生まれ変わった大魔導士は、失われた知識を駆使して返り咲きます。

三歩ミチ

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3 砂漠化の謎を探る

3-6.ベンジャミンの趣味

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 結局そのあと私たちは、何の手がかりも掴めなかった。
 魔力石の作られ方を探るために王城に入ろうにも、王城の警備は厳しく、正面から中へ入ることなど、もちろんできない。忍び込もうにも、そんな裏道があるとは思えない。
 ベンジャミンの代わりに水を降らせ、ニコとあれこれ話し合いながら、しかし何も進展しない日々。

「ねえ見てー! できたよー!」

 唯一進展しているのは、ベンジャミンの印刷魔法の再現である。彼の知的好奇心はなかなかのもので、私はあれ以来何もアドバイスしていないのだが、金型を試し、魔法の威力を試し、紙を試し、試行錯誤を繰り返して、徐々に理想に近づいている。
 そして今日、屋敷を訪れた私たちを、ついにベンジャミンは紙を掲げて出迎えた。紙の中央には、焦げ茶色の線で、丸が書かれている。

「なに、これ?」
「丸だよ!」
「そうねえ……」

 見ればわかる。
 ベンジャミンは誇らしげに胸を張った。

「金型を作るのは難しくって、とりあえず丸から始めたんだ!」

 机の上は試作の金型がある。なるほど、上手く金属を加工して、丸の形に凹凸をつけている。

「すごいわね。本当に実現するなんて」
「でしょー? 天才なんじゃないかなあ! あの印刷魔法を、再現できるなんて!」

 ベンジャミンは、紙相手にワルツを踊る。
 心底楽しそうだ。こういう、自分の趣味に一直線な研究者は、応援したくなる。

「丸の次は、何で試すの?」
「迷ってるんだけどねえ……とりあえずの目標は、これを刷ることだよー! 大好きな絵!」

 はらりと広げられた絵は、大きな樹を真ん中にして、周囲に池が広がっている絵である。

「これ、何の絵なの?」
「王城の樹なんだって。偉かった僕の祖母が、若い頃に描いたみたい。失われた王都の樹……わくわくするよねぇ」

 ベンジャミンは、頬に手を当て、うっとりと目を細めた。

「青い水に浮かぶ大樹なんて、すっごい素敵じゃない?」
「青い水に浮かぶ、大樹?」
「そう。もうおばあちゃんは死んじゃったんだけどね、小さい頃はいろんな話をしてくれたんだ。印刷魔法とか、アクロバット飛行の魔法とか、広域に雨を降らせる魔法とか、地揺れを防ぐ魔法とか……」

 聞き覚えのある魔法が並び、私は懐かしさに、遠い記憶へ思いを馳せた。
 地揺れを防ぐ魔法は、なかなかに難しいものであった。地揺れを防ぐと銘打ったが、おれな数千年単位での問題の先送りである。調べたら、地のたわみが地揺れの原因になっている様子だった。それを、上手く直したのだ。
 いつかはまた地面はたわむ。その時に対処できる魔導士がいることを祈りながら、あの地を後にしたのだ。

「そういえば、イリス……なんだっけ。ステンキル? とかいう魔導士が、美しくて魔法が上手くて、至上の憧れだったって、おばあちゃんが言っていたなあ」

 どきっとした。
 いきなり出たかつての名前に動揺して、視線が不自然に揺れたかもしれない。

「イリスは同じ名前なんだね。その人にちなんでるの?」
「……そうかもしれないわ。名前の由来なんて、聞いたことないけど」

 ベンジャミン・バルバトソン。
 聞き覚えのない姓だから気にかけていなかったが、婚姻関係を結んだり、養子になったりしたら、姓が変わる場合もある。

「……お祖母様の名前は、なんていうの?」
「名前? アリスだよ。アリスばあちゃん」
「……へえ」

 アリス。私が病に臥せってから教えた、弟子のひとりかもしれない。あの頃は私もまだ体調がましで、元気のある時には、起き出して教えたのだ。
 もう万全な状態でもない私を慕い、教えを請うてくれた彼ら。その、アリスの孫が、目の前にいる。
 アリスなんて名前はありふれているから、別人かもしれない。それでも、私の心は、感慨に満ちていた。
 私は努めて声のトーンを落とした。心の震えが、伝わらないように。

