生まれ変わった大魔導士は、失われた知識を駆使して返り咲きます。

三歩ミチ

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1 砂出しの働き方改革

1-2.王都の変貌

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 改めて周囲を見渡す。

 砂漠だ。黄土色の砂が一面に広がり、ところどころ砂丘を形成している。
 そこへ、ぎらぎらした陽射しがあまねく照りつけている。先ほど感じていた熱とはまた別種の、気候による暑さを感じ、額にじっとりと汗をかいた気がした。

 いったいここは、どこなのだろう。

 私が覚えているのは、自分の研究室で、精神を肉体から分離するための魔法を使ったところまでだ。場所を移動するような魔法を使った記憶はないのだが、ここはどう見ても、研究室のある王都とは、ほど遠い。

「……もう、大丈夫?」

 おそるおそる、という感じだろうか。青年の黒い瞳が、心配そうにこちらを覗き込む。
 私は頷いた。おかげで、過剰な魔力が抜き取られ、体が楽になった。……その割に、魔力の増減を感じないのが、不安な点ではあるが。

「助かったわ。体調が悪かったの」
「体調が悪いというか、倒れていたよね」
「……そうね」
「俺が見つけたとき、君は、息をしていなかったようだけど……」

 間違いだったのかな、と呟く青年。

 息をしていなかったのは、間違いではなかったはずだ。

 私の魔法は、肉体を精神から切り離すもの。そして、何らかの形で、精神を他の肉体に入れ込むもの。その際、対象の肉体は空でなくてはいけなくて……私の今いるこの体は、既に精神が抜けていた。一度は死んだ体だということになる。
 だから青年がこの肉体を見つけたときには、この体は、死んでいたのだ。

「……意識を失っていただけみたい」

 元の持ち主には悪いが、これも何かの縁だ。宿ることのできたこの肉体を、借りさせてもらおう。
 私は青年の疑いを晴らすべく、そう誤魔化した。彼の口調や、自分の喉から発される声の高さからして、この体は女性だ。私の普段の言葉遣いでも違和感はなかろうとわかり、少し安心する。

「それで、今の風は、どういう……」
「あなたが私の魔力を吸い取って、代わりに使ってくれたのよ」

 ちょっと勉強した魔導士であれば、効率的に魔力を使い、あのくらいの風を瞬間的に起こすことはできる。さすがに旋風を一定の時間吹かせ続けるためにはかなりの魔力を要するから、並みの魔導士にはできない。
 きっと彼も、その持続時間の長さに困惑したのだろう。私の提唱した魔力飽和の治しかたは、あの頃かなり知れ渡っていた。事情を話せば、彼もわかるに違いない。

「私、魔力が飽和していたみたいだから」
「魔力が飽和……?」
「だから、私の体で飽和していた魔力を、あなたが使ったから、風を増幅したのよ」

 ここまで説明すればわかるだろうと、語尾を強めに切る。青年は口を半開きにして、明らかに「わからない」という顔をしていた。

「……わからないの?」
「わからない。俺は、君の魔力を使ったってこと?」
「そうよ」
「人の魔力が使えるなんて、初めて聞いたよ」

 どうも、反応がおかしい。

 たしかに、魔孔から魔力を吸い取ることは大変な不快感をもたらす上に、吸い取った側の魔力が不自然に増えて体調を崩すため、普通行わない。
 行わないが、相手の魔力を使うこともできるというのは、魔導士として知っておくべきことではないか。

 もしかして私の魔法は、何らかの不具合で、私の精神を過去に飛ばしたのかもしれない。

「……今は、何年?」
「オーリッド元年だよ。最近、新しい国王陛下の即位式が行われたじゃないか」

 オーリッド。聞いたことのない年号だ。

 私の住んでいた頃、国内で使う年号には、国王の名前が使われていた。「国王陛下が即位した」ことで年号が変わったのであれば、私の今いるここは、やはり私のいた国であろう。
 私は、魔法の歴史にも興味があった。国内で使われていた年号は、網羅している。その知識の中にない年号だということは、ここは未来だと考えて良い。

「知らないの?」
「……知らない」
「君は、どこの子なの?」

 青年の眉が顰められる。怪訝そうな表情。疑われている。

「……近くの」

 誤魔化すしかなくて、そう答えると、眉間の皺がますます深まった。

「近くのって、そこは王都じゃないか。王都に住んでいるのに、年が変わったことを知らないの?」
「……なんか、あんまり覚えてなくて」

 咄嗟に、記憶喪失を装った。
 砂漠で倒れていたわけだし、記憶が多少曖昧でも、仕方がないだろう。今がどんな時代で、ここがどんな場所かわからない以上、慎重に行動する必要がある。無闇に疑いを招きたくはない。

「ああ……倒れて、ちょっとおかしくなったのかな」

 青年の納得した声。そういうことにさせてもらおう。私は、そっと息を吐いた。
 なんとかこの局面を、乗り切ったらしい。

 砂漠に座ったままの私に、彼は手を差し出す。どうしようか迷って、私はその手を取った。まだ、この体は万全ではない。頼れるものには頼っておくべきだ。
 青年は、見かけの細さと比べると、意外なほど力強かった。ぐっと手を引かれ、私は立ち上がる。足元がふらついたが、自分の足で立つことはできた。

