拝啓、可愛い妹へ。お兄ちゃんはそれなりに元気です。

鳴き砂

文字の大きさ
95 / 172
第三章 最強のお兄ちゃんは隣国へ行く

ハウラさん、ご乱心!

しおりを挟む
西方と陸続きと言えど、僕の目の前に広がるのは異世界だった。
石畳みの道は、帝国でよく見かけた泥や粘土を焼いた長方体のものではなく、様々な形や大きさの天然石が敷かれていた。建物も朱色に染められた木製のもので統一されている。よく見ると、屋根の間にたくさんの動物が彫り込まれていて少し可愛かった。そんな屋根は、恐らく青銅でできている。何もかもが帝国で見たものとは違っていた。

「すごい・・・・」

ぽかんと口を開けて見上げていたら、案内役の近衛として検問所へとやって来た「穏やかそうだった人」が、今ではとんでもなく胡散臭く見える笑みを浮かべた。

「モルダバイト帝国の城下街に比べたら、些か乱雑でしょう。」

帝都の城下街は、モリオンの盤のように通りが整っているけれど、バナジナイト王国は眩しいほどの建造物が、自由気ままに建てられていた。けれども僕には、それが乱雑だとは思えなかった。

「趣向が異なっているだけであり、優劣をつけるものではないのでは?」

「おや?あなたは変わられたようだ。」

やっぱり僕を覚えていたようだ。
それにしてもバナジナイト王国の服装は、ハウラさんに向いているかもしれない。彼らは裾の長い服を一枚で着ていた。それぞれの体型に合わせて、身体の横部分に取り付けられた釦で、着丈を調整している。そのため、腰紐も必要ない。袖口も広く窮屈感がなかった。

「あなたは変わっていませんね。穏やかそうだった人?」

五年前、気弱そうに見せかけて奇襲をかけてきた穏やかそうだった人は、やはり自国では本性をあらわにした話し方をした。

「コハクくん。知り合いなの?」

そんな僕たちの、少し黒い会話にハウラさんが入ってきた。

「ええ。五年前に少しだけ。」

僕はコホンと小さく咳払いをすると、ハウラさんへ言った。

「少しどころか、思いっきり横っ面を殴られました。」

なっ!まーったく反省していないな!

「カルサさんの言うことを聞かなかったのが悪いんじゃん!」

あ!あっという間にいつもの口調に・・・・!
僕としたことが・・・・!!!

「ふむ。やはり変わっていないようですね。」

もう、もーう!やっぱり腹立つな、この人!
穏やかそうだった人が、僕を嘲笑した。

「え、コハクくん。もしかして、意識して丁寧な言葉を使ってたの?いいよ、そんなことしなくて!いつも通りで!」

ハウラさんが、仕返しとばかりに穏やかそうだった人を煽り始めた。

「お前はカルサに似てるが中身は全く違うな!」

「きみも外見に関わらず粗野じゃないか。」

ハウラさんが、穏やかそうだった人を鼻で笑った。
ああ。ハウラさんの真骨頂が発揮されつつある。

「ジャスパーの前ではわきまえて欲しいものですね。」

ジャスパー呼びなのは、相変わらず仲が良いみたいだね。

「そちらの王子がそもそもの事の発端だと思うのだが?」

「それはあなたたちの言いがかりです。」

「それはどうかな。」

ハウラさんと穏やかそうだった人の間で火花が散っている。この二人、もしかして似たもの同士なのかもしれない。

「穏やかそうだった人って、名前なんて言うの?」

「ああ。そう言えばまだ聞いてなかったね。」

ハウラさんと僕は、検問所で身分と名前(仮)を明かしているけれど、穏やかそうだった人は名乗りもせずに、「それでは、王国へと案内します。」の一言だけで、僕たちをバナジナイト王国へと入国させてくれた。

「ケセラスだ!」

穏やかそうだった人は、若干の苛立ちを放ちながら教えてくれた。

「ケセラスさんね!よろしく!」

僕が元気良く手を差し出すと、その手は振り払われた。酷い・・・・。

「まさか、こんな者たちがカルサの一族にいるとは・・・・」

「まさか、ジャスパー様の取り巻きがこんなに短気だったとは・・・・」

手を振り払われた当て付けに、ぼそっとハウラさんに耳打ちした。

「コハクくん、コハクくん。そこまでにしておきなさい。外交問題に関わってきたら面倒だからね。特に相手は短気なケセラスだ。」

ハウラさんの方が、何故だか容赦がなかった。

「・・・・本当に外交問題にしてやりましょうか?」

「その時は、そちらが遂に消滅する頃でしょうね。」

それからハウラさんは、絶対零度の言葉を放ち、ケセラスさんを撃沈させていた。これまで、たくさんのハウラさんの一面を見てきたけれど、ここまで容赦のない姿を見るのは初めてかもしれない。

