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騎士団は魔女を放さない
エマのアドバイス
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「雨止みを待って、迎えに来る。その頃には君の傷も、癒えているだろうから」
暫く世間話を交わし、エルートは帰っていった。彼と共に去る花の匂いは、いつものそれよりも遥かにほのかで。私は自分の鼻がおかしくなったのだと思っていたが、まさか自分に向けられた匂いは、わからないなんて思いもしなかった。
本当に、そんなことがあるのだろうか?
私の疑念は、翌日には晴れることになる。
「ニーナ! 帰ってきていたなら、顔を出してくれれば良かったのに」
店へ勢い込んで入ってきたのは、町長のルカルデだった。雨具は着ているが、彼の丸い体型には全くフィットしていない。室内に入ったルカルデが雨具を脱ぐと、体の下半分は雨で濡れてしまっていた。
「肌寒くなってきたな。……ああ、相変わらず、旨いのう」
寒そうに肩を震わせたルカルデは、淹れたての熱いお茶をくいっと飲み干し、満足げに丸い腹を撫でる。
ルカルデからは、彼特有の木の匂いがする。その匂いが戸外に向かって流れているのを確かめて、漸く私は、自分の鼻の機能は失われていないと確信を持った。それは同時に、エルートの仮説がますます信憑性を帯びてくることでもあった。
私は本当に、エルートの匂いだけがわからないらしい。彼が私のことを、求めているから。
「疲れているようじゃな」
「えっ?」
「顔が赤いぞ、ほっほ」
腹を揺らしてルカルデが笑う。私は、頬にさらに赤みが差すのを感じた。疲労ではない。顔が赤いのは、エルートのことを考えたからだ、きっと。
彼のことを思うだけで頬が染まるくらいに、私は彼に恋をしている。「命知らず」と呼ばれて誤解されている彼の過去を尊重し、彼の役に立ちたいと思っている。触れられたら嬉しいし、話していると楽しい。そんな時間が、もっとほしい。
の、だけれど。
私が本心を伝えても、エルートには「俺が求めたから応えている」と言われてしまう。それ以上の何かを証明する方法が、私には思いつかない。
エルートへの恋心に気づいたあの時、先に気持ちを伝えていたら、こうはならなかったのだろうか。後悔もするが、エルートの気持ちがわからない時点で自分から気持ちを伝えるなんて、暴挙だ。何度やり直しても行えない。今だって私には、求められていないことを自分からするのに、大きな躊躇いがある。
「やはり王都での仕事は大変そうじゃの」
気持ちと現実の乖離を思って溜息をつくと、ルカルデにそう評される。
私は曖昧に首を振り、笑顔を作った。
止まっているともやもや考え続けてしまう全てを置き去りにして、私はルカルデと共に外へ出た。
「こんにちは、ルカルデさん」
「やあ、メリー。先日の結婚式は素晴らしかったそうだね」
「お陰様で! 次は孫の顔を見るのが楽しみなんですよ」
世間話に相槌を打つと、ルカルデの腹はゆさゆさと揺れる。軒下でも風に吹かれた雨が降りかかり、決して快適とは言えない。なのに女性は、幸せそうな表情で笑っていた。
「あら、魔女さん。久しぶりねえ!」
「……お久しぶりです」
頭を軽く下げると、雨具の端からぽたりと一粒、雨粒が鼻の頭に落ちた。
ルカルデの匂いを追って彼の屋敷に着くと、例の如く町長夫人であるエマに歓迎される。彼の探し物はいくつかあったが、その全てがすぐに見つかった。そして私は、夫妻と共に食事の席についている。ルカルデの探し物を見つけた後の、恒例行事と化した会食だ。
目の前には、エマお手製の野菜たっぷりスープ。気温が低いこともあって、素朴で温かなスープは、体の芯から染み入るような味わいだった。
「どうだね、王都での仕事は」
「何とかやれています」
ルカルデとエマは、私が王都で働いていることは知っていても、騎士団で働いていることは知らない。仕事の内容を話すことはできないが、何とかやれているのは本当だ。命の危機に瀕したり嗅覚を失ったと焦ったりはしたが、とりあえず、私は今元気でここにいる。
「さすがじゃのう。わしが見込んだだけある」
先ほどまで野菜しか入っていないスープに文句をつけていたルカルデが、今は満足げに腹を撫でている。
「王都なんて人もたくさんいるから、大変でしょう。困ったことはない? 悩みはない?」
「エマ、心配しすぎじゃ。ニーナはひとりでやれるだけの力を備えておるよ」
「でも……心配だわ」
眉尻を下げて本気で案じてくれるエマと、鷹揚に構えるルカルデ。対照的なのに、二人はとても仲が良い。互いを尊重し、思いやりあっている睦まじさが、普段から見て取れる。
「いつもあなたが迷惑をかけてばっかりなんだから、ニーナちゃんの悩みは聞いてあげたいのよ」
エマは、悪く言えばおせっかいだが、よく言えば心優しい人だ。彼女は今、私が悩みを話すことを望んでいる。
悩みなら、ある。それも、エマが得意な分野の悩みだ。
彼女は噂をすぐに広めるから、話し方には気をつける必要があるけれど、相談するなら今しかないように思えた。王都に戻ったら、相談相手はいない。騎士団にいる人は皆、私の相手はエルートだとわかっているからだ。
私は少し迷い、それから、意を決して口を開いた。
「実は」
エマの目が、きらりと輝く。
「……いいわねえ、初々しくて」
私の相談をひと通り聞いたエマは、その頬を柔らかな手のひらで包み、うっとりと嬉しそうに言った。私は、相手が騎士であることは隠し、職場の人に恋心を抱いているのだけれど、伝える方法がないと話した。伝えようにも、「本心からじゃないだろう」と言われ、信じてもらえない、と。
「彼に本気だと伝えたいのね?」
エマは、腕まくりをする。私は頷いた。私だってエルートと同じ気持ちでいることを、信じてもらいたい。
「それなら、行動するしかないわね。行動あるのみよ。人は口では何とも言えるから、行動しないといけないの」
人差し指を立てて、エマはそう言った。指をくるくると回してから、私を指す。
「私がニーナちゃんを好きなのは、わかっているわよね?」
「はい、いつもありがたく思っています」
「そうでしょう? どうしてそう思うの?」
「エマさんはいつも、お宅に伺うと歓迎してくださるし……こうして食事も共にさせてくださること、普段から優しい言葉をかけてくださること、他にも……」
ルカルデ夫妻は、私の恩人だ。こんな流れで感謝を伝えることになるとは思わなかったものの、日頃から抱いていた気持ちがぽろぽろと口から溢れる。
「ありがとう。伝わっていて嬉しいわ」
エマは目尻を優しげに垂らす。この人の良さそうな笑顔も、彼女の魅力のひとつ。
「ニーナちゃんを『好きよ』と言うのは簡単なこと。そしてそれは事実だけど、『好き』と言っているのに挨拶もしない、外で会ったら無視をする、そんな対応だったら嘘だと思うでしょう。極端な例だけど、似たようなものよ。言葉はないよりあった方がいい。でも、行動で示さないと、信じてはもらえないわ」
なるほど。私は深々と頷きながら、エマの回答に耳を傾ける。
エマは噂話を吹聴してしまうのに、いつもいろいろな人に相談を持ちかけられている。不思議に思っていたが、この返答で納得した。相談に真剣に向き合い、適切なアドバイスをしようとしてくれる彼女の誠実さが、好ましいのだ。
「これから、木枯れる季節じゃない。愛を伝えるのには最適の季節よ。何かの思し召しかもしれないわね」
エマは自分の台詞を、励ましの言葉で締め括った。
言葉ではなく、行動で伝える。
言われてみれば、私がエルートの気持ちを信じることができたのも、彼の日頃からの行動によるものだったと思う。理由のわからない優しさや配慮の理由が、好意にあると言われると、多少は納得できる。
対する私が、自分の言葉をエルートに信じてもらえないのも、日頃の行いによるものなのだ。「求められたら応える」という原理で行動していたから、エルートの気持ちに応えようとしても「求めたからだ」と思われてしまう。
今まで私がその信念に基づく行動を積み重ねてきたのだから、当然の話だった。
一度痛い目に遭ってからずっと、母の教えに固執してきた。まさかそれが、裏目に出る日が来るなんて。
「ありがとうございます」
どうしていいのか手探りだった私の前に、手がかりが現れたような気分だ。お礼を言うと、エマは目を見開き、それから大袈裟な仕草で笑った。
「やあねえ、ニーナちゃん、そんな真面目な顔して! あなたは素敵な人なんだから、そのままのあなたでいいのよ」
「そうじゃ。君は今のままでいい」
エマの言葉にルカルデが重ね、励ましてくれる。
「ありがとうございます」
私はまたお礼を返したけれど、心の中では、今のままではいけないと強く感じていた。エルートに信じてもらうためには、行動を変えないといけない。彼に信じてもらえるよう、自分の意思でも行動できるという実績を、積み重ねていかなければならない。
誰かに求められたからではなく、自分のしたいことを、自分の意思で。気持ちを伝えるのは、それからだ。
「冷めないうちにスープを食べよう。エマのスープは、唯一、悩み多き日には美味しいのじゃよ」
「いつも美味しいでしょう、人聞きの悪い」
「ほっほ」
ふてくされたふりをするエマを見て、ルカルデが愉快そうに笑う。息の合った夫婦だ。エマの言葉を実践できたら、私とエルートも、彼らのようになれるのだろうか。
私と、エルートも?
ルカルデ夫妻の姿に、自然と自分たちを重ねている自分自身に苦笑した。彼との関係はまだ何も、始まってすらいないというのに。
「お邪魔しました」
「また来るのよ」
「いつだって、来てくれて構わないよ」
去り際まで、夫妻は温かな声をかけてくれる。おかげで私は、帰宅の寂しさは最小限に、楽しかった時間を反芻しながら帰ることができる。
やはりルカルデたちのいる場所は、私の居場所である。何かあってもここに帰ってこられるという安心感が、私を支えてくれる。
誰かの求めに応じるのではなく、自分のしたいことを。では私は、本当は何がしたいのだろう。
騎士団には、戻りたい。魔獣を討伐する助けをしたいことには、変わらない。誰かの役に立ちたい。でもそれは、本当に私のしたいことなのだろうか。
今まで人の求めることばかり気にしてきた私には、自分のしたいことを改めて洗い出すのは、簡単なことではなかった。帰り道で数日分の食料を買い、あれこれと思いを巡らせながら、私は家へ続く小道を歩いて戻った。
暫く世間話を交わし、エルートは帰っていった。彼と共に去る花の匂いは、いつものそれよりも遥かにほのかで。私は自分の鼻がおかしくなったのだと思っていたが、まさか自分に向けられた匂いは、わからないなんて思いもしなかった。
本当に、そんなことがあるのだろうか?
私の疑念は、翌日には晴れることになる。
「ニーナ! 帰ってきていたなら、顔を出してくれれば良かったのに」
店へ勢い込んで入ってきたのは、町長のルカルデだった。雨具は着ているが、彼の丸い体型には全くフィットしていない。室内に入ったルカルデが雨具を脱ぐと、体の下半分は雨で濡れてしまっていた。
「肌寒くなってきたな。……ああ、相変わらず、旨いのう」
寒そうに肩を震わせたルカルデは、淹れたての熱いお茶をくいっと飲み干し、満足げに丸い腹を撫でる。
ルカルデからは、彼特有の木の匂いがする。その匂いが戸外に向かって流れているのを確かめて、漸く私は、自分の鼻の機能は失われていないと確信を持った。それは同時に、エルートの仮説がますます信憑性を帯びてくることでもあった。
私は本当に、エルートの匂いだけがわからないらしい。彼が私のことを、求めているから。
「疲れているようじゃな」
「えっ?」
「顔が赤いぞ、ほっほ」
腹を揺らしてルカルデが笑う。私は、頬にさらに赤みが差すのを感じた。疲労ではない。顔が赤いのは、エルートのことを考えたからだ、きっと。
彼のことを思うだけで頬が染まるくらいに、私は彼に恋をしている。「命知らず」と呼ばれて誤解されている彼の過去を尊重し、彼の役に立ちたいと思っている。触れられたら嬉しいし、話していると楽しい。そんな時間が、もっとほしい。
の、だけれど。
私が本心を伝えても、エルートには「俺が求めたから応えている」と言われてしまう。それ以上の何かを証明する方法が、私には思いつかない。
エルートへの恋心に気づいたあの時、先に気持ちを伝えていたら、こうはならなかったのだろうか。後悔もするが、エルートの気持ちがわからない時点で自分から気持ちを伝えるなんて、暴挙だ。何度やり直しても行えない。今だって私には、求められていないことを自分からするのに、大きな躊躇いがある。
「やはり王都での仕事は大変そうじゃの」
気持ちと現実の乖離を思って溜息をつくと、ルカルデにそう評される。
私は曖昧に首を振り、笑顔を作った。
止まっているともやもや考え続けてしまう全てを置き去りにして、私はルカルデと共に外へ出た。
「こんにちは、ルカルデさん」
「やあ、メリー。先日の結婚式は素晴らしかったそうだね」
「お陰様で! 次は孫の顔を見るのが楽しみなんですよ」
世間話に相槌を打つと、ルカルデの腹はゆさゆさと揺れる。軒下でも風に吹かれた雨が降りかかり、決して快適とは言えない。なのに女性は、幸せそうな表情で笑っていた。
「あら、魔女さん。久しぶりねえ!」
「……お久しぶりです」
頭を軽く下げると、雨具の端からぽたりと一粒、雨粒が鼻の頭に落ちた。
ルカルデの匂いを追って彼の屋敷に着くと、例の如く町長夫人であるエマに歓迎される。彼の探し物はいくつかあったが、その全てがすぐに見つかった。そして私は、夫妻と共に食事の席についている。ルカルデの探し物を見つけた後の、恒例行事と化した会食だ。
目の前には、エマお手製の野菜たっぷりスープ。気温が低いこともあって、素朴で温かなスープは、体の芯から染み入るような味わいだった。
「どうだね、王都での仕事は」
「何とかやれています」
ルカルデとエマは、私が王都で働いていることは知っていても、騎士団で働いていることは知らない。仕事の内容を話すことはできないが、何とかやれているのは本当だ。命の危機に瀕したり嗅覚を失ったと焦ったりはしたが、とりあえず、私は今元気でここにいる。
「さすがじゃのう。わしが見込んだだけある」
先ほどまで野菜しか入っていないスープに文句をつけていたルカルデが、今は満足げに腹を撫でている。
「王都なんて人もたくさんいるから、大変でしょう。困ったことはない? 悩みはない?」
「エマ、心配しすぎじゃ。ニーナはひとりでやれるだけの力を備えておるよ」
「でも……心配だわ」
眉尻を下げて本気で案じてくれるエマと、鷹揚に構えるルカルデ。対照的なのに、二人はとても仲が良い。互いを尊重し、思いやりあっている睦まじさが、普段から見て取れる。
「いつもあなたが迷惑をかけてばっかりなんだから、ニーナちゃんの悩みは聞いてあげたいのよ」
エマは、悪く言えばおせっかいだが、よく言えば心優しい人だ。彼女は今、私が悩みを話すことを望んでいる。
悩みなら、ある。それも、エマが得意な分野の悩みだ。
彼女は噂をすぐに広めるから、話し方には気をつける必要があるけれど、相談するなら今しかないように思えた。王都に戻ったら、相談相手はいない。騎士団にいる人は皆、私の相手はエルートだとわかっているからだ。
私は少し迷い、それから、意を決して口を開いた。
「実は」
エマの目が、きらりと輝く。
「……いいわねえ、初々しくて」
私の相談をひと通り聞いたエマは、その頬を柔らかな手のひらで包み、うっとりと嬉しそうに言った。私は、相手が騎士であることは隠し、職場の人に恋心を抱いているのだけれど、伝える方法がないと話した。伝えようにも、「本心からじゃないだろう」と言われ、信じてもらえない、と。
「彼に本気だと伝えたいのね?」
エマは、腕まくりをする。私は頷いた。私だってエルートと同じ気持ちでいることを、信じてもらいたい。
「それなら、行動するしかないわね。行動あるのみよ。人は口では何とも言えるから、行動しないといけないの」
人差し指を立てて、エマはそう言った。指をくるくると回してから、私を指す。
「私がニーナちゃんを好きなのは、わかっているわよね?」
「はい、いつもありがたく思っています」
「そうでしょう? どうしてそう思うの?」
「エマさんはいつも、お宅に伺うと歓迎してくださるし……こうして食事も共にさせてくださること、普段から優しい言葉をかけてくださること、他にも……」
ルカルデ夫妻は、私の恩人だ。こんな流れで感謝を伝えることになるとは思わなかったものの、日頃から抱いていた気持ちがぽろぽろと口から溢れる。
「ありがとう。伝わっていて嬉しいわ」
エマは目尻を優しげに垂らす。この人の良さそうな笑顔も、彼女の魅力のひとつ。
