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魔女、騎士に出会う
団長の探し物
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私の前に立つエルートが、扉をノックする。木製の扉には金具がたくさん付いている。これにどういった役割があるのか知らないが、少なくとも重厚さを醸す役割は果たしていた。ノックの音すら重く聞こえ、私は背筋を正す。
入り口に立つ見張りの騎士とエルートが言葉を交わすのを見た以外、建物内では誰ともすれ違わなかった。エルートが人を避けて歩いていたのだ。曲がり角の向こうから人の匂いがしたと思ったら、階段を上がったり。階段の上から人の匂いがしたら、下がったり。彼はどうやって相手を察知していたのか、的確に人の気配を避けながら、そして私はどの道をどう通ったかわからなくなりながら、この部屋の前にいた。
「誰だ」
扉の向こうから朗々とした声が響き渡る。姿が見えなくても、威厳を感じる。
「王宮騎士団、エルート・ザトリア。只今戻りました」
「王宮騎士?」
つい復唱してしまい、私は口を押さえる。エルートの視線が鋭く降ってきた。
「言わなかったか?」
「聞いてませんよ」
王宮騎士の名は、私も知っている。騎士団の中でもとりわけ王家に近く、信の厚い方々。庶民にとって、普通の騎士が少し身近な憧れの存在であるならば、王宮騎士は物語でしかお目にかかれない存在。自らの身を盾にして、貴い御方をお守りする、誠実で勇敢な騎士。王宮騎士と姫君の物語は、私も幼い頃に何度も母に聞かせてもらった。
その王宮騎士だという。エルートが。そんな重大な情報、もし聞いていたら、忘れるはずがなかった。
「俺は騎士だと……そうか、王宮騎士だとは言ってないな」
「ええ、仰ってません」
「悪いな。隠していたつもりではないんだけど」
咎めるつもりはない。そういう人なのだろうし、必要もないのに王宮騎士であることを明かす理由もない。ただ、足の震えが止まらなかった。
ここへ来て脚が震え始めたのは、自分がとんでもないことになっているという実感が湧いたからだ。物語でしか触れることのない王宮騎士。庶民が王宮騎士の隣に並ぶなんて、物語でもありえない。身分違いも甚だしい。
やっぱり、帰りたい。
今更どうしようもない弱気が芽生えた瞬間。
「喋っていないで、早く入れ」
扉の向こうから再度飛んできた声に、空気がびり、と震える。
「失礼致します」
エルートが扉を開けて入室した。合図され、私も中へ入る。
部屋の中央に、どんと構えられた大きなテーブル。私が4人くらい寝られそうなテーブルの向こうに、漆黒の衣服を身に纏った壮年の男性が座っていた。前髪から髪を後ろに撫でつけ、広く出ている額には眉が吊り上がっている。
座っているのに、姿勢を正さずにはいられない威圧感。あんなに大きなテーブルなのに、その存在感に負けていない。
どうしたらいいんだろう。貴い方が目の前にいるのに、庶民の私が間抜けに立っていてはいけない。私は、深々と頭を下げた。思いつく動作がそれしかなかったのだ。
「いっ……」
そしてそのまま、膝から崩れ落ちた。
腰が痛いのを忘れていた。礼儀正しくせねばと思い、腰からお辞儀をした結果、鋭い痛みが私を襲ったのである。
ふう、ふうと息を吐き、痛みを逃す努力をする。
「こちらが、俺のお話ししたカプンの魔女、ニーナです」
エルートの、涼しい声。
「エルート、なぜ彼女はうずくまっているんだ?」
「腰を痛めているのです」
「腰だと? エルート、お前……」
漸く痛みが和らぎ、額に滲んだ脂汗を手の甲で拭う。エルートが差し出してくれた手を取り、私は立ち上がった。脚が震えているのが緊張のせいなのか痛みのせいなのか、もうわからない。
「……まあ良い。ニーナと言ったな」
「はい」
背筋を伸ばせないので、せめてはっきりと返事をした。できるだけ、顔も上げる。
