ケモホモ短編

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オオカミだって、ワンと鳴く。

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 午後十一時二十八分。
 空腹は二時間ほど前に過ぎ去って、いまや胃壁がじわりと溶けていく不快感とこみあげてくる眠気が全身を支配している。ここ数ヶ月は家と会社を往復し、腹を満たすやいなや布団に入るだけの生活が続いている。
「らっしゃせー」
 また今日もここでコンビニ弁当か。コンビニの新商品開発の速度は凄まじく、競合他社に負けまいと数ヶ月おきに次々と新しいモノが生み出されていく。それでもそれ以上に消費速度の方が速いのだから、もはやどれを見たとてオイシソウなんて感情はピクリとも湧いてこない。
 まあ、だからと言って光合成だけで生きられるほど便利な身体じゃあ無いのだから、無理矢理にでも掻き込むモノを選ばなければならない。さてどうしたものか。唐揚げ弁当は胃にもたれそうだから、ここはひとつアッサリとしたうどん辺りにしておくべきか。
 陳列棚の前でため息をついていると、不意にスーツのポケットの中で何かが音を立てた。ああそうだ水道代。電気もガスも引き落としにしているのに、水道だけは手続きが面倒で振り込み用紙で払っている。払う気持ちもお金も十分にあるのだけれど時間だけがなくて、いつもポストの中に溢れかえる雑多なチラシの山に紛れてしまうのだ。とりあえず先にこれを払ってしまって、レジ前のホットスナックもにらみつつ今晩の食事を決めようじゃないか。
「おっ、おお、おあずかりしますっ!」
 いつもこの時間には決まってフリーター風の若い兄ちゃんがレジに立っているのだが、その彼は一歩引いた位置に立ち、僕に正対しているのはオオカミ。たびたびメンバーが入れ替わることは珍しくはないものの、ここでオオカミに出くわすのは記憶をたどった限りでは初めてかもしれない。
「えっと、えと、代行収納は……」
 オオカミは、車に例えるならばスポーツカーといったところだろうか。アスリートのように引き締まった身体に、どことなく流線型の精悍な顔立ち。事実、テレビに出ているオオカミは非の打ち所がないくらいにザ・オオカミなのだ。
 ところがどっこい。目の前のそれはくたびれて艶を失った毛並みに、制服の上からでもわかる下っ腹。見慣れない種族とはいえ人間に当てはめるならばハゲ頭の中年オヤジってところだろう。全身毛むくじゃらだから頭髪は無事なのが幸いだ。
「そっちのボタンっす」
 先輩に助言を受けながらおぼつかない様子でレジを操作する姿を見ていると、どうしようもなく悲壮感が込み上げてくる。だって、もし自分の会社に居たとしたら部長か課長、少なくともベテラン係長くらいの年齢なのに、研修中の札をつけて深夜のコンビニで働いているのだ。自分の子供くらいの先輩に教えを請いながら。同情するつもりなんて一欠片も持ち合わせていなくとも、彼がこうなった背景が嫌でも頭の中に浮かんできて、ただでさえ残業で疲弊しきった心がメランコリーに沈んでしまった。
「こちらお、お控えになります、ありがとうございました!」
 なんとか面倒なミッションをクリアしたようだ。
 最近のコンビニって取り扱う業務が多くなっているから大変だろう。コンサートのチケットから宅配便の受け取りまでココで出来てしまうんだからな。
 そんなことよりも晩御飯。そう思考を切り替えたはずだったのに、カゴの中に入ったのはどうしてか焼肉弁当だった。

 あの日から、観葉植物あるいは水槽の中のメダカを観察するかのごとく、くたびれた新米オオカミの成長を見るのが日課の一つとなった。
