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魔女、騎士に出会う
ニーナは求められたい
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人によって、匂いは違う。
先日の女性は檸檬で、森で出会った騎士は花。ルカルデは木のような匂い。似た系統の人はいても、誰ひとりとして同じ匂いの人はいない。
そして、内面と匂いは一致しない。20年生きてきた私の、匂いに関する結論のひとつだ。
性格の悪い人は汚泥の匂いとか、善い人は薔薇の匂いとか。そういう法則性があれば、人生は簡単なのに。
そんなことを思うこともある。私はただ、香りや匂いがわかるだけ。よく利く鼻は、その割に大して役には立たない。
店を出て鍵を掛ける。ルカルデと並んで歩き始める。丸いお腹が重たいのか、はたまた年齢ゆえか、彼は歩くのが遅い。ゆったり歩くルカルデに歩調を合わせて進んだ。
「ニーナを町に留めたのは、わしの町長としての成果の中でも1、2を争う成功じゃ」
「それは大袈裟です」
「そんなことはない。わしは今まで人生の半分は探し物に費やしてきたが、ニーナのおかげで半分に減ったぞ」
髭をねじりながら笑うルカルデは、この町の町長だ。
廃墟と化していたあの家を、私に破格で譲ってくれたのはルカルデである。私は前の町で人に騙され、全てを失った。着の身着のままの私を温かく迎え入れてくれたルカルデは、まさに恩人である。
「こんにちは、ルカルデさん」
「ああ、メリー。こんにちは。お宅の息子さんは元気かね」
「お陰様で、今度嫁を迎えることになりまして」
「ほう。それはめでたいのう」
世間話に相槌を打つたび、ルカルデのお腹はゆさゆさ揺れる。お腹を留めるベルトの金具を柔らかな手のひらで撫でながら、話しかけてきた女性に応対する。
嫁を迎えるって、結婚するということか。
このメリーという女性の息子さんは、私も知っている。確か、干し肉屋の職人のひとりだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう、魔女さん。今日も町長のおつかいなのね」
昔々、強大な力を持ったゆえに、迫害された人々のことを魔女と言う。今となっては存在したかどうかもわからない、伝説上の人々。
私には、魔女のように強大な力なんてない。立派なのは呼び名だけだ。過大評価に申し訳ない気持ちになるが、親しみを込めて呼ばれるあだ名は嫌ではない。
「それにしてもルカルデさん、しょっちゅう魔女さんを連れ歩いてますねえ。そんなに失くしものばっかりして、大丈夫ですか? お年?」
「失礼な。わしの物忘れは昔からじゃ。まだまだ退かんぞ」
「そうでなくては困りますよ。ルカルデさんが町長になってから、このカプンはずいぶん明るくなったんですから」
嬉しそうにお腹を揺らすルカルデと、豪快に笑うメリー。
町長といえば、町の名士だ。偉いはずの彼に、町の人は気軽に話しかけ、軽口を叩く。人々の失礼な物言いにも、ルカルデは笑って応える。身寄りのない私にも快く仕事と家をくれた。彼はおおらかで差別をせず、民を愛し、民に愛される町長である。
「あらこんにちは、ニーナちゃん。またうちの人が依頼したのね」
「いいんです、ルカルデさんのお役に立てるなら」
「そう? ごめんなさいね、汚くて。どうぞ入って頂戴」
ルカルデの家に着くと、愛想良く迎え入れてくれる彼女はエマだ。ルカルデの奥さんである。ルカルデとは違い、痩せた体つき。すっと背筋が伸びた美しい姿勢で、足音を立てずに中へ案内してくれた。
後ろから見ると、結い上げた髪に花のモチーフをつけている。季節にぴったりな淡い紫の花だ。
1階の一画が、ルカルデの町長としての執務室だ。その中には例の如く、無造作に積まれた本や書類の束がそこかしこに置かれている。
「あなたももう少し、片付けしたらいかが」
「わしは何がどこにあるのかわかっておる」
