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1 砂出しの働き方改革
1-15.ニコの上達
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「今日もたっぷり溜まっているわね」
「こんな場所が、この王都のあちこちにあるんだな」
「あちこちどころか、もう、やってもやっても終わらないんですから!」
昨日とは違う現場であったが、相変わらず、吹き溜まりには大量の砂が山になっている。
私とニコが感心していると、リックが嬉しそうに補足説明をしてくれる。砂出しは手作業で、掃除した先から砂が積もっていく。やってもやっても終わらないはずだ。
「ここは、少し壁から遠いわね」
昨日の現場と違うのは、壁からの距離。
昨日の現場は壁沿いにあったが、今日は、通りを一つ隔てたところにある。
「距離が遠いと、難しいのか?」
「うーん、というよりは、壁自体が見えないのが、ね」
ニコやリックのような初心者にとって大切なのは、「イメージすること」だ。
昨日のように、壁が視界に入る範囲にある方が、初心者の練習には向いている。どこまで風を巻き上げて、どこで曲げて、どのように外へ出していくか、実際に目の前にある物を目印にして、計画することができるからだ。
目の前にないということは、想像で補完しなければならないということ。
私たちのいる場所からだと、壁は家に遮られて見えない。砂の山を見ずに風を起こすのは難しいので、こちらに立って魔法をかけるとする。その場合、家の向こうの壁は、完全に想像で越えていかないといけないのだ。
「まあ、やってみる? 失敗しても、ここのお家の人に謝れば済む話だし」
失敗した時に起こるのは、昨日私とニコが砂をかぶったような、あの程度の事故だ。
そもそも王都の家は、どこも壁や窓に砂が吹き付けて黄土色に染まっている。多少上から砂が追加されたって、気づかないかもしれない。
「俺が!」
「ここはニコがいいと思うわ」
「えっ……」
名乗りを上げたリックが、しゅん、と明らかに落ち込む。叱られて、耳と尻尾を垂らした犬だ。
「壁が見えないでしょう? リックの練習には、ここは難しすぎるだけ」
「俺にも難しいんだけど」
「ニコの方が、可能性があるわ。まあ、せっかくだから、挑戦してみましょう」
見えないものを具体的に想像するというのは、確かに難しい。ただ、一度コツを掴んだニコなら、できるかもしれない。
私は、ニコとリックを連れて、いったん砂山を離れる。
「どこへ行くんです?」
「壁を確認しに行くの」
「ああ、家はこんな感じなのか……」
歩く最中、ニコが振り返って確認するのは、砂山と家の距離、家の高さ。「具体的なイメージが必要」という魔法のコツを、もう身につけているのだ。壁の見える位置まで移動すると、今度は、家と壁の距離をじっくりと確認している。
「イリス」
「何?」
「いっそ、風の渦を曲げないで、そのままずっと遠くまで飛ばすっていうのはどうだろう」
「いいんじゃない」
私は、内容を精査せずにゴーサインを出す。
大切なのは、試行錯誤することだ。やってみて駄目だったら、他の方法を考えれば良い。経験の中で得た知識が、最も良く身につくのである。
「よくわかんないけど、すごいですね……!」
リックが感動している。
「ニコが失敗したら、リックが謝りに行ってね」
「えっ」
「先輩でしょ?」
そんな彼をからかっていると、鋭い風が髪を揺らした。
「おお……! すげえ!」
リックの歓声。
ニコは昨日のように、風の渦を作り上げ、砂の山を巻き込んでいる。手馴れたものだ。
風の渦は、砂を巻き込み、濃い黄土色に染まる。それが、存外軽そうに、地面からふわっと浮き上がった。ぐるぐると渦を巻きながら、空高くまで。
「あそこから砂が落ちてきたら、さすがに痛そうね」
「イリス、余計なことを言わないで」