 特段彼に思い入れがあるわけでもなく、単に物珍しさと、あとは飽き飽きした日常に少しでも変化をもたらしたかったのだ。オオカミは、初めの頃こそもたもたと慣れない手つき故にレジに大行列を作ってはパニックに陥り目を白黒させていたものの、今となってはもう小慣れたもので僕がカゴを差し出すと言われずとも電子決済の手順を踏む。きっと彼の頭の中では「なんとかペイのスーツ」くらいの情報でインプットされていることだろう。
 ああ、思い出したら腹が減ってきた。電気もついていないこの真っ暗な部屋の中に、何か食料品が無かったものかと思い返してみても検索結果はゼロ件。そりゃあ自炊なんてしていないんだから当たり前だ。ならばせめて水だけでもと身体を起こすと、圧迫された胸から湿った咳が飛び出した。
 会社には明日も休むと伝えておく必要がありそうだ。このご時世だから、検温して定期的に報告するように口うるさく言われていたが、いまは思考も部屋の中も溶けたチーズみたいにグニャグニャになっていて、スマホでメッセージを打つなんて高等技能がこなせるはずはない。いま何時だ。連絡は明日の朝でもいいだろうが、ともかく何か腹に入れないとマズそうだ。
「えっ!? おっ、お客様!?」
 うるさい。大きな声を出さないでくれ。耳にキンキンと響いて頭が割れそうだ。
 袋詰めされるのを待つ間、目をつぶったのかと勘違いするくらいの視野狭窄に陥って、耳鳴りに促されるままにその場にしゃがみ込んだ。所謂脳貧血ってヤツだ。店員にとってははた迷惑な話だろうが、いましばらくこうしてじっとさせてほしい。下手に動くと余計に辛いんだ。ああ、横になりたい。
 ぐるぐるとかき混ぜられる脳みそに、千切れた言葉達が浮かんでは消える。白昼夢と現実との境界線が曖昧にぼやけて、ふわふわとした浮遊感。境界、境界、境界といったらP-T境界を思い出す。ペルム紀の末に起こった大量絶滅で、なんでも地球史上で最大の大量絶滅だったらしい。ああそうだ。ペルム紀といえば昔は「カオシデ石は二畳敷き」なんて覚え方をしたものだ。最近の子はどんな語呂合わせで覚えているのだろうか。もし三葉虫が生きながらえていたならば、案外寿司ネタになっていたかもしれない。回転寿司に行けば三葉虫の握りとアンモナイトのゲソを頼んで……いや、リードシクティスはあまり好みじゃないんだ、まだバシロサウルスのほうが――

 知らない、いや知っている天井。
 あれ? 僕はコンビニに行って……それから?
「ああよかった、だいじょうぶ? 飲み物持ってこようか?」
 まだエディアカラの海を泳いでいるらしい。
「レジ袋も……あとポイントカードはもってないです……」
 目の前のオオカミは口元を緩めると台所へと向かっていった。
「はい。お待たせしました。あと、せめてこれ飲んで」
 手渡された銀色のパウチされた宇宙食を啜ってから、もう一度目を閉じた。
 身体の気怠さはすっかり鳴りを潜めて、食道を滑り落ちていったゼリーの感触が心地よい。よかった、明日には体調も戻りそうだ。大事をとって仕事は明後日からにしておこうか。
「って! え!? だれ、じゃなくて、いや知っているけど、なんで」
 なんだ、夢かと思ったらそうでもないらしい。なんであのオオカミのオッサンが。ココ、コンビニじゃないよな? え、どういうこと。
「い、いやあ、急に倒れこんだからビックリしたよ……でもよかった」
 こんなときどんな顔をしたらいいのかわからない。
「え、えー? あ、ありがとう、ございます?」
 目を細めて満足げに頷いた。なんで僕の家に。いやそれよりも。
「あの、仕事は?」
 彼のシフトを正確に把握しているわけではないが、断片的な状況証拠から察するに少なくとも僕をここに運んできたときにはまだ勤務中だったはずだ。