「ニーナちゃんを何日置きに呼んでると思っているの? わかっているのなら、そんなことにはなりませんよ。ニーナちゃんだって忙しいんですから」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くルカルデ。口うるさく言うが、目尻は下がっているエマ。2人の睦まじい会話に耳を傾けながら、私はルカルデの匂いを辿る。
物を踏まないよう、毛足の長い絨毯の上をそろりと歩く。天板が厚くがっしりとした大きなテーブルは、ルカルデの事務机だ。筆記用具が散らばり、紙は高く乱雑に重ねられている。
ルカルデの匂いは、この紙の合間から漂ってきている。
書類の束をいくつかに分け、その中から1枚の書類を見つけ出す。摘んだ書類から、ルカルデ特有の木に似た匂いがした。
「ルカルデさん、これでしょうか?」
「おおっ! それじゃ。ありがとう、ニーナ!」
ルカルデはその書類を受け取り、上から下まで確認する。木の匂いは弾けて消えた。探し物を見つけると、匂いはなくなる。だからこれが、ルカルデの探し物だ。
彼の場合には、他にもゆらゆらと四方に匂いが漂い出ている。常にいくつもの探し物をしているのだ。町長という立派な立場でありながら抜けたところがあるのが、ルカルデの魅力のひとつだと思う。
「あの束の中は、最初に探したんだがなあ……」
探し物は多くの場合、ここにあるはずなのに、と思って最初に探したところにあるものなのだ。私にも同様の経験があるから、よくわかる。
ルカルデは小さな眼鏡を掛け、早速、椅子に腰掛けて何やら書類に書き込み始めた。
「いつもありがとうね、ニーナちゃん。物を失くすなら片付ければいいのに、それができないのよ、あの人」
エマが骨の浮いた手を頬に添え、はあ、と息を吐く。
「ルカルデさんのお役に立てるなら、嬉しいです。私の恩人ですから」
「ニーナちゃんは本当に良い子ねえ」
一仕事終えた後、私はルカルデ家の食卓に座らされていた。目の前には、エマお手製の野菜スープが置かれている。
赤トマトをベースにした具沢山のスープ。体に良さそうな香り。顔のベールを外し、スプーンでスープを掬う。土と野菜と塩味の混ざった温かい香りが、胃の方へ落ちてゆく。
「……美味しいです」
「嬉しいわ。健康のために野菜を使っているのに、あの人ったら脂が足りない、肉を入れろってうるさいのよ」
「薬草茶はお好きなのに、不思議ですね」
「薬草茶は、何とも言えない味わいがあるだろう」
現れたルカルデは、エマの隣に座る。エマは一度立ち上がり、私たちが飲んでいるものと同じスープを持ってきた。顔をしかめたルカルデが「野菜だけじゃなあ」と不満そうに呟く。
「薬草茶だって、脂はありませんよ」
「あれは……何というか、独特の風味を好んでおるのだよ。君ならわかるだろう、ニーナ」
「凄いわねふたりとも。薬草なんて、好んで食べるものじゃないわ」
今度はエマが顔をしかめる。
カプンの町でも薬草は買えるが、食用ではない。一般的に薬草とは、熱を出した時に飲む熱下げや、二日酔いの気分の悪さを和らげるために飲むものだ。目に見える効果のある薬草は、概して苦味や渋味が強い。体調が悪い時に飲むものというイメージも先行しており、嗜好品として好む人はいないらしい。
「エマも、ニーナの作る薬草茶を飲んだらわかるぞ」
「ええ……でも薬草でしょう?」
「美味しい薬草も、中にはあるんです」
茶にすると香り高くて美味しいもの。生で食べても食感や風味が良いもの。乾いたものをすり潰すと、ぴりりと辛い調味料になるもの。薬草にもいろいろある。故郷にいた頃、私は母に薬草の使い方をいろいろと教わったのだ。
「ニーナちゃんは若いのに詳しいわねえ」
エマがしみじみと呟く。彼女の常套句を受け、私は肩を竦めた。
「若いって、もう20歳ですよ」
「あら、そうだった?」
エマと知り合ってから、このやりとりはもう数度目だ。
「私って、そんなに子供っぽいでしょうか」
幼く見えても良いことはない。
足元を見られ、都合良く扱われる。
母のような凄みが出せれば良いのに、私にはそうした器用なことができない。
「子供っぽいというか……まあ、私たちにとっては、20歳でも子供なのよ。でもそうね、強いて言うなら浮ついた話がないからかしら」
エマは口元に手を当て、ふふっと悪戯っぽく笑う。
「浮ついた話ですか?」
「そうよ。ニーナちゃんもそろそろ、旦那さんになる人を作っても良いお年頃でしょう? 家庭を持つと落ち着いて見えるものね。もし良かったら、お相手を紹介するけど」
頬を染め、悪戯に笑うエマ。その表情は少女のように無邪気だ。
「エマ。君のそういうところがお節介なのだよ。ニーナが困っているぞ」
「でも、あなたもそう思うでしょう?」
「そうだなあ……」
ルカルデが唸りながらスープを飲む。髭についたスープを、ナプキンで拭った。丸いお腹をぽんと撫でてから、視線がこちらを向く。
「わしはニーナの好きにすれば良いと思うぞ。ただ、君がこの町に根を下ろすのには賛成じゃ」
「あなた、それは探し物を手伝ってくれるからでしょ」
「ばれたか。はっは」
お腹を撫でながら笑うルカルデと、目尻を垂らすエマ。私は向かいに座るふたりのやりとりを、スープを飲みながら眺めた。
血の繋がりはないはずなのに、ふたりの表情はよく似ている。消えそうなくらいに細められた優しい目なんて、本当にそっくりだ。
「ニーナちゃんはどんな方が好みなの?」
「ええ……ルカルデさんみたいな優しい方、でしょうか」
「嬉しいことを言ってくれるのう」
「あなたのことじゃないわよ。ねえ、お世辞でしょう?」
小気味良い調子のやりとりは、自然と表情を緩ませる。私は目を細め、首を傾げて話題を誤魔化した。
結婚はもちろん、浮ついた話のひとつにも興味なんてない。私の幸せは、誰かの役に立つことだ。
求められたら、応えなさい。
今のように町の人々に求められ、それに応えて感謝されることは何よりも嬉しい。もし私に浮ついた話が出るとしたら、誰かに求められた時だろう。
そこまで考えが至ってから、私は鼻で軽く笑った。私の鼻は特徴的だが、私自身は何もできない一般人だ。人として、私を求めてくれる人なんていない。
少なくとも人として互いを支え合っているルカルデ夫妻を見ていると、微笑ましさと共に、胸の片隅が僅かにちくりと痛んだ。
先日の女性は檸檬で、森で出会った騎士は花。ルカルデは木のような匂い。似た系統の人はいても、誰ひとりとして同じ匂いの人はいない。
そして、内面と匂いは一致しない。20年生きてきた私の、匂いに関する結論のひとつだ。
性格の悪い人は汚泥の匂いとか、善い人は薔薇の匂いとか。そういう法則性があれば、人生は簡単なのに。
そんなことを思うこともある。私はただ、香りや匂いがわかるだけ。よく利く鼻は、その割に大して役には立たない。
店を出て鍵を掛ける。ルカルデと並んで歩き始める。丸いお腹が重たいのか、はたまた年齢ゆえか、彼は歩くのが遅い。ゆったり歩くルカルデに歩調を合わせて進んだ。
「ニーナを町に留めたのは、わしの町長としての成果の中でも1、2を争う成功じゃ」
「それは大袈裟です」
「そんなことはない。わしは今まで人生の半分は探し物に費やしてきたが、ニーナのおかげで半分に減ったぞ」
髭をねじりながら笑うルカルデは、この町の町長だ。
廃墟と化していたあの家を、私に破格で譲ってくれたのはルカルデである。私は前の町で人に騙され、全てを失った。着の身着のままの私を温かく迎え入れてくれたルカルデは、まさに恩人である。
「こんにちは、ルカルデさん」
「ああ、メリー。こんにちは。お宅の息子さんは元気かね」
「お陰様で、今度嫁を迎えることになりまして」
「ほう。それはめでたいのう」
世間話に相槌を打つたび、ルカルデのお腹はゆさゆさ揺れる。お腹を留めるベルトの金具を柔らかな手のひらで撫でながら、話しかけてきた女性に応対する。
嫁を迎えるって、結婚するということか。
このメリーという女性の息子さんは、私も知っている。確か、干し肉屋の職人のひとりだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう、魔女さん。今日も町長のおつかいなのね」
