ポンコツ妖精さんは、そろそろ転生をやめにしたい

仁川リア(休筆中)

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第十二話・奴隷遊戯

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「ティア、お願いがあるんだけど」
「何? アルテ」
 フェクダへ向かうべく、キャリーケースに荷を詰め直してたら珍しくアルテからのお願いが。
「フェクダのガンマ駅からソラのいる天璣の塔への道すがらにさ、ハンターギルドがあるんだ」
「うん?」
「そこで私の友人・マリンが受付嬢として働いているんだけど、借りてた本をなかなか返す機会に恵まれなくてね……そこで申し訳ないんだけど、代わりに届けてもらえないだろうか?」
 あぁ、そんなことね。いいよ、了解。でもアルテって友人いたんだね。
「そりゃいるよ? ティアだってそうだし」
 うーん、おちょくったつもりだったんだけどマジレスが帰ってきた。
「じゃ、預かるよ。かさばる物?」
 引き受けといてなんだけど、あんまり大荷物だとちょっと困るな。
「ありがとう、コレなんだけど」
 そう言ってアルテが差し出してきたのは、厚さが電話帳ほどの紙袋。うん、まぁこのぐらいなら。
「ティア姉は、フェクダへはやっぱり寝台列車で行くのですか?」
「うん、そうしないとタイトル詐欺になっちゃうから」
「何の話だ?」
 メタい話です。
「で、何か面白そうなの走ってない?」
「列車には詳しくないからなぁ……ポラリス山脈には用はないだろ?」
「? ないね。なんで?」
 ソラのいるフェクダ王国はガンマ駅へは、山脈を左に見ながら迂回するように走る。当然ながら、ポラリス山脈そのものには用はないな。景色として楽しむ分にはいいけど。
「なんつーたかな、列車が斜めにへしゃげてるヤツ」
「ケーブルカー?」
「それそれ。山脈を迂回するんじゃなくて、ケーブルカーでエーゲ山の山頂まで登り、そこからは折り返してフェクダ方向に下るルートでさ。山頂に駅はあるけどかなり早朝着だし、普通に迂回するルートより時間も金額も倍近く……ティア、どうした?」
 私、目からお星さまがキラキラ‼ ケーブルカーで寝台特急なの、凄い!
「何それ‼ 素敵すぎない⁉ そういうルートとなると山頂でスイッチするんだよね?」
「どういう意味だ?」
「列車が山頂で折り返すから、山頂『まで』と『から』で先頭車両と最後尾車両が入れ替わる感じ」
 ケーブルカーなんだから、そのままグルンと回ったら山頂からは車体が滅茶苦茶傾いてしまう。
「よし、決めた。それにする‼」
 さっぱりわけがわからないといった顔で、アルテとイチマルが見つめあってるんだけど? どうしてこのロマンを理解できないのだ。
「結構揺れるから、あまり寝られないらしいよ?」
「それどころか、車窓の景色に興奮して寝られないかも!」
 イチマルと再会した『ミルキーウェイ』が違う意味でそうだったな。スワン・レイクの湖上を、半分は地下を半分は海上を走るという東京湾アクアラインの鉄道版みたいな路線で、トンネル&鉄橋の音が凄くて。
「ふーん、そんなもんかねぇ」
「私にはわからないです……」
 わかってもらえなくてもいいですよーだ! そうと決まれば善は急げだ。
「あ、そうだ言い忘れてたけど」
「何?」
「その袋の中、絶対に見ないでくれよ?」
「見ないよ?」
 何だ何だ、そう言われると逆に気になるじゃないか。薄いBL本でも入ってんのか? 見ろ、というフリかも?
「見たら殺す、いや死ぬ」
「だから見ないってば!」
 うーん、どういうことだろう。でもアルテに死なれちゃたまらないから、我慢だね。
 私は苦笑いしながら、キャリーケースにアルテから預かった袋を収納しようとして……薄手の紙袋だったものだから、おそらく中身の重量に耐え切れなかったのだろう。底がビリッと破れて、中に入っていた薄い本三十冊ほどが床に落ちて散らばってしまった。
「あ、ごめん破れちゃ……ん?」
 その本のタイトルがまた凄かった。
『吾輩はホモである ~腐女子が異世界でイケメン男子に転生したので、自慢のマグナムで無双します~』
 とかいうのが①から㉚まで。しかも『祝・書籍化決定‼』なんて帯も付いてるし。つまり、同人誌版なのかなコレ。
「えっと……ごめんね?」
 アルテは、ピキッと顔面が硬直したままだ。うーん、アルテが腐女子でそれを隠してるってのはもう何百年も前から知ってたから特に驚きはないのだけど。
「……アルテ姉、これは?」
 こらこらイチマル、そこはそっとしといてあげて! もうアルテのライフはゼロよ‼ それにアルテ、血の涙を流すのやめて怖い。
「くっ、殺せぇ‼」
 と叫ぶがはやいが、床に大の字になるアルテさん。ああ、『見たら殺す、いや死ぬ』てそういう。めんどくさいオカンだな。
「ヤだ」
「うぅ、知られたくなかった……知られたくなかったのに……」
 大の字に寝転がったまま、ホロホロと落涙するアルテ。しょうがないな。
「あのね、アルテ? アルテが腐女子ってのはもうみんな知ってたよ?」
「……え? そうなのか?」
 アルテはちょっと安堵したような表情に一瞬なったけど、皆に知られているという事実に気づいて再び顔面が蒼白になる。しかも私、ちょっと勘違いしてたみたいで。
「いえ、私は知りませんでした。というよりフジョシってどういう意味でしょうか?」
 イーチーマールー‼ イチマルのその台詞を受けて、アルテはスクッと立ち上がる。亡霊のようにフラフラと窓際まで歩いていくと、窓をガラッと開けて……桟に片足をかけた。ここ、地上五十メートルほどの塔の最上階なんですが⁉
「待て待てアルテ! 死んじゃダメ‼」
 慌ててダッシュしてアルテに背後から飛びつき、羽交い絞めでロック。……って言っても、身長で三〇センチほどの高低差があるんだ。私はアルテの背中にしがみついて、ぶらんぶらんしてる感じになっちゃうのが悲しい。
「やだやだやだ‼ 死ぬぅ~っ‼」
 まるで幼児が駄々をこねるようにイヤイヤをしながら抗うアルテ、幼児退行すなっ! イチマルも、青い顔で呆然としてないで手伝って?
 まぁアルテなら、この高さで落ちたところで死にはしないだろうけどさ。
「んー、是非もなしだな」
 私はアルテを羽交い絞めにしたまま、
「『神恵グラティア!』」
 をアルテに向けて、『大量』に照射した。
「グアッ‼」
 普通の人なら致死量なんだけど、アルテなら耐えきれるだろうなと思って。デュラは耐えたしね。
 アルテは静かに膝から崩れおちて倒れちゃったけど、ちゃんと心臓も動いてるし呼吸もしてる。うん、大丈夫みたい。
「ティア姉‼ 何て無茶をするんですかっ!」
 イチマルが超激怒モードで絶叫するんだけど、トリガー引いたのイチマルだからね⁉ それに……。
「うぅ、見られた。見られたよぅ~……」
 床に倒れたままシクシクと再び泣き出すアルテ、あっさりと意識取り戻してるし。バケモノかな、こいつ(知ってた)。
 うーん、どうしよ?
