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第十三話・私を呼ぶ声、リリィを呼ぶ声

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 ハンターギルドへ行く道すがら。ソラも魔導具を使えれば飛べるけど、二人そろって飛んだら悪目立ちもいいところなので馬車を利用することに。ってもソラの商会の豪華なやつを貸切で。
「そういやティア姉、ここまで魔石寝台特急を利用してるとか?」
「あ、うん。時間は有効に使わないとだから」
 長生きしたいからね。
「高速鉄道のほうが手っ取り早いと思うのよね。まぁティア姉がそれでいいなら」
 まぁ確かにそうかもしれない。でも行先が決まっていない旅だから、そこはね? 早く移動しても意味がないの。
「そういやコユキちゃん」
「はい?」
 リトルスノウちゃんは、ソラの従者として同行。ただリトルスノウちゃんのままだと、ハンターギルドでは奴隷&猫獣人てことでトラブルに巻き込まれる危惧もあって。だから、人間モードのコユキちゃんで行くことにしたのだ。
「カラオケって、コユキちゃんの発案なの?」
 アルコルへの『なると』の車中でターニーが言ってたんだよね。車内サービスの『カラオケ』について、その命名者が誰なのかを訊いたときのこと。
『うん。意味は知らないけどね。なんでもソラのとこのメイドさんのアイデアがベースになってるらしくて、カラオケって名称はその人の案なんだって』
 つまり、ソラのとこにいるメイドさんの誰かが……ってコユキちゃんなんだろうけど。
「確かにアイデアをご主人様に提案したのは私ですけど、発案は私じゃないですよ。……ティア様なら、その意味はおわかりですよね?」
 まぁね。コユキちゃんは、『知ってる知識』をソラに披露したにすぎない。
「ミザールとアルコル間を走る寝台特急の中でね、カラオケができる設備があったの」
「あぁ、『なると』?」
 ふと気づいたように、ソラが。
「そうー」
「あれの設計では、リトルスノウには色々アイデアをもらったわね」
 やっぱりコユキちゃんだった。でも元ニホン人トークなんてジャスミンさんとオズワルドさんと散々したからなー、あまり興味ないや。
(コユキちゃんも、特に話したいわけでもなさそうだし)
 うん、ここはスルーしよう。お互い、今はこの世界に生きている。
(あ、でも私はもともとこっちの世界の人間つか妖精だけど、コユキちゃんはどうなんだろ?)
「ティア姉、着いたよ」
「あ、もう?」
 さすがはソラの商会御用達の馬車、早いな。三人で馬車を降りて、昨日ぶりのハンターギルドに。
 私に見覚えがあるのか、何人かのハンターがヒソヒソしてんの。鬱陶しいな。
 まずソラの用事ってことで、ハンターギルド内に併設されているレストラン『白兎の黒足袋亭』へ。見覚えのある兎獣人さんが出てきて、
「ソラさん、お久しぶ……あっ‼ 昨日の妖精さん⁉」
「あ、ども」
 そういや昨日は黙って立ち去っちゃったんだった、ちょっと気まずいな。
「ありがとうございます! ありがとうございます! おかげで、シトリンちゃんは罪に問われず済みます‼」
「あ、うん。良かったです」
 で、ちょっと周囲を見渡してシトリンちゃんを探してみるのだけど。私のその意図を察したのか、
「すいません、シトリンちゃんは今日はお休みなんです。昨日の今日ですし、休養ってことで……」
 それもそっか。大変だったもんね。
「あ、申し遅れました。私、パールっていいます。お名前、訊いてもよろしいでしょうか?」
「えーと」
 どうしよ? まぁ周囲に聴き耳を立ててる人はあまりいないから、いっか⁉
「ティアです。よろしく!」
「ティ……⁉」
 パールさん、途中まで言いかけて無言でソラの顔色を伺う。
「うん、パールの予想は当たってるわ。ベネトナシュの某妖精さんなの。でも目立つのが嫌いな人なんで、あまり騒がないであげて?」
「かしこまりました、ソラさん。ところで今日は、何の御用で? お食事でしょうか?」
「ううん、シトリンちゃんが注文してた商品を届けにきたんだけどね。今日はいないみたいだから、預かってくれるかしら?」
「お安い御用です」
 スタンダードな猫獣人のシトリンちゃんと、リアル志向な猫獣人のリトルスノウちゃんが並んでるところ見たかったな……って今日はコユキちゃんモードなのでした。
 この猫獣人の二人が、実は生き別れた親友同士だって知るのはかなり先の話。本当なら、奇跡の再会が叶うところだったんだって。
「さて、ソラ。私の用事につきあってもらうよ!」
「はいはい」
「はいは一回!」
 私はソラを引きずるようにして、ハンターギルドのカウンターへ。
「いらっしゃいま……あっ‼」
 またかーい。ってカウンターの受付嬢のお姉さん、昨日パールさんを必死に呼んでた人だ。
「こんにちは。マリンさんて方はいらっしゃいますか?」
 ネームホルダーを見る限り、モルガナイトって名前のようだ。そのモルガナイトさん、ちょっと申し訳なさそうな表情で。
「大変申し訳ありません、マリンは今日は臨時でお休みをいただいてまして……昨日の件ですよね?」
 マリンさんもお休みって……あ、そうか。シトリンちゃんのご主人様だっけ。心のケアのために一緒にいてあげてるんだろう、きっと。
「あ、いえ。昨日の件ではなくてですね」
 ていうか、私が昨日の件の何の用向きで来るというのか。
「これ、マリンさんて方にお返しするように代理で頼まれてまして」
 そして私は、おもむろにハンターギルドのカウンターに……『薄い本』を三十冊むき出しで置いた。
「本ですね」
 そう言って、モルガナイトさんは一冊手にとって。
「……フッ、ククッ‼」
 そりゃ吹くよね。
『吾輩はホモである ~腐女子が異世界でイケメン男子に転生したので、自慢のマグナムで無双します~』
 っていうタイトルのBL同人誌。うーん、中が見えない袋に入れておくべきだったかな? アルテのところで袋が破れちゃったから、そのまま持ってきてたんだよね。
「たっ、確かに承り……マリン、そっか。そうなんだ!」
 顔を真っ赤にして背け、プルプル震えてるモルガナイトさん。あれ? 私はマリンさんがおそらく隠してたであろう性癖をばらしちゃった⁉
(もしそうだったら、悪いことをしたな)
 まぁいいや。とりあえずブツは返したし、私の腐女子疑惑も晴れたよね⁉
「この状況のどこに、ティア姉の疑惑が晴れる要素があるの?」
「あぅ……」
 確かに言われてみればそうかもしれないけど!
「もしあの本が本当にマリンさんに返すものじゃなかったら、当人の留守をいいことに見知らぬ人に押し付けたことになるでしょ?」
「まぁ、そう言われればそうね? まぁ私も本当に疑ってたわけじゃないから」
 おい。
(慌てて損したよ、もう)
「さて。ティア姉、ここで何か食べてく?」
「うーん、私は遠慮したいな。昨日の今日で、何か見られてる気がしてイヤなの」
 それを聴いたソラ、何気に周囲を見渡して。
「みたいね? じゃあ塔に戻りましょう」
 うん、是非そうして。
(しかし、塔に戻って……それからどうしよ?)
 ソラに会ったばかりで、すぐにお別れもイヤだ。何より次の目的地であるデュラのいる天璇の塔には、かの七人目・クラリス皇女がいる。
 七人全員集合じゃないならちょっと顔を見てみたい気がしないでもないけど、心の準備が追い付かない。チキンハートだなぁ、私。


 結局ハンターギルドへは、アルテに頼まれてた本を返しただけで終わった(って、それでいいんだけど)。私たちは、再び天璣の塔へとんぼ返りして。
 私の腐女子疑惑は晴れたというか、元々無かったらしいし。
(あ、マリンさんて人のBL趣味を同僚の人にばらしちゃったんだった)
「ま、不可抗力よね」
「ティア姉? 何が」
「ううん、何でもない……こともない……」
「どっちよ?」
 うーん、意味深なこと呟いといて何でもないって言っちゃうの、やっぱ癖だな。なかなか直んないや。ターニーがいたら、乳首が吹っ飛ぶところだった。
「あっ!」
「今度は何よ」
「ねぇ、ソラ! 私の紹介状を持ったシマノゥ教の聖女さん、アンさん。ソラが解呪したんだよね?」
 アルテの塔にいたときにアンさんの存在というか記憶がドドドッて流れてきたのは、多分ソラが解呪したタイミングだと思うから。
「あぁ、あの人ね。ティア姉が私を頼るの珍しいなって思ったから覚えてるわ」
「あれ? 私結構、皆に頼ってるというか甘えてる気がするんだけど」
 自覚はあるんだ、一応。
「そうでもないでしょ」
 ってソラさん、ちょっと怖い顔です。何故⁉
「あ、あの、ソラ?」
 ソラ、黙って私の髪の先端を一つまみして……何だか複雑そうな、ちょっと泣きそうな表情で? 指に巻いたり外したりなんかして、弄んでる。
「今回、ペース早いでしょ」
 何のでしょうか。
「ティア姉、ターニーの塔で見たときより……髪の色が、ね。まだこんなに赤くなかったわ」
 あ……私の寿命のバロメーター、魔力過多が進むと髪が少しずつ先端から赤く染まっていくんだ。そして完全にマゼンタ一色に染まるとき、私の身体は魔核分裂を起こして『爆発』する。
「まぁ、そういう人生も今まであったし」
 最短の人生は三日だった。ティアに転生した瞬間からもうほぼ真っ赤で、白金プラチナ部分は毛根から一センチぐらいしかなくて。
「あのときに比べれば、今回の人生て一年は持ちそうだし?」
 ちょっと自信ないけど。
「私は……ティア姉から、長生きしたいとは何度も聴いてる。でも死にたくないって相談されたこと、ない……」
「いや、わざわざ相談するようなことでもないし、相談したり愚痴ったところで何かがソラにできるわけじゃないでしょ?」
 何だかイヤな言い方しちゃったかもしれない。でも事実は事実だ、だけど言い方、ほかにもあったかもなぁ。でもさ?
