ポンコツ妖精さんは、そろそろ転生をやめにしたい

仁川リア(休筆中)

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最終話・最後の転生、クラリスの試練

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 酔っぱらって倒れて、頭を打って失神したポンコツ妖精。目覚めたときは、でっかいたんこぶができてた。
 そっからは特に目的もないので、なんとなく帝都沖にあるイトゥーク島へ海上を羽でパタパタ。かの修道院をミニ妖精化した姿で覗いてみたけど、あの駆け落ち事件で懲罰として送られたポチャーリ王女、元気そうだった。
 修道院の生活はキツそうだけど、それでも贖罪のために働いている。もう大丈夫だと思ったので、特に姿を見せることはしなかった。
 そして私は、再び旅立つ決意を固める。
 今度は逆に、ポラリス大陸を西から東へ。帝都・ドゥーベ市国を出発して、ベネトナシュは揺光の塔わたしんちへ。
 その間、まぁ色々あった……本当に色々あった! オズワルドさんとジャスミンさん夫妻(結婚してた!)やアンさんとの再会とか。
 まぁそれは語る機会があったらいずれ。
 魔電でほかの五人とは連絡は取っていたから、かのクラリスちゃんがソラ・アルテ・イチマル・ターニーの試練を乗り越えたことを知った。デュラは何だか、保留してるみたいで?
 だから次、クラリスちゃんがやってくるのは揺光の塔。
「試練、試練ね……」
 それはもうずっと考えていて、何にするか決まっている。
 最終目的地となる終点・エータ駅へ向かう魔石寝台列車の中、車窓に映る私の髪はもう完全に真っ赤マゼンタになってる。私の死期が、近い。
 だから……だから。
「リリィ……」
 私の本体であるリリィ。彼女は、魔皇としての強大な力を抱えて再びこの時代に顕現するのだろう。
 リリィが抱えるその重すぎる荷物は、彼女の新しい人生にどのような道を歩ませるのだろうか。そして私もまた、無尽蔵に噴出し続ける魔力という過ぎた力を抱えている。
 これは、クラリスちゃんにも言えることだ。皇帝の娘、皇太子としてのクラリスちゃんに。次期の皇帝となる、彼女に。
(今、十七歳だっけか)
 もう十八歳になってるかな? いずれにしろ、まだまだ子どもだ。そんな子どもが、この国では皇帝に継ぐ二番目の権力を有している。
 だから私がクラリスちゃんに投げかける試練、教えたいこと。それは……。
『お疲れ様でした、間もなく当列車は終点・エータに到着いたします。お忘れ物がございませんようご注意ください。次は終点・エータ、エータ駅です』
 その車内放送が終わるとともに、列車が小さくガクッと揺れて減速を始める。車輪が線路の継ぎ目を拾う音が、だんだん広がっていって。
(あれから一年か)
 旅立ったあの日から、一年近くが経っていた。
 情けない理由で一度ゆらに戻って、リリィと少しだけお話をして。そして今度こそゆらとしての人生に自分でトドメを刺して……そっからずっとリリィには逢っていない。
 不思議と、水色ちゃんも見かけなくなった。元気してるかな? 新しいお蕎麦屋さんでも開拓したのかもしれない。
 駅に到着すると、かの『ティア像』では衛兵が一人目を光らせていた。うーん、私のせいかな⁉
(悪気はなかったんだけどね)
 何より、悪戯したの本人なんだしで。つかあれから一年も経ってるんだよ、そんなことにお金使わないでさっさと撤収しちゃってほしいところ。
 勝手知ったる地元の駅、さっさと抜けて駅前広場からテイクオフ……しようとしたら、マリンさんからもらったハーフコート着てるの忘れてて。
「きゃんっ‼」
 そのまま前のめりにこけてしまった、かっこ悪ぅ。って羽は霊体だからハーフコートを透過できるはずなんだけど、そこはマリンさんのお手製。
(錬金術って神秘的だなぁ)
 何がどうしてそんなことが可能なのか知らないけど、このハーフコートは私の羽を通さないんだよね。最初に気づいたときには、そりゃもうびっくりですよ。
 そしていそいそとハーフコートをコンパクトに畳んでキャリーに収納。久々に広がる私の、緋色ピンクの妖精の羽。
 周囲が私に気づいたのか、ざわざわし始めた。ここは三十六計、逃げるが勝ちだな。
(よし、帰ろう!)
 そして改めてテイクオフ。まさか生きてベネトナシュに戻れるとは疑心暗鬼だったので、テンションもやや高め。
「って塔に着くまでに死んだりして」
 いやいやいや、何フラグ立ててんの私。
 縁起でもない……そう思ってたら、いつの間にやら目の前に懐かしの我が家。
(本当に帰ってきたんだなぁ)
 という私のね、安堵は一瞬だけでした。私は静かに揺光の塔の前に降り立つと、そこにいた女の子が駆け寄ってくるの。
ティア師マスター・ティアでしょうか⁉」
 背中の半ばあたりまで伸びた、ゆるフワの淡いアッシュブラウンの髪がハーフアップにまとめられている。美しくも若干の幼さを残した勝気そうで精悍なその顔には、紫水晶アメシストを思わせる美しい澄んだ紫パープルの瞳。
 で、何でだか知らないけど頭部には額部分だけを保護する小さな兜? そして首から下はミスリル製のアーマー。
 腰には同じくミスリル銀でできてるであろう長剣ロングソードを帯刀してて、あなたどこの勇者様でしょうか。
(思ってたんと違う……)
 そういやSSランクハンターなんだっけ。私と戦って倒すつもりかしらん?
ティア師マスター・ティアとかやめて? ティアでいい」
「あ、はい」
「で、誰?」
 いや、知ってるけどね。
「あ、失礼しました! 私、クラリス・カリスト。この帝国の皇太子です‼」
「証拠はあるの?」
 ちょっと意地悪してみる。まぁ実際、この子が本当にクラリスちゃんかどうかは知らないけど……クラリスちゃんの肩に留まってる蝙蝠、あれデュラだな⁉
『静まれーっ‼』
 え? 蝙蝠つかデュラから念話が。
『こちらにおわすお方をどなたと心得る?』
「あ、うん。クラリスちゃんだよね。久しぶり、デュラ」
 生でデュラに逢うの、今代では初めてだった気がする。魔法陣の映像では会話したけどさ。
 蝙蝠形態のデュラ、何だか黒い瘴気をまき散らしながら『いつもの姿』に戻った。
 銀杏の葉を逆さにした感じの、末広がりのショートヘアーの金髪。背中には、でっかい蝙蝠の羽が左右に広がってて。
 クラリスちゃんよりちょっと背が低いかな? てかクラリスちゃん、一七〇センチくらいあるんだ。オチビの私に、身長のことは語る資格ないかも。
「ティア姉、元気してた?」
「まぁね。元気かどうかは見てのとおりだよ」
 そう言って私は、指で髪をファサッとな。真紅に染まった、私の最期を暗示するその髪を。
「あー、マジか。間に合って良かったわ」
「この鬼畜がっ‼」
 うん、彼女のこの遠慮の無さも懐かしいな。デュラも元気そうで何よりだよ。
「あ、あのぅ?」
 こわごわと、おそるおそる会話に入るタイミングを伺うクラリスちゃん。あー、何だか二人で盛り上がってごめん?