「私は、この国の騎士団長を務めている。ガムリ・リオトージだ」
ガムリは、私を真っ直ぐに見据えていた。瞳は、深い藍色。限りなく夜に近い、夕暮れの空の色だ。私の目から入り、頭の中まで透かして見ているような、圧のある視線。
頭の中まで見透かされるのが怖くて目を逸らしたかったけれど、逸らしてはいけないと直感した。私は目に力を込め、彼の藍色の瞳をじっと見つめる。
「ここへ来た経緯は把握しているか」
「大体のところは、伺いました」
「そうか。御足労感謝する。一応、私からも説明させて頂こう」
ガムリの話は、エルートに聞いたものとほとんど同じであった。
騎士団では、狩った魔獣の心臓は、必ず薬師に渡すことになっている。それが職務であってもなくても、宝玉は国の宝だからだ。騎士が、宝玉で私腹を肥やすことは決して許されない。
エルートが休みのたびに魔獣を狩りに行っているのは、騎士団では有名なことだという。そんな彼が2度の休みで立て続けに魔獣を狩ってきたことは、すぐ話題になった。魔獣というのは賢く、そう容易く見つかるものではないから。
カプンの町に騎士団が派遣され、騎士たちは魔獣を見つけられずに帰ってきた。それを知ったエルートは「あそこには肉食の魔獣がいる」と言った。
そんなこと、わかるはずがない。あまりに異常な言動を問い詰められ、エルートは私の存在を告げたという。
聞いているうちに、どんどん気が重くなった。
今回のことは自分に原因がある。エルートに関わった時点で、こうなることは決まっていたのだ。
エルートに話しかけたのは、自分だ。あのとき、あの広場で、エルートの探し物を見つけようとしたこと。頼まれてもいないのに声をかけたあの瞬間がきっかけで、今、こんな場違いなところに引き出されている。
「求められたら、応えなさい」という母の教え。結局、それを守りきれなかった自分がいけないのだ。教えを守れなかったら、報いがある。
まただ。どうして私は、反省したことを行動に移せないのだろう。前にあんなに酷い目に遭ったのに。
後悔の念で胸が狭くなり、ガムリの目を見ているのが苦しくなった。この気持ちも、見透かされているに違いない。自分の未熟さを露呈するようで、恥ずかしかった。
「君は魔女だそうだね。古の魔法とやらを使って、魔獣の居場所を見つけるのか?」
「いえ。魔女と呼ばれているのは、古い寂れた家に住んでいるからです。私は少し勘が良くて、相手の探し物のある方向がわかるのです」
言い慣れている説明は、こんな状況下でもすらすらと出てきた。ガムリの吊り上がった眉が、片側だけぴくりと跳ねる。
「それで、魔獣の居場所もわかると言うのか」
「この方の魔獣を求める気持ちがあまりにもお強いので、わかります」
今もエルートの強い花の匂いは、どこかへ向かって流れている。この匂いを追えば、魔獣に辿り着くのだろう。彼の思いは、それほどに強い。
ガムリの日焼けした眉間に、深く、深く皺が刻まれる。黙ったまま、つるりとした顎を撫でる。
「……なら、私が今探しているものも、見つけられるのか」
その問いも、何度も、いろいろな人に投げかけられたもの。例え思考が停止していても、答えることができる。
「見つかります。探し物を思い浮かべていただければ」
「わかった」
私は、ガムリから流れる匂いに意識を向ける。人の放つ匂いの中には、方向を持つものがある。匂いを追うと、探し物に辿り着くのだ。
ガムリの匂いは、水に似ていた。よく冷えた、指をつけると切れそうに痛い水。その匂いは、私の後方、扉の向こうへ流れている。
「私は、どこにあるか言い当てることはできないのです。ただ、どちらの方向にあるのかわかるだけで……見つけるためには、そちらに向かって移動しなければならないのですが、宜しいでしょうか」
「構わない。私とエルートが同行する」
許可を得たので、私は方向転換した。先ほど入ってきた扉に、手をかける。
「俺が先に出る」
エルートに制され、先に行ってもらう。扉を開けて廊下を確かめたエルートが「いいよ」と合図をした。
