拝啓、可愛い妹へ。お兄ちゃんはそれなりに元気です。

鳴き砂

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第三章 最強のお兄ちゃんは隣国へ行く

ラリマー皇帝の悲劇

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今年も沢山の人がデメテルの舞を見に来てくれたようだ。もう六年、この舞を踊っているけれど毎年緊張してしまう。

(デュモルティエ様のことを考えよう!)

僕は舞台袖から、厚い天幕が降ろされた観覧席を見上げた。透視の力によって天幕の中も鮮明に見ることができる。何だか悪いことをしている気分にもなったけれど、はっきりとデュモルティエ様の姿を確認できて少し安心した。

ああ、やっぱり綺麗だな。どうしてデュモルティエ様は自分のことを不気味だと言ったんだろう?誰かに言われたのかな?それだったら、僕がそいつを一発殴ってやろうじゃないか。

「ラリマー。何をぼーっとしているのですか!」

見知った神官が小声で僕を叱責した。僕としたことが、ぼんやりし過ぎてしまった!

「ごめんなさーい!」

「裾を踏まないように気をつけて。今年も楽しみにしていますよ!」

ただ厳しいだけの人じゃないから憎めないんだよな。飴と鞭の加減が上手いと言うか、何と言うか。

「ありがとう!行って来ます!」

僕はぶんぶんと神官に手を振って舞台へと飛び出した。途端に神殿は、観客からの拍手や歓声の音で包まれる。今年も頑張るぞ。

美しい笛や竪琴の音色とともに、僕は舞う。この瞬間はいつも、タツノキミの背にくっついて、もの凄い勢いで水の中を突き進んでいたり、そのまま一緒に天へと飛んで行ったりしているような気分になる。はらりと地面に着地してから、再び跳躍する。その間に、視界の隅でデュモルティエ様のいる観覧席を捉えた。

「なっ・・・・」

いない。デュモルティエ様がいない。

絡れそうになった足をどうにか誤魔化して、舞いながらデュモルティエ様を探す。さっきまで確かにいたはずなのに・・・・!

「きゃあっ!」

すると、女の人の短い悲鳴が聞こえた。僕は悲鳴の上がった場所を必死に探した。嫌な予感がした。聴覚を神殿全体に張り巡らせていると、女の人の焦った泣き声がする居場所を突き止められた。

(デュモルティエ様のいた観覧席じゃないか・・・・)

もう一度、観覧席の方を見上げると今度は複数の人影が見えた。どうして?あの席にいるのはデュモルティエ様だけだったよね?
僕は居ても立っても居られず、観覧席めがけて高く跳躍した。そうして、躊躇うことなく天幕をめくった。

「ラリマー!」

すると、厳しいようで優しい神官の声が足元からした。どうやら僕を引き留めているみたいだった。舞台の方を見下ろすと、僕に向かって手を伸ばしている神官を、別の神官たちが押さえ込んでいた。

・・・・何が起きている?

僕は恐る恐る顔を上げて、天幕の先を見た。

「そんな・・・・」

そこには、血に染まったデュモルティエ様が横たわっていた。

「ラリマー?あなた、ラリマーよね?お願い、助けて!この方を助けて!」

さっき悲鳴をあげたであろう女の人が、泣きながら僕に飛びついた。ずっと止血を試みていたのか、女の人の手も赤く染まっていた。

「あなたが刺したのではないか?何故、ラリマーに助けを求める?」

観覧席にはもう一人、別の男がいた。

「え・・・・?」

「フフッ。ラリマー、透視に力を入れ過ぎてはダメだよ?それでは、私の姿がよく見えないだろう?」

長身の男は僕の近くに来ると、視界を覆うように大きな手をかぶせた。しばらく何も見えなくなり息を詰めていたら、そっと手が離れて行く。瞬きをしてから、僕は再び男を見た。

