対処療法にしかならないですよね」
「そうなんだけどね。リリィディアが真の創造神である以上、その死が持つ意味についてはどう思う?」
 これは、やってみないとわからないことだが……理論上、『すべて』が消える。
「――と、考えられないか?」
「まぁ、それはね。やってみないとわからないけど、やってみるわけにもいかない」
「ですね。それでリリィディアを封印する方法とは?」
 リリィディアには、七つの心臓がある――と本人が言っていたことがあるそうだ。
 だから、それらを分断することによって、一時的にリリィディアという『存在を無効化』するという手法を、ロードとクロス様の二人がかりで行ったのだと。
「待てよ、ロードババア。神々が二人がかりでやったことを、私一人でやれというのか?」
『そうです』
「いや、そうですじゃないが」
『一度の斬撃で、六回斬ることができれば……リリィを封印できるのです』
「無茶を言う……」
 そんな会話を、ロードと交わしたと思う。
 私はただの人間だ。そりゃその時点で、世界最強だったかもしれないけれど。
 結論から言うと、決して不可能じゃない。つまり可能性はあったんだ。
「それを聞かされたのは、当時十二歳ぐらいだったかな。そのときに、クロス様にも初めてお会いした。そしてその場で、クロス様からも『闇を切る』能力を下賜されたんだ」
 あとは、ただひたすら研鑽を積んで……私は、ロードの言う『一度の斬撃で六回斬る』技を生み出すことができた。すでにそのとき十七歳、まさにギリギリだったんだ。
 そして私は、秘剣『六道破断エクシティウム』でリリィディアを斬った。六度の斬撃でバラバラになったリリィディアの魂は、その衝撃で全世界に四方八方に……まるで六つの流れ星が蜘蛛の子を散らすように、宙六天に散会していった。
「六つ……」
「私たちと同じ人数、ですね」
「ん。まぁその後、私は『勇者が王より人気があるのが気に食わない』て理由で罠にかけられ冤罪で処刑されて死んでしまうんだが、楽しい話でもないのでそれは割愛する」
「まぁアルテが言いたくないなら……」
「問題はそこから先なのさ。これはロードとクロス様からの又聞きになるが、六つに散っていったリリィディアの欠片は大陸中に散らばり……自らが再び復活するための贄を探し始めた」
 それらの一つ一つを、仮に『卵』と呼ぶとしよう。卵の一つ一つは、それぞれしろとなる『器』を探し始める。
 強大な力を持つ代を選んだ卵もあれば、その力の使いどころに価値観を見出して選ぶ卵もあったろう。そして強い『怨嗟』や『悲歎』を抱きかかえる代をも、リリィディアの復活には必要だったんだ。
「私とティアは、ここらへんを狙われたんだろうな」


「つまりアルテは、自らが斬ったリリィの化身として転生してきた、と?」
 もうとんでもない話すぎるんだけど、何故か身にスゥーッと沁みていく不思議な感覚だ。
 アルテ言うところの卵とやらは、デュラには戦闘力を求め、ソラには……多分だけど、かつての自分と同じ種族の流れを組む肉体を。ターニーとイチマルからは能力を。
(何だろう、この違和感)
 まだアルテは、すべてを話していないような気がする。
「今言った話の半分は、かの『水色』の顔を見た瞬間に思い出したものばかりだ。そこで改めて、あのババアを締め上げて聞き出したってわけ」
 もうルビですらなくなってるし。
「アルテがロード様を毛嫌いしているのは、前世からの因縁? でも前世を思い出したのってつい最近なんでしょ?」
「そうなんだけどね。はっきりとは覚えていなくても、そういう感情を前世から持ち越してきたんだと思うよ? それに今世のハイエルフ・アルテとしても、アイツは嫌いだ」
 はは……。ここはあまり掘り下げないほうがいいな?
「まぁそれはともかくとして、『あと一つ』はどこでしょうか?」
「イチマル、どういうこと?」
「六つの斬撃で斬り裂いたのならば、欠片は七つないとおかしいと思うんです」
「あ!」
 確かに。それに、アルテの話ではリリィには七つの心臓があるという。六つの心臓、魂が散らばっていったとしてその七つ目はどこに?
