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プロローグ 高槻紫音とアオの過去
冬を失くした
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「お誕生日おめでとう、アオ。」
「ありがとう、紫音。」
うっかり冬に咲いてしまった蒲公英みたいだ。
そして、それを踏み潰したのは間違いなく自分だ。
◇◇◇
アオと紫音が初めて出会ったのは、彼らが16歳になった冬の日、誰もいない放課後の図書室だった。
机に齧り付くように勉強をしている。分厚い参考書のページが暖房の風で時折僅かに浮かび上がっていた。落ちる前髪の色にも、それを耳にかける仕草にも紫音は目が離せなかった。目の先の彼はフッと小さな息をつくと、透き通った細い指先は参考書のページを捲った。
「おまえ一年生?」
気づいた時には唇が言葉を紡いでいた。正直、「おまえ」って不遜な言い方だよなと自身で言っておきながらも感じてしまっていたが、紫音はわざと露悪的に振る舞った。
ぱっと顔をあげた薄藍と目が合う。しかし、それも一瞬で彼はきょろきょろと周りを見渡した。
「ここ、俺とおまえしかいないんだけど。」
紫音はわざと大きなため息をついて言った。
「あ・・・・うん。」
小さく応えた彼の声が意外にもハスキーなことにも紫音の心はくすぐられた。
そんな動揺を隠すようにずかずかと彼のいる机と向かう。それから隣の椅子をやや乱雑に引っ張って紫音は彼のすぐ側に座った。
「ふーん。英語、苦手なの?」
無遠慮に彼の参考書を覗いて訊ねる。
「苦手ってこともないけど、この前休んじゃったからその分取り返そうと思って・・・・」
彼は俯いて言った。
「へぇ、真面目なもんだな。」
「別に・・・・ただ、みんなより勉強の効率が悪いだけだよ。」
小さな声で呟く彼を紫音はまじまじと見つめた。
雪のように白い肌と色素の薄い髪のせいか、唇や爪が一際ピンク色に染まって見える。おまけに瞳の色は薄藍色。ハーフなのだろうか。身体は陽に当たったら溶けてなくなってしまいそうなほど華奢であった。極め付けは彼から漂う匂い。香水のように飾ったものではなく、彼とともにあるような金木犀に似た香り。
「おまえ、オメガか?」
「なっ・・・・」
彼が驚くのも無理はない。第二の性を公に聞くようなことは顰蹙を買う行為であり、オメガへの差別を助長するものだとみなされている。特にこの学校へと通う生徒はこぞって良家の子どもばかりである。きちんとバース教育を受けている。もちろん紫音もそのうちの一人なのだが。彼もきっと箱入りなのだろう、と紫音は決めつけた。
「なんか甘ったるい匂いするし。それ香水じゃないだろう?オメガは運動も勉強もアルファやベータに比べて劣ってるって言われてるもんな。」
紫音は何故だか分からないが、制御できないままに、彼に嫌われるような言葉ばかりを選んでは嫌な笑みまで作って言い放った。
彼は泣き出すだろうか?それとも怒るだろうか?
結果はどちらでもなかった。
彼は広げていた参考書や筆記用具を手早く片付けて立ち上がった。
それからにっこりと紫音へ微笑んだ。
「きみ、偏ってるんだね。」
最後に一言だけ発すると、足音ひとつ立てずに図書室から出ていった。
彼が浮かべた能面のような笑顔と一切の感情を映さない薄藍の瞳が、紫音の脳裏に深く焼き付いた。
◇◇◇
「毎日来てるんだな。」
遠くの方で運動部の掛け声が聞こえる、誰もいない放課後の図書室。
紫音が彼のいる図書室へと通い始めて5日目。初日の出来事からか、話しかけても全て無視される。そのくらいのことを紫音はしたのだから無理もない。けれども、嫌がらせのように彼の隣に座り続けた。
彼は相変わらず勉強をしている。今日は数学か。昨日は物理だった。一昨日は日本史。
紫音は隣で楽譜をさらっていく。
『ショパン:エチュード第2番イ短調Op.10-2』、紫音はこの練習曲が好きだった。音の少ない中で生まれる、瞬間の華やかさを彼は特に気に入っている。
「それ、何?」
もう一度聞きたいと思っていた声が紫音の右隣りからした。
見遣ると薄藍と目が合う。
「ショパン」
紫音は彼の瞳を見つめたまま応える。素っ気なく聞こえてしまっただろうか。
「きみ。ピアニスト、なんでしょ?」
「ああ。知っていたのか。」
「うん。おまけに嫌なやつだってことも。」
彼はフッと笑って言った。
「あの時はどうかしていた。ごめん。」
ぽろりと謝罪の言葉が漏れ出た。
再び薄藍と目が合う。凪いだ湖のような綺麗な色。
彼は驚いている様子だ。
「いいよ。もう、気にしてない。」
「そっか。・・・・あのさ、名前」
「えっ・・・・?」
「おまえの!名前!」
ああ、また不遜な態度を取ってしまった。
「アオ。アオだよ。」
なのに彼は、聞いておきながら自身は名乗りもしない不遜な男に教えてくれた。
「アオ。おまえの目の色と同じなんだな。」
「・・・・うん」
何故だかアオは、寂しそうな表情を一瞬浮かべて肯いた。
「俺は高槻紫音だ。」
「紫音」
言葉を覚える幼子のようにアオは繰り返した。
「ああ、紫に音だ。」
「紫音もおんなじだね。」
そして微笑んだ。あの時の貼り付けたような笑顔ではなかった。
「何が?」
「色が入ってる。僕は青色、紫音は紫色。」
◇◇◇
