怪物は愛を囁く

三歩ミチ

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11.怪物は愛を囁く

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反逆者よ。お前の処置が決まった。魔の者に命じ、国家転覆を企てたこと。その罪は──」
「国家転覆を、企てた?」
「魔女に王太子の暗殺を命じたのは、お前だと証言があった。よって、その命をもって償ってもらうこととなる」

 それは、事実に反する。
 リーンが弟である王太子を殺めようとしたことなど、ただの一度もない。

「そうですか……」

 リーンの声には、諦めの色がにじむ。
 諦めては駄目だ、事実に反すると言わないと!
 俺はリーンの背中を押して訴えたが、彼女はびくりともしなかった。

「わかりましたわ。私はもう、何も言いません」

 長い牢獄生活は、リーンから、抗う意思を奪ってしまっていた。
 やはり俺には、何もできないのだ。強い虚脱感に襲われた俺は、リーンにもたれたまま、何もできなかった。

***

 その日。
 リーンは、俺を服の中に放り込んだ。後ろ手に縛られた手首と腰の隙間にしがみつくことで、俺はリーンと共に牢を出た。
 そばには常に誰かがいて、リーンと言葉を交わすことは叶わなかった。

「……眩しい」

 外に出ると、リーンがぽそりと声をもらす。それに反応する者はなかった。

「来たな、反逆者」
「……ランドルフ」
「名を呼ばれるのもおぞましい。僕は、王太子の外戚となるのだ。これ以上、不敬の罪を重ねるのはやめろ」
「王太子の外戚……そうでしたね。おめでとうございます」

 リーンの弟である王太子と、ランドルフの妹の婚約が発表された場には俺たちも居合わせた。やはり彼らの目的は、シェルトランド公爵家と王家の距離を詰めることだったのだ。
 リーンは、良いように使われただけだ。

「アーニャ様も、息災でいらっしゃいますか」
「それを聞いてどうするのだ? 王太子殿下を呪おうとしたように、呪うつもりか」
「いえ、そうではありません」

 そもそもリーンが、誰かを呪おうとしたことはない。ランドルフだって、わかっているはずだ。

「どうせ死ぬのだ。教えてやっても良い。アーニャは元気だ。僕の子を宿している。あの愛らしいアーニャの子なら、さぞ可愛らしいだろう。可愛げのないお前と違って」
「可愛げの、ない……」
「そうだ。いつも堅苦しいし、完璧すぎて隙がない。いつからそんな風になったんだ? 昔はもっと、王女らしくない、天真爛漫な……」
「それは、あなたが……!」

 ランドルフが咎めるから、リーンは完璧な淑女になったのに。あんまりな言い草だ。俺は苛立って、腕に力を込めた。リーンの手首が、ふるふると震えている。

「火刑は、熱くて苦しいという。せいぜい、呪われる恐怖に苛まれ続けた王太子の苦しみを味わうんだな」

 周囲で、魔力が弾けるのがわかった。リーンの足元から、熱気が上がってくる。
 このままでは、俺も燃えてしまう。俺はリーンの背を這い上がり、首元から顔を出した。
 リーンは、手足を括られ、高いところに吊られていた。ランドルフは遠く下方にいる。小さな熊である俺の姿は、きっと見えないだろう。

「ごめんね、アンちゃん。ずっと側にいさせてしまって」
『リーン? どういうことだ』
「一緒にいてくれて、嬉しかったわ。あたしが死ねば、アンちゃんはきっと、闇に還れるのでしょう?」
『そんな──』
「漸く、あなたを解放してあげられるわ」
『何を──』
「あたしが、あなたに側にいてほしいと願ったから。その願いを叶えてくれていたのよね。あなたには辛い思いをさせたわね」
『違う、リーン。それは違う』

 リーンはかつて、「黒魔法」の本を読んでいた。そこには、「魔の者は召喚者の願いを叶える」と書かれていて。俺は確かそれを、肯定した。

 リーンはずっと誤解していたのだ。
 リーンの願いは俺と共にいることで、俺はそれを叶えているのだと。死ぬことで、俺を解放できると思っているのだ。

『俺は、俺の意思でお前のそばにいたんだ、リーン。大体お前は、俺の召喚者じゃないだろう!』
「物心つく前のあたしが、召喚したんじゃないの?」
『違う! 俺は、自分の意思で! お前が必要としてくれるのが嬉しくて、傍にいたんだよ』
「あれは……熊の人形だ! やはり魔の者と話しているぞ、あいつ! 火力を強めろ、早く焼き尽くすんだ!」