「ひょっとして、この話……ソラさんもご存じなのでは」
 イチマルのその発言に、アルテの表情が少し揺らいだ。
「鋭いね。というか、前世の私が死んでからの話は、ソラの推測も混じってる」
「それが、イチマルのいる玉衡の塔にある魔導紋様にあった、あの七つ目の紋様が書かれるかもしれないスペースってわけかな?」
 そういやイチマルが言ってたな。
『塔の賢者は、最終的に七人になるのではないでしょうか?』
 今思うと、イチマルの推測はあながち間違いじゃなかったんだ。私はチラと、ここ天権の塔にもあるソレを確認してみる。
「やっぱりあるね、『七人目』のスペース」
 イチマルが、ハッとした顔で魔法陣を振り返る。
「私たちが七人揃ったら、リリィになっちゃう?」
 まさかとは思うけど、でもそうじゃないのなら七つ目のスペースの説明がつかない。
「いや、あくまで確定事項じゃない。七人目と出会えて、ただ単に新しい仲間が増えるだけかもしれないからね」
「私たち六人が一つになるって話、どっから出てきたの?」
「『いずれ一人に戻る可能性がある』とは言ったが? あくまで可能性の問題さ。ただリリィディアがもし復活するなら、そういうことだろう」
 ああ、そういうことか。でも紛らわしいな!
「そこでソラが、イチマルのいる玉衡の塔の魔法陣を組み替える実験を行ったんだ」
 ん?
「それで何の支障もなさそうだということで、過日に私の魔法陣も書き換えてもらった。いずれティアやターニー、デュラのとこにも行くと思うよ?」
 よーするにあいつソラは、やっぱりというかイチマルで実験してたわけだ。ちょっとイチマルが可哀そうすぎない⁉
「デュラは?」
「何が?」
「あいつはどこまで知ってんの?」
 ソラとデュラは、私とターニーがそうであるように二人でつるむことが多い。アルテがソラにだけ話しているというのは、ちょっと不自然なのだ。
「あぁ、ソラに話した場にはデュラもいたよ。でもあいつ、すぐに寝始めたからほとんど聴いてない」
「……」
「……」
 らしいっちゃらしいけど。
「ついでに言うと、話が長くなるからめんどくさいってことでソラも改めて話してはないそうだ」
 ソラのやつ、ひどいな?
「ティアとイチマルには、計らずも話すことになったわけだけどさ。ターニーには、ティアが伝えてくれるかい?」
「えっ、話が長くなるからめんどくさい‼」
 ……何よ、その白い目は。
「ティア、舌の根が乾かない病気か何かか?」
「さっきティア姉、ソラさんのことを何て言ってましたっけ?」
 あぅ、だってだってー‼ どこから話せばいいんだよーっ‼
「ま、それは追々。で、問題の七つ目の『器』なんだが」
「もう顕現しているのですか?」
「どこ? どこにいるの⁉」
 そういやこの大陸、帝国は七つの王国で構成されている。私たちはそれぞれ、メラク・フェクダ・メグレズ・アリオト・ミザール・ベネトナシュの各国に居を構えてるけど、一つだけ……誰もいない国が、ある。
「私がリリィディアを斬ったのは、今のドゥーベ市国があったあたりなんだ。そして、六つの卵が散っていったのもここからだね」
 つまり、七つ目はそこに残っていたということ。
「恥ずかしながら、六つに分かれて宙天を飛んでいくそれに目を奪われて……肝心の七つ目がどうなったかは私も見届けてなくてね」
 普段なら『やらかし』たアルテを冷やかす、もしくはからかっちゃう私だけど、とてもそんな気分になれない。ほぼ推測とはいえど、パズルのピースがまるでカチッとハマるように整合性が取れている。
 それが、とてつもなく怖い。七つのピースが揃う日がもし来るのなら、それはリリィディアの復活を意味するかもしれないのだ。