「あのさ、アルテ?」
 私のその問いかけに、アルテは反応せず。シクシクと泣き続けててマジ鬱陶しい。
「ソラのところに行ったら、アルテがBL好きだっていう記憶を消してもらうから。それで我慢して?」
「ティア姉、ビーエルとはどういう意」
「イチマルはちょっと黙ってて」
 危ない危ない……無知は罪だ。
「でっ、でもティアだけが記憶を失ってもっ‼」
「あー、イチマルもターニーもデュラからも消してもらうから。ね?」
 人の記憶を操作するという依頼を勝手に決めてしまう私、結構鬼畜です。
「そ、それなら……」
 アルテ、私の提案した非道な対症療法にも素直に受け入れちゃう。普段なら、こういうこと言い出す私に怒るのにね。よっぽどメンタルがやばいことになってるんだろう。
「いや、すまないね。取り乱してしまったようだ。そして本当に申し訳ないが、ソラに記憶を消してもらってほしい」
 凄いな、そこまでイヤか! でもこの対症療法には一つ穴がありまして……施術者であるソラ自身の記憶からは除外されないんだよね(できるのかもしれないけど)。でもこれ言わないほうがいいな、うん。
「あの、ビー」
「後で教えてあげるから、本当に黙っててイチマル」
 ああんっ、もう! イチマル、探求心は結構だけど空気読んでくださいな……。


 アルテ、イチマルはデルタ駅まで見送りにきてくれると言ってくれたんだけど、それは申し訳ないので断った。
 くだんの駆け落ち未遂事件の後始末関連で、アルテはメグレズ側の関係者として事後処理に付き合う必要があり、それだとパワーバランス的にアリオトが滅多打ちにされる危惧ってのがあるらしくて。そこで万が一のために、イチマルもアリオト側の弁護に回るべく待機することになったんだって。
 そんな忙しい両名だから、名残惜しかったけど天権の塔でお別れ。そのまま空中をパタパタと飛んで、デルタ駅へ向かう。
「今回は色々あったなぁ……」
 駆け落ち事件に始まり、イチマルとダンスしたり……ていうか、何より。何よりもの衝撃はリリィディアのこと。私がティアとして生々流転の度に姿を見せる、黒い魔法少女……彼女もまた、私なのだというぶっとび事実。
「でもってアルテもイチマルもデュラもソラもリリィ。ついでに七人目ちゃんもリリィ。何それって感じだよね」
 私たち六人が、いや七人が再びリリィとして融合したらば……各人の自我というものは多分消えてなくなるんだろう。魂の死ではなくても、精神の死ではある。今さら自分の死なんて怖くはないが、仲間の死はイヤだ。
(仲間の生、でもあるな)
 ややこしいな? それと、覚醒したリリィがもし以前のような人間を滅ぼす存在であったとしても。
「そこらへんは、どうでもいいかな」
 リリィがやりたければやればいい、人間を助ける義理はない。
「そろそろかな。ここらへんで降りよう」
 王太子の婚約披露パーティー……で盛り上がるはずだったデルタの街は、パレードやら何やらの準備が完全に住んでいる状態だった。交通規制とか、バーゲンとかね。
 アリオトからの賓客の護衛やら、それで金を落としていってもらおうと休日返上のつもりだった商店もあれば、臨時で雇いを増やしたお店もあったんだろう。
(それらが全部パーだもんねぇ……政争だけで済めばいいけど、両国の民間人同士にも亀裂が入るだろうな)
 王家や政治には不可侵条約があるが、民間へはその限りじゃない。アリオトは少々、住みづらくなるかもしれない。ま、イチマルがなんとかするでしょ。
 徒歩で、駅構内へ向かう。やっぱりというか、妖精さんの姿って目立つ目立つ‼
(そういやソラへの頼み事、忘れないようにしないと)
 認識誤認させて羽が見えなくなる魔導具? うまいこと羽を隠す服でもいいかな。そんなことを思いながらグリーンカウンターの列に並ぶ……んだけど。
「今日は平日なのに、なんか人多いな?」
 私のそのつぶやきに気づいて、前を並んでいた人が振り返った。
「妖精さん、こんにちは」
「あ、こんにちは」
 人畜無害で優しそうな、人間族のお婆ちゃん。うーん、人間の判定に人畜無害そうかどうかを材料にしちゃうのは、私の過去のイヤな思い出のせいなんだ。許してね?
「妖精さんは、アリオトへ?」
「いえ、フェクダへ向かおうと思いまして」
「それなら大丈夫ね」
 ん、何が大丈夫なんでしょうか。
「ほら、王家の……アリオトのお姫さまが逃げ出した事件。あれでアリオト人への当たりが厳しくなってね? 一時的に祖国に避難しようとする人が殺到してて、なかなか列車の切符を取るのが難しいみたいなの」
 マジかぁ~。結構な影響だな。それにしてもホント、人間てくだらないな?
 その後もお婆ちゃんと世間話をしていたら、切符販売はお婆ちゃんの番に。お婆ちゃんはアリオトへの帰国のために来たみたいなんだけど、やっぱりというかどの便も予約でいっぱいみたいで……。
 何か気の毒なんで、私がお婆ちゃん抱きかかえてアリオトまでひとっ飛びしてあげるのもちょっとだけ考えたけど。老体に空の旅行はキツいだろうから、やめとくが吉だな。
 ターニーでさえトラウマになってたぐらいだからね。ま、あれは音速で飛んだからだけど。それにお人よしもいいかげんにしとかないと、私。
 ガックリと肩を落としたお婆ちゃん、無言で私にさよならのお辞儀。私も無言でお辞儀を返して、いよいよ私の番だ。
「フェクダのガンマ駅まで、大人一枚!」
「どの便で行かれますか?」
 あ、そうか。
「えっと、エーゲ山の頂上に登って下るケーブルカーがあるって聞いたんですけど」
「あぁ、『アルタス』ですね。本日は午後二時十七分発となっております」
 チラと時計を見る。今は午後一時過ぎだから、駅に来るのがもうちょっと遅れてたらやばかったな。次の日の便まで待たないといけないところだった。
「あ、それでお願いします。寝台特急ですよね?」
「いえ、違いますよ?」
 何ですと⁉
「『アルタス』は寝台急行となります」
 あ、そういう。まぁ急ぐ旅でもなし。
「寝台券にランク有ります?」
「二等寝台客車のみですね。食堂車、シャワー室がありますがいずれも事前の予約が必要です」
 シャワー室、二等席でも使えるのか。一等個室客専門だった『ダエグ』とは違うんだな。
「それでは、シャワー室の予約します」
「回数と利用時間はどうされますか?」
「三十分を一回で。食堂車は……どうしようかな」
「あ、ちなみに車内販売のお弁当も予約制になっております」
 なんと! もし知らずに食堂車もお弁当も予約してなかったら、到着までひもじい思いをするところだったの?
「何か要予約ばかりですね⁉」
 嫌味のつもりじゃなくて、純粋に疑問だったので訊いてみる。
「山脈に入ると、終点ガンマ駅までは山頂の駅にしか止まらないんです。つまり、もし品切れになったら補給の手段がないのでこのような形を取らせていただいております」
 なるほど、納得。
「食堂車は当日の夕食と翌日の朝食、昼食時の営業となっています。メニューは申し訳ありませんが、日替わり定食で固定になっております」
 補給手段がない以上、そのほうが合理的なのはわかる。
「では夕食と朝食の二回でお願いします」
(お昼は、ソラのとこでいただこう)
 ってその前にアルテのお使いあるんだった。どうしても我慢できなかったら、ガンマの街で食べよっと。
「かしこまりました、少々お待ちください」
 にしても、ここデルタ駅って平たんな地に建つ普通の駅なのよ。一方でケーブルカーて斜面を登るために、車体がひし形になってるの。車内も、斜面の角度に合わせた造りになってて。
 山脈を昇り始めるまでは、皆斜めになったまま乗るんだろうか?
(んなわきゃーない!)
 ビシッ‼ と自分に突っ込んでみる。うーん、謎。訊いてみようかな?
「でも、自分の目で確かめてみるのも楽しみの一つよね」
 とりあえずお金を払って切符を買い、ちょっと時間あったので駅構内をブラブラ……してたら、やっぱりありましたよ『羽猫そば』。
 店内との仕切りは全面ガラスになっているので、中がよく見える。
「どれどれ?」
 と私が覗き込むのと、お蕎麦を美味しそうにズゾゾーッとすすってる……水色ちゃんと目が合った。お互い予想外の事態に、どちらも硬直してしまう。
(肉そばか……)
 私がこれまで見かけた水色ちゃんは天ぷらそばで、アルテがこの街で見かけたときは肉そばだったという。何かこだわりでもあるのだろうか。チェーン店だから味はほとんど同じだろうけど、メグレズだけお肉が違うとか?
 とりあえず水色ちゃんは会ってくれないだろうし、会ったところで何も話してくれない気がするのでここはスルーを決め込むつもり。何より出発時間が迫ってるから、ゆっくりもしてらんない。
 でも何もしないでってのはちょっと癪だな。そこは悪戯好きの妖精の血がね、騒ぐのですよ。
 私はノートを取り出すと、『リリィディア』と書いてお蕎麦を絶賛すすり中の水色ちゃんに向けてガラス越しに『どうだ‼』とばかりにバッと掲示してみせる。。
 ――いや、本当にマジでごめんなさい。まさかそんな盛大にお蕎麦を吹くとは思わなかったんだ。
 吹いたお蕎麦が大量にカウンター内に入ったみたいで、店員さんに平謝りの水色ちゃんてば、ペコペコ頭を下げつつ横目でギロリとこちらを一瞥。
(おお、こわっ!)
 ここはさっさと退散するに限るな。でも水色ちゃん、ホントにごめんね?