外は凍えるような寒い冬。それはいつも灰色だ。
そこにうっかり咲いてしまった蒲公英のような彼。
それが、アオだった。
「ありがとう、紫音。」
うっかり冬に咲いてしまった蒲公英みたいだ。
そして、それを踏み潰したのは間違いなく自分だ。
◇◇◇
アオと紫音が初めて出会ったのは、彼らが16歳になった冬の日、誰もいない放課後の図書室だった。
机に齧り付くように勉強をしている。分厚い参考書のページが暖房の風で時折僅かに浮かび上がっていた。落ちる前髪の色にも、それを耳にかける仕草にも紫音は目が離せなかった。目の先の彼はフッと小さな息をつくと、透き通った細い指先は参考書のページを捲った。
「おまえ一年生?」
気づいた時には唇が言葉を紡いでいた。正直、「おまえ」って不遜な言い方だよなと自身で言っておきながらも感じてしまっていたが、紫音はわざと露悪的に振る舞った。
ぱっと顔をあげた薄藍と目が合う。しかし、それも一瞬で彼はきょろきょろと周りを見渡した。
「ここ、俺とおまえしかいないんだけど。」
紫音はわざと大きなため息をついて言った。
「あ・・・・うん。」
小さく応えた彼の声が意外にもハスキーなことにも紫音の心はくすぐられた。
そんな動揺を隠すようにずかずかと彼のいる机と向かう。それから隣の椅子をやや乱雑に引っ張って紫音は彼のすぐ側に座った。
「ふーん。英語、苦手なの?」
無遠慮に彼の参考書を覗いて訊ねる。
「苦手ってこともないけど、この前休んじゃったからその分取り返そうと思って・・・・」
彼は俯いて言った。
「へぇ、真面目なもんだな。」
「別に・・・・ただ、みんなより勉強の効率が悪いだけだよ。」
小さな声で呟く彼を紫音はまじまじと見つめた。
雪のように白い肌と色素の薄い髪のせいか、唇や爪が一際ピンク色に染まって見える。おまけに瞳の色は薄藍色。ハーフなのだろうか。身体は陽に当たったら溶けてなくなってしまいそうなほど華奢であった。極め付けは彼から漂う匂い。香水のように飾ったものではなく、彼とともにあるような金木犀に似た香り。
「おまえ、オメガか?」
「なっ・・・・」
彼が驚くのも無理はない。第二の性を公に聞くようなことは顰蹙を買う行為であり、オメガへの差別を助長するものだとみなされている。特にこの学校へと通う生徒はこぞって良家の子どもばかりである。きちんとバース教育を受けている。もちろん紫音もそのうちの一人なのだが。彼もきっと箱入りなのだろう、と紫音は決めつけた。
「なんか甘ったるい匂いするし。それ香水じゃないだろう?オメガは運動も勉強もアルファやベータに比べて劣ってるって言われてるもんな。」
紫音は何故だか分からないが、制御できないままに、彼に嫌われるような言葉ばかりを選んでは嫌な笑みまで作って言い放った。
彼は泣き出すだろうか?それとも怒るだろうか?
結果はどちらでもなかった。
彼は広げていた参考書や筆記用具を手早く片付けて立ち上がった。
それからにっこりと紫音へ微笑んだ。
「きみ、偏ってるんだね。」
最後に一言だけ発すると、足音ひとつ立てずに図書室から出ていった。
彼が浮かべた能面のような笑顔と一切の感情を映さない薄藍の瞳が、紫音の脳裏に深く焼き付いた。
◇◇◇
「毎日来てるんだな。」
遠くの方で運動部の掛け声が聞こえる、誰もいない放課後の図書室。
紫音が彼のいる図書室へと通い始めて5日目。初日の出来事からか、話しかけても全て無視される。そのくらいのことを紫音はしたのだから無理もない。けれども、嫌がらせのように彼の隣に座り続けた。
彼は相変わらず勉強をしている。今日は数学か。昨日は物理だった。一昨日は日本史。
紫音は隣で楽譜をさらっていく。
『ショパン:エチュード第2番イ短調Op.10-2』、紫音はこの練習曲が好きだった。音の少ない中で生まれる、瞬間の華やかさを彼は特に気に入っている。
「それ、何?」
もう一度聞きたいと思っていた声が紫音の右隣りからした。
見遣ると薄藍と目が合う。
「ショパン」
紫音は彼の瞳を見つめたまま応える。素っ気なく聞こえてしまっただろうか。
「きみ。ピアニスト、なんでしょ?」
「ああ。知っていたのか。」
「うん。おまけに嫌なやつだってことも。」
彼はフッと笑って言った。
「あの時はどうかしていた。ごめん。」
ぽろりと謝罪の言葉が漏れ出た。
再び薄藍と目が合う。凪いだ湖のような綺麗な色。
彼は驚いている様子だ。
「いいよ。もう、気にしてない。」
「そっか。・・・・あのさ、名前」
「えっ・・・・?」
「おまえの!名前!」
ああ、また不遜な態度を取ってしまった。
「アオ。アオだよ。」
なのに彼は、聞いておきながら自身は名乗りもしない不遜な男に教えてくれた。
「アオ。おまえの目の色と同じなんだな。」
「・・・・うん」
何故だかアオは、寂しそうな表情を一瞬浮かべて肯いた。
「俺は高槻紫音だ。」
「紫音」
言葉を覚える幼子のようにアオは繰り返した。
「ああ、紫に音だ。」
「紫音もおんなじだね。」
そして微笑んだ。あの時の貼り付けたような笑顔ではなかった。
「何が?」
「色が入ってる。僕は青色、紫音は紫色。」
◇◇◇
外は凍えるような寒い冬。それはいつも灰色だ。
そこにうっかり咲いてしまった蒲公英のような彼。
それが、アオだった。
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