「ところでアルテさ、まだお花屋さんになりたいとかあるの?」
「……似合わないだろ?」
 いや? むしろこんなきれいなお姉さんが店頭でお花にお水あげてたら、結構人気でるんじゃないかな。
「そう? ありがと」
 あ、でもアルテ。販路を国外に広げて、大陸中にチェーン店どうこう画策してるんだっけ。ビジネスのほうに興味があるんだろうか。
「あー、やっぱそう思っちゃうか。そうじゃなくてね、メグレズでは咲かない花も見てみたいし、メグレズでしか見れない花を他国の人にも知ってもらいたい。そんなささやかな夢だよ」
 うーん、可愛いなアルテ。普段はババ臭いオカンなのに、心は少女だ。
「誰がババ臭いオカンだ」
「へへ……」
 あーダメだダメだ。軽口叩いているのに、表情がどうしても暗くなっちゃう。
「ティア、何だか様子が変だよ?」
「いや、ね。何か、もう何でもいいからバカみたいな話を、こうしてずっとやっていたい。気のおける仲間とさ。リリィが復活、というのは多分だけど私たち全員の自我が消える可能性もゼロじゃないなぁって」
 あ、二人とも黙りこんじゃった。地雷になっちゃったかな。
「そうですね、ティア姉の気持ちもわかります。私なんて、ティア姉の言う『気のおける仲間』になったばかりですし?」
 ニヤリとそう言ってのけるイチマルさん、意地悪です。あうぅ……。
「ティアはこの後、どうすんだ?」
「どうするって? クソして寝るよ?」
「まだ朝だろ」
 そうでした。
「女の子がそういう言葉を使うのは如何なものかと思いますが」
 あ、イチマルが説教モードに入りそう⁉
「いやいや、冗談だってば。アルテが言ってる『この後』ってのは、『この後』ってことだよね?」
 うーん、自分で自分にツッコもう。帝国語でおk‼
「ベネトナシュからひたすら西に向かってきたからね、今度は山脈を迂回しながら北上することになると思う」
「フェクダか。ソラにも色々と訊いてみるといいよ」
「私はアリオトへ帰りますので、ティア姉とはここでお別れですね。少し寂しいです」
 うん、私もだよイチマル。そしてアルテ、あなたもね。
「ただね、ソラ……デュラともそうなんだけど、心を真っ白にして会いたいな。リリィがどうとかは、当分考えたくないんだ」
「ん。ま、好きにしたらいいよ。ドゥーベには行くのかい?」
「それなんだけど……」
 ベネトナシュで買った、ブルースプリング切符。ドゥーベ市国は首都のアルファの駅まで、途中下車が何度も可能な寝台乗車券。別途指定席券を買う必要はあるとは云え、オーティムさんの勧めもあって購入したんだけどさ。
「有効期限が二週間でね、もうとっくに切れてるの」
 まぁ犯人はアルコルへ行く船中で発生した、フレア肺炎のパンデミック。あれで半月ほど足留めをくらい、有効期限切れちゃった。
「まぁあの出来事はそれはそれで、楽しかったんだけどね。アンドロメダさんていう、シマノゥ教の聖女さんと友達になれた……し……あれ?」
「ティア姉?」
 ちょっと待って。私、アンさん知ってる! 覚えてる‼
「最初は確か、ミザールからアルコルへ行く魔石寝台特急の『なると』だったの。一緒にお酒呑んで。それから連絡船の中でドタバタがあって……あ! チクピンで腫れた胸を直してくれたあのお姉さん、アンさんだ‼」
「どうした?」
「ティア姉、チクピンて何でしょうか?」
 何で? 何で何で? 自らの存在が日没と日の出のタイミングで他者の記憶から消えてしまうという、トレントの呪いに苦しんでたアンさん。私も情けないことにその呪いで、アンさんを認識することが難しくて。
 でもその『奪われた記憶』が、一気に戻ってきた!
(そっか、ソラに会えたんだ)
 餅は餅屋、解呪ディスペルは呪術師に。もしかしてと思ってソラへの紹介状をアンさんに託したんだけど、無事呪いが解けたんだ‼
「本当に良かった……」
「ティア姉、チクピンて何でしょうか?」
 イチマル、しつこいな? ここはスルーするに限る。
「だから別に、誰もいないドゥーベに行かなくてもいいんだよね」
 誰もいない、わけじゃないかもしれない。『七人目のリリィ』が、多分ドゥーベに。
「いやいやいや、君子危うきに近寄らずだ」
 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ともいうけど。当分はリリィのことアウトオブ眼中で行こう、うん。
「あの『水色の魔法少女』とやらも、ティアを追いかけてくるのかね?」
「私を追いかけてきてるわけじゃ……ないとは言い切れないけど」
 そう、一番目撃しているのは私なのだ。しかも、私の旅程にことごとく現れる。
「念の為に訊くけど、その少女の外観というか年齢はどのあたりだ?」
「アルテも見たんじゃないの? 見てのとおりだよ、十五~六歳ぐらいの」
 んー、どうしちゃったんだろアルテ。
「私が見たのもそうだよ。だけど、十年近く前の話なんだ」
 は? 待て待て。
「水色ちゃんを見て前世を思い出したっていうの、つい最近みたいな話ぶりだったけど?」
「? いや、だからついこないだだが?」
 うーん、長命種独特の感覚なわけね。私は細切れの転生を繰り返してそれの合計が一万年ちょっとだけど、アルテは一万五千年をずっと生きてきたわけだから。
「まったく、アルテの『こないだ』の使い方! ちょっと前にもあったよね? 『こないだティアに借りてたお金、返すの忘れてたよゴメン!』と言ってお金を返してきたことがあったけど。それって四百年前に貸した金だったでしょ!」
「あぁ、あったね。それが何か?」
 ……。
「私、多分その場にいましたよね? ティア姉は貸したことを覚えてなくて……確か三百年前ごろに、六人で集まってたときだったように記憶してますけど」
 あ……もうそんなに経つの? 私、『ちょっと前』とか言っちゃったんだけど。
「ティア、それ『ちょっと前』って言ったな?」
「言いましたっけ?」
 とかすっとぼけてみる。言いました、ハイ。お互い様ですね、ごめんなさい。
 イチマルが苦笑いしながら、
「つまりアルテ姉が見たその方と、ティア姉とターニーさんが見たその方とでは十年のタイムラグが有り……なおかつ、見た目は変わらないということになりますね」
 なるほど、それは確かにおかしいな。いや、おかしくないのか。
「少なくとも、人間族じゃないってことだよね。もしそうだったら、アルテが見たときは幼女じゃないとおかしい」
「リリィディアと同じ、じゃないかな」
「神ってこと?」
 それはちょっと突拍子もなさすぎる。
「ですが、リリィディアの古くからの知り合いと考えると……当たらずとも遠からじなのではないでしょうか?」
 まぁ可能性としてはアリ、なのかな? 実際どうなんだろ。
「じゃあ水色ちゃんは、何の目的があって私を追いかけてきてるのだと思う?」
「探してるんじゃないのかな」
 ……何を、誰を、って訊くまでもないな。多分、『七人目のリリィ』を探してる。私についてくれば、出会う可能性が高いと思っているんじゃないだろうか。
「よし、決めた‼」
「何をですか?」
「ドゥーベ、行かない‼」
 もし私がその七人目に出会っちゃったら、何が起こるかわからない。そしてそれがあるとしたら多分、ドゥーベである可能性が高い。
「だから行かない、ってか」
 苦笑いのアルテだけど、別にボケたんじゃないからね? 割と、いや本格的にマジのリアルで真剣だから‼
「だからソラとデュラに会ったら、さっさとベネトナシュへ帰るよ」
「魔法陣で? それとも飛ん……は大変ですね」
 あ、そうか。仲間の塔にある魔法陣からは、自分とこの塔へ瞬時に移転できるんだった。だからデュラに会ったら、天璇の塔から私の揺光の塔まで一瞬で帰れる。
 ふと窓からの風で、私の髪が揺れる。もうすでに毛先は数センチがマゼンタに染まっている。
「……いや、帰りも列車で帰るよ」
 旅の目的、すっかり忘れてた。ここまであまり、魔力を消費できてないな?
「長生きはしたいからね」
 今世の寿命も、あまり長くはないかもしれない。私がボソッとつぶやいたその言葉に、二人からの返事はなかった。


 まだ朝陽の気配も感じられない朝まだきの刻、私は不意に目が覚めてしまう。
(んー)
 昨晩、アルテの話を聴いてたときに感じた違和感がどうしても気になって。
 アルテに用意してもらった天権の塔の客間の窓から、まだ隣のベッドで寝てるイチマルを起こさないようにパタパタと外に出る。そのまま上空へ少し上昇して、あぐらを組んだ姿勢で天空をプカプカ。女の子なのにはしたない? ほっといてください。
 ちょっとボーッとしてたので、背後から聴こえてきた鳥の羽音は本当に鳥だと思ってた。
「やっぱりアルテは何か隠してるよねぇ?」
 何気なくふとつぶやいたら、後ろから。
「私が何だって?」
「うわっ⁉」
 もう一度言うが、ここは空中である。高度は百メートル近くあるんですが?
「アルテ……久しぶり」
「何が久しぶり?」
「いや、アルテの完全体。久しぶりに見たなぁって」
「あぁ」
 アルテの背中には、真っ白い鳥のような羽。鳥獣人も真っ青の綺麗で荘厳で……まぁ精霊族と天使っていとこみたいな関係だから、ハイエルフであるアルテも実は飛べちゃったりするのだ。
 普段は邪魔だからってんで羽は消してるんだけど、何そのうらやましい仕様は。
「何て恰好で浮かんでんのさ?」
 あぐらを組んだままの私の脚を見て、ちょっと顔をしかめるアルテ。このオカン、鬱陶しい。
「へいへい」
 気のない返事を返して、あぐらを解く。
「で、私が何を隠してるって?」
「うん。アルテが封印……っていうのかな。そのときのリリィって人の形を成していなかったわけでしょ?」
「そうだな」
 じゃあ、じゃあ。
「『七人目』って概念、どっから出た?」
「……」
 そう。たまたま私たち六人がさまざまな人型の種族であるだけで、リリィの七つ目の欠片は必ずしもそうとは限らないんじゃないか。そう、思ったんだ。
「私たち六人がそうだったんだから、そう判断してもおかしくないだろう?」
「そうなんだけど。ねぇ、アルテ。何を知ってる? 何を隠してる?」
「……」
 アルテには効きやしないだろうけど『真実の瞳ヴェリタス・アイ』は使わないよって意思表示で、私は視線をアルテから外す。この意味を理解してほしいな。
「まいったね。これはまだ誰にも話してない、いやいずれ話すときがくるだろうけど……今は、まだすべてはね」
 ふーん。
「喰い下がらないんだね?」
「いや、これからやるとこ」
「さよか」
 それでも私の口からは言葉が出てこない。アルテの口から、言ってほしかったから。
 しばしの沈黙は、朝まだきから朝ぼらけへと夜空の色彩が変わるまで続いた。
「ティア、七人目だけどさ」
「うん」
「もう顕現してるんだ、実は」
 ……いや、さすがに予想外だわそれ。
「会ったことあるの?」
「気づかれないように観察したぐらいで、面識はないな」
「ふーん……どんな?」
「何で女性に限定するのさ?」
 え、違うの? 七人目が男子、男性って本当に考えもしなかった。
「ああ、ごめん。違わないよ、女性だ。だけど……」
「だけど?」
「見た目は十代後半ぐらいかな。そして実際、十代後半なんだ」
 どういうこと?
「私たちみたいに、悠久の時空ときを生きる存在じゃない。また、私やティアみたいに前世はともかくとして、この六人のように『顕現』してきた存在でもない。ちゃんと親から生まれ、子ども時代を過ごした……人間なんだ」
 アルテが何かすごいこと言ってる!
「……人間?」
「あぁ」
 つまりこの二十年にも満たない前に人間としてこの世に産まれ、育ち……ってことなの? 普通の人間の少女⁉
「そう」
「どうなってんのよ、リリィの欠片って」
「多分だけど、私の勘があってれば……私やティアと同じ、前世を持ってる」
「『同じ』はどこに係る言葉?」
「リリィがその『負の感情』に目を付けた存在って意味になるね」
 前世のアルテは人間族ながら勇者として国を世界を救ったのに、その存在を疎まれ冤罪で処刑された。最初の前世の私は、理不尽極まりない理由で種族もろとも人間族に狩られて滅ぼされた。
「まるで、その七人目の前世を知ってるみたいな言い方だね?」
「確認したわけじゃないけど、知ってると思う」
 アルテが、ちょっと泣きそうな顔になってるんですが……アルテのこんな表情かお、初めて見たかもしれない。
「彼女は前世の私の、唯一無二の理解者だった。私の、前世の私の処刑も全力で阻止しようとしてくれたんだ。だけど叶わず……処刑の判断をくだした王をはじめ王族全員を、その細腕で屠りそして自らをも」
 アルテ、急に黙りこくった。
「ごめん、いずれ話す。今はこれ以上、言えない。確定事項じゃないんでね」
「その前世アルテの理解者が、転生してきたかもしれないってことね。じゃあ、この質問には答えてくれるのかな?」
「何?」
「その七人目、今どこにいる?」
 不意に、視界の片隅から光が差した。朝ぼらけの夜空が、払暁の朝焼け空へと表情を変えていく。
「……ドゥーベにいる」
「そう」
 やっべー、ドゥーベ行かないことにしてて正解だったわ。
「いずれティアも会える」
「会わないよ」
「いや、向こうから会いに来る」
 なんですと⁉
「しかもデュラにはもう会ってる」
「待て待て、情報量がキャパオーバーして脳が追いつかない。デュラと七人目ちゃんが⁉」
「うん。しかも友人というか、姉妹みたいな関係になってるな」
 なんてこった。ドゥーベどころかメラク行きも死のフラグじゃんか。ちょっと頭を整理しよう……にしてもあのトラブルメーカーのバカ、何やってんのさ。
「デュラは、そうと知っててつきあってんの?」
「知りようがない。あいつは昨晩に私がティアとイチマルに話した内容を、ほとんど知らないからね」
 あぁ、寝ちゃったとか言ってたな。
「で、クラ……七人目は、自分の運命なんか全然知らない」
 何か言いかけたな?
「つまり、二人は偶然出会ってんの?」
「そういうことになるね」
 Oh……‼
「で、何の用で私に会いにくるのよ?」
「ティアだけじゃなく、全員に会いにくるよ。ごめん、この理由も今はまだ」
「そればっかりだね、アルテ」
 もう溜め息しかでない。とりあえずソラに会いに行くのは私の中で決定事項だけど、デュラはどうしようかな?
「陽が昇るね。朝食作らないといけないからさ、私は先に戻るよ」
「あ、うん」
 鳥の羽音をたてながら、下降していくアルテの姿が小さくなっていく。私はそれを見届けながら、その姿が見えなくなったのを確認すると視線を朝陽に移して。
(久々に短歌でやろかな)

晨明しんめいの 陽はまたいずれ 落つるとも
  いずれまた聴く 晨鶏しんけいの声』

 私の記憶違いじゃなければ『晨明』は夜明けを、『晨鶏』は朝のコケコッコーだ。『晨・また・いずれ』を逆順でもう一回使った言葉遊びのつもり。
「水色ちゃんに七人目ちゃんに……はぁ~っ」
 もう溜め息しか出ない。
 私たちがリリィとして覚醒するときリリィはどうするだろう、どうしたいだろう。またこの世界を、怨嗟の慟哭とともに滅ぼしちゃうの?
「リリィに、夜明けを告げる鳥は啼くんだろうか」
 夜明けを告げる鳥と云えば小夜啼鳥サヨナキドリもそう。その英名はナイチンゲールNightingale。近代看護教育の母であるフローレンス・ナイチンゲールは、『クリミアの天使』と呼ばれた。
 願わくばリリィが、天使のようにとっても優しい子であってほしいなって思うんだ。



-----
作中でアルテが口を濁した
「彼女は前世の私の、唯一無二の理解者だった。私の、前世の私の処刑も全力で阻止しようとしてくれたんだ。だけど叶わず……処刑の判断をくだした王をはじめ王族全員を、その細腕で屠りそして自らをも」
については、『魔皇リリィディアと塔の賢者たち』第四話「天権の塔・アルテ」で明らかにしてます。
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