47 / 82
第四章
幼い日々
しおりを挟む
灯りを一切付けることのない、闇に包まれた寝室に耳を塞ぎたくなるような水音が響いている。
どうして・・・・?どうしてこんなに重いの・・・・?
御神の一件から、初めて来たヒートは今までに経験したことがないほどの酷く重いものだった。もう殆ど後孔が潤うことはないが、下腹部から頭の芯までぞわぞわと押し寄せてくる波は、精神までをも蝕んで来るような不気味なものだった。
御神は、番を解消してくれなかった。
嘉月は結局、孤独にヒートを耐えなければいけない日々が続くこととなった。青木に抱きしめられたあの日、拒絶反応が出なかったものだから、ヒートに入ってすぐに行きずりのアルファを呼んだ。
結果、凄まじい拒絶反応が出てしまい、相手のアルファの前で酷く吐いてしまった。「チッ!番はいないって聞いていたぞ?!」アルファの男は、目の前でひたすら吐き続けるオメガに興も冷めたのか、ドタバタと出て行った。
いつも嘉月を苦しめる要素にしかならない、番のためだけのフェロモンは、皮肉なことに今回も絶大な効果があったようだ。それからは夜な夜な一人で慰めては、朝には効きもしない抑制剤を気休めに飲む日々が続いた。
ベッドの上に散乱するバイブやローターを、熱で震える指先で手繰り寄せては後孔に押し込む。後孔はそのままだと潤いが足りないせいで、引き攣った痛みを伴った。けれども、丹念に解す余裕もなかったので、おざなりにローションを詰め込んだ。そのせいで、玩具が動くたびにブチュブチュと卑猥な音が鳴る。
「・・・・フッ、うぅ」
みじめで堪らない。こんな卑しい自分が、青木に刃物を振りかざすような真似をさせてしまった。どうしようもなくあの人の傍にいたいと高望みしてしまった過去の自分が、許せなかった。
もう、二度とあなたの前に姿を現すことはしないから。あの日、あなたの名前を呼んだ想い出だけで、生きていくから。
(せ、かい・・・・せかい・・・・)
それでも、ヒートの時だけ、心の中だけで、あなたの名前を呼ぶ弱い自分の我儘を許して。
そうして嘉月は収まらない熱に魘されながら、意識を手放した。
◇◇◇
物心がついた頃には、嘉月は全面白いタイル張りの部屋にいた。決まった時間に白衣を纏った男が来ては、嘉月に何種類かの薬剤を投与して無言で立ち去っていく。そんな日々の繰り返しであった。
その薬剤が、オメガに対する様々な抑制剤であることを知ったのは、随分と後になってからだった。
まだ第二次性徴期も迎えていない嘉月は、強制的に擬似的なヒートを起こされては、抑制剤を投与された。
「・・・・おかあさん、たすけて」
誰もいない白い部屋の中で、嘉月は孤独と耐えきれない熱と闘いながら、効くかも分からない抑制剤の効用が出ることをひたすら待ち続けていた。
(にかいめに、うたれたやつは、きっと、このねつを、おさえてくれるよね・・・・?)
シーツの中で身悶えながら、下腹部が汚れる感覚に吐き気をも催した。壁と同じ白い色で、スカート状になっているそれを捲り上げれば、透明な液体が性器から吐き出されていた。
熱が引いたら、汚したシーツや衣服を扉の側に置かれたカゴの中に入れる。しかし、抑制剤が効かなかった場合は、機械的に嘉月へと薬剤を投与する男が着替えさせてくれた。その男は終始無言であったが、当時の嘉月には余りにも羞恥に満ちた行為であった。
「おかあさん・・・・おかあさん・・・・」
(俺は少しは役に立つオメガなのかな・・・・?)