うっかり、失敗のイメージに繋がるようなことを口走ってしまった。ニコの叱責が飛ぶ。
風の渦が乱れ、一瞬砂がぶわっと広がり……持ち直した。幾らかの砂粒がぱらぱらと落ちてくるのを感じたものの、大きな問題はなく、渦はそのまま家の向こうへ動いていく。
すると、ニコもじりじり移動し始めた。
「どこに行くの?」
「イリス、余計なこと言わないで。気になるならついてきて」
「そうですよ。邪魔しないで、付いて行きましょう」
ニコだけでなく、リックにもたしなめられてしまった。
余裕がないんだから。
話しかけられたら返事をするくらいの余裕を持たないと、ぎりぎりの集中力でやっているようでは、いざという時に魔法が上手く使えないんだから。
不満を持っているのは私だけで、真摯な目をしたニコと、目を輝かせるリックは、そのまま道を歩いていく。通りを、一本。越えれば、そこには壁がある。
「考えたわね」
ニコは宙に風の渦を浮かせたまま、壁が見えるところまで移動したのだ。そして、渦を壁の向こうまで移動させる。ざあ、と砂の塊が落ちる、成功の音。
「すごいわ、ニコ」
「いやあ……やっぱり、見えないと想像できなかった」
「それは訓練ね」
自分の実力を知り、それに合わせた対策を練るというのも、一つのやり方である。
ニコは見事にやってのけたが、あの規模の渦を空中に止めるのだって、かなり神経を使うはずだ。
「疲れた……」
現に、集中力の切れたニコは、その場に屈んでしまった。
「お疲れ様」
「すごいです! ニコラウスさん! 俺、俺は、感動して……!」
「リック、ごめん、少し静かにしてて」
リックの手放しの賞賛を浴びても、ニコはうずくまったまま。低い声で、そう告げる。
今のは優しくない。リックは黙り込み、見えない尻尾を垂らした。
「どうしたの?」
「……気持ち悪いんだ」
「ああ……」
慣れない量の魔力を放出すると、今のニコのように、具合が悪くなることがある。放っておけば治るのだけれど、その気分は、控えめに言って最悪だ。
とは言え、対処法は簡単。無くなった分の魔力を入れれば良い。
「治してあげる」
「できるの?」
「できるわ。ちょっと手を出して、ニコ」
気だるげに差し出された手を、受け取る。
「適当に、風を出して」
「今、具合が悪いんだけど」
「いいから」
ひゅう、と弱々しい風が吹き始めたのを確認し、私はニコの手を、右胸にある、魔孔の位置に当てた。
前に、飽和していた私の魔力を、ニコに吸い出してもらったのと同じ。
ニコの体に魔力が足りていないのなら、魔孔を通じて、魔力がそちらへ流れるはずだ。風を出させたのは、万が一、必要以上の量が流れてしまった時に、受け流すため。
ちょっとした応急処置だ。
「イリスさん、それは……」
「ん? こうすると治るのよ」
「お熱いですね……」
遠巻きに見て、何やら良くわからない感想を述べているリック。それはさておき、暫くすると、「あれ、治った」とニコが顔を上げた。
「こんなことで治るのか……」
「こんなことっていうか、まあ、私じゃないとできないことだとは思うけど」
魔孔とは、本来、大気中の魔素を体内に取り入れるためのもの。「入れるため」のところから魔力を「出す」というのは、多大なる苦痛を伴う。
だから例えば、ニコがリックの魔孔から魔力を出そうとしたら、一瞬のうちに激しい抵抗に遭うだろう。
私だからできるというのは、そういう意味だ。
なぜだか私の体は、魔力を抜かれても、全く苦痛がない。今回試してみて、やはりそうなのだ、と確信できた。
理由はわからないが、魔力を抜かれても、何の変化も感じない。
「じゃあ、次はリックの番ね」
「えっ! 触っていいんですか!」
「何を? 魔法の話よ」
「ああ、そっちですか」
そっちと言うが、他に何があるのか。リックの言うことは、よくわからない。
「次に近い現場は、どこ?」
今度は、リックの番だ。私が促すと、彼は「こっちです!」と元気よく先導し始めた。
