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好物! 桃のタルト
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桃……桃……桃……。
桃……。桃……。
この季節のわたしは桃を求めてさまよう亡者のようになっている。
フルーツのタルトは、わたしの好物のひとつだ。
この季節はさくらんぼや、メロン、様々な果物が出回るようになってくる嬉しい季節だけれど、わたしが特に好むのはなんと言っても桃である。
あの優しい口当たりと香り豊かな風味を思い出すだけで、ヨダレが出る思いだ。
ただ桃というのはデリケートな果物でもあり、さらに言うと当たりハズレも激しい。ハズレに当たった時の悲しさと言ったら……。なんとも口に残るえぐみと渋みに肩を落とすしかないし、なんならそれから半日くらいはへこんでいる。尾を引くタイプのハズレなのだ。
だからなかなかスーパーで買う気にはなれない。ハズレを引いた時のダメージが大きすぎる。人に触れられた桃は、あっという間に傷んでしまうし。
新鮮で美味しい桃という確実性を求める時、わたしはお店に頼ることにしている。
特にまれぼし菓子店……ここなら間違いないはずだ。
「よっぽど桃が好きなのねえ」
メニューにあったのを見つけて歓喜してタルトを注文した時、星原さんの開口一番はそれだった。
また顔に出てましたか! と恥ずかしくなる。
恥ずかしがりながら、星原さん自慢のコーヒーも一緒に注文した。
「桃のタルトは木森も結構苦労して作ってるみたいよ。だからきっとあなたも気に入るはずだわ」
うんうん、なにしろデリケートな果物ですからね。
すぐに変色したり、悪くなっちゃったりする。
難しい果物なのは私も知っている。
木森さんと桃。洋菓子。あのぶっきらぼうで居て、中身はちょっと優しくて照れ屋の人柄に、良く似合うと思う。
マカロンを作っている時に見た彼の手際は良く、繊細きわまるものだった。桃のタルトを作る時も、きっと桃のことをとても優しく扱っているに違いない。
星原さんとコーヒー。星原さんは大胆で気さくでいながら、コーヒーを淹れる時の顔は真剣そのものだ。プロフェッショナル……という言葉が良く似合う。
ドリップするところを見せてもらったら、泡がハンバーグみたいふわっと出て、これが玄人の技かと感心したことがある。辺りに広がるコーヒーの香りと共に、とても印象深く心に残っている。
手嶌さんと和菓子。そういえば手嶌さんがお菓子を作るところをわたしはみたことがない。バックヤードで行われてるわけだから、木森さんのときが特別だったわけだけど。
さらにそういえばなのだが、彼といる時には色々不思議なエピソードにも事欠かない。なんだか不思議な人である。
そう考えると、わたしは手嶌さんのことはあまりよく知らないのかもしれない。この店で一番最初に出会ったのに。
と、思いをめぐらせているうちに、やってきたのは桃のタルトだ。
「お待たせしました。〝天の甘水〟桃のタルトです。」
見るからにおいしそうで、言葉を忘れそうになる。
正しく薄桃色と白の果実がタルトの上を彩っている。タルト地がおいしいのはわかりにわかりきっていることだから、これは期待が持てる。
先に一口、桃だけを口に入れる。優しい……。その一言に尽きる。そして、瑞々しい果実は、口の中でとろりほろりと崩れていく。とにかくジューシーで、えぐみも全く感じない。柔らかな甘さだけが存在している。天の甘水とはよく言ったものだと思う。さすがにまれぼし菓子店、桃のチョイスにも間違いがない。
今度はタルトとして、生地と桃とを一緒に食べる。気持ち甘さが控えめのカスタードクリーム、ほんのりバニラの香り。それとサクッと軽妙なタルト生地。ここに桃の瑞々しさが加わって、絶妙なバランスのハーモニーを奏でる。決して桃の風味をころしてしまうことがない。
よく考えるとフルーツタルトを作るのって、すごく難しいことだと思う。ケーキの甘さを保ちつつ、素材になる果物の良さを消さない様にしないといけないわけだから。
うううん、それにしてもこれは至福の美味しさだ。
そしてコーヒーを一口。カスタードの風味を残したまま、口の中に流れ込む苦味と少しの酸味。そのまま香りは鼻に抜けて、香ばしさの余韻を味わわせてくれる。一度甘さがリセットされる。
また新たな気持ちで次の一口に取りかかれる。
わたしと桃のタルトの付き合いの時間は、短かった……あっという間に食べ終わってしまった。
余韻に浸りながら、ちびちびとコーヒーを飲む。
「今日も良い食べっぷりだったわねえ」
呆れと感心の中間くらいのニュアンスで星原さんが笑っている。
「大好物ですから!」
それには胸を張って答える。
今回は確かに良い食べっぷりだったとわたしも思っているのである。
「それに、流石木森さんの仕事って感じです」
「木森が聞いたら喜ぶわ、それ」
わたしと星原さんは笑いあった。
ちなみに……。
今日は持ち帰りでさらに二つのタルトを買って食べてしまった……。
