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第7話 鬼の巣窟

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 大鬼について御殿の中を歩いていくと、広い座敷に通された。そこでは、赤だの青だの大勢の鬼たちが、歌ったり踊ったり酒を飲んだりしていた。しかもよく見れば、さらわれたはずの村人たちも交じって浮かれ騒いでいる。

「これは一体、どういう……」

 桃太郎は言いかけたが、どうせ門番の大鬼は答えてくれない。

「おお、やっと次の候補が来たか。こちらへ」

 座敷の奥に座っているひときわ大きな黒鬼が、桃太郎たちを手招きした。

 なんだかよくわからなかったが、黒鬼の正面におあつらえ向きの座布団が敷いてあったので、桃太郎はそこに正座した。桃太郎と黒鬼のあいだには何故か大きな石臼がおいてあった。イヌ、サル、キジは桃太郎の一歩後ろに身構えた。

「名は何という?」

「はあ、桃太郎といいます」

「年は?」

「十五です」

「血液型は?」

「……わかりません」

「趣味か特技は?」

「えーと、腕力はふつうの人よりあると思います」

「ほう。では、好きな女性のタイプは?」

「………」

「わっはっは、いやすまん、冗談だ」

 黒鬼は豪快に笑うと、当然のようにおいてある石臼を指差した。

「持ち上げてみよ」

 桃太郎は不思議に思ったが、言われたとおり石臼に手をかけた。
 石臼は軽々と持ち上がった。

「こんなことさせて、どういうつもりなんですか?」

 しかし、困惑しきった桃太郎をさしおいて、黒鬼は雷に打たれたように飛び上がり、大声で叫んだ。

「見つけたぞ! とうとう見つけたぞ!」

 わけもわからず立ち尽くす桃太郎のまわりで、鬼たちが次々に歓喜の雄叫びを上げる。キジは驚いて飛び上がった。

「おどかしてすまんな。まあ座れ、息子よ」

「息子って、また冗談ですか。鬼というのは、うわさに聞くよりも親しみやすい生き物なんですね」

「その通り。だから人間とも仲良くなれるし、ときには過ちもおかす。わしもこれで、昔はけっこうモテたからな。お花はかわいい娘だったが、頑固者だった。まさかこんな立派な息子を産んでおったとは。まあそれもだいぶ体には負担だったらしく、自分の手では育てられなかったという話だが」

「はあ、お花さん……昔の想い人でしょうか?」

 桃太郎は黒鬼の話がうまく飲みこめず困惑する。

「ああ、山中の桃農家の奉公人でな。その年はびっくりするほど豊作で大きな桃がたくさんとれたんだそうだ。そのうちのひとつをくりぬいて赤ん坊をのせ、川に流した。これほど立派な桃なら誰かが気づいて拾ってくれるだろうと踏んでな。まったく、そんなことするくらいなら始めからわしに預ければよかったのだ」

「いやいや、旦那」

 キジが口を挟んだ。思いのほかノリの軽い黒鬼に気を許したようだ。

「わかってないなあ。こんなところに息子を連れて行かれちゃ、なかなか会いにこられないじゃないすか。でも山を下って様子を見に来るくらいなら、体がよくなればできるっしょ?」

「おお、なるほど」

 黒鬼はポンと手を打った。

「わしはそんなことにも気づかなかった。とにかく、そのお花が先ごろ手紙をよこしてな。もう自分は長くないから、息子のことをよろしくたのむといってきた。急いで部下を連れお花のもとに向かったが、もう手遅れだった。なにせ、あの山から文を送るとなると3週間はかかるからな。結局、息子の名前もどこに住んでいるのかも聞けずじまいだ」

「それで息子を探すためにあちこちの人里を襲ったというわけか。あまり感心できる話じゃないな」

 イヌが小さく首を振る。

「襲うとは人聞きの悪い! わしらが訪ねていくと、人間のほうが勝手に金品を差し出してくるのだ。受けとらぬのも失礼だろう」

「じゃあ聞くが、産まれたのが息子とわかっていて村の娘たちまでさらっていったのはどういうわけだ」

「お花の面影がある若者を連れてくるよう言ったら、部下どもが勘違いしたのだ。まあ、わざとじゃないと言い切る自信はわしにはないが。それに、こうして歓迎しているのだから問題あるまい」