「美しくて魔法が上手くて、至上の憧れか。そんな人に因んだ名前なんて、君にぴったりだね、イリス」
「私は魔法が使えないのよ。ふざけたこと言わないの」

 からかった口調のニコに、思わずそう返す。なんでもない会話のおかげで、心の妙な震えが収まった。

「どうでもいいけど、とにかく、その中で僕がロマンを感じたのが、この大樹なんだよ。これはないしょの話なんだけど……祖母は王子様と仲の良い時期があって、王城を案内してもらったらしい。そしたら中に、こーんな、大きい樹があったんだって。緑の葉を広げた大樹が池に浮かぶ様は、うっとりするほど、綺麗だったんだって~……僕、綺麗なもの、好きだからさあ」

 うっとりしていたベンジャミンは、ぱっと目を開く。

「そう! 僕の好きな綺麗なもの、他にも見る? 水晶とか、宝石とか、いっぱいあるんだよ!」

 ばたばたと引き出しを開け閉めし、いくつもの箱を抱えて戻ってくるベンジャミン。彼のコレクションには、貴重なものや懐かしいものが、たくさん含まれていた。箱が開くたび、私は感嘆の声をもらした。

「これ全部、ベンジャミンが集めたの?」
「まさか! おばあちゃんがくれたものとか、パ……親父にもらったものとか、いろいろだね。これなんか、大好きなんだあ、僕! おばあちゃんが昔訪れた洞窟で取れた、水晶らしいんだけど~……」

 ひとつひとつ取り出し、その来歴や特徴について詳細な説明を付加するベンジャミン。こういう話は、好きだ。好きなものについて語る人の、熱量のある話を聞いていると、その世界に引き込まれる感じがする。
 相槌を打ちながら聞いていて、ふと隣を見ると、ニコは笑顔を貼り付けてぼーっとしていた。

「ニコ、話わかる?」
「……好きなものがあるってすごいね、イリス。イリスが楽しそうに聞いてるから、俺は嬉しいよ」

 ああ、あんまり興味がないんだな。
 もっともらしいニコの返事の裏に、無関心さを感じて、私はおかしくなった。ニコにも、そのくらいの苦手なものがあってもいい。彼はどうも、人付き合いができすぎるから。

「……で、これで全部! イリスちゃんは、どれが好き?」
「そうねえ……これかしら」

 ニコはもはや無関心さを隠しもせず、頬杖をついてそっぽを向いている。ベンジャミンもその辺りは察しているのか、私にばかり話しかけてくる。
 私がひとつの石を選ぶと、ベンジャミンは「きゃあ」と甲高い歓声を上げた。

「わかるぅ~! この色合いも、フォルムも、綺麗だよねえ!」
「そうね。あとは採石された場所も、興味があるわ」
「へぇ、そうなんだ! 僕はねえ、この石のいいところは、形だけじゃなくて……」

 止まらないベンジャミンの語り。口を挟む隙がなくなって、私も手慰みにお茶を飲む。

「イリス。そろそろ、水撒きに行かない?」
「そうね」

 背景音と化したベンジャミンの声を意に介さず、ニコに提案される。たしかにそろそろ、相手をしきれなくなってきた。私は同意して、椅子を引いて立ち上がる。

「じゃあ、ベンジャミン。私たちは行くから。楽しい話を聞かせてくれてありがとう」
「行ってきますね」
「……えっ? わかった! 僕のコレクション、また見に来てねえ!」