「とりあえずお茶淹れるからさ、デュラもクラリスちゃんも上がってってよ」
 そして私は、扉を開けた。


(えーと……)
 ティア師マスター・ティア、ティアさんに促されるままに塔にお邪魔してお茶をいただいている私――クラリス・カリスト。一応、この帝国の皇太子で……つまり、次期皇帝となる身。
 母にして崇高なる皇帝・ディオーレから、
『塔の賢者たちから試練を甘受し、そのすべてを乗り越えてみせよ』
 との命を受けて、まずは北の隣国・メラクへ。天璇の塔へ。
 天璇の塔の守護者であるデュラ師マスター・デュラには何度挑んでも勝てず、でも勝つのが試練というわけでもなかった。何度も塔に通ううちに仲良くなり、今では姉とも師ともいえる存在だ。
 そして『面白そうだから』というはた迷惑な理由で、デュラからの試練は保留。そして私について来てくれることになり。
 メラクから東へ、フェクダ王国は天璣の塔・ソラさん。南下してメグレズ王国は天権の塔・アルテさん。東へアリオト王国は玉衡の塔のイチマルさんに、ミザール王国は開陽の塔のターニーさん。
 彼女たちが出す試練を、青息吐息でなんとかここまで乗り越えてきた。最初にデュラの塔から旅立って、一年近く……ついに最後の塔、ベネトナシュ王国は揺光の塔にたどり着いたわけなんだけど。
 デュラを含むターニーさんまでの五人、全員が全員口を揃えて言うには。
『ティア(姉)は大の人間嫌いだから、逢ってくれないかもしれない』
 というね。下手すりゃ殺されるかもよ、って言ってきたのは誰だったかな。まぁそんなわけでビクビクしながら揺光の塔にたどり着いたら、まさかのお留守。
「デュラ、いないようなのですが」
「あー、ここは通称を『居留守の塔』なんていわれててな。まぁ本当に居留守のときもないわけじゃないだろうが……年間の九十九パーセントはティア姉、じたくにはいないんだわ」
「そんな‼ では普段は、どこに?」
「大陸中を旅して回ってんぜ。現に天璇うちの塔を出る前、天璣の塔ソラんとこにいただろ」
 なんとものんびりと、デュラがそう言ったのだけど。
「確かに、お声を拝聴しましたけれど……それじゃ、どうやって探せば⁉」
 ここはベネトナシュ王国、ポラリス大陸の最東端だ。私は真逆の最西端にあるドゥーベ市国からやってきたわけだけど、下手すりゃとんぼ帰りの必要も⁉
「ま、しばし待ってようぜ」
「……どのくらい、でしょうか」
「さぁな」
 だけどすっかり絶望した私の耳に、聴こえてきたのは大き目の羽音。
「あれは?」
 はるか空高くから、蝶々? ……ううん、違う。妖精だ。
(妖精ってことは‼)
 そこでデュラが、
「何か近づいてるなと思ったら、やっぱティア姉だったか」
 とかなんとか言いながら蝙蝠の姿に変化して、私の肩に飛んできた。
「私には、何の気配も予兆も感じ取れなかったのですが……」
 思わず肩に留まったデュラにこぼすと、
『私だからわかっただけだ、気にすんな』
 と念話が返ってきて、まぁそこはホッとしたのだけど。
ティア師マスター・ティアでしょうか⁉」
 そして地上に着陸したその妖精……まるで十代前半のような幼さの残る少女の風体で、それでも駆け寄ってきた私を見る目は笑っていなくて。
(そういや、大の人間嫌いなんだった‼)
 と思い出して恐る恐る顔色をうかがうと、
ティア師マスター・ティアとかやめて? ティアでいい」
 ぶっきらぼうに、そう一言だけ。そしてデュラと懐かしそうに親交を温めていて、私は完全に蚊帳の外。
 だけど立ち話はなんだからと、こうしてティアさんのお宅でお茶をいただいているわけで。
(何でティアさんもデュラも、何もしゃべらないんだろう)
 二人の顔色を交互に窺いながら、ちびちびとお茶を飲んでる私。ティアさんは人間嫌いとのことなのだけど、是非とも試練は与えてもらわねば!
「クラリスちゃん」
「はっ、はいぃ‼」
 びっくりして私、思わず立ち上がってしまった。つーか『ちゃん』付け……これまでそんな呼ばれ方されたのはないものだから、ちょっと照れくさい。
「何しに来たの?」
 ちょっと不機嫌そう? いや、つーか私が賢者の皆さんに会いに行ってる話はティアさんに通ってないとか?
 そんなことを思ってたら、表情から見透かされちゃったんだろうな。隣に座っているデュラから、
「自分の口で説明しろってことだよ」
 と助け船が。確かに言われてみればそのとおりで、この塔への来訪は私の都合だ。
(デュラは付き添いで来てくれただけだから、私が言わないとだよね!)
 そして意を決して、ティアさんにこれまでの経緯を話した。賢者六人から試練をもらい、それを乗り越えること。あとはデュラには保留されてるのを除けば、ティアさんが最後の一人ということ。
「ふーん」
 何か興味なさそう? というか、人間嫌いなんでしたね……どうしようか。会話が続かず困っていたら、ティアさんが口を開いた。
「クラリスちゃんは、私のことをどこまで知ってる?」
「えっと……」
 ソラさん、アルテさん、イチマルさん、ターニーさん。そしてデュラと、彼女たちが語るティアさん像はどれも共通している。だけど、『ポンコツ』なんて言ったら絶対殺される!
「あ……」
 そうだ、一つあった。
「ん?」
「えっと、『最弱にして最強の妖精』っていう……」
 うん、これならなんとか気を害さずにいてくれるかも?
「私、そう呼ばれるの嫌いなの」
 ……気を害してしまった。
「ほかには?」
「ほかに?」
 ティアさん、何だか苛立ってんな。多分、『あのこと』なんだろうか。
「すごく言いにくいのですが……ティアさんには、もう時間が残されていない……という」
「ふむ。やっぱ聞いてるわけね。その先は?」
「その先?」
 私が聞いているのは、ティアさんの残り寿命がもう僅かであること。『その先』なんて、誰も教えてくれなかったのだけど。
「ティア姉、私からいいか?」
「何、デュラ」
「『それ』はクラリスには誰も教えてないんだ」
 それ、ってどれだろ。何?
「そか、助かった」
 ???
「じゃあ私からの試練、予定どおりのものを課せられそう」
「やっぱそのつもりだったか、ティア姉。そうじゃないかな?って皆で言ってたんだよな」
 何のことだろう? だけどここまで、険しい表情だったティアさん。
「なんだ、見透かされてんね?」
 そう言って、初めてティアさんが笑ったんだ。
「そういやデュラ」
「うん?」
「クラリスちゃんて、『かの少女』のことは知ってるの?」
 かの少女……誰のことだろう? 私の夢に出てきた、黄色い衣装の子のことだろうか。
「三色あるけど、どいつだ?」
「黒のほう」
「あぁ、それに関してはまだ教えてねーや」
 三色って、黄色以外の子もいるということ?
「クラリスちゃんには、話すの?」
「いつまでも黙ってるわけにもいくまい? そして私が保留にしているクラリスへの試練、そいつ絡みにしようと思ってる」
 そう言って、デュラがチラと私を見た。私に対する試練は何なのか、これまでに匂わせてもくれなかったデュラだけど。
(黒の……少女?)
 どうせ、今訊いたって教えてくれないんだろうな。
「ふーん。ヘビーなやつぶつけるのね。まぁいいや」
 そう言ってティアさんは私の前に一冊の本、いや文書のようなものを置く。
「これ、クラリスちゃんの住むお城から拝借してきたんだけど」
「はい」
「待て、ティア姉。クラリスも」
 私がノートを手に取ろうとしたら、デュラからストップがかかった。
「『拝借』つーたな?」
「言ったね?」
「貸してくださいつーて借りたのか?」
 何でだか知らないけど、ジト目でティアさんを見つめるデュラ。そして口笛を拭きながら、顔を逸らすティアさん?
