ノーザンライツ

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シロとクロ

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「えっと、その、声が聞こえて……倒れてたからっ」
 しどろもどろになりながら弁明するホッキョクオオカミの断片的な言葉を聞きながら、頭の中でピースが徐々にはまっていく。
 ああ、こいつが助けてくれたのか。俺よりも一回りは小さいのによく運べたものだ。
「そうか、手間かけさせちまったな。」
 そう言って、目の前のオオカミに顔を近づけると、やおら口元をべろりと舐めてやった。なんのことは無い、純粋な感謝の気持ちと同じオオカミへの親愛の気持ちの表れからきた行為だ。
「ひゃっ!?」
 それなのにこいつと来たら、素っ頓狂な声をあげて飛び退いて、伏し目がちに俺を見つめながら、真っ白な毛皮の上からでもわかるくらいに頬を赤らめている。変わったヤツだ。
「なあ、お前一匹か?」
 俺みたいに放浪しているのは別として、普通は群で暮らすものだ。それなのに、身体も小さくて気の弱そうなこいつの住処は、俺と二匹でいると互いの毛皮が密着するほどに狭く、他のオオカミの匂いもしない。
「うん、ぼく……一匹」
 嫌なことを思い出したかのように、ただでさえしょぼくれた顔が更に曇る。何か事情があるんだろうか。とはいえ、初対面の命の恩人に根ほり葉ほり質問するのも野暮だろう。
「おれ、クロ。よろしくな!」
 陰気な雰囲気を振り払うように、つとめて明るく自己紹介をしてみせる。
「ぼ、ぼく、シロ」
 嘘だ。いくらオオカミだからといって、そんなペットみたいな名前は付けたりしない。どうせこの場限り、俺が出て行けば二度と会うことも無いだろう。だから俺たちは欺瞞に満ちた仮面を被ることにした。
「んじゃ、世話かけたな。オレそろそろ行くわ。」
 そう言って身体を起こす。
「あっ!ま、まって!」
 慌てた様子でシロが俺を引き留める。なんだって言うんだ。助けた見返りでも寄越せというのだろうか。あいにくながら差し出せるものなんて何も無いのに。
「外は吹雪で、しばらく止まないから……」
 緊張した面もちで鼻先をぺろりと舐めあげて固唾を飲むと、大きく息を吸ってから更に言葉を続けた。
「しっ、しばらく、ここに居たら……その、」
 最後は消え入りそうな声で、居て欲しい。そう言ったように思えた。だらりと尻尾を垂らしてちらちらと様子を伺うその様に、呆れに似たため息を吐く。
 まあ、悪い話じゃないか。

「改めて、よろしくな、シロ」
 そう言って、シロの口元をべろべろと舐め回してやると、また大袈裟に驚いてみせる。
 その様子に笑いを噛み殺していると、ここに来た時の陰鬱な気分はどこかに吹き飛んでしまった。

 面白くなりそうだ。
 きゃんきゃんと吠えるシロをよそに、俺は舌なめずりをした。
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