「尻尾を振って歩いているみたいだ。可愛いよね、彼」
「ニコもそう思う? 私も、犬みたいだと思ってたの」
その後ろ姿は、鼻を掲げて意気揚々と歩く、大型犬によく似ていた。
「こんな場所が、この王都のあちこちにあるんだな」
「あちこちどころか、もう、やってもやっても終わらないんですから!」
昨日とは違う現場であったが、相変わらず、吹き溜まりには大量の砂が山になっている。
私とニコが感心していると、リックが嬉しそうに補足説明をしてくれる。砂出しは手作業で、掃除した先から砂が積もっていく。やってもやっても終わらないはずだ。
「ここは、少し壁から遠いわね」
昨日の現場と違うのは、壁からの距離。
昨日の現場は壁沿いにあったが、今日は、通りを一つ隔てたところにある。
「距離が遠いと、難しいのか?」
「うーん、というよりは、壁自体が見えないのが、ね」
ニコやリックのような初心者にとって大切なのは、「イメージすること」だ。
昨日のように、壁が視界に入る範囲にある方が、初心者の練習には向いている。どこまで風を巻き上げて、どこで曲げて、どのように外へ出していくか、実際に目の前にある物を目印にして、計画することができるからだ。
目の前にないということは、想像で補完しなければならないということ。
私たちのいる場所からだと、壁は家に遮られて見えない。砂の山を見ずに風を起こすのは難しいので、こちらに立って魔法をかけるとする。その場合、家の向こうの壁は、完全に想像で越えていかないといけないのだ。
「まあ、やってみる? 失敗しても、ここのお家の人に謝れば済む話だし」
失敗した時に起こるのは、昨日私とニコが砂をかぶったような、あの程度の事故だ。
そもそも王都の家は、どこも壁や窓に砂が吹き付けて黄土色に染まっている。多少上から砂が追加されたって、気づかないかもしれない。
「俺が!」
「ここはニコがいいと思うわ」
「えっ……」
名乗りを上げたリックが、しゅん、と明らかに落ち込む。叱られて、耳と尻尾を垂らした犬だ。
「壁が見えないでしょう? リックの練習には、ここは難しすぎるだけ」
「俺にも難しいんだけど」
「ニコの方が、可能性があるわ。まあ、せっかくだから、挑戦してみましょう」
見えないものを具体的に想像するというのは、確かに難しい。ただ、一度コツを掴んだニコなら、できるかもしれない。
私は、ニコとリックを連れて、いったん砂山を離れる。
「どこへ行くんです?」
「壁を確認しに行くの」
「ああ、家はこんな感じなのか……」
歩く最中、ニコが振り返って確認するのは、砂山と家の距離、家の高さ。「具体的なイメージが必要」という魔法のコツを、もう身につけているのだ。壁の見える位置まで移動すると、今度は、家と壁の距離をじっくりと確認している。
「イリス」
「何?」
「いっそ、風の渦を曲げないで、そのままずっと遠くまで飛ばすっていうのはどうだろう」
「いいんじゃない」
私は、内容を精査せずにゴーサインを出す。
大切なのは、試行錯誤することだ。やってみて駄目だったら、他の方法を考えれば良い。経験の中で得た知識が、最も良く身につくのである。
「よくわかんないけど、すごいですね……!」
リックが感動している。
「ニコが失敗したら、リックが謝りに行ってね」
「えっ」
「先輩でしょ?」
そんな彼をからかっていると、鋭い風が髪を揺らした。
「おお……! すげえ!」
リックの歓声。
ニコは昨日のように、風の渦を作り上げ、砂の山を巻き込んでいる。手馴れたものだ。
風の渦は、砂を巻き込み、濃い黄土色に染まる。それが、存外軽そうに、地面からふわっと浮き上がった。ぐるぐると渦を巻きながら、空高くまで。
「あそこから砂が落ちてきたら、さすがに痛そうね」
「イリス、余計なことを言わないで」
うっかり、失敗のイメージに繋がるようなことを口走ってしまった。ニコの叱責が飛ぶ。