「王都まで送ってあげるよ。俺も王都に行くから」
「どこかから、来たの?」
「まあね……王都で仕事をしにきたんだ」

 その答えに、私は納得する。

 田舎の魔導士の中には、出世を夢見て、王都へやって来るものがたくさんいる。大成する者もいれば、思うような成果が出ず、田舎へ帰っていく者もいる。要するに、彼もそのひとりなのだ。
 そのまま彼に連れられ、歩き始める。

 この肉体がどういう経緯で砂漠にたどり着いたのかは知らないが、今目覚めたばかりの私は、道が全くわからない。
 私の知っている王都近辺の光景とは、全く違うのだ。
 王都の周りは、こんな砂漠ではなかった。緑豊かで、小川の流れる、素敵な土地だった。
 強烈な違和感を覚えつつ、青年に続いて歩く。

「えっ……」

 近くにあった、大きな砂丘。その脇を抜けるようにして歩くと、目の前がひらけた。

 砂丘に隠れて見えなかった、その先に、長い石造りの壁がある。あれが王都なのだろうか。あの壁面の色は、何となくではあるが、見たことがある気がする。
 だとすれば、王都周辺は、私の精神が彷徨っている間に、随分な変化を遂げたことになる。……一体何が、あったのだろうか。

「やっぱり凄いな、王都は。広い」

 青年は、手のひらを目元に翳して日光を遮り、壁面を眺めている。その表情に驚きがないということは、王都が砂漠にあるというのは、ここでの常識なのだ。

「行こう」

 青年に促され、私は再び、歩き始める。

 砂から立ち上る熱気が、体力を奪っていく。足がふらふらする。首筋に汗がにじむ。砂漠の行進は、一度死んだほどに衰弱した体には、かなり辛い活動だった。

 それでも歩いていくと、壁面がじりじり近づいてくる。
 そもそも彼は、どうして歩いているのだろう。風の魔法で体を飛ばせば、このくらいの距離、1回で一気に詰められるというのに。

 そういえばあの頃、飛んで上空から攻撃を加えるやり方が流行り始めて、問題になっていた。
 あまりの辛さに、頭がとりとめのない思考に逃避し始める。

 空からの奇襲が出始めた頃は、普通に空を飛んでいた者も多くいたから、悪意のある者と見分けることが難しかった。
 王都周辺では、上空からの攻撃を防ぐために、飛んではいけないことになっていても、おかしくない。
 事情がはっきりするまでは、無闇に飛行を勧めない方が良さそうだ。

 近づくと、壁面に大きな門がある。王都に入るためのものだ。かなり古び、劣化しているが、どこか既視感のある景色。
 たしかにここは私の知っている王都の、未来の姿だ。

「用件は」

 開かれた門の左右に、武装した兵士が立っている。
 魔法が使えても、予期せぬ物理的な攻撃を防ぐのは至難の業だ。いつ襲われてもおかしくないような危険な立場にいる者は、物理的な攻撃に耐えうるよう、武装している。
 彼らの武装は、そのセオリーに則っているのだ。

「これを」

 青年は、何かの紙を兵士に見せる。若い兵士はそれを見て、頷いた。私が青年の後に続こうとすると、「お前は?」と止められる。

「ここの子みたいだよ。砂漠で行き倒れていたのを、連れてきた」

 青年が答えてくれる。私は、余計なことをいうのは控え、黙って頷いた。

「……そうか。名前は?」
「イリス」

 答えると、兵士はそれを紙に記録する。こうして、出入りを管理しているのだ。出て行ったこの肉体の名前は、「イリス」ではないと思うが……知らないものを、答えることもできない。

 名乗ったことで「あの大魔導士と同じ」などと反応されるかと緊張したが、そんなことはなかった。私の功績は多大なるものだと自負しているが、それは当時のもの。
 あれから時間も経っている。私を上回る人々が、その後現れたのだろう。

「体調には気をつけろよ」

 兵士が、ぶっきらぼうに投げかけてくる。無造作だが、優しい。
 恵まれた王都に住んで、働いている人は、余裕があって優しい者が多い。そんな風潮は、今でも変わらない。少しほっとした気分になって、私は青年に続いて王都へ入った。

「うわあ……」
「うわあ……!」

 ひとつは落胆の声、ひとつは感嘆の声。字面は似ていても、込められた感情は対照的だった。

 私の知っている王都は、美しい石造りの街。道は綺麗に整備され、植木が整い、いつまでも散歩できる、心地よい空間だった。
 それが、どうだろう。見る影もない。全てが砂に覆われ、家々の壁も黄土色にくすんでいる。植木などひとつもなく、申し訳程度にサボテンが生えている。何をどうしたら、ここまで、変わってしまうというのか。

 それに対して、青年が発したのは、明らかに感動した声であった。

「これが王都……広いなあ……!」

 広いは、広いのだけれど。青年の漏らす感想と自分の考えのギャップに、私は密かに首を傾げた。
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