「おい、ティア姉」
「いや、禁書庫に置いてあって面白そうだったから。てへ」
 要するに、盗ってきたと。お城の禁書庫って、私でも入室は許されないんだけどな⁉
「禁書ねぇ……まぁいいや、続けろ」
「ん。で、クラリスちゃん。私からの試練の前に、宿題があるのね」
「宿題、ですか」
 うーん、やっぱ一筋縄ではいかない『試練』が与えられそうな予感だな。
「この文書に記録されている『お城を去った人たち』の、『お城を去った理由』を調べること。それが宿題ね」
「お城を去った理由、ですか」
 それを調べてどうしようというのだろう? 何より、毎年のように退職する人や新たに入ってくる人がいるから……。
「もちろん、結構な人数になっちゃうけれど。この宿題のキモは『知ること』だから、手段は問わない。皇女の権力を使って調べてもいいし、そこはご自由に。ただし、帝都のお母様にばれないように口留めは忘れないでね」
「かしこまりました」
 そして私は、文書に目を通してみるのだけど……墨塗りされてる? 名前や性別などの個人情報はわかるのだけど、『辞めた理由』以下が真っ黒だ。
(いったい何が書かれていたのだろう)
 どうしてかわからないけれど、背筋が寒くなった。だけどこれは私が知らなきゃいけないことなのだという、確信めいた予感を感じる。
 何より、次期の皇帝となる身だ。光の部分だけじゃなくて、影の部分も知っておかなくてはいけない。
「そういうわけでクラリスちゃん、一人でやってね? デュラは、一緒に呑みに行こうか?」
「いいね」
 そう言うや否や、ティアさんは窓を開け放ち妖精の羽をパタパタと飛んで行ってしまった。そしてデュラも、蝙蝠の羽を翻して後に続き……。
「いや、あの⁉」
 ティアさんの塔に、一人ぼっちにさせられてしまった……。どうでもいいけど、空を飛べるっていいなぁなんて現実逃避をしてみたり。
「にしても、帝都の真反対のベネトナシュでどう調べれば?」
 帝都は大陸の最西端に、そして五つの国を挟んでここベネトナシュ王国は大陸の最東端にあるわけで。
 だがベネトナシュはカリスト帝国を構成する一つの国でもあるから、複写が王城の禁書庫にあるかもしれない。
(うーん……皇城の禁書庫にも入れてもらえないのに、皇女だからってベネトナシュの禁書庫も入れてもらえない気がするな⁉)
 まぁ今ここで、うだうだと考えててもしょうがない。ティアさんは『手段は問わない』って言ってたから、ティアさんのように『無断拝借』も考えるべきだろうか。
 そして、何気なくページをめくってみて気づく。
「これは……」
 墨塗りされているのは、母が私を妊娠して以降の日付だ。
(お城から去った人たちの理由に、私が関係している?)
 照明に透かしてみると、うっすらと文字が見える。だけど読めるかっていうとそれは微妙で。
「結構雑に塗ってあるし、インクも特殊なものじゃないみたい」
 だったら、浄化魔法で消せる?
「いやいやいや、何かそれ違う」
 そうしたところで、ティアさんはそれでも是としてくれるだろう。だけどこんな、インチキするみたいな手段で楽をするのは、何だか違うと思う。
(さて、どうするかな)
 ソラさんからの試練は、街を歩いてて偶然とっかかりを見つけたんだった。だからってわけじゃないけど、とりあえず出てみようか。外へ、街へ。
 私は、決意を新たに立ち上がった。


「昼間っから酒かよ」
「文句あるなら呑まなきゃいいでしょ、デュラ」
 つーか誘ったときに、『いいね』とか言ってなかったかコイツ。
 エータの街の庶民向けの安い居酒屋『鳥公爵』で二人、まぁ目立つ目立つ。吸血鬼と妖精の少女のコンビだから、まぁ無理もないのだけど。
「とりあえずエールでいい?」
「うん」
 で、そんなこんなで始まったデュラと久々の酒宴。
「ところであの墨塗り、なんだ?」
「まぁ胸クソ悪いことばかり書いてあったね」
「へぇ?」
 焼き鳥を頬張りながら、好奇心でウズウズなデュラ。さてはこいつ、人の不幸を美味しいと思っちゃうタイプだな?
「当時妊娠中の皇帝と、すれ違いざまに肩がぶつかった執事とか。幼い皇女クラリスちゃんの爪を切ってたら、誤って深爪させてしまったメイドとかそういうのばっかり」
「なるほどね。まぁ相手は皇族なんだ、罰が重くなってしまうのはしょうがないんじゃないか?」
 でもどちらも、同じ人間。鼻の穴二つ、お尻の穴から出てくるものも同じだ。王族とか貴族とか本当に何なのか。
「そう思わない?」
「まぁねぇ。でもそれって、わざわざ墨塗りで隠してまで真実を調べさせるようなことかねぇ?」
 デュラが不思議そうにそう言って、グラスのエールを空けるのだけど。てかピッチ早いな⁉
「肩がぶつかった執事さん。お腹の中の皇女を流産させるのが目的じゃないかって疑われて、審問の最中に死んだよ。審問つーか拷問だろうね」
「……」
「深爪のメイドさん、罰として手足の指を全部切り落とされちゃったんだ」
「それ、マジかよ……」
 マジだ。そしてそういう事実を、多分クラリスちゃんは知らない。誰も教えないのだろう。
「だから、知らなくちゃいけないと思って」
「まぁティア姉の言い分はわかる。わかるが……」
「わかるけど何?」
「わかるんだけどよ。それでティア姉は、クラリスに何を望む?」
 デュラはクラリスちゃんのこと、本当に可愛がってるんだな。箸もグラスも置いて、真っすぐな目を私に向ける。
「別に制度改めろとか、お城を理不尽な理由または迫害されて去った人たちに謝れとかは言わないよ?」
「うん」
「実際、本当に流産を狙ってそうする奴がいるかもしれない。深爪が原因でばい菌が入って、指を切断なんて大ごとになったかもしれない」
「まぁね」
 だからクラリスちゃんには知ってほしい。自分が背負ってるものの大きさを、影響力を。
 それにあの書物には書かれていないけど、年間で十数人の毒見役が死んでる。
「……それは、クラリスも知っているようだ」
「へぇ。何か言ってた?」
「自分は命をいつ狙われてもおかしくない身だから、強くならないといけないみたいなことは言ってたな」
「ほかには?」
「ほかに? いや、特には」
 ダメだよクラリスちゃん、それだけじゃダメなんだ。
「何がダメなんだ?」
「皇族に毒を盛ったとて、毒見役がいるんだから毒殺はかなり高い確率で失敗する。これはわかるよね?」
「あぁ」
 まぁ遅効性の毒ってのも、あるにはあるけどね。
「毒見役が死ぬとわかってて、毒を盛るんだよ」
「それはどういう……」
「いつでもお前たちの命を狙ってるぞ、っていうパフォーマンスになるでしょ」
「……それで、あえて毒見役を殺すために毒を盛ってると?」
「そう」
 本当にニンゲンってク・ダ・ラ・ナ・イ‼
「ティア姉って、結構厳しい性格だったんだな」
「人間が嫌いなだけだよ」
「まぁ私も、そんなに好きじゃないけどさ」
 ちょっと無言が続いて、
「お待たせしましたー」
 って店員さんが唐揚げの皿を持ってきた。そしてごく自然に、その鬼のような握力で唐揚げの上でレモンを握りつぶすデュラ。
「……」
「それがティ……どうした?」
 どうしたもこうしたも。それ、私も食べるやつなんだから事前に確認してくれないかな⁉ 私はレモンをかけない派なんだバカヤロー‼
 そういや以前、魔石寝台列車の乗車券を間違えてポケットに入れたまま洗濯機に放り込んだときに、粉々になった乗車券を魔法で復元させたことがあったな? まぁダメ元で……。
「『神恵グラティア』!」
 私の手のひらから、無数の光の粒がどうたらこうたら。
 すると、なんということでしょう! デュラの手の中でレモンが完全復活しました‼ でも――。
「唐揚げにかかったレモン果汁は、そのままなのか……」
 無機物に対する、この魔法の効果の基準が意味わからない……思わず頭を抱えてしまった。
「えっと? え?」
 デュラ、自分の手の平の中で完全復活したレモンと私を交互に見比べて軽く混乱してるな? まぁいいや。
「私、レモン苦手だからかける前に言って?」
「あ、ごめん」
「で、何か言いかけてたよね。何?」
 とりあえず、唐揚げは諦めよう。
「それがティア姉がクラリスに投げる試練、なのかって」
「違うよ」
 あっさり否定した私の言葉に拍子抜けて、ガクッと肘を外しちゃうデュラ。お願いだからグラスは倒さないでね?