どんなに思っても、母が来ることは一度もなかった。父もまた同じであった。
「・・・・がんばるから、おとうさんとおかあさんのために、がんばるから・・・・」
だから、だからどうか俺を捨てないで。
独りにしないで。
俺が、オメガであったことを喜んで。
◇◇◇
「ゴホッゴホッ・・・・」
ハッと目が覚めた。かろうじて着ていたTシャツが、汗でべったりと肌に纏わりつく嫌な感覚に、段々と現実へと引き戻されていく。シーツは自身の体液で汚れ、あちらこちらに使用済みの玩具やローションのボトルも転がっていた。
(久しぶりに嫌な夢を見たな・・・・)
「さい、あく・・・・」
散々泣いて喘いだせいで、声はガラガラに枯れていた。まだ、少しだけ倦怠感は残るが、なんとかヒートは脱せたようだった。けれども、心は虚しさばかりが募るだけ。
幼少期から片っ端から「実験体」として抑制剤を投与され続けた嘉月の身体は、既に抑制剤への抗体をあらかた作ってしまっていた。だからこそ、未だに番持ちのオメガであることを除いても、抑制剤の効果を得られない体質へと、いつの間にか変化していた。
(子宮が無くなれば、ヒートも落ち着くかと思ったけど、そんなことはないんだな・・・・)
ぼんやりとそんなことを考えながら、視界の隅へと入った時計へと目がいく。
「・・・・ってやばい!遅刻!」
ベッド横にあるチェストの上の時計は、家を出る10分前の時間を指していた。引ったくるように汚れたシーツやタオルケットをまとめて、洗濯機に突っ込む。ヒート休暇明けは遅れを取り戻すためにもぎっちり仕事を入れてしまう。だから、洗ったシーツを外に干すことは叶わないだろうと思い、乾燥の予約まで入れる。それから最低限の支度を済ませて、嘉月は家を飛び出したのだった。
シーツを引き剥がした際に床に散らばってしまった玩具は見なかったことにして、飛び起きる前に思い出した夢も見なかったことにして。
そんな、いつも通りの最低なヒート休暇明けの昼休みに、透から一色家の夕飯に嘉月は招待された。
どうして・・・・?どうしてこんなに重いの・・・・?
御神の一件から、初めて来たヒートは今までに経験したことがないほどの酷く重いものだった。もう殆ど後孔が潤うことはないが、下腹部から頭の芯までぞわぞわと押し寄せてくる波は、精神までをも蝕んで来るような不気味なものだった。
御神は、番を解消してくれなかった。
嘉月は結局、孤独にヒートを耐えなければいけない日々が続くこととなった。青木に抱きしめられたあの日、拒絶反応が出なかったものだから、ヒートに入ってすぐに行きずりのアルファを呼んだ。
結果、凄まじい拒絶反応が出てしまい、相手のアルファの前で酷く吐いてしまった。「チッ!番はいないって聞いていたぞ?!」アルファの男は、目の前でひたすら吐き続けるオメガに興も冷めたのか、ドタバタと出て行った。
いつも嘉月を苦しめる要素にしかならない、番のためだけのフェロモンは、皮肉なことに今回も絶大な効果があったようだ。それからは夜な夜な一人で慰めては、朝には効きもしない抑制剤を気休めに飲む日々が続いた。
ベッドの上に散乱するバイブやローターを、熱で震える指先で手繰り寄せては後孔に押し込む。後孔はそのままだと潤いが足りないせいで、引き攣った痛みを伴った。けれども、丹念に解す余裕もなかったので、おざなりにローションを詰め込んだ。そのせいで、玩具が動くたびにブチュブチュと卑猥な音が鳴る。
「・・・・フッ、うぅ」
みじめで堪らない。こんな卑しい自分が、青木に刃物を振りかざすような真似をさせてしまった。どうしようもなくあの人の傍にいたいと高望みしてしまった過去の自分が、許せなかった。
もう、二度とあなたの前に姿を現すことはしないから。あの日、あなたの名前を呼んだ想い出だけで、生きていくから。
(せ、かい・・・・せかい・・・・)
それでも、ヒートの時だけ、心の中だけで、あなたの名前を呼ぶ弱い自分の我儘を許して。
そうして嘉月は収まらない熱に魘されながら、意識を手放した。
◇◇◇
物心がついた頃には、嘉月は全面白いタイル張りの部屋にいた。決まった時間に白衣を纏った男が来ては、嘉月に何種類かの薬剤を投与して無言で立ち去っていく。そんな日々の繰り返しであった。
その薬剤が、オメガに対する様々な抑制剤であることを知ったのは、随分と後になってからだった。
まだ第二次性徴期も迎えていない嘉月は、強制的に擬似的なヒートを起こされては、抑制剤を投与された。
「・・・・おかあさん、たすけて」
誰もいない白い部屋の中で、嘉月は孤独と耐えきれない熱と闘いながら、効くかも分からない抑制剤の効用が出ることをひたすら待ち続けていた。
(にかいめに、うたれたやつは、きっと、このねつを、おさえてくれるよね・・・・?)