◇◇◇

僕たちが連れて来られたのは、王城ではなかった。流石に初っ端から城には招かれないか。
通されたのは、バナジナイト王国の花街の一画にある娼館だった。
ど、どう言うことでしょうか?!

花街の中でも、一際大きな娼館の一際大きな個室へと案内される。中からは、美しい女性の話し声が漏れ聞こえている。

ヒスイ!お兄ちゃん、絶対不埒なことはしません!これは、多分必要なことで、必要な話しをしたら真っ直ぐ帰るからね!安心してね!

「ジャスパー!無礼者たちを連れて来たよ!」

ケセラスさんが、扉の前で大きな声を出した。

「客人に対して無礼者とは・・・・」

「隠れる気もない偵察兵だろうが!」

ハウラさんのケチに、ケセラスさんはいちいち反応を示した。

「うるさいぞ。ケセラス。・・・・お!お前はあの時の狂犬じゃないか!」

ケセラスさんと同じような衣服を身に纏ったジャスパー様が、部屋から出てきた。それでも、ケセラスさんとは違い、銀製の細やかな装飾品をシャラシャラと付けていた。

「狂犬じゃないもん!コハクだもん!」

あれ?何だかこの台詞、五年前にも言ったような・・・・?

「そうだったな。五年経ってもキャンキャンしていて可愛いままだな。どうだ、俺の側女にならないか?」

ジャスパー様は僕へと顔を近づけて「相変わらず溢れそうな琥珀色の瞳だ。」と言った。

「ソバメ・・・・」

ソバメ・・・・ソバメ・・・・ツバメ・・・・?
ああ!燕か!でも何で燕?鳥だよね?

「斬る」

現実逃避に走っていた僕の思考を遮るように、ハウラさんの冷たい言葉が響き渡った。おまけに、鞘から少しだけ剣身を見せている。

「え?!ちょっとハウラさん?!何やってるの?!」

僕は慌ててハウラさんの謎の暴挙を止めに入った。

「ハウラ?カルサじゃないのか?」

対照的に、ジャスパー様は特に気にした様子もなく、あっけらかんとしていた。

「カルサは私であって私でないようなもの。そして半分、私のようなものだ。」

「意味は分からないが、確かに五年前に会ったやつとは雰囲気が違うな。」

ジャスパー様はにやりと笑ったが、ハウラさんの表情筋は死んでいた。本当にどうしちゃったの、ハウラさん?!

「剣を収めなければ、こちらも応戦するまでだ。」

僕があわあわしていると、またもや聞き覚えのある声がした。

「あ!頭ぐるぐる巻きの人だ!」

彼は変わらず短剣を構えていた。

「・・・・クロムだ。」

クロムさんは、眉間に皺を寄せて渋々と名乗ってくれた。

「クロムさんね!よろしく!」

僕は、ケセラスさんの時と同じように手を差し出したけれど、悲しいほどに無視された。ジャスパー様の取り巻きは、挨拶の基本がなっていない。じぃじが見たら、きっと喝を入れられるだろう。

「戦意が削がれるな。なんだこいつ。・・・・ジャスパー、こんな奴を側に置くのはやめた方がいい。悪趣味だと思われるぞ。」

他人のことを言えた義理はないかもしれないけれど、ジャスパー様の取り巻きは、ちくちく言葉常習犯だ。僕が、僕の周りを脅かす人に少しばかり意地悪になってしまうからかもしれないけれど・・・・。
結構、酷いことを言われた自覚はあるよ。

「口を慎め」

少しだけうなだれていると、再びハウラさんの硬い言葉とともに、ハウラさんの周囲が凍りつくんじゃないかと心配になるくらい、一気に空気が冷たくなっていった。

「ハウラさん、ハウラさん!口車に乗っかってどうするの?!」

僕は、今にも収めた剣を抜こうとしているハウラさんに飛びかかった。一体どうしちゃったの、ハウラさん?!

しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...