「だから、それでうじうじ悩んでても皆を困らせるだけじゃない? だったら、笑顔でサヨナラするほうが何倍もいいよ」
「……」
「ソラはさ、そういうの相談してほしいの? 死にたくない、なんとかしてって?」
 どわーっ、言い方ぁ‼ これ、本当に淡々と言ってるからね? 怒ってたりイライラしてたりとかじゃなくて。
「ごめん、私さっきから言い方を間違えてる。要はソラを、皆を困らせたくないだけなんだ」
「それでティア姉は、何か我慢してたりはしない? もし愚痴ることで楽になるなら、いつでも聞く。いっぱい聞く」
「言って楽になることじゃないから……」
 こんなことが言いたいんじゃないけど、どう言えばいいのかわかんないや。
「一度ね、ティア姉は気づいていなかっただろうけど……ティア姉が破裂するところ、見たことあるの」
 ほぇ? 初耳。
「熱い、痛い、って。死にたくないって泣いてた……」
「……ソラ」
 それ、イチマルからも聞いたな。でも私、全然覚えてないんだ。だから、だからさ?
「泣かないでよ、ソラ……」
 私は自分の羽の先端を掴み、ソラの涙を拭ってあげる。
「……そこはハンカチじゃないかな⁉」
「あ、ごめん。でもこの羽、結構吸水性がよくてね?」
 って、そういう問題じゃないですね。ハンカチ、キャリーの中なんだ。今度からポケットに入れとくことにしよう、うん。
 そしてその日の夜、不思議な夢を見た。
「ティア……ティア……」
 私を呼ぶ声。これまでに何度聞いたかな、転生する度にしゃしゃってくるあの黒髪の……リリィの声だ。そして同時に聴こえてくるのは、
「リリィ……リリィ……」
 この声は知らない。知らないけれど、心の奥――私の中のリリィが反応してる。多分だけど、この声の持ち主はお蕎麦が大好きなんだと思う。
(あぁもう、うるさい‼ 大人しく寝かせてくれないかな⁉)
 結局、明晰夢だったのかどうか知らないけど悶々とベッドで唸っていたら。
「ん? 朝?」
 全然寝た気がしないや。とりあえず顔を洗いに行こうと、客間を出る。
「え、ティア様⁉」
 廊下を清掃中のリトルスノウちゃんほかのメイドさん数人、私の顔を見てちょっと驚いてるつーか。
「あ、おはよう」
「え、いや、あの? ティア様、顔色が凄く悪いです。大丈夫ですか?」
 何が? 私は普通ですよ、普通……あれ?
「ティア様!」
 不意の立ちくらみで、とっさに私を抱きとめてくれたリトルスノウちゃんのおかげで倒れずに済んだ。
(え……)
 もう何が何だかわからなくて、思考が停止しちゃってるな。
「あ、大丈夫……」
「全然大丈夫じゃありません‼」
 何で皆さん、そんなに青い顔をしてらっしゃるので?
「青い顔をしているのはティア様です!」
 ほぇ……? 私が覚えてるのはここまで。どうやらここで、気を失ったらしいです。
(ん? ここ、どこ……見慣れない天井⁉)
 嗅ぎ慣れぬ(でもいい匂いの)布団に包まれて、私は無事覚醒。ここ、どこ? いや……自宅の天井でさえ見慣れていないんだったわ、そういや。
「ティア姉、大丈夫?」
 心配そうに私の顔を覗き込むのは、ソラ。
 あぁ、そうだ。このお布団、ソラの匂いがするんだよね。何だか不思議な、心が安らぐお花の香り。
「……ソラの顔も酷いよ?」
 髪はボサボサで、メイドさんたちが櫛で梳かしてる。メイクもやってもらってるけど、目の下の隈がね。まだ隠す途中だ。
「うん、酷い夢をね」
「ソラも……呼ばれた?」
「⁉」
 ビンゴか。疑ってたわけじゃないけど、私もソラもリリィなんだ。それをイヤっていうほど自覚しちゃう。
「リリィがね、ティアを呼んでるの。そして、知らない声が『リリィ』てティアを呼ぶんだ」
 ソラ、何だかシリアスな顔で黙り込んでる。どうした?
「知らない声がね、私を呼ぶの。そして、あの蕎麦屋で出会った子が私を『リリィ』て」
 あ、そうか。私はリリィの声を知ってるけど、水色ちゃんの声は聴いたことがない。逆にソラは、リリィの声は聴いたことがないけど水色ちゃんとは会話を交わしてる。
(七味取ってあげたんだっけ)
 うん。すごくどうでもいいな、そこらへんは。
 とりあえず、お互い落ち着いてから話そうってことで私もソラも熱い朝シャワーを浴びる。用意された朝食をお互い無言で貪り、食後のティータイム。
「リリィと水色ちゃんが呼んでる」
「やっぱりティア姉とは、同じ夢を見たみたいね」
 やだな。これ以上、話が続かない。
「ティア姉、リリィディアが私たちを呼んでるのは……復活したいからだと思う?」
「むしろ、リリィが復活したくない理由がわからない」
 でしょ? ただリリィが復活したがってるからといって、その理由は何だろうか。ただ復活したいだけならいいんだけど……いや、よくないか。少なくとも『私たち』にとっては。
「問題は、その水色のほう。マリィだっけ? 何故私を、私たちを呼ぶのかしら?」
「七味を取ってほしいんじゃないかな……冗談だってば」
 そんな怖い顔で睨まないでよ。
「ソラ、でもティアでもない。リリィを呼んでる、よね。水色ちゃん、マリィ」
「……ちょっと、確認してみるね?」
 何を? ソラ、部屋の中央にある魔法陣から全員に通信で呼びかける。
「おはようございます、ソラです。みなさん、変な夢を見ませんでしたか?」
 一番最初にレスポンスが返ってきたのはイチマルだ。3Dホログラムで浮かびあがる狐ちゃん。
『ソラさんもですか? 何だかよく眠れませんでした……』
 うっわー、イチマルすっごく不機嫌そう。こんなイチマル、初めて見たかも? そして次がターニー。
『朝っぱらから勘弁してよ、ソラ。もうなんか、寝た気がしないつーか?』
 んでもってアルテからも。
『ソラもか?』
 アルテもシリアスを装いつつも寝癖がひどくて、ちょっと笑ってしまった。そして――。
『あん? 何アレ、ソラの仕業しわざなの?』
「違うわよ!」
 金髪ショートの、この小生意気そうな懐かしい顔は。
「デュラ、久しぶり!」
『あれ、ティア姉? ソラのとこにいるんだ?』
 いやほんと、懐かしいな⁉ 何十年ぶりだろうか。そして、姿は見えねど聴こえてきた女性のというか少女の声。
『ねね、デュラ! これってあのソラ師マスター・ソラと繋がっているのですか⁉』
 初めて聴く声だけど、私とソラの表情に緊張が走る。
『こらこら、ひっこんでろポンコツ姫!』
 そっか……これはリリィの七人目、クラリスの声なんだ。
「ねー、ソラ」
「何?」
「何でこっちからは、デュラしか見えてないの?」
 クラリスちゃんてば、どんな顔してるのかなーって。
「これで通信できるのは、紋様シグネチャが登録されているかどうかなのよ」
 ふーん……って、私気づいちゃったんだけど。
「(ティア姉、それ今は言っちゃダメ!)」
 って、首をぶんぶん振って釘を差してくるソラ。私は無言で頷く。
 結局、デュラもその夢見たんだ?ふーんバイバイって手短に通信を切り上げて。
「あのさ、ソラ」
「わかってる。私もちょっとびっくりしてる……」
 そう。このソラの作った通信用魔法陣は、私たち六人だけが使えるはずの物。たとえその場にいたとしても、他者の姿はおろか声も聴こえないはずなのだ。
(そこらへん、テレビ電話とは違うな)
「たとえ声だけであったとしても、クラリス殿下が私の魔法陣に介入できるなんて……疑ってたわけじゃないんだけど、もう間違いないわね」
「そういやクラリスちゃんてば、かの夢は見たのかな?」
「……」
「ソラ?」
「ティア姉って、ときどきポンコツじゃなくなるわよね」
 どういう意味ですかね。
「考えもしなかった。ちょっと確認してみる」
 そう言ってソラは魔法陣……ではなく。小型の魔電を取り出してピポパ。
「あ、もしもしデュラ?」
 うーん、スマホだな。ターニーも持ってるみたいだし、私も買おうかな。旅の空の下では、自宅にある魔法陣使えないからなぁ。
「そう……ありがと。うん、じゃ切るね」
「どうだった?」
「グッスリ眠れてたって」
 どういうことだろう。クラリスちゃんだけスルーしたのかな?