冷水の匂いは、騎士団長の部屋を出て、右斜め方向にずっと流れている。長い廊下だ。現在地はコの字型の中央にあり、暫く進むと、進行方向に道が直角に曲がる。
「……これ、外ですね」
コの字の先端まで到達しても、匂いはまだ、壁の向こうに流れている。
「君は、何を探しているかはわかるのか?」
「わかりません。わかるのはただ、どちらにあるかだけで……」
再度、匂いの方向を確認する。その向く先を指で示す。
「この向こうに行きたいです。外に出ても良いでしょうか」
外へ出ると、日は沈みつつあり、空はもう深い橙色だった。日が暮れるのも時間の問題だ。
騎士団の本部の周りは、森で囲まれていた。王都の中にこんなに広い森があるなんて。王都を外から見たとき、外壁が目で追えないほど大きかったのにも、納得できる。
森に入ると夕日すら遮られ、辺りは随分と暗かった。足の下で、ばきばきと小枝の折れる音がする。懐かしい感触。カプンの森でも、木々に分け入ると、こうして枝が足の下で折れるのだ。
感触を楽しみながら歩いていると、匂いの向きが下方に移った。近い。私は地面に屈む。積もった枝と落ち葉を、手でかき分ける。何年分も降り積もった葉は、下に行けば行くほど湿り、やがて腐って土のようになる。私は、腐った葉を素手で掘り起こした。その下へと、匂いは流れている。
中指の先に、硬いものが触れた。柔らかな落ち葉とは、全く違う感触。指先で挟み、持ち上げる。何か平たくて小さなもの。土の香りの中に、金属らしい香りが僅かに混ざっている。ガムリの放つ水の匂いは、確かに、これに向かって流れている。
「ありました」
「預かる」
ガムリが差し出した手のひらに、持っているものを載せて渡した。
彼はそれを自分の目の前に掲げ、じっと見ている。あれは一体何なのだろう。疑問に思っていると、水の匂いがすっと緩んだ。
探し物が手に入ったとき、それに向かった匂いの方向はなくなる。匂いが消えたということは、ガムリの探し物が手に入ったということだ。
探し物が無事に見つかり、私は胸を撫で下ろす。
「……戻ろう」
ガムリの指示が、どんどん暗くなる森に静かに響く。私たちは、来た道を今度は戻っていった。
入り口に立つ見張りの騎士とエルートが言葉を交わすのを見た以外、建物内では誰ともすれ違わなかった。エルートが人を避けて歩いていたのだ。曲がり角の向こうから人の匂いがしたと思ったら、階段を上がったり。階段の上から人の匂いがしたら、下がったり。彼はどうやって相手を察知していたのか、的確に人の気配を避けながら、そして私はどの道をどう通ったかわからなくなりながら、この部屋の前にいた。
「誰だ」
扉の向こうから朗々とした声が響き渡る。姿が見えなくても、威厳を感じる。
「王宮騎士団、エルート・ザトリア。只今戻りました」
「王宮騎士?」
つい復唱してしまい、私は口を押さえる。エルートの視線が鋭く降ってきた。
「言わなかったか?」
「聞いてませんよ」
王宮騎士の名は、私も知っている。騎士団の中でもとりわけ王家に近く、信の厚い方々。庶民にとって、普通の騎士が少し身近な憧れの存在であるならば、王宮騎士は物語でしかお目にかかれない存在。自らの身を盾にして、貴い御方をお守りする、誠実で勇敢な騎士。王宮騎士と姫君の物語は、私も幼い頃に何度も母に聞かせてもらった。
その王宮騎士だという。エルートが。そんな重大な情報、もし聞いていたら、忘れるはずがなかった。
「俺は騎士だと……そうか、王宮騎士だとは言ってないな」
「ええ、仰ってません」
「悪いな。隠していたつもりではないんだけど」
咎めるつもりはない。そういう人なのだろうし、必要もないのに王宮騎士であることを明かす理由もない。ただ、足の震えが止まらなかった。
ここへ来て脚が震え始めたのは、自分がとんでもないことになっているという実感が湧いたからだ。物語でしか触れることのない王宮騎士。庶民が王宮騎士の隣に並ぶなんて、物語でもありえない。身分違いも甚だしい。