風の渦が乱れ、一瞬砂がぶわっと広がり……持ち直した。幾らかの砂粒がぱらぱらと落ちてくるのを感じたものの、大きな問題はなく、渦はそのまま家の向こうへ動いていく。
すると、ニコもじりじり移動し始めた。
「どこに行くの?」
「イリス、余計なこと言わないで。気になるならついてきて」
「そうですよ。邪魔しないで、付いて行きましょう」
ニコだけでなく、リックにもたしなめられてしまった。
余裕がないんだから。
話しかけられたら返事をするくらいの余裕を持たないと、ぎりぎりの集中力でやっているようでは、いざという時に魔法が上手く使えないんだから。
不満を持っているのは私だけで、真摯な目をしたニコと、目を輝かせるリックは、そのまま道を歩いていく。通りを、一本。越えれば、そこには壁がある。
「考えたわね」
ニコは宙に風の渦を浮かせたまま、壁が見えるところまで移動したのだ。そして、渦を壁の向こうまで移動させる。ざあ、と砂の塊が落ちる、成功の音。
「すごいわ、ニコ」
「いやあ……やっぱり、見えないと想像できなかった」
「それは訓練ね」
自分の実力を知り、それに合わせた対策を練るというのも、一つのやり方である。
ニコは見事にやってのけたが、あの規模の渦を空中に止めるのだって、かなり神経を使うはずだ。
「疲れた……」
現に、集中力の切れたニコは、その場に屈んでしまった。
「お疲れ様」
「すごいです! ニコラウスさん! 俺、俺は、感動して……!」
「リック、ごめん、少し静かにしてて」
リックの手放しの賞賛を浴びても、ニコはうずくまったまま。低い声で、そう告げる。
今のは優しくない。リックは黙り込み、見えない尻尾を垂らした。
「どうしたの?」
「……気持ち悪いんだ」
「ああ……」
慣れない量の魔力を放出すると、今のニコのように、具合が悪くなることがある。放っておけば治るのだけれど、その気分は、控えめに言って最悪だ。
とは言え、対処法は簡単。無くなった分の魔力を入れれば良い。
「治してあげる」
「できるの?」
「できるわ。ちょっと手を出して、ニコ」
気だるげに差し出された手を、受け取る。
「適当に、風を出して」
「今、具合が悪いんだけど」
「いいから」
ひゅう、と弱々しい風が吹き始めたのを確認し、私はニコの手を、右胸にある、魔孔の位置に当てた。
前に、飽和していた私の魔力を、ニコに吸い出してもらったのと同じ。
ニコの体に魔力が足りていないのなら、魔孔を通じて、魔力がそちらへ流れるはずだ。風を出させたのは、万が一、必要以上の量が流れてしまった時に、受け流すため。
ちょっとした応急処置だ。
「イリスさん、それは……」
「ん? こうすると治るのよ」
「お熱いですね……」
遠巻きに見て、何やら良くわからない感想を述べているリック。それはさておき、暫くすると、「あれ、治った」とニコが顔を上げた。
「こんなことで治るのか……」
「こんなことっていうか、まあ、私じゃないとできないことだとは思うけど」
魔孔とは、本来、大気中の魔素を体内に取り入れるためのもの。「入れるため」のところから魔力を「出す」というのは、多大なる苦痛を伴う。
だから例えば、ニコがリックの魔孔から魔力を出そうとしたら、一瞬のうちに激しい抵抗に遭うだろう。
私だからできるというのは、そういう意味だ。
なぜだか私の体は、魔力を抜かれても、全く苦痛がない。今回試してみて、やはりそうなのだ、と確信できた。
理由はわからないが、魔力を抜かれても、何の変化も感じない。
「じゃあ、次はリックの番ね」
「えっ! 触っていいんですか!」
「何を? 魔法の話よ」
「ああ、そっちですか」
そっちと言うが、他に何があるのか。リックの言うことは、よくわからない。
「次に近い現場は、どこ?」
今度は、リックの番だ。私が促すと、彼は「こっちです!」と元気よく先導し始めた。
「尻尾を振って歩いているみたいだ。可愛いよね、彼」
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