「宿題って言ったじゃん?」
「あ、そうか」
 私は唐揚げが食えなくなった憂さ晴らしもあるけど、残りのエールを一気に喉に流し込む。
「クラリスちゃんには知ってほしい。自分がどれだけ重いものを背負っているか、クラリスちゃんの一挙手一投足の前では、どれだけ国民の命が安いのか」
「まぁ、次代の皇帝としちゃ知っておいてほしいわな」
 私は二杯目のエールを注文のついでに、やっぱり諦めきれなかったので唐揚げをもう一皿。
「レモンは付けないでくださいね」
 と念を押す。まぁ私が復活させたレモンがデュラの手の中あるから、あれは没収しとこう。
「で、ゴールはどこなんだ?」
「何の?」
「試練の」
「あぁ」
 ゴールね、ゴール。多分だけど、デュラも想像ついてるんじゃないの。
「もう一回確認するけど、私が死んでも自分に転生するってことはクラリスちゃんに教えてないんだよね」
「……あぁ、それは間違いない」
 あ、このデュラの表情。これはいわゆる、『察し』てやつだな?
「皇帝となる将来もそうだけど、皇女である今も。過分に背負った荷の重さに負けたら、そこには破滅しかない。私が、過分な魔力を背負って無様に抗って……それを克服できないでいるようにね」
「……ティア姉は、無様なんかじゃねーよ」
 ありがとう、そう言ってくれて。デュラでもそんな顔、するんだね。
「だから、クラリスに見せるのか? 重い荷を背負いきれなくて破滅する……自分の最期を」
「うん」
 ずっと決めてたんだ、これが私がクラリスちゃんに与える試練。
「幸いにして私、もうすぐ死ぬからタイミングもぴったりなんだよね」
「自分でそんな風に言うのやめろ」
 ちょっとムッとした表情で、デュラが諫めてくるんだけど。デュラあなた、先ほどの再会のときになんて言いましたっけ?
「まだ死んでなくてラッキー、みたいな」
「そんなこと、言ったか?」
「言ったよ」
 こらこら、顔を逸らすんじゃない。こっち見なさい、こっち‼


 とりあえず皇女として、ベネトナシュの王城に忍び込むとかは最終手段にしようと思う。もし捕まったら、いや捕まらないでもバレただけでも大ごとだ。
 いくら帝国の皇女とて、属国のお城に忍び込みましたなんて外聞が悪いどころか大醜聞スキャンダルもいいところ。最悪、廃嫡も有りえるかもしれない。
「となると、最終手段じゃなくて絶対にしちゃダメですね……」
 デュラのように、蝙蝠に化けて忍び込めるなんてスキルは持っていない。そもそもそれ以前に、王城に複写本があるかどうかも推測でしかないのだ。
 だがもしあると仮定するならば――帝国の皇女の権力を使って、堂々と閲覧の許可をもらう。だがティアさん曰く、『帝都のお母様にばれないように』とのことで。
 仮にベネトナシュの王陛下に口留めをお願いしたところで、母は皇帝だが私は一介の皇女にすぎない。皇女の言うとおりにして皇帝に反旗とまでは言わないけど、わざわざ皇女のほうにしたがって皇帝に反目するのは?
(ベネトナシュにとってデメリットしかない気がします)
 まぁこのままいけば次期皇帝なのだから、そこを見越してコネ作りをそそのかす?
「うーん?」
 そもそも、自分は皇太子ではあるもののその席は砂上の楼閣。現制度では、次期皇帝は必ずしも母・ディオーレの血を引く必要がないのだ。
 それに私が何をやっても口留めしても、その一挙手一投足は母なる皇帝の元に報告されるリスクは高い。今こうしている間にも帝国の、いや母が放った間者の目が光っているかもしれない。
 とまぁそんな感じで考えごとをしながら歩いていたものだから、うっかり馬車が頻繁に走る道路を左右確認もせず横切る形となってしまった。
『ヒヒーンッ‼』
 馬の大きな嘶きが聴こえて、びっくりして立ち止まったら急停止した馬車がすぐ目の前。馬車の中で、何人かが転げ落ちて壁にぶつかる音が聴こえた。
(しまった!)
 これは明らかに、自分の落ち度だ。馬車を見る限り、やんごとなき身分の方のようで……といっても自分は帝国の皇女なのだから、身分は自分のほうが上だろうけども。
「すいません、大丈夫で」
 そう言いながら駆け寄ろうとした私に、御者が振り下ろす鞭が顔面に迫る。でもSSランクハンターを舐めないでほしい、私は野生の勘でそれを素早く避けた。
「何をする!」
「そっちこそ何だ‼ こちらの馬車にどなたが乗っているのか知っているのか⁉」
 横柄なその御者は、下衆びた視線で私を見下ろす。いくら私が皇女だと知らないとはいえ、この態度はいただけない。
「確かに悪いのは私だ。だからと言って、鞭を振り下ろすことはあるまい‼」
 しかも、私が避けなかったら顔面にヒットしていた。馬を打つための鞭だ、私の顔の皮膚なぞは簡単に裂くことができるだろう。
「何ごとだ?」
 馬車の中からそう聴こえたかと思うと、扉が開く。
「あ……」
 頭を打ったのだろうか。頭をさすりながら身を乗り出したその男。私はその顔に、見覚えがあった。
「コカブ殿下?」
 ここベネトナシュ王国は現在、タリタ女王陛下の治世下にある。その第三王子、コカブの馬車だったみたいで。
 面識らしい面識はなかったが、あちらはこちらの顔を知っているかもしれない。帝国中の王侯貴族が集う場で何度か見かけた顔だった。
 だから私は、油断していたのかもしれない。ついつい気楽に馬車に歩み寄ったら、
「無礼者!」
 と御者が叫びながら降りてきて、私を無理やり地面に平伏させる。普段ならこんなヤサ男なぞ私の敵ではないのだけど、不意打ちだったものだから思わず地面に四つん這いになってしまった。
 その私の後頭部を、御者がむりやり抑え込んで私の額を地に着けさせる。なんという屈辱だろうか。
「殿下、この者が馬車の行く手を遮りまして!」
「無礼なっ!」
 私はその手を振り払い、抜刀する。思わず恐れおののく御者が、仰天して腰を抜かしてしまった。
 そして馬車の周囲にいる護衛の兵たちが次々と馬を降りて駆け寄り、抜刀して私を取り囲む。
「狼藉者だ、捕らえよ!」
 と殿下が叫ぶ。幸いにして私の剣は両刃のように見えて片方は潰してあった。なのでいわゆる峰打ちで次々と護衛兵を戦闘不能に追い込んでいき……。
「くっ、王城から応援を呼べ!」
 と殿下が叫ぶ声が聴こえた。周囲は私の強さに畏怖しきってしまい、立っているのがやっとだ。そこで私は、剣を下げて。
「コカブ殿下、私の顔を見忘れたか!」
「何⁉」
「帝都における皇帝主催の場で、何度か挨拶に参ったこともあろう?」
 こんな往来で皇女としての身分を明かすとかしたくはなかったが、かような屈辱を味わわされては黙っているわけにもいかない。
「いったい何を言っ……あ、あなた様は‼」
 慌てて馬車を飛び降りたコカブ殿下に、私は素早く駆け寄る。そしてその口を手で覆って黙らせて。
「私は忍びの身だ。ゆえにこの場は大人しく引くけれども」
 そう言って、チラと御者を見やる。
「いくら相手に過失があるとて、鞭を無条件で振り下ろすのはいかがなものだろうか?」
 殿下は涙目で、私の手で口を塞がれたまま何度も頷く。
「まったく……」
 私は殿下の口を押すようにして突き飛ばすと、その場を後にした。
 そしてしばらく、ティアさんの塔で寝泊まりしながら策を練るだけの毎日が続く。一日中考え込んでいることもあれば、ヒントを探しに街を出歩いてみるも一向に進捗は芳しくない。
 そしてある日、ティアさんに呼び出された。
 なおこれまでティアさんはほとんど塔に在宅していなかったので、デュラと二人で他人の家に住んでいるような居心地の悪さをずっと感じていて。
(今日はいるのか)
 この試練を乗り越えるための道が開けるのかもと期待したけど、でもそうじゃなかった。
「え?」
「いや、だから。クラリスちゃん、あなた……街で何をしたの?」
 ティアさんは、若干不機嫌そう? それにしても街でって、何のことだろう。
「王子と邂逅したでしょ?」
 あ、あぁアレか‼ だけど私は、大ごとにならないように対処したつもりだったんだけど……少なくとも、その場を速やかに去ったのだ。
「えっと、実はですね」
 いくらなんでも、鞭を顔に振り下ろされそうになって四つん這いにさせられ、頭を押さえつけて額を地に押し付けたのだ。馬車の進行を邪魔した落ち度はこちらにあるとはいえ皇女相手にやっていいことではない。
 だけど向こうも私を皇女と知らなかったわけだから、それ以上は追及せずにその場は治めてきたつもり。まぁ衛兵を何人か、ぶっ倒しちゃったけど。
(でも峰打ちだし、斬ってないし……)
 とりあえず私は、あの日に起こったことを包み隠さずティアさんに話した。そういやデュラはティアさんと一緒にいたので、この出来事は知らないんだっけ。
「……そう」
 すべてを話し終えて、ティアさんが無表情でボソッと呟く。
「お前なぁ……」
 デュラは苦笑いを浮かべているが、ちょっと複雑そう?