やっぱり、帰りたい。
今更どうしようもない弱気が芽生えた瞬間。
「喋っていないで、早く入れ」
扉の向こうから再度飛んできた声に、空気がびり、と震える。
「失礼致します」
エルートが扉を開けて入室した。合図され、私も中へ入る。
部屋の中央に、どんと構えられた大きなテーブル。私が4人くらい寝られそうなテーブルの向こうに、漆黒の衣服を身に纏った壮年の男性が座っていた。前髪から髪を後ろに撫でつけ、広く出ている額には眉が吊り上がっている。
座っているのに、姿勢を正さずにはいられない威圧感。あんなに大きなテーブルなのに、その存在感に負けていない。
どうしたらいいんだろう。貴い方が目の前にいるのに、庶民の私が間抜けに立っていてはいけない。私は、深々と頭を下げた。思いつく動作がそれしかなかったのだ。
「いっ……」
そしてそのまま、膝から崩れ落ちた。
腰が痛いのを忘れていた。礼儀正しくせねばと思い、腰からお辞儀をした結果、鋭い痛みが私を襲ったのである。
ふう、ふうと息を吐き、痛みを逃す努力をする。
「こちらが、俺のお話ししたカプンの魔女、ニーナです」
エルートの、涼しい声。
「エルート、なぜ彼女はうずくまっているんだ?」
「腰を痛めているのです」
「腰だと? エルート、お前……」
漸く痛みが和らぎ、額に滲んだ脂汗を手の甲で拭う。エルートが差し出してくれた手を取り、私は立ち上がった。脚が震えているのが緊張のせいなのか痛みのせいなのか、もうわからない。
「……まあ良い。ニーナと言ったな」
「はい」
背筋を伸ばせないので、せめてはっきりと返事をした。できるだけ、顔も上げる。
「私は、この国の騎士団長を務めている。ガムリ・リオトージだ」
ガムリは、私を真っ直ぐに見据えていた。瞳は、深い藍色。限りなく夜に近い、夕暮れの空の色だ。私の目から入り、頭の中まで透かして見ているような、圧のある視線。
頭の中まで見透かされるのが怖くて目を逸らしたかったけれど、逸らしてはいけないと直感した。私は目に力を込め、彼の藍色の瞳をじっと見つめる。
「ここへ来た経緯は把握しているか」
「大体のところは、伺いました」
「そうか。御足労感謝する。一応、私からも説明させて頂こう」
ガムリの話は、エルートに聞いたものとほとんど同じであった。
騎士団では、狩った魔獣の心臓は、必ず薬師に渡すことになっている。それが職務であってもなくても、宝玉は国の宝だからだ。騎士が、宝玉で私腹を肥やすことは決して許されない。
エルートが休みのたびに魔獣を狩りに行っているのは、騎士団では有名なことだという。そんな彼が2度の休みで立て続けに魔獣を狩ってきたことは、すぐ話題になった。魔獣というのは賢く、そう容易く見つかるものではないから。
カプンの町に騎士団が派遣され、騎士たちは魔獣を見つけられずに帰ってきた。それを知ったエルートは「あそこには肉食の魔獣がいる」と言った。
そんなこと、わかるはずがない。あまりに異常な言動を問い詰められ、エルートは私の存在を告げたという。
聞いているうちに、どんどん気が重くなった。
今回のことは自分に原因がある。エルートに関わった時点で、こうなることは決まっていたのだ。
エルートに話しかけたのは、自分だ。あのとき、あの広場で、エルートの探し物を見つけようとしたこと。頼まれてもいないのに声をかけたあの瞬間がきっかけで、今、こんな場違いなところに引き出されている。
「求められたら、応えなさい」という母の教え。結局、それを守りきれなかった自分がいけないのだ。教えを守れなかったら、報いがある。
まただ。どうして私は、反省したことを行動に移せないのだろう。前にあんなに酷い目に遭ったのに。
後悔の念で胸が狭くなり、ガムリの目を見ているのが苦しくなった。この気持ちも、見透かされているに違いない。自分の未熟さを露呈するようで、恥ずかしかった。
「君は魔女だそうだね。古の魔法とやらを使って、魔獣の居場所を見つけるのか?」