シーツの中で身悶えながら、下腹部が汚れる感覚に吐き気をも催した。壁と同じ白い色で、スカート状になっているそれを捲り上げれば、透明な液体が性器から吐き出されていた。
熱が引いたら、汚したシーツや衣服を扉の側に置かれたカゴの中に入れる。しかし、抑制剤が効かなかった場合は、機械的に嘉月へと薬剤を投与する男が着替えさせてくれた。その男は終始無言であったが、当時の嘉月には余りにも羞恥に満ちた行為であった。
「おかあさん・・・・おかあさん・・・・」
(俺は少しは役に立つオメガなのかな・・・・?)
どんなに思っても、母が来ることは一度もなかった。父もまた同じであった。
「・・・・がんばるから、おとうさんとおかあさんのために、がんばるから・・・・」
だから、だからどうか俺を捨てないで。
独りにしないで。
俺が、オメガであったことを喜んで。
◇◇◇
「ゴホッゴホッ・・・・」
ハッと目が覚めた。かろうじて着ていたTシャツが、汗でべったりと肌に纏わりつく嫌な感覚に、段々と現実へと引き戻されていく。シーツは自身の体液で汚れ、あちらこちらに使用済みの玩具やローションのボトルも転がっていた。
(久しぶりに嫌な夢を見たな・・・・)
「さい、あく・・・・」
散々泣いて喘いだせいで、声はガラガラに枯れていた。まだ、少しだけ倦怠感は残るが、なんとかヒートは脱せたようだった。けれども、心は虚しさばかりが募るだけ。
幼少期から片っ端から「実験体」として抑制剤を投与され続けた嘉月の身体は、既に抑制剤への抗体をあらかた作ってしまっていた。だからこそ、未だに番持ちのオメガであることを除いても、抑制剤の効果を得られない体質へと、いつの間にか変化していた。
(子宮が無くなれば、ヒートも落ち着くかと思ったけど、そんなことはないんだな・・・・)
ぼんやりとそんなことを考えながら、視界の隅へと入った時計へと目がいく。
「・・・・ってやばい!遅刻!」
ベッド横にあるチェストの上の時計は、家を出る10分前の時間を指していた。引ったくるように汚れたシーツやタオルケットをまとめて、洗濯機に突っ込む。ヒート休暇明けは遅れを取り戻すためにもぎっちり仕事を入れてしまう。だから、洗ったシーツを外に干すことは叶わないだろうと思い、乾燥の予約まで入れる。それから最低限の支度を済ませて、嘉月は家を飛び出したのだった。
シーツを引き剥がした際に床に散らばってしまった玩具は見なかったことにして、飛び起きる前に思い出した夢も見なかったことにして。
そんな、いつも通りの最低なヒート休暇明けの昼休みに、透から一色家の夕飯に嘉月は招待された。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる