怪物は愛を囁く

三歩ミチ

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10.牢屋の中で

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 騎士の巡回時間を把握し、魔力のより少ない騎士がやってくる時間もわかった。万全を期した方が良い。
 俺は、魔力の少ない騎士がやってくる時間に合わせて、家具の下から這い出た。地下牢への扉が開く。騎士の後ろから滑り込み、階段を下りる。

 地下牢への階段は薄暗く、埃まみれで黒い俺は、全く目立たなかった。階段の隅に寄り、交代の騎士をやり過ごす。視線の離れた隙を見て──地下牢の策の間から、中へ滑り込んだ。

 リーンは、そこにいた。

 ぐったりと、横たわっていた。

 薄汚れた服を1枚被せられ、寒さに震えていた。美しい栗色の髪は、すっかり艶を失っていた。
 それでもリーンは、美しかった。
 俺は、騎士の視界に入らない、リーンの背後に滑り込む。

 ぐ、とリーンの手が動いた。
 その痩せた手のひらが、俺に触れた。

「はっ」

 浅く息を呑んだリーンは、それ以上の反応を押し殺した。しかし、リーンの緊張が解けたことが、俺にはよくわかった。
 俺は薄汚れた腕を伸ばし、リーンの指先を掴んだ。そうして、いつか生徒会室でしたように、もう反対の手でそっと撫でる。

「……っ、うぅ」

 リーンは、泣いていた。背中を震わせて、声を殺して。俺は彼女を宥めることもできず、ただ、指先を撫で続けた。

***

「……アンちゃん」
『……』

 掠れた声で、リーンが俺の名を呼ぶ。

「騎士様、居眠りしちゃったわ。だから話して大丈夫」
『リーン……』
「小さな声で、ね。……ありがとう、アンちゃん。来てくれて嬉しいわ。あなたが、祓われていなくて良かった」

 リーンと目が合う。蜂蜜色の瞳が、優しく細められる。

『俺は、リーンを助けに来たんだ』
「無理よ。あたしは、反逆者だもの」
『確かにお前は俺を従えていたが、悪いことは何もしていないじゃないか。嵌められたんだよ、リーンは』
「魔の者を従えること自体が反逆なのよ、アンちゃん。でもあたしは、確かに悪いことをしたとは思っていないわ。アンちゃんがいなければ、あたしは早くに精神を病んでいたと思うもの」

 やはりリーンに、俺は必要だったのだ。
 こんな状況でも、俺の心は、その事実に喜びを覚える。

『俺と一緒に逃げよう、リーン』
「だめよ。ここからは出られないわ」
『俺の体は、リーンの意思次第で変わる。最初に出会った頃の姿を、覚えているだろう? あの形なら、こんな牢屋なんぞすぐに出られる』
「……それは」

 リーンは、一瞬黙った。

「……忘れちゃったわ」

 リーンが、忘れているはずがない。

『なぜだ。俺に頼ってくれれば』
「しーっ! もう起きるわ」

 居眠り騎士が目覚め、リーンとの会話は強制的に終了した。

 なぜリーンは、俺に頼ってくれないのだ。
 リーンには、俺しかいないのに。なぜ、この手を取ってくれないんだ。

 リーンの背に寄って、身を隠す。その背にぴったりと寄り添っても、リーンの気持ちがわからなかった。
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