「どう思う? リリ・マリにとってクラリスちゃんの存在は、私たちとは違うのかな」
「リリ・マリって、吟遊詩人アイドルみたいな呼び方しないでよ……私が思うに、まだリリィの欠片としては不完全な状態にあるんだと思う」
「覚醒してないみたいなこと?」
「そう。デュラにそれとなく訊いてみたんだけど、やっぱりただの人間だそうよ」
 ふむふむ。
「ねぇ、コレはマジな質問だけど」
「何かしら?」
 そういや真面目にこれを質問したことなかったな。
「ソラって人間を自称しているけど、そこらへん本当にそう思って言ってるの?」
「私はそのつもりだけど」
「五千年前に、今の容姿のまま顕現して不老不死なのに?」
「不老だけど不死かどうかは。それに人間、努力すればそのくらいでき」
「無理だってば」
 どんな努力をしたというのか。
「ごめん、真面目な質問だったよね。だから真面目に答えるけど、私の中で『私は人間だ!』って主張したい感情があるの」
「どういうこと?」
「私にもわかんないのよ。ただ、自己同一性アイデンティティというか」
 そういやアルテんとこで、ソラの正体について話し合ったんだった。
「人間であることを否定されたくない、みたいな?」
「そんな感じね」
 だとすれば、あのパズルにこのピースがピタリとハマるんじゃないだろうか。
「リリィは魔法を使う種族に転生したとき、『魔法少女狩り』で仲間を失い……魔皇リリィディアとして覚醒したよね」
「らしいわね?」
「リリィたちを狩ったのは人間。狩られた理由なんて、多分私と同じで『人間じゃないから』という部分に帰結するなら……」
「……なるほどね」
 種族ごと迫害されたリリィはきっと、『私たちだって人間なんだ!』って反発してたんじゃないだろうか。そしてその感情が、リリィの一欠片であるソラに引き継がれたとしたら。
「ところで、ティア姉」
「ん?」
「あなたは……本当は誰なの?」
「見てのとおりのティアだけども???」
 それ以外の誰だというのか。
「ティア姉がこんなに賢いはずは……」
 よし、殺そう。
「言っておくけど人生経験て意味では、私は私だけじゃなくて他人にも転生したりしてるし、その際に結婚して子どもを産んだなんて人生もあったんだよ」
「冗談だってば。だから私も、『ティア姉』って最初から呼んでるでしょ?」
 どういう意味でしょうか?
「その、照れくさいから一回しか言わないけど……『姉』として尊敬もしているの」
「へっ?」
 ソラとの付き合いは長いけど、初耳なんですが⁉
「私……ソラにそんなに思われるようなこと、した?」
「もうこの話はおしまい。無自覚さんに延々と説くのは体力も気力も無駄に削るから、割愛するわ」
「えーっ、言ってよ!」
「ティア姉だってイチマルにボケの詳細を語るときに、すごくめんどくさそうな表情してるじゃない」
 OK、理解した。了解です。
「それにターニーはともかくとして、イチマルだってティア姉って呼びたがってた……なんて私がばらしていいのかどうかだけど」
「あ、それならもう呼ばれてる」
「え、気づかなかった。いつから⁉」
「ちょっと前かな」
 ソラ、ちょっと怪訝そう?
「私たちの『ちょっと前』って、かなり広範囲じゃない?」
 あ、そうか。似たような話をアルテともしたな。
「今代のティアからだよ。イチマルからお願いされたの」
 あのときのイチマル、可愛かったな。
「へぇ! やっと言えたんだ。ずっと言おうとして言えなくて、ってのをここ数百年ぐらいずっとしてたから、応援してたのよね」
 愛の告白か何かかな?
「デュラが私にティア姉って呼ぶのも、そういうのかな?」
 この世に顕現した順番では、アルテ・私・イチマル・ソラ・ターニー・デュラだ。
 アルテはもちろんだけど、私は皆を呼び捨て。イチマルはアルテと私にティア姉呼びし、ソラとデュラはアルテと私だけを、ターニーはアルテとイチマルだけを姉さん呼びしてるんだよね。
「あぁ、デュラは深く考えてないと思うわよ? 多分だけど、私の真似をしているだけなんだと思う」
 ま、そうだろうね。面白そうだから、デュラに会ったら訊いてみようかな?


「ティア姉はどういうのがいいの? 私が使ってるのはスマートタイプ。タッチパネルで文字を選択できるのね。対してこちらは折り畳み式で、物理ボタンなの」
 どう見てもスマホとガラケーなんですがそれは。やっぱりというか、携帯型も含め魔電はソラの商会の商品だった。
 で、私も買いたいなぁ?なんてお願いして今です。
「これってば、ソラのデザインとアイデアだよね? 一から考えた」
「ん、そうよ?」
「リトルスノウちゃんに、何かアイデアもらったとかないよね?」
「ゲームとか読書とかできれば便利って言われたから、そういう機能は付けたけど。根本のアイデアは私ね。どうかした?」
『これはニホン語で話してるんだけど、わからないよね?』
「? それ何語なの?」
 ふむ、やっぱただの偶然か。
「ん……前世の世界で似たようなのあったから、そっからアイデア拝借したのかなって」
「は?」
 え、ちょっとソラさん⁉ 何で怖い顔に……。
「ふーん、ごめんなさいねパチモンで」
「あっ、違っ‼」
 しまった、クリエイターには言っちゃいけないこと言った! 私前世でデザイナーだったけど、似たようなこと言われたらやっぱり怒るかもしれない。
「あっ、あの……ソラ?」
「何?」
 怒ってるぅ~‼
「ど、どうしたら許してくれる⁉」
「許すも何も、何のことだか?」
 いや、めっちゃ怒ってますやん。そして後ろで、リトルスノウちゃんはキレる寸前だし。
「えっと……」
 どう言い訳していいかわからず……あれ?
「ちょっ⁉ ティア姉⁉」
「うぅう、ごべんなざい~‼」
 うーん、私かっこ悪い。まるで幼女のように泣き出しちゃったんだ。そして、元ニホン人として謝罪における伝家の宝刀『ドゲザ』をば‼
「ゆっ、許してください。口が滑りました……もう、もう絶対に言わないがらぁ~‼」
「あ、いや、うん。とっ、とりあえず……起きて?」
 泣いて困らせて許してもらうとか、私結構最低だな。いや、本当に心からの謝罪だったんだけどね。
「あ、ありがとう」
 リトルスノウちゃんが、ハンカチ貸してくれた。彼女も、もう怒ってないみたいで良かった。
「あの、ご主人様」
「何? リトルスノウ」
 リトルスノウちゃん、私をチラ見して。
「ティア様が思わずそう言ってしまったのは、私にもわかるんです。私もビックリしたものですから……だから、もう許してあげてくれませんか?」
「ずっと思ってたんだけど、ティア姉とリトルスノウて何かあるの?」
 まだ両膝をついたままで泣きじゃくってる私を、ソラが無理やり立たせる。
「えーっと……」
「その、ですねぇ?」
 私もリトルスノウちゃんも、ちょっと歯切れが悪い。前世が同じ世界でした(多分)って、突拍子も無さすぎるし。
「私が、一つ前はここじゃない世界に転生してたってのは言ったっけ?」
「あー聞いたような聞いてないような……どっちだったかしら。それが?」
 そういや直接説明したのって、ターニーぐらい?
「リトルスノウちゃん……あ、これ言っていいのかな?」
 隠すようなことでもないけど、ご主人様であるソラには言ってなさそうだから。私の口から言っていいもんかどうか?