「ニーナちゃんを『好きよ』と言うのは簡単なこと。そしてそれは事実だけど、『好き』と言っているのに挨拶もしない、外で会ったら無視をする、そんな対応だったら嘘だと思うでしょう。極端な例だけど、似たようなものよ。言葉はないよりあった方がいい。でも、行動で示さないと、信じてはもらえないわ」
なるほど。私は深々と頷きながら、エマの回答に耳を傾ける。
エマは噂話を吹聴してしまうのに、いつもいろいろな人に相談を持ちかけられている。不思議に思っていたが、この返答で納得した。相談に真剣に向き合い、適切なアドバイスをしようとしてくれる彼女の誠実さが、好ましいのだ。
「これから、木枯れる季節じゃない。愛を伝えるのには最適の季節よ。何かの思し召しかもしれないわね」
エマは自分の台詞を、励ましの言葉で締め括った。
言葉ではなく、行動で伝える。
言われてみれば、私がエルートの気持ちを信じることができたのも、彼の日頃からの行動によるものだったと思う。理由のわからない優しさや配慮の理由が、好意にあると言われると、多少は納得できる。
対する私が、自分の言葉をエルートに信じてもらえないのも、日頃の行いによるものなのだ。「求められたら応える」という原理で行動していたから、エルートの気持ちに応えようとしても「求めたからだ」と思われてしまう。
今まで私がその信念に基づく行動を積み重ねてきたのだから、当然の話だった。
一度痛い目に遭ってからずっと、母の教えに固執してきた。まさかそれが、裏目に出る日が来るなんて。
「ありがとうございます」
どうしていいのか手探りだった私の前に、手がかりが現れたような気分だ。お礼を言うと、エマは目を見開き、それから大袈裟な仕草で笑った。
「やあねえ、ニーナちゃん、そんな真面目な顔して! あなたは素敵な人なんだから、そのままのあなたでいいのよ」
「そうじゃ。君は今のままでいい」
エマの言葉にルカルデが重ね、励ましてくれる。
「ありがとうございます」
私はまたお礼を返したけれど、心の中では、今のままではいけないと強く感じていた。エルートに信じてもらうためには、行動を変えないといけない。彼に信じてもらえるよう、自分の意思でも行動できるという実績を、積み重ねていかなければならない。
誰かに求められたからではなく、自分のしたいことを、自分の意思で。気持ちを伝えるのは、それからだ。
「冷めないうちにスープを食べよう。エマのスープは、唯一、悩み多き日には美味しいのじゃよ」
「いつも美味しいでしょう、人聞きの悪い」
「ほっほ」
ふてくされたふりをするエマを見て、ルカルデが愉快そうに笑う。息の合った夫婦だ。エマの言葉を実践できたら、私とエルートも、彼らのようになれるのだろうか。
私と、エルートも?
ルカルデ夫妻の姿に、自然と自分たちを重ねている自分自身に苦笑した。彼との関係はまだ何も、始まってすらいないというのに。
「お邪魔しました」
「また来るのよ」
「いつだって、来てくれて構わないよ」
去り際まで、夫妻は温かな声をかけてくれる。おかげで私は、帰宅の寂しさは最小限に、楽しかった時間を反芻しながら帰ることができる。
やはりルカルデたちのいる場所は、私の居場所である。何かあってもここに帰ってこられるという安心感が、私を支えてくれる。
誰かの求めに応じるのではなく、自分のしたいことを。では私は、本当は何がしたいのだろう。
騎士団には、戻りたい。魔獣を討伐する助けをしたいことには、変わらない。誰かの役に立ちたい。でもそれは、本当に私のしたいことなのだろうか。
今まで人の求めることばかり気にしてきた私には、自分のしたいことを改めて洗い出すのは、簡単なことではなかった。帰り道で数日分の食料を買い、あれこれと思いを巡らせながら、私は家へ続く小道を歩いて戻った。
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