燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第三章

彼と何気のない日々と

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 母親の自殺未遂の一件で、透への日常的な虐待も明白な事実となった。そのため、あの日、母が自らの首筋にナイフを引いたその時が、親子の最後の時間となった。それからは法的な制約のもと引き離されることとなった。
透には隆文という番が既にいたため、あっという間にそれらの手続きは終わってしまった。番の関係に親子の縁など微塵も敵わないのかと思うと酷く虚しさを感じる時もあった。

 透には、時々そうやって過去に起きた経緯を淡々と思い起こしながら、ベッドの上でぼんやりとする朝がある。今日もそんな日だった。ドア越しに隣のリビングで隆文が朝食の準備をしている気配を感じる。だから、もう少しこのままぼんやりとしていて、隆文が自分の名前を呼びに来てくれるまで待っていよう。今日は二人の休日が重なった貴重な日だ。二人は同じ病院に勤めていても全くの別棟にいるわけだから、日々を共にする時間はかなり限られている。

 隆文に引き取られてから数年は、帰宅がまちまちな彼を兎に角玄関まで迎えに行くことが透の好きな時間だった。くたくたに疲れた隆文が、ニコッと微笑んで「ただいま、透。」と言ってくれる瞬間が好きだったからだ。
「ただいま」「おかえり」のやりとりは、透にとっては憧れであり、同時にずっと自分には縁のないものだと思い込んでいた。お互いの生活リズムがあまり合わなくなった今でも、「ただいま」と「おかえり」は必ず言うことになっている。自分が眠ってしまった夜には、隆文がそっとキスを落として「ただいま」と言ってくれるから、朝起きたら、隣で眠っている隆文に「おかえり」と言ってキスのお返しをしてから家を出る。

「透、ご飯できたぞ。」

 いつものルーティンを思い返してにまにまとしていたら、隆文が寝室に入ってきた。微かに香ってきたコーヒー。腕を伸ばせばそのまま抱き起こしてくれる。自分はもういい大人だけれど、隆文にこうやって抱っこされるのも好きだ。だから、ベッドの上で隆文と向かい合って抱きついたままでいる。すぐに手を離さない透の背中を、彼は柔らかく撫でてくれた。

「怖い夢でもみた?」

「え・・・・?ううん。」

「今日は雅史とアオくんの家に行くからな。」

「うん!久しぶりに二人に会えるから嬉しい。」

 へらりと笑えば、何となく心配そうに顔を歪めた隆文がいた。透が皺の寄った彼の眉間を指で解していたら、そっと指を絡められた。暖かな体温がじんわりとそこから広がっていく。

「おまえは、出会った時からそうやって笑って隠す癖がある。だから心配する。」

「・・・・そうだね。でも、今日はほんとに大丈夫だよ。久しぶりに僕たちだって二人で居られるんだから。」

隆文はするりと透のパジャマの中へ手を滑り込ませた。そして、確かめるように指先で、丹念にかつての火傷の跡を辿っていく。歪だが透にとっては大切な傷跡を、同じように宝物みたいに彼は触れてくれる。彼のその繊細な指先も好きだ。少しだけ伏せられた慈愛に溢れたその眼差しも好きだ。

「ふふっ。くすぐったい。」

お返しに彼の首筋を撫でる。ぴくっと彼の肩が震えた。

 ここ、結構弱いことを僕は知っている。

それでも隆文は、透の傷跡を辿ることをやめなかった。

「僕のここ、好き?」

僅かに顔をあげた彼と目が合う。それはすぐに優しく細められた。

「好きだよ。おまえを形作ってきた全てを愛しているよ。」

 ふわりと香る芍薬。

 初夏が、もう、すぐそこまで来ていた。


◇◇◇


 春に妊娠が発覚したアオの悪阻はかなり重く、やっと落ち着いた頃には六月を迎えていた。嘉月も心配していたから、今日は看護師として経過観察も含めて遊びに行く。蒼白いをとうに通り越した顔色の悪いアオの姿が、今でも目の前に浮かぶ。今日は、少しでも血色を取り戻してくれているといいけれども。

「透、準備できたか?」

「うん!今行くよ。」

玄関に向かうと、片手にスーパーの袋を持った隆文がいた。

「わっ!こんなに買ってたんだ!」

「ああ、確かトマトしか食べられないんだろう?」

 袋の中に入っていたのは大量のトマトだった。

「うーん、悪阻もだいぶん良くなったって聞いてるから、トマトだけってこともないとは思うけど。ある分には喜んでもらえるんじゃないかな?」

「そうか。それならいいんだけどさ。」

「アオは料理上手だし、これを機に色んなトマト料理を教えてもらおうかな!」

「ははっ。うちのトマト料理のレパートリーも増えそうだな。」

さりげなく差し出してくれた隆文の手を取って、二人は家を出た。

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