「ケーブルカーのホーム、どこだろ?」
 ケーブルカーは斜面を登り下りするのに特化している車両だから、車体が高所方向に傾いているのが特徴だ。だがパッと見、どのホームも平たんなのでケーブルカーが入線できそうにもないのだけど。
「うーん?」
 パタパタパタと軽く浮遊しつつ、ホームの上空数十メートルまで上昇。俯瞰で眺めてみるが、ケーブルカーのホームらしきものは影も形も見えない。
(何だろ?)
 ホームで、数人の駅員が集まって私を見てる? 呼んでる? とりあえず降りてみる。
「お客様! ホーム上空は立ち入り禁止です‼」
「あっ……すいません!」
 そうだよね。自由に飛んでいいことになったら無賃乗車キセルができちゃう。
「念のため、切符を拝見します」
「あ、はい」
 うーん、やっぱ疑われちゃったか。自業自得だけど。
「ふむ、『アルタス』ですか」
 切符をちらと見て駅員さん、何やら合点がいった表情なんだけど。
「ケーブルカーのホームへは、エレベーターで行くんですよ」
「あ、そうなんですか!」
「はい。平たんは走れませんから、地下深くから出発して登山口あたりで地上に出ます」
 何それ素敵! でもなるほどなぁ、そういうことなんだ。とりあえず案内されたエレベーターに乗り込む。
(行先ボタンは一つだけか)
 ポチッと。エレベーターはゆっくりと下降していって……ん?
「もう五分ぐらい経ってんだけど?」
 慌てて扉上の行先案内表示を確認してみるけど、エレベーターが下降中なのは確かなようだ。振動も音もするしね。
「あぁ、妖精のお嬢さん。このエレベーターは地下数キロまで下降しますからね。十分ほどかかるのですよ」
「なるほど。教えてくれてありがとう、おじさん」
 同乗の人間のおじさんが、そう教えてくれたんだけど。地下数キロからかぁ……コストと手間を考えると、登山口まで普通に連絡列車を走らせてそこから乗り換えさせたほうがいくないかな。
「おじさんは、ケーブルカーに乗ったことあるんですか?」
「はい、山頂で薬草を採取するために何度か利用してますね」
「全部寝台付きなんです?」
「ですね。維持費とかが凄いので、寝台を使わない人からも寝台料金を取る……おっと、これは大きな声では言えません」
 おじさんのジョークで一緒に笑う私だけど、事実ではあるんだろうな。何だってこんな、金喰い虫みたいな仕様にしたんだろ。
「まぁ技術者というのは、一般人には理解できない感性をお持ちですからね。設計にあたった方と制作を請け負った方の道楽というか……試験制作だったとは聞いたことあります」
「うーん、迷惑な話ですね。お金は鉄道会社から出るんでしょうに」
 本当に迷惑な話だ、うん。そして多分なんだけど、
ソラ師マスター・ソラターニー師マスター・ターニーが絡んでたりしますか?」
「ええ、そのお二人です」
 うーん、やっぱりかー‼ やりたい放題だな、あの賢者ども。愚者に格下げしよう。
「地下を走るのは、時間的にどのくらいなんです?」
「二時間ほどですかね、すごく退屈ですよ。なので、本をお持ちの方が多いようです」
 でしょうね。本か……一応持ってきてるけど、アルテから預かった凄いタイトルのBL本、目を通してみようかな。
 そうこうしているうちに、エレベーターが到着。おじさんが『開』ボタンを押しっぱのまま私が先に出るのを待ってくれているので、目礼でお礼してホームへ。
 ホームてか階段だな。斜面を走るのだから、ホームも斜めってないといけない。さっきはそれを探したくて、飛んでたんだよね。
 すでに魔石寝台急行『アルタス』は入線してるな。出発までまだ小一時間あるんだけど、もう乗り込んでいいみたい。とりあえず中を観察したかったので、一番お尻の扉から入ろう。
「ふむふむ、食堂車か」
 車内は、通路が階段になってる。通路を挟んで右が厨房、左が食事スペース。テーブルとイスが、段々畑みたいに連なってるのね。
 だから一番上のテーブルからは、全員が何を食べてるかわかってしまう。
(って全員固定の定食なんだった)
 二両目はトイレとシャワー室らしき部屋を抜けると、通路が右端に。ベッドがこれまた段々畑に棺桶を置いたような感じで、それらが壁で仕切られてる。
 二等客車って言ってたけど、寝台が二段じゃないだけでパーソナルスペースは一寝台ずつ確保されてるな。通常の解放型の寝台客車と違って、ほかの旅客と向かい合って世間話とかができない感じ。
 三両目、ここは全部寝台の客車だ。先頭が運転……あれ?
「運転席、どこだろ」
 職員さんらしき人が車内を清掃していたので、ちょっと訊いてみる。
「あぁ、無人運転ですよ」
「へぇ‼ でも車掌さんとかはいるんですよね?」
「あ、私がそうです」
 何ですと? 車掌さんが清掃やるのか。
「ちなみに、お客様のお食事をお作りするのも私です」
 シェフまで兼用……。
「なのに、給料は地上の車掌と同じなんですよ……フ、フフ……」
 車掌さん、死んだ魚のような目をしてらっしゃいます。そんなブラックな社内事情、私に漏らされても困るよ!
「ま、料理といっても冷食を解凍するだけですけどね」
 いや、聞きたくなかったですソレ。
「ところで、お客様はケーブルカーは初めてです?」
「ええ、そうですね」
 前世では一回乗ったかな?
「ふむ……切符を確認しても?」
 そりゃ構いませんが、何か疑われたかな?
「二両目の四号席ですか。少々お待ちください」
 車掌さん、そう言ってタブレットみたいな魔導機械を取り出す。何やらピコピコと操作して、
「このお席は、ご希望されたお席でしょうか?」
 どういう意味だろ。そりゃ買うときには席の指定なんかしなかったな。寝台のランクがあるかどうかは訊いたけど。
「それでしたら、一両目の一号席がまだ出てないようですので変更いたしましょうか?」
「といいますと?」
「無人運転だから、運転席がないんです。ですからそのお席だけ、前展望になってるんですね」
 何だこの車掌さん、神か何かか⁉
「いっ、いいんですか⁉ お願いします‼」
 うーんサービス業の鑑みたいな人だな。確かホームに『ご意見箱』があったけど、あっちの駅にもあるかな? この車掌さんのお給料をあげてもらえるように、投書しとこうっと!
 テンションあげあげの私、るんたったしながら発行し直してもらった切符を持って、いざ先頭席へ。
「ほぇはわゎ~ん‼」
 感動のあまり、声にならない、こりゃ凄い。ターニーと一緒に乗った『なると』もすごかったけど、こっちも。
 トンネル内はカーブが一切なくて、ほぼ直線状態だ。遠くに小さな星のような光が見えるのは、トンネル出口だろうか。そしてそこからは、ひたすら山頂を目指すパノラマが続くわけだ。
「これにして正解だったな」
 さっすがソラとターニー、一流同士のコラボがとんでもない至高の出来栄えを産んだといっても過言じゃないね‼ 愚者に格下げ? はて、何のことでしょうか。
「早く地上に出ないかなー」
 ってまだ出発もしてないのに私、ウッキウキです!


 魔石寝台急行『アルタス』は定刻通り発車。車体がゆっくりと動き出した。
「うーん、確かに暇だな」
 列車は、ひたすら闇の中を切り裂きながら地下数キロの世界で登り坂を駆け登っていく。
 数メートルおきに設置されているトンネル内の灯りが列車の加速とともに光の線をかたどっていく様は、とても幻想的な光景だなぁ。それもこれも、前展望席だけの特典だよね。
(車掌さん、本当にありがとう‼)
 だけど、その光景をずっと見てもいらんない。飽きた。
「二時間ぐらいは地下なんだっけ」
 さて、どうしようかな。とりあえず暇なので、アルテがお友達に借りた薄い本を手に取ってみる。
「にしても、本当にすごいタイトルだなこりゃ」
 アルテが腐女子ってのは知ってたけどね、
『吾輩はホモである ~腐女子が異世界でイケメン男子に転生したので、自慢のマグナムで無双します~』
 ってどんなだ⁉ っていうかこっちの世界でも、異世界モノのラノベあるんだ?
 はるか前方に見える、トンネル出口らしき光はまだまだ米粒ほどの大きさ。あそこから飛び出るときのババーン‼て景色は、絶対に見逃さないようにしないと。
 だけど、だけどさ……リズミカルながら単調なレールの継ぎ目を拾う音。カーブの一切ない直線と、車窓から見えるのは変わり映えしないトンネルの壁。
(なんだか眠くなってきた……)
 いかんいかん、起きてないと。いやでも眠……。
 ――ん⁉ やばい、寝ちゃった‼ 列車は、もうエーゲ山の新緑の中を疾走中だ。いや、疾走というほど速度は出てないんだけど、そうじゃなくて。
「見逃したぁ~っ‼」
 なんたる無念。くっ殺せ!
