地縛霊おじさんは今日も安らかに眠れない

naimaze

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第36話 恋愛とは

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「……と、昨日は意気込んでみたはいいものの」

 そういえば、俺自身、恋愛経験とか無いじゃん……。


 外からセミの鳴く声が聞こえる夏の朝。

 手を振り帰っていく錬を見送った俺は、いつも通りの朝のルーティンとして歯を磨いたりして、何となくそんな気分だったので、卓上コンロでお湯を沸かして淹れたインスタントコーヒーを飲む。

 そして、コーヒーを飲んでスッキリとした頭で、今後の作戦を考えようとしたところで、その重大な事実に気が付いたのだ……そもそも俺自身にそんな恋愛知識が一切ないことを。

「はぁ……そんなものがあったら、静子ちゃんのことも、宇井さんに頼らないで、自分で何とかしてるよなぁ……」

「わたしがどうにかしましたか?」

「ぬわぁっ!?!?」

 俺が段ボールの敷かれた床に座ったまま後ろに手をつき、天井を見上げながらそんなことを呟いていると、視界の上から急に噂の静子ちゃんが現れたので、驚いた俺は床ついていた手を滑らせてそのまま仰向けに倒れた。

 そして当然、倒れた先には、そんな俺を上から覗き込んでいた静子ちゃんが立っているわけで、運が良かったのか悪かったのか、はたまた神様のいたずらか、奇跡的に俺の頭は彼女にぶつかることなく、彼女の足の間を通って床にぶつかり……。

「いてて……はっ!?」

 目を開けると、そこには桃源郷が広がっていた……。

 いや、そうじゃなくて……確かに桃色だっり太腿だったりしたけど、そうではなくて。

「コホン、なんで今日は急に……? いつもならノックを……」

 俺はバッと身を起こして、何事も無かったように姿勢を正すと、一つ咳払いをしてから、そういってドアの方を見る。

「わたしもそう思ったんですけど……ドアが開きっぱなしで、わたしの名前が聞こえたので……」

 確かに、ドアが開いてる。

 そういえば、屋上で錬を見送ってから今まで、ドアを開けた記憶はあれど、閉めた記憶は無いな……。
 まぁ、考え事をしながら、歯磨きとか朝のルーティンを始めちゃったからな……普通に自分で閉め忘れたんだろう。

「それで、わたしが何か……?」

「え? あー、いやー、その……あっ! そ、そうだ……静子ちゃんって、女子高生だし、恋愛に詳しかったりするのかなーって……」

「……」

「あ……」

 宇井さんに相談していることは秘密だから、とっさにその直前まで考えていたことを言い訳にしてしまったが……そういえば、静子ちゃんも、ぼっちだった……。

 ぼっちな静子ちゃんが恋愛に詳しいわけ……。

「詳しいですよっ」

「詳しいの!?」

「はいっ、色々な本を読んでますからっ」

 あぁ、本ね……女の子だもんね、勝手なイメージだけど、恋愛小説とか漫画とか、いっぱい読むよね。

「ちなみに、おススメの恋愛小説とかある?」

「そうですね……夏目漱石さんの『こころ』とか、太宰治さんの『人間失格』とか、ですか?」

 正統派のドロドロ小説だったぁぁあああ!!!

 いや、テーマが違えば、普通に、文学少女なんだなぁー、って思えたけど、恋愛小説の話をしている時のチョイスがそれ……?

 いや、ソレなんて言っちゃいけない、素晴らしい小説だよ? うん……。

 でも、こう……おススメの純文学とかなら分かるけど、おススメの恋愛小説ってなると、なんか違うじゃん? 違わない?

 だって……ねぇ? いや、これ以上はネタバレになるからアレだけど、ねぇ?

「もしまだ読んだことが無いなら、お貸ししますけど……?」

「いや、大丈夫、読んだことあるよ、ありがとう……」

 流石に細かいところまでは覚えてないけど、錬と美鈴ちゃんの恋を応援するための参考にはならなそうな内容だったってのは覚えてるからね……。

「恋愛小説、お好きなんですか?」

「うーん、好きって言うか……必要になったって言うか……」

「……」

「……?」

 静子ちゃんの質問に、俺がそう話を続けると、急に、部屋の温度が少し下がったような気がした。

「……ちなみに、お相手って、どなたでしょうか?」

「え? あぁ、静子ちゃんも何回か会ったと思うけど、美鈴ちゃんって言う、警察の……」

 ドサッ……と、静子ちゃんが、持っていたスクールバッグを床に落とす。

「えっと……静子ちゃん?」

「へ、へぇー……そうなんですかぁー……礼二さん、ああいう方がタイプなんですねぇー……」

「え? 俺? いや、俺じゃなくて……」

「ちなみに、もう命を失ってしまっている幽霊さんって、どうやったら消えていなくなるんですかねぇ……?」

「静子ちゃん? 違うからね? 話を聞いて?」

「十字架を掲げる……? 銀の剣で切る……? 杭で心臓を貫く……?」

「いや、それはドラキュラの弱点……」

「あぁ……考えていても始まりませんね……すみませんが今日はこれで失礼しま……」

「スタァァァアアアアアーーーーーーーップ!!!!!」

 俺は鞄をその場に落としたままフラフラと帰ろうとする美鈴ちゃんを、全力で呼び止めた……。
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