「ああ、店長に連絡したから大丈夫だよ、心配しないで」
 ええと、つまりそれって。
「すっ、すみませんっ! とんだご迷惑を……」
 被っていた布団を跳ね飛ばして起き上がり、しとどに頭を打ちつけるほどに頭を擦り付けた。
 たかだかコンビニの客と店員の関係なのに。駄菓子屋のおばあちゃんとか、商店街で馴染みのある八百屋の大将とかいうならまだわかる。でも、極めて希薄な、ともすればロボットでも成立するくらいだというのに。
 いいからいいから。そう言われて頭を上げると、お馴染みの制服が目に飛び込んでくる。あれから何時間経ったのか定かではないが、ずっと僕のことを看病してくれていたのだ。
「ほ、ほんとに、い、いいって、うん」
 神様か仏様にでも祈るように正座をして手を合わせていると、オオカミがチラチラとこちらに視線を送りながら何かを言いたげにしている。照れ臭さとは別の何か。
 不意にエアコンの風が背中を撫でたとき、その違和感に気がついた。ああそうだよな、風邪のときって汗をかくから、身体が冷えないようにこうするのが定石だもんな。ほんとうにこのひとには感謝してもしきれない。
 つまりは僕は、オオカミの前で全裸で、おまけに股間をいきり立たせながら正座しているってことだ。

 お見苦しいものを見せてしまいすみません。いや相手が気を遣わないようにもう少しフランクに言うべきか。かといって、歳上相手にあまり砕けた態度をとるのもいかがなものか。なんせ命の恩人と言っても差し支えのない相手だぞ。
「おおきい、ね……」
 口火を切ったのはオオカミの方だった。せわしなく頭頂部に生える耳を動かしながらも、もはや目線は遠慮を忘れてガッチリと一点に固定されている。ここで生娘のように慌てて隠してしまっては余計に恥ずかしい。それに男同士なのだからこれぐらいはどうってことない、はずだ。
「疲れマラってやつですかね、はは」
 生命の危機に瀕すると子孫を残そうと身体がどうのこうのってヤツ。冗談っぽく言い放ったそれも、オオカミはどこか上の空で曖昧な頷きをするだけ。渾身のギャグって訳じゃないからスベったところで大したダメージはないけれど、ちょっと肩透かしを食らってしまう。ははん、これはもしかして。
「あの、見たいですか?」
 図星を突かれたのか全身の毛が逆立って、頭からはボフンと湯気が立つ。
「い、いや、その、ええと」
 皆まで言うな。大丈夫わかってる。ほら、僕がオオカミに対してそうであるように、きっとオオカミだって人間の身体がどうなっているのか興味があるのだろう。別に減るものでなし、ましてや恩人なのだから快く見せてあげようじゃないの。
「こんなのでお礼になるかわかりませんが、どうぞ」
 そう、これはお礼。そういう口実を作っておけば向こうだって気兼ねなく見れるというものだ。
 布団の上でオオカミに向かって大股びらきに、つまりはM字開脚の姿勢をとってみせる。まさか男相手にこんな格好をする羽目になるとは思いもしなかった。
 遠慮がちに僕の目とちんぽを見比べた後、遺伝子に織り込まれたものだろうか、姿勢を低くして四つん這いになってにじり寄ってくるオオカミ。どこかホラー映画のワンシーンを彷彿とさせる動きに、思わず後ずさりしかかるもこちらから言い出した手前逃げるのは失礼だろうとグッとこらえる。
「人間のを見るのは、はじめてですか?」
 なんのかんの言ってもやっぱり恥ずかしい。そんな気持ちを少しでも紛らわそうと話しかけてみる。
「う、うん。なんというか、すごく大きくて立派だね……」
 その言葉にちんぽが脈打つと咄嗟に身を引くものの、またじわりと近づいてくる。