「はぁ、最悪だ……」
 でもまぁ前展望に広がる木々の緑。これは私の心を十分に癒してくれそう……とか思ってたら、前方にホーンディアが飛び出してきた。一角獣の鹿バージョンなんだけど、ちょっ⁉ 轢かれちゃう!
『バリーン!』
 と凄まじい音がして、列車はホーンディアを吹っ飛ばしてしまった。でね? 角だけが折れて車窓に刺さってるの。その鋭利な先端が、私の鼻先数センチまで迫ってて。
 でもって車窓が鮮血で染まってるよ~‼
「なんじゃコリャーッ‼」
 突然のスプラッタ映画(現実)と、もし車窓に前のめりに座ってたら私の顔は間違いなく串刺しになったわけでね? 私、失神しちゃいました……。
 で、ここからは私が失神している間の出来事。
 列車は緊急停車して、車掌さんがほかの開いている寝台に私を姫だっこで運んでくれて。そして鮮血で染まったフロントガラスを丁寧に清掃、角が刺さって開いた穴は特殊なテープで応急手当というか塞いで。
 先頭席は『DANGER』のテープで立ち入り禁止に。列車は定刻から一時間遅れて出発したのだと後になって車掌さんが。時刻はもう宵の口、遠くに陽が沈むのが見える。
(うぅ、せっかくの旅がトラウマの旅に……)
 確かにね? これは前展望席がゆえの悲劇ですよ。でもなんで今日なのよーっ‼
 私が寝かせられていたのは、二両目の四号席。
「最初に買った席じゃん……」
 もう最悪。ごはん食べて機嫌を直すべく、食堂車に向かう。
(あ、車掌さんだ)
 厨房の中で、車掌さんが一生懸命……冷食の料理を解凍してた。給仕をする人はいないみたいだから、セルフサービスなのかな? とりあえずカウンターの前へ。
「あ、お客様‼」
 車掌さん、すぐに私に気づいてくれたみたい。小走りで駆けよってきて、
「この度は大変申し訳ありませんでした‼」
 と百二十度のジャンピングお辞儀。
「いえ、車掌さんのせいではないですからお気になさらないでください」
 本当は文句の一つも言いたいところだけど、先頭席に変更してくれた優しい車掌さんだから怒るに怒れない。ってその先頭席に移動したからこその悲劇だけどね。
「切符代は払い戻しするように、あちらに連絡しておきます。本当にこの度は……」
 いつの間にか、私の後ろにも数人並んで待っていた。
「いえ、ここは一先ひとまず調理に戻ってくださいな。ほかにお客様も待ってますし」
 解凍という名の調理だけど。
「すいません、本当に……」
 車掌さんは再び、厨房の奥に戻る。電子レンジっぽい魔導機械に次々と料理を入れていくのだけど、もうすでに出来上がってる状態で凍らせてんだな。本当に解凍するだけみたい。
「お待たせしました!」
 チーン!という音がしてすぐに、車掌さんが料理を持ってきた。何だか笑っちゃうな。
 トレーに乗ったそれを受け取り、空いている席へ。お味のほうはどうだろ。
「んっ! 美味しい‼」
 これは意外だ。冷食だからってバカにできないクオリティー。私のその反応に、厨房で車掌さんが小さくペコリと頭を下げる。
 一心不乱に食べていたら、車掌さんが厨房から出てやってきた。
「おかわりはなさいますか?」
「いいんですか?」
「せめてものお詫びです。万が一のための予備を数食、確保しておりますので」
「じゃあお願いします!」
 うん、儲けたかもしれない。いやそれでも、あのホーンディアの記憶は消したい。
(ソラに頼むか)
 彼女なら、私の脳内からその記憶を消してくれるはず。どうせアルテが腐女子って記憶も消してもらわないとだから、ついでに頼もう。
「それにしても『ディア』って付く名前は本当に私の人生、引っ掻き回してくれるよね」
 もちろん、リリィディアのことを指してる。ってリリィは私でもあるんだっけ? まぁリリィとホーンディア、『ディア』の部分はスペルが違うんだろうけど。
(ディアって確か、英語で『鹿』だったかなぁ)
 アルコルもそうだけど、本当にあのニホンという国があった異世界と共通点多いな?
 車掌さんがおかわりを持ってきてくれたのでお礼を言って、再びカトラリーを手にする。
「うん?」
 さっき食べたのとは、違うメニューだ。いや、よく似てはいるんだけど……何かこう、アレンジしてみましたって感じの。チラと厨房を見ると、車掌さんと目が合う。
 車掌さん、サムズアップでドヤってます?
(そっか、ひと手間くわえてくれたんだ)
 私は両手を合わせて謝意を伝える。そしておもむろに一口……。
「む、これはさっきのよりも美味しい‼」
 何かスパイスが加えられていて、新たに少し焼きを入れたのか香ばしい匂いが食欲をそそる。本当にあの車掌さん、何でもアリだな⁉
 アッという前に食べ終えて、改めて車掌さんにご馳走様を伝えて席へ。
「シャワー室行くかな。空いてるといいけど」
 席が変更になった恩恵というか、シャワー室と同じ車両になったから空いているのはすぐにわかった。着替えを持って、いざシャワー室の扉の前へ。
『ゴクリ……』
 果たしてこの扉は手動か自動か? 私、何かトラウマになってんな⁉
 『ダエグ』と違い、『アルタス』は切符がシャワー室のカードキーも兼ね備えてる。無駄にハイテクだなぁ。どうせこれも、ソラとターニーでしょ。
 切符をセンサーにかざしたら、自動で扉が開いた。うん、もう扉は怖くないぞ(多分)。
 内側からロックして、服を脱ぎ脱ぎ。相変わらずのチンチクリンな裸体が(悪い意味で)目に毒だ。『ダエグ』で見覚えのある、かの魔導洗濯機『フラッシュブレイク』があった。
(そういやワンピに、ちょっと血が付いてるな?)
 あのホーンディアのかな。くっそう、また思い出しちゃったよ。
「あれ?」
 そのフラッシュブレイクの蓋を開けたら、真紅のスカーフみたいなのが一枚。
(前の人の忘れ物かな?)
 とりあえず手に取ってみると、端のほうに『リトルスノウ』と小さく刺しゅうしてあった。名前だろうか。
(あとで車掌さんに預けとくか)
 綺麗に畳んで、空いている脱衣かごに入れておく。シャワー室はちょい開けがしてあったので、手動扉と気づけてことなきを得た……って何じゃそりゃ。
 ま、特筆すべき点もない私のシャワーシーンだけど恙無つつがなく終えてシャワー室を出る。スカーフを車掌さんに預けないといけないんだけど、今車掌さんどこにいるんだろ。
(色々な業務をこなしてるみたいだから、こういうとき不便だな)
 とかなんとか思ってたら、真っ白い被毛の猫獣人デミ・キャットの女の子が何か足元をキョロキョロ探しながら歩いてくるのに出くわした。着ているのはメイド服だろうか。
 って多くの猫獣人はせいぜいがとこ猫耳としっぽがあって、瞳孔が猫のように広がったり狭まったりする以外は人間形態だ。
 だけどこの子、顔が猫。両手と両足それぞれの指先は人間だけど、手首足首までは真っ白い被毛で覆われている。
(イチマルに近いかな)
 まぁイチマルは完全な狐(ただし二足歩行)なんだけど、やっぱそれでもイチマル寄りだ。猫獣人というよりは二足歩行の猫。そして首にはまっている『アレ』は……。
(奴隷環だ)
 帝国を構成する七つの国の中で、唯一フェクダでは奴隷の売買が合法なんだ。この列車はフェクダ行きだから、ご主人様と一緒に来たのかな? それにしても……。
(何かを探してる? 落としたのかな)
 まさかとは思うけど、このスカーフの持ち主かな?
「あのー」
「ニャッ⁉ あ、はい何でしょう?」
「何かお探しですか?」
「あ、はい。スカーフを落としちゃったみたいで……職場の制服の物なんで、困っているんです」
 やっぱビンゴか。
「シャワー室の洗濯機の中にありましたよ」
 そう言って差し出したら、
「ありがとうございます! ありがとうございます‼」
 ってすごい感謝された。あぁ、なるほど。そのメイド服のスカーフなのね。
「私、リトルスノウっていいます! 本当にありがとうございました‼」
「いえいえ、お気になさらず。私はティアっていいます。それじゃコレで……」
 と踵を返したら、後ろから羽をガッと掴まれた。何々⁉
「あ、ごめんなさい! えっと、お礼をさせてほしいのですが……」
 うーん、律儀な子だな。気にしなくてもいいのに。っていうかお礼って何する気だろう? ってその子もそこまでは考えていなかったみたいで、
「えーと、お礼お礼……何すれば……」
 って困り果ててる。可愛いかよ!