「う……いいです、はい」
 あ、やっぱ何か言いたくない理由あるのか。
「ごめん、何でもないんだ。ソラ」
「は? そこまで言って止めるの⁉」
 ソラ、私とリトルスノウちゃんを交互に見つめて。
「リトルスノウはいいのよ、何か言いたくない理由あるなら。問題はティア姉」
「はい……」
 ソラ、もう呆れたように嘆息しちゃってるし。えぇ当然ですね、チクピンでもしますか?
「ティア様、おっしゃってくれて構いませんよ?」
「え、でも……」
 私がリトルスノウちゃんが言いたくないのを察してやめたのだと、慮ってるのがわかったのか彼女の表情は柔らかい。
「ご主人様。実は私、前世の記憶があるんです。そして恐らくですが、ティア様と同じ世界軸にいたと思われるんです」
「へぇ?」
 あ、言った。
「なので、私がアイデアを出した『カラオケ』とかはそちらでの文化に存在していましたし、スマ……その携帯型魔電もすでに、あちらの世界にあったんです」
 ソラ、無言で頷く。その表情からは、どんな感情で聴いてるのか全然わからなくて怖い!
「なるほど、それで私がその世界からアイデアを盗作したんじゃないかと」
「ちっ、違います!」
「違うよソラ‼ 確かに私はそれを疑うようなこと言ったけど、リトルスノウちゃんは違う!」
 ソラ、大慌ての私たちに苦笑いを浮かべてみせる。
「わかったわかった、もういいから。……リトルスノウが前世を秘したかったのは、何か理由あるの?」
「あります」
 あ、やっぱあるのか。そして断言しちゃうのね。
「そか。言いたくないなら言わなくていいからね?」
「‼ ありがとうございます!」
 そして私に向き直るソラさんなんですけど。
「とりあえずリトルスノウは許すわ」
 何でそれ、私に言うんですかね。
「ティア姉は許さない」
「あ、あうぅ……」
「まぁ許さなくもないんだけど」
「ど、どうすればよい⁉」
 もう藁をも泥船をもすがる思いな私。
「この携帯型魔電を定価の十倍で買って?」
「買う買う買っちゃう! 百倍でも買っちゃう!」
 口は災いの元、と言います。
「じゃあ百倍で」
「いや、それはちょっと待ってください……」
 いかんいかん、許してもらえる嬉しさで舞いがって散財するところだった。結局、定価の五十倍で買うってことで許してくれたんだけど。
(私が悪いとはいえ、ソラってば怖い‼)
「お釣り、出る?」
「五十倍だから五百万リーブラになるけど。何、小切手でも持ってるの?」
 この大陸での一番高い通貨は、百万リーブラの白金貨なんだ。だからお釣りが出るかどうか訊いたのは、それ以上のブツを持ってまして。
「いや、そうじゃなくて装飾品というか宝石というか」
「あぁ、そういうことね。いいわよ?」
 良かった。現金は旅に必要だからそれなりに持ってきてるけど、さすがにそんな大金は持ち合わせていなかったから。
「はい、コレ」
 ポケットにつっこんでた『アレ』を、ソラに無造作に手渡す。
「何?」
 そしてそれを手に取ったソラさん、顔色がサーッと変化。うん、やっぱ驚くよね。
「ティア姉、これってば⁉」
「うん。『人魚の涙』だよー。何か価値あるらしいね? 知らんけど」
「価値も何も、こんなん表のマーケットにも裏のマーケットにもなかなか出ないのよ⁉ どうやって入手したの?」
 ジャスミンさんからもらったんだよね、どのときだっけ?
「えっと確か……お酒呑んでるときは真珠化しないんだよーって、ジャスミンさんが自分にセルフ目突きをしてみせたのね。激痛で七転八倒してたけど、ドヤ顔で『ね?』とか言うもんだから、なるほど?と思ってたんだけど。やっぱり真珠化したの」
 メタい説明するなら第六話でのできごと。面白いひとだったな。
(一応遠慮はしたんだけど、結局もらっちゃったんだ)
 懐かしいな、また会えないかな。ジャスミンさん……小津有人君。そして茉莉花ちゃんこと、オズワルドさんにも。
「何言ってるか、全然わからないわね」
 でしょうね。
「マーケットに出ないから相場なんてものはないんだけど、過去に出回った物の平均価格がだいたい二十億くらいよ?」
「ほぇっ⁉」
 え、そんなに凄いの‼
「お釣りは現金、はイヤよね? 銀行の口座持ってる?」
 いえ、持ってません……それにそんな大金持ってても、多分だけど使いきれないまま死ぬと思う。だから、
「じゃあそれ、ソラにあげるよ?」
「ティア姉、バカでしょ?」
 何ゆえに⁉
「……ハァ」
 ソラさん呆れたように、もう本当に呆れたように私を見てらっしゃる。
「じゃあ、お釣りは一時預かりってことで。なので今後一九億九千五百万は私から借り放題、じゃなくて貰い放題。私への貸してことでいい?」
「え、あげるのに」
「その口、縫うわよ?」
 何でソラは怒ってるんでしょうね?


 その日の夜は、夢を見なかった。おかげでぐっすり眠れたんだけど。
「おはよー」
 そう言いながらリビングに入るのと、魔法陣の上で手を振るデュラの姿が消えるのが同時だった。デュラと通信してたのかな。
「ティア姉、何かめんどくさいことになったわ」
 ……またデュラが何かやらかしたんだろうか?
 って『やらかし』は私とデュラが二本柱、代名詞。私が偉そうには言えないんだけどね。
「その前にティア姉。夢、見た?」
「ううん、今日はぐっすり。どうしたの?」
 ソラ、何やら思案気な表情なんだけど。
「そう……私も今日は見なかった。デュラもよ」
 うん? じゃあ何がめんどくさいことなんだろう。
「クラリス殿下がね、その。夢、見たらしいんだけど」
「え⁉」
 やっぱそうなるか。
「リリィと水……マリィに呼ばれる夢だよね?」
「それがそうじゃないらしくて」
 ??? そうでないとは。
「自分を呼ぶ声、という意味では同じ夢なんだけど。クラリス殿下、ああもうめんどくさいわね! クラリスが見た夢にリリィは出てこなかったの。もちろん、声って意味よ」
 何かソラ、イラついてんな。でもまぁ確かに私ら六人、不可侵条約あるから殿下呼びとかは『なんとなく』してるだけだし。
(さすがに、本人や第三者が見てる前ではマナーとしてそう呼ぶけどね)
 でも身内だけのときは、呼び捨てでもなんでもござれだ。
「じゃあ、マリィにだけ呼ばれたんだ?」
「それも違うの」
 うーん? じゃあ誰に呼ばれた夢を見たというのだろう。
「クラリスの場合、呼んだ人が姿を見せていたらしくて」
「うん」
「特徴を訊く限り、リリィでもマリィでもないみたいなのよね」
「……どんな子、いや。女性? 男性?」
「女性、女の子。歳のほどはリリィとマリィとほぼ同じくらいらしいわ」
「『第三の女』ってわけか」
 確かにこれはめんどくさいことになったな。
「それはそうと、デュラにはアルテ姉から話してもらうつもり。ロード様もまじえてね」
「リリィのことよね?」
「うん、アルテ姉から大事な話があるよって伝えたんだけど……お前ら何を内緒にしてるんだって怒ってた。理不尽すぎない?」
 まぁ確かに。アルテが話してた場で、あいつ寝ちゃったんだっけ。
「だから、三日間ほどお尻の穴がユルユルになる呪いをかけといた」
 何て。
「天璇の塔の近所、おむつ売ってるかしらね?」
 ソラ、恐ろしい子!
「……あの、ソラ?」
「ん?」
「もし今度、私がソラを怒らすようなことをしたり言った場合、その場で叱ってほしいの」
「? もちろんそうするわよ?」
 だから黙って私のお尻をユルユルにするとか、しないでください……。
「いやティア姉、下半身に排泄機関ないでしょ」
「あ、そうだった」
 前世のニンゲン感覚でいたわ。妖精である私は大も小もしないし出産もしないから、股間はリアルでツルペタなんでした。
「じゃあなんで乳房と乳首があるんだろうね?」
「何の話よ⁉」
 いや、ホントに。妖精てか、私・ティアの七不思議ですハイ。
「話戻すわよ?」
「あぁ、姿を見せたんだっけね。それともデュラのほうに戻すの?」
「あのうんこたれは、今はどうでもいいの」
 怒ってるなぁ。ていうか、あなたの呪いでそうなったんであって。
「そのクラリスを呼んでた子、どんな風体だったか詳しく訊いてみたんだけど」
「うん」
「あ、その前に。デュラもマリィと会ってた。いや、会ってたというよりは見かけてたってとこかな」
 どうせ羽猫そばでしょ?