「つまり、自分から名乗ったのね?」
「え、名乗って……ことになる、のかな?」
 どうしたんだっけ。名前は言ってない、言ってないけど……身分は明かしたというか名前を明かしたも同然か。
「で、でも名乗りを上げてはいません! 確かにコカブ第三王子にだけは己の正体を知らせましたけど」
 はぁ~っ、と大きなため息のティアさんとデュラ。いったい?
「そんなの名乗ったも同然じゃん……」
「だよなぁ?」
 いや、そうかもしれないけど……それがどうしたというのだろうか。
「まずね、クラリスちゃん? そんな騒ぎを王子の前で起こしたのに、王子はクラリスちゃんに対して何もしなかった。それだけで、クラリスちゃんは王子よりも偉い人なんじゃないかって誰もが想像すると思うの」
「まぁ、それは……はい」
「そうするとね? ベネトナシュの王子より上の立場って、帝国七ヶ国の王陛下しかいないのよ」
「……」
 言われてみれば、そうかもしれない。いや、そうか。
「で、どこのお嬢さんだってことになったら。その年齢の女の子で、属国の王子より偉いのなんて、帝国の皇女しかいないわけでね」
 ……何か私はとんでもないことをしてしまったのだと、今さらながらに自覚してしまう。だが事態は、もっと深刻だった。
「ベネトナシュの王室としては、皇女に対してとんでもない無礼を街中で働いてしまった。最悪、お国がお取り潰しになるかもしれない。幸いにして皇女あなたは騒動を大きくしようとも、ベネトナシュを罰っしようともしてない。よね?」
「はい、それはもちろんです!」
 まぁあの御者には、ちょっと罰が必要だとは思うけど。
「あぁ、それなら御者にはもちろん罰がくだったよ」
 横からデュラがそう口をはさむ。私は我が意を得たりとばかりに、
「でしょう、でしょう? やたら無暗むやみに鞭を人に向けてはいけないと思うのです」
「ま、正論だけどな」
 どうしたんだろう? デュラの表情が少し曇る。そしてティアさんは、私を憐れむというか憐憫の視線を向けていて。
「当然、話はベネトナシュのタリタ女王陛下の耳に入ったのね」
「あちゃー」
「あちゃーじゃねぇよ、クラリス。黙って聞け」
「あ、はい」
 ここまで私、とんでもなく脳天気だったかもしれない。ティアさんとデュラさんが心底呆れてしまっても、しょうがないほどに。
「まず第三王子、廃嫡されました」
「……え? 今、何て」
「廃嫡されたんです。王位継承権は第五位だったから、ベネトナシュとしてはさほど痛くはないでしょうけど。今後は臣籍に下って、公爵位を賜ります」
「……」
 いや、それは厳しすぎないだろうか。私はあの御者の態度が気に食わなかっただけで、殿下に対して思うところはないのに。
「そして御者ですが」
「はい」
「昨夜未明、街の広場で公開処刑されました」
「……え?」
 今、ティアさんは……何て言ったの?
「罪状は不敬罪。ちなみにこの国では爵位がある、つまり貴族の場合は連座制が適用されるケースが多いです。かの御者は、男爵位を王室から賜っていました。よって連座制は適用、御者の妻と二人の息子と一人の娘も一緒に処刑されました」
 ……ティアさんは、いったい何を言っているのだろう?
「娘のほうは、まだ八歳でしたけどね。クラリスちゃん、満足ですか?」
「そんなわけ……っ⁉」
 そんなわけ、ない。何で? 何で何で何で?
「あの場でクラリスちゃんが口頭で収めたつもりになっていても、しょせんは口約束。云わばあの御者および殿下は、ベネトナシュを傾国に導く存在になったの」
「意味がわかりませんっ‼」
 私は思わず、バンッと両手でテーブルを叩いて立ち上がる。だけどティアさんは、無表情のままで。
「まぁ本当の意味での『爆弾』はクラリスちゃん、あなた本人でしょうね」
「え?」
「だって、特に赦免状を出したわけでもなければ公の場で許すって言ったわけでもないんでしょう?」
「それはそうですが……」
「つまりいつクラリスちゃんが、『あのときのことはやっぱ許さない』と言い出すかもしれ」
「そんなことしません‼」
 あ、ティアさんの言葉を遮っちゃった。でも本当に私は、天地神明に誓ってそんなことは絶対にしない。
「……クラリスちゃんにはそうでも、ベネトナシュの王室側としてはどう? 今後、震えて暮らすことになるのは自明の理じゃないかな。だったらいっそのことクラリスちゃんに不敬を働いた者を片っ端から罰して、敵意も反目の意思もないことを帝都の皇室に理解してもらう必要がある。王室を、国を守るってのはそういうことなんだ」
 わからない、わからないです……。
「もうこの大陸のことを一万年見守ってきたけど、最初のころなんて王族も貴族もなかったんだ。どっから出てきたんだろうね? そらから降ってきた? 地から生えてきた?」
「……」
「王侯貴族は、自分たちのことを尊い血だなんて言ってさ? そして平民と奴隷民はそれを受け入れてんの。じゃあクラリスちゃん、尊い血って何だろう?」
 私は、何も言えなかった。というより自分の中に流れる血が誰よりも尊いとか、そういう考えは持ってないのだけど。
「へぇ、ご立派。でも平民たちはそういう教育を受けてるんだよねー」
 ちょっと小馬鹿にしたような感じで、ティアさんはそう言って……テーブルの上の果物ナイフを手にする。
「クラリスちゃん、ちょっと手を貸してくれる?」
「? あ、はい」
 私は、何も考えずに手を差し出す。もしこれが戦いの場だったら、私は完全に避けることができただろう。
 だけどティアさんからは、何の敵意も感じなかったから……。
「痛っ!」
 ティアさんが、その果物ナイフで私の指先を軽く切った。指先から、赤い血液が流れだして。
 そしてティアさんが私のその指の根っこを掴んで……私の血の吹き出している指を筆替わりにして、私の顔に大きなバッテンを描く。
 何をされたかわからないでいる私……今、私は何をされたのだろう?