「じゃあ、お礼代わりに私の話し相手になってくれませんか? 夜の車窓は暗くて楽しめないから、暇してたんです」
 と提案してみる。
「そ、そんなんでいいんですか?」
 ダメって言ったら困るでしょうに。
「構いませんよ。私の席で一緒におしゃべりしましょ?」
 それにしても何だろう、この子から何だかすごい違和感を感じるんだ。何の違和感て訊かれてもわからないんだけど、なんかこう……たとえて言うと、イチマルの妖術にかけられているときみたいな感触。
(この子は本当に、見た目どおりの猫獣人なんだろうか?)
 それを確かめてみたいってのもあって、誘ってみたんだよね。
 私の席まで案内して、寝台に座る。そしてリトルスノウちゃんは……。
「何で床に正座で座るの?」
 いやほんと、何で? 私から誘ったんだから、お布団に座ってもいいんだよ?
「いえ、あのコレ」
 そう言ってリトルスノウちゃんが示したのは、首の奴隷環。
「私、奴隷民なんです」
「うん、見りゃわかるよ」
「でもって猫獣人なんですね」
「うん、それも見りゃわかるけど……それが何か?」
 この子が何に遠慮してるか、なんとなくわかったけど。
「奴隷民が許可なく一般民と席を並べるのは……それに被毛というか抜け毛がですね?」
 やっぱそうか。私が最初のティアだったとき、この世界に奴隷なんて存在していなかったんだけどな。そんな後から出てきた謎の身分制度、窓からポイだ。
「では私が許可しますので、隣に座ってくださいな」
「あ、はい!」
 おずおずと、隣に腰かけるリトルスノウちゃん。ちょっと遠慮気味だな? にしても……。
(やっぱり違和感だ。この子、猫獣人じゃない)
 かと言ってそれを指摘したところで、何も得るものはない。ない、けれど。
 しばしの間、おしゃべりに花が咲く。リトルスノウちゃんはフェクダに住んでいて、ご主人様のお使いでメグレズに来ていたんだそうだ。で、メグレズからフェクダに帰るのに列車の切符を買おうと思ったら、
「は? 拒否?」
「はい。空いている便が、奴隷の乗車を禁止しているグレードのものばかりで……」
 本当に人間の世はくだらない。いつか人間族、自分らで作ったルールで自滅するよ?
「それでこの『アルタス』に乗ったわけね」
「そうです」
 『アルタス』は、地上を走る便より所要時間も料金も倍以上する。何で奴隷民てだけで、こんな理不尽な目に合わないといけないんだ。
(にしてもこの子の両脚……)
 さきほどとは、違う違和感。何かこう、自在に動かしてはいるのだけど命が宿っていないというか魔力が渦巻いているというか。
 そんなことをボーッと考えていたからだろう。気づかなかったけど私、リトルスノウちゃんの絶対領域をガン見してた。
「あ、気づきましたか?」
 ってリトルスノウちゃん。あわわ、痴女だと思われたらどうしよう……じゃなくて。
「やっぱり義足なの?」
「そうなんです。よく気づきましたね‼」
 いやいやいや、これ精巧すぎない? ここまでの義足って、相当お高いんじゃないだろうか。この子、奴隷民だよねぇ?
「ふふ、何考えてるか顔に出てますよ?」
「え、あ、ごめん‼」
「いえいえ。私のご主人様がいい人で……両脚を失って死んじゃって、スラム街のゴミ捨て場に捨てられていたところを、今のご主人様に拾っていただいて」
 は?
「死にたてだったのが功を奏したというか魔法で無理やり心臓を動かして蘇生し、この義足も作っていただいたんです」
 何か凄いこと言ってんな⁉ そして、こんなバケモノじみた魔導義足を作れる奴なんて一人しかいない。
「ま、ご主人様的には『新商品の義足の動作確認がしたかっただけ』とのことなんですけどね」
 相変わらず他人で実験するのが好きなのな、アイツ。でも私が最初に感じた違和感は、そっちじゃないんだよね。
「ねぇ、リトルスノウちゃんて……猫獣人じゃないでしょ?」
「……どうして、そう思われたんですか?」
 私の妖精としての勘。いや本当に、そうとしか言いようがない。
「義足も見抜くし、この仮の姿も見抜いちゃうんですねぇ……」
 リトルスノウちゃん、思わず嘆息。
「はい、私は実は人間族なんです」
 そう言って、奴隷環に手をやって。カチリと音がしたかと思うと、奴隷環があっさり外れた。
(いやちょっと待って? 奴隷環て特殊な呪法がかけてあって、無理やり外そうとすると奴隷自身の首が絞まるようにできてるはず……)
 って目の前のリトルスノウちゃんの姿が、猫獣人から黒髪ストレートの人間の少女に変身してます。いや、猫獣人のほうが変身してた姿だ。違和感の正体はコレか、と納得。
「私、本当は人間なんですが……ほかの同僚というか先輩方は全員、猫獣人の奴隷民なんです。あ、ご主人様の元でメイドをしているんですけど」
 あ、それの制服なのね。
「塔に来たばかりのころに、皆と同じ猫獣人がいい皆と同じ奴隷環がしたいと、お恥ずかしいことに駄々をこねてご主人様を困らせちゃいまして。まだ幼かったせいもあるんですけどね」
 そう言って、可愛く舌をペロって出して笑うリトルスノウちゃん。
「そのときに、猫獣人に見える奴隷環を作っていただいたんです」
 つーか。
(塔、ね……)
 くっそスペシャルな義足に、認識阻害をさせる呪法が込められている首輪、死人を生き返らせちゃうデタラメな魔法、フェクダ王国の塔住まい。もう足りないピースがないや。
「あ、私この人間の姿では『コユキ』って名前です。リトルスノウてのは、英語で……あ、いや外国の言葉で小さい雪って意味でして」
(英語言うたよ、この子)
 情報量多いな⁉
 まぁ多分そうなんだろうなと思いつつ。リトルスノウ、小さい雪……それでコユキちゃんか。うーんあのニホンとかいう国、どうなってんだ。
 ま、別に今さらニホンの話で盛り上がろうとも思わない。それよりもむしろ――。
「塔、っていうのは天璣の塔だよね。ソラ、元気でやってますか?」
 両目を見開いて、驚愕の表情はリトルスノウ改めコユキちゃん。いやはや、世界って狭いね⁉


 列車は深夜過ぎ、山頂の小さな駅に到着。さすがに降りる人はいないんだけど、乗る人がいるな? 登山は下山も含めて登山なのにとは思うが、そこは色々と事情があるんだろう。
(そういやエレベーターで一緒だったおじさんも、薬草を採取しに登るとか言ってたっけ)
 とりあえず、もう寝よう。そして朝陽が登る前に起きて、しっかりとこの目で日の出を見届けねば‼
(ってイヤなフラグだな)
 まぁ悪い予感てのはたいてい当たるもんで、目が覚めたらすっかり夜が明けてやんの。学習しないな、私。
 まぁとりあえず食堂車へ。目玉焼きが二つとソーセージ、お味噌汁とパン。ここはご飯だろうと思いつつも、何気なく周囲を見てみると……。
(私だけ、目玉焼きが二つ?)