「そう」
 そうなんかーい! ホントお蕎麦が好きだな、水色マリィちゃん。
「で、デュラが言うのにはクラリスもその場にいたって」
「情報量が……」
「まぁ最後まで聞いてよ。マリィは何か意味深にデュラたちを見つめてて、デュラはどっかで見たような気がするんだけど思い出せなくて、クラリスは全然心当たりがないらしいのよね」
 うん。
「つまり、クラリスはマリィの姿格好を知っている。そういうことになるでしょ?」
「だね。それが?」
「そこで、その夢の中に出てきた子。ティア姉がもし命名するなら『黄色ちゃん』になるのかしら。ティア姉ってリリィとマリィのことを、どういう風に呼んでたんだっけ?」
 魔法少女、でしょ。つまりその黄色ちゃんてば、リリィが黒、マリィが水色のそれと似たような黄色い衣装だった、と?
「らしいのよね」
「ただでさえ私ら六人もいて登場人物多いのに、もうめんどくさいな」
「登場人物とか言わないでよ。まぁそんなわけで、事態はますますややこしいというかクラリスの存在て私たち六人と違うのかなとか」
「なるほど。それで『何かめんどくさいことになった』と」
「うん」
 うーん、仮に黄色ちゃんとしよう。マリィと目的は同じ? それともリリィ含めて三竦みなんだろうか。
「ソラ、どう思う?」
「三竦みって、それぞれが優位に立てる相手と立たれる相手に同時に出会い、各々が動けなくなるというか事態が膠着することをいうでしょ?」
 そうだっけ。
「自分で言っといて……。リリィとマリィは対立してると解釈していいと思うんだけど、そこに黄色の魔法少女。リリィ側なのかマリィ側なのか、そのどちらとも対峙するのか」
「そっか、そこらへんまだ未知数なんだ。んでもってリリ・マリが対立っての、どっから出たの?」
「……私がマリィに殺意を向けられたって話、もう忘れた?」
「うん、忘れてた」
 いや、そうだったね。ごめんなさい!
「鼻水が止まらなくなる呪い……いや、目が閉じられないほうがキツい……?」
「ごめん、私が悪かったから怖いこと呟かないで‼」
 いやもうホント、ソラってば怖いって! 鼻水が止まらないのも目が乾くのもイヤすぎる。
「まぁそういうわけでね、ティア姉。どうする?」
「どうって何が? 鼻水か目かってこと?」
「……本気でぶっ飛ばすわよ?」
「冗談だってば! いやでも本当に何がどう?」
 ソラさん、呆れたようにため息です。
「このままフェクダでうだうだしてても埒が明かないでしょ? メラク、天璇の塔に行くの行かないの?」
 うーん、二の足が出ないな。デュラには会いたいけど、クラリスちゃんに会ってもいいもんかどうか。謎の黄色ちゃんまでNEW!な今は。
「このままソラんとこでうだうだしてるの、ダメ? 迷惑なら宿をとるよ」
「ううん、全然いいわよ。ただ、このままずっとうちにいると、デュラとクラリスが来るわよ?」
 何ですと⁉
「何でもクラリスのほうで私たち全員に会う必要が……ってこれは言ったよね。理由は知らないけれど」
「うん、言ったね」
 それはリリィの件とは別件だよね。
「そう。で、デュラに会ったわけだから順番的には隣国であるこっちに来るのよ」
「まぁ確かに、そうなるね」
 で、そのまま東進してメグレズのアルテ、アリオトのイチマル、ミザールのターニーときて最後。ベネトナシュの私の塔に。
「何か詰んでる?」
「嫌なら会わなきゃいいじゃない?」
 それはそうなんだけど。
「ただ揺光の塔では居留守も留守もできるでしょうけど、天璣の塔にいたらいずれご対面しちゃうでしょうね」
「あぅ……」
「宿をとって、とかやってもあのデュラから逃げ切れる自信ある?」
「なくはないよ?」
 索敵能力では、私たち六人の中では私とデュラとでワンツーだ。街中に逃れるなら、デュラの超音波も及ばない場所に逃げればいい。
「……って甘い考えでいると思うのよね」
「心を読まないでよ」
「表情を読んだのよ」
 この会話、何か既視感デジャ・ヴュだな。アルテとしたんだっけか。
「デュラには眷属がいるでしょ」
 あー……そうだった。私が『追尾する星屑ホーミング・スターダスト』っていう無数の光を駆るように、デュラには無数の蝙蝠の眷属がいるんだ。
「ティア姉の星屑、一つでも発見されたらもうアウトよ? ここ、ガンマの街で壮大なかくれんぼをやるつもり?」
「いや、それは……」
 めんどくさい。
「それにこの街で無数の光の粒と蝙蝠が追いかけっこなんて、すっごく迷惑だからやめてほしいの」
 ごもっとも。
「じゃあどうしようかな。じゃなくてどうすればよい⁉」
「ドゥーベに行ったら?」
「帝都に?」
「うん、メラク飛ばして。デュラたちはこっちを目指すでしょうから、逆方向に。デュラたちがこっちを目指すタイミングを狙うの」
 なるほど!
「つまり、行き違いを狙うわけか」
「そういうことね」
 ううむ。ソラは、クラリスに会うのイヤじゃないのかな?
「ううん、別に? 未来の、次代の皇帝だからね。商会としてはコネを作っておきたいの」
 商魂たくましいなぁ、さすが銭ゲバ商会長。
「……」
「冗……あれ? ちょっとごめんね!」
 何か鼻水が出たので、横を向いてティッシュでチーン。
「って、え……止まらな……」
 鼻をかんでもかんでも……あ、あぁっ‼
「ソ、ソラさん?」
 ハンカチで鼻を抑えてるので、鼻声の私です。
「何?」
「の、呪い……解いて?」
 こうしている間にも、ハンカチがズブズブになっていくよー‼
「私、何かした?」
「うぅ、もう許してぇ‼」
 鼻水が止まらない呪い、本当に勘弁してください……。


 私以外に、リリィを見つめている人がいる。よりによって、私が目を付けていた七人目のクラリスに。
(多分、あの子なんだろうな)
 この魔力には、とっても心当たりがあるのだ。
 かつて私たちの種族は女性だけが魔法を使え、しかも数千年もの寿命を有した。そんでもって少女時代が実に二千年以上続くのだから、『人間』が私たちを『亜人』とするのは無理からぬことだと思う。
(まぁリリィは、自分たちは人間だって言って憚らないけどね)
 だけどリリィ、そこは諦めようよ。こんな人間、いないと思うよ?
 過ぎた力は身を滅ぼす、ゆえに。私たちの世界では『魔法少女学院』なるものが存在した。かつて存在した偉大なる魔法少女『ミリアム・ベル』が一万年以上前に創立した歴史のある学院だ。
 この学校では、魔法の適切な使い方を学ぶと同時に『過ぎた力に溺れない』精神を養う。
 なんたって、大地を切り裂き大山をも穿つ魔法を『少女』が使えるのだ。その力に精神こころが伴っていないと、そこに待つのは世界の破滅への片道切符。
 入学が許可されるのは十四歳から。毎年のように魔法少女が入学するものの、かつての創立者ミリアム・ベルほどの力量を持った者はいなかった。
 ミリアムが今際の際に遺した言葉、
『この魔法水晶を光らせることのできた者は、私の家族である』
 そう言って一つの魔法水晶を遺し、この世を去った。
(この魔法水晶を光らせたら、『ベル』の称号を貰えるのよね)
 初めてその魔法水晶を見たとき、私は胸を踊らせたものだ。
 ミリアムがこの世を去って幾星霜、未だこの魔法水晶を光らせたものはいない。だから誓った、この魔法水晶を一番最初に光らせて『ベル』の称号を名乗るのは、この私……マリィなのだと。
 十三歳。翌年に入学を控えた私に、とんでもないニュースが入ってきた。
 かの魔法水晶を光らせた新入生がいるというのだ。それがリリィこと、リリィ・ベルだった。
 水色の髪、そして宝石のアクアオーラを彷彿とさせる水色の瞳を持つ私とは対照的に、リリィは長いストレートの黒髪。その漆黒の黒髪には天使の輪のような艶があって、黒曜石を思わせるこれまた漆黒の瞳がミステリアスで。
 後にリリィの残滓ともいえる七つの欠片たちの一人、妖精のティアに『水色ちゃん』て呼ばれるのはこれから数万年後の話だけどね。
 悔しかった。私が一番最初に『ベル』の称号を得たかったのに。近隣にも名の轟く『天才魔法少女』として知られていた私は、当然ながら魔法水晶を光らせることができると確信していたのに。
 もっとも、リリィを認めていないわけじゃないよ? 私は攻撃魔法から状態異常魔法までなんでもござれのオールラウンダーで、リリィは攻撃魔法一辺倒の脳筋だ。
 だけど『何もかも秀才』の私と違い、リリィは『攻撃魔法の天才』であったから。学年が違ったから直接対峙することはなかったけど、魔法少女学院に入学したら学年の枠を越えて対決できる。
 それを楽しみにはしていたぐらいには、リリィを認めてはいたんだ。だけどまさか、『ベル』の称号を得るほどとは予想していなかった。
 その悔しさをバネにして、いっぱい修行した。もしこれで私が魔法水晶を光らせることができなかったら、私は私でいられなくなる。精神を、保てなくなる。
 ま、そこらへんは杞憂だったというか翌年。私は無事に魔法水晶を光らせて、マリィ・ベルとなったのだ。だけど『初めて』はリリィだったから、『二年連続で称号持ちが誕生!』という……いわゆる二番煎じ的な。
 すっごく悔しくて、先輩であるリリィにはしょっちゅう楯突いた。イヤな態度もとった。最低なことに、こっそりとノートを破ったりもしたのだ。
 だけどリリィは怒らなかった……わけもなく、しょっちゅうグーパンチでふっ飛ばされた。ま、当然だよね。だから私もやり返して、いつしかその様子は『魔法少女最終決戦』なんて揶揄されたぐらい。
 そういう細かいのも含めると、戦績は私の九七勝百二敗四十五分け。さすがにそこまで粘着すると、普通はもう嫌がると思う。
 だけどなんだか、リリィと絡むのが面白くて楽しくて……いつしか私たちは、自他ともに認める親友同士になったんだ。リリィのほうが一学年先輩だけど、全然先輩ぶらないところも大好きだった。
 そして一年後。私は初めて上級生に、二年生になる。リリィは三年生に。
「マリィ?」
「あ、リリィ」
 リリィを、体育館の裏に呼び出した。別に愛の告白でも決闘でもなくてね?