「ティア姉⁉」
 デュラが血相を変えて、立ち上がった。でも私はわけがわからなくて、硬直するしかできなくて。
「へぇ、それが尊い血なんだ? 見た目だけじゃわからないね」
「あの……」
 なおも惑う私にしびれを切らせたのか、デュラがいきなりティアさんの胸ぐらを掴む。
「ティア姉、いい加減にしろ! 言いすぎ、やりすぎだ‼」
「どこらへんが?」
 待って待って! 何で私のせいでこのお二人が喧嘩しなくちゃいけないんだろう、止めなくちゃ!
「デュ、デュラちょっと待って、落ち着いて!」
 私は慌ててティアさんの胸ぐらを掴んでいるデュラの手を解こうとするのだけど、この怪力……私じゃどうにもならない。
「でもクラリス!」
「今ティアさんとお話をしているのは、私なんです‼」
 そう言うと、しぶしぶだけどデュラは手を放してくれた。ティアさんはそんなことをされたのに、さっきから無表情のまんまだ。
「『神恵グラティア』」
「え?」
 ティアさんの手のひらから無数の光の粒が飛び出し、私の血の流れる指を包む。
(あ、暖かい……)
 そして切れたはずの私の指の傷は、何ごともなかったかのように完全に塞がっていた。
「あ、ありがとうございます……」
 とりあえず、そう言うことしかできなくて。
「……クラリスちゃん、ごめんね。ちょっと頭、冷やしてくる」
 私はティアさんに、何故謝られているのだろう? 指先を切ったこと?
「え、ちょっと待っ」
 しばらく呆けてたせいか、顔をあげたらもうティアさんはいなかった。デュラが申し訳なさそうに、
「ティア姉のこと、怒らないでやってくれよな。こと人間の愚行に関してはティア姉、人が変わるから」
 そう言って、ハンカチを差し出してくれる。指先の傷は塞がっているから、大きく赤いバッテンが着いた私の顔を拭けってことなんだろうな。
 でも今の私に必要なのは、ハンカチじゃないと思う。私は懐から、携帯していた手鏡を取り出して。
「人間の愚行、ですか。そうですね、そうかもしれません」
 ベネトナシュの王室のこと? それとも私のこと?
(両方だろうな)
 そして手鏡に、自分の顔を映す。そこには、大きな赤い血文字のバッテンが鼻先を中心に描かれていた。
(これがティアさんから見た、今の私にお似合いの顔なんだろう)
 そう思って手鏡を仕舞おうとして、代わりにティアさんから預かった書物のほうを落としてしまう。そして拾い上げようとした拍子に、ページがめくれて。
「……⁉」
 墨塗りが、落ちてる? いや落ちてるというレベルじゃない、どのページも最初から塗ってなかったかのような。
「デュラ、これ⁉」
 私はわけがわからず、デュラにそれを見せる。
「特定の時間が経ったら消えるインク、てのをソラが作ってたなそういや」
 でもこれって、いいのかな……私はおそるおそる、最初のページに視線を落とした。


 言いすぎたかもしれない。やりすぎたかもしれない。
(私、最悪だ……)
 でもクラリスちゃんは、自分はただの十八歳?の女の子だと思っていて。でも周囲はそうじゃないってこと、知っておいてほしかったんだ。
「でもやっぱ、ただのイジメだよねぇ」
 塔から平行・垂直ともに数百メートルの空中で、私は冷たく強い風に吹かれるままに漂っていた。
 クラリスちゃんに渡したアレ、多分明日ぐらいに墨が落ちる。
(それはそれでショック受けるだろうし、やっぱやりすぎだ)
 うん、ここは素直に謝ろう……と思ってたら、いつの間にか私の周囲に数匹の蝙蝠。てかデュラの眷属だな?
「何?」
『キィキィ‼』
『チチチチッ‼』
 いくら一万年生きてるからって、蝙蝠語はわかりませんがな。わからないけれど、デュラが呼んでるってのはわかったから。
「戻るか」
 デュラ、めっちゃ怒ってたなぁ。
(戻ったら、ぶっ飛ばされるのかしらん?)
 まぁクラリスちゃんに投げかける試練は、まだ本番じゃない。ここで拗れてもなんだから、デュラがそうしたいなら大人しく殴られてやるか……そう思って。
「帰ったよ」
「あ、ティア姉……」
 戻って即、怒鳴られるのを覚悟してたんだけど……デュラのこの表情は何だ?
「デュラ、クラリスちゃんは?」
「……タイミング、狙ったんじゃないのか?」
 何の話だろう。
「墨塗り、全部落ちてたんだが」
「‼」
 ちょっと待って、待って。ソラが言うにはあのインク、何日持つって言ってたっけ⁉
(くっそう、私ポンコツすぎる……)
 って後悔しても後の祭り。覆水は盆に返らない。
「中……読んだの? クラリスちゃん」
「あぁ」
 しまった、これは予想外の展開だ。
「それで、クラリスちゃんは今どこに?」
 私の声、ちょっと震えてるかもしれない。確かに私は人間が嫌いだけど、誰もかれもが嫌いというわけじゃない。
 現に、オズワルドさんやアンさん……まぁオーティムさんとかアトラスとか? 普通に接していた(つもりだった)し。でもクラリスちゃんには、ちょっと態度が厳しかったかもしれないな?
 デュラは無言で窓際まで歩み寄ると、窓の外というか下を指さした。私も窓際に寄って、下を覗き込む。
(クラリスちゃん……)
 塔の外、一階玄関口のすぐそばの木の根元で。クラリスちゃんが木の幹を強く抱きしめながら……ワァワァと声をあげて、幼い女の子のように泣いていた。
「ティア姉が話してくれた、指を切り落とされて城を追放されたメイドなんだけど」
「うん?」
「クラリスが今も慕っている侍女の……お母さんだったらしい」
「⁉」
「だけどその侍女さんは一度たりとも恨みがましいことを言ったことはなくて、クラリスを実の妹のように可愛がってくれてたんだと」
 私は、俄に言葉を失ってしまう。懲罰解雇された人員の親族が、クラリスちゃんの周囲にいる可能性を失していたかもしれない。
「それだけじゃねぇ。クラリスが嫌いな食材を使った料理を出したシェフ、これも幼いクラリスの一言で城を追放されて……かの書物には、その後は料理人の道を絶たれたとあった」
 それは私も読んだ。皇女の不興を買って追放された料理人なんて、どこも雇いはしないし店を開いたところで誰も来ないだろう。
「ただクラリスは、そのシェフがそういう理由で城を追放されたことは知らなかったみたいで。しかもさ?」
「うん」
「今はその食材、大好きなんだと」
「……そう」
 しばらくの間、私もデュラも無言で。クラリスちゃんの師匠、姉代わりのデュラから怒られるかと思ってたらそれもなくて。
「ちょっと行ってくるよ、デュラ」
「ティア姉、私も行くよ」
 デュラと二人、窓からテイクオフして。木の幹を抱いて、泣いているクラリスちゃんの背後に着地。
「クラリスちゃん……ごめんね?」
 何て言っていいかわからなくて、とりあえず謝るのだけど。私の声にビクッと背中を震わせたクラリスちゃん、瞬時に泣き止む。
(でも、こっち見てくれないな)
 ずっと、木の幹を抱いたまんまで背を向けてて。どうしよ?とか思ってたら、バッとクラリスちゃんが振り返ったんだ。
「ティアさん、教えてくださってありがとうございます!」
「あ、うん……」
 そう言ってクラリスちゃん、深々と頭を下げるんだけど私は何も言えなくて。
「すいません、泣いてしまって。ですのでそれは気にせずに、『当初の予定どおり』にご指導ご鞭撻のほどをお願いしてもいいですか?」
「……クラリスちゃんは、次期の皇帝なんだよ。そう簡単に、自分の上に人を置いちゃだめだ」
 私はそう諭すのだけど、クラリスちゃんは笑って。
「それ、デュラにも言われました。ですけど失敗したならそれを正し、諭してくれる声には謙虚に耳を傾ける。私はまだまだ未熟者ですから、次期皇帝としてその姿勢は忘れたくないんです」
「そっか……」
 うん、何だか楽しみになってきたよ。クラリスちゃんの治世下の帝国が、どう育っていくのかを。
(でも、私はそれを見届けられないかもしれない)
 前世の尾先ゆらのような寄り道転生があったように、今代の私の次が必ずしもティアとは限らないのだ。下手すると、次代のティアは天寿を全うしたクラリスちゃんと入れ替わりになるかもしれない。
 クラリスちゃんの子か孫の代まで、こっちの世界に戻ってこれないかもしれないのだ。
(もしそうなったら、イヤだな)
 これまで考えたことがなかったけど、次もティアだったらいいなって初めて思った。


「クラリスちゃんは、今おいくつ?」
「えっと、十八歳になりました」
 ティアさんの塔で、お茶をいただく私とデュラ。泣きすぎたせいか、目が腫れてる気がする。
「そっか……十八の女の子がさ?」
「はい」
「その両肩に背負ってるものは、とてつもなく大きい。それは自覚しているというか、今回のことでさらに思いを強くしたと思うんだ」
 はい……私のその返事は、ちゃんと口から出ただろうか。
「クラリスちゃんの一挙手一投足で、大勢の人が動く。そしてその一方で、一人の命が簡単に消える。今は帝国は平和だからいいけど、もし戦争になったら」
「戦争、ですか」
 ティアさんには申し訳ないけど、ちょっとピンとこない。今この大陸は、帝国の統治下にあるのだから。
「何考えてるかわかるよ。でもたとえばミザールの南方、アルコルが宣戦布告してきたら? その可能性はゼロじゃない」
「アルコルは小国ですけど……」
「だから、大きな国になろうとして戦争を仕かけてくるわけ。言っておくけど、クラリスちゃんのご先祖様もそうして国を大きくしたんだよ?」
 それは知ってる、知ってるつもりだけど。
「そしてたとえば一万の軍隊を向かわせるとして、一万人が全員帰還するわけじゃない。戦いで『勝つ』という前提の下で、何百人何千人死ぬかを覚悟の上で送り出すわけ」
「はい……」
「戦況によっては、『全員死ぬ』という前提で送り出すこともある。たとえば三万の敵兵を二万に減らすため、一万の兵を向かわせるとかね」
 私は絶対にそんなことはしない……とは思うけど、自信が持てない。
「何も敵は他国とは限らないんだよ? 魔獣モンスターとか、あるいは」
 ここでクラリスさんが、デュラをチラっと見て。何だろう?
「魔皇、とかね」
「魔皇、ですか」
 私が魔皇リリィディアについて教わるのは、ちょっと後の話。だからこのときは、『あくまで可能性』の話として聴いていたように思う。
「どこにどんな敵がいるかわからない。そしていざというときになったら、帝国の領民全員の命がクラリスちゃんの両肩に乗るんだ。まぁそれは今もだけどね?」
「はい、心得ています」
「クラリスちゃんの命令一つで、何万人が助かるかもしれない。死ぬかもしれない。そんな重い荷物、誰だって持ちたくはないよね。私だってそうだよ」
「はい」
「でもそれは誰かが持たなくちゃいけなくて、そして持つ者にはその分の責任を被る代わりに……絶対的な『権力ちから』が与えられるの」
 力……私のわがまま一つで、職を失ったり。普通なら『次は気を付けてね』で済む不注意でも『次』が与えられず……身体の一部を欠損させられる罰を受けたり。
 私は今さらながらに、自分の持つ影響力の大きさに多分……震えている。
「クラリスちゃんの毒見役、これまでに何人か亡くなってるそうじゃない?」
「ですね。私の命を狙おうとする不届き者がいるようです。だから私は、強くならなくちゃいけない……身も、心も」
 私がそう言った瞬間だった。
『バシャッ!』
「え?」
「おい、ティア姉‼」
 熱い……何が、ってティアさんが私にティーカップのお茶をぶっかけたんだ。
「あ、あの⁉」
「デュラ、ちょっと黙っててくれる?」
「……わかった」
 私がお茶をかけられたことで憤ったデュラが思わず立ち上がったのだけど、私をチラを見て座り直した。私は何か、間違えていたのだろうか?
「毒見役がいるなんて、誰もが知ってる。だから、毒を盛った犯人は本当にクラリスちゃんや皇族を殺せるなんて思っていないんだよ」
「言ってることがよく? だったら何故毒を盛るのでしょうか?」
 そんなの毒見役がただ死ぬだけで、目的が果たせないのではと考えて……。
「‼」
 私は思わず、立ち上がった。今私は、何を考えた?
(毒見役がただ死ぬだけ、って……)
 思わず膝から崩れ落ちる。それって、まるで悪魔のような思考ではないだろうか。
「わっ、わわ、私は……」
 震えが止まらない。私は毒見役の命を何だと思っていたのか‼
「……気づいたみたいね。まぁそれは当然だけど、もう一つ肝心なこと」
「え?」
「毒見役が死ぬってことは、クラリスちゃんの口に入れるのは失敗したけど料理に毒を盛ることは成功したってことになるよね?」
「それは……はい」
「つまり、いつでもお前の命を狙っている、ここまでできるんだぞというデモンストレーション、アピールなわけ」
 それは、考えたこともなかった。ただ、暗殺されるのを防いだぐらいにしか……思ってなかったかもしれない。
(つくづく、私の浅慮ぶりがイヤになるな……)
「とりあえず、椅子に座りなさいクラリスちゃん。まだトドメは刺してないから」
「あ、はい」
 トドメって……。とりあえず私は、椅子に座り直す。
「つまり毒を盛った奴はね? 毒見役を殺すために毒を盛るわけ」
 そういうことに、なるんだろうな……本当に、想像すらしたことなくて。そして、
「言っておくけど……」
 ティアさん、ちょっと言い淀む。何だろう、ティアさん言うところの『トドメ』なんだろうか?
「……言っておくけど、毒見役の人はいつか毒を食らって死ぬという前提でその役を引き受けてる。つまり、『皇女の代わりに死ね』という命令を受けてるのよね」
「嘘だ……」
 信じられない、信じたくない。もしそれが本当だとしたら、誰がその命令を下しているのだろうか。
「嘘だと思いたい? じゃあ思ってなよ。ただ帝国の皇太子の命の前では、国民の命なんてすごく安いの」
 ティアさんの視線が、冷たい。まるで汚物でも見るような、侮蔑の表情で。
「自分の肩の荷物が重いからって、『それは嘘だ』って言って楽になろうとしないで。もし抱えきれないなら、床に置いて皇太子の座を放棄して? 帝国のためを思うならさ」
「ティア姉、あのさぁ」
「何?」
「……いや、もうちょっと表現つーか」


 表現て言われましても。私の口が悪いのは、生まれつきだ。
「これまで、クラリスちゃんを守るために何人死んだか言える? 言えたとして、全員の名前を言えるのかな?」
「それは……」
「クラリスちゃんの命は、大事な一つの命だよね。それと同じように、為政者としてクラリスちゃんのために……そして国のために死んでいった人たちを『数字』として見ちゃいけない」
 まずいな、舌がうまくまわらなくなってきた。これは多分、きっと――急がないと。
「一人一人、一つ一つは本当はクラリスちゃんたち……権力ちからを持つ人らが守らないといけない命なんだよ」
「はい……はい!」
 さっきから、身体がじんじん熱い。これは何度も何度も経験してきたからわかる、私の……命の炎が消える前触れ。
 私はクラリスちゃんにお茶をぶっかけちゃったから、これで拭くようにとハンカチを手渡す。うーん……感情のままにやったこととはいえ、ちょっと粗暴な振る舞いだったかな。
 とか思ってたら不意に、私の身体がビクッと震えた。
「……あ」
「ティア姉、まさか⁉」
 さすがデュラだね、気づいたか。てか誰もが気づくだろうな、クラリスちゃんもびっくりしてるから。
「あの、ティアさん⁉ ものすごい量の魔力がティアさんからあふれ出しているというか……‼」
「知ってるでしょ、私の体質。妖精一体じゃとても使いきれない、制御しきれないほどの魔力が無尽蔵に身体の中心から湧き出てくるの。その過ぎた『重い荷物』を背負いきれなくなって、それでも背負い続けたらどうなるか。それを見せてあげるよ」
 私はそう言って、立ち上がった。
「クラリスちゃん、おいで」
 そして扉に向かうのだけど、クラリスちゃんしか来ないな?