 まさかと思って厨房を振り返ると、車掌さんと目が合った。そして車掌さん、ウインクをパチリ。
(昨日のお詫びのつもりかな)
 ちょっと恐縮しちゃうな。それにおっさんのウインクは若干のキモみだ。とりあえずありがたくいただくことにして、食べ終える。
 座席に戻る途中で、寝ぼけまなこのコユキちゃん……ではなくリトルスノウちゃんとすれ違ったけれど、私には気づかなかったみたい。朝が弱いのかな。
 まぁ猫なんて一日中眠そうな顔してるけど。
(って正体は人間なんだった)
 リトルスノウちゃんは、やっぱしソラの元で働いていた。先輩方も猫獣人の奴隷って言ってたけど、ソラが奴隷を買って使役するなんてってちょっとだけ思ったんだよね。
 で、思わずそれを口にしちゃったんだけど……。
「アンタなんかに何がわかるの?」
 いきなりコユキちゃんが豹変した。そして、憤懣やるかたない視線を容赦なく投げかけてくる。
「あ、あの……コユキちゃん?」
「もういいです。アンタには何を言っても無駄なんだろうし」
 そう言って、怒って帰っちゃったんだ。
(そうだ、コユキちゃんにとってソラは命の恩人。くわえて、とんでも義足まで作ってもらって、手厚く保護してもらってる……ソラは奴隷としてなんて扱っていないって、考えればすぐにわかることだ)
 だから、怒ったんだ。そりゃ怒られて当然だよね。
「列車が着くまでにごめんなさいしないと」
 とりあえず今は食事中だろうし、私の顔を見たらごはんが不味くなるだろう。それにコユキちゃんの座席がどこだか訊いてなかった。
 仕方ないので、二両目の最後尾……あ、山頂で折り返してるから先頭か。食堂車のある三両目側の扉前で、しばし待つことにした。
「あ……」
 食事帰りのコユキちゃんが、私に気づいて……そして、まるで汚物でも見るような視線で私を無視して通りすぎる。相当怒ってんなぁ。
「待って、コユ……リトルスノウちゃん‼」
「……何です? あなたとする話なんてないんですけど⁉」
「謝りたいの」
「何を?」
 私、どうしていいかわからずその場に正座する。ここ通路なんですよね、しかも大きな羽つきですからすっごく邪魔なんだろうなとは思いつつ。
「リトルスノウちゃんのご主人様のこと、侮辱しちゃった。ちゃんと話を聴くべきだったのに、軽はずみだったと反省してる。本当にごめんなさい!」
「……用はそれだけですか?」
 うぅ、まだ怒ってるよぅ……ここは喰い下がらないほうがいいな。
「あ、はい。本当にごめんね!」
 そう言って立ち上がり、
『本当にごめん!』
 と言っておとなしく座席に戻ったんだけど……私、最後の言葉をニホン語で言ったような気がする。
『え、ニホン語⁉』
 リトルスノウちゃんは呆然としてその場に立ち尽くしていたのを、私は知る由もなかったんだけどね。
 そして時刻はお昼過ぎ、車窓の景色からフェクダの首都・ガンマの街並みが遠くに見えてきた。そして……いきなり車窓が真っ暗に‼
「え⁉」
 どうやらトンネルに入ったようだ。
(あぁ、そういうことか!)
 行きのデルタ駅がそうだったように、ケーブルカーだからガンマ駅の地下深くまで走るんだろう。
「うーん、やっぱ道楽で作ったんだろうなアイツら」
 ソラとターニーのことだ。前世ニホンではデザイナーだったから、ちょっとだけ気持ちはわからんでもないんだけどね。
 小一時間ほど地下を走り、列車はやがて終点デルタ駅に到着。ホームで同じく降りてきたリトルスノウちゃんと目が合ったけど、怒っているというよりは何だか微妙な視線を投げかけてくる。
 謝罪はしたし、それの返事というか対応待ちの身としてはここはおとなしく引き下がるべきと判断し、会釈だけしてホームを後にした。どうせソラのとこに行くんだし、また会えるだろう。
(それよりもアルテに頼まれてるやつ。ハンターギルドの……)
 あれ? 誰さんて言ってたっけ? うーん、我ながらポンコツだな。
 ソラの天璣の塔は、駅前から遠くに建っているのが視認できた。ソラは大陸で名うての大商会の会長でもあるから、インフラつーかそっち方面の馬車は分刻みだ。
(うーん、乗車率高いな?)
 すべての乗客がそうじゃないだろうけど、乗車率は百パーセントを超えている便ばかり。立って乗ってる人もいるぐらいだから、こんなでっかい羽つきの妖精さんが乗り込んだら大迷惑は必至だよね。
「よし飛ぶか! ってハンターギルドが先だった」
 駅前のインフォメーションセンターでハンターギルドの場所を訊ねる。アルテが言っていたように、ソラの塔と同じ方角でその中間あたりにあるんだって。
 建物の特徴を訊いて、いざテイクオフ! やっぱりというか、鳥だの飛行機だのと下界が騒がしくなるのだけど。
「あの建物かな?」
 しばらく飛んでいると、それらしき建物が目に入った。駅前での騒ぎはもう御免なので、人気のなさそうなところで着陸し、徒歩でハンターギルドに向かう。
「ここだな」
 うーん、まるでラノベの世界だなぁ。何やらレストランとギルドのフロアが共用してるみたいで、前世ニホンではおなじみのフードコートのような雰囲気だ。いや、かなり違うかな。
(客層がなぁ……)
 鎧を着た、マッチョなお兄さんやおじさん。剣士らしき女性もいる。
「さて、誰さんにこれを渡せばいいものか」
 ギルドのカウンターまで行ったら、どうやらお昼休みの時間帯だったせいかどこも『休止中』の札。
(参ったな……)
 どうせだし、ここで昼食を食べて時間をつぶすかな? そう思っていたときだった。
「ああああああああああっっっ‼」
 何だ何だ⁉ 声は、ギルドの中央あたりから……何やら大勢の人間が集まっているというか、何か囲んでいるというか。そこから聴こえてくる。続いて、
「シトリンちゃん、落ち着いて! それ以上はダメ、ダメだから! そいつ死んじゃうから‼」
 女性の甲高い何やら狼狽した声と、
「よくもよくもよくもよくもよくも! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね‼」
 ていう物騒な怒声は、まだ年端もいってなさそうな女の子の声だ。
(喧嘩かなぁ?)
 ハンターギルドと喧嘩は切って切り離せないものとはいうけれど、何やら女の子絡みみたいで?
(うーん、どうしよ)
 私はほかの五人と違って、戦闘能力はからっきしだ。殺してもいいなら止められるけど、そんなわけにもいかないし。
「だ、誰かシトリンちゃんを止めてください!」
 どうやら暴れているのは女の子らしく、女の人がそれを止めようとしてるんだけど諦めた感じ? 周囲のハンターどもは何やってるんだか。
 うーん、ごめんね? 私じゃ力になれない。
「パール姉、来てくださいっ! シトリンちゃんを止めてくださいっ‼」
 女の人がそう叫ぶ声がしたかと思うと、そこへウエイトレスの制服を着た兎獣人の女性が慌てて駆け寄って行くのが見えた。
(あの兎さんでも止められないんじゃない?)
 ていうか男どもは本当に何してるの⁉
「仕方ないな」
 せめて、怪我人の治癒だけはしてあげよう。それなら私でも役に立てるしね。そう思って、私は現場へと足を進める――。
 んー、男が倒れてる。で、ちょっと離れたところに……猫獣人さんかな? 猫耳の女の子が、床に座り込んで泣いてる?
「何があったんですか?」
 どっちに義があるのか、まずは見定めないと。安易に首を突っ込んだら、悪者に味方しちゃいかねないからね。で、わかったこと。
「床に落ちた料理を舐めさせた……はぁ? で、片眼鏡モノクル取り上げて踏みつぶしたって⁉」
 そんなの、ただのモンスタークレーマ―じゃん! ホントああいう奴、どこの世界にもいるのね。
「ねぇ、大丈夫?」
 とりあえず、座り込んで泣いている猫獣人の女の子……シトリンちゃんて呼ばれてたっけ? 声をかけてはみるのだけど。
「ごめ……ごめなさ……こ、壊れちゃ……」
 そんなことをぶつぶつ呟きながら、モノクル?だった物の欠片を無心で拾い集めてる。私の声は聴こえないみたいで。
(あ、奴隷環だ……)
 この子も奴隷なのね。
「ご主人様のモノクルなのに……」
 かろうじて、これだけははっきりと聴きとれた。
(つまり、ご主人様の物を壊されてしまったと。ものすごく怒られちゃうんだろうか?)
 いや、違うな。この子の涙は、大事な宝物を奪われた悲痛の表情だ。かつての私が『妖精大虐殺』で家族や友人たちを失ったときと、同じ表情かお
 この子もまたコユキちゃんと同じように、ご主人様に愛されている奴隷なんだろう。
「ねぇ、手で直接拾うのはやめたほうがいいよ?」
 パッと見、レンズの欠片なのだと思うけどそれで切った痕があって血が滲んでるんだ。
(かと言って、箒で……なんて)
 何だかよっぽど大事な物らしいから、粉々になってるからってゴミのように扱いたくないだろうし。
「うーん、困った」
 取り付く島もないというか、嘆息して振り返ったら先ほど駆けつけてきた兎獣人のウエイトレスさんと目が合う。次に、そのそばで倒れているクソ野郎。
(あれは、もうもたないな。というかほぼ死んでるつーか)
 猫獣人の怪力で顔面をぼっこぼにされたみたいで、生きてるのが不思議なくらい……とは言え、シトリンちゃんがされたことに比べれば、明らかにオーバーキルだ。
 言いたかないけど、殺すほどのことじゃないって判断が下るだろう。そしたら、この子は捕まっちゃう?