「何か大事な話?」
「うん。でなけりゃこんなとこ呼び出さないって」
「だよねぇ。決闘ならマリィは堂々と申し込んでくるから、そうでもないんだろうし」
 そういや最近、リリィとやってないな。ついでにやっとくか?
「それより、春から入ってくる新入生のことだけど」
「うん。マリィもいよいよ先輩だね!」
「……その様子だと、まだリリィには情報が入ってない?」
「何の話?」
 今から十三年前、私が一歳ぐらいのとき。少子化が懸念の種だった政府が打ち出したのが、
『未成年の医療費・学費は無料』
 という政策。これにより、爆発的なベビーブームが沸き起こった。今の学院に入る前、初等部では私やリリィの学年は四クラスしかなかったのに、その下の世代は八クラスもあるぐらいだ。
 そしてかのミリアムが遺した魔法水晶。あれは新入生同士でトーナメントで模擬試合をして、優勝した者だけが『光らせられるかどうか』にチャレンジできる。私とリリィはそれをクリアしたわけなんだけど。
「下の学年からベビーブームだったのは知ってるよね?」
「うん。クラスとか凄い多かったよね」
「私やリリィのときはさ、かの魔法水晶をかけた大会では予選からトーナメントだったけど、今年からは違うルールになったよ」
「知ってる。バトルロイヤル方式でしょ?」
 そう。新入生が多いために、ちまちまとトーナメントをやっていたら日数が足りない。そこで広い会場で新入生七百人ほどで『好きに戦わせ』て、最後まで立っていた四十人でトーナメントが行われるということになったのだ。
 はっきり言って、非常に雑である。こんなんやったら、一番強い奴が早い段階でターゲットになり、周りにボコられてしまうではないか。
「すっごいルールだよね。今日、いや明日だっけ?」
 ……うーん、このポンコツ。それとも新入生に興味がないだけ?
「昨日だよ……」
「あ、そうなの⁉」
「……」
「マリィ?」
 さすがに、これ知ったらリリィも驚くかな?
「本戦トーナメントは、行われないことになったよ」
「何で?」
「最後に立っていたのは、一人だけだったんだ」
 そう、残りが四十人ほどになったら予選はそこでストップするはずだったのだ。だが、審判が止める間もなく……一人の新入生によって、残り全員が倒された。ゆえに、本戦を行う必要がなくなってしまった。
「一人勝ち……凄い子が入ってくるんだね」
 それだけじゃないよ、リリィ。
「と言いますと?」
「三人目」
「何が?」
「称号持ち。魔法水晶、光ったんだって」
「⁉」
 さすがに、リリィの顔色が変わった。
 そうだよね、リリィですら数千年ぶりに初めて登場した称号持ち。これだけで世間をアッと驚かせたのに、翌年の私でまさかの二年連続。もう奇蹟を通り越したといっても過言じゃないのに、三年連続で魔法水晶は光ったのだ。
 リリィがリリィ・ベルとなって、それは『天からミリアム贈り物ギフト』という意味を込めてついた尊称が『天啓ゴッド・ブレス』。私マリィがマリィ・ベルとなって、その尊称は『天才にして天災ジーニアス・ディザスター』。個人的には大変不本意です、えぇ。
 そして三人目、彼女に早速つけられた尊称は――。
『怪童』ファントム、ララァ。ララァ・ベル」
「聞いたことのない名前ね?」
 そうね、彼女は知名度は低い。いやほぼない。
 リリィの黒、私の水色のように、ララァは『黄色』をベースとした魔法少女だ。ふわふわでくせっ毛のショートヘアーは明るい金髪で、トパーズのようなこれまた黄金の瞳。
 パッと見、ひまわりみたいな子なんだけど……その戦闘スタイルはえげつない。私がなんでも卒なくこなすオールラウンダーで、リリィは戦闘特化型の天才とするならば。
「状態異常魔法の天才ね。私以上と言ってもいいかもしれない」
「マリィにそこまで言わせるって……その、予選どんな感じだったの?」
 正直、私が知っているララァはちょっと状態異常魔法が得意なだけで、戦闘はからっきし苦手……いわゆる落ちこぼれだった。何がどうして化けたのかは、私も知らない。
「彼女が使った、『冥府開門ハデス・ヨシトーレ』。あれは本当に……恐怖、毒、呪い、昏睡、石化、混乱、幻惑、麻痺……ありとあらゆる状態異常魔法を、約七百人同時にぶっかけたそうよ」
「は? いやいやいや、何それ? 何の話なの?」
「今言ったとおりよ」
 そしてその幻惑効果で、高さが何十メートルもある強大な扉が闘技場に顕現した。そしてそれが開くと、全員が虚ろな表情でヨロヨロとその門をくぐろうと歩を進めて。
「そして門をくぐった全員が、その場で『大』を漏らしたそうよ」
「……今、何て?」
 さすがにお尻を『こんもり』と膨らませたままで試合続行できる子なんていない。くわえて皆、思春期の女の子なのだ。
「全員が泣き喚いて棄権が続出。ララァて子はその魔法一つで『頂点』に立ったの」
「何て無茶苦茶な……その子、ララァもまたあんたみたいに、決闘申し込んでくるの?」
 あ、そうか。リリィにはその危惧があるよね。
 私がリリィに勝った九十七勝のうち、七十勝くらいは状態異常魔法で勝ってるんだ。脳筋リリィ、状態異常魔法が苦手なんだよなぁ。
「おむつ……常備しとこうかな」
 涙目で何言ってるんですかね、このポンコツ先輩は。
 新たな仲間・ララァを迎えて始まった新しい学院生活は、リリィの危惧したようにはならなかった。むしろ新しい親友として迎え入れ、周囲からは『ベル三姉妹』なんて呼ばれたくらい。
 ま、そりゃね? その後のリリィとララァの模擬試合で、ララァがやらかした……やらかしたのはリリィかな? まんまと肛門を、全校生徒が見ている前で『開門』させられちゃって。翌日に、本気でララァを殺そうとするリリィを止めるのは大変だった。
 今となっては笑い話だけど、すっごく楽しい充実した学院生活だったんだ。そんな幸せな生活はいつまでも続くのだと思ってた。
 学院を卒業しても、三人組でバカみたいな話をして笑い合い、大陸中のお蕎麦屋さんめぐりとかして……あ、お蕎麦屋さんめぐりってのは私の趣味なんだよね。リリィとララァは、イヤな顔せずにつきあってくれてるんだけど。
 だけど、リリィの卒業を間近に控えたある日……学院が人間たちの、国の兵隊たちに包囲されて。
 学院は、『過ぎた力に溺れない』精神を養う学び舎だ。だから誰一人として国を傾けようなんて生徒は一人もいなかったにも関わらず、人間の王家は私たちの力を恐れた。
 ――そして、『魔法少女狩り』が始まったんだ。


 私たち魔法少女、普段からあんな露出の多い痴女……とまでは言わないけれど、身体のラインが出るようなコスチュームを着ているわけじゃない。というかあれは変身後の姿であって、学院では皆制服、未変身だ。実技の授業では変身するけどね?
 だから、変身していない状態の私たちってただの女の子。くわえて、国軍に裏切り者でもいるんでしょうね? 変身を阻害する結界魔法が、学院を取り込むように張られていたんだ。
 学院を包囲した国軍は、いともあっさり私たちを拘束。クラス単位で、逃げられないように全員の首を数珠繋ぎでロープで繋ぐ。
 クラスは約三十人。その全員の首がロープでつながっているわけだから、一人で逃げ出そうとすると残り二十九人を引きずりながら逃げることになっちゃう、というか逃げられないってわけ。
 ついでに後ろ手でも、ギュウギュウに縛られてしまった。未成年の女の子相手に、ここまでする?
 クラス約三十人に対して捕縛の任にあたったのは五人ぐらいの兵士だけど、何でだろう。身体がだるい? 私も含めて、皆が逃げ出そうにも逃げる気力もなく……強いていうなら、朝起きて『う~ん、あと五分……』のときみたいな状態。
 だから皆、大人しく捕縛されていく。後ろ手に、首に。
(この結界、私たちだけに効く麻痺の魔法がかかってる?)
 てのはなんとなく察したものの。
「どういうことなんですか‼」
 比較的身体というか口を動かす元気のあるクラスメート数人が口々に抗議するが、兵士たちは無言だ。三人ほどの兵士は冷たい視線をよこすけど、残りの二人がすごく申し訳なさそうな表情。上官の命令には逆らえませんてか、まぁ軍隊ってそういうもんだけど……。
 兵士たちは、私たちを引きずり出して護送用の馬車に押し込んでいく。一クラス一馬車というか護送車、だから学校中を護送車が取り囲んでるのね?って。
(全クラス、学院全生徒が捕縛されてる⁉)
 いったい何が起きたのか、さっぱりわからなかった。これではまるで、犯罪者扱いじゃないの! しかも学院の生徒全員てどういうこと‼
 やがて護送車は……王城の門をくぐる。
「は? 王城⁉」
 国軍に捕縛されたのだからその可能性はちょっと考えてはいた。だけどそうされる理由がわからなかったから、むしろ軍の暴走みたいなケースも想定してたんだ。
(でも王城ってことは……)
 明らかに、王室による陣頭指揮での軍事行動だ。何故、どうして?
「出ろ!」
 馬車が到着して、兵士がそう言いながら先頭の子を引きずり出す。皆の首が一本でつながっているもんだから、まるでドミノ倒しのように何人かが縛られたまま護送馬車から転げ落ちた。
 踏ん張れば首が締まるから、引っ張られるままに動くしかないのだ。
 そして王城の広場まで、全クラスがまるでムカデ競争のように連行されて……。
(あ、ララァ‼)
 偶然にも私のクラスの隣、一年生のララァのクラスメートたちがひっぱられてる。その途中で、怒りに燃え滾った瞳のララァを発見。ララァも私に気づいて、兵士たちにばれないようにソソッと近づいてきて。
「マリィ、これ何なの?」
「私が聞きたい……」
 何故学院生徒全員が、こんな目に遭わなきゃいけないのか。王の命令らしいのは察したけど、目的いや理由は何?
 全護送車から全クラスが引っ張り出され、まるで朝礼のように並ばされる。クラスごとに全員が首に縄をかけられ、後ろ手でも縛られてるんだ。
「異様な光景だよね……」
「マリィったら、他人事みたいに!」
 私のクラスとララァのクラスは並んで連行されていたから、自然と隣同士になった。ありがたい?ことに首に縄をかけられている順番もララァとほぼ同じなので、小声ながら会話はできる距離で。
 皆口々に不安がり、泣き出す子や怒りだす子とかでもうカオスですよ。逃げ出そうにも、槍を持った兵士たちが包囲しているから……というか全員が首縄で連結されちゃってるから、クラス約三十人が同じ方向に同じ速度で逃げる必要があって。
 声の大きい何人かが、兵士たちに殴られては意気消沈して黙らされてしまう。女の子にグーパンてありえないでしょ……。
 とかなんとか思慮をめぐらせてたら、来ましたよクソ王が。
「国家反逆をたくらむ恐怖分子たちよ! 貴様らの夢はたった今、ついえたと知れ‼」
 いやね、もう全員頭の中というか顔が『???』ですよ。誰のこと? 何のこと?
 これは私が死んだつーか処刑されたあとで、冥府の番人・クロス様に聞いた話。王は国軍の何倍もの兵力に相当する魔法少女たちに抱かなくてもいい無駄な危惧をしており、忌まわしく思っていたそうだ。
 だからそういう感情を国に持たないようにするための学び舎でしょうが‼
 それにくわえて、魔法少女たちを軍事利用……要は版図拡大せんそうに使おうとした。しかも、『領土を増やしたい』という暴虐な思想の元に。
 当然ながら理事長先生は大反対したんだけど、それで大喧嘩に発展したんだって。知らんがな。
 まぁ何がトリガーになったかは定かではないけど、要は『国に魔法少女は不要』という決断に至ったらしくて……いや、もうわからないです。
「お前たちが、国を傾けんとする謀略を巡らせたことはすでにわかっておる」
 何言ってんのクソジジイ。ララァも憤懣やるかたないようで、
「あのハゲ、ボケたの?」
 わぁ~お、ララァさんてば辛辣。でもね、ララァ? もし王がマジで言ってるんだったら、『ベル』持ちの私たちは……。
「まず、お前たちが国家を転覆させんとした言質を取る。おい、適当なクラスを一つ異端審問にかけろ‼」
(……⁉)
 ちょっと待って! 異端審問……『審問』という言葉とはうらはらに、要は拷問にかけてやってもいない罪を認めさせる非道で外道な『国家権力による犯罪』だ。それを、まだ年端のいかない少女である私たちに⁉
 幸か不幸か、私やララァのクラスじゃなくて一年生のとあるクラスが連行されていく。私たちはその場に取り残され……といっても兵士たちがグルッと周囲を監視しているんだけどね。
 陽が昇って沈み、あたりが暗くなるころに月が顔を出す。食事は出ないわトイレには行かせてもらえないわで、何人かが粗相しちゃったんだろうな。『そういう臭い』が周囲に立ち込める。
 兵士たちは数時間ごとに交代しているので、兵士の疲労を突いて逃げるというのは無理そうだ。どうしたもんかな……。
「ねぇ、マリィ?」
「何?」
「私、今まで皆にひどいことしてたんだね……」
「???」
 見ると、ララァがもじもじしている。お花摘みに行きたいのかな? そういやララァて、入学時に『そういう』のを『利用』した戦い方をして『ベル』の称号を得たんだっけ。
 ついでに体育祭でのクラス対抗魔法合戦で、リリィにもくらわせたんだよこの子。
 全校生徒の前で自分の意識に関係なく『大きいの』を『出産』させられたリリィのガチギレっぷりは、今思い出しても恐ろしい。というかその気持ちはすごくわかる。
「そう。よーくわかったでしょ?」
「うん、反省……私たち、どうなっちゃうのかな?」
 今は私たちというより、異端審問に連れていかれたクラスの子たちが心配だ。そして無事、ララァも(小のほうを)セルフ大解放して翌朝。眠れた子眠れなかった子さまざまだったけど、再び私たちは連行される。
 このころには私もララァもヘロヘロで、もうすっかり抵抗する気力はなかった。どこへ連れていかれるんだろうとすら思わなかったんだ。
 ただ……『異端審問の結果、お前たちが国家転覆を図ったことは偽りのない事実だった!』ってバカ王が叫んだとき、涙が出た。
 つらかったろうな、哀しかっただろうな。やってもないこと考えたこともないこと、顔も名前も知らないほかのクラスや先輩たちもまた仲間だと、白状させられちゃったんだ。
(そこに至るまで、どんな酷い審問……いや、拷問をされたんだろうか)
 この連行される全クラスの列にそのクラスだけいないままなのが、それを物語っていた。
 そして連れていかれたのは、街の広場。
 すでに数えきれない多くの国民たちが、即席で建設されたであろう舞台ステージの前にひしめいている。皆が口をそろえて、『魔法少女たちを殺せ!』『魔女を火あぶりにしろ‼』だの目を血走らせて絶叫しているんだよね。
 もう思考がほとんど停止していた私は、ボーッとそれを眺めながら……何のことだろうって呑気に考えていたんだ。
 風説の流布プロパガンダ――ホントに手回しがいいというか、寮生活と校則とで滅多に街に出かけられないのをいいことに、いつの間にか私たちは悪者にされていた。
 そして始まったんだ、『処刑』が。
 何つーか晒し者のお披露目でも気取ってんのか、クラスごとにステージに横並びに両膝をついたまま並ばされる。そして長槍を持った処刑人が、一人一人を背中側から刺し貫きながら全員に『そう』していく。
 私のクラスの出番になったら私もそうなるのだと知っているのだけど、この舞台には『無気力化』の状態異常魔法がかけられてんだ。ご丁寧に私たちにしか効かないやつが。
(あ……)
 次、ララァのクラスだ。私はボーッとララァを探して……。
(あれ?)