「いえ。魔女と呼ばれているのは、古い寂れた家に住んでいるからです。私は少し勘が良くて、相手の探し物のある方向がわかるのです」
言い慣れている説明は、こんな状況下でもすらすらと出てきた。ガムリの吊り上がった眉が、片側だけぴくりと跳ねる。
「それで、魔獣の居場所もわかると言うのか」
「この方の魔獣を求める気持ちがあまりにもお強いので、わかります」
今もエルートの強い花の匂いは、どこかへ向かって流れている。この匂いを追えば、魔獣に辿り着くのだろう。彼の思いは、それほどに強い。
ガムリの日焼けした眉間に、深く、深く皺が刻まれる。黙ったまま、つるりとした顎を撫でる。
「……なら、私が今探しているものも、見つけられるのか」
その問いも、何度も、いろいろな人に投げかけられたもの。例え思考が停止していても、答えることができる。
「見つかります。探し物を思い浮かべていただければ」
「わかった」
私は、ガムリから流れる匂いに意識を向ける。人の放つ匂いの中には、方向を持つものがある。匂いを追うと、探し物に辿り着くのだ。
ガムリの匂いは、水に似ていた。よく冷えた、指をつけると切れそうに痛い水。その匂いは、私の後方、扉の向こうへ流れている。
「私は、どこにあるか言い当てることはできないのです。ただ、どちらの方向にあるのかわかるだけで……見つけるためには、そちらに向かって移動しなければならないのですが、宜しいでしょうか」
「構わない。私とエルートが同行する」
許可を得たので、私は方向転換した。先ほど入ってきた扉に、手をかける。
「俺が先に出る」
エルートに制され、先に行ってもらう。扉を開けて廊下を確かめたエルートが「いいよ」と合図をした。
冷水の匂いは、騎士団長の部屋を出て、右斜め方向にずっと流れている。長い廊下だ。現在地はコの字型の中央にあり、暫く進むと、進行方向に道が直角に曲がる。
「……これ、外ですね」
コの字の先端まで到達しても、匂いはまだ、壁の向こうに流れている。
「君は、何を探しているかはわかるのか?」
「わかりません。わかるのはただ、どちらにあるかだけで……」
再度、匂いの方向を確認する。その向く先を指で示す。
「この向こうに行きたいです。外に出ても良いでしょうか」
外へ出ると、日は沈みつつあり、空はもう深い橙色だった。日が暮れるのも時間の問題だ。
騎士団の本部の周りは、森で囲まれていた。王都の中にこんなに広い森があるなんて。王都を外から見たとき、外壁が目で追えないほど大きかったのにも、納得できる。
森に入ると夕日すら遮られ、辺りは随分と暗かった。足の下で、ばきばきと小枝の折れる音がする。懐かしい感触。カプンの森でも、木々に分け入ると、こうして枝が足の下で折れるのだ。
感触を楽しみながら歩いていると、匂いの向きが下方に移った。近い。私は地面に屈む。積もった枝と落ち葉を、手でかき分ける。何年分も降り積もった葉は、下に行けば行くほど湿り、やがて腐って土のようになる。私は、腐った葉を素手で掘り起こした。その下へと、匂いは流れている。
中指の先に、硬いものが触れた。柔らかな落ち葉とは、全く違う感触。指先で挟み、持ち上げる。何か平たくて小さなもの。土の香りの中に、金属らしい香りが僅かに混ざっている。ガムリの放つ水の匂いは、確かに、これに向かって流れている。
「ありました」
「預かる」
ガムリが差し出した手のひらに、持っているものを載せて渡した。
彼はそれを自分の目の前に掲げ、じっと見ている。あれは一体何なのだろう。疑問に思っていると、水の匂いがすっと緩んだ。
探し物が手に入ったとき、それに向かった匂いの方向はなくなる。匂いが消えたということは、ガムリの探し物が手に入ったということだ。
探し物が無事に見つかり、私は胸を撫で下ろす。
「……戻ろう」
ガムリの指示が、どんどん暗くなる森に静かに響く。私たちは、来た道を今度は戻っていった。
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