 イヌは渋い顔をして、にこやかにお酌をしてまわっている娘を見た。よく見ると頭部に2本の角が生えている。酒をついでもらった若者が赤ら顔で礼を言うと、隣に座っていた娘がこっちもちょうだいと杯を差し出す。

「で、最終的にその重そうな石臼を持ち上げられるかどうかで見極めるわけだ」

 サルが石臼の上にぴょんと飛び乗った。

「そうだ。これはとくべつ重たくつくられていて、ふつうの人間にはまず持ち上げられん。鬼でも持ち運びには苦労するほどだ。たまに力自慢のやつが宴会の席で担いだりはするが、そこの桃太郎がさっきやって見せたのはまさに人間業ではなかった」

「じゃああんたは、桃太郎が自分の息子で間違いないって思うんだな」

「いかにも」

 するとサルはトンと桃太郎の肩をたたいた。

「これがあんたの探してた自分だってよ」

「そ、そんなのありえないですよ」

 桃太郎はうろたえた。

「だってこの方は鬼で、僕は人間ですよ?」

「鬼は人間に化けるのが得意なのだ」

 黒鬼はサッと顔の前で手を振った。すると鬼が消え、中年の伊達男が姿を現した。

「遠路はるばるよく来たな息子よ。お花の遺言どおり、お前をわしのそばにおいてやろう」

「嫌です! 僕は人間です!」

 桃太郎はドンッと拳を石臼に打ちつけたが、砕けたのは臼のほうだった。慌てて右手を後ろに隠す。

「僕はおじいさんとおばあさんの息子で、人より少しだけ力持ちな桃太郎です!」

 黒鬼はあごをかいた。

「うーん、やっぱそうだよね」

 あっさり返され、桃太郎はたたらを踏んだ。

「どうしたって無理があるよ、15年後に初めて会っていきなり親子になるのは」

 やれやれと中年男は首を振り、パッと黒鬼の姿に戻った。

「よかろう、お前にはわしの宝の一部を分け与え、村まで返す。お花の望みは、息子が幸せに生きられるようにというものだった。お前が嫌だというのなら仕方ない、わしがしてやれるのはこのくらいだ」

 黒鬼はパンパンと手を叩いた。

「おい、持ってこい」

 すると、奥のふすまが左右にすとんと開き、百両箱だの米俵だの高価な織物だのの山が現れた。

「うわ、こんな宝の山初めて見ました……」

「こんなものはほんの一部にすぎん。金品を盗られたとむくれている村の連中にも分けてやるといいだろう」

「え、持っていっていいんですか?」

「当然だ、せめてもの償いだからな。必要ならもっとやるぞ。だが、まずは」

 黒鬼は近くでお酌していた娘をひとり呼んだ。

「ちょっとばかりわしの酒宴に付き合ってくれ。15年も離れていたんだからな」

 そう言って杯をすすめる。

「いや、僕お酒は飲んだことないので……」

「大丈夫、そっちのとっくりの中身はジュースだ。お花への弔いだと思って、頼む」

 では、と受けとると、娘がそこに透明な液体をなみなみと注いだ。

「親子の再会を祝して、乾杯!」

 黒鬼が高々と杯を掲げる。

「か、乾杯」

 あちこちで陽気な「乾杯!」がこだました。
 桃太郎は一気に杯を傾ける。

「さあ、そこの君たちもいっしょに食べてくれ。今夜は無礼講だ!」

 黒鬼に言われて、イヌ、サル、キジは大いに喜んだ。
 あたりは一瞬にして、桃太郎たちが来る前の何百倍も騒がしくなった。

「こんなに美味い酒は久しぶりだ。いやあ愉快、愉快! なあ桃太郎よ」

 しかし黒鬼が振り返ると、桃太郎はすでに酔いつぶれていた。

「なんと、こいつ本当にわしの息子か?」

 石臼に寄りかかりながら、小さく何かつぶやいている。

「……だから、僕は桃太郎ですってば」

「ありゃあ、なんも成長してないな。オイラが最初に会ったときも、まんまと騙されてたっけ。しかも、こんなに酒に弱かったとはね!」

 サルに弱点を握られてしまったとはつゆ知らず、桃太郎はこっくりこっくりと舟を漕ぎ出した。
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