すまいる☆不動さん

文月みつか

文字の大きさ
1 / 5

第1話 さまよえる魂

しおりを挟む
 ここは一体どこなんだろう?

 なんとなく歩き続けて来ちゃったけど、見覚えのない景色が続いている。空も薄暗くなってきたし、早く知っている道に戻りたい。スマホで地図を検索したいところだったけど、あいにく私は手ぶらだった。周囲に人気はなく、道を尋ねることもできない。そういえば、住宅やお店はたくさん建っているのに、ここまで誰ともすれ違っていない。少し気味が悪いな。

 そのとき、ちょうどすぐそこのお店の看板に明かりがポンっと灯った。えーと、すまいる☆不動産? はんこ屋とクリーニング屋に挟まれた、小さな店。不動産屋なら道に詳しいかもしれない。ちょっと聞いてみよう。

「ごめんくださぁい」

 ガラガラと引き戸を開けると、薄暗い店内の奥には机が一つあり、人が座っていた。よかった、ようやく人に会えた。

「いらっしゃいませ」

 よく通る、お腹の底に響くような太くて低い声がした。

「すみません、ちょっと道をお聞きしたいんですが」
「お待ちしていました。どうぞおかけください」
「いや、あのう、客じゃないんです。ごめんなさい」
「まあ、そう言わずに。こちらへ」

 手招きされ、仕方なく机の前の丸椅子に腰かける。

「住吉様、本日はようこそいらっしゃいました。どのようなお住まいがご希望でしょう?」
「ですから、私は……」

 改めて訂正しようと顔を上げ、ぎょっとした。

 男はずいぶんといかつい顔をしていた。太い眉、団子鼻、大きな四角いあご、そして何より、威圧感のある険しい眼。
 怖い! 怖いよ!! でもなんか、どっかで見たことあるような気がする。

「申し遅れました。わたくし、不動と申します。今回、住吉様の住まい探しの担当をさせていただきます」
「はぁ、不動さん……」

 あー、あれだ。不動明王像だ、この顔。

「……あれ、私、名乗りましたっけ?」
「いいえ。しかし住吉様がいらっしゃることはわかっていました」
「……なんですと!?」

 うすうす感じてはいたけれど、どうやら私は世にも奇妙な世界に引きずり込まれてしまったようだ。

「どうしよう、怖い」
「ご安心ください。わたくしが、住吉様にぴったりの家を見つけて差し上げます」

  不動さんはずいっと前のめりになって言った。その迫りくる顔がどうしようもなく怖いんだけど!

「ま、待ってください。私、別に引っ越す予定とかないんです」
「ええ、予定外の出来事だったことは承知しています。まだお若いですし、やり残したこともたくさんあったことでしょう」
「あのう、何を言っているんですか?」
「おや、記憶の混濁こんだくが見られる」

 不動さんは机の上にあった分厚いファイルをぱらぱらとめくって書類を出した。

「住吉かなで様。あなたは先日、不慮の事故でお亡くなりになりました。享年20。あなたの魂は未練を残しているため成仏できず、現世うつしよ隠世かくりよのあいだをさ迷い歩いているのです」
「お、おう、そうですか」

 全然飲みこめん。

「そうしたさまよえる魂へ新たな行き場を提供するのがわたくしの仕事でございます」
「なるほど。」
 
 わからん。
 わからんが、私なりに解釈してみよう。

「えー、つまり、これから私は何かしらのチートな能力を授けてもらって、異世界で前世の記憶を持ったまま転生するわけですね。そっかぁ、どうしようなぁ。やっぱり全属性適正ありは外せないかな。それから、空間収納と、魔法創造も当たり前のようにつけてもらって……」
「はて、うちではそのようなサービスはいっさい実施しておりませんが」
「ないのかよ。がっかりだよ。少しくらい夢見させてよ」
「申し訳ございません」

 普通に謝られてしまった。冗談は通じないけど、顔に似合わずいい人かもしれない。

「ところで私、どうして死んじゃったの? やっぱり、トラックにはねられたのかな? それとも、通り魔に刺されたとか?」
「どちらでもありません」

 不動さんは書類を見る。

「大学のサークルの忘年会で羽目を外して急性アルコール中毒になり、ふらついて机の角に頭をぶつけたようです。打ち所が悪く、そのまま帰らぬ人となりました」
「なにそれ、かっこわる」

 全然思い出せないけど、考えたら側頭部がズキンと痛んだから、信憑性がなくはない。

「誠に、お気の毒です」

 不動さんは眉間にしわを寄せた。声のトーンからしておそらく同情してくれているのだと思うんだけれど、ベースがいかついからめちゃくちゃ怖い。

「つきましては、住吉様の現世への未練が払拭されるまでの、仮の住まいを提案させていただきたいと思っております」
「仮の住まい?」
「はい。ふらりふらりとさまよい歩き続けるのも悪くはありませんが、やはり身元しっかりしている霊のほうが、格が上がります」
「はあ、そういうもんですか」
「そういうものです。あと、ずっとさまよっているとだんだん目的意識が薄れて霧散します」
「霧散って?」
「魂が散り散りになり、自他の境界があいまいになって自我がなくなります」
「めっちゃ怖いんですけど」
「痛みや恐怖を伴うものではありませんが、今世の心残りは今世のうちに消化したほうがすっきりできておすすめです」

 その日の汚れはその日のうちに、みたいな気軽さで不動さんは言う。

「よくわからないけど、わかりました。もう少しこの世を楽しんでもいいってことですね」
「そうです。住吉様のご希望をおっしゃってください。わたくしがここぞという場所をご紹介します」
「うーん、そうだなぁ……私がもともと住んでたアパートじゃ、ダメなのかな。なんか呪縛霊みたいになっちゃうけど」
「だめではありませんが、住吉様の荷物はすでに引き払われてしまったようです」
「えーっ、もう!?」
「現世とこちらとでは、時間の感覚に差があるのです。住吉様がふらふらとさまよい歩くうちに、向こうではすでに49日が経過しています」
「マジすか……」
「すでに次の住人が入居することも決まっているようですが、いかがなさいますか?」
「うーん……」

 さすがに赤の他人と同じ場所に住むのは気が引けるなぁ。

「やめとく。でもあそこがダメってなると、もう行き場がないかも」
「ご実家のほうはいかがでございましょう?」
「うーん、赤の他人よりはマシだけど。うち、母子家庭だったんだよね。母親が付き合ってる男の人がいるのは知っててさ。私が大学入って一人暮らし始めてから、やっと気兼ねなくその人と会えるようになったみたいで。そこに戻るのはちょっと……」
「なるほど、気まずいですか」

 と言いながら、不動さんは立ち上がる。

「行ってみましょう」
「えっ、話聞いてました?」
「実際に行ってその目で確かめたほうがわかることもあります」

 不動さんは机のわきに立てかけられた布でぐるぐる巻きの棒を手に取った。太めの杖かなと思ったら、布をほどいて出てきたのは立派な剣だった。

「ああっ、何!? 切られるの!?」
「滅相もない。これはこうして使うのです」

 不動さんは店の床の何もないところに剣を突き立てた。そして、すらすらと魔法陣のようなものを描いた。その真ん中に立ち、「さあ、こちらへ」と促す。私はもうどうにでもなれという気持ちで、おっかなびっくり不動さんのテリトリーに入った。

「少し、揺れますよ」

 魔法陣が光る。まぶしくて、ぎゅっと目をつぶった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

処理中です...