 各国の種族別ペニスサイズなんてのをインターネット上で見たことがあるが(そもそも誰が測定したのだ。自己申告だろうか?)、それによると僕はせいぜい平均サイズ。とても自慢できるほどのモノじゃない。それなのにそんな普通のちんぽをおっかなびっくりに眺め、鼻先を近づけてはクンクンと匂いも嗅いでみせる。
「わ、すご……先っぽ濡れてきた……」
 散々に汗をかいて、きっと自分でも顔をしかめてしまいそうな程に臭いだろうに。昆虫観察のキラキラとした目が別の感情に染まり始める。もはや純粋な好奇心だけでは説明がつきそうにない。
 ポタ……パタッ……
 粘度をもった水滴が重力に逆らいきれずに落下して、布団の上に染みをつくる。
「ええと、このままじゃ、つらいよね?」
 あなたがね。そんだけ涎垂らしてよく言うよ。
 男同士、カマトト振るつもりは毛頭ない。だから、この発言が何を意味するのかは言わずもがなだ。このまま身体をオオカミに委ねてしまえば気持ちよくなれる。お互いにそれを熱望していて、オオカミは僕のちんぽに惹かれている。
 半開きになった口から覗く犬歯が唾液に濡れて光る。鍾乳石を彷彿とさせる白い突起。この洞窟の中にこれから飲み込まれてしまうのだと考えると背筋に微弱な電流が走った。媚びた上目遣いが自制心を削り取り、カサブタを剥がした時のように欲望がトプトプと溢れだした。
「めっ! まーてっ」
 オオカミの身体が空気中に縫い付けられた。舌先とちんぽまでの距離は小指の爪程もない。
 恩人に向かってなんて口を、はたまた折角の雰囲気が興醒め。そうなってしまうリスクは多分にあっただろうに、幸いにも、いや予見した通り、オオカミは一層鼻息を荒くしてモジモジと身体をよじる。しめたものだ。
「ぼくだけハダカっていうのもねえ?」
 半分は本音。一方的に見られるのもそれほど悪くはないが、折角だったら僕だって見てみたい。
 少しくらいは抵抗があるだろうともう一押しする台詞も用意していたのだが、生憎ながら出番はなかった。すっかり催眠術に掛けられたオオカミは促されるままに、むしろ悦んで衣類を脱ぎ去ってしまい惜しげもなくその裸体を眼前にさらけ出す。
 ぽっちゃりと言えば聞こえはいいが、単刀直入に言って太っている。著しく健康を害する程ではないにしろ明らかにメタボ体型。脂肪でくっきりと浮かんだ胸に、タヌキのようにでっぷりと出た太鼓っ腹。そして他と異なる毛色の密林の中央に――
「ちいさい……」
 心の声が思わず漏れた。
 オオカミって種族の平均値は、人間よりも一回りはあったと記憶している。なのに目の前のそれは随分と可愛らしいサイズ。極め付けには先端まですっぽりと包皮に覆われていて、しぼんだ朝顔を彷彿とさせる。角度的には勃っているよな?
「小学生でももうちょっと大きいんじゃないです?」
 ツボミが小さく跳ねた。僕のちんぽを見て大袈裟なリアクションを取ったのは社交辞令の類ではなかったらしい。
「もしかして童貞だったりして」
 言葉を投げつける度にオオカミが嬉しそうに鼻を鳴らすものだから、踏み越えてはいけないラインを見失い、嗜虐心にまかせて責め立ててしまう。流石に気を悪くするだろうか。
「いっ、一回は……あるけど……」
 よかった。まだ大丈夫なようだ。
「小さいし、早いからって、ヨメにも愛想つかされて……」
 そこまで言ってチラチラと僕の顔を見る。いやあ、ちょっと気まずいというか罪悪感の方が強いんだけど。しかしその目は如実にそこに触れて欲しいと物語っている。
「そんな子供ちんちんじゃあ逃げられても仕方ないですよねえ」
 朝露が糸を引いて滴った。

「ほら、好きなだけ見ていいんですよ」
 ちんぽの根本を掴み、オオカミの真っ黒な鼻先を亀頭でペチペチと叩く。先走りが粘っこい音を立てた。
「ああっ、大きい……その、ちん、えと、アソコ」
 もごもごと言い淀んであやふやに誤魔化した。まったく、僕だって恥ずかしいんだぞ。