 俺たちを、強い火が包む。リーンは顔を歪めた。

「あなたの意思だと言ってほしいから、そう言ってくれるのね。アンちゃんは、いつもそうだわ。あたしの言って欲しいことを、言ってくれる」
『信じてくれリーン、俺は自分の意思で、お前の役に立ちたいんだ。覚えているだろ? 俺の名を、呼んでくれたら』
「ごめんなさい、ありがとう」

 ごう、と火が強まった。俺の体もじりじり焼ける。リーンの服に火が回った。
 げほ、とリーンが熱気にむせる。
 もう時間がない。俺が何を言おうと、リーンはそれを、自身の望みだと思い込んでいる。

『やめてくれ、リーン。このまま死のうとしないでくれ。俺に、助けさせてくれ』
「ありがとう、アンちゃん。最後まで一緒にいてくれるだけで嬉しいのに、あたし、わがままなのね」

 違う。違うのに、俺の気持ちは、全くリーンに伝わっていない。

『愛しているんだ! リーン、俺は、お前のことを』
「えっ」

 リーンの顔が、ふっと緩んだ。

「……そんなことまで言ってほしいだなんて、思ったこともなかったわ」

 燃え盛る火の向こうで、リーンの頬に涙が伝う。

「本当に、あなたの意思なのね」
『そうだと言っているだろう。頼むリーン、このまま死ぬなんてことは』
「……ありがとう。アンドルネリーデ、あたし、死にたくないわ!」

 ぶわ、と。
 リーンの魔力が俺を包み、俺の体は文字通り広がった。巨大な、闇そのものの手足。片手でリーンの体を引っ掴み、縄を引きちぎった。

「大きくなった! 熊の人形の姿をしているのでは、なかったのか!」
「逃がすな! 燃え尽くせ!」

 火力が強まったが、「アンドルネリーデ」の形をした俺には、痛くも痒くもない。

 天井に拳を振るうと、大きな穴が開いた。俺はそこから、外に這い出る。

「げほっ」

 火に喉をやられたリーンは、激しく咳き込んでいる。早く休ませてやりたい。俺は高く飛び上がった。そのまま、人のいない場所を目指す。

『ここなら大丈夫だろう』
「……あたし、生きてるのね」
『そうだ。良かった、生きたいと願ってくれて』

 王都を囲む森の中、柔らかな葉の上にリーンを寝かせる。服は全て焼け落ち、皮膚も赤く火傷している。美しい栗色の髪は、焼けちぢれていた。
 でもそこには、生きているリーンがいた。息をしている。話している。

「やっぱりあなたは、あたしの願いを叶えてくれるのね」

 笑っている。
 俺の胸が、ぎゅうと縮んだ。

『違う。俺はただ』
「わかっているわ。あなたの言葉を、疑ってごめんなさい。アン──アン──アンドルネリーデ」

 蜂蜜色の瞳が、細められる。
 そこには、俺の姿が映っていた。黒く、輪郭も判然としない、闇の者の形。

 こんな姿では、リーンの側にはいられない。
 もう、熊の形には戻れないだろう。俺は「アンちゃん」から、「アンドルネリーデ」になってしまったから。

『どこか安全なところまで送り届けよう。そうして俺は、闇に還るよ』
「どうして?」
『どうして、って。こんな姿では、お前の側にはいられない』
「どうして?」
『え……』

 リーンの純粋な瞳は、初めて会った頃と同じだった。恐れる様子が微塵もない。こんなに、おぞましい姿だというのに。

「アンドルネリーデは、どうしたいの?」
『俺は』
「あたしは、あなたの本当の気持ちを知りたい」
『俺は……お前と一緒にいたい。当たり前じゃないか。どんな思いをして、助けたと思っているんだ』

 リーンが、片手をもたげる。
 俺の顔に、焼けただれた手が触れた。
 熱い。それでいて、その手つきは優しかった。

「なら、一緒にいましょうよ。あなたがいれば、あたしは、頑張れるわ」
『……許されるのなら俺は、死ぬまで共に』
「許すも何も──本望だわ」

 リーンの傷が癒えてから、俺たちは国を離れ、身一つで旅に出た。

***

 魔の者を従えた、強大な魔法使い。この大陸の逸話には、あちこちでその存在が現れる。
 魔法使いは魔の者と共に、時には暴れる魔物を追い払い、時には川を広げて洪水を防いだ。
 その者達がどこから来てどこへ去ったのか、知る者はない。
 ただ、逸話の最後には、必ず同じ言葉が付く。

「魔法使いと魔の者は、手を取り合って、この地を去っていった」

 死が二人を分かつまで。魔法使いと魔の者は、共に旅を続けたらしい。
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