「なん、で・・・・?」

そこには、デュモルティエ様に瓜二つの男が立っていた。

「違うわ!勝手に身体が動いたの!私、この方を刺そうだなんて思ってもいなかったのよ!全部、全部この男のせいよ!」

女の人が泣き叫びながら僕にしがみついた。この女の人は、嘘をついていない。僕は急いでデュモルティエ様の側に駆け寄った。

「もう遅いよ、ラリマー。デュモルティエは助からない。」

「嫌よ!ラリマー!助けて!」

「あんた、誰だ?!デュモルティエ様の姿を真似て何がしたい!」

僕はデュモルティエ様の傷口に手を当てて、止血のために力を込める。

「うそ・・・・なんで・・・・?」

力をどんなに込めても、それが発動することはなかった。治癒は得意なはずなのに、ただ自分の手がデュモルティエ様の血に染まるだけだった。

「さっき奪ったから、きみからね。」

さっき・・・・?視界を覆われた時か・・・・?
でも、そんな気配はまったくしなかった。

「あんた、何者なんだ?」

「私はカエレスティスだ。この国を、そして、きみ以外のこの国の民を創った。」

男が不敵に笑う。

「なんだ、それ・・・・?」

「私が創ったこの国を、きみに滅ぼしてもらいたい。・・・・きみはサクシナムの置き土産だから。」

この男は、何を言っているんだ?

不可解なことを告げた男を呆然と見上げていると、デュモルティエ様の右手がぴくりと動いた。

「デュモルティエ様・・・・!」

「ラリマー殿・・・・この男の・・・・言うとおりに、してはくれないだろうか・・・・?」

デュモルティエ様まで、何を言い出すの?

「何故?!この男は、あなたを・・・・」

「構わない・・・・この男も、哀れな身の上だ・・・・私と、似ているから・・・・よくわかる・・・・」

デュモルティエ様は口端に薄い笑みを浮かべていた。

「嫌だ・・・・!」

僕はデュモルティエ様の右手を取って叫んだ。

「この男の望みが・・・・すべて叶った暁には・・・・あなたと永遠に・・・・」

涙を一筋零したデュモルティエ様は、僕の手を弱く握り返すと、ゆっくりと目を閉じた。

「兄上・・・・兄上!お願い、死なないで・・・・!」

ああ、女の人はデュモルティエ様の妹だったんだね。

「なるほど。妹に己の身を捧げるというのは、このようなものなのだな。サクシナムもよくやったものだ。あまりに後味が悪いじゃないか。」

カエレスティスと名乗った男は、冷めた目でデュモルティエ様と妹を見つめていた。

「・・・・許さない」

僕はよろよろと立ち上がり、刃のように尖らせた風をカエレスティスにめがけて放った。

「その一撃は私ではなく、この国の民に向けるものだよ。ラリマー。」

「違う!お前だ!」

けれども、カエレスティスは楽しげに笑うだけで、僕の攻撃をいとも簡単に手中に収めてしまった。それから、収めた攻撃を何倍にも膨張させて僕に向かって放ったのだった。避けきれず、もろに爆風を受けた僕の身体は宙を飛んだ。観覧席から、舞を披露していた舞台へと僕は落下していく。

このまま、死んでしまえば・・・・

「デュモルティエ様のところに行けるじゃないか・・・・」

受け身を取ることもできたけれど、僕は全身の力を抜いた。デュモルティエ様のいない世界で生きていくことに何の意味があるのだろうか?

硬い床に身体が叩きつけられる衝撃を待ちながら落下していると、トンッと誰かに受け止められた。

「ラリマー皇帝。あなたがこの悲しみを何度も繰り返す必要は、もう無いよ。」

それは、何処かで聞いたことのあるような、随分と馴染み深い声だった。

「きみは・・・・」

「遅くなってごめんなさい。やっとあなたと直接会えることができた!」

そう言って、音もなく地面に着地したのは、僕とそっくりな容姿をした青年だった。

「僕はコハク!あなたを助けに来たよ!」

「コハク・・・・?」

コハクは僕の涙を拭うと「もう大丈夫だよ。」とはにかんだ。それから、もの凄い剣幕でカエレスティスのいる観覧席を睨み上げたのだった。

「この、甲斐性なし!!!」

コハクの大きな声が神殿に響き渡った。
甲斐性なし・・・・?カエレスティスのことか。

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