「デュラは見ないの?」
「見て気持ちいいもんじゃないから」
 まぁね。私もデュラには見られたくないし、ちょうどよかった。
(うぅ、眩暈めまいがする……)
 私はふと、よろけてしまう。
「大丈夫ですか⁉」
 瞬間的にクラリスちゃんが私の身体をガシッと掴んで、倒れるのを防いでくれたのだけど。
「あ、熱い⁉」
 そう言うが否や、すぐに手を放してしまった。いやいや、倒れちゃうでしょうが。
(今、私の体温……百℃近いかも)
 急がないと。私は小走りに、塔内のらせん階段を駆け下りる。
(とりあえず、私が死んだらリリィの復活はできなくなる……問題は、次の転生までにどれくらいあるか)
 復活するのがリリィなのか、魔皇リリィディアなのかは神の味噌汁……じゃなくて、神のみぞ知る。というかリリィは神なんだっけ。
「つまり、神も知らないと」
「え?」
「あ、ううん。何でもない」
 うーん、私の悪癖は健在だな。クラリスちゃん、来世でチクピンやらせてあげるね?
「ここらへんでいいかな」
 塔の外に出て、海の見える崖の近く。ここなら誰にも迷惑をかけず……最期を迎えることができるだろう。
「クラリスちゃん、少し離れてて?」
「あ、はい」
 これから何が起こるのか、わかってるのかな? キョトンとしてすぐに距離を空けるクラリスちゃんだけど……あ、その表情は。
(やっぱわかってるわけか)
「あ、危ないからもうちょっとだけ離れ」
 そこまで言いかけたときだった。
(来たっ‼)
 私の身体の中心から、とんでもない量の魔力が瞬時にして溢れでてくる。私は最後の力を振り絞って、
「『天使の牢獄カルチェレ‼』」
 私を中心として弧を描くように、封印の魔法陣を形成する。そして次の瞬間……私の身体はまるでバーナーから放出される炎のように、膨大な魔力の渦を放出し始めた。
 そしてそれが魔法陣に遮られて、はるか上方の空中へと延びる。さながらアレ、前世でよく見た『マンション建設予定』のチラシに描いてあるような光の柱。
 ってもちろん、そんなボケかます余裕なんて全然なくてね?
「いぎゃあああああああああっ‼」
「痛い痛い痛い痛い痛いっ⁉」
「熱い‼ 熱い熱い‼ だっ、誰か、誰か助け……っ‼」
「やだやだやだやだ、死にたくない‼ 死にたくないよーっ‼」
 私は断末魔の悲鳴を上げ続けながら、無限に分裂し続ける魔力の渦の中で燃え続けた。
 今クラリスちゃんは何を思って、爆発していく私を眺めているのだろうか。残念ながら目なんてとっくに焼けちゃって、もう見ることは叶わない。
 私の身体を触媒にしているとは云えど、それはなかなか燃え尽きることはなくて。
「クッ、クラリスちゃん助け……」
 残念ながらここで私の意識は途切れて、そして――。
 白い、白い、真っ白な世界。右も左も、上も下も前も後ろも真っ白だ。
 ただただひたすら続く虚無な空間。その空間に浮かぶは、生まれたままの姿の私。
 肩にちょうど付くぐらいの長さの、ゆるくウェーブのかかったプラチナブロンド。シンプルな白い一枚羽の髪飾り。
 十代半ばにも達していなさそうな童顔に、宝石のロードナイトを彷彿とさせる緋色ピンクの瞳。背中には、蝶々のような形の赤味がかかった半透明の羽。んでもって何故か全裸だ。
 前世のティアのときと同様に、身長は一五〇センチあるかないか。そして標準サイズ程度には胸があるとはいえ、どう見てもいやちょっと待て。
(前より胸が大きくなってる?)
 まぁそれはともかく、前とは違う意味でやばい全裸を晒してぷかぷかと白い世界に浮かんでいる『事案』の私。見慣れた、始まりの妖精イニティウム・フェアリー・ティアとしての容姿。
 妖精だから出産や排泄の概念がなく、股間は物理でツルペタだ。
 過去幾度となく私はティアとして産まれて死に、たまに前々世の尾先ゆら時代のような『寄り道転生』をはさみつつ再びティアとして生々流転を繰り返してきた。
 ティアのトレードマークともいえる右目下の泣きぼくろは相変わらずで。ちんちくりんな私でも、多少は婀娜エロっぽく見える(気がする)。
 今世のティアは、何度目だろう? 途中までは数えてたが、千回を超したあたりでカウントするのをやめてしまった。めんど――もとい、不毛だから。
(……来ないな⁉)
 いつもならここでリリィがやってくるんだけど、どうしたんだろう。そう思ってたら、何やら喫茶店の前に置いてあるような据え置き型の手書き看板が見える。
 私は羽をパタパタとね、看板の前へ飛んで行ったのだけど。
『ただいま準備中♡ by リリィ』
 ……あっそう。
(多分、これが最後の転生だ)
 おそらく今世で私は、リリィとして復活するんだろう。ほかの、六人の仲間とともに。
 そして勝手知ったる真白の世界のとある方向を目指して羽ばたいてたら、いつの間にか意識を失って。
 目が覚めたらベッドの上、見慣れた天井。いや、見慣れたというとちょっと語弊があるけど。
 ここはポラリス大陸のカリスト帝国――を構成する七つの国のうち、最東端に位置するベネトナシュ王国。そのベネトナシュの首都・エータの郊外にある『揺光の塔』の最上階、私の部屋なのはご存じのとおり。
「うーん、この」
 ほぼ真円に近い間取りで、タンスやら机やらが壁際にポツンとあるだけの殺風景な部屋。階下にキッチンと風呂トイレがあるが、妖精の自分には必要がなくて。あくまで来客用だ。
(毎度のことながら、どのタイミングで服着てるんだろ?)
 妖精だからといって、前々世で見かけたファンタジーアニメや漫画で見るようなおめでたい衣装ではない(持ってはいるけどね)。純白で膝までのシンプルなオフショルダーの半そでワンピース、ウエスト部分には革製の前側で紐で絞めるタイプのコルセットベルト。
 このベルトがバストを押し上げる形になっているので、私の貧しい胸は嘘くさい盛り上がり(中の上)を見せている。
「とりあえずブラ、買いに行くか……」
 何故か胸がサイズアップしている嬉しい誤算を胸に、私は財布を握りしめて窓を開ける。
(今度は長生きできるといいな)
 そんなことを思いながら、私は大空へと羽ばたいていったのでした。【完】


-----
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
そして物語は「魔皇リリィディアと塔の賢者たち」へと続いていきます。
というかこっちの方が本編で、最初に自分の頭にあった物語なのです。
このティアの話は、云わばスピンオフなんですね。
引き続きお読みいただければ幸いです。

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