ジム通いにいっそう励まないと行けないなと思う、初夏の週末だった。
桃……。桃……。
この季節のわたしは桃を求めてさまよう亡者のようになっている。
フルーツのタルトは、わたしの好物のひとつだ。
この季節はさくらんぼや、メロン、様々な果物が出回るようになってくる嬉しい季節だけれど、わたしが特に好むのはなんと言っても桃である。
あの優しい口当たりと香り豊かな風味を思い出すだけで、ヨダレが出る思いだ。
ただ桃というのはデリケートな果物でもあり、さらに言うと当たりハズレも激しい。ハズレに当たった時の悲しさと言ったら……。なんとも口に残るえぐみと渋みに肩を落とすしかないし、なんならそれから半日くらいはへこんでいる。尾を引くタイプのハズレなのだ。
だからなかなかスーパーで買う気にはなれない。ハズレを引いた時のダメージが大きすぎる。人に触れられた桃は、あっという間に傷んでしまうし。
新鮮で美味しい桃という確実性を求める時、わたしはお店に頼ることにしている。
特にまれぼし菓子店……ここなら間違いないはずだ。
「よっぽど桃が好きなのねえ」
メニューにあったのを見つけて歓喜してタルトを注文した時、星原さんの開口一番はそれだった。
また顔に出てましたか! と恥ずかしくなる。
恥ずかしがりながら、星原さん自慢のコーヒーも一緒に注文した。
「桃のタルトは木森も結構苦労して作ってるみたいよ。だからきっとあなたも気に入るはずだわ」
うんうん、なにしろデリケートな果物ですからね。
すぐに変色したり、悪くなっちゃったりする。
難しい果物なのは私も知っている。
木森さんと桃。洋菓子。あのぶっきらぼうで居て、中身はちょっと優しくて照れ屋の人柄に、良く似合うと思う。
マカロンを作っている時に見た彼の手際は良く、繊細きわまるものだった。桃のタルトを作る時も、きっと桃のことをとても優しく扱っているに違いない。
星原さんとコーヒー。星原さんは大胆で気さくでいながら、コーヒーを淹れる時の顔は真剣そのものだ。プロフェッショナル……という言葉が良く似合う。
ドリップするところを見せてもらったら、泡がハンバーグみたいふわっと出て、これが玄人の技かと感心したことがある。辺りに広がるコーヒーの香りと共に、とても印象深く心に残っている。
手嶌さんと和菓子。そういえば手嶌さんがお菓子を作るところをわたしはみたことがない。バックヤードで行われてるわけだから、木森さんのときが特別だったわけだけど。
さらにそういえばなのだが、彼といる時には色々不思議なエピソードにも事欠かない。なんだか不思議な人である。
そう考えると、わたしは手嶌さんのことはあまりよく知らないのかもしれない。この店で一番最初に出会ったのに。
と、思いをめぐらせているうちに、やってきたのは桃のタルトだ。
「お待たせしました。〝天の甘水〟桃のタルトです。」
見るからにおいしそうで、言葉を忘れそうになる。
正しく薄桃色と白の果実がタルトの上を彩っている。タルト地がおいしいのはわかりにわかりきっていることだから、これは期待が持てる。
先に一口、桃だけを口に入れる。優しい……。その一言に尽きる。そして、瑞々しい果実は、口の中でとろりほろりと崩れていく。とにかくジューシーで、えぐみも全く感じない。柔らかな甘さだけが存在している。天の甘水とはよく言ったものだと思う。さすがにまれぼし菓子店、桃のチョイスにも間違いがない。
今度はタルトとして、生地と桃とを一緒に食べる。気持ち甘さが控えめのカスタードクリーム、ほんのりバニラの香り。それとサクッと軽妙なタルト生地。ここに桃の瑞々しさが加わって、絶妙なバランスのハーモニーを奏でる。決して桃の風味をころしてしまうことがない。
よく考えるとフルーツタルトを作るのって、すごく難しいことだと思う。ケーキの甘さを保ちつつ、素材になる果物の良さを消さない様にしないといけないわけだから。
うううん、それにしてもこれは至福の美味しさだ。
そしてコーヒーを一口。カスタードの風味を残したまま、口の中に流れ込む苦味と少しの酸味。そのまま香りは鼻に抜けて、香ばしさの余韻を味わわせてくれる。一度甘さがリセットされる。
また新たな気持ちで次の一口に取りかかれる。
わたしと桃のタルトの付き合いの時間は、短かった……あっという間に食べ終わってしまった。
余韻に浸りながら、ちびちびとコーヒーを飲む。
「今日も良い食べっぷりだったわねえ」
呆れと感心の中間くらいのニュアンスで星原さんが笑っている。
「大好物ですから!」
それには胸を張って答える。
今回は確かに良い食べっぷりだったとわたしも思っているのである。
「それに、流石木森さんの仕事って感じです」
「木森が聞いたら喜ぶわ、それ」
わたしと星原さんは笑いあった。
ちなみに……。
今日は持ち帰りでさらに二つのタルトを買って食べてしまった……。
ジム通いにいっそう励まないと行けないなと思う、初夏の週末だった。
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