昔々、強大な力を持ったゆえに、迫害された人々のことを魔女と言う。今となっては存在したかどうかもわからない、伝説上の人々。
私には、魔女のように強大な力なんてない。立派なのは呼び名だけだ。過大評価に申し訳ない気持ちになるが、親しみを込めて呼ばれるあだ名は嫌ではない。
「それにしてもルカルデさん、しょっちゅう魔女さんを連れ歩いてますねえ。そんなに失くしものばっかりして、大丈夫ですか? お年?」
「失礼な。わしの物忘れは昔からじゃ。まだまだ退かんぞ」
「そうでなくては困りますよ。ルカルデさんが町長になってから、このカプンはずいぶん明るくなったんですから」
嬉しそうにお腹を揺らすルカルデと、豪快に笑うメリー。
町長といえば、町の名士だ。偉いはずの彼に、町の人は気軽に話しかけ、軽口を叩く。人々の失礼な物言いにも、ルカルデは笑って応える。身寄りのない私にも快く仕事と家をくれた。彼はおおらかで差別をせず、民を愛し、民に愛される町長である。
「あらこんにちは、ニーナちゃん。またうちの人が依頼したのね」
「いいんです、ルカルデさんのお役に立てるなら」
「そう? ごめんなさいね、汚くて。どうぞ入って頂戴」
ルカルデの家に着くと、愛想良く迎え入れてくれる彼女はエマだ。ルカルデの奥さんである。ルカルデとは違い、痩せた体つき。すっと背筋が伸びた美しい姿勢で、足音を立てずに中へ案内してくれた。
後ろから見ると、結い上げた髪に花のモチーフをつけている。季節にぴったりな淡い紫の花だ。
1階の一画が、ルカルデの町長としての執務室だ。その中には例の如く、無造作に積まれた本や書類の束がそこかしこに置かれている。
「あなたももう少し、片付けしたらいかが」
「わしは何がどこにあるのかわかっておる」
「ニーナちゃんを何日置きに呼んでると思っているの? わかっているのなら、そんなことにはなりませんよ。ニーナちゃんだって忙しいんですから」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くルカルデ。口うるさく言うが、目尻は下がっているエマ。2人の睦まじい会話に耳を傾けながら、私はルカルデの匂いを辿る。
物を踏まないよう、毛足の長い絨毯の上をそろりと歩く。天板が厚くがっしりとした大きなテーブルは、ルカルデの事務机だ。筆記用具が散らばり、紙は高く乱雑に重ねられている。
ルカルデの匂いは、この紙の合間から漂ってきている。
書類の束をいくつかに分け、その中から1枚の書類を見つけ出す。摘んだ書類から、ルカルデ特有の木に似た匂いがした。
「ルカルデさん、これでしょうか?」
「おおっ! それじゃ。ありがとう、ニーナ!」
ルカルデはその書類を受け取り、上から下まで確認する。木の匂いは弾けて消えた。探し物を見つけると、匂いはなくなる。だからこれが、ルカルデの探し物だ。
彼の場合には、他にもゆらゆらと四方に匂いが漂い出ている。常にいくつもの探し物をしているのだ。町長という立派な立場でありながら抜けたところがあるのが、ルカルデの魅力のひとつだと思う。
「あの束の中は、最初に探したんだがなあ……」
探し物は多くの場合、ここにあるはずなのに、と思って最初に探したところにあるものなのだ。私にも同様の経験があるから、よくわかる。
ルカルデは小さな眼鏡を掛け、早速、椅子に腰掛けて何やら書類に書き込み始めた。
「いつもありがとうね、ニーナちゃん。物を失くすなら片付ければいいのに、それができないのよ、あの人」
エマが骨の浮いた手を頬に添え、はあ、と息を吐く。
「ルカルデさんのお役に立てるなら、嬉しいです。私の恩人ですから」
「ニーナちゃんは本当に良い子ねえ」
一仕事終えた後、私はルカルデ家の食卓に座らされていた。目の前には、エマお手製の野菜スープが置かれている。
赤トマトをベースにした具沢山のスープ。体に良さそうな香り。顔のベールを外し、スプーンでスープを掬う。土と野菜と塩味の混ざった温かい香りが、胃の方へ落ちてゆく。
「……美味しいです」
「嬉しいわ。健康のために野菜を使っているのに、あの人ったら脂が足りない、肉を入れろってうるさいのよ」