 目的を履き違えているベンジャミンに元気良く手を振られながら、私たちは屋敷を出た。
 ニコが、深いため息をつく。

「……疲れたの?」
「疲れたっていうか……イリス、聞いてて辛くなかったの?」
「あんまり。私、ああいう突き詰めてる人の話を聞くのは、好きなのよね」

 聞いていて辛い部分はなくもない。ただ、そうした人々の話には、新たな学びがあるのだ。

「イリスは楽しそうだったね。なんだか……ベンジャミンみたいな研究者との方が、気が合う、みたいだ」
「気が合うっていうか……楽しいじゃない、知らない話を聞くのは」
「楽しそうだったね。目をきらきらさせて、身を乗り出して話を聞いてた」

 ニコの言葉には、なんとなく棘がある。

「……何か、嫌だった?」
「いや、別に」

 そう答えるニコの不機嫌そうな横顔は、「別に」という感じでもない。
 苦手だ、こういう雰囲気。相手がいきなり会話の途中で機嫌を悪くしても、大方の場合、私はその理由を察せない。深追いしても喧嘩になる。私は掘り下げるのをやめた。

「それより、ベンジャミンの話の中で、青い池の話が出てきたじゃない?」

 ニコは僅かに頷きながら、王都のこちら側全域に、水を降らせる。

「前にニコが元通りにしてくれた、初代国王の像、あったでしょ?」
「あるね」

 あの広場は、リックたちが作ってくれたベンチと私が作った日除けによって、人々の憩いの場として、それなりに機能している。知り合いのよしみで、サラが暇な時に店から出張して果実水を販売してくれるのも、人の集まりに拍車をかけた。
 リックたちは実際にものを作り上げたことが評価されて、大工としても、それなりの仕事を受け追えるようになった、らしい。

「あの水が、昔はもっと青かったって話したの、覚えてる?」
「覚えてる……もしかしてイリス、君が言いたいのって」
「そう。さっきベンジャミンは、王城の中に、青い池があったって言ってたでしょ。初代国王の像は、青い水。しかも、樹の上に立ってるなんて、偶然にしては、よくできてない?」

 私はあの日、まだ水の入っていない噴水に降りて、内部構造を確認したときのことを思い出す。

「それに噴水の中には、人が通れそうなくらいの、大きさの穴があったわ。そこから水が、流れ出てきていたみたいな」
「もしかしたら、そこを通って、王城に入れるかもしれないって思ってる?」
「思ってるわ。もしかして、って」

 ベンジャミンの言っていた青い池と、かつて噴水の周りに満ちていた青い水が同じなら、なんらかの理由であの場所まで水が流入していた可能性もある。
 ニコは瞬きをゆっくりして、肩をすくめる。

「すごい嫌なこと言っていい?」
「なに?」
「気になるけど、俺じゃなくてベンジャミンと言った方が、楽しいんじゃないかな」

 ニコはまだ、それが引っかかっているのか。
 私は密かに、ため息をつく。ニコも同様に、息を吐いた。

「……ごめん、言いたかっただけ」
「やめてよニコ、ベンジャミンになんて、頼めるわけないじゃない。私はニコと、魔導士として身を立てるって、決めたんだから」
「そうなの?」
「そうよ」

 誘拐犯からニコに救い出されて、自分の無力を痛感した私は、そう決意したのだ。
 ニコは私の体を引き寄せ、魔力を補給する。降る雨の雨足が、一段強まった。

「だよね。俺も協力するよ」
「私がニコに協力するのよ。魔法が使えるのは、ニコなんだから」
「イリスがいないと、俺はこんなに魔力を使った魔法なんて、使えないよ」

 雨を止ませると、大気中に残った空気の細かな粒が、陽の光を受けて虹色に輝く。

「久々に、広場の池に水を補給しに行かないとね」

 ニコはそう言って、王都のあちら側に、顔を向けた。
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