 誰もが無気力化しているこの舞台上で、ララァ一人だけが涙目ながら怒りで真っ赤に燃え滾る瞳をしていた。さすがは状態異常魔法の天才、変身していなくてもこれぐらいは簡単に解除できたみたい。
 次にララァが刺されるって段階で、処刑人をキッと振り向いたララァは処刑人の顔にベッとつばを吐きかける。顔を真っ赤にして憤る処刑人と、ざまぁみろとばかりにドヤ顔のララァ。
 だけど次の瞬間……激高した処刑人の手により、ララァの身体を長槍が貫いた。皆は一回だけなのに、ララァだけ引き抜いては刺し引き抜いては刺し。
「なっ⁉」
 その衝撃で、私の中の何かが発動したのだろう。私だって状態異常魔法については学院ではララァに継ぐ二番手だ。気力というか怒りのパワーで無気力化の魔法を解除すると、
「ララァッ⁉ おい、やめろクソ野郎‼」
 って泣きながら、叫んでた。涙が、止まらない。
「うるさい、黙れ!」
 そう言って近くにいた兵が槍の柄のほうで私の顔を突く。ちょうど口の位置に一撃をくらったものだから、口の中を派手に切ったようだ。口角から血が垂れて流れた。
 そして舞台上のララァは、大量の鮮血を噴出しながら倒れてて……もう、その瞼が開くことはなかった。
「同じ『ベル』同士ですからね、それで騒いでるんでしょう」
「あぁ、なるほど」
 ちょっと離れた場所にいる兵士の立ち話が聴こえて、私はリリィがこの場にいなかったことに安堵する。リリィは今、卒業前の短期留学で隣国に行ってるんだよね。だから九死に一生を得たというか。
(私が死んだら、リリィ悲しむだろうな)
 それからいくつかのクラスを挟み、私のクラスの番に。端っこから、この二年間一緒の教室で学んでいた友人たちが次々と背中から槍を刺されて……絶命していく。
「何で私たちがこんな目に……」
 絶望で沈んでいた私は、ふと『膨大な魔力』が恐ろしい速度で近づいているのを感じ取った。慌てて顔を上げて……はるか遠くの空に黒い点。それがすごいスピードでこっちに近づいてんの。
(……何で来るの? バカなの?)
 私は声の限りに、叫んだ。
「リリィッ‼ 来ちゃダメ! 逃げて‼」
 魔法少女に変身済みのリリィだった。魔法の箒に跨って、隣国からほぼ音速に近い速度で飛んできていた。そして舞台前に着地して、青い顔でこちらを見上げる。
「何が……起きて……いるの?」
 目の前で起きていることが信じられないとばかりに、リリィが立ち尽くしていた。
(だから呆然としている場合じゃないんだってば、早く逃げてよ!)
「リリィ、逃げ」
 もう一度叫ぼうとしたけど、声が出なかった。私の胸から、長い槍が突き出ている。
「……え?」
 そしてそれがスルスルと短くなっていき……引き抜かれて。まるでシャワーのような鮮血が私の胸からほとばしり、足元を真紅に染めていく。
「いやああああっ、マリィッ‼」
 まるで血を吐くがごとくの絶叫で、頭を抱えてリリィが両膝をつく。
 そして命の炎が消えかかっていくなかで私が見たもの、それは……リリィの身体中から立ち上る瘴気の黒煙。
 嘆き、怨み、絶望、怒り……そんな悲しいモノで胸をいっぱいにして、リリィが膨張していく。黒い血の涙を流しながら、ギシギシといびつな音を立てて……ゆがきしみ、膨れ上がっていったんだ。
 すでにリリィは人型を保っていなくて、それはたとえていうならガス惑星のような巨大な瘴気の塊。それがどんどん広がっていって、空を覆いつくす。
 まるで闇夜のように真っ暗になると、人がバタバタと倒れ始めた。
(リリィが哭いている……)
 人間亜人、動物はもちろん草木から虫……この世に生けとし生けるすべてのモノから、さまざまな負の感情ネガティブエネルギーを無尽蔵に吸い上げては次々とその生を、命を吸収して。
 そんなことしたくないだろうに、何の罪もない命を殺めたくないだろうに。
 それでも止まらない止められない己を責めながら、悲痛に身悶えながらリリィが哭いている。怨嗟と嘆きの瘴気を吹き出しながら膨張していくリリィ……魔皇・リリィディアが完全に覚醒したとき、すでに私はもう息をしていなかった。
 だからこの後は、冥府の番人・クロス様から聞いた話。魔皇・リリィディアの復活により、この地上のありとあらゆる生命の九十九パーセントが死に絶えたとか。
 ここまで築かれてきた文明はすべて崩壊し、残った生物たちは再び原初の生活から再始動することになって。
 粗末なお手製の武器を持って動物を追いかけ、捕まえて焼いて食う。そんな、原始時代のような生活にリセットされてしまったのだ。
 地上が歴史のやり直しを強制的に強いられたのを見届け、この世界を創った真の創造神にして魔皇・リリィディアは長き眠りにつく。
 それから気の遠くなるような年月が流れ……再び人類を中心とした地上は栄え始めたのだけど、一度リリィは魔皇・リリィディアのまま覚醒しかけたそうだ。だけどロード様の眷属・アルテミスによりその復活を封印されてしまう。
 そしてさらに気の遠くなる月日が流れた今、私はクロス様から『偽りの生命』を賜った。封印されたリリィが、再び覚醒するかもしれないと。それを阻止するために、私に白羽の矢が立ったのだ。
 最初は、びっくりした。リリィと戦うなんてできっこない、やりたくない……だけど。
 今やリリィの魂は、怨嗟の塊と化している。それを解放してやらないと、再び魔皇・リリィディアが覚醒してしまうかもしれない。
 かつてアルテミスにより七分断されたリリィの欠片のうち、六つはすでに活性化していた。というか、それぞれが普通に女の子として生きてて。
 クロス様はリリィが復活する前にそいつらをなんとかしてほしかったみたいだけど、何で平和で暮らしてる『リリィたち』を手にかけないといけないのか。せっかく蘇らせてもらってなんだけど、私が救いたいのはリリィなんだ。
 問題は、まだ非活性である七人目のリリィ。
 リリィの『負』の部分を一番引き継いでいる妖精のティアをマークしてたらいずれ邂逅するんじゃないかとあたりをつけて、お蕎麦を食べ歩きするついで……じゃなかった、七人目を探すついでにお蕎麦を食べ歩きしてたら、先に『あの子』が見つけてしまった。
「そうでしょ? ララァ」
 今、私の目の前に立っているララァは私の知っているララァだろうか? ララァは私とは違ってあの六人、いや七人を屠ろうと考えているのだろうか……リリィが、完全復活する前に。
「久しぶり、マリィ」
「あなたを復活させたの、ロード様? それともクロス様?」
「……」
 ララァからの答えはなくて。ただロード様は、死者の魂をむやみやたらに蘇生させることを禁忌と考えている節がある。とすると――。
「クロス様、そうでしょ?」
「……だったら何?」
 どうせ、リリィが復活するまでちんたら待っている私に痺れを切らしたとかそんなところだろうな。
「私はリリィにも会いたいけど、ララァ。あなたにもだよ。だから、お互いにこんな厳しい視線をかわすようなことはしたくないんだ」
「マリィ……」
 でも。
「ララァはどうする気?」
「……ピースが一つでも欠ければ、パズルは完成しない。違う?」
 私の知ってるララァは、こんなことを言う子じゃないんだけどな。
「そんなこと、させない!」
「でしょうね? でもリリィが……魔皇・リリィディアとして復活したら、マリィは抑えられるの? 封じることはできる?」
「それは……」
「マリィと私、リリィを救う方法は別の手段を選んだってことだよ」
 ララァ……やっぱりあなたもまた、リリィのために?
「そりゃ私だって、リリィがリリィのまま復活してくれるなら喜んでこの魂……クロス様にお返しするよ? だけど魔皇・リリィディアとして復活するのだとしたらマリィ、あの悲劇は再び繰り返されるんだ。そして、」
 ララァ、涙目で私をキッと見つめて。
「また、リリィが哭くんだよ?」
「……」
 それを聞いて、私はもう何も言えなくなっちゃったんだ。
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