(気がのらない。気がのらないけど)
 私はその兎獣人さんのところに歩み寄って、そばで倒れてる無頼漢を一瞥。
(さっき、人工呼吸してたな)
 ってことは、この兎獣人さんも私と同じことを考えたんだろう。でももうこの男……あぁもうっ‼
「そいつ、助からないとあの猫獣人の子がまずいですか?」
 もしそうじゃないなら、ほっとくんだけど。
「はい! どんな理由があろうともあの子、シトリンちゃんを犯罪者にさせたくないんです。妖精さんは、治癒魔法は使えませんか⁉」
(うぅ、ジレンマだ。使えるけど。使えるけども‼)
「人間なんて助けたくないんですけどね……」
 人間は嫌いだけど、これでシトリンちゃんが逮捕されるのは私的には寝覚めが悪い。もう仕方ないので、割り切ろう。うん。
「ま、泥船に乗ったつもりで私に任せてください」
 私は、そのクソ野郎の顔面に手をかざして。
「『神恵グラティア!』」
 私の手のひらから顕現した無数の光の粒がその男の顔面を覆う。あらあら、なんということでしょう。グチャグチャだったクソ野郎の男の顔が元の不細工に‼
(……ってやってらんないなぁ)
「これでいいです?」
 治癒してあげて、こんな不快感を覚えたのは初めてだ。しかも例の『ありがとうビーム』が、この汚物の体躯からも返ってきました。いらんわっ!
「あ、あの……?」
 ん? まだ何か。
(あぁ、そうか。意識はまだ失ったままだから治ってないと思ってるのかな?)
 正直、そこまで面倒見切れません。
「あぁ、私が直したのは殴打による損傷だけです。痛みで失神しているだけですから、じきに目を覚ますと思いますよ?」
「あ、ありがとうございます‼」
 さて、シトリンちゃんは……うーん、こっちの騒動には気づいていないみたいで。泣きじゃくりながら、粉々になったモノクルの破片を集めてる。見ていて痛々しいな。
「それより、あの子についててあげてくださいな」
「はい、そうします!」
 どうやらとんでもない治癒魔法を使う妖精てことで、私の正体にピンと来てそうなのが何人かいるみたい。とりあえずここは、さっさと退散するのが吉だな。
(アルテの用事は、また今度来よう)
 さて、懐かしのソラに会いに行きますか。私は再び、大空へ羽ばたいていくのだけど。
「あ、見えてきた」
 結構な速度で飛んでたものだから、ソラのいる天璣の塔がすぐに見えてきた。
(お腹空いたなぁ)
 まだお昼食べてないんだよー‼ ソラのとこでご馳走になろっと。
 一階からわざわざ訪ねていくのもめんどくさいな。そこは勝手知ったる妹分のお家だ、私は直接最上階の居住エリアへね。パタパタとね?
『バシュッ‼』
 塔に手が届きそうな距離まできたところで、まさかの投網で捕獲されちゃう私。うーん、何だこの既視感。
(ターニーの塔にあったアレだな)
 くっそう、油断した。そっか、アレはソラの作なんだ?
『……ティア姉、何してんの?』
 網にくるまって空中をぶらんぶらんしている私の目の前に、箒に乗った魔女さんがプカプカ。まるでゴミでも見るような目で私を見ているんですよ、ソラさんが。
「いや、ほんと。何してるんだろうね? へへ……」
 うーん気まずい‼ そこへ、ちょうど目の位置にあった窓が開いて……。
「またあなたですか」
 そう言って嘆息するのは、コユキちゃんことリトルスノウちゃん。うーん、締まらないなぁ。
「とりあえず、こんにちはソラ」
「この状況でよく普通に挨拶できるね?」
 ソラは呆れた表情で、私がぶら下がってる投網の射出口がある階を見上げ何やら目配せ。リトルスノウちゃんみたいなタイプの猫獣人さんが数匹、もとい数人が私ごと投網を引き上げる。
「まともに来訪できないわけ?」
「あうぅ……ごめんなさい」
 しょっぱなから怒られてます、私。お客様なのに⁉
「いや、蛾でしょ」
「ターニーと同じこと言わないでよ。あ、リトルスノウちゃん……また会ったね」
 私を白い目で見つめる白猫ちゃん。うーん、この。リトルスノウちゃんはもうめんどくさそうな表情だな?
「で、何か用なの?」
「用がなきゃ来ちゃダメなの?」
 あ、この会話ターニーともしたや。
「会いたかっただけなんだよー」
「あー、うん。じゃあ改めて……いらっしゃい、ティア姉」
「うん!」
 魔法陣の通信でターニーの開陽の塔では会話したけど、生で見るソラは何年ぶりだろ。少なくとも前の私のときだから、四十年以上は前だ。
(それにしても……)
 メイド服の猫獣人ちゃんが十人ほど。ギルドにいたシトリンちゃんのような猫獣人じゃなくて、イチマルみたいな感じというかリトルスノウちゃんみたいな。
 全員が赤胴色の奴隷環をしてるのだけど、多分アレ自分で自由に外せる仕様なんだろうな。リトルスノウちゃんがそうだったから。
「とすると、ソラが奴隷持ってる理由って」
「ん?」
「保護、かな?」
 フェクダのみならず、大陸で知られた魔女にして呪術師ながら大商会の会長でもあるソラ。そこで働いてるソラの奴隷というのはつまり、ソラ自身がバックにいますよっていう究極の脅しだ。
 そしてこの子たちみたいなタイプの猫獣人は希少種ていうか、悪い奴らに目を付けてられて拉致されたり虐待されたりとかあるんだろうし。
(要は『私の奴隷に手を出したらただじゃおかないよ?』ってか)
「何の話よ?」
「そのね、そこのリトルスノウちゃんに失礼なことを言って怒らせちゃってね」
「あなたが失礼なことを言ったのは、ご主人様に対してです」
 あ、はい。
「リトルスノウちゃん、本当にごめん! ごめんなさい‼」
 私は深々とお辞儀をしつつ、両手を合わせて頭の上へ。ジャパニーズ謝罪スタイルですよ、えぇ。
「やっぱりあなたはニホンの……」
 そう小さく呟く彼女の言葉は、私にはあいにく聴こえなかった。そして、
「リトルスノウ、私は気にしないからティア姉のことを許してあげて?」
 というソラの助け舟、神の声。
「まぁご主人様がそうおっしゃるなら……」
「ありがとう‼」
 そう言って顔を上げた私が見たのは、忌々しそうに口いっぱいに苦虫を頬張ってるリトルスノウちゃんなのでした(怖っ‼)。


 ソラと二人、のんびりとティータイム……はさせない。
「ねぇ、ソラ」
「ん?」
「私とソラってさ、同一人物だっていう話だけど」
 ティーカップを持ったソラの手が、ピタッとね。久々の仲間との再会、あまりピリピリはしたくないのだけど。
「大方話した、とはアルテ姉から聞いたわ」
「そう……」
 部屋の中央にある魔法陣を、チラ見しながらさりげにチェック。あそこの不自然なスペースに、七人目の……って。大方って何だ?
「まだ何かあるの?」
「まぁ、私も知らない話だと思うよ? はっきり言って、一番詳しいのアルテ姉だもん。ロード様がどこまで、何を話してるかはアルテ姉しか知らないしね」
「まぁそれもそうか。ソラは……どう、思ってる?」
 世界を破滅に導く力を持つ、真の創造神・リリィディア。そのリリィのむくろは今七つに割れてて、世界に散らばってる。
 私とターニー、イチマル、アルテ、ソラ、デュラ。そして――。
「どう、とは?」
「七人目ちゃん。あ、そうだ! ソラは水色ちゃん知ってる?」
 そうだった、あの子もいたんだ。
「私が見たのとティア姉が見たのとで同一人物かどうかは知らないけど、ガンマの駅前にあるお蕎麦屋さんで初めて見たわね」
「また羽猫そばかーいっ‼」
 ビシッっとエアツッコミ入れちゃったじゃんか。
「ソラの感想は?」
「ん? 派手な衣装だなって」
 え……それだけ?
「懐かしいとか、逆にあちらが懐かしがったりとかはなかったの?」
「うん、そういう懐古は全然」
 どういうことだろう? ソラが会った子とは、別人なんだろうか。
「えっとね、私とターニー、イチマルは思わず泣いちゃったの。逆にアルテは水色ちゃんに泣かれたのね」
「らしいわね」
 あ、これも聞いてるのか。
「ちなみに、会話したわよ」
「誰と」
「ティア姉の言う、水色ちゃんに」
「何て何て⁉」
 これは大変気になりますぞ!