「ちんぽ、でしょ?」
 片方の鼻の穴にちんぽを密着させて塞いでしまう。尿道口から流れ出た我慢汁が鼻腔内を満たすにつけて、その表情は恍惚としたものへと変容し、仕舞いには仔犬が乳をねだるかのごとく甘ったるい鼻声が部屋中に響く。
「ちんぽ……大人の匂い……」
 崩れた表情筋は舌を口内に収めることすら忘れ去ってしまったようだ。羨望と情炎に燃えたぎる吐息が陰毛に吹き付けられると、キンタマの奥底から鈍い疼きが突き上げた。
「そう、大人のちんぽ。自分のとじっくり比べて見てくださいね」
 マトモな理性がほんのひと欠片でも残っていたならば、こんな言葉はとても口に出せたものじゃなかっただろう。酒で脳みそが溶けるのと同じように、このワンルームの中に閉じ込められたふたつの肉欲によってお互いの境界はとうの昔に消え去っていた。
「ずる剥けで、エッチなところ全部見えちゃって……ピクピクしてる」
 先ほどの「まて」がまだ効いているのか、舌先を触れるか触れないかの距離まで接近させながらもすんでのところで止めてみせ、恨めしそうな唸り声をあげながら群れの長、つまりはアルファに許しをもらおうと媚びた顔で僕を見る。
 もっと楽しみたい気持ちは多分にあるものの、我慢の限界なのは僕だって同じだ。むしろ一刻も早くマグマを吐き出してしまいたい。しかしここまでのロールプレイを演じた挙句に白旗を揚げてしまっては、これまでの努力がふいになってしまうような気がした。本当は僕の方が甘えたいくらいなんだけどな……
「どうしたいのかな?」
 焦燥感を悟られないように最新の注意を払い、あくまでこのオオカミの懇願によって行われるのだという点を忘れないように。
「たっ、食べ……大人のちんぽ、食べたい」
 今すぐに首を縦に振って、なんならその尖った三角耳を引き寄せて、せり出した長い口吻の中を滅茶苦茶に犯したい。
「ワンちゃんみたいにちんぽおねだりしようね」
 余裕綽々で、なんなら僕の気分次第では今すぐに中断してもいいんだぞ。そんなこと微塵も思っていないくせに。これこそが僕なりの恩返しなのだ。自分勝手にことを運ぶのは容易いし、従順な彼に命令を下して処理させるのも簡単だろう。けれどもこれは接待ゴルフと同じで手を抜きすぎず、あくまでも接戦の中で彼がちんぽに屈服してオオカミの尊厳を捨て去りイヌに成り下がったというステップが必要なのだ。まあ、何もかもが予定調和の八百長試合な訳だけれども。
「んんっ、はあっ、ちんぽ……食べさせて……」
 目尻をうっすらと光らせながら、前脚を差し出す。まだ羞恥が残っている。
「おねがい、します……」
 とうとう自ら寝転んでみせて、仰向けになってビール腹を見せつける。ゾウさんのような皮かむりの先端からちょびっと赤っぽい亀頭がのぞいている。
「ワンちゃんは喋ったりしないよねえ?」
 こんな台詞をもしSNSなんかで投稿してしまったら、それはそれは大変な炎上案件ってやつだ。重大な人権侵害。獣人も広義には人間で、またオオカミの獣人は動物のオオカミとは違う。進化の過程で色々とあって、全くもってオオカミの要素を引き継いでいないかというとそうでもないのだが、ともかく彼らは動物ではないしましてや姿形が似ているからといってイヌでもない。僕だって「お前はチンパンジーと似たり寄ったりだろ?」なんて言われると気が悪い。なにも類人猿が劣等種だということではなくて、アイデンティティというか。
「わ、ワンっ!」
 しかしもって目の前の彼は、むしろそう扱われることにいささか興奮を覚えるらしい。なんとも難解で厄介だ。
「えらいえらい。お手っ」
 タシッと肉球付きの大きな手のひらが乗せられた。
「おかわり」
「ワンッ」
 文字に起こしたならば、語尾に音符マークでも付きそうだ。