「薬草茶はお好きなのに、不思議ですね」
「薬草茶は、何とも言えない味わいがあるだろう」
現れたルカルデは、エマの隣に座る。エマは一度立ち上がり、私たちが飲んでいるものと同じスープを持ってきた。顔をしかめたルカルデが「野菜だけじゃなあ」と不満そうに呟く。
「薬草茶だって、脂はありませんよ」
「あれは……何というか、独特の風味を好んでおるのだよ。君ならわかるだろう、ニーナ」
「凄いわねふたりとも。薬草なんて、好んで食べるものじゃないわ」
今度はエマが顔をしかめる。
カプンの町でも薬草は買えるが、食用ではない。一般的に薬草とは、熱を出した時に飲む熱下げや、二日酔いの気分の悪さを和らげるために飲むものだ。目に見える効果のある薬草は、概して苦味や渋味が強い。体調が悪い時に飲むものというイメージも先行しており、嗜好品として好む人はいないらしい。
「エマも、ニーナの作る薬草茶を飲んだらわかるぞ」
「ええ……でも薬草でしょう?」
「美味しい薬草も、中にはあるんです」
茶にすると香り高くて美味しいもの。生で食べても食感や風味が良いもの。乾いたものをすり潰すと、ぴりりと辛い調味料になるもの。薬草にもいろいろある。故郷にいた頃、私は母に薬草の使い方をいろいろと教わったのだ。
「ニーナちゃんは若いのに詳しいわねえ」
エマがしみじみと呟く。彼女の常套句を受け、私は肩を竦めた。
「若いって、もう20歳ですよ」
「あら、そうだった?」
エマと知り合ってから、このやりとりはもう数度目だ。
「私って、そんなに子供っぽいでしょうか」
幼く見えても良いことはない。
足元を見られ、都合良く扱われる。
母のような凄みが出せれば良いのに、私にはそうした器用なことができない。
「子供っぽいというか……まあ、私たちにとっては、20歳でも子供なのよ。でもそうね、強いて言うなら浮ついた話がないからかしら」
エマは口元に手を当て、ふふっと悪戯っぽく笑う。
「浮ついた話ですか?」
「そうよ。ニーナちゃんもそろそろ、旦那さんになる人を作っても良いお年頃でしょう? 家庭を持つと落ち着いて見えるものね。もし良かったら、お相手を紹介するけど」
頬を染め、悪戯に笑うエマ。その表情は少女のように無邪気だ。
「エマ。君のそういうところがお節介なのだよ。ニーナが困っているぞ」
「でも、あなたもそう思うでしょう?」
「そうだなあ……」
ルカルデが唸りながらスープを飲む。髭についたスープを、ナプキンで拭った。丸いお腹をぽんと撫でてから、視線がこちらを向く。
「わしはニーナの好きにすれば良いと思うぞ。ただ、君がこの町に根を下ろすのには賛成じゃ」
「あなた、それは探し物を手伝ってくれるからでしょ」
「ばれたか。はっは」
お腹を撫でながら笑うルカルデと、目尻を垂らすエマ。私は向かいに座るふたりのやりとりを、スープを飲みながら眺めた。
血の繋がりはないはずなのに、ふたりの表情はよく似ている。消えそうなくらいに細められた優しい目なんて、本当にそっくりだ。
「ニーナちゃんはどんな方が好みなの?」
「ええ……ルカルデさんみたいな優しい方、でしょうか」
「嬉しいことを言ってくれるのう」
「あなたのことじゃないわよ。ねえ、お世辞でしょう?」
小気味良い調子のやりとりは、自然と表情を緩ませる。私は目を細め、首を傾げて話題を誤魔化した。
結婚はもちろん、浮ついた話のひとつにも興味なんてない。私の幸せは、誰かの役に立つことだ。
求められたら、応えなさい。
今のように町の人々に求められ、それに応えて感謝されることは何よりも嬉しい。もし私に浮ついた話が出るとしたら、誰かに求められた時だろう。
そこまで考えが至ってから、私は鼻で軽く笑った。私の鼻は特徴的だが、私自身は何もできない一般人だ。人として、私を求めてくれる人なんていない。
少なくとも人として互いを支え合っているルカルデ夫妻を見ていると、微笑ましさと共に、胸の片隅が僅かにちくりと痛んだ。
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