「『そこの七味、取っていただけますか?』『はい、どうぞ』『ありがとうございます』って」
 そんな情報、もったいぶって言うな!
「……」
「そんな顔しないでよ、本当なんだから仕方ないでしょ?」
「そんだけ?」
「うん、そんだけ。魔導通信でアルテ姉からそのくだんの水色ちゃんとやらの話を聞いて、やっと思い出したくらい些細な出会いだったんだから」
 ふーん。ところで何でさっきから、私の『真実の瞳ヴェリタス・アイ』を強固な呪力で防御してんのさ。
「――しゃべりたくないことがあるんだね?」
「そういうわけじゃないんだけどね……先にあの子が食べ終えて、お店を出て行ったときなんだけど」
「うん」
「微かだけど、感じたの」
「何を?」
 ソラ、ちょっと寂しそう?
「あれを言葉にするなら、『殺意』だと思う」
「水色ちゃんからソラに?」
「うん」
 殺意って……。
「で、そのとき私ね?」
「うん」
「哀しいな、って思ったのよね」
 うーん、気になる情報だな。しかも殺意か……まぁリリィは『魔皇』なんだから、狙われててもおかしくないけど。でも気になるのは、ソラが言った『哀しい』という感情だ。
「ソラって、そんな気の弱い乙女じゃないでしょ? 殺意を向けたら一億倍にして返してくるタイプ」
「私、ティア姉にそんなイメージ持たれてんの⁉」
 ねぇ……ソラの後方に控えてるリトルスノウちゃん、睨まないでくれるかな? あ、彼女はお茶の用意というか、給仕してくれてるんだ。
「ティア姉のイメージを肯定したくはないけど、私がひっかかってるのもそこなの」
「うん?」
「いやだからね、明らかにそれとわかる殺意を向けられたのに……何で私、マリィに殺されないといけないのって惑ったのよね」
 ……何か気になるワードがキタ。
「マリィって?」
「ん? 何がマリィ?」
「いや、今ソラがマリィって言ったよ?」
「へ?」
「『何で私、マリィに殺されるの』って」
「そんなこと私、言ってないわよ?」
 え、何でソラ覚えてないの。言ったの、たった今だよ?
 しょうがないので私、リトルスノウちゃんをチラ見る。彼女は私の意図を察したみたいで、
「ご主人様。ティア様のおっしゃるとおりです。確かに『マリィ』というお名前を口にされました」
「本当に?」
 ソラ、あごに手をやってちょっと黙り込んだ。
「私の……リリィの記憶から引き出された?」
「いや、知らんけど」
 私は、マリィという名前には聞き覚えがないな。つーかリリィの名前だって、本人から聞いたんだし。
「だってね? 私、『何であの子に殺されないといけないの?』って言ったつもりだったのよ。だけど……いや、まだ自分でも自覚ないんだけど確かに『マリィ』って言ったのよね?」
「うん」
 リトルスノウちゃんほか、その場にいたメイドさん全員の顔を伺うソラ。メイドさんたちは全員、無言で頷いてみせる。
「うーん。皆六人が六人、水色ちゃんに対する感じ方とかなんかがバラバラだなぁ」
 ってまだデュラには確認とれてないけど。
「考えようによっては、そうなるのが当然かもしれないわ」
「どういうこと?」
「たとえば中にクリームが入ったパンを等分に切ったところで、すべてのクリームの量と位置は全部違うじゃない?」
「うん」
「だから私たちはリリィの一部ではあるけど、それぞれが独立した別個のリリィなんだと考えれば納得いくのよ。たとえばティア姉は、ひどく人間を怨んでる。あ、この話していい?」
 うん? 何を訊かれてるんだろう。
「思い出したくないかなと思って」
 優しいな、ソラは。いや、ソラも。賢者六人衆、皆もね。
「ん、問題ないよ。気遣いありがとう」
「で、ティア姉の人間嫌いって……それは最初のティア姉が経験した耐え難い記憶のせいなんだけど」
 うん。
「でもたとえばイチマルがまったく同じ経験をしたら、ティア姉ほど人間を怨むと思う?」
「イチマルかぁ……」
 彼女は優しい性格だからな。今の人は悪くないんだとか言いそう……いや、言われたことあるや、そういえば。もう何百年か前の話だけどね。
「それにターニーだったら、全然気にしなさそうじゃない? 昔のことだからって笑い飛ばしちゃうかも」
 確かに。
「つまり私たちは一人一人が、同じ核となる事案に対してリリィの色々な面が増幅ブーストされるんだと思う」
 なるほどなぁ。というか肝心のことを訊き忘れてたよ。
「ソラは、リリィと出会ったことは?」
「あの黒髪の、イチマルが変身した夜叉をちょっと幼くした感じの子でしょ? 何度か夢の中に出てきたけど、ティア姉やイチマルみたいに名前を名乗ってはくれなかったわ」
 そうだった、リリィは夜叉と似てるんだったよ。
「七人目ちゃん、デュラと仲良しになったんだってね」
「あぁ、クラリス皇女ね。らしいわね」
「……は?」
 もう何つーか情報量‼
「王女……じゃなくて皇女って言った?」
「あれ? アルテ姉から聞いてない?」
 聞いてませんとも、えぇ‼
「皇女ってことは、この帝国のカリスト皇帝の娘ってことだよね?」
「そー」
 ってことは、ドゥーベ市国の皇城にいるってわけね。何でデュラと仲良くなったのか知らんけど。
 というかどこを秘してどこを明かすか、アルテと歩調を合わせてくれないですかね?
「あー、ごもっとも。いっぺん、六人全員で会わない? 各々に確認したいこともあるし」
「いいね‼ ……六人で、だよね?」
 クラリス皇女が、ソラ(多分アルテも)の思うように七人目のリリィだったらば。七人が揃ったら、何が起こるのか想像もつかない。
「ま、最初はね」
 と言いますと?
「まず七人揃ったら何が起こるかは未知数だけど、普通に七人目の仲間になる可能性だってゼロじゃないの」
「それはまぁ、うん」
「六人全員の知識や記憶のすり合わせと共有。そして七人目、クラリス皇女に事の仔細を伝えるかどうか、私たちが会うかどうかを決めるためにも最初は六人で」
 ただクラリス皇女に会う場合、仮にも次期皇帝だ。皇位継承権第一位。くわえて、皇城住まい。簡単には会えないよね?
「ん? そんなことないわよ? 天璇の塔で寝泊まりしてるんだって」
「デュラのところに?」
「うん。なんでも、私たち全員に会う必要があるとかで」
 あ、それはアルテも言ってたな。
「何で?」
「それが教えてくれないのよね、デュラ」
 ふーん、何でだろ。あいつもまた、何か秘密にしてんのかな。
 なんとなく、テーブルの上にあったお菓子の最後の一つをパクリ。追加のお菓子を用意しようとするリトルスノウちゃんを、やんわりと手で制して。
「お土産のお菓子買ってきてるの。それ一緒に食べようよ」
 おもむろにキャリーケースの蓋を開けたら、アルテから預かってた薄い本がバラバラバーッとね? 床にね?
「何それ。『吾輩はホモである ~腐女子が異世界でイケメン男子に転生したので、自慢のマグナムで無双します~』? ティア姉、こういう男性のねやの本が好きなの?」
「ちっ、ちがっ⁉」
 断じて違ーう‼ メイドさんたちも、白い目で見ないで。
「アルテに頼まれたの! ハンターギルドで働いている友人に借りてたらしくて、代わりに返してくれって」
「ふーん?」
 ソラってば、思いっきり懐疑的な視線を寄越すんだけどホントよ?
「ただ、名前忘れちゃって……」
「なるほど、そういう設定なのね?」
「だから違うってばーっ‼」
 うぅ、とんだ冤罪だ。私は腐女子じゃないんだよ、信じて!
「ハンターギルドでそういう本が好きっていうと、マリンがそうだったわね」
「⁉ それだ‼」
「何が?」
「アルテの友人の名前。マリンだった! 思い出したよ‼」
「また、ここぞとばかりに……」
 本当だっつの。
「私もシトリンちゃんに頼まれてた商品を届けないといけないから、明日にでも一緒に行かない? そこで、ティア姉が嘘ついてるかどうかをハッキリさせましょう」
「だから、本当に私は……今、シトリンちゃんて言った?」
 今ソラから、聞き覚えのある名前が。
「ん? マリンが引き取った奴隷の女の子。いい子よ」
「それって、ハンターギルドのウエイトレスやってる猫獣人の子かな?」
「会ったことあるの?」
 うーむ、縁は異なもの味なもの……とは男女間で使う言葉だったか。何はともあれ、最優先事項は私の腐女子疑惑‼ なんとかしないとね!
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