 ほんのちょっぴり胸がチクリとする。風俗店でいい歳をした大人が赤ちゃんプレイにハマるみたいなものかもしれないな。余計なことを考えるな。集中集中。
「じゃあ次は……」
 ああもう、はち切れそうに尻尾まで振っちゃって。
 待ちきれないのかもどかしそうな鳴き声をあげ、せわしなく両手をくねらせてみせる。
「よしっ! ちんぽ食べていいよ」
 じゅぶぶっ……
 煮えたぎる唾液の洞穴の中へとちんぽが導かれる。
 漏れ出してしまいそうな嬌声を噛み殺して、オオカミの熱に身を溶かされた。尿道に溜まった先走りをチュッチュと吸い出し、それからちんぽを根本までマズルの中に咥えこむと攪拌された唾液の破裂音。
 ぐぶっ、ぶぷっ、ちゅぐぐっ
「ふうっ、あっ……ちんぽおいしいね?」
 バサバサと尻尾が暴れ狂う。短小でおまけに包茎。雌に見放された役立たずの粗チンを自らの指でほじくり回しながら、本物の大人のちんぽに奉仕する。これこそがこのオオカミが求めてやまなかったものなのだろう。口内をいっぱいに占領するちんぽの熱と匂いにケダモノじみた音が漏れた。
 ぬぼっ、にゅぐっぬるりゅっ……
「ちんちんは子供だけど、お口はちんぽの食べ方ちゃんと知ってるね」
 耳の裏を掻きむしり、頭を撫で回してやると、それに呼応して舌がうねって裏筋にねっとりと絡み付いた。誠に勝手な想像ながら、きっと彼にとってコンプレックスばかりだった己の存在価値が初めて肯定されたに違いない。その証拠にマズルはますます熱を帯び、僕自身の形にピッタリと合わせこむように変形をする。
「いくっ、いっちゃう! 口の中で大人ちんぽいっちゃう!」
 頭を後ろから抱え込んで引き寄せると、唾液と獣臭と、そして加齢臭の混じったひどく生臭い匂いが鼻をつく。目一杯押さえ込んで、長太いマズルの奥の奥、亀頭の先端が口蓋垂とキスをするくらいに腰を突き出すと、生理的な反射から喉がグッグッと収縮して搾乳機の蠕動でちんぽを搾り取った。
 びゅっ、びゅるるっ、びゅーっ!
 このオオカミの中に何もかもぶちまけてしまいたい。
 口も鼻も塞がれて、空気を確保しようと後ずさりする手足に負けないよう、太ももを締めてハンドルがわりの耳を千切れんばかりに握り込む。
 何度かの痙攣のあと、ピーピーと命乞いをする鼻声に続いて咳き込んだ音が聞こえると、僕の腹の肉にピッタリと塞がれた鼻の穴から鼻水のごとく精液が垂れていた。

「じゃあ、そろそろ行ってくるね」
 そう言って振り向くと、エプロン姿のオオカミが包丁を持ったまま歩み寄ってくる。
 いやいや、危ないからソレ。勢いにまかせて抱きついてグサリなんてことになったら洒落にならないから。
「うん。いってらっしゃい」
 あれから変わったところといえば、お互い一緒に住むようになったことだ。一夜限りのお遊びでしかなかったはずなのだが、別れ際にあまりに寂しそうな顔をするものだから情にほだされてしまったというのもある。
 名目上は、彼のバイトの少ない賃金では生活もカツカツだということでルームシェアという形で一緒に住むことにした。流石にワンルームでは手狭だからと少し広めのところに引っ越しして、家賃は当面の間僕が持つことにしている。もちろん彼はそれを固辞したのだが、ある程度家事を引き受けてもらうことと……夜の、そういうコトをしてもらう対価なのだと言いくるめて押し切った。僕だってひとりは寂しいからね。
「ああそうだ、明日はバイト休みなんでしょ?」
 少しばかりは毛艶がよくなったその身体に抱きついて、たっぷりと匂いを満喫してから。
「いっぱい楽しもうね、ワンちゃん?」
 オオカミだって、ワンと鳴く。
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